目次
- 1 1. コフィン・シリス症候群5型とは ─ SMARCE1という1つの遺伝子が握る「2つの顔」
- 2 2. 原因遺伝子SMARCE1 ─ DNAを開け閉めする装置の「案内役」
- 3 3. 症状の背景にあるしくみ ─ 変異のタイプとBAF複合体機能の質的変化
- 4 4. 全身に及ぶ症状 ─ 発達・顔つき・四肢・内臓
- 5 5. SMARCE1の「もう一つの顔」 ─ 髄膜腫との関わりと、変異のタイプが違うという大事な事実
- 6 6. 診断の進め方 ─ 身体所見と遺伝子解析による分子診断
- 7 7. 遺伝形式と再発率 ─ ほとんどが新生突然変異です
- 8 8. 治療と見守り ─ 多職種チームによる支えと継続的なケア
- 9 9. 似た病気との見分け ─ ニコライデス・バライツァー症候群との違い
- 10 よくある質問(FAQ)
- 11 参考文献
- 12 関連記事
📍 クイックナビゲーション
コフィン・シリス症候群5型(CSS5)は、世界でもごく少数しか報告がない非常にまれな先天性の症候群です。原因はSMARCE1という1つの遺伝子の変化で、発達の遅れ・特徴的な顔つき・小指の爪や骨の低形成などが現れます。まれな病気ですが、この遺伝子が担う「クロマチンを開け閉めするしくみ」は、発達の土台であると同時にがんの抑制にも関わる普遍的な仕組みです。ですからCSS5を理解することは、同じSWI/SNF(BAF)複合体が関わる一群の病気全体を理解することにもつながります。この記事では、CSS5の症状・遺伝のしかた・そしてSMARCE1がもつ「髄膜腫との意外なつながり」までを、遺伝専門医がやさしく解説します。
Q. コフィン・シリス症候群5型とは、まず結論だけ知りたいです
A. SMARCE1という遺伝子の生まれつきの変化で起こる、多発奇形と発達の遅れをともなう症候群です。報告例では比較的重い経過を示す傾向があり、ほとんどが親から受け継いだのではなく、赤ちゃんに新しく生じた変化(新生突然変異)で発症します。同じSMARCE1は、変化のしかたが違うと「淡明細胞型髄膜腫」という腫瘍の原因にもなるため、遺伝の相談では両方の側面を理解しておくことが大切です。
- ➤原因 → SMARCE1遺伝子(BAF57をつくる)のヘテロ接合性の変化。BAF複合体の部品の1つ
- ➤遺伝形式 → 常染色体顕性(優性)。ただし報告例のほとんどが新生突然変異(de novo)
- ➤主な症状 → 重度の発達の遅れ、特徴的な顔つき、小指を中心とした爪・指骨の低形成、摂食の困難、心疾患
- ➤重症度 → 報告例では比較的重い傾向。単純なハプロ不全とは異なるしくみ(機能獲得が示唆される)
- ➤もう一つの顔 → 同じ遺伝子が、別のタイプの変化では髄膜腫の原因に。CSS5の変化とは通常は別種
🧬 コフィン・シリス症候群5型の基本情報
各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。
1. コフィン・シリス症候群5型とは ─ SMARCE1という1つの遺伝子が握る「2つの顔」
コフィン・シリス症候群5型(CSS5)は、SMARCE1という遺伝子の生まれつきの変化によって起こる、発達の遅れと多発奇形をともなう症候群です。まず押さえていただきたいのは、同じSMARCE1が「発達の異常」と「腫瘍」という、まったく違う2つの顔を持つという点です。これがこの記事全体を貫くテーマになります。
コフィン・シリス症候群(CSS)そのものは、1970年に医師のコフィンとシリスによって初めて報告された疾患で、重度の発達の遅れ、粗な顔つき、頭髪の乏しさ、そして小指(第5指)の指先の骨や爪の低形成を特徴とします。この四肢の特徴から、歴史的には「第5指症候群」と呼ばれたこともありました。長いあいだ原因は分かっていませんでしたが、2012年に、CSSの多くがSWI/SNF(BAF)複合体という「DNAを開け閉めする装置」の部品をつくる遺伝子の変化で起こることが明らかになりました[1]。
現在では、ARID1B・ARID1A・SMARCB1・SMARCA4・SMARCE1など複数の遺伝子の変化が、CSSとその関連疾患を引き起こすことが分かっています。そこでOMIM(遺伝性疾患の国際データベース)では、原因遺伝子ごとに型番号をつけて整理しており、SMARCE1が原因のものを5型(CSS5・OMIM 616938)と呼びます[2]。CSS5は常染色体顕性(優性)の形式をとりますが、報告されている患者さんのほぼ全員が、親から受け継いだのではなく、精子や卵子がつくられる過程や受精のごく初期に偶然新しく生じた変化(新生突然変異)で発症しています[2]。
💡 用語解説:新生突然変異(de novo変異)とは
新生突然変異(de novo変異)とは、両親のどちらも持っていないのに、お子さんに新しく生じた遺伝子の変化のことです。多くのCSS5はこのタイプで、これは「親のせい」でも「何かをしたから」でもありません。誰にでも一定の確率で起こりうる、偶然の出来事です。この点を正しく理解しておくことは、ご家族が過度な自責の念を抱えずにお子さんと向き合ううえで、とても大切な出発点になります。
CSS5は「型番号が5」ということから、他の型(1〜4型など)と横並びの存在に見えるかもしれません。しかし後で詳しく述べるように、SMARCE1が原因のCSS5は、報告例では比較的重い神経発達障害や多臓器の合併症を示す傾向があります。ただし報告数が少ないため「5型なら必ず重い」という意味ではありません。だからこそ「何が起こりやすいか」をあらかじめ知り、必要な見守りとサポートを早くから整えることが、お子さんの生活の質を守るうえで意味を持ちます。
2. 原因遺伝子SMARCE1 ─ DNAを開け閉めする装置の「案内役」
🔍 関連記事:SMARCE1遺伝子/クロマチンリモデリング/ヌクレオソーム
CSS5の原因はSMARCE1遺伝子で、この遺伝子はBAF57というタンパク質の設計図です。BAF57は、DNAを開け閉めする巨大な装置であるSWI/SNF(BAF)複合体の部品の1つとして働きます。つまりCSS5を理解するには、まず「なぜDNAを開け閉めする必要があるのか」を知るのが近道です。
私たちの細胞の中で、長いDNAはヌクレオソームという単位に巻き取られ、さらに折り畳まれてぎゅっと収納されています。この状態では、遺伝子を読み取る機械がDNAに近づけず、遺伝子は「オフ」のままです。必要な遺伝子だけを適切なタイミングで「オン」にするには、収納をほどいてDNAを露出させる作業が要ります。これがクロマチンリモデリングで、その中心を担うのがSWI/SNF(BAF)複合体です。神経の発達・細胞のふえ方・組織の作り分けなど、体を形づくるうえで欠かせない何千もの遺伝子のオン・オフが、この装置によって調整されています。
SMARCE1(BAF57)は、この装置の中でも特徴的な部品です。HMGドメインというDNA結合部分を持ち、DNAが折れ曲がった特殊な立体構造をねらって結合します。またキネシンに似た領域も持ち、装置を正しい遺伝子のところへ導く「案内役」として働くと考えられています。興味深いことに、このBAF57は酵母には存在せず、より複雑な神経の発生や組織の作り分けを行うために、進化の過程で新しく獲得された部品だとされています[3]。SMARCE1は17番染色体(17q21.2)にあり、その働きから、変化が起きると神経を含む全身の発達に影響が及ぶことが理解できます[3]。
CSS5で最初に見つかった変化は、2012年に日本人の患者さんで報告されたY73Cという新生突然変異でした[1]。その翌年には、まったく同じ73番目のアミノ酸に生じた別の変化(Y73S)が、別の女児で報告されました[4]。この2例目の患者さんは、CSSと臨床診断された46人を調べる中でようやく1人見つかったもので、SMARCE1の変化がこの病気ではめずらしいことを示しています[4]。ご家族にとって「まれ」という事実は情報の少なさへの不安につながりがちですが、SMARCE1という遺伝子と、それが担う仕事がここまで分かっているという点は、見通しを立てるうえでの確かな足場になります。
3. 症状の背景にあるしくみ ─ 変異のタイプとBAF複合体機能の質的変化
SMARCE1関連CSSの症状の背景には、単純に部品が足りなくなる「ハプロ不全」とは異なるしくみがあると考えられています。同じ装置の部品でも、変異のタイプによって複合体の働きへの影響のしかたが変わります。
CSS全体で最も多い原因はARID1Bの変化で、その多くはタンパク質が途中で切れてしまう機能喪失型です。この場合、正常な部品が半分は残るため、症状は軽い方から重い方まで幅広く出ます。これをハプロ不全と呼びます。一方、SMARCE1・SMARCB1・SMARCA4の変化は、その大部分がミスセンス変異やごく小さな欠失など、タンパク質は作られるけれど形が変わってしまう「非切断型」です[5]。この非切断型の変異では、単純に部品が足りなくなる「ハプロ不全」とは異なり、形の変わった部品によってBAF複合体の働きが質的に変化する「機能獲得(gain-of-function)」型の機序が示唆されています[5]。ただし、その詳細な分子メカニズムはまだ完全には解明されていません。
変化の「種類」で影響の出方が変わる
切断型(機能喪失)=部品が足りなくなる
ARID1Bなど → 部品が作られない → 正常な部品の量が不足(ハプロ不全)
CSSで最も多いタイプ。症状の幅が広い
非切断型(ミスセンス等)=働きが質的に変わる
SMARCE1など → 形の変わった部品ができる → 複合体の働きが質的に変化(機能獲得が示唆)
SMARCE1関連CSSでみられるタイプ
変異のタイプによって、複合体の働きへの影響のしかたが変わります。SMARCE1関連CSSは後者(機能の質的変化=機能獲得が示唆されるタイプ)にあたると考えられています。
このように、遺伝子の変化と症状の強さの関係を調べることを遺伝子型-表現型相関といいます。ただし現時点では、SMARCE1という同じ遺伝子の中で「どの位置のミスセンス変異なら重い/軽い」といった一貫した関係は見つかっていません[5]。ご家族にとってこれは「変化の場所だけで将来を細かく予測することはできない」という意味であり、だからこそ実際のお子さんの発達や合併症を丁寧に評価しながら、一人ひとりに合わせて見守っていく姿勢が大切になります。
4. 全身に及ぶ症状 ─ 発達・顔つき・四肢・内臓
CSS5の症状は、脳から手足、心臓や消化管まで全身に及びます。ここで一つ大切な読み分けがあります。数字で示される「頻度」には、コフィン・シリス症候群全体を集めた統計と、SMARCE1に限ったごく少数例の観察の2種類があり、混同しないことが大切です。
コフィン・シリス症候群全体では、発達の遅れ・知的障害はほぼ全員に、摂食の困難は約9割に、心疾患は3割ほどにみられると報告されています[6]。一方、SMARCE1に限った少数例の解析(3例の新規報告を含むレビュー)では、この型に特徴的な所見として、小指以外の指や趾の爪・骨にも低形成が及ぶこと、細長い指、そして摂食の困難・心疾患・泌尿生殖器の異常・視覚の異常が高い割合で報告されています[7]。数字の見かけの高さは「少ない人数の中での割合」であることも多いため、集団の頻度と同じには読まないことが大切です。
CSS5でみられる主な症状(全身マップ)
🧠 脳・発達
重度の発達の遅れ・知的障害、小頭症、脳梁の異常、てんかん
😌 顔つき・毛
粗な顔つき、濃い眉、長いまつげ、頭髪は乏しく体毛は濃いという組み合わせ
✋ 手足
小指を中心に、他の指・趾にも及ぶ爪と指骨の低形成、細長い指、関節のゆるさ
🍼 成長・栄養
胎児期からの発育の遅れ、低身長、強い筋緊張の低下、重い摂食の困難
❤️ 内臓
先天性心疾患、口蓋裂、泌尿生殖器の異常、くり返す感染症
👀👂 感覚
屈折異常・斜視などの視覚の問題、伝音性・感音性の難聴
どれか一つではなく複数が重なるのがこの病気の特徴です。だからこそ、多くの診療科が連携して全身を見守る体制が必要になります。
特徴的なのが毛のパラドックスです。頭髪はとくに側頭部で乏しくなる一方、額・背中・腕など通常は薄い部分に濃い体毛(多毛)がみられます。顔つきは、濃く太い眉が中央でつながり(癒合眉)、まつげは長く、鼻梁は広く平坦で、口唇は分厚く外側に反り返るのが典型です。四肢では、小指の指先の骨と爪の低形成が特徴的で高頻度にみられますが、CSS5では第2趾・第3趾など他の指・趾にも低形成が及ぶ点が、他の型と見分けるうえで役立ちます[7]。
生命や生活に大きく関わるのが、乳児期からの重い摂食の困難です。強い筋緊張の低下と、飲み込みの協調のうまくいかなさ、胃食道逆流などが重なり、口からの栄養だけでは十分に育てないことがしばしばあります。また先天性心疾患や口蓋裂、感音難聴を含む難聴、胎児期からの子宮内発育の遅れなど、複数の臓器にまたがる合併がみられます。ご家族にとって、これらを「起こってから慌てる」のではなく「起こりうると知って備える」ことが、お子さんの負担を減らす最大のポイントになります。
5. SMARCE1の「もう一つの顔」 ─ 髄膜腫との関わりと、変異のタイプが違うという大事な事実
ここが、この記事でいちばん誤解されやすく、いちばん大切なところです。SMARCE1は、CSS5という発達の病気を起こすだけでなく、髄膜腫という腫瘍の原因にもなります。ただしCSS5を起こす変化と、髄膜腫を起こす変化は、通常は別の種類です。「SMARCE1に変化がある=必ず腫瘍になる」ではありません。
1つの遺伝子が、まったく違う複数の病気に関わることを「プレオトロピー(多面発現)」といいます。SMARCE1では、その鍵が変化の性質にあります。髄膜腫を起こすのは、タンパク質が働かなくなる機能喪失型(ナンセンス変異・フレームシフト変異・スプライス異常など)です。2013年の研究で、家族性に多発する脊髄の髄膜腫の患者さんからSMARCE1の機能喪失型の変化が見つかり、腫瘍ではSMARCE1タンパク質が消失していて、腫瘍抑制遺伝子として働いていることが示されました[8]。これらの腫瘍は「淡明細胞型」という組織のタイプを示し、子どもや若い成人に多く、再発しやすいのが特徴です[8]。報告の中心は脊髄の髄膜腫ですが、頭蓋内の例も知られています。
同じSMARCE1遺伝子から分かれる「2つの顔」
SMARCE1遺伝子の変化
ミスセンス変異(例:Y73)
↓ 複合体の働きが質的に変化(機能獲得が示唆)
↓
CSS5(発達の異常・多発奇形)
機能喪失型変異+第2ヒット
↓ もう一方も失われタンパク質が消失
↓
淡明細胞型髄膜腫(腫瘍)
同じ遺伝子でも、変化の「種類」が違えば行き着く病気が違います。だからCSS5の診断=腫瘍になる、ではありません。
💡 用語解説:「ツーヒット」と腫瘍抑制遺伝子
SMARCE1のように、失われると細胞ががん化しやすくなる遺伝子を腫瘍抑制遺伝子といいます。私たちは同じ遺伝子を父由来・母由来で2本持っています。生まれつき片方が壊れていても、もう片方が働いていれば細胞は正常に保たれます。しかし生涯のどこかで、その細胞の中でもう一方も失われると(=第2ヒット)、タンパク質が完全になくなって細胞がふえ始めます。これが「ツーヒット」の考え方です。CSS5で多いミスセンス変異はこの流れとは仕組みが異なるため、CSS5の診断がそのまま腫瘍のリスクを意味するわけではない、と理解しておくことが大切です。
では、CSS5の患者さんは腫瘍を心配しなくてよいのでしょうか。まず押さえたいのは、SMARCE1の機能喪失型の病的バリアントによる淡明細胞型髄膜腫の素因と、SMARCE1関連CSS(CSS5)は、基本的に別々の表現型(アレル性疾患)として整理されるという点です。同じBAF複合体の仲間であるSMARCB1では、CSSの特徴をもつ方が後年に神経鞘腫症を生じた、ごくまれな症例報告もありますが、これは「条件がそろえば腫瘍につながりうる可能性」を示すにとどまり、確立したリスクではありません。CSS5そのものについて、髄膜腫を対象とした定期的なMRIサーベイランスは、現時点で確立していません。一方で、新たな神経学的症状(手足の麻痺・感覚の変化・急な視力や聴力の低下など)がある場合には、症状に応じた神経学的評価や画像検査が検討されます。なお、SMARCE1の機能喪失型の病的バリアントが確認された場合には、CSSとは別に、SMARCE1関連淡明細胞型髄膜腫の素因として評価する必要があります。
6. 診断の進め方 ─ 身体所見と遺伝子解析による分子診断
CSS5の診断は、特徴的な身体所見で「疑う」ところから始まり、遺伝子検査でSMARCE1に病的または病的疑い(pathogenic/likely pathogenic)バリアントを確認することで分子診断されます。コフィン・シリス症候群には世界で合意された臨床診断基準がまだないため、遺伝子検査の役割がとくに大きい病気です[6]。
疑うきっかけになるのは、小指を中心とした爪・指骨の低形成(他の指趾にも及ぶ場合はSMARCE1をより強く疑います)、太い眉・長いまつげ・広い鼻梁・分厚い口唇といった顔つき、頭髪の乏しさと体毛の濃さの組み合わせ、乳児期からの強い筋緊張の低下、そして中等度〜重度の発達の遅れ(とくに言葉の遅れ)です[6]。
診断のステップ
CSSを疑う
(WES/WGS)
表現型がCSSを強く示唆すればパネル、非典型的・鑑別が広ければWES/WGSが選ばれます。近年はエクソーム解析が最もよく用いられます。
検査としては、表現型がCSSを強く示唆する場合は、関連する遺伝子(ARID1A・ARID1B・SMARCA4・SMARCB1・SMARCE1など)と鑑別に挙がる遺伝子をまとめて調べるマルチジーンパネル検査が、所見が非典型的または鑑別が広い場合は全エクソーム/全ゲノム解析(WES/WGS)が選ばれます。近年はエクソーム解析が最もよく用いられ、症例によっては最初からWES/WGSを選ぶこともあります[6]。当院でも、これらの遺伝子を対象としたコフィン・シリス症候群NGSパネル検査や、発達の遅れ全般を対象とした発達障害・知的障害の遺伝子検査をご用意しています。SMARCE1に起因するCSS5は塩基配列解析でほぼ検出できると報告されている一方、大きな欠失・重複の検出率は現時点でデータが十分ではありません[6]。診断がつくことは、ご家族にとって「名前のない不安」を「見通しの立つ課題」に変える大切な一歩になります。
7. 遺伝形式と再発率 ─ ほとんどが新生突然変異です
🔍 関連記事:遺伝形式/保因者/着床前遺伝学的検査(PGT-M)
CSS5は常染色体顕性(優性)の病気ですが、報告例のほとんどが新生突然変異のため、多くのご家庭で「次の子への再発率は一般集団と大きく変わらない」と考えられます。ただし、いくつか例外や注意点があります。
発端者(最初に診断されたお子さん)のご両親の血液を調べて変化が見つからなければ、次のお子さんに同じCSS5が起こる確率は低いと見なされます[6]。ただし、ご両親の生殖細胞(精子や卵子)の一部にだけ変化が潜んでいる生殖細胞系列モザイクの可能性は完全には否定できないため、同胞(次のお子さん)の再発リスクはゼロではなく、一般集団よりわずかに高いと考えられます[6]。次のお子さんを希望される場合には、羊水検査・絨毛検査による出生前診断という選択肢について、情報を整理してお伝えします。
一方、CSS5の患者さんご本人が将来お子さんをもうけた場合、その変化が受け継がれる確率は、各妊娠で50%(2分の1)です。家系内で変化がすでに分かっている単一遺伝子の病気では、出生前診断は「まずNIPT、次に確定検査」と一律に進めるのではなく、絨毛検査・羊水検査で、その家系で分かっている変化をねらって調べる単一遺伝子疾患の出生前診断が中心になります。妊娠前の選択肢としては着床前遺伝学的検査(PGT-M)もあります。いずれも数字の説明にとどめず、ご家族の価値観に沿って一緒に考えていくべきテーマです。
8. 治療と見守り ─ 多職種チームによる支えと継続的なケア
CSS5の原因そのものを治す方法は現時点ではありません。ですから治療の目的は、一つひとつの症状に対応し、合併症を早く見つけて防ぎ、お子さんとご家族の生活の質を最大限に保つことにあります。小児科を中心に多くの専門職がチームで関わります[6]。
最も早く切実な課題になりやすいのが栄養と摂食です。哺乳や飲み込みが難しく、誤嚥のリスクもあるため、成長の機会を逃さないよう、必要に応じて経鼻胃管や胃瘻といった方法を早めに検討します[6]。発達面では、理学療法・作業療法を早くから導入し、言葉が出にくいことが多いため、絵カードやタブレットを使う代替コミュニケーション(AAC)も早期から取り入れます[6]。てんかんがあれば脳波をみながら薬でコントロールし、心疾患があれば小児循環器科が評価と手術のタイミングを判断します[6]。
加えて、成長・栄養の評価、てんかんや行動面のモニタリング、年に一度の眼科・聴力の評価、定期的な歯科ケアなど、年齢に合わせた継続的な見守り(サーベイランス)を生涯にわたって続けることがすすめられます[6]。難聴の早期発見は言葉の発達にも直結するため、とくに重要です。前の章で述べた腫瘍については、CSS5そのものに対する定期的なMRIでの髄膜腫スクリーニングは現時点で確立しておらず、新たな神経学的症状があるときに症状に応じた評価を行う、という位置づけになります。ご家族にとって、この「見守りの地図」を持っておくことは、日々の不安を具体的な行動に変える助けになります。
9. 似た病気との見分け ─ ニコライデス・バライツァー症候群との違い
CSS5と最も見分けが難しいのがニコライデス・バライツァー症候群(NCBRS)です。決め手になるのは「爪と指の形」と「加齢に伴う顔つきの変化」です。
NCBRSは、CSSと同じBAF複合体の部品であるSMARCA2の変化で起こります。中等度〜重度の知的障害、小頭症、乏しい頭髪、粗な顔つき、てんかんの多さといった中心的な特徴を、CSS5とほぼ共有します。しかし決定的な違いがあります。CSS5が爪と指骨の低形成・無形成を特徴とし指が細長くなるのに対し、NCBRSでは爪の低形成を伴わず、むしろ指節間関節が目立って腫れ、指先の骨が幅広くなります。また、NCBRSでは年齢とともに顔の皮下脂肪が減って独特の顔つきに変わっていくのも手がかりです。
このほか、同じSMARCA2による眼瞼裂狭小・知的発達障害症候群や、歌舞伎症候群、ウィーデマン・スタイナー症候群なども、初期には見分けが難しいことがあります。これらはいずれもDNAの収納や修飾に関わる遺伝子の病気で、「クロマチノパチー」という大きな枠組みに属します。見た目が重なるからこそ、身体所見だけに頼らず遺伝子検査で確定することに意味があります。近年は、エピシグネチャーと呼ばれるDNAメチル化のパターンが、これらの病気の補助的な鑑別に役立つことも分かってきています。
🧭 このページを読んだあなたへ
この記事にたどり着いたのは、お子さんがCSS5と診断された方、これから検査を考えている方、あるいはご家族に髄膜腫が見つかりSMARCE1という遺伝子名に出会った方かもしれません。次に確認しておくとよい観点を挙げます。
・遺伝のしかたと次子・ご本人の子への影響 → 遺伝形式/単一遺伝子疾患の出生前診断
・原因遺伝子そのものを詳しく → SMARCE1遺伝子
・「もう一つの顔」である腫瘍 → 髄膜腫とは
・専門医への相談 → 遺伝カウンセリング・遺伝診療/臨床遺伝専門医とは
よくある質問(FAQ)
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参考文献
- [1] Mutations affecting components of the SWI/SNF complex cause Coffin-Siris syndrome. Nat Genet. 2012. [PubMed 22426308]
- [2] OMIM #616938. COFFIN-SIRIS SYNDROME 5; CSS5. Johns Hopkins University. [OMIM 616938]
- [3] OMIM *603111. SWI/SNF-RELATED, MATRIX-ASSOCIATED, ACTIN-DEPENDENT REGULATOR OF CHROMATIN, SUBFAMILY E, MEMBER 1; SMARCE1. Johns Hopkins University. [OMIM 603111]
- [4] A comprehensive molecular study on Coffin-Siris and Nicolaides-Baraitser syndromes identifies a broad molecular and clinical spectrum converging on altered chromatin remodeling. Hum Mol Genet. 2013. [Oxford Academic hmg/ddt366]
- [5] Genotype-phenotype correlation of Coffin-Siris syndrome caused by mutations in SMARCB1, SMARCA4, SMARCE1, and ARID1A. Am J Med Genet C Semin Med Genet. 2014. [DOI 10.1002/ajmg.c.31407]
- [6] Coffin-Siris Syndrome. GeneReviews®. University of Washington, Seattle. [GeneReviews NBK131811]
- [7] SMARCE1, a rare cause of Coffin-Siris Syndrome: Clinical description of three additional cases. Am J Med Genet A. 2016. [PMC5870868]
- [8] Loss-of-function mutations in SMARCE1 cause an inherited disorder of multiple spinal meningiomas. Nat Genet. 2013. [PubMed 23377182]



