目次
わたしが出生前診断にこだわる理由
臨床遺伝専門医が語る想いと使命
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Q. なぜ院長は出生前診断にこだわるのですか?
A. 自らが双子の一人を死産で失い、亡くなった子に会えなかった母親だからです。
1992年、医学部4年生だった仲田院長は一卵性双生児の一人を36週6日で死産しました。自身も遺伝性疾患を持つ患者として、「トラウマから女性を守りたい」という使命感が、今の医療の原点となっています。
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臨床遺伝専門医としての原点 → 1992年の死産体験と亡くなった子に会えなかった悲しみ -
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遺伝医療への道のり → 小児科に入れなかった悔しさ、玉置先生との出会い -
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2011年——医師たちとの再会 → 何年たっていても、向き合ってくれることで患者は救われる -
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「一緒に泣く」ことの価値 → 患者でもあり医師でもある「私にしかできないこと」 -
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ミネルバの医療哲学 → 正確性最重視とトラウマを防ぐ医療
1. 涙が止まらなかった日——ある患者様との出会い
「なぜ私がこれほどまでに出生前診断にこだわるのか」——その原点に気づいた日のことを、お話しさせてください。
先日、連続してダウン症候群の妊娠を経験された患者様の診療をしました。
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1回目の妊娠:NIPTでトリソミー21陽性 → 確定検査を経て20週で中絶
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2回目の妊娠:当院でNIPT → 再びトリソミー21陽性
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ご両親の染色体検査:異常は見つからず
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3回目の妊娠:NIPTを受けるも胎児分画不足で再検査 → その後流産
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4
4回目の妊娠:再びNIPTを受けに来院
エコーで赤ちゃんの心拍を確認しても、私はどうしても確信が持てませんでした。もう一度産婦人科で確認してもらい、当院でも再度エコーを見て、それから検査を提出しました。
この患者様の記事を書きながら、私は涙が止まりませんでした。そして、ふと気づいたのです。なぜ私がこれほどまでに出生前診断にこだわるのか、その原点に。
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連続してダウン症候群の妊娠を経験された患者様のこと
この患者様との出会いが、私に原点を思い出させてくれました。
2. 1992年——私自身の死産体験
1991年、夫が高知医科大学を卒業したのと同時に結婚しました。そしてその年、私は双子を妊娠しました。一卵性双生児でした。
中絶を勧められた妊娠
私は身長146センチと小柄で、双子の妊娠がわかった瞬間から、産婦人科からは中絶を勧められました。ある内分泌疾患もありましたし、それとは別の内分泌系の常染色体優性遺伝性疾患も持っていました。私を診察するために産婦人科と第二内科の合同チームが作られたほどです。
でも私は言いました。「何言ってるの?双子くらい産めるわよ。絶対に中絶しない」
夫は第二内科の研修医でした。ある日帰ってきて、こう言いました。「産んでいいことになったよ、今日の会議で」
は?何言ってるの?産むかどうか決めるのは私であって、医者じゃない!
私は高校生活の一部をパパの実家のベルギーで過ごしています。そこで個人の意思決定の大切さを学んで育ちました。当時から、医師が患者に意見を押し付けるパターナリズムは大嫌いでした。私の医師人生のすべては、パターナリズムの排除をお題目にした戦いだったとも言えます。
あと1日で正期産という日に
1992年、私は医学部4年生になっていました。
36週6日。あと1日で正期産という日でした。
主治医の久保隆彦先生が学会出張で不在のため、日曜日に健診に来るよう言われていました。診察室で助産師が言いました。「心音が一つしか聞こえない」
私は思いました。助産師の耳が悪いのよ、と。
私があまりにも理解しようとしないので、医師が呼ばれました。超音波で、心臓が動いていないことを確認されました。「今すぐ手術しないといけないんだ」と医師は言いました。
でも私は、全く理解しようとしませんでした。「もう少ししたらまた動き出すわ」——医学部4年生の私は、平然とそう答えたのです。
医師は困り果てたのでしょう。夫が呼ばれました。夫は当時研修医で、日曜日でしたが患者さんの診療のために病院に来ていました。
私はその日、夫が泣いているのを初めて見ました。
「手術室に行ってくれ。亡くなった子は自己融解が始まる。一卵性で胎盤がつながっているから、もう一人の子に、その自己融解を指示するタンパクが流れ込んでしまう。このままだと二人ともだめになるんだ。もう一人の子を救うために、今すぐ手術室に行ってくれ。そして洋美も危ないんだ。そのタンパクが洋美にも流れ込むから。早く手術室に行って」
泣いて頼む夫に、私はだんだん追い詰められていきました。そして、黙って診察台から降りて、よろよろと手術室へ向かいました。そこからの記憶はあまりありません。
1週間前——なぜ産ませてもらえなかったのか
実は、亡くなる1週間前、私は本当にお腹がつらくて、もう産ませてほしいと久保先生にお願いしていました。
しかし当時の産婦人科教授は正期産に異常なまでにこだわる人物だったそうです。だから久保先生は逆らえなかった。私がどんなにつらいと訴えても、あと1週間待てば正期産になる——教授の方針に従うしかなかったのです。
そしてそれが、私の死産という悲しい結果につながりました。
産科ICUで——子どもに会えなかった母親
手術後、私はDICを起こしかけ、今風にいうと産科のICUに入れられました。光が入らないように暗幕が張られ、シリンジポンプがたくさんついていました。
亡くなった子どもには会わせてもらえませんでした。そのまま荼毘に付されました。
やっと歩いて公衆電話にたどり着けるようになったとき、私は真っ先にパパに電話しました。幼い頃から深くかかわりがあり、パパと呼んで育った司祭です。
「パパ、どうして私、いつもこんな目に遭うの?パパ、神様はいるの?本当にいるの?」
パパは言いました。
「神様はちゃんと見ています。愛されているからこそ、あなたには試練が与えられる。乗り越えられるからこそ、あなたは何度も試されるのです」
病理解剖——夫の決断と夫婦の溝
私の亡くなった息子は病理解剖されました。一卵性だったので、もう一人の生き残った息子に致命的な欠陥があるかもしれないからです。
後に知ったのですが——
夫は、大学病院第二内科の研修医でしたので、わが子の病理解剖に入ったそうなのです。頼み込んで。
どんな精神力があっても、これはきつい。
でも。
わが子を見届けたかったんでしょう。
でも。わたしはそんなこともつゆ知らず。解剖したと知った時、夫をなじりました。
せめて会いたかったと。どうして解剖したんだと。
病理解剖の大切さは誰よりわかっている医学部4年生の私。3年生の時に病理学や病理学実習を習います。
なのに。解剖した事実が許せなかった。というより、もう、本当に何もかもが許せなかったんです。
どうしてわたしが死産しなければならなかったのかが。
そして。このことは私たち夫婦にだんだんと隙間を作っていきました。
夫婦のいろんな時間、いろんな歴史
やっとこうして、トラウマと向き合いながら記事を書けている時点で、大分、あのときの夫の気持ちも理解できるような気がしていますが。
皆さんに知ってほしいことは、夫婦にはいろんな時間があり、いろんな時代があり、いろんな距離があり、いろんな歴史があるということです。
今。臨床遺伝専門医としてクリニックをやっているそばで、妻が国際雑誌で特集されたりと、華々しく見えるかもしれない専門医人生を送っている中、夫は、黙々とその妻を支えています。
彼も日本内科学会総合内科専門医かつ日本呼吸器学会呼吸器専門医なのですが。それでも、わたしのサポートに徹しています。
わたしたち夫婦にとって、今、この仕事を全うすることが——
失った我が子に対する思いを忘れない、
一緒に生きていくよということなのだと思います。
3. 遺伝医療との出会い——扉を開くものとして
小児科に入れなかった理由
産婦人科のポリクリ(臨床実習)で、私は病理解剖室で泣き崩れてしまいました。「ホルマリン漬けの臓器でいいから、私の息子に会わせてほしい」と泣きながら病理医に懇願していたのです。
世の中のどこに、ホルマリン漬けの臓器でいいから息子に会わせろと言葉にする母親がいるのでしょうか。世界中で私だけが発した言葉なのかもしれません。
6年生になり、私は誰よりも早く入局先が決まっていました。小児科に行く予定でした。
ところが夏頃、突然状況が変わりました。「教授からOKが出ていない」と告げられ、小児科には入れないことになったのです。
当時の医局長だった藤枝先生に尋ねに行くと、こう聞かれました。「お前は小児科で何をしたいんだ?」
私は答えました。「子どもをなくす母親に寄り添いたい」
藤枝先生は言いました。「一緒に泣けばいいと思ってるのか?それでも医者か。そんな医者はいらないんだよ」
私は反論しました。「一緒に泣いてあげることには価値があります」
あの言葉は、長い間、古い釘のように私の心に刺さっていました。しかし今、私にはわかります。小児科は、私を受け入れる自信がなかったのです。産婦人科のポリクリで泣き崩れてしまった私が、子どもの死という現実を日常的に目にする環境でやっていけるはずがない。私につらい思いをさせたくない——それが、彼らの本心だったのだと、今は思います。
玉置先生との出会い
突然就職先を失った私は、紆余曲折を経て第三内科に入局しました。そして時を経て、私は臨床遺伝専門医の道を歩み始めました。
修練の最中、私は自分が持っている偽性偽性副甲状腺機能低下症が常染色体優性遺伝疾患であることに改めて気づきました。この道を進むことは、私自身のどうにもならない傷をえぐり、塩を塗るようなものでした。
「やめたい。私は患者であり、冷静に患者に向き合えるとは思えない」
そう訴えた私に、指導医の玉置知子先生はこうおっしゃいました。
「あなたにしかできないことが必ずあります。
全部私にぶつけなさい。大丈夫よ、私も遺伝専門医だから」
玉置先生は本物の専門医でした。
4. 2011年——医師たちとの再会と救済
死産から19年後、2011年のことです。私は兵庫医科大学で遺伝専門医の研修を受けていました。その年、思いがけない再会が続きました。
林先生との再会——空港での邂逅
2011年夏、空港で林和俊先生と偶然再会しました。
林先生は、あの日——産科ICUで泣いている私に「どうして泣いてるんだ、泣いてたらルートとれない」と怒鳴った医師でした。
私は林先生を睨みつけました。林先生は青ざめました。
「悪かった。あの日、外病院から帰ってきたばかりで
何も知らなかったんだ」
林先生は、19年前に傷つけてしまった私に、ちゃんと正面から向き合ってくれました。
久保先生との再会——玉置先生と3人で
久保先生は、私がポリクリ(臨床実習)を回るようになる5年生になる前に、成育医療センターに異動されていました。だから死産の後、久保先生と直接話す機会はありませんでした。
もし久保先生がまだ高知医大にいたら、産婦人科のポリクリで病理解剖室で泣き崩れた私を見ることになったでしょう。他の人の子どもの小さな遺体を見て、「私の息子のホルマリン漬けの臓器に会わせろ」と叫ぶ私を見たら、久保先生も深く傷ついたことでしょう。
だから、あれでよかったのかな、と今は思います。
林先生との再会から間もなく、その久保先生から連絡がありました。
「会いに行きたい」
私は断りました。でも久保先生は、それでも来たいと言いました。
玉置先生に相談すると、先生はこうおっしゃいました。
「一緒に会うので大丈夫だから、来てもらいなさい」
そして、玉置先生と私と久保先生、3人で会いました。
当時のこと、いろいろな話をしました。久保先生が教授の方針に逆らえなかったこと。私がどんな思いであの日々を過ごしていたか。そして、今の私がどんな道を歩んでいるか。
「あなたは、私にとって最も後悔している患者です」
後悔しても、私の息子は帰ってこない——そうも思いました。
でも、久保先生が本当に後悔している様子を見て、私は救われました。
救われました。でも、あんなことはなかったほうがよかった。
今でも、この記事を書いていると動悸がするくらいです。
トラウマは、消えません。
医師の行動は患者を傷つけるし、救うこともある
何年たっていても、医師がちゃんと向き合ってくれることで、患者は救われる。
林先生も、久保先生も、昔傷つけてしまった私に正面から向き合ってくれました。それは本当にありがたいことでした。
医師の行動は患者を傷つけるし、救うこともある——私は高知医大産婦人科の人たちから、そのことを教えてもらいました。
5. 「一緒に泣く」ことの価値——私にしかできないこと
私は今、確信しています。これまでのすべての経験は、私がこの道を歩むために必要なものだったのだと。
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子どもを失った痛み
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亡くなった子に会うことすらできなかった悲しみ
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その痛みに寄り添いたいと願いながら、小児科に入れなかった悔しさ
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自分自身が遺伝性疾患を持つ患者であるという現実
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玉置先生に導かれた遺伝医療への道
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19年後に正面から向き合ってくれた林先生と久保先生
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卒業後すぐに真実を教えてくれた「きもっち」(同期の木元正和くん)
連続してダウン症候群の妊娠を経験された患者様の記事を書きながら涙が止まらなくなるほどの共感力。それは医師としては弱さかもしれません。しかし、常染色体優性遺伝性疾患の患者でありながら遺伝専門医になった私だからこそ、寄り添える痛みがあるのだと思います。
私は「扉を開くもの」として生まれてきたのだと思います。遺伝診療という、日本で最も閉ざされた固い扉を、正しく開けるために。
医学を学び、法律学を学び、倫理学を学びました。そして何より、たくさんの患者様の痛みに寄り添ってきました。
💭 私が出生前診断にこだわる理由
それは、かつて子どもを失い、その子に会うことすらできなかった母親だからです。そして、自分自身が遺伝性疾患を持つ患者だからです。
子どもを失うということは、深いトラウマを残します。そして私は、そのトラウマゆえに、生き残った息子を「もう一人いたんだ」という気持ちで眺めてしまいました。息子は、この子は母親に愛されていないんだと誤解して育ってしまいました。
もう誰にも、こういう悲劇を繰り返してほしくない。トラウマにならないように、女性たちを守りたい。それが、私の女性医師としての生き方となりました。
6. ミネルバクリニックの想い——正確性と心のケアを最優先に
出生前診断は、単なる検査ではありません。その結果がどうであれ、お母さんとお父さんが赤ちゃんと向き合い、最善の選択をするための道標です。
ミネルバクリニックの医療哲学
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①
スピードより正確性
「2日で結果が出る」ことよりも、生涯に関わる大切な検査だからこそ、最も重要なのは正確性です。当院のスーパーNIPTは偽陰性ゼロのエビデンスがあり、COATE法では微小欠失の陽性的中率(PPV)>99.9%を実現しています。 -
②
トラウマを防ぐ医療
陽性後の心理的・医学的フォローが極めて重要であり、患者さんのトラウマを防ぐことが最優先です。 -
③
どんな結果でも寄り添う
一緒に泣くことが医師として正しいのかどうかはわかりません。でも、私は泣きます。そして、その涙を拭いて、次に何ができるかを一緒に考えます。
トリプルリスクヘッジ——3つの安心
💰 金銭的リスクヘッジ
互助会(8,000円)に加入いただくと、陽性時の羊水検査費用を全額カバー(上限なし)。費用を心配せず確定検査を受けられます。
⏱️ 時間的リスクヘッジ
2025年6月より院内で羊水検査・絨毛検査が可能に。多くの結果は3日以内にお返しできる体制を整えています。
💗 心理的リスクヘッジ
院内完結により転院不要。臨床遺伝専門医が最初から最後まで担当し、不安な時間を最小限に。陽性時の遺伝カウンセリングは何度でも無料です。
遺伝カウンセリング料金が含まれている理由
当院の検査費用には、遺伝カウンセリング料金33,000円が内包されています。これは当日の説明費用だけでなく、以下のすべてを含んでいます:
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陽性になった時、何度でもカウンセリングを受けられる
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妊娠経過中に心配なこと(サイトメガロウイルス初感染など)があればいつでも相談できる
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「お金がかかるから相談しにくい」ということを避け、安心して日常生活を送れるようにという配慮
よくある質問(FAQ)
🏥 どんな結果であっても、全力で寄り添います
一緒に泣くことが医師として正しいのかどうかはわかりません。
でも、私は泣きます。そして、その涙を拭いて、
次に何ができるかを一緒に考えます。
参考文献
- [1] American College of Obstetricians and Gynecologists (ACOG). Screening for Fetal Chromosomal Abnormalities: ACOG Practice Bulletin, Number 226. Obstet Gynecol. 2020;136(4):e48-e69. [PubMed]
- [2] International Society for Prenatal Diagnosis (ISPD). Position statement from the Chromosome Abnormality Screening Committee on behalf of the Board of the ISPD. Prenat Diagn. 2015;35(8):725-734. [PubMed]
- [3] Bianchi DW, et al. DNA sequencing versus standard prenatal aneuploidy screening. N Engl J Med. 2014;370(9):799-808. [PubMed]
- [4] Gil MM, et al. Analysis of cell-free DNA in maternal blood in screening for fetal aneuploidies: updated meta-analysis. Ultrasound Obstet Gynecol. 2017;50(3):302-314. [PubMed]
- [5] European Society of Human Genetics (ESHG). Non-invasive prenatal testing for aneuploidy and beyond: challenges of responsible innovation in prenatal screening. Eur J Hum Genet. 2015;23(11):1438-1450. [PubMed]
- [6] American College of Medical Genetics and Genomics (ACMG). Noninvasive prenatal screening for fetal aneuploidy, 2016 update: a position statement of the ACMG. Genet Med. 2016;18(10):1056-1065. [PubMed]
- [7] 日本産科婦人科学会. 出生前に行われる遺伝学的検査および診断に関する見解. [日本産科婦人科学会]


