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SMARCA4遺伝子とは?BRG1(SWI/SNF複合体)の働きと、コフィン・シリス症候群・ラブドイド腫瘍素因症候群・SMARCA4欠損がんの合成致死治療を遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

SMARCA4は、DNAの巻き取りをゆるめて遺伝子を「読める状態」にするクロマチンリモデリングのエンジン(BRG1)の設計図です。この1つの遺伝子は、生殖細胞系列(生まれつき)の変異ではコフィン・シリス症候群やラブドイド腫瘍素因症候群を生じ、腫瘍細胞で2つのコピーがともに不活性化すると卵巣や胸部のきわめて悪性度の高いがん(SCCOHTやSMARCA4欠損腫瘍)につながります。まれな病気ばかりですが、そのしくみを理解することは「がんがなぜ止まらなくなるのか」「その弱点をどう突くのか」という、がん治療全体の理解にもつながります。本記事では、正反対に見える発達の病気とがんが1つの遺伝子でつながる理由を、遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約19分
🧬 クロマチンリモデリング・発達・がん
臨床遺伝専門医監修

Q. SMARCA4遺伝子とは何をする遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです

A. SMARCA4は「BRG1」というタンパク質の設計図で、DNAの巻き取り方を変えて必要な遺伝子だけを働けるようにする“クロマチンのエンジン”です。生まれつきこの遺伝子に変化があるとコフィン・シリス症候群4型やラブドイド腫瘍素因症候群2型の原因になり、腫瘍細胞で2つのコピーがともに働きを失うと(生殖細胞系列の変異が背景にあることも少なくありません)、卵巣のSCCOHTや胸部の未分化がんといった悪性度の高い腫瘍につながります。近年は、この弱点を逆手にとる「合成致死」の治療開発が進んでいます。

  • 基本の働き → SWI/SNF(BAF)複合体の触媒サブユニットとして、クロマチンを開いて遺伝子のオン・オフを切り替える
  • 生まれつきの変化 → コフィン・シリス症候群4型(発達の遅れなど)/ラブドイド腫瘍素因症候群2型(がんになりやすい体質)。多くは新生突然変異
  • 腫瘍での機能喪失 → 2つのコピーがともに不活性化すると卵巣SCCOHT・胸部SMARCA4欠損腫瘍などのドライバーに。進行が速く予後が厳しい
  • 最新治療 → 相棒SMARCA2の分解、EZH2阻害、CDK4/6阻害など「合成致死」を利用した開発が世界で進行中
  • 遺伝の要点 → 発達症候群の変化は多くが新生突然変異、がんを起こす体細胞変異は原則として子には受け継がれない

🧬 SMARCA4遺伝子の基本情報

項目 内容
遺伝子名 SMARCA4(SWI/SNF related, matrix associated, actin dependent regulator of chromatin, subfamily a, member 4)/別名 BRG1・BAF190A
タンパク質 BRG1(Brahma-related gene 1)/SWI/SNF(BAF)複合体の触媒サブユニット(ATP依存性クロマチンリモデリングATPアーゼ)
染色体上の位置 19p13.2
OMIM番号 603254(遺伝子)
主なはたらき ATPのエネルギーを使ってヌクレオソームを動かし、クロマチンを開いて遺伝子のオン・オフを切り替える(クロマチンリモデリング)
主な発現部位 全身でほぼ普遍的に発現(胚・神経・血液・生殖器のほか、卵巣の顆粒膜細胞と卵母細胞など)
生殖細胞系列変異と関連疾患 コフィン・シリス症候群4型(CSS4)/ラブドイド腫瘍素因症候群2型(RTPS2)。いずれも常染色体顕性(優性)、多くは新生突然変異(de novo)
体細胞変異 SMARCA4欠損腫瘍(卵巣SCCOHT・胸部SMARCA4欠損未分化腫瘍/非小細胞肺がんなど)のドライバー
検査上の注意 体細胞変異は病変の組織を調べないと分からないことがあり、血液だけでは検出できない場合があります。生まれつきの変化(CSS4・RTPS2)は血液で調べられます

各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。

1. SMARCA4とBRG1 ─ クロマチンを開け閉めする「エンジン」

まず結論です。SMARCA4はBRG1というタンパク質の設計図で、DNAの巻き取り方を物理的に変えて「どの遺伝子を働かせるか」を決める、細胞の中心的なスイッチを担っています。

わたしたちの細胞では、約2メートルにもなるDNAがヒストンというタンパク質に巻きついてヌクレオソームという単位をつくり、小さな核の中に折りたたまれています。この巻きついた状態のままでは、遺伝子は読み出せません。そこで、必要なところだけDNAの巻きをゆるめて「読める状態」に開く作業が必要になります。これがクロマチンリモデリングで、SMARCA4がつくるBRG1はその作業を行うエンジン(ATPアーゼ)そのものです。SMARCA4は19番染色体の短腕(19p13.2)にあり、公的データベースOMIMに遺伝子として登録されています[1]

💡 用語解説:クロマチンリモデリング

DNAが巻きついて閉じている状態(クロマチン)を、必要な部分だけ開いたり閉じたりして、どの遺伝子を働かせるかを調整するしくみです。BRG1は、ATPというエネルギー通貨を使ってヌクレオソームを横にずらしたり外したりします。この「開け閉め」がうまくいかないと、本来オンにすべき遺伝子がオフのままになったり、その逆が起きたりして、体の設計が狂ってしまいます。

ここで大切なのは、SMARCA4が「特定の1つの臓器のための遺伝子」ではないという点です。全身のほとんどの細胞で、どの遺伝子をいつ働かせるかを決める土台として使われています。だからこそ、この遺伝子に変化が起きると、脳の発達から卵巣、血液、さまざまな臓器のがんまで、一見バラバラに見える問題が生じます。「土台の遺伝子」だからこそ、影響が広い——これが、あなたやご家族がSMARCA4を理解するうえで最初に押さえておきたいポイントです。

2. SWI/SNF(BAF)複合体とSMARCA2 ─ もう一台のエンジン

結論から言うと、BRG1は単独で働くのではなく、10個以上の部品が集まったSWI/SNF(BAF)複合体という大きな装置の“動力部”です。そして、この動力部にはSMARCA2(BRM)というよく似た相棒があり、この相棒の存在が後の治療の話に直結します。

SWI/SNF複合体は、DNAの巻きをゆるめる役割をもつ「クロマチンリモデリング複合体」です。その中心でエネルギーを生み出すATPアーゼには2種類あり、SMARCA4がつくるBRG1と、SMARCA2がつくるBRMです。この2つは互いに入れ替わって装置に組み込まれる関係にあり、多くの細胞ではどちらか一方があれば装置は動きます。装置にはほかにARID1AARID1BSMARCB1などの部品が含まれ、それぞれの遺伝子の変化が異なる病気につながります。

図1:SWI/SNF(BAF)複合体とBRG1/BRMの関係

BRG1(SMARCA4)
または
BRM(SMARCA2)
=動力部(ATPアーゼ)
ARID1A / ARID1B / SMARCB1 など
=周辺の部品
クロマチンを開く
=必要な遺伝子を働かせる

動力部はBRG1とBRMのどちらか一方でも装置は動きます。この「入れ替われる」性質が、後の合成致死治療のカギになります。

2つのエンジンは似ていますが、役割の重みは違います。マウスの実験では、BRG1(SMARCA4)を完全に欠くと胚は着床のころに死んでしまうのに対し、BRM(SMARCA2)を欠いても生き延びられることが示されています[2]。つまりBRG1のほうが生命の土台として重要で、簡単には置き換えられません。この「BRG1は必須だが、がん細胞ではBRMに肩代わりさせている」という非対称性が、SMARCA4を失ったがんの弱点を生みます。

読者のみなさんにとっての意味はこうです。SMARCA4を失ったがんでは「相棒のSMARCA2への依存性」が治療標的として注目されており、SMARCA2の発現や依存性が将来的な治療選択のバイオマーカー候補になりうると考えられています。この点は第8章でくわしくお話しします。

3. 卵巣と妊孕性での働き ─ 卵子は「支えられて育つ」

結論として、SMARCA4は卵巣のなかでも重要な働きをしており、動物実験ではこの遺伝子を卵巣の細胞から取り除くと不妊や妊孕性の低下が起きます。卵子は周囲の細胞に支えられてはじめて育つ、という生物学がここにあらわれています。

卵子は卵巣のなかで、まわりを取り囲む顆粒膜細胞から栄養やシグナルを受け取りながら成熟します。マウスを使った研究では、SMARCA4(BRG1)は卵胞の発育の全期間を通じて顆粒膜細胞と卵子の両方で働いていることが確認されました。そして、顆粒膜細胞からBRG1を早い段階で取り除くと雌は完全に不妊になり、卵子からBRG1を取り除くと生まれる子の数が半分程度に減る(妊孕性の低下)ことが報告されています[3]。BRG1を失った卵子からできた受精卵は、うまく胚盤胞まで育たないことも示されました。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【卵子は「数」だけでは語れません】

不妊のご相談ではAMHの数値に関心が集まりがちです。そのお気持ちはよく分かります。けれど卵子の生物学を学ぶほど、卵子は周りの細胞に支えられてようやく育つ細胞なのだと考えさせられます。SMARCA4は、その「支える細胞の遺伝子プログラム」を整えるスイッチの一つです。数だけでなく、それを育てる環境まで含めて眺める視点が役に立つと考えています。

同時に、現在の遺伝子検査で分かるのはごく一部だという謙虚さも大切だと考えています。分からない部分を「異常がない」と言い換えないこと——それが臨床遺伝を専門とする立場からお伝えしたい姿勢です。

ここで一つ、大切な補足をしておきます。これらはマウスの研究であり、そのままヒトにあてはまるわけではありません。ヒトのSMARCA4が生まれつきの早発卵巣不全(POI)の主要な原因遺伝子だと確立しているわけではありません。ただ、この遺伝子が卵巣の細胞にとって欠かせない部品であることは、次章以降で登場する「なぜ卵巣に特有のがんが起きるのか」という問いを考えるうえで、重要な下地になります。あなたが妊孕性の観点からこのページを読んでいるなら、まずは確立した項目(年齢・AMH・染色体など)から順に評価していくのが現実的だと考えています。

4. 生まれつきの変化① コフィン・シリス症候群4型(CSS4)

結論です。SMARCA4の片方のコピーに生まれつきの変化があると、発達の遅れや特徴的な顔つきなどを示すコフィン・シリス症候群4型(CSS4)を起こすことがあります。典型的なCSS4を起こす非切断型(ミスセンス・インフレーム)変異では、後で述べるRTPS2型の明確な腫瘍素因は一般に確立していません。ただし遺伝子型と表現型には重なりがあり、病的バリアントごとの評価が必要です。

コフィン・シリス症候群は、発達の遅れ・知的発達症、特徴的な顔つき、小指の爪や末節骨の低形成(欠けていること)などを特徴とする先天性の症候群です。原因遺伝子は複数あり、SWI/SNF複合体を構成する遺伝子群の変化で起こることから、まとめて「BAFオパチー」とも呼ばれます。SMARCA4の変化によるものが4型(CSS4)で、OMIMに登録されています[4]。SMARCA4型は、ほかの原因遺伝子によるコフィン・シリス症候群に比べて、顔つきの粗さや行動の問題が目立ちにくい傾向があると報告されています。

CSS4を起こす変化の多くは、ミスセンス変異や短い欠失など、タンパク質の一部を作り替えるタイプで、しかもその大半は両親にはなくお子さんに初めて生じた新生突然変異(de novo)です。遺伝形式は常染色体顕性(優性)で、片方のコピーの変化で発症します。ここで、あなたやご家族にとって大切な意味づけを2つお伝えします。第一に、多くが新生突然変異であるということは、ご両親の育て方や妊娠中の出来事が原因ではない、ということです。第二に、次のご妊娠での再発率は一般に低いものの、まれにご両親のどちらかの卵子・精子だけに変化が潜んでいる可能性(性腺モザイク)もあるため、個別の見通しは臨床遺伝専門医とご相談いただくのが安心です

5. 生まれつきの変化② ラブドイド腫瘍素因症候群2型(RTPS2)

結論です。SMARCA4の片方のコピーが最初から壊れている(生殖細胞系列の機能喪失型変異)体質を受け継ぐと、ラブドイド腫瘍素因症候群2型(RTPS2)になります。乳幼児期〜若年期のラブドイド腫瘍に加えて、女性ではSCCOHTが重要な関連腫瘍です。同じ遺伝子の変化なのにCSS4とまったく違う結果になるのは、「変化のしかた」と「2つ目の傷が加わるかどうか」の差です。

RTPS2は、SMARCA4の生殖細胞系列(体の全細胞に受け継がれる)変異によって起こる、常染色体顕性のがん素因症候群です[5]。中枢神経に生じる非定型奇形腫様/ラブドイド腫瘍(AT/RT)や、腎臓などにできる悪性ラブドイド腫瘍、そして後で述べる卵巣のSCCOHTなどが含まれます。これらはいずれも進行が速く、しばしば命にかかわります。SMARCA4は、細胞の増殖にブレーキをかける腫瘍抑制遺伝子としての顔も持っているのです。

ここで登場するのが、がん研究の古典である「ツーヒット(2ヒット)仮説」です。腫瘍抑制遺伝子は2つのコピーがあり、両方が壊れて初めてブレーキが完全に外れます。RTPS2の方は、生まれつき片方が壊れた状態(1つ目の傷)で生まれてくるため、どこか1つの細胞で残る正常なコピーに2つ目の傷が加わるだけで、その細胞がラブドイド腫瘍へと変わってしまいます。実際に、SMARCA4を失ったがんでは、生殖細胞系列の変異に体細胞変異が重なる「2ヒット」の様子が確かめられています[6]

図2:SMARCA4が「1本だけ」壊れるか「2本とも」壊れるかで結果が変わる

片方だけ変化(1本)

生まれつき片方のコピーが作り替わる非切断型
コフィン・シリス症候群4型(発達の症候群)
→ RTPS2型の明確な腫瘍素因は一般に確立していない(重なりあり)

両方が働きを失う(2本)

生まれつき片方が壊れ(1ヒット)、ある細胞でもう片方も壊れる(2ヒット)
ラブドイド腫瘍・SCCOHTなどのがん

同じSMARCA4でも、「変化のタイプ」と「2つ目の傷の有無」で発達症候群になるか、がんになるかが分かれます。

RTPS2で知っておいていただきたいのは、浸透率(変化をもつ人が実際に発症する割合)は完全ではないという点です。同じ変化をもっていても発症しないご家族が報告されています。ご家族にRTPS2が見つかった場合、血縁の方の検査や、乳幼児期の画像による定期チェック(サーベイランス)が話題になります。これは不安をあおるためではなく、「早く気づける体制を整えることで、見通しを持てるようにする」ための考え方です。どこまで、どの間隔で行うかは確立した唯一の正解があるわけではないため、臨床遺伝専門医とご家族で相談しながら方針を決めていくことになります。

6. SMARCA4を失ったがん① 卵巣のSCCOHT

結論です。卵巣小細胞癌・高カルシウム血症型(SCCOHT)は、若い女性に起こるまれで悪性度の高い卵巣がんで、そのほとんどでSMARCA4が働きを失っています。生まれつきの体質(RTPS2)が背景にある方も少なくないため、診断がついたら遺伝の観点からの確認がすすめられます。

SCCOHTは、150例をまとめた古典的な報告によると、平均約24歳という若さで発症し、約6割の患者さんで血液中のカルシウムが上昇(高カルシウム血症)し、ほぼすべて(99%)が片側の卵巣に生じることが知られています[7]。この高カルシウム血症は、腫瘍が副甲状腺ホルモン関連タンパク(PTHrP)を出すことによると考えられています。進行が速く予後が厳しいがんで、名前に「小細胞」とありますが、肺の小細胞(神経内分泌)がんとはまったく別の病気です。

分子のレベルで見ると、SCCOHTの正体は驚くほどシンプルです。ほぼすべての症例でSMARCA4(BRG1)が失われており、しかもBRG1の消失は卵巣のほかのがんではめったに見られない(原発性の卵巣腫瘍で陰性になるのはごくわずか)ため、BRG1が染まらないこと自体がSCCOHTの診断マーカーになります[8]。多くの症例で2つのコピーがともに不活化されており[9]、さらに、SCCOHTの一部では生殖細胞系列のSMARCA4機能喪失型病的バリアントが背景にあり(RTPS2の範疇として扱われます)、その割合が以前考えられていたより多いことも分かってきました[10]

もう一つ重要な特徴があります。多くのがんは無数の遺伝子変異を蓄積して悪くなりますが、SCCOHTはゲノムが比較的安定していて、変異の数が少ないという珍しい性質をもちます[11]。つまり、たった1つのSMARCA4の喪失(=クロマチンの制御が壊れるエピジェネティックな異常)が、このがんを動かす主犯だということです。これは、後で述べる「エピジェネティクスを標的にする治療」が理にかなう理由でもあります。

読者のみなさんにとっての意味は明確です。SCCOHTと診断されたら、ご本人・ご家族の生殖細胞系列のSMARCA4検査(遺伝学的評価)が重要になります。国際的な専門家グループは、SCCOHTの患者さんを臨床遺伝サービスに紹介し、生殖細胞系列のSMARCA4検査を提供すること、そして変異が見つかったご家族には画像などによるサーベイランスや、リスクを下げるための予防的な両側卵巣・卵管の摘出を検討する枠組みを提案しています[12]。ただし早期発見や予防手術の利益がどこまであるかはまだ確立していないため、若い女性にとっては妊孕性(子どもをもつ可能性)と予防のバランスという、非常に繊細な意思決定になります。ここは、数値だけで決めずに一緒に考えていくべき領域だと考えています。

7. SMARCA4を失ったがん② 胸部の未分化腫瘍・肺がんなど

結論です。SMARCA4を失うがんは卵巣だけではありません。胸部(縦隔・肺)に生じる未分化な腫瘍や、一部の非小細胞肺がんもSMARCA4欠損を主犯とし、共通して進行が速く予後が厳しいという顔を持っています。これらは生まれたあとに生じる体細胞変異で、原則として子どもに受け継がれるものではありません。

胸部SMARCA4欠損未分化腫瘍(SMARCA4-UT)は、2021年の世界保健機関(WHO)の分類で独立した腫瘍型として位置づけられた比較的新しい病気で、多くは喫煙歴のある方に生じ、縦隔から肺にかけて大きな腫瘤をつくります。一方で、通常型の非小細胞肺がん(NSCLC)にもSMARCA4欠損を示す一群(SMARCA4欠損NSCLC)があり、両者は同じ「SMARCA4欠損」でも病理学的には区別されます。近年、次世代シーケンサーとBRG1の免疫染色の普及によって、こうした「SMARCA4欠損腫瘍」という一群が発生部位を超えて認識されるようになりました。

近年、SMARCA4の変異・欠損をもつ悪性腫瘍の報告例をまとめた解析では、発生部位は胸部(縦隔・肺)が最も多く、患者さんの多くが男性で、全生存期間の中央値は1年未満(多くの報告で4〜7か月程度)ときわめて厳しい経過が示されています[13]。一方で同じ解析では、免疫チェックポイント阻害薬を用いた一部の患者さんで腫瘍の縮小や病勢の安定がみられており、免疫療法が有望な選択肢になりうることも示唆されています。

これらのがんを診断するうえでの共通のカギは、やはりBRG1(SMARCA4)の免疫染色です。組織でBRG1が染まらないことが分かれば、見た目が似ているほかの腫瘍と区別でき、治療方針の検討につながります。あなたやご家族が「SMARCA4欠損」と言われたときには、それが生まれつきの体質の話なのか、その腫瘍だけで起きた変化の話なのかを主治医に確認することが、次の一歩を考えるうえで役立ちます。

8. 合成致死をねらう最新治療 ─ 弱点を逆手にとる

結論です。SMARCA4を失ったがんに対しては、「がん細胞がやむを得ず頼っているもの」を止めると、がん細胞だけが死ぬという合成致死(synthetic lethality)という考え方に基づく治療開発が世界で進んでいます。まだ研究・開発の段階ですが、原理がはっきりしている点で期待されています。

合成致死とは、「単独ではどちらを失っても平気だが、2つ同時に失うと細胞が死ぬ」という遺伝子どうしの関係です。ここで第2章の話が生きてきます。SMARCA4を失ったがん細胞は、動力部のもう一方であるSMARCA2(BRM)に頼って生き延びています。正常な細胞はBRG1があるのでSMARCA2を止めても平気ですが、がん細胞はSMARCA2しか残っていないため、SMARCA2を止められると立ち行かなくなります。これがSMARCA4欠損がんに対する合成致死の中心的な発想です。

図3:SMARCA4欠損がんに対する「合成致死」の流れ

SMARCA4を失う
(がん細胞)
相棒SMARCA2に依存
して生き延びる
SMARCA2を止める薬
を使う
がん細胞だけ死ぬ
(正常細胞はBRG1があり平気)

正常な細胞はBRG1という予備があるため影響を受けにくく、SMARCA4を失ったがん細胞だけを狙い撃ちできるのが利点です。

この発想から、SMARCA2そのものを分解したり阻害したりする薬(PROTACなどの標的タンパク質分解薬を含む)の早期段階(第I/II相)の臨床試験が進められており、ヒトでの初期の有効性も報告されはじめています。ただし開発の途上であり、試験の中止や設計変更も起こりうる段階ですので、「確立した標準治療がある」と受け取らないことが大切です。

ここで重要な注意点があります。SMARCA2を止める作戦は、相棒のSMARCA2が「残っている」腫瘍にしか効きません。ところが、SCCOHTや胸部SMARCA4欠損腫瘍の多くは、SMARCA4だけでなくSMARCA2も同時に失っている(デュアルロス)ため、この作戦が効くかどうかは不確かです[14]。むしろこうした腫瘍では、エピジェネティクスを標的にする治療PRC2の中心酵素EZH2の阻害や、HDAC・DNMTの阻害など)に弱点が移ることが実験的に示されています。

EZH2を阻害するタゼメトスタットについては、SCCOHTで劇的に効いた個別の症例が報告された一方で、SMARCA4/SMARCB1などの変化をもつ腫瘍を集めて評価した小児・若年の臨床試験(MATCHのサブ試験)では、奏効した割合はごく限られていました[15]1例の劇的な効果を、そのまま「多くの人に効く」と一般化しないこと——これは新しい治療の情報に接するときに、いつも意識していただきたい点です。このほか、細胞の増殖の歯車である細胞周期を回すCDK4/6を止める薬が、SMARCA4を失った肺がんで合成致死的に働きうることも報告されており[16]、複数の角度から弱点を突く研究が続いています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「希望」と「誇張」を分けて伝える】

合成致死の話は、原理が美しく、患者さんにとっても希望のある領域です。だからこそ、伝え方には注意が必要だと考えています。開発中の薬を「もう治療がある」と受け取られると、かえって落胆につながりかねません。臨床遺伝を専門とする立場からは、研究動向を正確にお伝えしつつ、いま実際に受けられる標準治療との距離を正直に説明することを大切にしています。

同時に、「その腫瘍でSMARCA2が残っているか、それとも一緒に失われているか」といった一歩踏み込んだ情報が、将来どの臨床試験が候補になるかを左右します。分子の情報を丁寧に整理しておくことには、確かな意味があると考えています。

9. 遺伝子検査とカウンセリング ─ 何が分かって、何が分からないか

結論です。SMARCA4の検査は、「生まれつきの変化(血液で調べられる)」と「腫瘍だけの変化(病変の組織が必要)」を分けて考えることが最も大切です。ここを取り違えると、検査結果の意味を読み違えてしまいます。

図4:調べたい「変化のタイプ」で検査の入り口が変わります

生殖細胞系列変異(生まれつき)

CSS4・RTPS2の体質
血液(採血)で調べられます
→ 陽性なら血縁者にも関わる情報になります

体細胞変異(腫瘍だけ)

SCCOHT・胸部腫瘍などのドライバー
病変の組織を調べる必要があります
→ 血液が陰性でも病気は否定できません

生まれつきの変化(CSS4やRTPS2の体質)は、体のすべての細胞に共通してあるため、採血で調べることができます。一方、SCCOHTや胸部SMARCA4欠損腫瘍を起こす体細胞変異は、病変の細胞だけにあるため、手術や生検で得た組織を調べる必要があり、血液検査が陰性でも腫瘍の存在を否定するものではありません。この違いは、検査の目的(体質を調べたいのか、腫瘍の性質を調べたいのか)によって入り口が変わることを意味します。当院では、SMARCA4を含むコフィン・シリス症候群NGSパネルなどをご用意しています。

検査を検討するときは、結果が出る前と後の両方で、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングを受けることが大切です。SMARCA4の検査では、はっきり病気につながると分かる変化だけでなく、意義がまだ定まらない変化(VUS)が見つかることもあり、その受け止め方には専門的な整理が必要になるからです。妊娠・出生前の観点でSMARCA4を含む検査をお考えの場合は、NIPTのインペリアルプランNIPTのご案内もあわせてご覧ください。あなたにとっての意味は、「調べれば必ず白黒がつく」わけではないと知ったうえで、目的に合った検査を選ぶことにあります。

10. よくある誤解

結論です。SMARCA4は「1つの遺伝子=1つの病気」ではないため、誤解が生まれやすいテーマです。ここでは、ご本人・ご家族が受け止め方を誤りやすい点を整理します。正しく理解することが、不要な不安を減らす近道になります。

誤解①「SMARCA4に変化があれば必ずがんになる」

典型的なCSS4を起こす非切断型(ミスセンス・インフレーム)変異では、RTPS2型の明確な腫瘍素因は一般に確立していません。がん素因になるRTPS2でも浸透率は完全ではありません。ただし遺伝子型と表現型には重なりがあり、変化があること=必ず発症、ではなく、病的バリアントごとの評価が必要です。

誤解②「血液検査が陰性ならSMARCA4のがんは否定できる」

SCCOHTなどのドライバーとなる体細胞変異は、腫瘍の細胞にしかありません。血液の陰性は「生まれつきの体質がない」ことを示すだけで、腫瘍の存在や性質を否定するものではありません。

誤解③「もう有効な分子標的薬が確立している」

SMARCA2分解薬・EZH2阻害・CDK4/6阻害などは、いずれも研究・臨床試験の段階です。原理は有望ですが、確立した標準治療として広く使えるわけではありません。腫瘍でSMARCA2が残っているかどうかでも適否が変わります。

誤解④「SMARCA4の病気は1種類」

同じ遺伝子でも、変化のタイプと2つ目の傷の有無によって、発達の症候群からきわめて悪性度の高いがんまで、まったく異なる結果になります。「SMARCA4」と聞いたら、まずどのタイプの話かを確認することが大切です。

📌 このページを読んだあなたへ

このページには、いくつかの立場の方がたどり着かれます。①検査結果でSMARCA4の変化を指摘された方②これから検査を考えている方③ご家族にSMARCA4関連の病気が見つかった方——それぞれ、次に確認するとよい観点が違います。

まず整理したいのは、その変化が「生まれつき(血液で分かる)」なのか「腫瘍だけ(組織が必要)」なのかという点です。生まれつきの場合は、コフィン・シリス症候群4型ラブドイド腫瘍素因症候群2型のどちらの体質に近いか、遺伝形式や血縁者への影響を確認しておくと安心です。がんの観点では、卵巣のSCCOHTや、治療開発のバイオマーカー候補として注目されるSMARCA2の状態を主治医に確認するとよいでしょう。

判断に迷うときは、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングで、結果の意味とご家族への広がりを一緒に整理していきましょう。

よくある質問(FAQ)

Q1. SMARCA4遺伝子はどこにあって、何をつくる遺伝子ですか?

SMARCA4は19番染色体の短腕(19p13.2)にある遺伝子で、BRG1というタンパク質をつくります。BRG1はSWI/SNF(BAF)複合体という装置の中心でATPのエネルギーを使い、DNAの巻き取り方を変えて必要な遺伝子だけを働けるようにします。全身のほとんどの細胞で、遺伝子のオン・オフを切り替える土台として使われています。

Q2. SMARCA4に変化があると必ずがんになりますか?

必ずがんになるわけではありません。典型的なコフィン・シリス症候群4型を起こす非切断型(ミスセンス・インフレーム)変異では、RTPS2型の明確な腫瘍素因は一般に確立していません。がん素因となるラブドイド腫瘍素因症候群2型でも、変化をもつ人が必ず発症するわけではなく、浸透率は完全ではありません。ただし遺伝子型と表現型には重なりがあり、病的バリアントごとの評価が必要です。

Q3. コフィン・シリス症候群4型は子どもに受け継がれますか?

コフィン・シリス症候群4型の原因となる変化の多くは、ご両親にはなくお子さんに初めて生じた新生突然変異(de novo)です。この場合、次のお子さんでの再発率は一般に低いと考えられます。ただし、まれにご両親のどちらかの卵子や精子だけに変化が潜んでいる可能性もあるため、個別の見通しは臨床遺伝専門医にご相談ください。

Q4. 卵巣のSCCOHTと診断されました。家族も検査したほうがよいですか?

卵巣のSCCOHTの一部では、生殖細胞系列のSMARCA4病的バリアント(RTPS2の範疇として扱われます)が背景にあり、その割合が想定より多いことが分かっています。そのため国際的な専門家グループは、SCCOHTと診断された方を臨床遺伝サービスに紹介し、生殖細胞系列のSMARCA4検査を提供することをすすめています。ご家族の検査やサーベイランスの方針は、臨床遺伝専門医と相談しながら決めていきます。

Q5. 血液の遺伝子検査でSMARCA4のがんは分かりますか?

分けて考える必要があります。生まれつきの体質(コフィン・シリス症候群4型やラブドイド腫瘍素因症候群2型)は採血で調べられます。一方、SCCOHTや胸部のSMARCA4欠損腫瘍を起こす体細胞変異は腫瘍の細胞にしかないため、病変の組織を調べる必要があり、血液検査が陰性でも腫瘍の存在を否定するものではありません。

Q6. SMARCA4を失ったがんに効く薬はありますか?

SMARCA4を失ったがんでは、相棒のSMARCA2を止める薬やEZH2阻害薬、CDK4/6阻害薬など、合成致死という考え方に基づく治療の開発が進んでいます。ただしいずれも研究・臨床試験の段階であり、確立した標準治療として広く使えるわけではありません。腫瘍でSMARCA2が残っているかどうかによっても、効きやすさが変わると考えられています。

Q7. SMARCA4とSMARCA2は何が違うのですか?

SMARCA4がつくるBRG1と、SMARCA2がつくるBRMは、どちらもSWI/SNF複合体の動力部(ATPアーゼ)で、互いに入れ替わって働けるよく似た相棒です。ただしBRG1のほうが生命の土台として重要で、完全に欠くと胚が育ちません。この非対称性のため、SMARCA4を失ったがん細胞はSMARCA2に頼って生き延びており、そこが治療の標的になります。

Q8. 検査でSMARCA4に「意義不明の変化(VUS)」と言われました。どう考えればよいですか?

VUS(意義不明の変化)は、病気につながるかどうかがまだ判断できない変化です。見つかっても、それだけで発症を意味するわけではありません。SMARCA4では、家族歴や症状、ほかの検査所見とあわせて総合的に評価する必要があります。結果の受け止め方には専門的な整理が必要ですので、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングをおすすめします。

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臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。

参考文献

  • [1] OMIM #603254. SMARCA4 GENE; SMARCA4. Johns Hopkins University. [OMIM 603254]
  • [2] A Brg1 null mutation in the mouse reveals functional differences among mammalian SWI/SNF complexes. Mol Cell. 2000. [PubMed 11163203]
  • [3] SWI/SNF chromatin remodeling subunit Smarca4/BRG1 is essential for female fertility. Biol Reprod. 2022. [PMC9930400]
  • [4] OMIM #614609. COFFIN-SIRIS SYNDROME 4; CSS4. Johns Hopkins University. [OMIM 614609]
  • [5] OMIM #613325. RHABDOID TUMOR PREDISPOSITION SYNDROME 2; RTPS2. Johns Hopkins University. [OMIM 613325]
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  • [7] Small cell carcinoma of the ovary, hypercalcemic type. A clinicopathological analysis of 150 cases. Am J Surg Pathol. 1994. [PubMed 7943531]
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  • [10] Ovarian small cell carcinoma of hypercalcemic type – evidence of germline origin and SMARCA4 gene inactivation. Pol J Pathol. 2013. [PubMed 24375037]
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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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