目次
NIPT(cfDNA検査)は、21・18・13トリソミーのスクリーニングとして従来の方法を大きく上回る精度を持ちますが、それによって妊娠初期の超音波検査や確定検査、母体血清マーカーが不要になるわけではありません。このページは、NIPTの教科書『Noninvasive Prenatal Testing (NIPT)』(2018年)第4章の後半「Future of Conventional Screening(従来型スクリーニングの今後)」をもとに、NIPTを医療の中にどう組み込むか(実施モデル)、費用、倫理的な論点、海外の導入状況を整理したものです[1]。本の出版後に変わった点は「本の出版後」と明記して更新し、本にない日本の制度も加えました。
Q. NIPTが普及した後、従来の出生前スクリーニングはどうなりましたか?
A. 妊娠初期の超音波検査と確定検査は残り、NIPTは「誰に、どの順番で提供するか」という実施モデルの違いで各国に組み込まれました。英国は従来のスクリーニングで高リスクとなった人に提供するコンティンジェント方式、オランダやベルギーは全妊婦に提供する一次スクリーニング方式をとっています。米国の学会は2020年以降、年齢を問わず全妊婦に提示する方針です。日本のNIPTは自費診療で、2022年から出生前検査認証制度のもとで提供されています。
- ➤超音波が残る理由 → 週数・多胎の確認と、NIPTでは見つからない形態異常の発見
- ➤実施モデル → コンティンジェント方式(高リスク者に提供)と一次スクリーニング方式(全妊婦に提供)
- ➤倫理 → 英国ナフィールド生命倫理評議会が示した6つの論点
- ➤日本 → 2013年に臨床研究として開始、2022年に認証制度へ
⏱️ 30秒でわかる要約
🩺 Q. NIPTを受ければ、エコーや血清マーカーは要らなくなる?
いいえ。NIPTを行う際には、赤ちゃんの心拍・週数・多胎を超音波検査で確認することが重要です。無頭蓋症や全前脳胞症のような体のつくりの異常はNIPTでは見つかりません。血清マーカーのPAPP-Aは、妊娠高血圧腎症の予測にも使われています。
🌍 Q. 海外ではNIPTをどう使っている?
英国はコンバインド検査などで1/150より高リスクの人に提供し、オランダは2023年4月から全妊婦に無料で提供しています。米国産婦人科学会(ACOG)は、年齢やリスクを問わず全妊婦に選択肢を示すよう求めています。
🇯🇵 Q. 日本ではどうなっている?
2013年に臨床研究として始まり、2022年に日本医学会の指針と認証制度ができました。自費診療で、年齢で一律に区切る要件はありません。認証施設での検査は2023年度に43,136件でした。

第4章の前半では、母体年齢・母体血清マーカー・超音波(NT)による従来のスクリーニングの成績と、高リスク集団・低リスク集団でNIPTを使った臨床研究の結果が示されました。その流れを受けて、本の著者(英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン病院の胎児医学チーム)は「NIPTは大きな進歩だが、超音波と母体血清マーカーを完全に置き換えることはない」という立場をとっています[1]。このページでは、その理由から順に見ていきます。
1. NIPTがあっても従来のスクリーニングがなくならない理由
本の著者は、NIPTが普及しても超音波検査と侵襲的検査(羊水検査・絨毛検査)は残ると考え、その理由を3つ挙げています。NIPTの前に超音波が必要なこと、超音波で異常があればNIPTではなく確定検査に進むべきこと、NIPTで結果が出ないとき(判定保留)の受け皿が必要なことです。さらに、母体血清マーカーにも染色体以外の役割が残るとしています[1]。
1-1. NIPTの前に初期超音波が必要な理由
NIPTの成績は妊娠の状態に左右されるため、検査を行う際には超音波で赤ちゃんの生存、正確な週数、胎児の数を確認することが重要です。週数が実際より早ければ胎児分画が足りずに判定できないことがあり、双胎であれば解析の前提そのものが変わります。妊娠初期にもう一人の胎児が育たなくなるバニシングツインでは、消えた胎児(の胎盤)に由来するDNAが残り、偽陽性の原因になります[1]。双胎そのものの扱いは第6章(双胎妊娠とNIPT)で扱います。
もう一つの理由は、妊娠初期の超音波で大きな形態異常を早く見つけられることです。本は、無頭蓋症(頭蓋骨と大脳の大部分ができない異常)、全前脳胞症(大脳が左右に分かれない異常)、腹壁の欠損を例に挙げ、これらはNIPTでは評価できないと述べています[1]。NIPTが調べているのは染色体の本数の偏りであり、染色体が正常でも起こる体のつくりの異常は対象外だからです。妊娠11〜13週のNT(胎児後頸部透亮像)の計測を含む胎児超音波検査は、NIPTの時代にも別の目的を持った検査として残ります。
💡 用語解説:胎児分画(fetal fraction)
母体の血液中を流れる細胞外DNA(cfDNA)のうち、胎盤に由来するDNAが占める割合です。NIPTはこの「胎児由来」の部分に含まれるわずかな偏りを読み取るため、胎児分画が低いと結果が出せなかったり、精度が落ちたりします。妊娠週数が早い場合や母体の体重が重い場合に低くなりやすいことが知られています。
1-2. 超音波で形態異常があれば、NIPTではなく確定検査へ
超音波で形態異常が見つかった場合、本はNIPTを挟まずに直接、侵襲的検査(確定検査)を提案すべきだとしています。NIPTは確定検査ではなくスクリーニング検査なので、陽性なら結局は確定検査が必要になり、診断が遅れて費用もかさみます。しかも形態異常の原因は21・18・13トリソミーに限られません[1]。
その根拠として本が引用するのが、羊水・絨毛の検体で染色体マイクロアレイと従来の核型(Gバンド)を比べた米国の多施設研究です。核型が正常だった例のうち、臨床的に意味のある微細な欠失・重複が見つかった割合は、高年妊娠が適応の場合1.7%、スクリーニング陽性が適応の場合1.6%、超音波で構造異常があった場合は6.0%でした[2]。本では高年妊娠とスクリーニング陽性をまとめて「1.7%」と紹介していますが、原著では1.7%と1.6%に分かれています。
NIPTは主に3つのトリソミーを調べる検査なので、構造異常がある胎児で見つかるこの6.0%の多くは拾えません。超音波で所見があるときに、確定検査とマイクロアレイの組み合わせが検討されるのはこのためです。
1-3. 判定保留のときの3つの選択肢と、「全員に確定検査を」という主張
NIPTで結果が出ない「判定保留(no-call)」は、単なる検査の失敗ではなく、異数性のリスクが高いことのサインになりえます。本は、判定保留になった場合の選択肢として、再検査、従来のコンバインド検査、直接の侵襲的検査の3つを挙げ、米国産婦人科学会(ACOG)が侵襲的検査を推奨していることを紹介しています[1]。18・13トリソミーでは胎盤が小さく胎児分画が低くなりやすいため、結果が出なかった妊娠ではこれらのトリソミーの割合が高いことが報告されています[3]。
本の出版後、ACOGは2020年のPractice Bulletin 226で、判定保留の場合は異数性リスクの上昇と関係することを伝え、追加の遺伝カウンセリングを行い、詳しい超音波検査と診断検査を提示するよう整理しました[4]。判定保留の一般的な原因と対処はNIPT結果が出ない原因と対処法、胎児分画の仕組みは第3章の胎児ゲノム率で解説しています。
本はさらに、「スクリーニングを経ずに、すべての妊婦に最初から確定検査を提示すべきだ」という主張にも触れています。米国のEvansらは2016年の論文で、超音波も核型も正常な妊娠でも病的なコピー数変化のリスクは1%を超えると指摘し、NIPTだけで安心することに注意を促しました[5]。この主張の背景には、侵襲的検査の流産リスクが以前考えられていたより低いと分かってきたことがあります。1986年のデンマークのランダム化試験では羊水検査群の流産が1.7%、対照群が0.7%で、差の1.0%が長く「羊水検査の流産リスク」とされてきました[6]。その後のメタ解析では手技に関連する流産は羊水検査0.11%、絨毛検査0.22%と推定され[7]、本の出版後の2019年の更新メタ解析では羊水検査0.30%、絨毛検査0.20%で、背景リスクをそろえた研究に限るとどちらも統計的に有意な上昇はありませんでした[8]。流産率の変遷は4-1の確定検査の節、一般向けの解説は羊水検査のリスクにまとめています。
1-4. 母体血清マーカーに残る役割:PAPP-Aと妊娠高血圧腎症
母体血清マーカーのうち、妊娠初期に測るPAPP-A(妊娠関連血漿タンパクA)は、染色体の評価とは別に、胎盤の働きを映す指標として使われ続けます。本は、PAPP-Aが低い妊娠では胎児発育不全、早産、妊娠高血圧症候群、死産が多いことはよく知られていると述べています[1]。PAPP-Aは胎盤でつくられ、成長因子の働きを調節するタンパクなので、低値は胎盤の形成がうまくいっていない可能性を示します。
この性質を使ったのが、妊娠初期に妊娠高血圧腎症のリスクを計算して予防する試みです。PAPP-Aを含む予測モデルで高リスクとされた妊婦を対象にしたASPRE試験では、妊娠11〜14週から36週までアスピリン150mgを毎日服用した群で早産期の妊娠高血圧腎症が1.6%、プラセボ群で4.3%と、発症のオッズが約6割減りました(オッズ比0.38)[9]。本はまた、胎盤増殖因子(PlGF)や可溶性fms様チロシンキナーゼ1(sFlt-1)が将来の初期スクリーニングに使われる可能性にも触れています[1]。
本の出版後、sFlt-1とPlGFの比は、妊娠高血圧腎症が疑われる妊婦の短期予測に使われるようになりました。比が38以下なら、その後1週間に発症しない陰性的中率は99.3%と報告されています[10]。日本でも2021年7月から、妊娠18週から36週未満で妊娠高血圧腎症が疑われる妊婦を対象に、この検査が保険で測定できるようになったと検査試薬メーカーが発表しています[11]。ただしこれは症状がある妊婦の発症予測であり、全妊婦の初期スクリーニングとは使い方が異なります。
💡 用語解説:PAPP-A(妊娠関連血漿タンパクA)
胎盤の栄養膜でつくられ、妊娠中に母体の血液中で増えていくタンパクです。インスリン様成長因子(IGF)を結合タンパクから切り離して働かせる酵素で、胎盤と胎児の発育に関わります。21トリソミーなどの染色体異常では妊娠初期に低くなるため、コンバインド検査の項目の一つになっています。染色体が正常でも低い場合は、胎盤機能の低下と関連することがあります。
1-5. 侵襲的検査は減り、実施施設が集約される
本の著者は、超音波と確定検査の価値は残るとしながらも、NIPTの普及によって血清マーカー検査と侵襲的検査の件数は減ると予測しています。英国王立産婦人科医会(RCOG)の2014年の文書も、侵襲的手技が大きく減ることで胎児医学の専門医の研修に影響が出ること、手技はより少数の大きな施設に集まっていくことを指摘していました[12]。
国内の主要な検査機関のデータをまとめた2026年の報告では、羊水検査は2014年の16,454件から2023年の5,620件へ、絨毛検査は2015年の2,149件から2023年の1,167件へ減り、母体血清マーカーも2018年の34,887件から2023年の25,553件へ減少しました[13]。羊水検査で染色体異常が見つかる割合は8%(2006〜2014年)から20.0%(2023年)に上がっており、確定検査が可能性の高い妊娠に絞られてきたことがうかがえます。
🩺 院長コラム【NIPTは「超音波の代わり」ではない】
NIPTの精度が高いことは、ときに「採血だけで赤ちゃんのことが全部わかる」という誤解につながります。けれどもNIPTが見ているのは胎盤由来のDNAに表れる染色体の本数の偏りで、体のつくりや、マイクロアレイで初めて見える小さな欠失・重複の多くは対象外です。
超音波で形態異常が見つかった妊娠で、構造異常の約6%に核型では見えない変化があるというデータは、NIPTと確定検査の役割の違いをよく表していると考えています。どの検査を選ぶにしても、超音波・NIPT・確定検査がそれぞれ何を見ているのかを分けて理解しておくことが大切です。
2. NIPTの実施モデルと費用・検査方式
NIPTを公的な出生前スクリーニングに組み込む方法は、大きく「コンティンジェント方式」と「一次スクリーニング方式」の2つです。どちらを選ぶかで、検出数、侵襲的検査の数、費用が変わります。本はこの2つのモデルを整理したうえで、費用と検査方式(全ゲノム法とターゲット法)の違いにも触れています[1]。
2-1. コンティンジェント方式と一次スクリーニング方式
コンティンジェント(条件付き)方式は、まず全員に従来のスクリーニングを行い、その結果で高リスクとなった人にだけNIPTを提示する方法です。一次スクリーニング方式は、従来のスクリーニングの代わりに全妊婦にNIPTを提示する方法です。コンティンジェント方式の検出率は、どのリスク値をNIPT提示の線(カットオフ)にするかと、どれだけの人が検査を受けるかで決まります[1]。
⚖️ コンティンジェント方式と一次スクリーニング方式の比較
| 項目 | コンティンジェント方式 | 一次スクリーニング方式 |
|---|---|---|
| NIPTの対象 | 従来のスクリーニングで高リスクとなった人 | 全妊婦(従来のスクリーニングの代わり) |
| 主な利点 | 侵襲的検査と手技に伴う流産が減る。費用を抑えやすい | 偽陽性・侵襲的検査が減るうえ、検出数も増える |
| 弱点 | 一次のスクリーニングで低リスクとされた罹患例は拾えない | 検査費用が大きい。判定保留への対応が必要 |
| 本の時点の例 | 英国、米国(当時のACOG)、デンマーク | オランダ(2017年〜)、ベルギー(2017年〜) |
コンティンジェント方式では、NIPTの手前にある従来のスクリーニングが「最も弱い環」になります。同じ本の第14章が指摘するように、コンバインド検査(妊娠初期の血清マーカーとNTの組み合わせ)の検出率は85〜90%なので、ここで低リスクとされた罹患例は、NIPTの精度がどれほど高くても見つかりません[14]。一方で、侵襲的検査を選ぶかわりにNIPTを選ぶ人が増えるため、手技に伴う流産は減ります。従来のスクリーニングの中身はコンバインド検査とはで解説しています。
一次スクリーニング方式は、精度の高いNIPTを最初から全員に使うので検出数は増えますが、全妊婦分の検査費用がかかります。本は、一次スクリーニングとしての導入を妨げている主な要因を、検査費用と判定保留の扱いの2つだとしています[1]。それぞれのモデルで実際に何が起きたかという臨床研究の結果は、4-2 高リスク・低リスク集団のNIPTで詳しく扱っています。
2-2. 費用:RAPID研究の試算とカットオフの決め方
英国のRAPID研究は、リスク1/150以上の人にNIPTを提示するコンティンジェント方式なら、総費用をほとんど増やさずに検出を増やし、侵襲的検査を減らせると試算しました。研究は英国の8つの産科施設で行われ、リスク1/150以上の人の74.4%がNIPTを、17.8%が直接の侵襲的検査を選びました。年間出生約69万8,500人のイングランドに当てはめると、検出が195例増え(95%不確実性区間 −34〜480)、侵襲的検査が3,368件減り、手技に伴う流産が17件減ると推計され、総費用の差は有意ではありませんでした[15]。
一方、NIPTの費用対効果を調べた12の経済評価をまとめた2018年のシステマティックレビューでは、全妊婦へのNIPTは効果が高いものの費用が大きく、現時点では費用対効果があるとはいえないと結論づけています。コンティンジェント方式の費用対効果は研究によって結果がばらつき、確かなことはいえないとされました。どちらのモデルでも共通していたのは、手技に関連する胎児の喪失が減ることでした[16]。研究を束ねて評価する方法についてはシステマティックレビューで解説しています。
本は、価格が下がれば全妊婦への提供も費用対効果に見合うようになるかもしれないと述べており[1]、本の出版後、オランダは2023年に全妊婦へのNIPTを国の検診プログラムに組み込みました。
2-3. 商業検査の影響と出版バイアス
本は、NIPTが多くの営利企業によって提供されていることが、導入のされ方そのものに影響しうると注意を促しています。企業による消費者向けの広告や、医療者向けの教育活動を通じて、検査の利用が広がる可能性があるからです。また、民間企業の関与によってNIPTの研究に出版バイアス(よい結果の研究ほど論文になりやすい偏り)が生じている可能性や、企業ごとの検査の性能を比べにくいことも指摘しています[1]。
論文の「感度99%」を読むときも、対象集団(高リスクか一般集団か)、判定保留を除外しているか、妊娠転帰をどこまで追跡したかを確かめる必要があります。
2-4. MPSSとターゲット法(SNP法)
NIPTの解析法には、全ゲノムからまんべんなくDNA断片を読む大規模並列ショットガンシークエンス(MPSS)と、特定の領域だけを読むターゲット法があり、SNP法はターゲット法の一種です。2017年のコクランレビューは、両者の感度・特異度に統計的な差はないとしたうえで、「高リスク集団では21・18・13トリソミーに対して感度が高く、特異度が非常に高い。一方、選別されていない一般妊婦の一次スクリーニングとしての精度のデータは乏しい」と結論づけました[17]。高リスク集団のMPSSでは21トリソミーの感度99.7%、ターゲット法では99.2%と報告されています。
それぞれの原理は第3章で解説しています。全ゲノム法はWGSで測るNIPT、SNP法はSNPベースのNIPTをご覧ください。
本は、微小欠失・微小重複についてはcfDNA検査の検証が十分でないものの、技術の進歩と読み取りの深さの向上で変わっていくだろうと述べていました[1]。本の出版後、米国臨床遺伝・ゲノム学会(ACMG)の2023年のガイドラインは、22q11.2欠失のスクリーニングを話し合いのうえで提供してよい(条件付き推奨)とした一方、それ以外のコピー数変化やまれな常染色体トリソミー、ゲノム全体のスクリーニングについては、エビデンスが不十分として推奨を示していません[18]。微小欠失を対象にしたNIPTの陽性的中率はNIPT 微小欠失の陽性的中率で解説しています。
3. NIPT導入の倫理的課題:ナフィールド評議会の6つの論点
本は、英国のナフィールド生命倫理評議会(Nuffield Council on Bioethics)が2017年にまとめた報告書をもとに、NIPTの導入で問われる倫理的な論点を6つ挙げています。報告書は、英国の公的医療(NHS)にNIPTを導入する議論の中で、検査の利点と懸念を整理したものです[1][19]。出生前診断の倫理全般は出生前診断の倫理的問題で扱っており、ここでは本が取り上げた枠組みに絞ります。
🧭 NIPT導入をめぐる6つの倫理的論点
| 論点 | 中身 | 本の著者の立場・補足 |
|---|---|---|
| 害の減少 | 侵襲的検査が減り、手技に伴う流産が減る | 減る数そのものは少ない可能性がある |
| 公正さ | 払える人や住む地域によって受けられるかが決まる | 高精度の検査が一部の人に限られるのは不公平 |
| 生殖に関する自己決定 | 精度の高い情報で、出産の準備も妊娠の継続をやめる選択もしやすくなる | 選択の幅を広げる面がある |
| 情報提供と理解 | 流産のリスクがなく手軽なため、結果の意味が十分に検討されないおそれ | 偏りのない情報と十分な時間が欠かせない |
| 性別判定 | 早い時期に胎児の性別が分かり、性選択的な中絶につながるおそれ | 医学的な理由がなければ性別を伝えないことを推奨 |
| 妊娠中絶 | 中絶の増加が「優生思想」と批判されるおそれ | 従来のスクリーニングにも向けられてきた懸念 |
3-1. 害の減少
NIPTが広く使われるようになれば侵襲的検査の件数が減り、その分だけ手技に伴う流産も減ります。ただし本は、減る流産の数そのものは小さい可能性があると添えています[1]。1-3で見たように、現在の手技に関連する流産リスクは0.1〜0.3%程度と推定されているため、この利点はかつて考えられていたほど大きくはありません。
3-2. 公正さ(払える人だけ・住む地域で決まる不公平)
多くの国で、NIPTは費用を払える人が民間で受ける検査として先に広まりました。本の時点の英国では、公的医療の中でもNIPTを提供する病院としない病院があり、住んでいる地域(郵便番号)で受けられるかどうかが変わる状態でした。本は、精度の高い検査が支払い能力や住所で決まるのは不公平だという議論を紹介しています[1]。この論点は、公費で全妊婦に提供する国と、自費診療として提供する国の違いにそのままつながります。日本のNIPTは自費診療で、費用は施設によって異なります[20]。
3-3. 生殖に関する自己決定
NIPTは、従来より精度の高い情報を提供することで、妊婦とパートナーが自分たちの状況に合った選択をする力を広げるという側面があります。本は、トリソミーのある赤ちゃんを迎える準備をすることも、妊娠を継続しない選択をすることも、どちらも含めて「選択の幅が広がる」と表現しています[1]。4-2で紹介した英国の研究では、NIPTで高リスクと出た人の中に、確定検査を受けずに妊娠を続けた人がいました[1]。NIPTの結果を、妊娠をやめるためではなく「知って備える」ために使う人がいることは、自己決定を考えるうえで見落とせない点です。
3-4. 情報提供と理解
採血だけで流産のリスクもない検査は、受けることへの心理的なハードルが低いぶん、結果の意味を十分に考えないまま受けられてしまうおそれがあります。ナフィールド評議会の報告書は、医療者がダウン症候群について医学的な問題ばかりを伝え、実際に子どもと暮らすことがどういうことかを十分に説明していない場合があると指摘し、すべての選択を等しく支える正確で偏りのない情報と、話し合いに十分な時間をとることが、NHSでNIPTを導入するための欠かせない条件だとしています[1]。
特に誤解されやすいのが陽性的中率です。陽性と出た人のうち本当に罹患している人の割合は、検査の感度・特異度が同じでも、年齢や疾患によって大きく変わります。検査前と検査後の説明を担う臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングの役割はここにあります。
3-5. 性別判定
NIPTは、トリソミーのスクリーニングが目的であっても、早い週数で胎児の性別を判定できてしまいます。本は、これが性選択的な中絶の危険を高めうるとして、先天性副腎過形成が疑われる場合のような医学的な理由がない限り、NIPTで胎児の性別をルーチンに伝えるべきではないと勧めています[1]。先天性副腎過形成では、女児の外性器の男性化を防ぐ目的で出生前の対応が検討されるため、性別の情報に医学的な意味があります。ナフィールド評議会の報告書も、NIPTの提供者は胎児の性別判定を提供すべきでないと勧告しています[19]。日本の認証施設で行うNIPTは13・18・21トリソミーに限られ、性染色体は対象外です[21]。この点の一般向けの解説はNIPTで性別を教えてくれない理由をご覧ください。
3-6. 妊娠中絶と「優生思想」の懸念
NIPTの導入でダウン症候群・18トリソミー・13トリソミーと診断された後の中絶が増えれば、それを優生思想だと考える人がいる、とナフィールド評議会の報告書は記しています。報告書は、これらの症候群とともに生まれ暮らす人が大きく減れば、その人たちが受ける医療や福祉の質、研究に向けられる関心が影響を受ける可能性や、公的医療でNIPTを提供すること自体が、検査の対象となる人々の価値を否定するメッセージとして受け取られうることにも触れています[1]。
一方で本の著者は、この懸念はNIPTに固有のものではなく、すでに世界中で使われているコンバインド検査を含む従来の出生前スクリーニングにも向けられてきたものだと指摘しています[1]。「出生前診断は命の選別につながるのか」という問いに対しては、検査そのものと、検査がどのような社会的条件の中で提供されるかを分けて考える必要があります。出生前診断をめぐるさまざまな立場は出生前診断の賛否両論で紹介しています。
4. 海外のNIPT導入状況
本は、各国のNIPTの導入状況を2018年時点で整理したうえで、「この分野は急速に変化しており、ここに書いたことはすぐに変わるだろう」と断っています。実際に本の出版後、英国の導入時期、米国の学会の推奨、オランダの制度は大きく動きました[1]。ここでは本の記述を土台に、出版後の変化を国ごとに更新します。
4-1. 本の時点の全体像
本の時点で、高所得国と中所得国の大半ではNIPTが受けられましたが、その多くは民間の自費の検査でした。ベルギー、オランダ、シンガポール、オーストラリア、カナダ、米国などでは公的な枠組みでも提供されうる状態で、本は価格を350ドル(オーストラリア)から2,900ドル(米国)、世界平均874ドルと紹介しています[1]。この価格は2015年の調査に基づくものです。
4-2. 英国:UK NSCの1/150方式
英国の国家スクリーニング委員会(UK NSC)は2016年、従来のスクリーニングでリスクが1/150より高い人に、侵襲的検査や追加検査なしと並ぶ選択肢としてNIPTを提示するよう勧告しました。本はこれが2018年秋に公的医療で始まる予定と記していました[1]。
本の出版後、実際の導入はずれ込み、イングランドでは2021年6月1日を開始の目標日として段階的に導入されました[22]。現在のNHSの手引きでは、コンバインド検査またはクアトロテストで高い確率(1/2〜1/150)と出た人が対象で、単胎だけでなく双胎も含まれます。三胎以上は対象外で、報告するのは21・18・13トリソミーのみ、胎児の性別は伝えません[23]。英国は本の時点から一貫してコンティンジェント方式をとっていることになります。
4-3. 米国:ACOGとACMG
本の時点で、米国産婦人科学会(ACOG)は全妊婦への一次スクリーニングではなくコンティンジェント方式を推奨していました。一方、米国臨床遺伝・ゲノム学会(ACMG)は2016年の声明で、NIPTは年齢を問わず、妊娠9〜10週以降、著しい肥満でない妊婦では、21・18・13トリソミーの従来のスクリーニングに置き換わりうるとしていました[1][24]。
本の出版後、ACOGは2020年のPractice Bulletin 226で、出生前の遺伝学的スクリーニングと診断検査の選択肢を、年齢や基礎リスクにかかわらずすべての妊婦に説明し提供すべきだとし、cfDNA検査を一般的なトリソミーに対して最も感度・特異度の高いスクリーニング検査と位置づけました[4]。ACMGも2023年のガイドラインで、単胎・双胎の21・18・13トリソミーについて従来のスクリーニングよりNIPTを強く推奨し、性染色体の数の異常のスクリーニングも提供すべきとしました[18]。さらに2025年には、米国母体胎児医学会(SMFM)がACOGの承認を得た改訂指針で、一般的なトリソミーのcfDNA検査をすべての妊婦が受けられるようにすること、性染色体は本人が希望する場合に提供すること、微小欠失やゲノム全体のコピー数変化のルーチン検査は推奨しないことを示しています[25]。ACOGの推奨の詳細は米国産婦人科学会の推奨で解説しています。
4-4. オランダ:一次スクリーニングとTRIDENT
オランダは2017年4月、TRIDENT-2という全国規模の研究として、リスクにかかわらず全妊婦にNIPTを一次スクリーニングとして提供し始めました。本は、胎児の性別を伝えないこと、自己負担がコンバインド検査と同額であること、受検率がコンバインド検査の約30%から約40%に上がったこと、トリソミー確定後の中絶率は変わらなかったこと、全ゲノムを解析して偶発所見(目的以外の所見)を知らせてもらうかどうかを受検者が選べることを紹介しています[1]。
本の出版後に報告されたTRIDENT-2の1年目の結果では、NIPTを受けたのは73,239人で全妊娠の42%、そのうち78%が偶発所見も知らせてもらう全ゲノム解析を選びました。陽性的中率は21トリソミー96%、18トリソミー98%、13トリソミー53%でした。偶発所見は0.36%に見つかり、陽性的中率はまれな常染色体トリソミーで6%、構造異常で32%、母体の悪性腫瘍を疑う複雑なパターンで64%でした[26]。そして2023年4月1日から、NIPTは全妊婦が受けられる通常の選択肢となり、無料になりました[27]。
4-5. 国際学会の推奨:ISPDとISUOG
国際出生前診断学会(ISPD)は2015年の声明で、全妊婦への一次検査、従来のスクリーニングで高リスクとなった人への二次検査、高・中間リスクまで広げたコンティンジェント提示、従来のコンバインド検査などを、いずれも適切な選択肢として認めました。どれか一つに決めるのではなく、各地域の事情に応じて選ぶという立場です[1][28]。本の出版後の2023年の声明でも、NIPTは一次スクリーニングとしてもコンティンジェント検査としても使える精度があり、どちらを採るかは費用対効果や公平性を考えて各地域の保健政策が決めることだとしています[29]。
国際産婦人科超音波学会(ISUOG)の2017年の声明は、NIPTを受けるつもりの妊婦でも妊娠11〜13週6日の初期超音波は欠かせないとし、超音波が正常な場合に説明すべき3つの選択肢を示しました[1][30]。
①は、年齢・NT・血清マーカーなどで個別のリスクを計算し、必要に応じてNIPTか侵襲的検査に進む方法です。ISUOGは、コンバインド検査でリスクが1/10を超えるような非常に高い場合は、NIPTで侵襲的検査を置き換えるべきではないとしています。②は最初からNIPTを使う方法、③はリスク計算をせずに本人の希望や背景リスクに応じて侵襲的検査を行う方法です[1]。
4-6. その他の国:ベルギー・デンマーク・スイス・ドイツなど
本の出版後の状況を見ると、全妊婦に公費でNIPTを提供する国と、従来のスクリーニングを入り口に残す国に分かれています。ベルギーは2017年7月から全妊婦のNIPTを公的保険で償還しており、ある大学病院の報告では、導入後に侵襲的検査の件数がほぼ半分になりました[31]。デンマークは全妊婦にコンバインド検査を提供し、高リスクの人には主に絨毛検査とマイクロアレイで確定診断するモデルを維持しており、2013〜2019年のNIPTの利用は平均1.1%にとどまっています[32]。ドイツでは2022年7月から、医師の説明を受けたうえで個別に必要と判断された場合に、NIPTが公的保険の対象になりました。ルーチンのスクリーニングではない点が特徴です[33]。
🌍 主な国のNIPT導入状況:本の時点とその後
| 国・団体 | 本の時点(2018年) | 本の出版後 |
|---|---|---|
| 英国 | 1/150より高リスクに提供(2018年秋開始予定) | 2021年6月から段階的に導入。双胎も対象 |
| 米国(ACOG) | コンティンジェント方式を推奨 | 2020年、年齢・リスクを問わず全妊婦に提示 |
| 米国(ACMG) | 2016年、従来法に置き換わりうると声明 | 2023年、単胎・双胎でNIPTを強く推奨 |
| オランダ | 2017年から全妊婦に一次スクリーニング(研究) | 2023年4月から通常の選択肢になり無料 |
| ベルギー | 公的にも提供されうる | 2017年7月から全妊婦を保険で償還 |
| ドイツ | 導入を検討中 | 2022年7月から個別の判断で保険適用 |
| ISPD | 2015年、4つの方式をいずれも適切と声明 | 2023年、方式は各地域の政策で決めると声明 |
5. 日本の状況:臨床研究から出生前検査認証制度へ
本は英国を中心に書かれており、日本の制度には触れていません。日本のNIPTは、2013年に臨床研究として始まり、2022年に日本医学会の指針と認証制度のもとで提供される形に変わりました。公的なスクリーニングプログラムには組み込まれておらず、自費診療です[20]。
5-1. 2013年、臨床研究として始まった
日本産科婦人科学会は2013年3月9日に指針を出し、NIPTを「まず臨床研究として、認定・登録された施設において慎重に開始されるべき」とし、2013年4月から検査が始まりました。対象は13・18・21番染色体の数的異常に限られ、受検の対象として、超音波で可能性が示された妊婦、母体血清マーカーが陽性の妊婦、染色体の数的異常のある子を妊娠したことがある妊婦、高齢妊娠の妊婦などが挙げられていました[34]。指針の本文に「35歳」という数字はありませんが、認定施設ではおおむね35歳以上を基本に運用されていたことが、国の専門委員会の報告書に記されています[35]。
その後、2016年ごろから学会の認定を受けていない施設でのNIPTが見られるようになり、厚生労働省の専門委員会が2021年5月に報告書をまとめました。報告書は、認定外の施設で認定施設と同程度か、それを上回る件数の検査が行われている可能性を指摘し、妊婦への情報提供の推進と、医療機関と検査分析機関の両方を認証する新しい仕組みを提言しています[35]。
5-2. 2022年の指針と出生前検査認証制度
日本医学会の出生前検査認証制度等運営委員会は2022年2月、「NIPT等の出生前検査に関する情報提供及び施設(医療機関・検査分析機関)認証の指針」を公表し、同年7月から認証制度の運用が始まりました。指針では、NIPTを非確定的検査と明記し、対象を13・18・21トリソミーに限っています。医療機関は、検査前後の遺伝カウンセリングから確定検査、陽性の場合の妊娠経過の管理までを自施設で担う基幹施設と、基幹施設と連携する連携施設に分けて認証されます[21]。
受検の対象について、指針は「35歳以上」のような年齢の線引きを設けていません。高年齢の妊婦などを例に挙げたうえで、適切な遺伝カウンセリングを行っても不安が解消されない妊婦については、本人の意思決定が尊重されるべきだとしています[21]。年齢で一律に区切る要件はなくなったということです。2024年10月1日時点の認証医療機関は562施設(基幹施設177、連携施設385)、認証検査分析機関は36でした。認証施設でのNIPTは2023年度に43,136件で、陽性的中率は21トリソミー95.6%、18トリソミー89.0%、13トリソミー48.6%と報告されています[36]。2023年の出生数(727,288人)で割ると約5.9%ですが、目安の数字です。
🇯🇵 日本のNIPTの歩み
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2013年3月 | 日本産科婦人科学会が指針を公表。4月に臨床研究として開始 |
| 2016年ごろ〜 | 学会の認定を受けていない施設での実施が広がる |
| 2021年5月 | 厚生労働省の専門委員会が報告書をまとめ、情報提供と認証制度を提言 |
| 2022年2月 | 日本医学会の運営委員会が新しい指針を公表 |
| 2022年6月 | 厚生労働省が自治体に情報提供と認証制度についての課長通知を出す |
| 2022年7月 | 出生前検査認証制度の運用開始 |
| 2023年度 | 認証施設でのNIPTが43,136件 |
※日本産科婦人科学会[34]、厚生労働省[35][37]、日本医学会 出生前検査認証制度等運営委員会[21][36]の資料をもとに作成。
あわせて国は、市町村の母子保健の窓口などを通じて、妊娠の早い時期に出生前検査の情報を、受検を誘導しない形で提供する方針をとりました。2022年6月の厚生労働省の課長通知は、自治体に対し、地域の認証医療機関を把握したうえで、NIPTを考えている妊婦に包括的な支援の一環として情報を提供するよう求めています[37]。認証制度とその経緯はNIPTコンソーシアムと認証制度の違いで解説しています。
5-3. 日本はどのモデルに当たるか
本が示した2つの実施モデルに当てはめると、日本のNIPTはどちらにも当たりません。英国のように従来のスクリーニングの結果で対象を絞る公的な仕組みはなく、オランダやベルギーのように全妊婦に公費で提供する仕組みでもありません。妊婦が自分の希望で、自費で受ける検査です。国の役割は、検査を勧めることではなく、中立的な情報提供と、施設の質を担保する認証制度に置かれています[35][21]。
出生前検査全体で見ると、国内の主要な検査機関のデータでは、全妊婦に占める出生前遺伝学的検査の実施率は2011年ごろの約3%から2023年には約11.5%に増えたと報告されています[38]。一方、妊娠初期のNT計測やコンバインド検査は、公費の妊婦健康診査で全妊婦に一律に行われる検査ではありません。
🩺 院長コラム【どのモデルでも欠かせない3つの土台】
英国、オランダ、米国と見比べると、NIPTを誰に提供するかは国によってまったく違います。それでも共通しているのは、妊娠初期の超音波で妊娠の状態を確かめること、結果の意味を伝える遺伝カウンセリング、陽性や判定保留のときに確定検査へ進める道筋の3つを、検査とセットで用意している点だと考えています。
日本のNIPTは本人の希望で受ける自費の検査なので、この3つがそろっているかどうかは、検査を受ける施設の体制にかかっています。どの国のモデルが正解かを決めることよりも、目の前の妊娠でこの3つが用意されているかを確かめることのほうが、臨床的には大きな意味を持つと考えています。
6. まとめ:NIPTは超音波と母体血清マーカーを置き換えない
本の第4章は、「NIPTは一般的な異数性の出生前スクリーニングにおける大きな進歩だが、超音波と母体血清マーカーには異数性のスクリーニングを超えた利点があるため、完全に置き換えることはない」と結んでいます。そのうえで、新しい技術に伴う倫理的な課題に注意を払い、導入にあたっては厳格な基準と監視が必要だとしています[1]。
本の出版から数年がたち、米国は全妊婦への提示へ、オランダは全妊婦への無料提供へと進み、英国は予定より遅れてコンティンジェント方式を導入しました。それでも、初期超音波が欠かせないこと、形態異常があれば確定検査とマイクロアレイに進むこと、判定保留は異数性のサインとして扱うことという本の主張は、現在のガイドラインでも変わっていません[4][29]。日本では、NIPTは自費で希望者が受ける検査として、2022年からの認証制度のもとで提供されています。次の第5章では、NIPTがなぜ確定検査ではないのかを、胎盤由来のDNAという検査の原理から掘り下げます。
よくある質問(FAQ)
Q1. NIPTを受ければ、妊娠初期のエコー(NT)は受けなくてよいですか?
いいえ。NIPTを行う際には、赤ちゃんの心拍、正確な週数、胎児の数を超音波検査で確認することが重要です。国際産婦人科超音波学会(ISUOG)は、NIPTを受けるつもりの妊婦でも妊娠11〜13週の初期超音波は欠かせないとしています。無頭蓋症や全前脳胞症などの体のつくりの異常はNIPTでは見つからず、超音波で異常があればNIPTではなく確定検査が検討されます。
Q2. 海外ではNIPTは全妊婦が受ける検査ですか?
国によって異なります。オランダは2023年4月から全妊婦にNIPTを無料で提供し、ベルギーも2017年から全妊婦の検査を保険で償還しています。英国は、コンバインド検査などでリスクが1/150より高い人に提供するコンティンジェント方式です。米国の学会は、年齢やリスクを問わず全妊婦に選択肢を示すよう求めています。どの国でも、受けるかどうかは本人が選ぶ検査です。
Q3. NIPTを公費で受けられる国はありますか?
あります。オランダは2023年4月から無料、ベルギーは2017年7月から公的保険で償還しています。英国は高リスクの人に公的医療で提供し、ドイツは2022年7月から、医師の説明を受けたうえで個別に必要と判断された場合に公的保険の対象としています。日本のNIPTは自費診療です。
Q4. 日本では誰でもNIPTを受けられますか?
2022年の日本医学会の指針には、「35歳以上」のような年齢の線引きはありません。高年齢の妊婦などを例に挙げたうえで、適切な遺伝カウンセリングを受けても不安が解消されない妊婦については、本人の意思決定が尊重されるべきだとしています。認証施設のNIPTは13・18・21トリソミーが対象で、自費診療です。
Q5. NIPTで赤ちゃんの性別を伝えないことがあるのはなぜですか?
NIPTは早い週数で胎児の性別が分かるため、性選択的な中絶につながるおそれがあると指摘されてきたからです。英国のナフィールド生命倫理評議会は、NIPTの提供者は胎児の性別判定を提供すべきでないと勧告しており、英国やオランダの公的なNIPTでも性別は伝えていません。先天性副腎過形成が疑われる場合のように、性別に医学的な意味があるときは別に扱われます。日本の認証施設のNIPTは、性染色体を対象にしていません。
🏥 NIPT・出生前診断をお考えの方へ
ミネルバクリニックでは、常駐する臨床遺伝専門医が、NIPTの検査前と結果が出た後の遺伝カウンセリングを担当しています。陽性の場合の確定検査(羊水検査・絨毛検査)まで院内で対応しています。検査の内容と費用はNIPTのページでご確認いただけます。
参考文献
- [1] Sacco A, Pandya P. Prenatal Screening for Common Aneuploidies Before and After the Introduction of Cell-Free DNA-Based Prenatal Testing. In: Page-Christiaens L, Klein HG, eds. Noninvasive Prenatal Testing (NIPT): Applied Genomics in Prenatal Screening and Diagnosis. Academic Press; 2018:51-66. ISBN 978-0-12-814189-2
- [2] Chromosomal microarray versus karyotyping for prenatal diagnosis. N Engl J Med. 2012;367(23):2175-2184. [PubMed 23215555]
- [3] Screening for trisomies by cell-free DNA testing of maternal blood: consequences of a failed result. Ultrasound Obstet Gynecol. 2016;47(6):698-704. [PubMed 26743020]
- [4] Screening for Fetal Chromosomal Abnormalities: ACOG Practice Bulletin, Number 226. Obstet Gynecol. 2020;136(4):e48-e69. [PubMed 32804883]
- [5] Noninvasive prenatal screening or advanced diagnostic testing: caveat emptor. Am J Obstet Gynecol. 2016;215(3):298-305. [PubMed 27131582]
- [6] Randomised controlled trial of genetic amniocentesis in 4606 low-risk women. Lancet. 1986;1(8493):1287-1293. [PubMed 2423826]
- [7] Procedure-related risk of miscarriage following amniocentesis and chorionic villus sampling: a systematic review and meta-analysis. Ultrasound Obstet Gynecol. 2015;45(1):16-26. [PubMed 25042845]
- [8] Risk of miscarriage following amniocentesis or chorionic villus sampling: systematic review of literature and updated meta-analysis. Ultrasound Obstet Gynecol. 2019;54(4):442-451. [PubMed 31124209]
- [9] Aspirin versus placebo in pregnancies at high risk for preterm preeclampsia. N Engl J Med. 2017;377(7):613-622. [PubMed 28657417]
- [10] Predictive value of the sFlt-1:PlGF ratio in women with suspected preeclampsia. N Engl J Med. 2016;374(1):13-22. [PubMed 26735990]
- [11] ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社. ニュースリリース(2021年7月1日):エクルーシス試薬 PlGF・sFlt-1 の保険適用について. [Roche Diagnostics]
- [12] Royal College of Obstetricians and Gynaecologists. Non-invasive Prenatal Testing for Chromosomal Abnormality using Maternal Plasma DNA (Scientific Impact Paper No. 15). 2014. [RCOG]
- [13] Two-decade trends in prenatal genetic testing in Japan. J Hum Genet. 2026;71(8):475-478. [PubMed 41765987]
- [14] van El C, Henneman L. Cell-Free DNA-Based Noninvasive Prenatal Testing and Society. In: Page-Christiaens L, Klein HG, eds. Noninvasive Prenatal Testing (NIPT): Applied Genomics in Prenatal Screening and Diagnosis. Academic Press; 2018:235-249. ISBN 978-0-12-814189-2
- [15] Uptake, outcomes, and costs of implementing non-invasive prenatal testing for Down’s syndrome into NHS maternity care: prospective cohort study in eight diverse maternity units. BMJ. 2016;354:i3426. [PubMed 27378786]
- [16] Cost-effectiveness of cell-free DNA in maternal blood testing for prenatal detection of trisomy 21, 18 and 13: a systematic review. Eur J Health Econ. 2018;19(7):979-991. [PubMed 29249015]
- [17] Genomics-based non-invasive prenatal testing for detection of fetal chromosomal aneuploidy in pregnant women. Cochrane Database Syst Rev. 2017;11:CD011767. [PubMed 29125628]
- [18] Noninvasive prenatal screening (NIPS) for fetal chromosome abnormalities in a general-risk population: An evidence-based clinical guideline of the American College of Medical Genetics and Genomics (ACMG). Genet Med. 2023;25(2):100336. [PubMed 36524989]
- [19] Nuffield Council on Bioethics. Non-invasive prenatal testing: ethical issues. 2017. [Nuffield Council on Bioethics]
- [20] こども家庭庁. 妊娠中の検査に関する情報サイト「出生前検査」. [こども家庭庁]
- [21] 日本医学会 出生前検査認証制度等運営委員会. NIPT等の出生前検査に関する情報提供及び施設(医療機関・検査分析機関)認証の指針. 2022年2月. [厚生労働省 掲載資料]
- [22] Public Health England Screening. NIPT procurement and launch update. 2021年1月28日. [GOV.UK]
- [23] GOV.UK. Fetal anomaly screening programme handbook: Screening for Down’s syndrome, Edwards’ syndrome and Patau’s syndrome. [GOV.UK]
- [24] Noninvasive prenatal screening for fetal aneuploidy, 2016 update: a position statement of the American College of Medical Genetics and Genomics. Genet Med. 2016;18(10):1056-1065. [DOI 10.1038/gim.2016.97]
- [25] Society for Maternal-Fetal Medicine Consult Series #74. Cell-free DNA screening for aneuploidies: Updated guidance. Pregnancy (Hoboken). 2025;1(6):e70139. [DOI 10.1002/pmf2.70139]
- [26] TRIDENT-2: National Implementation of Genome-wide Non-invasive Prenatal Testing as a First-Tier Screening Test in the Netherlands. Am J Hum Genet. 2019;105(6):1091-1101. [PubMed 31708118]
- [27] RIVM. NIPT available as standard option for all pregnant women from 1 April. 2023年3月27日. [RIVM]
- [28] Position statement from the Chromosome Abnormality Screening Committee on behalf of the Board of the International Society for Prenatal Diagnosis. Prenat Diagn. 2015;35(8):725-734. [PubMed 25970088]
- [29] Position statement from the International Society for Prenatal Diagnosis on the use of non-invasive prenatal testing for the detection of fetal chromosomal conditions in singleton pregnancies. Prenat Diagn. 2023;43:814-828. [DOI 10.1002/pd.6357]
- [30] ISUOG updated consensus statement on the impact of cfDNA aneuploidy testing on screening policies and prenatal ultrasound practice. Ultrasound Obstet Gynecol. 2017;49(6):815-816. [DOI 10.1002/uog.17483]
- [31] UZ Leuven. ニュース(2021年2月19日):NIPT導入後の侵襲的出生前検査の件数について. [UZ Leuven]
- [32] Trends in Non-invasive Prenatal Screening and Invasive Testing in Denmark (2000-2019) and Israel (2011-2019). Front Med. 2021. [DOI 10.3389/fmed.2021.768997]
- [33] Gemeinsamer Bundesausschuss(G-BA). Pressemitteilung Nr. 974: Versicherteninformation zum vorgeburtlichen Bluttest auf Trisomien liegt nun vor. 2021年8月19日. [G-BA]
- [34] 日本産科婦人科学会 倫理委員会. 母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に関する指針. 2013年3月9日. [日本産科婦人科学会]
- [35] 厚生科学審議会科学技術部会 NIPT等の出生前検査に関する専門委員会. NIPT等の出生前検査に関する専門委員会報告書. 2021年5月. [こども家庭庁 掲載資料]
- [36] 出生前検査認証制度等運営委員会. 令和6年度 年次報告. [こども家庭庁 掲載資料]
- [37] 厚生労働省子ども家庭局母子保健課長通知. NIPT等の出生前検査に関する情報提供及び認証制度について(子母発0617第2号). 2022年6月17日. [こども家庭庁 掲載資料]
- [38] 国立成育医療研究センター. プレスリリース:日本における出生前遺伝学的検査の20年の動向. [国立成育医療研究センター]



