目次
- ➤ ダウン症に合併するTAM(一過性骨髄異常増殖症)の基本知識
- ➤ ダウン症児の5~10%に発症するTAMの診断方法と症状
- ➤ TAMの治療法とリスク層別化による治療方針
- ➤ 白血病発症リスクと長期フォローアップの重要性
- ➤ 実症例から学ぶTAMの経過と医療的支援
ダウン症(21トリソミー)の新生児は、通常の新生児に比べて様々な合併症を引き起こすことが知られています。その中でも「一過性骨髄異常増殖症」(Transient Abnormal Myelopoiesis: TAM)は、ダウン症の新生児の約5~10%に発症する重要な合併症です。TAMは多くの場合、治療なしで自然に改善しますが、一部の症例では生命に関わる合併症を引き起こし、また後に白血病へと進展することもあります。そのため、医療者や保護者の適切な理解が必要です。
この記事では、TAMの基本的な知識から症例、最新の治療法や予後についての情報を医学的観点から詳しく解説します。NIPT(新型出生前診断)でダウン症の可能性が指摘された方や、すでにダウン症のお子さんをお持ちの方に役立つ情報を提供します。
ダウン症についての詳しい情報や出生前診断についてのご相談は、専門医による遺伝カウンセリングをご利用ください。
TAMとは?医学的基礎知識
TAMの定義
TAM(一過性骨髄異常増殖症、Transient Abnormal Myelopoiesis)は、ダウン症または21トリソミーモザイク症の新生児期にのみ見られる前白血病状態で、血液中に異常な細胞(芽球)が過剰に増えてしまう状態です。以前は一過性白血病(transient leukemia)や一過性骨髄増殖性疾患(transient myeloproliferative disorder, TMD)とも呼ばれていました。
白血病と非常に似た症状を示しますが、多くの場合は「一過性」であり、治療なしで自然に改善することが特徴です。ただし、一部の患者では肝線維症や多臓器不全などの重篤な合併症を引き起こし、早期死亡の原因となることがあります。
TAMはダウン症や21トリソミーモザイク症に特異的な病態であり、それ以外の赤ちゃんでは発症しません。ダウン症の新生児の約5~10%に見られ、多くは自然治癒しますが、約20%は重篤な合併症で早期死亡し、約20%が後に白血病に進展するリスクがあります。
発症率とリスク
ダウン症の新生児の約5~10%にTAMが発症します。日本では年間出生数とダウン症の出生頻度から推定して、年間約100人程度のTAM患者がいると考えられていますが、正確な数の把握はなされていません。
興味深いことに、最近の前向き研究では、ダウン症の新生児の98%に循環芽球(1〜77%の範囲)が検出されたという報告もあります。また、ダウン症新生児の約29%にGATA1遺伝子変異が検出され、臨床的または血液学的特徴がなくてもGATA1変異を持つ患者は「無症候性TAM」と呼ばれ、後のML-DS(ダウン症関連骨髄性白血病)発症リスクがあることも分かっています。
遺伝的背景
TAMの発症には2つの重要な遺伝的要因が関わっています:
21番染色体トリソミー
ダウン症の原因となる21番染色体が1本余分にある状態。この染色体異常によって造血幹細胞の増殖・分化に影響を与える遺伝子の発現量が変化します。
GATA1遺伝子変異
赤血球や巨核球(血小板の前駆細胞)の発生・分化を制御する重要な転写因子をコードする遺伝子の変異。この変異により、異常な形の短いGATA1タンパク質(GATA1s)が生じます。
TAMおよびML-DSの発症メカニズムでは、胎児肝臓の造血幹細胞においてGATA1遺伝子にソマチック(後天的)変異が生じることが中心的な役割を果たしています。このGATA1s変異タンパク質は、巨核球の分化を妨げ、21トリソミーの環境下でTAM芽球の制御されない増殖を引き起こします。
TAM芽球が骨髄よりも末梢血中に多く見られるという観察結果は、TAMが胎児肝臓の造血細胞に起源していることと一致しています。一部の患者では肝線維症が生じ、早期死亡の原因となることがあります。
TAMの症状と診断
主な症状
TAMの症状は個人差が大きく、無症状の場合から生命を脅かす重症例まで様々です。主な症状には以下のようなものがあります:
白血球増加:通常の白血球数は28,000~40,000/μL程度だが、約1/6の患者では100,000/μL以上の高度白血球増加症を呈する
肝臓や脾臓の腫大:肝腫大は50%以上の症例で見られ、10%では臍を超える巨大肝腫大を呈する
皮膚の紫斑や発疹:5%程度の症例で見られ、最初は水疱膿疱性だが、融合して痂皮を形成することがある
黄疸:結合型ビリルビン上昇を13~63%の患者で認める
腹水や胸水:8~21%の患者に腹水、10~23%に胸水または心嚢液貯留を認める
呼吸障害:胸水や肺への芽球浸潤により呼吸困難を来すことがある
多くの場合、血液検査での異常値のみで、目立った症状がないこともよくあります。実際、10~38%の患者は無症状で、検査異常のみを示します。症状の重さは、芽球の増加量や臓器への影響によって異なります。
芽球とは血液細胞の未熟な前駆細胞であり、通常は骨髄内に存在しています。TAMでは、これらの芽球が異常に増殖し、末梢血中に出現します。血液検査では芽球は白血球としてカウントされるため、白血球数の増加として表れます。
診断方法
TAMの診断は主に臨床像と血液検査所見、および遺伝学的検査によって行われます。ダウン症の新生児で末梢血中に顕著な芽球増加が認められた場合、まずTAMが強く疑われます。
TAMの診断には、(1)ダウン症(全身または体細胞モザイク)の確認、(2)末梢血中芽球の確認、(3)GATA1変異の検出が重要なポイントとなります。骨髄検査はTAMの診断には通常必要ありません。TAMは胎児肝臓造血に由来するため、通常、末梢血中の芽球の割合は骨髄よりも高いことが特徴的です。
TAMの診断基準は研究グループによって異なります:
- • 小児腫瘍グループ(COG):生後90日未満のダウン症児の血液・臓器内での非赤芽球系芽球の存在
- • BFM研究グループ:生後3ヶ月以内の乳児の末梢血または骨髄中に5%以上の骨髄芽球
- • オックスフォード研究:10%以上の芽球をTAM診断の閾値とし、GATA1変異を持つ無症状患者を「無症候性TAM」と呼称
- • 世界保健機関(WHO):特定の芽球割合を指定していない
TAMの治療法
リスク層別化に基づく治療方針
TAMの治療は、早期死亡のリスクに基づいて決定されます。早期死亡の高リスク患者では、早期介入が死亡リスクの減少と関連しています。GATA1遺伝子変異検査結果を待たずに、可能な限り早く治療を開始すべきです。
低リスク群では9割以上が幼児期を乗り越えますが、高リスク群では半数近くが新生児期に死亡してしまうという報告です。実臨床では、TAMが診断された段階で肝腫大を認めるか、全身状態が悪化傾向かどうかは重要な所見であり、これらによって治療介入の要否が判断されます。
高リスクTAMの管理
高リスクTAM(早期死亡リスクが高い)患者には、低用量シタラビン治療が推奨されます。交換輸血、白血球除去療法、または支持療法のみよりも低用量シタラビンが推奨されています。無作為化試験は行われていませんが、前向きおよび後ろ向き研究では、低用量シタラビンが高い有効性を示し、生存率の改善と関連していることが示されています。
投与法:シタラビンの投与量は体重1kgあたり0.4〜1.5mg程度を1日1〜2回、4〜12日間という低強度のスケジュールで行われます。皮下シタラビン 10 mg/m²/回 12時間ごと(0.33 mg/kg/回に相当)も一般的です。
モニタリング:全ての低用量シタラビン治療を受ける乳児は、血球数が回復するまで入院することが推奨されます。これにより、治療反応、血球減少症、血液製剤補充、発熱性好中球減少症の迅速な管理が可能になります。
副作用:低用量シタラビンは、通常の急性骨髄性白血病(AML)治療の用量のごく一部であるにもかかわらず、ダウン症の小児の約1/3で重度の好中球減少症、約1/4で重度の血小板減少症を引き起こすことがあります。
低用量シタラビン治療の効果として、TMD Prevention 2007研究では、高リスク特徴を持つ43人の患者が低用量シタラビン(1.5 mg/kg/日 × 7日間)による治療の対象となり、歴史的対照群の45人と比較して、早期死亡率が33%から12%へと大幅に減少したことが報告されています。
低リスクTAMの管理
低リスクTAMとは、早期死亡の高リスク特徴がない小児を指します。低リスクTAM患者は優れた転帰を示し、モニタリングのみが必要です。高リスクTAM患者とは対照的に、低リスクTAM患者では低用量シタラビンまたは他のアプローチによる治療は適応ではありません。
COG A2971では、低リスク特徴を持つ108人の小児のうち106人が中央値36日(範囲:2~126日)で自然に循環芽球を消失。残りの2人は高リスク特徴を発現し治療が必要となりました。未治療の小児の3年全生存率は84%でした。
TAM寛解後の”予防的治療”について: 一部の症例で寛解後に再発予防目的の低用量化学療法が試みられましたが、その後の白血病(ML-DS)発症率を低下させる効果は認められませんでした。大規模コホート研究では、TAM寛解後にシタラビンを追加投与しても将来的なAMKL発症率は無治療経過観察群と差がなく(発症率19% vs 22%、P=0.88)、予防的介入の有効性は否定的とされています。
TAMの予後
短期予後に影響する要因
TAMを発症した新生児の約80%は自然に治癒しますが、約5~23%は肝臓や肺などの臓器障害により重篤な状態となり、早期死亡することがあります。TAM関連死亡の主な原因は以下の通りです:
- 1 進行性肝不全(胆汁うっ滞、肝線維症、播種性血管内凝固症候群[DIC]、多臓器不全)
- 2 心肺不全(心嚢液貯留や胸水に関連)
- 3 胎児水腫
- 4 腎不全
- 5 感染症
下記の因子はTAMによる早期死亡と関連しています:
- • 白血球数 > 100,000/μL(高度白血球増加症)
- • 肝不全または生命を脅かす肝機能障害
- • 胎児水腫
- • 腹水、心嚢液貯留、胸水(心不全に起因しないもの)
- • 出血傾向または播種性血管内凝固症候群(DIC)
白血病への移行リスク
TAMが自然治癒した後も、約20%の小児が4歳までにダウン症関連骨髄性白血病(ML-DS)を発症します。ML-DSは通常、TAMが完全に臨床的に消失した後に発症し、血球減少と芽球数減少を伴って現れることもあれば、より高い芽球数を伴う急性巨核芽球性白血病(AMKL)として発症することもあります。
ML-DS発症に関連する主なリスク因子には以下のようなものがあります:
TAMからML-DSへの進展機序としては、「三段階モデル」が提唱されています:
- 1 胎児期におけるトリソミー21による造血攪乱
- 2 GATA1変異クローンの出現(→TAM発症)
- 3 追加のドライバー変異の獲得
TAM段階の芽球ではGATA1変異以外の顕著な遺伝子異常は基本的に認められず、白血病への進行には何らかの「二次変異」取得が必要です。ダウン症児AMKLで報告されている協調変異としては、コヒーシン複合体遺伝子(例: STAG2)やエピジェネティック制御遺伝子(例: EZH2、EP300)の変異、あるいは+8 trisomy(8番染色体の重複)などがあります。
ダウン症児におけるAMKL(ML-DS)は、適切な強度の化学療法に対する感受性が非常に良好であることが知られています。小児AML全般で見ると予後不良とされる巨核芽球性白血病ですが、ダウン症児AMKLに限って言えば寛解導入率・生存率ともに高く、3年全生存率はおよそ80%に達するとの報告があります。この予後良好さは、シタラビン感受性の高さや、ダウン症児AMLでは寛解後療法をやや減弱しても再発率が低いことなどに起因します。
長期フォローアップの重要性
TAMが自然治癒した後も、白血病発症のリスクがあるため、定期的なフォローアップが必要です。すべてのTAM既往児を4歳の誕生日まで3か月ごとにフォローアップすることを推奨します。ML-DSの大部分が生後2年以内に診断されるため、3年目と4年目はより長い間隔(例:6か月ごと)も合理的です。
血液検査で異常値が見られた場合は、骨髄検査などのより詳細な検査が行われることがあります。定期的なフォローアップによって、白血病への移行を早期に発見し、適切な治療につなげることが重要です。
実症例から学ぶTAMの経過
症例1:TAMから自然治癒した例
生後2日目の男児。出生時に染色体検査でダウン症と診断され、血液検査で白血球増加(芽球の存在)が認められました。肝臓の軽度腫大はありましたが、重篤な臓器障害はなく、経過観察となりました。生後3週間で芽球は自然に減少し始め、2か月後には血液検査が正常化しました。現在4歳で、定期的なフォローアップを継続していますが、白血病の発症はなく、健康に過ごしています。
症例2:重症TAMによりNICU死亡例
妊娠30週を過ぎて胎児の腎臓に異常が指摘され、帝王切開で出産となりました。腎臓の治療後は問題なく経過していましたが、染色体検査の結果、ダウン症と診断されました。出生後、血小板減少が認められ、精査の結果、TAMを合併していることが判明しました。急速に肝機能障害が進行し、腹水や胸水が貯留、呼吸状態も悪化しました。シタラビンによる治療を開始しましたが、状態は改善せず、最終的には生後3週間でNICUから出ることなく亡くなりました。
症例3:TAMから白血病へ移行した例
生後5日目の女児。出生時の血液検査でTAMと診断されましたが、症状は軽度で自然治癒しました。定期的なフォローアップを行っていましたが、1歳4か月時に血液検査で異常値が見つかり、骨髄検査の結果、骨髄異形成症候群(MDS)に移行していることが確認されました。遺伝子検査では、新たな遺伝子変異も見つかりました。化学療法による治療を行い、現在は寛解状態を維持しています。このケースは、TAMが自然治癒しても、定期的な経過観察が重要であることを示しています。
出生前診断とTAM
NIPT(非侵襲的出生前遺伝学的検査)でダウン症の可能性が示唆された場合、確定診断のために羊水検査などが行われます。ダウン症が確定した場合、TAMを含めた合併症のリスクについて知っておくことが重要です。
NIPTなどの出生前診断でダウン症が判明した場合、出生後のTAMの発症リスクや対応について医療者から十分な説明を受けることが大切です。特に以下のような情報が重要です:
- • TAMの発症頻度と症状
- • 自然治癒の可能性と重症化のリスク
- • 治療が必要になる場合の対応
- • 長期的なフォローアップの必要性
- • 白血病への移行リスクとその対応
医療的サポートの重要性
ダウン症のお子さんをお持ちの家族には、医学的なサポートに加えて、心理的・社会的サポートも重要です。適切なサポートを受けるためには、以下のような専門家や支援体制を活用することをお勧めします:
よくある質問(FAQ)
TAMはすべてのダウン症の子どもに発症するのですか?
いいえ、すべてのダウン症のお子さんがTAMを発症するわけではありません。ダウン症の新生児の約5~10%にTAMが発症すると言われています。ただし、最近の研究では、ダウン症の新生児の98%に循環芽球が検出されたという報告もあり、これらのうち約29%にGATA1遺伝子変異が検出されています。臨床的または血液学的特徴がなくてもGATA1変異を持つ患者は「無症候性TAM」と呼ばれ、後のML-DS発症リスクがあることも分かっています。TAMの発症には、ダウン症の原因となる21番染色体トリソミーに加えて、GATA1遺伝子の変異が関わっていると考えられています。
TAMは出生前に診断できますか?
現在の技術では、TAMを出生前に確実に診断することは難しいです。NIPTや羊水検査などでダウン症(21トリソミー)を診断することはできますが、TAMの発症には別途GATA1遺伝子変異が必要であり、この組み合わせを出生前に予測することは容易ではありません。しかし、一部の研究では、胎児水腫や肝脾腫を伴うダウン症胎児で出生前TAMが疑われるケースが報告されています。TAMは出生後数日以内に発症することが多く、出生時には症状がなくても後から発症することもあります。臍帯血サンプルでのTAM芽球の検出やTAMの病理組織学的診断が報告されたケースもあります。
TAMの治療は必ず必要ですか?
いいえ、すべてのTAM症例で治療が必要なわけではありません。TAMの約80%は特別な治療を行わなくても自然に治癒します。治療が必要となるのは、高リスク特徴を持つ症例、つまり白血球数が100,000/μL以上と著しく多い場合や、肝機能障害が重度の場合(ビリルビンが正常上限の10倍以上、または肝酵素が正常上限の20倍以上)、胎児水腫がある場合、心不全に起因しない体内の水分貯留(腹水、心嚢液、胸水)が多い場合、播種性血管内凝固症候群(DIC)などの出血傾向がある場合に限られます。患者のリスク層別化は、臨床的・血液学的評価に基づいて行われます。高リスク患者には低用量シタラビン治療が推奨されていますが、低リスク患者では治療せずに経過観察のみで良好な転帰が報告されています。
TAMが治った後も定期検査は必要ですか?
はい、TAMが自然治癒した後も定期的な検査が必要です。TAMを発症し自然治癒した患者さんの約20%が、後に白血病(主に急性巨核芽球性白血病)を発症することがあります。そのため、TAM既往児は4歳の誕生日まで3か月ごとにフォローアップすることが推奨されています。ML-DSの大部分は生後2年以内に診断されるため、3年目と4年目はより長い間隔(例:6か月ごと)でのフォローアップも合理的です。血液検査で異常値が見つかれば、骨髄検査など詳細な検査が必要になることがあります。このような定期的なフォローアップにより、白血病への移行を早期に発見し、適切な治療を早く開始することが可能になります。
TAM後の白血病の治療成績はどうですか?
ダウン症の小児における急性巨核芽球性白血病は、ダウン症のない小児の白血病と比較して抗がん剤に対する感受性が高いことが知られています。BFM研究におけるML-DS患者の研究では、TAM既往のある29人の患者の無イベント生存率(EFS)は91%で、TAM診断を受けていないML-DS患者の70%より高いことが報告されています。適切な治療が行われれば、約80~90%の患者さんで治癒が期待できます。日本でも少ない量の抗がん剤による治療の臨床試験が行われ、80%以上の治癒率が認められています。ML-DSの治療には、3種類の抗がん剤を組み合わせて使用します。約4週間ごとに5回の治療を行うため、約6か月の治療期間が必要で、その間の多くを入院して過ごす必要があります。ただし、治療には専門的な医療機関での対応が必要です。
TAMの自然治癒はなぜ起こるのですか?
TAMが生後3か月以内(または出生前)に自然消失する正確なメカニズムは不確かです。考えられる仮説としては、(1)出生前の胎児肝臓造血から出生後の骨髄造血への発達的移行、(2)発達中の免疫系による反応、(3)TAM芽球の高い自然アポトーシス率、などが挙げられています。また、胎児肝臓の微小環境が、21トリソミーとGATA1変異が存在するときにTAM芽球の増殖を支持する可能性があり、出生後に新生児が骨髄造血に移行すると、これらの芽球は増殖のための適切な微小環境を失い、自然に消失すると考えられています。しかし、TAM芽球が自然に消退するにもかかわらず、約20%の症例ではこれらの芽球のごく一部が体内に残存し、追加の遺伝子変異(例:シグナル伝達分子、コヒーシン複合体、エピジェネティック修飾因子の変異)を獲得することでML-DSへと進展する可能性があります。
ダウン症のTAMに関するご質問は、臨床遺伝専門医にご相談ください。当クリニックでは経験豊富な専門医による遺伝カウンセリングを行っております。お気軽にお問い合わせください。
まとめ
TAMの主な症状としては、肝脾腫、黄疸、体腔液貯留(胸水・心嚢水・腹水)、出血傾向などがありますが、一部の症例は無症状で経過することもあります。血液検査では高度の白血球増加や血小板減少、末梢血中の芽球増加が特徴的です。
治療方針は早期死亡リスクに基づいて決定され、高リスク患者には低用量シタラビン療法が有効である一方、低リスク患者は経過観察のみで良好な転帰が期待できます。TAM自体は多くの場合、生後3ヶ月までに自然治癒しますが、その後も定期的なフォローアップを継続し、白血病への進展を注意深く監視することが重要です。
TAMからダウン症関連骨髄性白血病(ML-DS)への進展は、GATA1変異クローンの残存と追加の遺伝子変異獲得という「三段階モデル」で説明され、ML-DSはシタラビンなどの化学療法に良好な反応を示すことが知られています。幸いにも、ダウン症児全体で見れば、TAMを経て白血病に進行するのはごく一部(数パーセント)に過ぎません。
- ➤ TAMは医学的にはダウン症に特異的な前白血病状態として理解されています
- ➤ 80%は自然治癒しますが、20%は早期死亡、20%は後に白血病に進展するリスクがあります
- ➤ 高リスク患者には早期の低用量シタラビン治療が生存率の向上に寄与します
- ➤ 治癒後も4歳頃までの定期的なフォローアップが白血病の早期発見に重要です
- ➤ 医療者による適切な情報提供と支援が家族のサポートに不可欠です
医療者はTAMの診断と重症度評価を迅速に行い、リスクに応じた適切な治療を提供することで、早期死亡を減少させることが可能です。また、親御さんにとっては、このような特殊な合併症について適切な情報を得ることで、不安の軽減と適切な医療判断に役立てることができます。ダウン症のお子さんをお持ちの方は、新生児期の血液検査の重要性を理解し、必要に応じて専門医に相談することをお勧めします。
ピアサポートと医療情報の関係
ピアサポートの役割と限界
ダウン症やTAMに関するピアサポート(同じ経験を持つ人同士のサポート)は、情報共有や精神的支援として重要な役割を果たします。しかし、医学的な合併症に関しては、以下のような限界があることも認識しておく必要があります:
- ! 軽症のダウン症のお子さんを持つ保護者が中心となりがちで、重症例の情報が少ない
- ! TAMなどの重症合併症を経験した保護者は、時間的・精神的余裕がなくサポートに参加しにくい
- ! 個人の経験に基づく情報提供となり、TAMの全体像を把握しにくい
- ! 医学的な知識や最新の治療情報が不足していることがある
医療者からの情報提供の重要性
TAMのような医学的に複雑な疾患については、医療者からの適切で中立的な情報提供が重要です。特に以下のような場合は専門医への相談が必須です:
- 1 TAMの診断と重症度評価
- 2 治療方針の決定
- 3 予後の予測
- 4 長期的なフォローアップ計画
- 5 白血病への移行リスクの評価
ダウン症のお子さんとその家族にとって理想的なのは、医療者からの専門的なサポートとピアサポートの両方をバランスよく受けることです。医学的な判断は専門医に、日常生活での工夫や精神的なサポートはピアグループに、というように役割分担をすることで、より充実したサポートが可能になります。
当クリニックでは、ダウン症のお子さんを持つご家族向けの交流会や情報交換の場を定期的に設けています。医療者とピアサポートの両方の視点から、バランスの取れた情報提供とサポートを目指しています。詳しくは下記のお問い合わせ先までご連絡ください。
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臨床遺伝専門医による専門的な遺伝カウンセリングを提供しています。ダウン症や合併症についての情報提供や心理的サポートを行います。
- 「TAMからMDSに移行した表現型正常のモザイクダウン症の1例」 日本小児血液・がん学会雑誌, 2018
- 「RIKEN 細胞運命制御研究」 www2.riken.jp/cell-fate/organization/theme_public_02.html
- 「Transient Abnormal Myelopoiesis in Down Syndrome」 Blood Reviews, 2020
- 「Management of Transient Abnormal Myelopoiesis and Leukemia in Children with Down Syndrome」 Hematology/Oncology Clinics of North America, 2022
- 「Molecular pathogenesis of transient abnormal myelopoiesis and acute megakaryoblastic leukemia in Down syndrome」 Haematologica, 2021
本記事は臨床遺伝専門医監修のもと、最新の医学情報に基づいて作成されています。
ただし、個々の症例に関しては主治医にご相談ください。
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