目次
HK1(ヘキソキナーゼ1)は、わたしたちの体が糖をエネルギーに変える「いちばん最初のスイッチ」を担う酵素の設計図です。この1つの遺伝子が壊れ方を変えるだけで、貧血・手足のしびれ・目の病気・赤ちゃんの低血糖・重い発達の遅れという、まったく違って見える5つの病気が起こります。しかも遺伝の仕方まで変わります。なぜ1つの遺伝子がこれほど多彩な顔を見せるのか、そして検査で何がわかり何がわからないのかを、遺伝専門医が整理して解説します。
Q. HK1遺伝子とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. HK1は、糖(グルコース)にリン酸をつけて細胞が使える形に変える「ヘキソキナーゼ1」という酵素の設計図で、10番染色体の10q22.1にあります[1][2]。この遺伝子の変化は、壊れ方によって5つのまったく違う病気を引き起こします。酵素の働きが「足りなくなる」変化は貧血や末梢神経の病気を、「効きすぎる」変化は重い発達の遅れを、「本来オフのはずの場所でオンになる」変化は赤ちゃんの低血糖を招きます。同じ遺伝子でありながら遺伝の仕方も劣性・優性の両方があり、遺伝カウンセリングでは変化の場所と種類を1つずつ確認する必要があります。
- ➤HK1の基本の働き → 解糖系の第1段階を担う律速酵素。脳と赤血球がとくに強く依存
- ➤5つの疾患 → 溶血性貧血・CMT4G・NEDVIBA・網膜色素変性症79・先天性高インスリン血症
- ➤遺伝形式が分かれる理由 → 「働きが減る変化」は劣性、「働きが増える変化」は優性
- ➤検査の落とし穴 → CMT4Gと高インスリン血症の原因はエクソーム検査やパネル検査では見つからない
- ➤糖尿病診療での注意 → HK1の個人差はHbA1cの値そのものをずらすことがある
1. HK1遺伝子とは:糖代謝の「最初のスイッチ」を作る設計図
わたしたちが食事から取り込んだ糖(グルコース)は、そのままでは細胞の中で使えません。細胞の中に入った糖にリン酸という「荷札」をつけて、外に逃げられなくしたうえでエネルギー生産のラインに乗せる——この最初の一手を担うのがヘキソキナーゼという酵素です。HK1遺伝子は、そのヘキソキナーゼのうち1番目のタイプ(ヘキソキナーゼ1)の設計図にあたります[1]。
HK1遺伝子は10番染色体の長腕、10q22.1という場所にあります[1][3]。作られるタンパク質は917個のアミノ酸からなり、遺伝子データベースには合計30個のエクソン(設計図の中で実際にタンパク質の情報を持つ部分)が登録されています[2]。この「エクソンの数が多い」という点が、後で説明する多彩な病気の伏線になります。
💡 用語解説:解糖系(かいとうけい)とは
糖を分解してエネルギー(ATP)を取り出す、生き物にとって最も基本的な代謝の流れです。10段階ほどの化学反応が数珠つなぎになっており、HK1が担当するのはその第1段階です。
工場のベルトコンベアに例えると、解糖系は「糖を分解する製造ライン」、HK1はそのラインの入り口にある門番にあたります。門番がどれだけの速さで材料を通すかによって、ライン全体の生産量が決まります。このように、流れ全体の速度を決める一番遅い(=一番効いている)ステップのことを「律速段階(りっそくだんかい)」と呼びます。HK1が働かなくなると、その先の反応がいくら正常でも糖はエネルギーになりません。
2つの半分からできた、ふしぎな形のタンパク質
ヘキソキナーゼ1のタンパク質は、前半(N末端側)と後半(C末端側)がよく似た形をした、2つの部品が連結された構造をしています。これは進化の過程で、もともと450アミノ酸ほどだった祖先の酵素の遺伝子が丸ごとコピーされ、2つがくっついて1本になったためと考えられています。
興味深いのは、この2つの半分がまったく違う役割に分かれたことです。後半(C末端側)は実際に糖にリン酸をつける「触媒ドメイン」、つまり作業を実行する部分になりました。一方で前半(N末端側)は作業をやめ、「制御ドメイン」——つまり作業を監視してブレーキをかける部分に変わったのです[8]。
💡 用語解説:アロステリック阻害とオートインヒビション
HK1が糖にリン酸をつけると、グルコース-6-リン酸(G6P)という産物ができます。この産物そのものが前半の制御ドメインにくっついて、HK1の働きを止める仕組みがあります。作った物が作り手にブレーキをかけるので「自己阻害(オートインヒビション)」と呼びます。
酵素の作業場(活性部位)ではない別の場所にくっついて働きを変えることを「アロステリック効果」といいます。エアコンの温度センサーのようなもので、部屋が十分暖まったら自動で運転を弱める安全装置だとイメージしてください。この安全装置が壊れると何が起きるかは、後述するNEDVIBAという病気で説明します。アロステリック効果の詳しい解説はこちらをご覧ください。
HK1タンパク質の構造と、変化が起こる場所
同じ遺伝子でも「どこが変わるか」で病気が変わります
N末端
1〜21残基
制御ドメイン
ブレーキ役
連結
触媒ドメイン
作業役
ミトコンドリアに
くっつく部分
ここが失われる
→ CMT4G
G6Pが結合してブレーキ
ブレーキが壊れる
→ NEDVIBA
ヘリックス
糖にリン酸をつける
働きが落ちる → 貧血
847番付近 → 網膜
HK1タンパク質は917アミノ酸。前半が「ブレーキ」、後半が「作業役」に役割分担しており、変化が起こる場所によって現れる病気が変わります。
2. ミトコンドリアにくっつくHK1:エネルギーと細胞の生死を握る
HK1を理解するうえで欠かせないのが、この酵素がただ細胞の中を漂っているのではなく、ミトコンドリアの外側の膜にしっかり係留されているという事実です。この「係留」こそが、HK1が単なる代謝酵素を超えた存在である理由です。
HK1のいちばん先端、N末端の最初の21アミノ酸ほどの部分が、ミトコンドリアの外膜にあるVDAC1(電位依存性陰イオンチャネル1)というトンネル状のタンパク質に結合します[7]。この先端部分を「ポリン結合ドメイン(PBD)」と呼びます。CMT4Gという病気で決定的な意味を持つ部分なので、名前だけでも覚えておいてください。
💡 用語解説:VDAC1(ブイダック・ワン)とは
ミトコンドリアの外膜にあいた「関所つきのトンネル」です。ミトコンドリアは細胞のエネルギー工場ですが、外膜で外界と仕切られています。作ったエネルギー(ATP)を外へ出したり、カルシウムを出し入れしたりする通路がVDAC1です。
重要なのは、このトンネルが「細胞を殺すスイッチ」も兼ねている点です。細胞が死ぬべきときには、BaxやBakというタンパク質がVDAC1に取りつき、ミトコンドリアの中身を漏れ出させて細胞死(アポトーシス)を起動します。HK1がVDAC1に座っている間は、この殺傷スイッチが物理的にふさがれる——つまりHK1は細胞の生存を守る「守衛」でもあるのです。
「工場の隣に店を出す」——なぜ係留に意味があるのか
HK1が糖にリン酸をつけるには、リン酸の供給源であるATPが必要です。そのATPを作っているのはミトコンドリアです。もしHK1が細胞の中を漂っていたら、ミトコンドリアが放出したATPが細胞じゅうに拡散するのを待たなければなりません。
ところがHK1はVDAC1というATPの出口に直接座っているため、トンネルから出てきたATPをその場で捕まえて即座に使えます。そして使い終わったADPをそのままトンネルに押し返す。工場の出荷口の真横に自分の店を構えているようなもので、輸送のロスがほぼゼロになります。この効率のよさを専門的には「チャネリング(channeling)」と呼びます。エネルギーを大量に、しかも安定して必要とする脳の神経細胞にとって、この配置は生命線です。
HK1は免疫のセンサーでもある:細菌を「味で」感知する
2016年、HK1の理解を一変させる発見が報告されました。マクロファージ(細菌を食べる免疫細胞)がグラム陽性菌を取り込んで分解すると、細菌の細胞壁の材料であるN-アセチルグルコサミン(NAG)という糖が細胞質に放出されます。このNAGがHK1の働きを直接抑え、その結果としてHK1がミトコンドリアから外れるのです[15]。
驚くべきは次の点です。研究チームがHK1とミトコンドリアの結合だけを人工的に引きはがすペプチドを使ったところ、「はがれる」という出来事それ自体が、NLRP3インフラマソームという炎症の司令塔を起動させるのに十分だったのです[15]。つまりHK1は、酵素としての仕事とはまったく別に、「自分の居場所」を情報として使うという第二の顔を持っていました。細菌の存在を感じ取るセンサー(パターン認識受容体)として働いているわけです。インフラマソーム/NLRP3の解説もあわせてご覧ください。
3. 1つの遺伝子から複数の型:組織ごとの巧みな使い分け
🔍 関連記事:選択的スプライシング/プロモーターとは/5’非翻訳領域(5’UTR)
HK1のもう1つの特徴は、たった1つの遺伝子から、組織ごとに違う型のタンパク質を作り分けていることです。この仕組みが、HK1関連疾患の複雑さを生む最大の源です。
💡 用語解説:選択的スプライシングと代替プロモーター
遺伝子はエクソン(使う部分)とイントロン(捨てる部分)が交互に並んでいます。細胞は必要なエクソンだけをつなぎ合わせて設計図を完成させます。この「つなぎ合わせ方」を変えることで、1つの遺伝子から複数のタンパク質を作り分けられる——これが選択的スプライシングです。
また、遺伝子には「ここから読み始めなさい」という開始点(プロモーター)があります。HK1にはこの開始点が複数あり、組織によって違う開始点が使われます。1冊の本に複数の「第1章」が用意されていて、読者によってどこから読み始めるかが変わる、というイメージです。
赤血球型(HK-R):ミトコンドリアを捨てた細胞のための特別版
成熟した赤血球には、ミトコンドリアも核もありません。酸素を運ぶヘモグロビンを詰め込むために、他の器官をすべて捨ててしまったからです。ここで問題が生じます。ミトコンドリアがない細胞に、ミトコンドリアにくっつく型のHK1を届けても意味がないのです。
そこで赤血球系の細胞は、「赤血球特異的プロモーター」という専用の開始点を使い、ミトコンドリア結合部分(PBD)を持たない型(HK-R)を作ります[4]。HK-Rは細胞質を自由に漂い、ミトコンドリアなしでATPを作り続けます。赤血球は解糖系だけがエネルギー源なので、この型がなければ赤血球は生きられません。
この「専用プロモーター」の存在は、臨床的に決定的な意味を持ちます。プロモーターだけが壊れると、赤血球のHK1だけが減り、他の臓器のHK1は正常のままという状況が生まれるからです。実際、赤血球プロモーターのc.-193A>Gという変化は、プロモーターの働きを正常の8%まで落とすことが実験で確かめられており、赤血球型HK-Rの発現だけを選択的に減らします[4][5]。「貧血だけが起こって神経は無事」という一見ふしぎな病像は、こうして説明がつきます。
精巣型と、神経で使われる「もう1つの第1章」
精子でも専用の型が作られ、精子の運動に必要なエネルギーを供給しています。この精巣型の設計図の5’側(上流)には、T1からT6と呼ばれる複数の代替エクソンが並んでいます[6]。
ここが重要なのですが、これらの「精巣用」と思われていた領域は、実は末梢神経でも使われていることが後にわかりました[6]。T1とT2の間にあるAltT2という領域は、まさにCMT4Gの原因の座です。「精子の話だから神経には関係ない」と切り捨てられなかったことが、病気の解明につながったのです。
膵臓のβ細胞では、HK1は「あえて封印されている」
HK1の物語で最も逆説的なのがここです。膵臓のβ細胞と肝臓では、HK1がわざと発現しないように抑え込まれています[13]。全身のほぼすべての細胞で働く酵素が、ここだけ封印されているのです。
理由は明快です。β細胞の仕事は「血糖値を正確に測ってインスリンを出す」ことです。ところがHK1は糖に対する親和性が高すぎる——血糖が低くても糖を捕まえてしまう。もしβ細胞にHK1があれば、血糖が低いのに「糖がある」と誤報し、インスリンを出してしまうのです。
そこでβ細胞は、糖への親和性がHK1より最大5分の1程度と低いグルコキナーゼ(GCK=ヘキソキナーゼ4)だけを使います[13]。「鈍いセンサー」をあえて選ぶことで、血糖が本当に高いときにだけ反応する——これが正確な血糖センサーの設計思想です。このように、特定の細胞で意図的に沈黙させられている遺伝子を「disallowed gene(発現を許されない遺伝子)」と呼びます。
4. HK1が引き起こす5つの疾患:同じ遺伝子、違う顔
ここまでの知識が揃うと、HK1の5つの疾患が「バラバラの寄せ集め」ではなく、1つの論理から導かれる必然だとわかります。鍵は「どこが、どう変わったか」の2点だけです。
① 非球状赤血球性溶血性貧血(HNSHA)
赤血球のHK1が足りなくなり、ATPが枯渇して赤血球が壊れやすくなる病気です。遺伝形式は常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)で、両親それぞれから変化したHK1を1つずつ受け継いだときに発症します。Orphanetにも「ヘキソキナーゼ欠損による非球状溶血性貧血」として登録されている、確立した疾患です[3]。
報告されている変化は多彩です。前述の赤血球プロモーターのc.-193A>Gのほか、触媒部位に近いc.2599C>T(p.His867Tyr)、フレームシフトを起こすc.2361_2362del(p.Gln788Aspfs*4)、スプライス部位のc.372+1G>Aなどが症例集積で報告されています[5]。
臨床的に興味深いのは、同じc.-193A>Gを持っていても重症度に大きな幅があることです。報告された患者さんの多くは軽度(代償性)の溶血にとどまる一方、輸血が必要な重症例もあります[5]。研究者はこれを「c.-193A>Gは発現が低いだけで完全にゼロではないため、赤血球の機能を保つのに足りる量のHK1が残せている場合がある」と考察しています[5]。遺伝子検査の結果だけで重症度を予測することはできないという、遺伝カウンセリング上の重要な教訓がここにあります。
💡 用語解説:「非球状」とはどういう意味?
溶血性貧血(赤血球が壊れて起こる貧血)にはたくさんの原因があります。よく知られた遺伝性球状赤血球症では、赤血球の膜の骨組みが弱く、赤血球が丸いボール状(球状)に変形するため、顕微鏡で見分けがつきます。
これに対しHK1欠損では、形は正常なのに中身のエネルギーが尽きて壊れるため、顕微鏡で見ても球状にはなりません。だから「非球状」と呼ばれます。形で診断できない=酵素の測定か遺伝子検査でしか確定できないということです。同じ非球状の仲間には、より頻度の高いピルビン酸キナーゼ(PK)欠損症やG6PD欠損症があり、これらとの鑑別が実際の診療では重要になります。
② HMSNR/CMT4G(シャルコー・マリー・トゥース病4G型)
末梢神経の髄鞘(神経を包む絶縁体)が壊れ、子どものうちから足先の筋力低下と感覚障害が進む病気です。常染色体潜性遺伝で、OMIMには605285として登録されています[6]。ロマ(ジプシー)集団に伝わる創始者変異として知られ、ブルガリア・スペイン・スロバキア・チェコのロマ系の患者さんで報告されてきました[6]。
原因は、タンパク質の設計図そのものではなく5’非翻訳領域(5’UTR)のAltT2エクソンにある c.-290G>Cです[6]。もう1つ、完全な連鎖不平衡(必ずセットで受け継がれる関係)にあるc.-196+1241G>Aも同時に報告されていますが、保存性と位置から前者が病的な本体と考えられています[6]。
分子レベルで何が起きるのか。フランスのロマ系患者さん25名を対象とした研究が明快に示しています。この変化はスプライシングを狂わせ、本来の第1エクソン(ミトコンドリア結合部分をコードする)の代わりに、T3・T4という別のエクソンが使われた異常なHK1を作らせます[7]。その結果、N末端の21アミノ酸が置き換わり、HK1がVDAC1に結合できなくなるのです。患者さんの末梢血単核球と腓腹神経を調べたところ、実際にHK1とVDACの結合が著しく低下していました[7]。
結合を失うと、VDACを通したミトコンドリアからのカルシウム放出を止められなくなります[7]。カルシウムの緩衝がきかなくなった神経では髄鞘が維持できず、脱髄が進む——これがCMT4Gの本態です。この研究では、正常なHK1のN末端15アミノ酸を模したペプチドがカルシウム放出を防ぐことも示されており、治療研究の手がかりとして注目されています[7]。この25名の患者さんは小児期に発症し、50歳代で車椅子生活に至る経過をたどっていました[7]。
近年、CMT4Gはロマ集団に限らないことも判明しました。イランの患者さんで、タンパク質のコード領域にある c.19C>T(p.Arg7*)というホモ接合の変化が報告されています[6]。11歳から下肢の筋力低下が進み、慢性脱髄性の末梢神経障害と診断された方です。7番目のアミノ酸で終止させてしまうこの変化も、結局はミトコンドリア結合部分を失わせるという点で共通しています。
③ NEDVIBA(神経発達障害・視覚障害・脳異常)
2019年に初めて報告された、比較的新しい疾患です(OMIM 618547)。常染色体顕性遺伝(優性遺伝)で、そのほとんどが新生突然変異(de novo変異)——つまり両親にはない変化が、お子さんで初めて生じたものです[8]。
最初の報告は、6家系7名の患者さんで見つかった4つの新しいミスセンス変異でした[8]。ここで決定的だったのが、患者さん2名の赤血球でヘキソキナーゼ活性を測ったところ、正常だったという事実です[8]。酵素の働きが落ちていないのに重い症状が出る——ならば原因は「働きが足りない」ことではありえません。
💡 用語解説:機能喪失変異と機能獲得変異
機能喪失(LOF)変異は、タンパク質の働きが減る・なくなる変化です。片方の遺伝子が壊れても、もう片方が正常なら足りることが多いため、両方壊れて初めて発症=潜性(劣性)遺伝になりやすい性質があります。HK1の貧血やCMT4Gがこれにあたります。
機能獲得(GOF)変異は逆に、タンパク質が「余計な働き」や「止まらない働き」を手に入れる変化です。1つ壊れるだけで悪さをするので、顕性(優性)遺伝になります。NEDVIBAはこちらです。同じ遺伝子でも変化の「向き」が違えば、遺伝の仕方まで変わる——この記事の核心です。機能獲得型変異の詳しい解説はこちら。
NEDVIBAの変化は、HK1の前半(N末端側)の制御ドメインや連結ヘリックスに集中しています[8]。ここは、産物であるG6Pがくっついてブレーキをかける場所でした。つまりブレーキの効かないHK1ができてしまう。作れば作るほど止まらず、糖を消費し続ける酵素です。この機序は「過剰な糖のリン酸化を引き起こす機能獲得」として理解されています[10]。
2025年、49名分のデータをまとめた大規模な報告が発表されました。それによるとNEDVIBAの臨床像は、さまざまな程度の知的障害・発達の遅れ、筋緊張低下、てんかん性脳症、視覚障害、脳MRIでのLeigh症候群様のパターン、そして血液・脳脊髄液の乳酸上昇で、ミトコンドリア機能障害を示唆する所見が揃います[9]。重症度は軽症・中等症・重症・致死型に分類されます[9]。
遺伝型と表現型の関係で明確なのは、457番目のトレオニン(Thr457)にミスセンス変異を持つ方は全員が重症だったという点です[9]。この論文は「HK1をミトコンドリア病の遺伝子パネルに含めるべきだ」と明確に提言しています[9]。ミトコンドリア病を疑って検査したのに原因不明、という方にとって重要な指摘です。
結節性硬化症と間違われうるNEDVIBA
2025年に報告された症例は、鑑別診断上とくに重要です。HK1のde novo変異を持つ男児が、結節性硬化症(TSC)の診断基準を満たしてしまったのです[10]。TSCはTSC1/TSC2の異常でmTOR経路が乱れ、全身に過誤腫(ハマルトーマ)ができる病気で、HK1とは分子的にまったく別系統です。それまでNEDVIBAとTSCの関連は報告されていませんでした[10]。
臨床的な含意はこうです。TSCを疑ってTSC1/TSC2を調べたのに変化が見つからないお子さんでは、HK1が候補に入りうる。結節性硬化症(TSC)の総論もあわせてご覧ください。
④ 網膜色素変性症79(RP79)
常染色体顕性遺伝の網膜変性で、OMIM 617460として登録されています。2014年、6世代にわたる大きなアメリカの家系(UTAD003)の解析から発見されました[11]。原因はc.2539G>A(p.Glu847Lys)という、ただ1つの変化です[11]。
この発見が驚きをもって迎えられたのは、糖代謝の経路がヒトの網膜変性疾患と結びついた最初の報告だったからです[12]。網膜色素変性症の原因遺伝子は60を超えて知られていましたが、そのどれもが視覚のサイクルや光受容体の構造に関わるものでした。
では、なぜ網膜だけが傷むのでしょうか。別の研究グループが生化学的に検証したところ、p.Glu847Lysはヘキソキナーゼの酵素活性にもタンパク質の安定性にも影響しないことがわかりました[12]。だから貧血は起こらない。研究者らは、この変化がまだ知られていない別の機能に影響しているか、あるいは機能獲得型として働いている可能性を指摘しています[12]。
臨床的には、5家系(アメリカ・カナダ・シチリアを含む)で同じ変化が見つかり、450キロベースの共通ハプロタイプを共有していたことから創始者変異と考えられています[11]。1名だけこの変化を2つ持つ(ホモ接合の)方がおり、その方だけが際立って重症でした[11]。用量に依存して重くなるという、病態を考えるうえで示唆的な観察です。
⑤ 先天性高インスリン血症(HK1型)
先ほどの「disallowed gene」の話を思い出してください。β細胞でのHK1の封印が解けたら何が起こるか——それがこの病気です。
2022年、研究チームはタンパク質のコード領域ではなく非コード領域を網羅的に調べるという手法で、14例の新生突然変異を発見しました。それらはすべて、HK1のイントロン2にある、わずか42塩基対の保存された領域に集中していました[13]。約4.5キロベースの欠失もあれば、1塩基だけの置換もありました[13]。
この42塩基対は、β細胞の転写因子が結合してHK1を黙らせておくための「封印テープ」でした。ここが壊れると封印が解け、β細胞にHK1が現れます。実際に患者さんの膵組織を調べると、β細胞でHK1の抑制が失われていました[13][14]。血糖を感知する基準点が下がり、低血糖なのにインスリンが出続ける——重い新生児低血糖の正体です[14]。
この発見の重みは、頻度が裏づけています。2025年、原因不明の高インスリン血症の方1,761名を対象にHK1の調節領域を調べた国際研究では、89名(5%)でHK1の変化が見つかりました[14]。エクセター(英国)のコホートでは、遺伝子診断がついた症例全体の2.8%を占め、高インスリン血症の重要な原因として確立しています[14]。
5. 遺伝形式と再発率:ご家族が知っておきたいこと
🔍 関連記事:遺伝形式の全体像/性腺モザイク/遺伝カウンセリングとは
HK1は、遺伝医学の教科書に載せたいほど典型的な「アレル異質性(アレルヘテロジェネイティ)」の実例です。同じ遺伝子の中で、変化の場所と種類によって、病気も遺伝の仕方も変わります。
💡 用語解説:アレル異質性とは
1つの遺伝子の中に、違う病気を引き起こす複数の変化のパターンがあることを指します。「HK1に変化があります」という情報だけでは、どの病気になるのかは決まりません。
ピアノに例えるなら、HK1という楽器は同じでも、どの鍵盤をどう叩くかで、まったく違う曲が鳴るようなものです。だからこそ、遺伝カウンセリングでは「HK1の変化」ではなく「HK1のどこの、どういう変化か」を1つずつ確認する必要があります。
潜性(劣性)の場合:HNSHA・CMT4G
両親がそれぞれ変化を1つずつ持つ保因者で、ご本人には症状がないことがほとんどです。この場合、お子さん1人あたりの発症確率は理論上4分の1(25%)、保因者になる確率が2分の1、まったく受け継がない確率が4分の1です。
実際の家系でこの関係が確認されています。ある症例集積では、患者さんのご両親のうち母親が健康な保因者、父親は軽症、というパターンや、健康な保因者の母親と兄弟がいるパターンが記録されています[5]。CMT4Gがロマ集団に多いのは、創始者効果によりその集団内で保因者の頻度が高まっているためです[6]。血縁結婚のある家系でも潜性疾患のリスクは上がり、イランの報告例もそうした背景から見つかっています[6]。
顕性(優性)の場合:NEDVIBA・RP79・高インスリン血症
NEDVIBAと高インスリン血症の多くは新生突然変異(de novo変異)です[8][13]。両親のどちらにも変化がなく、お子さんで初めて生じたということです。ご両親の育て方や妊娠中の過ごし方が原因ではありません。この点は、遺伝カウンセリングで最初にお伝えしたいことです。
de novo変異の場合、次のお子さんの再発率は一般に低いと説明されます。ただしゼロではありません。理由は性腺モザイク——親御さんの精子や卵子を作る細胞の一部にだけ変化が潜んでいる状態——の可能性が残るためです。
これは机上の空論ではありません。NEDVIBAの最初の報告には、同じc.1370C>T(p.Thr457Met)を持つ発症したごきょうだいが2人いた家系が含まれています[8]。両親の血液を調べてもモザイクは検出されませんでした[8]。血液では見つからなくても生殖細胞に潜んでいた、と考えるのが自然な事例です。「de novoだから次は大丈夫」と断定できない根拠が、ここにあります。
一方、RP79のように家系内で代々受け継がれている顕性遺伝もあります。UTAD003は6世代にわたる家系でした[11]。この場合、患者さんからお子さんへ受け継がれる確率は理論上2分の1(50%)です。ただし浸透率や重症度には幅があり、高インスリン血症のHK1変化でも家系内で受け継がれる例と重症度の違いが報告されています[14]。
6. 遺伝学的検査:HK1で知っておくべき「検査の守備範囲」
🔍 関連記事:エクソーム解析と全ゲノム解析の違い/エクソーム解析とは/サンガー法
HK1は、「どの検査を選ぶか」が診断できるかどうかを直接左右するという、遺伝子検査の教材のような遺伝子です。この章がこの記事でいちばん実用的な部分かもしれません。
💡 用語解説:なぜエクソーム検査では見つからない変化があるのか
エクソーム検査(WES)は、ゲノム全体のうちタンパク質の設計図になる部分(エクソン)だけを読む検査です。ゲノム全体の約1〜2%にすぎませんが、病気の原因の多くがここにあるため効率がよい方法です。
ところがHK1のCMT4G(5’UTR)と高インスリン血症(イントロン2の42塩基対)は、どちらもその「1〜2%の外」にあります。本にたとえるなら、原因が本文ではなく目次や柱の部分に書いてある。本文だけをスキャンする検査では、当然写りません。全ゲノム解析(WGS)や、その領域を狙い撃ちする検査が必要になります。
パネル検査の限界を、正直にお伝えします
当院ではシャルコー・マリー・トゥース病(CMT)遺伝子検査(NGSパネル)で59遺伝子を解析していますが、このパネルの対象遺伝子にHK1は含まれていません。また、次世代シーケンサーを用いたパネル検査は一般に、調節領域(プロモーター領域)やエクソンから20塩基対以上離れた深部イントロン領域の変化を検出対象としていません。
つまり、CMT4Gを疑う場合には、CMTパネルでは原理的に診断がつきません。CMTパネルはCMT全般の鑑別には有用ですが、HK1の5’UTRを狙うなら別の設計の検査——全ゲノム解析や、AltT2領域を標的としたサンガー法による解析——が必要です。実際、CMT4Gの研究でも患者さんの遺伝型判定はAltT2エクソンのサンガー解析で行われています[7]。イランの報告例のように、コード領域に変化がある症例はエクソーム解析で見つかりました[6]が、これは例外的なケースです。
✅ エクソーム検査で見つかりうる
NEDVIBA:N末端制御ドメインのミスセンス変異。全エクソーム検査(WES)/クリニカルエクソーム検査
RP79:c.2539G>A。包括的眼疾患遺伝子検査
HNSHAの一部:触媒部位の変化。ただしプロモーターのc.-193A>Gは対象外
⚠️ 別の設計の検査が必要
CMT4G:5’UTRのAltT2。全ゲノムシークエンスまたは標的サンガー法
高インスリン血症:イントロン2の調節領域。高インスリン血症遺伝子検査を含む検討が必要
HK1単独を狙う場合:カスタマイズ遺伝子パネル検査
先天性高インスリン血症を疑う場合、HK1のほかにABCC8など複数の原因遺伝子があり、家族性高インスリン性低血糖症1型(HHF1)との鑑別が必要になります。低血糖症遺伝子パネル検査も含め、どの検査を組み合わせるかは症状と経過から個別に判断します。溶血性貧血については、遺伝性球状赤血球症NGS遺伝子パネル検査は球状赤血球症を対象とするもので、非球状であるHK1欠損は対象外です。
7. HbA1cへの影響:糖尿病の診断がずれることがある
最後に、病気とは呼べないけれど臨床的にとても重要な話をします。HK1の「よくある個人差」が、糖尿病の検査値そのものをずらすことがあるのです。
2008年、健康な女性14,618名を対象にした大規模なゲノムワイド関連解析で、HbA1c(過去1〜2か月の平均血糖を反映する指標)と関連する遺伝子としてHK1が新たに発見されました[16]。同時に見つかったGCK・SLC30A8・G6PC2はすでに糖代謝で知られた遺伝子でしたが、HK1は完全に新顔でした[16]。この関連は、別の455名の独立した集団でも再現されています[16]。
💡 用語解説:HbA1cが「血糖以外」でずれる理由
HbA1cは、赤血球の中のヘモグロビンに糖がくっついた割合です。ポイントは「赤血球が長生きするほど、糖がくっつく時間が長くなる」こと。つまりHbA1cは血糖だけでなく、赤血球の寿命にも左右されるのです。
HK1は赤血球のエネルギー供給を担っていますから、その働きの個人差は赤血球の代謝と寿命に影響しえます。研究者らも、HK1がHbA1cに影響する経路として「赤血球の生物学を介した非血糖性の経路」を想定しています。同じ血糖値でも、HbA1cの数字が人によって少しずれる——これがHK1の個人差の意味です。
この知見の実務的な意味はこうです。HbA1cは糖尿病の診断基準に使われる指標ですから、HK1の変化を持つ方では、HbA1cが実際の血糖状態を正しく反映していない可能性があります。とくにHK1欠損による溶血性貧血の方では赤血球の寿命が短くなっていますから、HbA1cは実際より低めに出ることが想定されます。溶血性貧血をお持ちの方の糖尿病診療では、HbA1cだけに頼らず、グリコアルブミンなど赤血球寿命の影響を受けにくい指標を併用することが現実的な対応になります。担当の先生に溶血性貧血があることをお伝えいただくことが大切です。
8. よくある誤解
誤解①「HK1に変化があれば全部の症状が出る」
出ません。変化の場所ごとに、影響を受ける組織が違うからです。赤血球プロモーターの変化なら貧血だけ、RP79の変化なら網膜だけで貧血は伴いません。「1つの遺伝子=1つの病気」という素朴なイメージが通用しない典型例です。
誤解②「エクソーム検査で陰性なら原因はない」
違います。CMT4Gと高インスリン血症はエクソーム検査の守備範囲の外に原因があります。実際、高インスリン血症の非コード領域の変化は、そこを狙って探しに行った研究で初めて見つかりました[13]。「見つからなかった」は「存在しない」ではありません。
誤解③「同じ変化なら同じ重症度になる」
なりません。同じc.-193A>Gでも、軽い代償性の溶血にとどまる方から輸血が必要な方まで幅があります[5]。遺伝子の結果だけで将来を断定することはできません。ただしThr457のように、重症度と強く相関する部位も知られています[9]。
誤解④「de novo変異なら次の子は絶対大丈夫」
「絶対」とは言えません。性腺モザイクの可能性が残るためです。NEDVIBAでも、同じ変化を持つごきょうだいが2人発症し、両親の血液ではモザイクが検出されなかった家系が報告されています[8]。低いけれどゼロではない、というのが正確な説明です。
9. 遺伝専門医からのメッセージ
よくある質問(FAQ)
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溶血性貧血・CMT4G・NEDVIBA・網膜色素変性症・先天性高インスリン血症など
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参考文献
- [1] OMIM Entry *142600 – HEXOKINASE 1; HK1. [OMIM 142600]
- [2] HK1 hexokinase 1 – NIH Genetic Testing Registry (GTR), NCBI. [NCBI GTR]
- [3] Orphanet: HK1-hexokinase 1. [Orphanet]
- [4] First mutation in the red blood cell-specific promoter of hexokinase combined with a novel missense mutation causes hexokinase deficiency and mild chronic hemolysis. Haematologica. 2009. [PMC2738711]
- [5] Biallelic hexokinase 1 (HK1) variants causative of non-spherocytic haemolytic anaemia: A case series with emphasis on the HK1 promoter variant and literature review. British Journal of Haematology. 2024. [BJH 10.1111/bjh.19368]
- [6] Expanding the Molecular Spectrum of HK1-Related Charcot-Marie-Tooth Disease, Type 4G; the First Report in Iran. Archives of Iranian Medicine. [PMC10685863]
- [7] The Hexokinase 1 5′-UTR Mutation in Charcot–Marie–Tooth 4G Disease Alters Hexokinase 1 Binding to Voltage-Dependent Anion Channel-1 and Leads to Dysfunctional Mitochondrial Calcium Buffering. Int J Mol Sci. 2024. [PMC11050395]
- [8] De novo variants in HK1 associated with neurodevelopmental abnormalities and visual impairment. European Journal of Human Genetics. 2019. [PMC6777464]
- [9] Autosomal dominant HK1-related neurodevelopmental disorder with visual defects and brain anomalies (NEDVIBA): An emerging mitochondrial disorder. Genetics in Medicine Open. 2025. [GIM Open 2025]
- [10] A de novo HK1 Variant in a Boy Fulfilling the Diagnostic Criteria for Tuberous Sclerosis Complex: Expanding the Phenotypic Spectrum of NEDVIBA. American Journal of Medical Genetics Part A. 2025. [AJMG-A e64156]
- [11] A Dominant Mutation in Hexokinase 1 (HK1) Causes Retinitis Pigmentosa. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2014. [PMC4224580]
- [12] A Missense Mutation in HK1 Leads to Autosomal Dominant Retinitis Pigmentosa. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2014. [PMC4224578]
- [13] Non-coding variants disrupting a tissue-specific regulatory element in HK1 cause congenital hyperinsulinism. Nature Genetics. 2022. [Nat Genet] / [PubMed 36333503]
- [14] Non-coding cis-regulatory variants in HK1 cause congenital hyperinsulinism with variable disease severity. Genome Medicine. 2025. [PMC11874398]
- [15] Hexokinase Is an Innate Immune Receptor for the Detection of Bacterial Peptidoglycan. Cell. 2016. [Cell 2016]
- [16] Novel Association of HK1 with Glycated Hemoglobin in a Non-Diabetic Population: A Genome-Wide Evaluation of 14,618 Participants in the Women’s Genome Health Study. PLoS Genetics. 2008. [PMC2596965]



