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ニューロフェリチノパチー(神経フェリチン症・NBIA3)とは?症状・MRI所見・FTL遺伝子検査・鉄キレート療法を遺伝専門医が解説

目次

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

鉄は、体にとってなくてはならない栄養素であると同時に、むき出しのまま置いておくと細胞を傷つける危険な物質でもあります。だから私たちの体は、鉄をフェリチンという「金庫」にしまい込んでいます。ニューロフェリチノパチー(神経フェリチン症)は、この金庫の部品をつくるFTL遺伝子に変化が起きて、金庫の扉がわずかに閉まりきらなくなる病気です。漏れ出した鉄は何十年もかけて脳の奥(大脳基底核)に溜まり、成人期になってから手足の不随意運動として姿を現します。脳に鉄が溜まる病気のグループ(NBIA)のなかで、親から子へ50%の確率で伝わる常染色体顕性(優性)遺伝の形をとるのは、この病気だけです。日本では指定難病121に指定されています。本記事では、症状・MRI所見・遺伝子検査・鉄キレート療法までを、遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 脳内鉄沈着・不随意運動・指定難病121
臨床遺伝専門医監修

Q. ニューロフェリチノパチー(神経フェリチン症)とはどんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです

A. 鉄を安全にしまうタンパク質フェリチンの部品(FTL)に変化が起き、大脳基底核を中心に鉄が溜まっていく、成人発症の進行性神経疾患です。手足の片側から始まる舞踏運動やジストニアで発症することが多く、話しづらさ・飲み込みにくさ、遂行機能の低下が徐々に加わります。血液検査では血清フェリチンが低いことが手がかりになり、頭部MRIでは鉄沈着と大脳基底核の空洞(嚢胞性変化)が特徴的です。確定診断はFTL遺伝子検査で行います。根本的な治療法はまだありませんが、脳に届く鉄キレート剤を早期に使った少数例で進行が止まったという報告が出てきています。

  • 遺伝形式 → 脳内鉄沈着神経変性症(NBIA)のなかでこの病気だけが常染色体顕性(優性)遺伝。浸透率は100%とされ、子への伝達は50%
  • 発症のしかた → 10歳代から60歳代まで幅があり、平均は40歳前後。初発症状は舞踏運動とジストニアが二大パターン
  • 診断の決め手 → 血清フェリチン低値+頭部MRIの鉄沈着と嚢胞性変化+FTL遺伝子検査。T2よりT2*・磁化率強調画像のほうが鉄を捉えやすい
  • 日本の患者さんに関わる話 → 指定難病121。日本で報告された変異は英国で最多の変異とは別のもので、10歳代発症の家系もあります
  • 治療の現在地 → 対症療法が中心。鉄キレート剤デフェリプロンの少数例報告があるが、対照群のない人道的使用の段階。鉄剤の補充は推奨されません

🧬 ニューロフェリチノパチーの基本情報

項目 内容
疾患名 ニューロフェリチノパチー/神経フェリチン症(Neuroferritinopathy、別名 Hereditary ferritinopathy)/略称 NBIA3
原因遺伝子 FTL(フェリチン軽鎖)/19番染色体長腕 19q13.33/4エキソン・3イントロン
遺伝形式 常染色体顕性(優性)遺伝/浸透率100%(60歳までにほぼ全員が発症するとされます)
OMIM表現型番号 606159(NEURODEGENERATION WITH BRAIN IRON ACCUMULATION 3)
頻度・報告例数 有病率は不明。世界で100例を超える報告があります。日本では指定難病の要件判定上、患者数100人未満とされています
主な症状 成人発症の舞踏運動・ジストニア(片側から始まり左右差が残る)/話しづらさ・飲み込みにくさ・口や舌の不随意運動/動作緩慢や小脳失調/遂行機能の低下・感情失禁
診断の決め手 頭部MRIでの広範な鉄沈着と、両側大脳基底核の嚢胞性変化(空洞形成)。確定診断はFTL遺伝子検査
鑑別すべき疾患 ハンチントン病/脊髄小脳失調症17型/舞踏病棘赤血球症・マクラウド症候群/パントテン酸キナーゼ関連神経変性症(PKAN)/無セルロプラスミン血症/ウィルソン病
再発率・保因者 お子さん一人ひとりに50%の確率で伝わります。潜性(劣性)疾患ではないため「症状の出ない保因者」という考え方はあてはまりません
検査上の注意 血清フェリチンは低いことが多いものの、正常値の患者さんもいます。低値を鉄欠乏と考えて鉄剤を補充することは推奨されていません

各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。

1. ニューロフェリチノパチーとは ─ 脳に鉄が溜まる病気のなかで、この病気だけが「親から子へ50%」

ニューロフェリチノパチーは、成人になってから始まる進行性の運動障害です。手や足の片側に始まった不随意運動が少しずつ範囲を広げ、話しづらさや飲み込みにくさが加わり、時間とともに考える力や気持ちのコントロールにも影響が及びます[1]。日本語では神経フェリチン症と呼ばれ、英語ではhereditary ferritinopathy(遺伝性フェリチン病)という別名もあります。この「フェリチン」という言葉が、病気の本質をそのまま言い当てています。

この病気が初めて報告されたのは2001年、イギリス北部カンブリア地方の大きな家系からでした。成人期に発症する基底核の病気が親から子へ受け継がれていく家系を調べた結果、フェリチン軽鎖をコードする遺伝子(FTL)の変化が原因だと突き止められたのです[2]。それまで「脳に鉄が溜まる病気」は子どもに発症する潜性(劣性)遺伝の病気ばかりだと考えられていましたから、成人発症で顕性(優性)遺伝という組み合わせは、この分野の常識を書き換える発見でした。

💡 用語解説:NBIA(脳内鉄沈着神経変性症)とは

NBIAは、脳のなかでも特に大脳基底核(淡蒼球や黒質)に鉄が異常に溜まり、神経細胞が少しずつ失われていく病気のグループ名です。ひとつの病気の名前ではなく、原因遺伝子の違いによって10ほどの病型に分かれています[3]。最も多いのはパントテン酸キナーゼ関連神経変性症(PKAN)で、多くは子どもの時期に発症し、遺伝形式は常染色体潜性(劣性)です。そのなかでニューロフェリチノパチーは、成人発症・常染色体顕性(優性)遺伝という例外的な位置にいます。

遺伝の形が違うということは、ご家族への説明の中身がまるごと変わるということです。潜性遺伝の病気であれば、ご両親はそれぞれ変化を1つずつ持つだけの健康な方で、次のお子さんに同じ病気が起こる確率は25%です。ところが顕性遺伝であるニューロフェリチノパチーでは、患者さんご本人のお子さん一人ひとりに50%の確率で変化が伝わります。しかも報告されている範囲では浸透率は100%とされており、変化を受け継いだ方は生涯のどこかで発症すると考えられています[1]。この点は後半の遺伝カウンセリングの章で改めて詳しく扱います。

頻度はきわめてまれです。世界全体の有病率は分かっていませんが、これまでに100例を超える患者さんが報告されています[1]。日本では厚生労働省の指定難病121として、告示病名「神経フェリチン症」で指定されており、要件判定上の患者数は100人未満とされています[4]。難病情報センターでは、PKANや無セルロプラスミン血症など他のNBIAの病型とあわせて「脳内鉄沈着神経変性症」という枠組みのなかで解説されています[3]。医療費助成の対象になるかどうかは病名や重症度によって変わりますので、実際の申請にあたっては主治医とご確認ください。

「症状が出るずっと前から始まっている」病気

この病気を理解するうえで、もうひとつ押さえておきたい特徴があります。それは、症状が出るよりもかなり前から、脳のなかでは鉄の蓄積が進んでいるという点です。まだ何の症状もない遺伝子変化の保有者を頭部MRIで調べると、すでに大脳基底核や視床、黒質、赤核、歯状核に鉄沈着を思わせる所見が見つかることが報告されています[5]。さらに踏み込んだ研究もあります。変異を持つ方の無症状の子孫12名に頭部MRIを行ったところ、c.460dupAを受け継いでいた3名全員に鉄沈着が認められ、著者らは病的な鉄の蓄積は幼少期にはすでに始まっていると結論づけています[6]。つまり発症とは「鉄が溜まり始めた瞬間」ではなく、「脳が代償しきれなくなった瞬間」なのです。

この長い無症状期間は、この病気の残酷さでもあり、同時に希望の理由でもあります。神経細胞が失われてしまってから治療を始めても、失われた細胞は戻りません。逆に言えば、細胞がまだ生きているうちに介入できれば、進行を食い止められる可能性があるということです。後半でご紹介する鉄キレート療法の少数例報告は、まさにこの「時間との関係」を示唆する内容になっています。

2. 原因遺伝子FTL ─ 変異が集まる「たった58塩基」の場所

原因となるFTL遺伝子は、19番染色体の長腕、19q13.33という位置にあります。4つのエキソンと3つのイントロンからなる小さな遺伝子で、フェリチンという鉄貯蔵タンパク質の「軽鎖(L鎖)」という部品をつくっています[7]。フェリチンは軽鎖と重鎖という2種類の部品が集まってできており、どちらか一方だけでは十分に機能しません。

ニューロフェリチノパチーを起こす変異には、はっきりとした偏りがあります。2015年時点で報告されていた9種類の変異のうち8種類が、第4エキソンのわずか58塩基という短い領域に集中していました[7]。しかもその大半は、1個から16個の塩基が余分に挿入・重複するタイプです。塩基が余分に入ると、そこから先の読み枠が1つずつずれてしまい、アミノ酸配列が本来とはまったく違うものに変わります。これがフレームシフト変異です。

💡 用語解説:フレームシフト変異と「Eヘリックス」

遺伝子の文章は、3文字ずつを1単語として読まれます。そこに1文字余分に入ると、それ以降の区切りがすべて1文字ずつずれ、まったく別の文章になってしまう。これがフレームシフト変異です。ニューロフェリチノパチーで壊れるのは、タンパク質の最後尾にあるEヘリックスというらせん構造の部分です。ここはフェリチンという球状の入れ物の「継ぎ目」を内側から押さえている部品にあたり、ここが変形すると入れ物全体の密閉性が失われます。なお最も多い c.460dupA という変異では、タンパク質が短くなるのではなく逆に4アミノ酸長くなることが分かっています[1]

世界で最も多く報告されている変異は c.460dupA(p.Arg154LysfsTer27)で、報告されているアレルの約80%を占めます[1]。この変異を持つ患者さんの多くはイギリスにルーツを持ち、共通の祖先から受け継がれた「創始者変異」だと考えられています。一方で、コード領域に起きるミスセンス変異としてこれまでに報告されているのは c.286G>A(p.Ala96Thr)ただ1つで、ポルトガルの症例から見つかったものです[1]。挿入・重複にこれほど偏る病気は珍しく、この遺伝子の第4エキソンが「変異のホットスポット」と呼ばれる理由になっています。

日本・中国・韓国で見つかっている変異はそれぞれ別のもの

日本の患者さんやご家族にとって重要なのは、イギリスで最多の c.460dupA は日本人からは報告されていないという点です[8]。つまり「有名な変異だけを調べれば足りる」という考え方は通用せず、FTL遺伝子の第4エキソンを含めてきちんと配列を読む必要があります。東アジアからはそれぞれ独立に、別々の変異が報告されてきました。

報告された地域 FTLの変異 特徴
イギリス(最多) c.460dupA 報告アレルの約8割。共通の祖先に由来すると考えられています[1]
日本 c.469_484dup16nt 10歳代での発症・振戦が目立つ家系。淡蒼球と線条体に嚢胞性変化[9][8]
日本 641_642 4塩基重複 7例の家系。平均発症年齢は51.8歳と遅く、血清フェリチンは低値〜正常下限[10][8]
日本 c.468_483dup16nt 慢性頭痛で発症した非典型例。血清フェリチンは正常だが髄液フェリチンが著明低値[11]
中国 c.467_470dupGTGG 手の振戦・構音障害・歩行不安定。無症状の家族3名にも同じ変異[12]
韓国 c.439_440dupG 淡蒼球に三層構造の嚢胞という特徴的なMRI所見[5]

この表からいくつかのことが読み取れます。ひとつは、変異の場所がわずかに違うだけで、発症年齢や目立つ症状が変わり得るということです。日本の c.469_484dup16nt の家系では10歳代の発症が報告されている一方、同じ日本でも 641_642 の重複では平均51.8歳と、40年近い開きがあります[8]。もうひとつは、無症状の家族にも変異が見つかっているという事実です[12]。これは浸透率が低いという意味ではなく、その方たちが「まだ発症していない年齢」にいるという意味だと理解されています。

3. なぜ鉄が漏れ出すのか ─ 「金庫の継ぎ目」が壊れる分子メカニズム

フェリチンは、24個の部品(軽鎖と重鎖)が組み合わさってできた球状の殻です。中は空洞になっていて、そこに最大4,500個もの鉄原子を、水に溶けない安全な鉱物の形で閉じ込めることができます[1]。ちょうどサッカーボールのように、たくさんのパネルが縫い合わされて球になっているところを想像してください。パネルとパネルの合わせ目には、3枚が集まる継ぎ目と4枚が集まる継ぎ目があり、それぞれ3回対称孔・4回対称孔と呼ばれる小さな穴になっています[13]

正常なフェリチンでは、鉄は主に3回対称孔から入っていき、4回対称孔のほうはしっかり閉じています。ところがFTLのC末端に変異が入ると、そのC末端が支えていた4回対称孔の構造がほどけてしまい、鉄が漏れ出すのです[13]。漏れた鉄は、タンパク質にきちんと保持されていない不安定な状態にあり、専門的には「不適切に配位した鉄」と呼ばれます。これが細胞のなかで過酸化水素と反応すると、きわめて反応性の高いヒドロキシラジカルが生まれ、脂質や核酸を手当たり次第に酸化していきます。

💡 用語解説:機能獲得型変異とドミナントネガティブ

「片方の遺伝子が壊れただけなのに、なぜ病気になるの?」という疑問はもっともです。多くの場合、遺伝子は2本1組で持っているので、片方が働かなくても残りの1本でまかなえます。ところがこの病気では、変異した軽鎖が正常な部品にまざって球そのものを不良品にしてしまうため、片方の変化だけで表に出てきます。正常な相方の足を引っ張るこの働き方をドミナントネガティブと呼びます。またこの病気は、単に機能が失われるのではなく「異常なタンパク質が新たな害をもたらす」タイプなので、機能獲得型変異に分類されています[1]。この分類は検査の設計にも関わってきます。

細胞は、鉄が増えたことを感知すると「もっと金庫をつくれ」という反応を起こします。ところが新しくつくられる金庫にも変異した軽鎖が混ざるので、やはり鉄を漏らし、しかも不安定なため固まって沈殿してしまいます。こうしてできるのがフェリチン封入体で、実際に患者さんの脳では、神経細胞やグリア細胞の細胞質と核のなかにフェリチン沈着による封入体が観察されます[4]。神経の軸索が膨れ上がった「神経軸索スフェロイド」も報告されており、これらはオートファジーによる分解が追いつかなくなった結果だと考えられています[1]

細胞モデルが示すこと、ヒトの脳が示すこと

患者さんの皮膚細胞からiPS細胞をつくり、そこから神経細胞に育てて観察した研究では、細胞質の鉄が増え、フェリチンの凝集が生じ、酸化的な傷が蓄積し、神経細胞では特に強い細胞老化が起こることが示されました。そしてこれらの細胞は、鉄に依存した細胞死であるフェロトーシスによって死んでいったと報告されています[14]。フェリチンに結合していない鉄が存在するだけで、老化とフェロトーシスの両方を引き起こすには十分だ、というのがこの研究の結論です。

ただし、ここで慎重になるべき点があります。実際に亡くなった患者さんの脳を詳しく調べた研究では、目立ったミトコンドリア障害や大きな酸化ストレスを伴わずに、タンパク質の凝集だけが際立っていたと報告されているのです[15]。培養細胞や動物モデルで見えている「鉄→活性酸素→フェロトーシス」という筋書きが、そのままヒトの脳で何十年もかけて起きていることを説明できるかどうかは、まだ決着していません。酸化ストレスとタンパク質凝集のどちらが主役なのか、あるいは両者が段階を分けて働いているのか。この問いは、どの分子を治療の的にするかを決める分岐点でもあります。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「モデルで分かったこと」と「ヒトで分かったこと」を混ぜない】

希少疾患の解説を読んでいると、細胞実験の結果とヒトの病理所見が地続きに書かれていることがよくあります。読み物としては勢いが出るのですが、患者さんやご家族にとっては困ることが起きます。「フェロトーシスが原因なら、それを止める薬があるのでは」と期待が先に走ってしまうからです。

この病気に関して言えば、鉄が漏れることと、異常なフェリチンが溜まることは、どちらも確かめられています。けれども、そこから神経細胞が死ぬまでの道筋には、まだ分かっていない区間があります。私は説明の場面で、この「分かっていない区間」をあえて言葉にするようにしています。分からないことを分からないと言えるかどうかが、その後の意思決定の質を決めると考えているからです。

4. 症状と経過 ─ 片側から始まり、左右差が残り続ける

発症年齢には幅があります。日本の診断基準では10歳代から60歳代での発症とされ、10歳未満での発症は報告されていません[4]。世界の報告をまとめると平均は40歳前後で、多くは20歳代から50歳代のあいだに最初の症状が現れます[1]。60歳までにはほぼ全員が発症すると考えられています[8]

症状の頻度については、初発症状として何が現れたかと、経過のなかで最終的にどれくらいの人に出るかを、分けて見る必要があります。世界の症例83例を集計した報告では、初発症状は舞踏運動が39.7%、ジストニアが38.5%とほぼ同数で、この2つで全体の約8割を占めていました。続いて振戦7.2%、パーキンソニズム6%、小脳失調4.8%、精神症状2.4%、チック1.2%という内訳です[8]

症状 経過中の頻度 補足
ジストニア 83% 下肢に多く、話すときだけ口や顔に出る「動作特異性」が特徴
舞踏運動 70% 踊るような、なめらかで予測しにくい不随意運動
構音障害 78% 聞き取りにくさとして早い時期から現れます
口・舌の不随意運動 65% 額のしわ寄せや眼瞼のけいれんを伴うことがあります
発声障害 48% 声が出しにくい、続かないという形で現れます
嚥下障害 40% 誤嚥性肺炎につながるため、経過を通じた見守りが必要です
動作緩慢 35% 経過の後半で目立ってくることが多い症状です
腱反射の亢進 18% 全体としては反射が保たれる点が、鑑別上の手がかりになります

数値は c.460dupA を持つ40例の解析にもとづきます[1]。変異の種類や集団によって現れ方は異なります。

この病気らしさが最もよく出るのは、左右差が最後まで残るという点です。初発時には1〜2本の手足だけに症状が出て、約3分の2の患者さんで明らかな非対称性がみられます。そして発症から5〜10年で他の手足に広がり、20年ほどかけて全身性になっていくのですが、その段階になっても最初に強かった側の症状のほうが目立ち続けることが多いのです[1]。ハンチントン病のように比較的対称的に進む病気とは、この点で印象が違います。

認知面については、記憶力そのものよりも、言葉をすらすら出す力(言語流暢性)や、段取りを組んで実行する力(遂行機能)が先に落ちてくるパターンが知られています。感情のコントロールが難しくなる、怒りっぽくなる、抑制がきかなくなるといった変化も報告されており、ご家族にとっては運動症状以上に負担が大きい部分です[1]。ただし、これらが患者さんの何割に生じるのかという頻度は、現時点では明確なデータが示されていません。進行は年単位でゆっくりで、発症から20年経っても歩ける方が多い一方、最終的には誤嚥性肺炎が生命予後に関わる要因として報告されています[8]

5. 診断の進め方 ─ 血清フェリチン・MRI・遺伝子検査の3本柱

血清フェリチンが低い ─ ただし正常な人もいます

最も手軽な手がかりが、採血で測れる血清フェリチンです。この病気では、鉄が金庫に収まらないために血液中のフェリチンが低くなる傾向があります。c.460dupA を持つ40例の解析では、20 µg/L未満の低値が、男性の82%、閉経後女性の100%で認められました。一方、閉経前の女性では23%にとどまります[16]。月経による鉄の喪失がもともとフェリチンを下げるため、この年代の女性では指標として働きにくいのです。

ここで強調しておきたいのは、血清フェリチンが正常でもこの病気は否定できないということです。日本から報告された2つの家系では、血清フェリチンが低値〜正常下限にとどまった例[10]や、正常範囲だった例[11]が記載されています。日本の診断基準でも、血清フェリチン低値は「参考」として扱われています[4]

髄液フェリチンについても触れておきます。血清フェリチンが正常だった日本の症例で、髄液フェリチンが1 ng/mL未満と、対照の6.68 ng/mLに比べて著しく低かったことが報告され、新たなバイオマーカーの候補として提案されました[11]。ただしこれは1家系の報告であり、それ以前の研究では髄液に明らかな差は認められていません。腰椎穿刺という侵襲を伴う検査でもあるため、現時点で確立した診断法とは言えず、位置づけは今後の検討課題です。

頭部MRI ─ 撮り方を変えると見えてくる

画像診断はこの病気の中心にあります。日本の診断基準では、T2強調画像やT2*強調画像で、鉄沈着を反映する低信号が淡蒼球・被殻・視床・歯状核・黒質・赤核・大脳皮質と広い範囲に認められること、そして両側の大脳基底核に髄液とほぼ同じ信号強度を示す空洞形成(嚢胞性変化)が現れることが挙げられており、後者は本症にかなり特徴的とされています[4]。韓国の症例では、この空洞のまわりが三層構造に見えるという興味深い所見も報告されました[5]

💡 用語解説:T2*強調画像・磁化率強調画像(SWI)

MRIには何種類もの「撮り方」があり、何を見たいかによって使い分けます。鉄のように磁石の性質を持つ物質は、周囲の磁場をわずかに乱します。この乱れを拾いやすく設計されたのがT2*強調画像磁化率強調画像(SWI)です。日本の診断基準では、鉄沈着による低信号はT2強調画像よりもこの2つのほうが明瞭になることが多いため、本症を疑う場合は積極的にこれらを撮影することが推奨されています[4]。「MRIを撮ったが異常なしと言われた」という場合、どの撮影法だったかを確認する価値があります。

磁化率強調画像では、大脳や小脳の皮質の輪郭に沿って細い線状の低信号が現れることがあり、鉛筆で縁取ったように見えることから「pencil lining(皮質の鉛筆線様所見)」と呼ばれ、診断の手がかりとして報告されています[17]。また、7テスラという超高磁場のMRIを用いた研究では、まだ症状のない変異保有者の段階で、大脳基底核だけでなく皮質を含む広い範囲の灰白質に磁化率の上昇が捉えられました[18]。ただしこの研究は保有者1名を含む4名のパイロット研究であり、対照群の年齢が若いなどの限界が論文自身に明記されています。将来の治験で「効果を測るものさし」を用意するための第一歩、という位置づけです。

なお、淡蒼球の低信号のなかに高信号が見える「eye-of-the-tiger徴候(虎の目サイン)」は、PKANに特徴的とされてきた所見ですが、本症でも認められることがあります。逆に正常な加齢でも似た所見が見られることがあるため、この徴候だけで病型を決めることはできません[4]

確定診断はFTL遺伝子検査で

臨床像と画像から本症が疑われたら、確定診断はFTL遺伝子の検査で行います。日本でも、確定診断のためには遺伝子診断が必須とされています[3]。原因となる変化は小さな挿入・重複やミスセンス変異なので、配列を読む検査(シークエンス解析)で検出できます。逆に、遺伝子まるごとの大きな欠失や重複は本症の原因にはならないと考えられています。これは、この病気が「機能がなくなること」ではなく「異常なタンパク質ができること」で起こるためです[1]

実際の検査の組み立て方には、いくつかの選択肢があります。診断がかなり絞れている場合はFTLの単一遺伝子検査で足りますが、脳に鉄が溜まっているという所見から出発する場合には、NBIA全体を対象にしたパネル検査が効率的です。当院の脳内鉄沈着神経変性症(NBIA)遺伝子検査NGSパネルは、FTLを含む12遺伝子(ATP13A2、C19orf12、COASY、CP、DCAF17、FA2H、FTL、GTPBP2、PANK2、PLA2G6、SCP2、WDR45)を一度に調べます。ご家族のなかで変異がすでに判明している場合には、その部位だけを確認する既知の変異検査という方法もあります。

6. 鑑別すべき病気 ─ 「腱反射が保たれているか」が効く場面

成人発症の舞踏運動やジストニアを起こす病気はいくつもあり、そのなかから本症を見分けるには、画像所見と診察所見を組み合わせる必要があります。特に有用なのが深部腱反射です。本症では反射が保たれ、一部では亢進やBabinski徴候の陽性がみられます。これに対して、よく似た口や顔の不随意運動を示す舞踏病棘赤血球症やマクラウド症候群では、末梢神経が障害されるため反射が早期から低下・消失します[1]。ハンマーを当てるだけで得られる情報が、鑑別の分かれ道になることがあるのです。

鑑別する病気 似ている点 見分けるポイント
ハンチントン病 舞踏運動、精神症状、顕性遺伝 画像で区別できます。鉄沈着や基底核の空洞形成は伴いません[1]
脊髄小脳失調症17型(SCA17) 舞踏運動とジストニアの併存 痙縮を伴う点が異なります。TBP遺伝子のリピート伸長で確定[1]
舞踏病棘赤血球症/マクラウド症候群 口・舌の不随意運動がよく似ています 深部腱反射が低下・消失する点が決定的な違いです[1]
PKAN(NBIA1) MRI所見が非常によく似ています 発症が小児期と早く、潜性遺伝。網膜色素変性を伴います[1]
無セルロプラスミン血症 成人発症・脳に鉄が溜まる 糖尿病や貧血を合併し、肝臓・膵臓にも鉄が沈着します[1]
ウィルソン病 基底核の障害、ジストニア・舞踏運動 溜まる金属が鉄ではなく銅。若年発症で肝障害・角膜輪を伴います
若年性パーキンソン病 動作緩慢・固縮で発症した場合 MRIでの鉄沈着パターンが異なり、レボドパがよく効きます[1]

なお、CTで線条体に対称性の低吸収域が見られることがありますが、これは石灰化とは異なる所見です。基底核に石灰化を起こす病気(家族性特発性基底核石灰化症など)とは、CTでの見え方が反対になるため区別できます。石灰化は白く(高吸収)写るのに対し、本症では被殻に左右対称の低吸収域(黒く写る変化)が認められると報告されています[1]。石灰化が疑われる場合には、家族性特発性基底核石灰化症の遺伝子検査という別の検討ルートに入ります。また、ジストニアが前面に出る場合にはジストニア・ジスキネジア遺伝子検査、小脳失調が目立つ場合には遅発性運動失調症遺伝子パネル検査など、症候から入る検査の選び方もあります。

7. FTLの「3つの顔」とFTH1 ─ 同じ遺伝子から生まれる別の病気

同じFTL遺伝子でも、どこが変わるかによってまったく別の病気になります。これは遺伝子診療の面白さであり、同時に難しさでもあります。FTLに関連する病気は現在3つ知られており、それぞれ血清フェリチンの動きが正反対だったり、脳に鉄が溜まったり溜まらなかったりします。

病気 変異の場所 血清フェリチン/主な症状
ニューロフェリチノパチー 第4エキソン(タンパク質の設計図の部分) 低値のことが多い/成人発症の不随意運動・脳内鉄沈着
HHCS 5’非翻訳領域のIRE(設計図ではなく「量の調節つまみ」) 高値/小児期〜若年成人期の両側白内障。脳に鉄は溜まりません
L鎖フェリチン欠損症 開始コドンなど(軽鎖そのものがつくられない) 低値/鉄欠乏性貧血を伴わない低フェリチン血症。神経症状を欠く例が中心

💡 用語解説:なぜHHCSでは血清フェリチンが「上がる」のか

遺伝子には、タンパク質の設計図そのものを書いた部分と、その手前にある「どれだけつくるかを決める調節領域」があります。FTLの5’非翻訳領域には鉄応答エレメント(IRE)というヘアピン状の構造があり、細胞内の鉄が少ないときにはここにタンパク質が結合して「つくるのをやめろ」というブレーキをかけています。HHCSではこのブレーキ部分が壊れるため、鉄の量に関係なく正常な軽鎖が過剰につくられ続け、血清フェリチンが著しく高くなります。つくられるフェリチン自体は正常品なので、脳に鉄は溜まりません。水晶体にフェリチンが蓄積して白内障を起こすのがこの病気の特徴です[1]

この対比は、遺伝子検査の結果を読むときにそのまま役立ちます。「FTLに変化があった」という報告書を見たとき、それが第4エキソンなのか5’非翻訳領域なのかで、説明すべき内容は正反対になるのです。血清フェリチンが高いのに神経症状を心配する必要はありませんし、逆に低いからといって鉄剤を出せばよいわけでもありません。

2023年に加わった「重鎖の病気」FTH1関連型

フェリチンは軽鎖と重鎖の2つの部品からできていますが、長いあいだ重鎖(FTH1遺伝子)の変化がヒトの神経疾患を起こすという確かな報告はありませんでした。ところが2023年、発達の遅れ・てんかん・進行性の神経症状を示した小児5名から、FTH1の最終エキソンに生じた新生突然変異(ナンセンス変異)が報告されました[19]。4名は同じ p.Phe171* という変化でした。

興味深いのは、その仕組みがFTLの場合とよく似ている点です。この変異でできる異常なmRNAは、通常なら不良品として壊される仕組み(ナンセンス変異依存mRNA分解)をすり抜けてしまい、C末端のEヘリックスを失った重鎖がつくられます。その結果、やはり4回対称孔の構造が変わって鉄の貯蔵能が下がると考えられています[19]。さらにこの研究では、変異したmRNAだけを狙って減らすアンチセンスオリゴヌクレオチドを細胞に加えると、異常な表現型が改善したことも示されました。治療につながる可能性を示す結果ですが、まだ細胞レベルの段階です。

検査上の注意として、FTH1は当院のNBIAパネルの12遺伝子には含まれていません。小児期発症で発達の遅れやてんかんを伴い、画像で鉄沈着が疑われるようなケースでは、パネルではなく全エクソーム検査全ゲノムシークエンス検査のほうが適していることになります。どの検査を選ぶかは、症状の出方と発症年齢によって変わるということです。

8. 治療 ─ 対症療法と、いま注目されている鉄キレート療法

現時点で、この病気を根本から治す方法は確立していません[3]。治療の柱は、不随意運動やジストニアをやわらげる対症療法と、生活を支えるリハビリテーション・栄養管理です。使われてきた薬剤としては、レボドパ、テトラベナジン、オルフェナドリン、ベンズヘキソール(トリヘキシフェニジル)、スルピリド、ジアゼパム、クロナゼパム、デアノールなどが報告されています[1]。ただし効果には個人差が大きく、正式な治療試験は行われていません。ある方に効いた薬が別の方には効かないことも、同じ方でも時期によって効き方が変わることもあります。

局所的な対応としては、痛みを伴う限局性のジストニアに対してボツリヌス毒素の注射が役立つとされています[1]。首や口のまわりのジストニアが和らげば、話す・食べるという日常の基本動作が保たれやすくなります。また、関節の拘縮を防ぎ移動能力を維持するための理学療法、飲み込みの評価と食事形態の調整、体重減少を防ぐための栄養管理も、診断がついた時点から並行して始めることが推奨されています[1]

💡 用語解説:鉄剤の補充は推奨されていません

この病気では血清フェリチンが低く出るため、一般的な健康診断や別の診療科で「鉄が足りない」と判断され、鉄剤をすすめられることがあります。しかし本症の低フェリチンは、体の鉄が足りないという意味ではなく、鉄を安全にしまう入れ物が不足しているという意味です。そのため鉄のサプリメントや鉄剤の補充は推奨されていません[1]。実際に鉄欠乏性貧血を合併した場合には、慎重にモニタリングしながらの補充が必要になることがあります。一方で、鉄を多く含む食品を避けるべきという根拠は示されていません。

鉄キレート療法 ─ 「効かない」から「早ければ届くかもしれない」へ

脳に鉄が溜まっているのだから、鉄を取り除く薬(鉄キレート剤)を使えばよいのではないか。この発想は自然ですが、実際には長らく否定的な結果が続いていました。2016年時点の総説では、デスフェリオキサミンの皮下投与も、デフェリプロンを1日15 mg/kgで6か月使った試みも、いずれも有効性を示せなかったと総括されています[8]。瀉血にも効果はありませんでした。

状況が変わったのは2022年です。フランスのグループが、同じ家系の4名の患者さんに対し、デフェリプロンを1日30 mg/kgという以前の倍の用量で、人道的使用として投与した経過を報告しました[20]。この報告のポイントは、用量だけでなく開始のタイミングによって結果が大きく違ったことにあります。

開始のタイミング 経過
発症から33年後(進行期) 運動スコアがわずかに改善したものの限定的。3か月で好中球減少のため中止となりました
発症から11年後 当初は安定したものの、その後ゆっくり進行。回復には至りませんでした
発症から3年後(軽症のうち) 11年以上にわたり症状が抑えられた状態が続き、歩行距離の制限もなくなりました
発症から4年後(軽症のうち) 開始6か月で小脳失調の指標が改善し、3年以上その状態が続きました

4名はいずれも同じ家系で、同一の変異を持っています[20]。対照群のない人道的使用の報告であり、確立した治療法ではありません。

デフェリプロンが選ばれる理由は、その化学的な性質にあります。この薬は分子が小さく膜を通り抜けやすいため、血液脳関門を越えて脳に届きます。しかも鉄への結合力が体内の鉄運搬タンパク質トランスフェリンより弱く設計されているので、細胞のなかで浮いている有害な鉄だけをつかまえてトランスフェリンに受け渡すことができます。全身の鉄を根こそぎ奪って貧血を起こすのではなく、危ない鉄だけを回収して再利用に回すという考え方から、これは「保存的(コンサバティブ)鉄キレート」と呼ばれています[20]。実際、10年以上の投与でも貧血は生じなかったと報告されています。

一方で、注意すべき点も同じ報告から見えています。ひとつは好中球減少で、デフェリプロン治療全体では約5.5%に生じるとされ、開始後6か月は毎週、その後も毎月の血液検査による監視が必要です[20]。もうひとつは中断時の悪化です。副作用・妊娠・自己判断などで投薬が止まった期間には、歩行やバランス、錐体外路症状の悪化とともに、MRIで測った脳内鉄の指標が上昇したことが記録されています。ただし、その悪化がどのような分子機序で起こるのかは、原著では説明されていません。なお、血液脳関門を通りにくいデフェロキサミンを1日30 mg/kgで1年間投与した症例では、明らかな効果は得られませんでした[20]。「鉄を取ればよい」のではなく「脳に届く薬を、まだ壊れていないうちに使う」ことが鍵らしい、というのが現在の理解です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【4例の報告をどう受け止めるか】

「11年間進行が止まった」という一文は、とても強い言葉です。同じ病気と向き合っているご家族が読めば、心が動かないほうが不自然でしょう。ただ、この報告は同じ家系の4名を対象にした、対照群のない人道的使用の記録です。効果を確かめるための試験ではなく、「安全に使えるか」「使えそうな手応えがあるか」を確認した段階にあたります。

それでも私がこの報告を大切だと思うのは、治療の可否ではなく「時間」という変数の重さを示している点です。同じ薬を同じ量で使っても、発症3年目と33年目では結果が違いました。だとすれば、この病気で本当に問われるのは薬の選択よりも、いつ診断がつくかということになります。診断が5年遅れることの意味を、私たちはもっと真剣に考えるべきだと思っています。

9. 遺伝カウンセリング ─ 発症前診断という難しい問い

ニューロフェリチノパチーは常染色体顕性(優性)遺伝の形をとります。患者さんのお子さん一人ひとりに50%の確率で変異が伝わり、浸透率は100%とされています[1]。診断された多くの方には、同じ病気の親御さんがいらっしゃいます。ただし、親御さんが発症する前に亡くなっていたり、症状が軽くて診断されていなかったりして、家族歴がないように見えることもあります。ですから「家族に誰もいないから違う」とは言い切れません。ごくまれに新生突然変異による発症もあると考えられていますが、その割合は分かっていません[1]

ご家族のなかで変異が判明すると、まだ症状のない血縁者にとって「自分は受け継いでいるのか」という問いが現実のものになります。これが予測的検査(発症前診断)です。結果を知ることは、就労・保険・人生設計に長く影響します。しかも検査で分かるのは「変異を持っているかどうか」だけで、いつ発症するか、どのくらいの速さで進むかは予測できません[1]。だからこそ、検査を受けるかどうかを決める前の段階から、時間をかけた遺伝カウンセリングが必要になります。

ここでこの病気に特有の難しさが現れます。従来、成人発症で早期治療の利益が確立していない病気については、未成年者に対する発症前診断は原則として適切でないとされてきました。子ども自身が判断する権利を先回りして奪ってしまうためです[1]。この考え方は今も基本線です。ところが一方で、前章で見たように「早く始めたほうがよいかもしれない」という報告が出てきました。鉄の蓄積が幼少期から始まっているという報告[6]を重ねると、この問いはいっそう重くなります。まだ確立した治療ではありませんから、これをもって方針を変えるべきだとは言えません。けれども、この緊張関係が生まれつつあること自体は、正直にお伝えするべきだと考えています。

家族計画に関しては、ご家族の変異が判明していれば、出生前検査(羊水検査絨毛検査)や着床前遺伝学的検査(PGT-M)が技術的には可能とされています[1]。ただし成人発症の病気に対する出生前検査については、医療者のあいだでも家族のなかでも考え方が分かれます。当院では、どの選択肢を選ぶことも、選ばないことも尊重されるべきだという立場で、判断材料をそろえるお手伝いをしています。検査の費用や進め方については羊水検査・絨毛検査のページもご参照ください。

日本では、発症前診断を希望しても受け入れ先が見つからないという声を耳にします。実際、ハンチントン病について同様の経験をされた方から相談をいただくことがあります。当院ではこうしたご相談にも、臨床遺伝専門医が時間をかけて対応しています。詳しくは遺伝カウンセリング・遺伝診療のページをご覧ください。

10. よくある誤解

誤解①「血清フェリチンが正常なら違う病気」

低値が手がかりになるのは事実ですが、正常値の患者さんも報告されています。日本の家系には、血清フェリチンが正常範囲だった例もあります[11]。特に閉経前の女性では月経の影響で判断しにくく、低値がみられたのは23%にとどまります[16]。採血だけで否定はできません。

誤解②「フェリチンが低いから鉄剤を飲めばよい」

この病気の低フェリチンは鉄不足のサインではなく、鉄をしまう入れ物が足りないという意味です。そのため鉄のサプリメントや鉄剤は推奨されていません[1]。他科で鉄欠乏と判断されそうな場面では、診断名を伝えておくことが安全につながります。

誤解③「MRIで異常なしと言われたから大丈夫」

鉄沈着は撮影方法によって見え方が大きく変わります。T2強調画像だけでは分かりにくく、T2*強調画像や磁化率強調画像のほうが明瞭になることが多いため、本症を疑う場合は積極的な撮影が勧められています[4]。どの条件で撮ったかを確認する価値があります。

誤解④「鉄キレート剤という治療薬がもうある」

報告されているのは同じ家系の4名に対する、対照群のない人道的使用です[20]。しかも2016年時点では、より少ない用量での試みは有効性を示せていませんでした[8]。有望ではありますが、確立した治療法ではなく、より大きな規模での検証が求められている段階です。

よくある質問(FAQ)

Q1. ニューロフェリチノパチーと神経フェリチン症は違う病気ですか?

同じ病気の別の呼び方です。英語のneuroferritinopathyをカタカナにしたものがニューロフェリチノパチーで、日本語訳が神経フェリチン症です。英語圏ではhereditary ferritinopathy(遺伝性フェリチン病)と呼ばれることもあり、脳に鉄が溜まる病気のグループのなかではNBIA3という番号がついています。日本の指定難病121の告示病名は「神経フェリチン症」です。

Q2. 何歳ごろに発症する病気ですか?子どもでも発症しますか?

日本の診断基準では10歳代から60歳代での発症とされ、10歳未満での発症の報告はありません。世界の報告をまとめると平均は40歳前後で、多くは成人になってから最初の症状が現れます。ただし変異の種類によって幅があり、日本で報告された家系のなかには10歳代で発症した例もあります。同じ家族のなかでも発症年齢や進行の速さには差が出ることが知られています。

Q3. 血液検査だけで診断できますか?

できません。血清フェリチンが低いことは重要な手がかりですが、それだけで診断はつきません。実際、血清フェリチンが正常範囲だった患者さんも報告されています。診断は、症状の経過、頭部MRIでの鉄沈着と大脳基底核の空洞形成、そしてFTL遺伝子検査を組み合わせて行います。確定診断のためには遺伝子検査が必要です。

Q4. 子どもに遺伝しますか?確率はどのくらいですか?

常染色体顕性(優性)遺伝のため、お子さん一人ひとりに50%の確率で変異が伝わります。浸透率は100%とされており、変異を受け継いだ方は生涯のどこかで発症すると考えられています。ただし、いつ発症するか、どのくらいの速さで進むかは遺伝子検査では予測できません。潜性(劣性)遺伝の病気ではないため、症状の出ない保因者という考え方はあてはまりません。

Q5. まだ症状のない家族が検査を受けたほうがよいですか?

受けるべきかどうかに決まった正解はなく、ご本人が十分な情報を得たうえで決めることがらです。結果は就労や保険、人生設計に長く影響しますし、変異を持っていると分かっても発症時期は予測できません。そのため、検査の前後で時間をかけた遺伝カウンセリングを行うことが勧められています。なお、成人になってから発症する病気については、未成年のお子さんへの発症前診断は原則として適切でないとされています。

Q6. フェリチンが低いと言われました。鉄剤を飲んだほうがよいですか?

この病気での低フェリチンは、体の鉄が足りないという意味ではなく、鉄を安全にしまう入れ物が不足しているという意味です。そのため鉄のサプリメントや鉄剤の補充は推奨されていません。実際に鉄欠乏性貧血を合併した場合には、慎重に経過をみながら補充が必要になることもありますので、自己判断ではなく主治医とご相談ください。一方で、鉄を多く含む食品を避けるべきという根拠は示されていません。

Q7. 鉄キレート剤で治せるようになったのですか?

確立した治療法ではありません。報告されているのは、同じ家系の4名にデフェリプロンを1日30 mg/kgで使った、対照群のない人道的使用の記録です。発症から3年目に開始した方では11年以上にわたり症状が抑えられた状態が続いた一方、33年経ってから開始した方では効果は限定的でした。好中球減少という副作用があり、定期的な血液検査による監視も必要です。有望な報告ではありますが、より大きな規模での検証が待たれている段階です。

Q8. どの遺伝子検査を受ければよいですか?

臨床像から本症がかなり絞れている場合は、FTL遺伝子の単一遺伝子検査で足ります。脳に鉄が溜まっているという画像所見から出発する場合は、NBIA全体を対象にしたパネル検査が効率的です。当院のNBIA遺伝子検査NGSパネルはFTLを含む12遺伝子を一度に調べます。ご家族の変異がすでに判明している場合は、その部位だけを確認する既知の変異検査という方法もあります。どれが適しているかは症状と発症年齢によって変わりますので、遺伝カウンセリングのなかでご一緒に検討します。

🏥 脳内鉄沈着神経変性症の遺伝子診断のご相談

ニューロフェリチノパチー(神経フェリチン症)をはじめとする
脳内鉄沈着神経変性症の遺伝子検査と遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。

参考文献

  • [1] Neuroferritinopathy. GeneReviews® [Internet]. 2022. [NBK1141]
  • [2] Mutation in the gene encoding ferritin light polypeptide causes dominant adult-onset basal ganglia disease. Nat Genet. 2001. [PubMed 11438811]
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  • [8] Neuroferritinopathy: Pathophysiology, Presentation, Differential Diagnoses and Management. Tremor and Other Hyperkinetic Movements. 2016. [Tremor Other Hyperkinet Mov]
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  • [11] A novel ferritin light chain mutation in neuroferritinopathy with an atypical presentation. J Neurol Sci. 2014. [PubMed 24825732]
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  • [13] Iron, Ferritin, Hereditary Ferritinopathy, and Neurodegeneration. Front Neurosci. 2019. [PubMed 31920471]
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  • [16] Clinical features and natural history of neuroferritinopathy caused by the FTL1 460InsA mutation. Brain. 2007. [PubMed 17142829]
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  • [20] Conservative Iron Chelation for Neuroferritinopathy. Mov Disord. 2022. [PMC10360136]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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