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胚盤胞グレードによる着床率予測と限界|形態評価だけでは見えない染色体異常の実態

目次

当院のNIPT外来では、患者様から「グレードの良い胚盤胞を移植したから大丈夫ですよね」「グレードが悪かったから心配なんです」といったお話をよく伺います。確かに胚盤胞のグレードは着床率に影響しますが、染色体の正常性を完全に反映しているのでしょうか?実は最新の研究では、見た目の良い胚盤胞でも半数以上が染色体異常を持っている可能性があることがわかってきました。今回は胚盤胞のグレードと染色体異常・着床率の関係について、最新の科学的エビデンスをもとに深掘りしていきたいと思います。

はじめに:胚盤胞グレードとは

生殖補助医療(ART)において、胚盤胞のグレード評価は移植する胚を選択する重要な指標となっています。しかし、胚盤胞のグレードが高いことが、必ずしも染色体の正常性や着床・妊娠率の高さを保証するものではありません。近年の研究により、形態的に良好な胚盤胞でも染色体異常(異数性)を持つ割合が高いことが明らかになっています。本記事では、最新の研究から胚盤胞のグレードと染色体異常および着床率の関係について詳しく解説します。

この記事のポイント

  • 形態的に良好な胚盤胞でも、約半数が染色体異常を持つことがあります
  • 胚盤胞のグレードは着床率と相関しますが、染色体の正常性を完全に予測することはできません
  • Day5胚盤胞はDay6胚盤胞よりも染色体正常率が高いことが多いです
  • 栄養外胚葉(TE)の質は着床率と特に関連があります
  • 低グレード胚盤胞からも健康な出産に至る可能性があります

胚盤胞グレードの評価基準

胚盤胞のグレード評価は一般的にGardner分類が用いられます。この分類では、胚の発育段階(拡張度)を1〜6の数字で、内細胞塊(ICM:赤ちゃんになる部分)と栄養外胚葉(TE:胎盤になる部分)の質をそれぞれA、B、Cのアルファベットで評価します。

拡張度の評価(1〜6)

  • 1:初期胚盤胞(胞胚腔が胚全体の半分未満)
  • 2:胞胚腔が胚全体の半分以上を占める胚盤胞
  • 3:胞胚腔が胚全体に広がった完全胚盤胞
  • 4:胞胚腔が拡大し透明帯が薄くなった拡張胚盤胞
  • 5:栄養外胚葉が透明帯から脱出し始めた孵化中胚盤胞
  • 6:透明帯から完全に脱出した孵化後胚盤胞

内細胞塊(ICM)と栄養外胚葉(TE)の評価(A/B/C)

内細胞塊(ICM)の評価:

  • A:細胞数が多く、密に詰まっている
  • B:細胞数はやや少なく、緩やかに集合している
  • C:細胞数が非常に少ない

栄養外胚葉(TE)の評価:

  • A:多くの細胞が上皮層を形成している
  • B:細胞数が少なく緩やかな上皮層を形成
  • C:非常に少ない大きな細胞

例えば、「4AA」は拡張胚盤胞で内細胞塊も栄養外胚葉も最高評価、「3BC」は完全胚盤胞で内細胞塊はB評価、栄養外胚葉はC評価を意味します。

最新研究:胚盤胞グレードと染色体異常の関係

重要ポイント

形態的に「良好」と評価される胚盤胞でも、50%以上が染色体異常(異数性)を持つ可能性があることが研究で示されています。

Bamford et al. (2022) – 形態と異数性の関連:系統的レビューとメタ分析

Human Reproduction Updateに掲載されたこの包括的なメタ分析では、58の研究、40,000以上の胚を評価し、胚の形態学的特徴と異数性の関係を検討しました。この研究によると、染色体異常のある胚は正常(正倍数)胚に比べて発育が遅いことが判明しました。8細胞期や胚盤胞への到達が1〜2時間ほど遅れる傾向が見られました。

特に注目すべき点として、8細胞到達時間(t8)、9細胞到達時間(t9)、完全胚盤胞形成時間(tB)、拡張胚盤胞到達時間(tEB)などの発育タイミングが、染色体異常胚では有意に遅延していました。しかし研究者らは、形態的特徴のみでは胚の染色体状態を確実に判断することは「不可能」と結論づけています。

Li et al. (2022) – 胚盤胞形態と発育速度が正倍数率と出生率に与える影響

Frontiers in Endocrinologyに掲載された後ろ向きコホート研究では、着床前遺伝学的検査(PGT-A)を受けた431サイクル、393の単一胚移植周期を分析しました。この研究は、胚盤胞のグレードと発育速度が染色体の正常性(正倍数性)と出生率に与える影響を調査したものです。

35歳未満の女性では、良好グレード胚盤胞の正倍数率は約63%であるのに対し、低グレード胚盤胞では約32%でした(オッズ比≈3.16)。また、Day5胚盤胞はDay6胚盤胞よりも正倍数率が高い(49% vs 35%)ことが示されました。35歳以上の女性でも同様の傾向が見られましたが、Day5とDay6の違いは統計的に有意ではありませんでした。

興味深いことに、正倍数胚の移植において、胚全体のグレードは出生率に大きな影響を与えませんでした。唯一の例外は栄養外胚葉(TE)の質で、A評価のTEを持つ胚はC評価の胚より高い出生率(62.7% vs 45.4%)を示しました。また、Day5の正倍数胚はDay6の正倍数胚よりも良好な出生結果をもたらしました。

Zou et al. (2023) – 低グレード胚盤胞の臨床成績:多施設観察研究

Human Reproductionに掲載されたこの大規模研究では、14の生殖補助医療センターから約11,000件の単一胚盤胞移植データを集積し、胚盤胞グレード別の成績を比較しました。

結果として、良好グレード胚盤胞の出生率は約44.4%、中間グレードでは38.6%、低グレードでは30.2%、「非常に低い」グレード(CC)では13.7%でした。交絡因子を調整した解析では、低グレード胚の移植は良好グレード胚に比べて出生率が有意に低下(調整オッズ比約0.48)し、特に「CC」グレードの胚盤胞では更に低下(オッズ比約0.30)していました。

しかし重要なことに、低グレード胚盤胞が着床して妊娠が成立した場合、出生後の周産期転帰は高グレード胚と違いがありませんでした。早産、低出生体重、その他の新生児合併症のリスク増加は見られませんでした。これは、胚盤胞のグレードが成功確率には影響するものの、いったん成功すれば健康な出産が期待できることを示しています。

AIによる胚盤胞評価の最新動向

Xin et al. (2024) – AIモデルによる染色体正常性予測:系統的レビューとメタ分析

手動の形態評価の限界を認識し、この最近のメタ分析ではAIモデルを使用した胚画像からの染色体正常性予測の可能性を評価しました。EClinicalMedicine(Lancet)に掲載されたこの研究では、20の研究(メタ分析では12件、合計約6,879胚)を分析し、コンピュータビジョンやタイムラプスイメージング技術を用いた正倍数・異数性予測の精度を検証しました。

AIの統合パフォーマンスは有望ですが決定的ではなく、正倍数胚の同定における感度は約71%、特異度は約75%、AUC(曲線下面積)は約0.80でした。つまり、AIは異常胚と正常胚をかなりの割合で正しく識別できますが、依然として多くの胚を見逃したり誤分類したりする可能性があります。

著者らは、現在のAIモデルでは侵襲的なPGT-A検査に完全に代わることはできないが、非侵襲的な胚選択補助として可能性を秘めていると結論づけています。特に生検ベースの検査が利用できない場合に、胚選択の意思決定を補強できる可能性があります。

胚盤胞グレードと染色体異常・着床率:重要ポイント

胚盤胞のグレードと染色体異常・着床率について、多くの患者様がお持ちの疑問をまとめました:

  • 高グレードの胚盤胞は必ず染色体が正常で着床率も高いのか?
  • 低グレードの胚盤胞からも健康な赤ちゃんが生まれる可能性はあるのか?
  • Day5とDay6の胚盤胞では成功率に違いがあるのか?
  • 染色体異常を検査するためにPGT-Aなどの検査は必要なのか?

最新の研究によれば、形態的に良好な胚盤胞でも約半数は染色体異常を持つ可能性があり、グレードだけでは染色体の正常性を完全に予測できません。しかし、グレードが高いほど染色体が正常である確率は高まり、着床率も向上します。また、低グレードの胚盤胞からも健康な出産に至る可能性はあります。PGT-A(着床前胚染色体異数性検査)を行った場合でも、採取したのは胚の一部の細胞に過ぎないため、胚のモザイク性(一部の細胞のみに染色体異常がある状態)の可能性があります。米国産科婦人科学会(ACOG)と米国生殖医学会(ASRM)は、PGT-Aを受けた患者でも出生前診断検査(NIPTなど)を提供すべきと勧告しています。特にASRMは「モザイク胚の管理に関する委員会意見書」において、PGT-Aの限界とNIPTなどの出生前検査の重要性を強調しています(Practice Committee and GCPG of the ASRM, 2020)。

よくある質問 (FAQ)

Q: グレードが良い胚盤胞でも染色体異常があるのはなぜですか?

A: 胚盤胞のグレードは主に形態的特徴(拡張度、内細胞塊、栄養外胚葉の状態)を評価するもので、染色体の状態を直接評価するものではありません。染色体異常があっても、見た目の発育が良好な胚盤胞になることがあります。特に女性の年齢が上がるにつれて、良好な形態の胚盤胞でも染色体異常の割合が高くなります。

Q: 低グレードの胚盤胞を移植することのリスクはありますか?

A: 低グレードの胚盤胞は高グレードに比べて着床率や出生率が低い傾向がありますが、健康な赤ちゃんが生まれる可能性は十分にあります。Zou et al. (2023) の研究によれば、低グレード胚盤胞が着床して妊娠した場合、出生後の周産期転帰(早産、低出生体重など)は高グレード胚盤胞と差がないことが示されています。

Q: Day5とDay6の胚盤胞に違いはありますか?

A: はい、一般的にDay5(採卵から5日目)に胚盤胞に到達した胚はDay6の胚盤胞よりも染色体正常率が高く、着床率も高い傾向があります。Li et al. (2022) の研究では、35歳未満の女性ではDay5胚盤胞の正倍数率がDay6胚盤胞より高かった(49% vs 35%)ことが報告されています。ただし、この差は35歳以上では統計的に有意ではありませんでした。

Q: PGT-A検査は全ての人に必要ですか?

A: PGT-A検査は全ての人に必要というわけではありません。日本では現在、「体外受精胚移植の不成功を2回以上経験している不妊症のカップル」や「流死産を2回以上経験しているカップル」などが対象とされています。PGT-A検査にはメリットとデメリットがあり、PGT-A検査のメリット・デメリットについて詳しく知ることをお勧めします。

Q: PGT-Aで正常と判定された胚でもNIPT検査を受けた方がよいですか?

A: はい、米国産科婦人科学会(ACOG)と米国生殖医学会(ASRM)はPGT-Aで正常と判定された胚から妊娠した場合でも、NIPT等の出生前検査を推奨しています。これはPGT-Aが胚盤胞の一部の細胞のみを検査するため、モザイク状態(一部の細胞のみに染色体異常がある状態)を完全に検出できない可能性があるためです。NIPTは母体血液から胎児のDNAを調べる非侵襲的な検査で、より包括的な染色体異常スクリーニングを提供します。

Q: 胚盤胞グレードの中で、どの要素が着床成功に最も影響しますか?

A: 最新の研究では、栄養外胚葉(TE:胎盤になる部分)のグレードが着床成功率に特に大きな影響を与えることが示されています。Li et al. (2022) の研究によると、正倍数胚(染色体数が正常な胚)の中で、A評価のTEを持つ胚はC評価の胚より高い生産率(62.7% vs 45.4%)を示しました。これは栄養外胚葉が子宮内膜への着床プロセスに直接関わるためと考えられています。

PGT-A検査の意義:形態評価の限界を超える

形態評価だけでは染色体の正常性を完全に予測できない現状を踏まえ、近年注目されているのがPGT-A(着床前胚染色体異数性検査)です。この検査は、体外受精で得られた胚盤胞の栄養外胚葉から数個の細胞を採取して、染色体の数的異常を網羅的に調べる検査です。

PGT-A検査によって染色体異常のない胚を選んで移植することで、流産率の低下や着床率の向上が期待できます。特に35歳以上の方や反復着床不全、習慣性流産などの既往がある場合に有効とされています。当院のPGT-A検査では、最新の次世代シーケンサーを用いた高精度な検査を提供しています。

日本産科婦人科学会によると、PGT-A特別臨床研究の結果、PGT-Aを行った群では流産率が有意に低下し、継続妊娠率が改善したことが報告されています。現在日本では、一定の条件を満たす方々を対象にPGT-A検査が実施可能となっています。ご自身のケースに適しているか、専門医へのご相談をお勧めします。

PGT-A検査が検討される主な対象

  • 体外受精胚移植の不成功を2回以上経験している不妊症のカップル
  • 流死産を2回以上経験しているカップル
  • 高齢(特に40歳以上)の女性
  • 重度の男性不妊症があるカップル

まとめ

胚盤胞のグレード評価は、ARTにおける胚選択の重要な指標ですが、形態だけでは染色体の正常性を完全に予測することはできません。

  • 高グレードの胚盤胞は、低グレードに比べて染色体正常率が高く、着床・出生率も高い傾向があります
  • Day5胚盤胞はDay6胚盤胞よりも良好な結果をもたらす可能性が高いです
  • 栄養外胚葉(TE)のグレードは、特に着床成功に影響する重要な要素です
  • 低グレードの胚盤胞からも健康な赤ちゃんが生まれる可能性はあります
  • 形態評価とPGT-Aや新技術(AI)を組み合わせることで、より最適な胚選択が可能になる可能性があります

胚盤胞のグレード評価は引き続き重要ですが、その限界を理解し、他の因子も考慮した総合的な判断が必要です。また今後、AIなどの技術によって、非侵襲的に胚の染色体状態を予測する精度が向上することも期待されています。

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参考文献

  1. Bamford T, Barrie A, Montgomery S, et al. (2022). Morphological and morphokinetic associations with aneuploidy: a systematic review and meta-analysis. Human Reproduction Update, 28(5), 656-686. pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35613016/
  2. Li N, Guan Y, Ren B, et al. (2022). Effect of Blastocyst Morphology and Developmental Rate on Euploidy and Live Birth Rates in Preimplantation Genetic Testing for Aneuploidy Cycles With Single-Embryo Transfer. Frontiers in Endocrinology, 13, 858042. www.frontiersin.org/articles/10.3389/fendo.2022.858042/full
  3. Zou QY, Chen YX, Liang Y, et al. (2023). Low-grade blastocysts result in healthy live births and should not be discarded. Human Reproduction, 38(4), 569-581. academic.oup.com/humrep/article/38/4/569/7047116
  4. Xin H, Zhang Y, Zhang S, et al. (2024). Non-invasive identification of embryo ploidy by artificial intelligence in in vitro fertilisation: a systematic review and meta-analysis. EClinicalMedicine, 65, 102526. pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38212754/
  5. Davies MJ, Moore VM, Willson KJ, et al. (2012). Reproductive technologies and the risk of birth defects. New England Journal of Medicine, 366(19), 1803-1813. www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1008095
  6. 日本産科婦人科学会 (2023). 着床前胚染色体異数性検査(PGT-A)に関する見解. www.jsog.or.jp/modules/statement/index.php?content_id=33
プロフィール

この記事の筆者:仲田洋美(医師)

ミネルバクリニック院長・仲田洋美は、日本内科学会認定総合内科専門医、日本臨床腫瘍学会認定がん薬物療法専門医 、日本人類遺伝学会認定臨床遺伝専門医として従事し、患者様の心に寄り添った診療を心がけています。

仲田洋美のプロフィールはこちら

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