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網膜色素変性症79(RP79)とは|HK1遺伝子の変異で起こる、中心の見え方が保たれやすい網膜色素変性症を遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

網膜色素変性症と診断されると、多くの方が「いずれ見えなくなるのだろうか」という不安を抱えられます。けれども網膜色素変性症は100を超える原因遺伝子をもつ疾患群で、進み方も見え方も原因ごとに大きく違います。そのなかで網膜色素変性症79(RP79)は、中心の視力が長く保たれやすいタイプとして知られています。原因は、全身の細胞が糖を使うときに働く酵素の設計図であるHK1遺伝子です。全身どこでも使われている遺伝子なのに、なぜ網膜だけが傷むのか。この記事では、その仕組みと見え方の特徴、診断と遺伝の考え方を、遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 HK1・網膜色素変性症・遺伝カウンセリング
臨床遺伝専門医監修

Q. 網膜色素変性症79(RP79)とはどんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです

A. HK1(ヘキソキナーゼ1)遺伝子の変異で起こる、常染色体顕性(優性)遺伝の網膜色素変性症です。多くの方が中年期の夜盲で気づかれ、変性は網膜の中央部を囲むリング状の領域に起こります。もっとも大切な視力を担う中心窩は長く残るため、読み書きに使う視力が高齢まで保たれる方が少なくありません。全身の糖代謝には影響が出ず、貧血や神経の症状を伴わない「目だけの病気」です。

  • 原因 → HK1遺伝子のヘテロ接合変異。圧倒的多数は p.Glu847Lys(c.2539G>A)という1か所の置き換わり
  • 見え方の特徴 → 中心窩を避けたリング状の変性(中心窩周囲型)。視力の中央値は良好に保たれる
  • 日本人での顔つき → 網膜静脈に沿ってヒトデ状に広がる「色素性傍静脈脈絡膜網膜萎縮(PPRCA)」の像を示す例が報告されています
  • 同じHK1でも別の病気 → 溶血性貧血・Russe型ニューロパチー・神経発達症は、変異の場所と遺伝形式が異なる別の疾患です
  • 遺伝の要点 → お子さんへ伝わる確率は50%。ただし浸透率は完全ではなく、高齢まで無症状の方もいます

🧬 網膜色素変性症79(RP79)の基本情報

項目 内容
疾患名 網膜色素変性症79(Retinitis pigmentosa 79/RP79)
原因遺伝子 HK1(ヘキソキナーゼ1)/第10染色体長腕 10q22
遺伝形式 常染色体顕性(優性)遺伝。浸透率は完全ではありません
OMIM表現型番号 617460
頻度 常染色体顕性網膜色素変性症のおよそ1%。米国・カナダ・イタリア(シチリア)・日本・中国から報告があります
主な症状 夜間や暗い場所での見えにくさ(夜盲)、中間周辺部の視野の欠け。中心の視力は長く保たれやすい
診断の決め手 眼底自発蛍光でのリング状/静脈沿いの変化と、遺伝学的検査によるHK1のヘテロ接合変異の確認
鑑別すべき疾患 他の原因遺伝子による網膜色素変性症、色素性傍静脈脈絡膜網膜萎縮症、錐体杆体ジストロフィ、症候群性の網膜変性
再発率・保因者 お子さんへ伝わる確率は男女とも50%。顕性遺伝のため、潜性(劣性)疾患のような「無症状の保因者」という枠組みは当てはまりません
検査上の注意 症状が軽く進行も緩やかなため、高齢になるまで診断がつかないことがあります

各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。

1. 網膜色素変性症79(RP79)とは ─ 「番号つきのRP」が意味すること

網膜色素変性症は、目の奥にある網膜のうち、光を感じ取る細胞(視細胞)と、それを裏側から支える網膜色素上皮が少しずつ傷んでいく病気の総称です。世界的な有病率はおよそ4,000人に1人と見積もられていますが、調査した地域によって数値には幅があります[1]。典型的な経過では、まず暗いところで見えにくくなる夜盲が現れ、次に周辺の視野が狭くなり、何十年もかけて中心の視力へと影響が及びます。ただし進行の速さは人によって大きく異なり、20年ほどで急速に進む方から、生涯にわたって失明に至らない方まで幅があります[2]

「網膜色素変性症79」という番号は、この疾患群のなかで79番目に登録された病型という意味です。数字そのものに重症度の意味はなく、原因遺伝子が突き止められた順番を表しているだけです。RP79は、第10染色体の長腕(10q22)にあるHK1遺伝子のヘテロ接合の変異によって起こる、常染色体顕性(優性)遺伝の網膜変性として、公的データベースOMIMに登録番号617460で収載されています[3]

💡 用語解説:ヘテロ接合と常染色体顕性遺伝

人はほとんどの遺伝子を、お父さんとお母さんから1本ずつ、合計2本もっています。片方だけに変化がある状態をヘテロ接合といいます。片方に変化があるだけで症状が出るタイプの遺伝を顕性(優性)遺伝と呼びます。「優性」という言葉は「優れている」という意味ではなく、単に「表に出やすい」という性質を表しているだけなので、現在は顕性という言い方が推奨されています。HK1は性染色体ではなく常染色体にあるため、男女で発症のしやすさに差はありません。

RP79が最初に報告されたのは2014年です。米国ルイジアナ州南部に暮らす6世代にわたる大家系を対象に、連鎖解析と全エクソーム解析を組み合わせた探索が行われ、HK1のc.2539G>A(p.Glu847Lys)という一塩基の置き換わりが病気と完全に一致して受け継がれていることが示されました。同じ研究では、常染色体顕性の網膜色素変性症の家系404家系を追加で調べ、このうち5家系で同じ変異が見つかっています。つまりHK1は、常染色体顕性の網膜色素変性症のおよそ1%を占める原因遺伝子ということになります[4]。頻度としては決して多くありませんが、遺伝子パネル検査が普及した現在は、日常診療のなかで一定の割合で出会う病型です。

この最初の家系で印象的だったのは、症状の現れ方が家族のなかでもばらばらだったことです。幼少期から夜盲や部分的な見えにくさを訴えていた方がいる一方で、60代や70代になるまではっきりした自覚症状がなかった方もいました[3]。同じ変異をもっていても経過が一様ではない、という点は、RP79を理解するうえでも、ご家族に説明するうえでも、最初に押さえておきたい特徴です。

2. 原因遺伝子HK1 ─ ひとつの遺伝子が起こす、4つのまったく違う病気

HK1がつくるヘキソキナーゼ1は、細胞に入ってきたブドウ糖に最初にリン酸をくっつける酵素です。この反応によってブドウ糖は細胞の外へ逃げられなくなり、はじめてエネルギー源として使える形になります。糖を使うすべての反応の入り口にあたるため、HK1は赤血球・脳・網膜をはじめ全身の細胞で働いています。そんな基本的な遺伝子が、変異の起こる場所と遺伝形式の違いによって、まったく異なる4つの病気を引き起こすことが分かっています[5][6]

🧬 HK1遺伝子が起こす4つの病気

疾患 遺伝形式と変異の性質 傷む場所
網膜色素変性症79(RP79・OMIM 617460) 常染色体顕性(優性)/C末端寄りのミスセンス変異 網膜のみ
非球状赤血球性溶血性貧血(OMIM 235700) 常染色体潜性(劣性)/酵素の活性中心を壊す両アレル変異 赤血球
Russe型遺伝性運動感覚ニューロパチー(HMSNR/CMT4G・OMIM 605285) 常染色体潜性(劣性)/5′非翻訳領域の変異 末梢神経
神経発達障害・視覚障害・脳異常(NEDVIBA・OMIM 618547) 常染色体顕性(優性)/N末端側半分に生じた新生突然変異 中枢神経・脳・視覚路

この表でいちばん重要なのは、RP79だけが「目だけ」の病気だという点です。非球状赤血球性溶血性貧血は酵素の働きそのものが落ちることで起こり、Russe型遺伝性運動感覚ニューロパチーはタンパク質の設計図そのものではなく、その手前にある調節領域の変化で起こります。どちらも両親から1本ずつ変異を受け継いだときにだけ発症する潜性(劣性)遺伝です。一方、NEDVIBAはタンパク質の前半部分に新しく生じた変異が原因で、発達の遅れや知的障害、脳の形の異常、視覚の障害をあわせもちます。このNEDVIBAの患者さんでは赤血球のヘキソキナーゼ活性は正常だったと報告されており、酵素の働きが落ちたから病気になった、という単純な説明では片づかないことが示されました[5]

RP79を起こす変異はほぼ1種類 ─ 創始者変異という考え方

RP79の原因として圧倒的に多いのは、847番目のアミノ酸であるグルタミン酸がリジンに置き換わるミスセンス変異 p.Glu847Lys です。文献によっては同じ変化が p.Glu851Lys と書かれていることがありますが、これは数え始めの基準にする転写産物が違うだけで、同じ場所の同じ変化を指しています[7]。検査報告書の表記が論文と食い違って見えても、別の変異が見つかったわけではありません。

興味深いのは、この変異をもつ家系の背景です。最初に報告された5家系のうち3家系はルイジアナ州のアケイディアン(フランス系移民の子孫)、1家系はフランス系カナダ人、1家系はシチリア島の出身でした。それぞれ血縁関係のない家系にもかかわらず、変異の周囲およそ450キロベースにわたってハプロタイプ(染色体上の並び方のパターン)が共通していました[4]。これは、はるか昔に生きたひとりの祖先で生じた変異が、その子孫を通じて各地へ広がったことを意味しています。OMIMには、この家系の網膜変性が1800年代初頭のアケイディアンの祖先までさかのぼれると記載されています[3]

💡 用語解説:創始者効果とはどういう現象か

少人数の集団が新しい土地へ移り住み、その後あまり外部と混ざらずに増えていくと、最初のメンバー(創始者)がもっていた遺伝子の変化が、その集団のなかで不自然に高い割合を占めるようになります。これを創始者効果と呼びます。変異そのものが特別に起こりやすいわけではなく、「たまたま最初にいた人がもっていた」という歴史の偶然が原因です。ですから、同じ変異が地球の反対側の家系で見つかることもあり、実際に日本人の患者さんからも同じp.Glu847Lysが報告されています。

3. なぜ「目だけ」なのか ─ 分子レベルで起きていること

全身で使われる酵素の遺伝子が変化しているのに、貧血にも神経の病気にもならず、網膜だけが傷む。RP79の最大の謎はここにあります。手がかりは2つあります。ひとつは視細胞という細胞の特殊な代謝、もうひとつはヘキソキナーゼ1がもつ、糖代謝とは別のもうひとつの顔です。

視細胞は「がん細胞のような代謝」をしている

視細胞には、光を受け取るアンテナにあたる「外節」という構造があります。この外節は使い捨てで、毎日およそ1割が先端から捨てられ、根元で同じだけ作り直されています。つまり視細胞は、10日ほどで自分のアンテナを丸ごと新品に入れ替えている計算になります。この途方もない作り替えには、エネルギーだけでなく、膜の材料となる脂質やタンパク質そのものが大量に必要です。そのため網膜の視細胞は、酸素が十分にあるにもかかわらず、あえて効率の悪い解糖という経路で糖を大量に消費し、材料を確保するという代謝を選んでいます。がん細胞に見られるのと同じ「有酸素解糖(ワールブルグ効果)」が、分裂もしない神経細胞である視細胞で起きているのです[8]

🔬 視細胞のエネルギー事情と、HK1が置かれている位置

① ブドウ糖が入ってくる

脈絡膜の血管から網膜色素上皮を通って、視細胞へブドウ糖が届きます。

② HK1が最初の一手を打つ

ヘキソキナーゼ1がリン酸をつけ、ブドウ糖を細胞内に閉じ込めます。ここが糖代謝の入口です。

③ 外節の材料になる

エネルギーを作るだけでなく、毎日1割入れ替わる外節の脂質・タンパク質の材料になります。

視細胞は網膜のなかでもとくに代謝の負荷が大きい細胞で、この入口を担うHK1に少しでも変化があると、影響が真っ先に現れる場所だと考えられています。

変異があっても酵素の働きは落ちていない

ここで大きな驚きがありました。RP79の原因であるp.Glu847Lysは、タンパク質の表面にあり、糖をつかまえる活性中心からは遠く離れた位置にあります。生化学的な解析でも、酵素としての働きにもタンパク質の安定性にも有意な差は認められませんでした。潜性遺伝のヘキソキナーゼ欠損症で見られる溶血性貧血がRP79の患者さんに起きないのは、酵素活性がしっかり保たれているからだと説明できます。逆に言えば、この変異は酵素の働きを失ったのではなく、網膜に限って有害な性質を新しく獲得したと考えるほかありません[9]

💡 用語解説:ミスセンス変異と「機能の獲得」

遺伝子の文字がひとつ変わり、その結果アミノ酸が別の種類に置き換わるのがミスセンス変異です。多くは「働きが弱くなる」方向に作用しますが、なかには本来もっていない性質を新たにもってしまうものがあります。RP79はこの後者に近いと考えられており、「酵素としては正常なのに、細胞の中でのふるまいが変わってしまった」という状態です。片方の遺伝子が正常でも症状が出る顕性遺伝になるのは、このためだと理解されています。

ヘキソキナーゼ1のもうひとつの顔 ─ 細胞死のブレーキ

ヘキソキナーゼ1は、細胞のなかで自由に漂っているわけではなく、その多くがミトコンドリアの外側の膜に貼りついています。この位置にいることで、ATPを優先的に受け取れるという利点があるだけでなく、ミトコンドリアの膜に穴が開くのを物理的に妨げるという役割も果たします。細胞が死ぬときの代表的なプログラムであるアポトーシスでは、ミトコンドリアの膜の透過性が上がってシトクロムcが漏れ出すことが引き金になりますが、ヘキソキナーゼが膜に結合していると、この過程にブレーキがかかります。つまりヘキソキナーゼ1には、糖を処理する酵素としての顔と、細胞死を抑える見張り役としての顔があるのです。

この見張り役としての働きは、網膜のなかでいくつかの相手と手を組むことで成り立っています。マウスの網膜では、ヘキソキナーゼ1がミトコンドリアのメタロシャペロンであるCox11、および核膜孔の構成タンパク質であるRanBP2と相互作用することが示されました。Cox11はヘキソキナーゼ1の働きを強く抑える因子で、RanBP2はその抑制を解除する方向に働きます。RanBP2の量が半分になったマウスでは、中枢神経でヘキソキナーゼ1とATPが選択的に低下し、視機能にも影響が出ました[10]。この繊細なつり合いが、網膜のなかでヘキソキナーゼ1の働きを調節していると考えられています。タンパク質の表面にある変異は、活性中心を壊さなくても、こうした「相手との握手」を邪魔しうるというわけです。

もうひとつ注目されているのが、光とインスリン受容体を介した調節です。網膜の視細胞では、光の刺激によってインスリン受容体からPI3K・Aktへとつながる経路が活性化し、ヘキソキナーゼのミトコンドリアへの結合が強まることが示されています。逆にAktが働かないとGSK-3βが活性化し、ミトコンドリア側のチャネルがリン酸化されて、ヘキソキナーゼが膜から外れてしまいます[11]。この研究はヘキソキナーゼ2を対象としたものですが、光を浴び続ける視細胞が、ヘキソキナーゼとミトコンドリアの結合を細かく調節して自分を守っているという枠組みを示しました。RP79の変異がこの調節を乱している可能性は、現時点では仮説の段階にとどまりますが、網膜だけが傷む理由を説明する有力な考え方として検討されています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「酵素の数値が正常」と「病気ではない」は別のことです】

RP79は、遺伝学を学ぶ者にとって非常に示唆に富んだ病気です。原因遺伝子は誰もが知る解糖系の酵素なのに、その活性を測っても正常。血液を調べても異常はありません。それでも網膜だけが確実に傷んでいきます。検査値が正常であることは、体のなかで何も起きていないことの証明にはならない、という当たり前のことを、この病気は静かに教えてくれます。

遺伝子検査の結果をご説明するとき、私はできるだけ「分かったこと」と「まだ分かっていないこと」を分けてお話しするようにしています。RP79でいえば、原因が特定できたことは大きな前進ですが、なぜ網膜だけなのかという肝心の部分は、まだ仮説の段階です。分からない部分を「異常なし」と言い換えないことが、遺伝医療に携わる者の責任だと考えています。

4. 症状と経過 ─ 中心の見え方が保たれやすい理由

RP79の臨床像がまとまった形で示されたのは、2025年に報告された30人・60眼を対象とした症例集積です。これは単一施設で、2016年から2024年までのあいだにHK1関連の網膜疾患と分子診断が確定した患者さんを後ろ向きに集めたもので、22の血縁関係のない家系が含まれています[12]。現時点でHK1関連網膜疾患としてはもっとも規模の大きい報告です。

📊 30人のコホートから見えてきたRP79の姿

評価項目 結果
自覚症状が出た年齢 中央値 36歳
受診時の年齢 中央値 53.5歳
原因となった変異 97%が p.Glu847Lys
記録された最良の視力 中央値 20/28(小数視力でおよそ0.7)
眼底のタイプ 90%が中心窩周囲型
合併しやすい所見 黄斑前膜が57.4%の眼に認められました

この報告では、HK1によるものは他の常染色体顕性の網膜色素変性症と比べて臨床像も電気生理学的所見も軽症であると結論づけられています。

受診時の年齢の中央値が53.5歳、症状に気づいた年齢の中央値が36歳ということは、多くの方が自覚してから十数年、様子を見ながら過ごしておられるということです。急激に見えなくなる病気であれば、こうした年月の開きは生じません。そして記録された最良の視力の中央値が20/28、日本の表記でいえばおよそ0.7という値は、運転免許の基準や日常の読み書きに十分な水準です。もちろん個人差はありますし、視野の狭まりは視力とは別に評価する必要がありますが、「網膜色素変性症=失明」という図式がこの病型にはそのまま当てはまらないことは、はっきりお伝えできます。

日本人症例で示された、11年間の経過

日本人でHK1変異による網膜色素変性症が初めて報告されたのは2019年です。大阪大学の研究グループが、11年間にわたって同じ病院で経過を追っていた患者さんに全エクソーム解析を行い、HK1のc.2539G>A(p.E847K)をヘテロ接合でもっていることを突き止めました。眼底は典型的な網膜色素変性症の像を示していたにもかかわらず、11年のあいだの視機能の低下はごくわずかにとどまっていました。家族歴も常染色体顕性の遺伝形式と矛盾しませんでした[13]。長期に追跡された症例が少ない領域で、この報告は予後を語るうえでの貴重な土台になっています。

5. 眼底の特徴 ─ リング状の変性と、静脈に沿うPPRCA

典型的な網膜色素変性症では、網膜のいちばん外側から変性が始まり、時間をかけて中心へ向かって求心性に進んでいきます。これに対してRP79では、変性が網膜の中央部を取り囲むリング状の帯に集中し、いちばん大切な中心窩と、いちばん外側の周辺部の両方が比較的よく残ります。この分布のしかたを「中心窩周囲型(ペリセントラル型)」と呼び、先ほどのコホートでは実に90%の患者さんがこの型に分類されました[12]。ドーナツの穴にあたる部分が中心窩、生地の部分が傷んだ領域、と考えると分かりやすいかもしれません。

💡 用語解説:眼底自発蛍光(FAF)と網膜電図(ERG)

眼底自発蛍光は、網膜色素上皮のなかにたまる蛍光物質を利用して、色素上皮が元気かどうかを写し出す検査です。造影剤を使わずに、変性している範囲と残っている範囲の境目をくっきり描き出せます。網膜電図は、光を当てたときに網膜が出すごくわずかな電気の反応を記録する検査で、視細胞全体の働きを数値で評価できます。見た目の眼底写真だけでは分からない「機能の低下」をとらえられるため、網膜色素変性症の診断と経過観察の両方で欠かせない検査です。

静脈に沿ってヒトデ状に広がる ─ PPRCAという顔

日本の患者さんの眼底では、もうひとつ特徴的な像が報告されています。2024年に大阪大学のグループが報告した2家系の症例では、いずれも黄斑部を避けた左右対称のドーナツ状の変性が見られ、さらにその変性が網膜の血管に沿って周辺へヒトデのように突き出していました。静脈の周囲だけでなく、動脈に沿った萎縮も認められています。この所見は、色素性傍静脈脈絡膜網膜萎縮症(PPRCA)と呼ばれてきた病態の典型像そのものでした。報告した研究グループは、これまでのRP79の症例を見返すと、実はPPRCAと考えられる所見をもつものがあったと指摘し、超広角の眼底自発蛍光がこの像をとらえるのに有用で、PPRCAはRP79を疑う手がかりになると述べています[14]

この視点のきっかけになったのは、その前に報告された欧米の1例です。網膜色素変性症の遠い家族歴をもつ女性が、PPRCAを思わせる眼底像を示し、HK1のヘテロ接合変異(p.Glu851Lys、すなわちp.Glu847Lysと同じ変化)をもっていたという症例報告でした[15]。さらに、複数の家系にわたってPPRCAとHK1変異の共分離を示した研究も報告されており、4家系10人を対象とした全エクソーム解析で、p.Glu847Lysが家族6人と一緒に受け継がれていることが確認されました。この研究では、同じ変異をもつ別の患者さんが、錐体杆体ジストロフィ・網膜色素変性症・強化S錐体症候群という異なる診断名で通院していたことも明らかになっています[16]

PPRCAはもともと原因不明のまれな網膜脈絡膜変性として記載されてきた病態で、網膜静脈に沿った骨小体様の色素沈着と、その周囲の色素上皮・脈絡膜毛細血管の萎縮を特徴とします。RP79でこの像が高い頻度で重なるという事実は、この病気が視細胞だけが単独で弱っていく病気ではなく、網膜の血管まわりの環境まで巻き込んだ変性である可能性を示しています。ただしPPRCAはHK1だけで起こるものではなく、他の遺伝子でも報告があるため、眼底の見た目だけで原因遺伝子を決めつけることはできません。

6. 同じ変異なのに見え方が違う ─ 浸透率と表現度

RP79をご家族に説明するとき、私たちがもっとも時間をかけるのがこの部分です。まったく同じ変異をもっていても、現れ方が人によって違います。しかもその違いは「軽い・重い」という程度の差にとどまらず、診断名そのものが変わってしまうほどの幅があります。

4つの家系を対象とした研究では、同じp.Glu851Lys(p.Glu847Lysと同じ変化)をもつ人が、網膜色素変性症だけでなく、主に錐体が障害される優性黄斑ジストロフィや錐体杆体ジストロフィとしても現れうることが示されました[17]。杆体(暗いところで働く細胞)が先に傷むのが網膜色素変性症、錐体(明るいところで色を見る細胞)が先に傷むのが錐体ジストロフィですから、これはかなり大きな違いです。ひとつの変異がこれほど幅広い表現型を生むことを、遺伝学では多面発現(プレイオトロピー)と呼びます。

💡 用語解説:浸透率と表現度のちがい

浸透率は「変異をもつ人のうち、症状が出る人の割合」です。100人が変異をもっていて85人に症状が出るなら浸透率85%、つまり不完全浸透です。一方表現度は「症状が出た人のなかでの、現れ方の幅」を指します。出るか出ないかが浸透率、出たとしてどのくらいかが表現度と覚えていただくと整理しやすくなります。RP79はこの両方に幅がある病気です。

浸透率についても具体的な数字が報告されています。北欧系の4世代にわたる大家系を解析した研究では、HK1のp.Glu847Lysが病気とともに受け継がれる一方で、浸透率は85%にとどまっていました[18]。つまり変異をもっていても症状が出ない方が一定割合いる、ということです。OMIMにも、この家系では不完全浸透を伴う常染色体顕性遺伝であったと記載されています[3]家系図のうえで「飛び越して」遺伝したように見える現象は、この不完全浸透で説明できることが少なくありません。

p.Glu847Lys以外の変異 ─ もうひとつの発症の仕組み

これまでRP79は、酵素活性を保ったまま網膜に有害な性質を獲得するミスセンス変異だけが原因だと考えられてきました。ところが2024年、この枠組みに収まらない症例が報告されます。3歳で網膜色素変性症を発症した女児のトリオ解析で、HK1にフレームシフト変異 c.613del(p.Ala205Leufs*3)がヘテロ接合で見つかったのです。両親と兄はこの変異をもっておらず、新生突然変異と判断されました。細胞を使った実験では、この変異アレルからmRNAは転写されるものの、短く切れたタンパク質は細胞のなかで検出されませんでした[19]

タンパク質が作られないということは、この変異は機能喪失型変異であり、HK1の量が半分になるハプロ不全という状態を生んでいることになります。報告した研究グループは、機能喪失型変異もまた網膜色素変性症を起こしうる、という新しい可能性を提示しました。ただしこれは現時点では1家系の報告にとどまりますので、確立した第2の病態モデルとまでは言えません。今後の症例の積み重ねが待たれる段階です。

7. 診断の進め方 ─ 眼科の検査と遺伝学的検査を組み合わせる

網膜色素変性症の診断そのものは、眼底検査と網膜電図を中心に眼科で行われます。そのうえで原因遺伝子を特定するために遺伝学的検査を組み合わせる、というのが現在の標準的な流れです。RP79を疑う手がかりとしては、次のような所見が挙げられます。

🔎 RP79を疑う3つの手がかり

① 中心が残っている

中心窩を避けたリング状の変性で、視力が年齢のわりに保たれている。

② 血管に沿った変化

超広角の眼底自発蛍光で、静脈に沿ってヒトデ状に伸びる萎縮が見える。

③ 縦に続く家族歴

親から子へ世代を追って現れ、男女差がない。ただし飛び越すこともある。

遺伝学的検査としては、網膜疾患に関わる遺伝子をまとめて調べる遺伝子パネルが第一選択になります。当院の網膜色素変性症遺伝子パネル検査は非症候群性・症候群性をあわせた129遺伝子を対象としており、HK1もこの対象遺伝子に含まれています。網膜の変性に視神経の萎縮を伴う場合は網膜症・視神経萎縮遺伝子パネル検査、目の病気全体を広く見渡したい場合は包括的眼疾患遺伝子検査という選択肢もあります。パネルで診断がつかない場合には、クリニカルエクソーム検査のように、より広い範囲を調べる方法を検討します。

💡 用語解説:パネル検査とエクソーム解析の使い分け

パネル検査は、あらかじめ決めた遺伝子だけを深く読む方法です。対象が絞られている分、読み取りの精度を高くできて、結果の解釈も明快になります。一方エクソーム解析は、タンパク質の設計図にあたる領域をゲノム全体にわたって調べます。診断がつく可能性は広がりますが、意味の分からない変化もたくさん見つかります。どちらを選ぶかは、症状の典型性・家族歴・年齢によって変わりますので、次世代シークエンサーを用いた検査の選び方も含めて、事前に相談していただくのが安全です。ご両親も一緒に調べるトリオ解析は、新生突然変異かどうかの判断に役立ちます。

研究の場面では、さらに細かい変化をとらえる方法も試されています。補償光学という技術を使った眼底カメラでは、生きている目のなかの錐体細胞を1個ずつ見ることができます。日本人家系を対象とした解析では、この方法によって黄斑のまわりの錐体の密度を数値として評価することができました[6]。まだ一般診療で広く使える検査ではありませんが、症状が出る前の段階の変化をとらえる手段として期待されています。

8. 鑑別すべき疾患 ─ 見た目が似ていても原因は違う

RP79の診断を確定させるには、似た眼底像を示す他の疾患を丁寧に区別していく必要があります。

他の遺伝子による網膜色素変性症との区別が最初の課題です。常染色体顕性でもっとも頻度が高いのはロドプシンをつくるRHO遺伝子で、X連鎖性ではRPGR遺伝子、常染色体潜性ではEYS遺伝子が代表的です。これらの多くは周辺から中心へ向かって求心性に進むパターンをとり、RP79のように血管の走行に沿った変化や、長期にわたる黄斑の温存を示すことはまれです。ただし眼底の見た目だけで確実に区別することはできませんので、最終的には遺伝学的検査で判断します。

症候群性の網膜変性も除外が必要です。難聴を伴うアッシャー症候群USH2A遺伝子などが原因となり、目以外の症状の有無が手がかりになります。錐体杆体ジストロフィーは錐体が先に傷むタイプで、暗いところより明るいところでの見えにくさや色覚の異常が先行します。ただし前の章で見たように、HK1の同じ変異が錐体杆体ジストロフィとして現れることもあるため、診断名だけでHK1を除外しないことが大切です。

PPRCAの他の原因にも注意が必要です。静脈に沿った萎縮と色素沈着という所見は、CRB1遺伝子をはじめ、CRX遺伝子やRPGRIP1遺伝子でも報告されています。またぶどう膜炎などの炎症のあとに、似た像が後天的に生じることもあります。PPRCAという所見は入口であって、そこから原因を絞り込む作業が必要になります。

最後に、同じHK1が原因の別の疾患との区別です。NEDVIBAでは網膜の変性や視神経の萎縮が見られることがありますが、重い発達の遅れや知的障害、けいれん、頭部MRIでの脳の形の異常を伴います。Russe型遺伝性運動感覚ニューロパチーは手足の筋力低下と感覚の障害が中心で、目の症状は伴いません。「HK1に変化があった」という一言だけでは、どの病気なのかは決まりません。変異の位置と遺伝形式、そして目以外の所見をあわせて判断する必要があります。

9. 遺伝の考え方とご家族への説明

RP79は常染色体顕性(優性)遺伝ですから、変異をもっている方からお子さんへ伝わる確率は、男女を問わず1回の妊娠につき50%です。これは受け継がれるかどうかの確率であって、受け継いだお子さんが必ず症状を出すという意味ではありません。ここに不完全浸透という要素が加わります。報告されている浸透率は85%でしたので[18]、変異を受け継いだ方のうち一定割合は、少なくとも観察された年齢までは症状が現れませんでした。

また顕性遺伝の病気ですので、潜性(劣性)遺伝の病気で使われる保因者という枠組みは、RP79には当てはまりません。潜性の病気では「変異を1本もっているが生涯発症しない人」を保因者と呼びますが、RP79の場合、変異を1本もっている方は発症しうる立場にあります。ただし発症年齢が中年期以降に偏るため、若いご家族が現時点で無症状であっても、それだけでは変異をもっていないことの証明にはなりません。この点は、ご家族に説明するときにとくに丁寧さが必要なところです。

発端者の方でHK1の変異が確定した場合、血縁のご家族が同じ変異をもっているかどうかを調べる検査を行うことができます。この場合、すでに原因が分かっているため、その1か所だけを確認すればよく、パネル検査を全員に行う必要はありません。ただし無症状のご家族に検査を勧めるかどうかは、慎重な判断が必要です。現時点で進行を止める治療法が確立していない病気について、症状のない段階で結果を知ることには、心理的な負担や、生命保険の加入などの社会的な影響も伴います。当院では臨床遺伝専門医が、検査を受ける・受けないの両方の選択肢を並べたうえで、ご本人の意思決定を支える形で遺伝カウンセリングを行っています。

お子さんを考えるときの選択肢

妊娠・出産を考えておられる場合、技術的には着床前遺伝学的検査(PGT-M)や、妊娠中の羊水検査・絨毛検査によって、変異の有無を調べることが可能です。ただしRP79は成人期の発症が多く、中心の視力が保たれやすい病型でもあります。日本では、こうした発症時期が遅く、生命に直接かかわらない疾患をPGT-Mの対象とするかどうかについて、学会の審査を経る仕組みが設けられています。実際に選択できるかどうかは個別の判断になりますので、まずはご相談のなかで整理していくことをおすすめします。私たちの役割は、特定の選択を勧めることではなく、選べる道筋とそれぞれの意味を正確にお伝えすることだと考えています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【診断名が同じでも、伝えるべき見通しは違います】

「網膜色素変性症です」という一言が、患者さんにとってどれほど重いかを、外来では毎回感じます。多くの方が最初に思い浮かべるのは失明です。けれども原因遺伝子が分かると、その一言の中身がまったく変わってきます。RP79であれば、中心の視力が長く保たれやすいこと、進行が緩やかなこと、貧血や神経の病気を心配しなくてよいことまで、具体的にお話しできます。

遺伝子を調べる目的は、病名に番号を付けることではありません。その方が明日からどう暮らしていけばよいのかを、少しでも解像度高くお伝えするためです。そして同時に、ご家族のうち誰に、どのタイミングで、何をお話しするのかを一緒に考えるためでもあります。結果を伝えて終わりにしないことが、遺伝医療の本質だと思っています。

10. 治療の現状と、いま受けられる支援

現時点で、RP79の網膜変性そのものを止める治療法は確立していません。これは網膜色素変性症全体に共通する状況です。ただし目の合併症への対応と、生活を支える仕組みについては、いまできることがあります。

RP79では黄斑前膜の合併が多く、コホートでは57.4%の眼に認められました[12]。網膜色素変性症では嚢胞黄斑浮腫や白内障の合併もしばしば見られ、これらは通常の眼科診療のなかで治療が可能です。「もとの病気が治らないから何もできない」わけではありません。中心の視力が保たれやすいRP79では、合併症の管理が生活の質に直結します。日本では網膜色素変性は指定難病に指定されており、重症度の基準を満たす場合には医療費助成の対象となります。視野や視力の状態によっては、身体障害者手帳の申請やロービジョンケアの利用も検討できますので、通院先の眼科でご相談ください。

開発が進む治療の方向性

網膜色素変性症の治療開発は、この10年で大きく動いています。大きく分けると、原因遺伝子ごとに対応する遺伝子治療と、原因遺伝子を問わない遺伝子非依存的なアプローチの2つの流れがあります[20]。遺伝子治療では、AAVベクターという無害化したウイルスを運び屋にして、正常な遺伝子を網膜へ届ける方法が実用化されています。ただしこの方法は、遺伝子の働きが失われたタイプの病気に向いており、RP79の主流である「有害な性質を獲得したミスセンス変異」には、正常な遺伝子を足すだけでは対応しにくいという理論上の課題があります。

そこで注目されているのが、原因遺伝子を問わないアプローチです。すでに変性が高度に進んだ網膜に対して、残っている神経細胞に光を感じる性質をもたせる光遺伝学療法では、長らく光を失っていた患者さんの視機能が部分的に回復したことが報告されました[21]。また、変異の種類にかかわらず視細胞の生存を支えることを狙った遺伝子治療も、臨床試験の段階に入っています。網膜色素変性症を対象に、RHO遺伝子のグループと遺伝子非依存のグループを並行して評価する第3相試験も進行中です[22]いずれも研究段階であり、現在の日本で一般に受けられる治療ではありませんが、正確な分子診断を受けておくことが、将来こうした選択肢が広がったときの前提になります。

11. よくある誤解

誤解①「網膜色素変性症だから、いずれ必ず失明する」

RP79では、記録された最良の視力の中央値が20/28(およそ0.7)で、90%の方が中心窩の温存されたタイプでした。11年間追跡した日本人症例でも、視機能の悪化はごくわずかにとどまっています。進行の速さは原因遺伝子によって大きく異なります

誤解②「糖の代謝酵素の病気だから、糖尿病と関係がある」

HK1は糖代謝の入口の酵素ですが、RP79を起こす変異では酵素としての働きが保たれています。全身の糖代謝に異常は生じず、糖尿病になりやすくなるわけでもありません。食事や運動の制限が必要になる病気でもありません。

誤解③「家族に誰もいないから遺伝ではない」

浸透率が完全ではないため、変異をもっていても症状の出ないご家族がいます。また発症年齢が中年期以降に偏るため、若い世代では診断がついていないだけのこともあります。さらに、ご本人で新しく生じた変異の報告もあります。家族歴がないことは、遺伝性を否定する根拠になりません

誤解④「HK1に変化があると聞いたので、貧血や神経の病気も心配」

同じHK1でも、溶血性貧血やRusse型ニューロパチーは両親から1本ずつ変異を受け継いだときにだけ起こる、別の遺伝形式の病気です。RP79の患者さんに全身の合併症が生じたという報告はなく、目以外の症状は認められていません。

よくある質問(FAQ)

Q1. 網膜色素変性症79(RP79)は、ふつうの網膜色素変性症と何が違うのですか?

違いは進み方と、傷む場所の分布です。多くの網膜色素変性症は網膜の周辺から中心へ向かって進みますが、RP79では中央部を取り囲むリング状の帯に変性が集中し、いちばん大切な中心窩が長く残ります。30人を集めた報告では90%がこのタイプで、記録された最良の視力の中央値は20/28(小数視力でおよそ0.7)でした。原因はHK1遺伝子のヘテロ接合変異で、常染色体顕性(優性)遺伝の形式をとります。

Q2. HK1は全身で働く酵素と聞きました。なぜ目だけに症状が出るのですか?

RP79を起こす変異はタンパク質の表面にあり、糖をつかまえる活性中心から離れているため、酵素としての働きは保たれています。そのため全身の糖代謝には影響が出ません。一方で視細胞は、毎日およそ1割の外節を作り替えるという特殊な代謝を行っており、糖の消費量が突出しています。またヘキソキナーゼ1にはミトコンドリアに結合して細胞死を抑える役割もあり、この調節が網膜で乱れることが原因ではないかと考えられています。ただし、なぜ網膜だけなのかは現時点では仮説の段階です。

Q3. 中心の視力は残ると聞きましたが、将来失明しますか?

RP79は網膜色素変性症のなかでは進行が緩やかな病型です。11年間追跡された日本人症例では、視機能の低下はごくわずかにとどまりました。ただし進行の速さには個人差があり、視野の狭まりは視力とは別に評価する必要があります。また黄斑前膜や白内障などの合併症が視力に影響することもあります。将来の見通しについては、実際の眼底所見や視野検査の結果をふまえて、主治医の眼科医とご相談ください。

Q4. 親がRP79と診断されました。自分にも遺伝しますか?

常染色体顕性(優性)遺伝ですので、変異が受け継がれる確率は男女を問わず1回の妊娠につき50%です。ただし受け継いだ方が必ず発症するわけではありません。報告されている浸透率は85%で、変異をもっていても症状が現れない方が一定割合いらっしゃいます。ご家族の検査は、すでに原因の変異が分かっていればその1か所を確認するだけで済みます。無症状の段階で検査を受けるかどうかは、心理的な影響も含めて事前に整理しておくことをおすすめします。

Q5. 同じ家系なのに、症状の出方が人によって違うのはなぜですか?

RP79は浸透率にも表現度にも幅がある病気です。最初に報告された家系でも、幼少期から夜盲を訴えた方がいる一方で、60代や70代になるまで自覚症状がなかった方がいました。さらに、同じ変異をもつ方が網膜色素変性症ではなく、錐体杆体ジストロフィや優性黄斑ジストロフィ、色素性傍静脈脈絡膜網膜萎縮症として診断されていた例も報告されています。ご家族のなかで見え方が違っても、それ自体は珍しいことではありません。

Q6. どの検査を受ければRP79と分かりますか?

網膜色素変性症の診断自体は、眼底検査と網膜電図を中心に眼科で行われます。原因遺伝子を特定するには、網膜疾患に関わる遺伝子をまとめて調べるパネル検査が第一選択になります。当院の網膜色素変性症遺伝子パネル検査は129遺伝子を対象としており、HK1もこの対象に含まれています。パネルで診断がつかない場合には、より広い範囲を調べるクリニカルエクソーム検査を検討します。どの検査を選ぶかは症状や家族歴によって変わりますので、事前にご相談ください。

Q7. HK1の変異が見つかったら、貧血や神経の病気も心配したほうがよいですか?

RP79については、その心配はありません。同じHK1が原因でも、非球状赤血球性溶血性貧血とRusse型遺伝性運動感覚ニューロパチーは、両親から1本ずつ変異を受け継いだときにだけ発症する常染色体潜性(劣性)遺伝の病気で、変異の位置も性質も異なります。RP79の患者さんでは全身の糖代謝の異常が検出されておらず、目以外の症状は報告されていません。ただし発達の遅れや脳の所見を伴う場合は、HK1の別の疾患であるNEDVIBAの可能性を考える必要があります。

Q8. いま受けられる治療はありますか?

現時点で、RP79の網膜変性そのものを止める治療法は確立していません。ただし黄斑前膜や嚢胞黄斑浮腫、白内障といった合併症は通常の眼科診療で治療が可能で、中心の視力が保たれやすいRP79では、その管理が生活の質に直結します。日本では網膜色素変性は指定難病に指定されており、重症度の基準を満たす場合には医療費助成の対象となります。研究段階では、原因遺伝子を問わない光遺伝学療法や遺伝子治療の臨床試験が進んでいます。

🏥 網膜色素変性症の遺伝子診断のご相談

網膜色素変性症の原因遺伝子の特定と
ご家族の遺伝リスクの整理は
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。

参考文献

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  • [2] Retinitis pigmentosa. Orphanet J Rare Dis. 2006. [PMC1621055]
  • [3] OMIM #617460. RETINITIS PIGMENTOSA 79; RP79. Johns Hopkins University. [OMIM 617460]
  • [4] A dominant mutation in hexokinase 1 (HK1) causes retinitis pigmentosa. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2014. [PubMed 25190649]
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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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