目次
- 1 1. コフィン・シリス症候群4型とは ─ 二つの顔をもつ、まれな症候群
- 2 2. 原因遺伝子SMARCA4とBAF複合体 ─ 「ゲノムの開閉スイッチ」の中心
- 3 3. 主な症状 ─ 発達の遅れ・特徴的な顔つき・小指の低形成
- 4 4. SMARCA4型(CSS4)の個性 ─ 他のタイプと何が違うか
- 5 5. 変異のしくみ ─ 「壊れ方」が発達とがんを分ける
- 6 6. もう一つの顔 ─ SMARCA4は腫瘍抑制遺伝子(RTPS2・SCCOHT)
- 7 7. がんのサーベイランス ─ いつ・何を・どのくらいの間隔で
- 8 8. 診断の進め方 ─ 遺伝子検査とエピシグネチャー
- 9 9. 遺伝のしくみと再発率 ─ ご家族にとっての意味
- 10 10. よくある誤解
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
- 13 関連記事
📍 クイックナビゲーション
コフィン・シリス症候群4型(CSS4)は、世界でも報告例が数十例規模のとてもまれな症候群です。けれども原因となるSMARCA4という遺伝子は、発達の司令塔であると同時に「がんを抑えるブレーキ」でもあります。ですからCSS4を理解することは、発達の症候群と、がんのなりやすさ(腫瘍素因)という、一見かけ離れた二つのテーマがひとつの遺伝子でつながっていることを知ることにもつながります。本記事では、CSS4の症状・原因・遺伝のしくみ・がんへの備えまでを、遺伝専門医がやさしく解説します。
Q. コフィン・シリス症候群4型とはどんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです
A. SMARCA4という遺伝子の生まれつきの変化で起こる、発達の遅れ・特徴的な顔つき・小指の低形成などをきたす先天性の症候群です。コフィン・シリス症候群のなかでSMARCA4が原因のものを「4型」と呼びます。SMARCA4はがんを抑える遺伝子(腫瘍抑制遺伝子)でもあるため、病的バリアントの種類によっては、RTPS2やSCCOHTに関連する腫瘍素因を考慮する必要があります。腫瘍サーベイランスの要否は、CSS4という診断名だけで一律に決めるのではなく、具体的なバリアントの種類と既報の遺伝子型–表現型相関を踏まえて判断します。
- ➤原因 → SMARCA4(BRG1)遺伝子の片方の変化。多くは新生突然変異(de novo)で、常染色体顕性遺伝の形式をとる
- ➤主な症状 → 発達の遅れ・知的発達症、太い眉やまつげなどの顔つき、第5指(小指)の爪・末節骨の低形成、多毛
- ➤SMARCA4型の個性 → 顔つきや行動面は他の型より軽めのことがある一方、心臓や眼などの臓器合併症が目立つことがある
- ➤もう一つの顔 → SMARCA4は腫瘍抑制遺伝子。ラブドイド腫瘍素因症候群2型(RTPS2)や卵巣小細胞癌(SCCOHT)のリスクに関わる
- ➤遺伝カウンセリングの要点 → 多くは新生変異だが再発率はゼロではない(約1%)。がんサーベイランスと家族の検査を一緒に考える
🧬 コフィン・シリス症候群4型の基本情報
各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。
1. コフィン・シリス症候群4型とは ─ 二つの顔をもつ、まれな症候群
コフィン・シリス症候群4型(CSS4)は、SMARCA4という遺伝子の片方に生まれつきの変化が起こって発症する先天性の症候群です。発達の遅れ・特徴的な顔つき・小指の低形成を柱とし、コフィン・シリス症候群のなかでSMARCA4が原因のものを「4型」と呼びます。
コフィン・シリス症候群は、1970年に2人の医師(コフィンとシリス)が報告した、発達の遅れ・知的発達症・粗い顔つき・哺乳の問題・第5指(小指)の爪や末節骨の低形成や欠如を特徴とする多発奇形症候群です。長いあいだ原因は不明でしたが、2012年に日本の研究グループが、この病気の多くが「BAF複合体(SWI/SNF複合体)」という、遺伝子のスイッチを開け閉めする仕組みをつくる遺伝子群の変化で起こることを突きとめました[1]。この発見によって、原因遺伝子ごとに1型・2型…とタイプ分けができるようになり、SMARCA4によるものがCSS4(OMIM 614609)として位置づけられています[2]。
CSS4を理解するうえで最も大切なのは、原因遺伝子SMARCA4が「発達を導く司令塔」であると同時に「がんを抑えるブレーキ(腫瘍抑制遺伝子)」でもあるという点です。つまり同じ遺伝子が、生まれつきの変化のしかたによって、発達の症候群(CSS4)を起こすこともあれば、腫瘍のなりやすさ(腫瘍素因)につながることもあります。この「二つの顔」を分けて理解しておくと、あとで出てくる検査やがんへの備えの話が、ぐっと分かりやすくなります。ご本人やご家族にとっては、「発達の見通し」と「腫瘍への備え」という二つの軸で整理して考えられるようになることが、この記事の到達点です。
なお、SMARCA4型は報告例が数十例規模ととても少なく、正確な有病率は分かっていません[2]。まれであるからこそ、一つひとつの所見を丁寧に読み解き、分からない部分を「異常がない」と決めつけないことが、私たちの役割だと考えています。
2. 原因遺伝子SMARCA4とBAF複合体 ─ 「ゲノムの開閉スイッチ」の中心
SMARCA4は、細胞のなかでどの遺伝子をいつ「読むか/読まないか」を切り替える装置の、中心となるエンジンをつくる遺伝子です。この装置がうまく働かないと、脳や骨など体のあちこちで「必要な時に必要な遺伝子が読まれない」ことが起き、発達に幅広い影響が出ます。
私たちのDNAは、ヒストンというタンパク質に巻きついて「クロマチン」という糸巻きの状態で細胞の核にしまわれています。ぎゅっと巻かれた部分の遺伝子は読めず、ほどけた部分の遺伝子だけが読めます。この巻き加減を動かして遺伝子のオン・オフを切り替える働きをクロマチンリモデリングといい、その主役の一つがSWI/SNF複合体(BAF複合体)です。SMARCA4がつくるBRG1というタンパク質は、この複合体が糸巻きをほどくためのエネルギー(ATP)を使う「モーター役の酵素」にあたります。
💡 用語解説:BAF複合体(SWI/SNF複合体)とBRG1
BAF複合体は、いくつものタンパク質が集まってできた「クロマチンを開け閉めする機械」です。SMARCA4がつくるBRG1は、その機械を動かすモーター(ATPを使う酵素)にあたります。よく似た兄弟遺伝子SMARCA2(BRM)もモーター役ですが、両者は同じ機械のなかで入れ替わりで使われます。BAF複合体は、脳の神経幹細胞が「増える段階」から「神経になる段階」へ切り替わるときに部品を組み替えることで、脳づくりの節目を制御しています。
とくに脳の発生では、神経のもとになる細胞(神経幹細胞)が「まず数を増やし、ある時点で神経へと成熟する」という切り替えが重要です。BRG1はこの切り替えのタイミングを制御しており、その働きが乱れると、脳の形づくりや発達に広い影響が及びます。CSS4で発達の遅れが前面に出るのは、SMARCA4がまさに発達の「節目のスイッチ」を握っているからだと理解できます。ご家族にとっては、「小指の形」や「顔つき」といった見た目の特徴も、脳の発達も、同じ一つの仕組みのつまずきから来ていると捉えられると、バラバラの症状が一本の線でつながって見えてきます。
3. 主な症状 ─ 発達の遅れ・特徴的な顔つき・小指の低形成
CSS4の中心となる症状は、発達の遅れ・知的発達症、特徴的な顔つき、そして第5指(小指)の爪や末節骨の低形成です。ただし症状の重さや組み合わせには大きな幅があり、同じ診断でも一人ひとり経過は異なります。
最初にSMARCA4型が報告された6人の患者さんでは、全員に発達の遅れがあり、多くに筋緊張低下や小頭症がみられ、一部にてんかん発作や視力・聴力の問題を伴っていました。そして全員に小指(または足の指)の爪の欠如や低形成があり、太い眉と長いまつげという顔つきの特徴を共有していました[1]。この「小指の爪・末節骨の低形成」は、コフィン・シリス症候群という名前を思い出す手がかりになる、特徴的な所見です。
このほか、コフィン・シリス症候群全体でよくみられる所見として、哺乳・摂食の問題(一部は乳幼児期に経管栄養を要し、のちに離脱する例もあります)、多毛、頭髪が薄いことなどが知られています[3]。心臓の構造の異常や、眼の異常(小眼球など)、消化器や腎の異常を伴うこともあります。どの症状がどの程度出るかは個人差が大きいため、診断がついたら、全身を一度きちんと評価して「その子にとって必要なフォロー」を組み立てることが出発点になります。
💡 用語解説:第5指(小指)末節骨の低形成
手足の指のいちばん先の骨を「末節骨」といいます。コフィン・シリス症候群では、この小指の末節骨や爪が小さい・欠けていることが多く、診断の重要な手がかりになります。ただし、この所見だけで診断が決まるわけではなく、発達の様子や顔つき、そして遺伝子検査の結果とあわせて総合的に判断します。
症状の一覧を前にすると、ご家族は不安になりやすいものです。けれども大切なのは、「起こりうること」の全体像を知ったうえで、いま目の前のお子さんに合わせて必要なケアを選んでいくという視点です。すべての症状が全員に出るわけではなく、経過とともに落ち着いていく問題もあります。見通しをもって備えるための地図として、この一覧を役立てていただければと思います。
4. SMARCA4型(CSS4)の個性 ─ 他のタイプと何が違うか
大まかな傾向として、SMARCA4型は顔つきや行動面の特徴が他の型よりやや軽めのことがある一方で、心臓や眼などの臓器の合併症が目立つことがあると報告されています。ただし、これはあくまで平均的な傾向で、実際の重さには大きな幅があります。
コフィン・シリス症候群の原因遺伝子は、大きく「ARID(アリッド)の仲間」と「SMARC(スマーク)の仲間」に分けられます。SMARCA4型を含む型を横断的に比べた研究では、ARIDの仲間が原因の場合は発達の遅れがより前面に出やすく、SMARCの仲間が原因の場合は発達の遅れは比較的軽めでも臓器の合併症がより重い傾向が指摘されてきました[4]。SMARCA4型に注目した最初の genotype-phenotype(遺伝子型と症状の対応)の検討でも、SMARCA4型は他の遺伝子が原因の患者さんより顔つきが粗くなりにくく、行動面の問題も少ない可能性があるとまとめられています[4]。
近年の登録データを用いた208人規模の検討では、こうした「ARIDは発達寄り、SMARCは臓器寄り」という大枠は概ね保たれるものの、BAF複合体に関わる病気はどれも、症状の多くの側面が起こりうるため、管理やサーベイランスは幅広く考えるべきだと結論づけられています[5]。つまり「SMARCA4型だから軽い」と早合点せず、一人ひとりの実際の所見に沿って備えることが大切です。変化のタイプによっては、学習や行動の面がさらに軽く、臓器の合併症が目立たない方も報告されています[5]。
そしてSMARCA4型のいちばん大きな「個性」は、次のセクション以降で述べる腫瘍のなりやすさ(腫瘍素因)に関わりうるという点です。ご家族にとっては、この違いを知っておくことが、後で「なぜ他のタイプにはないがんの話が出てくるのか」を理解する助けになります。
5. 変異のしくみ ─ 「壊れ方」が発達とがんを分ける
CSS4を起こすSMARCA4の変化は、タンパク質を完全には壊さず、働きを「異常なかたち」に変えるタイプが中心です。最初の報告でも、SMARCA4に生じていたのはインフレーム欠失(読み枠を保ったまま一部が抜ける変化)と、いくつかのミスセンス変異(アミノ酸が1つ入れ替わる変化)でした[1][2]。
ここが、この病気のいちばん誤解されやすいところなので、ていねいに説明します。SMARCA4のようなBAF複合体の遺伝子では、「片方が完全に働かなくなる(=量が半分になる)」だけでは、必ずしも典型的なCSSにはならないと考えられてきました。むしろCSSでは、変化したBRG1が複合体のなかに残り、機械の動きを「異常なかたちでかき乱す」ことが発達の問題を引き起こす、と説明されます。だからこそ、CSSを起こす変化はミスセンスやインフレーム欠失が多いのです。
一方で近年は、ナンセンス変異やフレームシフト変異のような機能喪失型変異(=働きが減るタイプ)でも、比較的軽いCSS様の症状を示す方がいることが分かってきました[5]。こうした「量が減るタイプ」の変化は、実は次に述べる腫瘍のリスクとも関わってきます。実際に、SMARCA4の働きを弱める変化(p.Arg979*など)をもつことで、コフィン・シリス症候群と小眼球症に加えて、若い女性の卵巣腫瘍(SCCOHT)を合併した症例も報告されています[6]。このような例は、CSS4とがん素因が地続きであることを示しています。
💡 用語解説:ミスセンス変異・機能喪失型変異とは
ミスセンス変異は、設計図のうち1文字が別の文字に入れ替わり、タンパク質のアミノ酸が1個変わる変化です。タンパク質は残りますが、はたらきが「変わって」しまいます。これに対し機能喪失型変異は、タンパク質が短く途切れるなどして「量や働きが減る」変化です。CSS4では前者(残ったまま異常に働く型)が中心ですが、後者(減る型)でも軽めの症状を起こすことがあり、この違いが腫瘍リスクの理解にもつながります。
6. もう一つの顔 ─ SMARCA4は腫瘍抑制遺伝子(RTPS2・SCCOHT)
SMARCA4はがんを抑える遺伝子(腫瘍抑制遺伝子)でもあります。生まれつきSMARCA4に変化があると、ラブドイド腫瘍素因症候群2型(RTPS2)や、若い女性の卵巣小細胞癌・高カルシウム血症型(SCCOHT)といった腫瘍のリスクに関わります。ただし「必ずがんになる」わけではありません。
がんを抑える遺伝子は、2本ある遺伝子の両方が働かなくなってはじめてブレーキが外れる、という考え方(Knudsonのツーヒット仮説)で説明されます。生まれつき片方に変化がある方は、いわば「1ヒット目をすでに受けた状態」です。ここに、体のどこかの細胞で後天的にもう片方の変化(2ヒット目)が加わると、その細胞だけで腫瘍が生じうる、というわけです。実際、SMARCA4の生殖細胞系列変異をもつ家系で腫瘍組織を調べると、もう片方のSMARCA4も失われている(=2ヒットがそろっている)ことが確認されています[7]。
図1:同じSMARCA4でも「変化のしかた」で運命が分かれる
非切断型変異が中心(ミスセンス・インフレーム欠失)
→ 発達の症候群
コフィン・シリス症候群4型(CSS4)
腫瘍リスクは一般的なCSS4では確立していない
生殖細胞系列の機能喪失型変異+第2ヒット
→ RTPS2関連腫瘍・SCCOHT
生殖細胞系列の機能喪失型変異に、腫瘍細胞での第2ヒットが加わって生じる
※発達の症候群と腫瘍素因は「別々の病気」ではなく、同じ遺伝子の壊れ方の違いとして地続きに理解できます。
RTPS2は、乳幼児期に非定型奇形腫様/ラブドイド腫瘍(脳)や悪性ラブドイド腫瘍(腎など)といった侵攻性の高い腫瘍を発症しうる素因です[8]。SCCOHTは、かつて卵巣がんの一種と考えられていましたが、2014年にSMARCA4欠損を共通基盤とし、ラブドイド腫瘍と分子的・生物学的に近い特徴をもつことが示され、その本体がSMARCA4の欠失であることが明らかになりました[9][10]。SCCOHTは若い女性に生じることが多い、まれで侵攻性の高い腫瘍です。なお近年は、SCCOHTをSMARCA4/SMARCB1欠損ラブドイド腫瘍とは別個の腫瘍型として扱う分子的根拠も指摘されており、「ラブドイド腫瘍そのもの」ではなく「分子的・生物学的に近縁の腫瘍」と位置づけるのがより現在の理解に近いといえます[11]。
ここで強調したいのは、CSS4の方が全員こうした腫瘍を発症するわけではないということです。SMARCA4の生殖細胞系列変化をもつ方の腫瘍リスクは高まりうるものの、実際に腫瘍が生じる割合は限られており、浸透率(変化をもつ人のうち実際に発症する割合)は完全ではありません[7]。ご本人・ご家族にとって大切なのは、過度に恐れることでも、油断することでもなく、次のセクションで述べるサーベイランス(定期的な検査)で「もし起きても早く気づける」体制を整えておくことです。
7. がんのサーベイランス ─ いつ・何を・どのくらいの間隔で
RTPS2型の腫瘍素因を示すSMARCA4病的バリアント(主に機能喪失型/truncating変異)をもつ方には、「もし腫瘍が起きても早く見つける」ためのサーベイランス(定期検査)が国際的なガイドラインで提案されています。内容は年齢とリスクに応じて組み立てます。一方で、CSS4という診断がついたすべての方に腫瘍スクリーニングが一律に必要になるわけではありません。GeneReviewsのコフィン・シリス症候群の標準管理でも、腫瘍サーベイランスが明示されているのは主にARID1A関連CSSの肝芽腫についてで、SMARCA4-CSS4の全例に対する腫瘍スクリーニングは標準項目にはなっていません[3]。
欧州の小児がん専門家グループ(SIOPE)や国際的な指針では、SMARCB1、またはRTPS2型の腫瘍素因を示すSMARCA4病的バリアント(主に切断型)をもつ方に対し、乳児期は数か月ごとの腹部超音波検査や全身MRIによる比較的密な監視を行い、成長とともに間隔を空けていく方針が示されています[8][12]。SMARCA4関連はSMARCB1関連に比べて乳児期のラブドイド腫瘍リスクが低いと考えられており、プロトコルは個々の変異タイプや家族歴に応じて調整されます。
図2:サーベイランスの考え方(年齢とリスクで組み立てる)
乳児〜幼児期
腹部超音波・全身MRIなどを数か月ごとに密に。侵攻性腫瘍の早期発見が目的
小児期以降
リスク低下に合わせて間隔を延長。変異タイプ・家族歴で個別化
SCCOHTリスクの女性
年齢を問わず6か月ごとの腹部・骨盤の超音波。家族計画後の予防的手術も選択肢に
SCCOHTのリスクがある女性については、6か月ごとの腹部・骨盤の超音波を提案する指針もありますが、この方法はSMARCA4病的バリアント保有者での有効性が検証されておらず、SCCOHTの早期発見法として確立しているわけではありません[11]。無症候性のSMARCA4保有者に対する確立した標準サーベイランスは現時点でなく、サーベイランスとリスク低減手術(RRBSO)を含めて個別に検討します。また、生殖細胞系列にSMARCA4の機能喪失型変異をもつ女性ではSCCOHTの浸透率がおおむね20〜30%程度と見積もられており、家族計画を終えたあとに、両側の卵巣・卵管をあらかじめ切除する予防的手術(RRBSO)を検討する選択肢が指針で示されています[11]。ただしこれは妊孕性(妊娠する力)を失う決断でもあり、医学的・倫理的な側面を含めて、専門職とじっくり相談して決めるべき事柄です。ご本人にとっては「怖い選択」ではなく、「自分の価値観に沿って備え方を選べる」という意味をもちます。
8. 診断の進め方 ─ 遺伝子検査とエピシグネチャー
CSS4の診断の決め手は、SMARCA4に病的な変化があるかどうかを遺伝子検査で確かめることです。生まれつきの変化は血液から調べられ、多くの場合は次世代シークエンス(複数の遺伝子をまとめて読む検査)で見つかります。
コフィン・シリス症候群は、症状だけでは他のタイプや似た症候群と区別が難しいことがあります。そこで実際には、ARID1B・ARID1A・SMARCB1・SMARCA4・SMARCA2などBAF複合体に関わる複数の遺伝子をまとめて調べるパネル検査や、全エクソーム解析が用いられます。大きな欠失が疑われる場合には、染色体マイクロアレイ(CMA)が役立ちます。当院でも、コフィン・シリス症候群NGSパネル検査でSMARCA4を含む関連遺伝子を対象にしています。
💡 用語解説:エピシグネチャー(EpiSign)
BAF複合体の異常症では、病気ごとにDNAメチル化(遺伝子のスイッチに付く目印)の特徴的なパターンが現れることが分かってきました。この「病気ごとの指紋」のようなパターンをエピシグネチャーと呼びます。遺伝子検査で見つかった変化が「本当に病気の原因か(意義不明変異ではないか)」を判断しにくいとき、この解析が補助的な手がかりになります。
検査は「出生後の診断」と「出生前の診断」を分けて考えます。生まれたあとのお子さんは血液(や口腔粘膜)を用いた解析が中心です。出生前については、ご家族のなかで原因の変化がすでに分かっている場合に限って、羊水・絨毛を用いた検査という方法があります(詳しくは次のセクション)。診断がつくことは、ご本人・ご家族にとって、必要なフォローやサーベイランスの計画を立てる出発点になります。名前がつくことで、同じ診断の情報や支援にアクセスしやすくなる、という意味もあります。
9. 遺伝のしくみと再発率 ─ ご家族にとっての意味
CSS4は常染色体顕性遺伝(旧称:優性遺伝)の形式をとりますが、患者さんの多くでは、ご両親にはない新しい変化(新生突然変異)としてはじめて起こります。
新生突然変異(de novo)の場合、次のお子さんに同じ変化が伝わる確率はおおむね1%程度と説明されることがあります。これは「ご両親の血液を調べれば変化がない=ゼロ」ではなく、卵子や精子をつくる細胞の一部にだけ変化が潜んでいる可能性(性腺モザイク)を見込んだ数字です。「de novoだから次の子は絶対に大丈夫」とは言い切れない点が、正確にお伝えすべき大切なところです[2]。
一方、ご両親のどちらかが同じ変化をもっている場合には、お子さん一人ひとりに伝わる確率は50%になります。とくにSMARCA4に関連する腫瘍素因(RTPS2)では、症状のない親から受け継がれている例が少なくないことが知られており、これは浸透率が完全でない(変化があっても発症しないことがある)ためです[8]。ですから、お子さんに変化が見つかった場合は、ご両親の検査も含めて確認することが、再発率を正しく見積もり、ご家族全体のサーベイランス方針を考えるうえで役立ちます。
ご家族のなかで原因となるSMARCA4の変化が特定できている場合には、次の妊娠に向けて着床前遺伝学的検査(PGT-M)や、単一遺伝子疾患の出生前診断(羊水検査・絨毛検査)といった選択肢を検討できます。なお、SMARCA4は当院のNIPTインペリアルプランの対象遺伝子にも含まれていますが、NIPT(母体血を用いる検査)はスクリーニングであり、確定診断ではありません。ご家族の変化がすでに分かっている場合の確定的な出生前診断は、羊水・絨毛による検査が基本です。どの方法がご家族に合うかは、状況とお気持ちを含めて丁寧に整理していく必要があります。
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10. よくある誤解
最後に、CSS4について誤解されやすい点を整理します。正しく理解しておくことが、必要以上に不安にならず、必要な備えを見落とさないための助けになります。
誤解1:「4型だから軽い」。 型の番号は「原因遺伝子の違い」を表すもので、重症度の順番ではありません。SMARCA4型は顔つき・行動面が軽めの傾向とされますが、症状の重さには大きな幅があり、臓器の合併症が目立つ方もいます[4]。
誤解2:「CSS4なら必ずがんになる」。 そうではありません。腫瘍リスクは高まりうるものの浸透率は完全ではなく、多くの方は腫瘍を発症しません。だからこそ「必ず」でも「絶対に大丈夫」でもなく、サーベイランスで備える、というのが正確な向き合い方です。
誤解3:「de novoだから次の子はリスクゼロ」。 新生変異でも、性腺モザイクのため再発率はおおむね1%程度でゼロではありません。次の妊娠を考える際は、この数字を踏まえて選択肢を検討できます。
誤解4:「発達の症候群とがんは別の話」。 CSS4では、この二つは同じSMARCA4という遺伝子の「壊れ方の違い」から生じる、地続きのテーマです。だからこそ、発達のフォローとがんへの備えを一つの窓口でまとめて考えられることが、ご家族にとっての安心につながります。
📌 このページを読んだあなたへ
お子さんがCSS4と診断された方、これから遺伝子検査を考えている方、ご家族に同じ変化が見つかった方——立っている場所によって、次に確認するとよいことは変わります。次のような観点を、状況に合わせて整理してみてください。
- 他のタイプとの違いを知りたい → ニコライデス・バライツァー症候群/コフィン・シリス症候群3型(SMARCB1)
- 発達・知的面の支援や検査を考えたい → 発達障害・知的障害の遺伝子検査
- 誰に相談すればよいかを知りたい → 臨床遺伝専門医とは/遺伝カウンセリングとは
よくある質問(FAQ)
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参考文献
- [1] Tsurusaki Y, et al. Mutations affecting components of the SWI/SNF complex cause Coffin-Siris syndrome. Nat Genet. 2012. [PubMed 22426308]
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- [4] Kosho T, Okamoto N, et al. Genotype-phenotype correlation of Coffin-Siris syndrome caused by mutations in SMARCB1, SMARCA4, SMARCE1, and ARID1A. Am J Med Genet C Semin Med Genet. 2014. [PubMed 25168959]
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