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PROTAC(プロタック)とは?病気の原因タンパク質を“分解して消す”次世代の創薬技術をわかりやすく解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。2025年国際誌『Global Woman Leader』表紙抜擢など、世界基準の出生前診断と遺伝カウンセリングを提供。

PROTAC(プロタック)は、病気の原因となるタンパク質を「邪魔して働けなくする(阻害)」のではなく、細胞にもともと備わっている“ゴミ処理システム”を借りて「分解して消してしまう」という、まったく新しい発想の薬です。2026年5月には世界で初めてのPROTAC医薬品が米国で承認され、長年「薬を作れない(アンドラッガブル)」とされてきた標的にも光が当たり始めました。この記事では、PROTACのしくみ・従来薬との違い・最新の臨床開発、そして遺伝医療との接点までを、臨床遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 標的タンパク質分解・プレシジョン医療
臨床遺伝専門医監修

Q. PROTACとはどんな薬で、ふつうの薬と何が違うのですか?まず結論だけ知りたいです

A. PROTACは、病気の原因タンパク質を「分解」して取り除く新しい創薬技術です。従来の多くの薬は、原因タンパク質の働く場所に居座って機能を止め続ける必要がありました。PROTACは標的を一度「分解」させると離れて何度でも別の標的を壊しに行けるため、ごく少量でも強く効くのが特長です。2026年には世界初の承認薬も登場しました。ただし分子が巨大なため飲み薬にしにくいなどの課題も残ります。

  • しくみ → 原因タンパク質とE3リガーゼを近づけ、ユビキチン・プロテアソーム系で分解させる
  • 阻害薬との違い → 機能を止めるのではなくタンパク質ごと消す。少量で効く「触媒的」な働き
  • 最大の課題 → 巨大分子ゆえの膜透過性の低さと「フック効果」という用量の壁
  • 世界初承認 → エストロゲン受容体を分解する薬が2026年5月に米国で承認(ESR1変異乳がん)
  • 遺伝医療との接点 → 効くかどうかは遺伝子の変異で決まり、その変異はリキッドバイオプシーで調べる

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1. PROTACとは:「阻害」から「分解」へのパラダイム転換

これまでの低分子医薬品の多くは、原因となるタンパク質の「くぼみ(結合ポケット)」にはまり込み、その働きを物理的にふさぐ「占有駆動型」という考え方で作られてきました。ところが、ヒトの体を作るタンパク質のうち、こうした明確なくぼみを持ち薬で狙える「創薬可能(ドラッガブル)」なものは全体の約20%にすぎません。残り約80%を占める転写因子や足場タンパク質などは、はまり込む場所がないため「アンドラッガブル(薬で狙えない)」とされ、長らく手つかずでした[1]。

この壁を突破したのがPROTAC(Proteolysis Targeting Chimera:タンパク質分解誘導キメラ)です。PROTACは、細胞が不要なタンパク質を片づけるために元々持っているユビキチン・プロテアソーム系を“いい意味で乗っ取り”、病気の原因タンパク質に「分解せよ」というゴミ袋の目印(ユビキチン)を付けさせて、まるごと消し去ってしまいます[2]。働きを止めるのではなく、タンパク質そのものを消すため、くぼみがない標的にも対応できるのが革命的なポイントです。PROTACは、より大きな標的タンパク質分解(TPD)という技術カテゴリーの代表選手です。

💡 用語解説:アンドラッガブル(薬で狙えない標的)

薬の分子がはまり込める「くぼみ」を持たないタンパク質のことです。がんを進める転写因子などが代表例で、表面がツルツルしているため従来の阻害薬では手も足も出ませんでした。PROTACは「くぼみにはまって機能を止める」のではなく、標的のどこか1か所に弱く触れて分解の合図を送るだけでよいため、この“難攻不落”の標的を攻略できる可能性を開きました。

💡 用語解説:イベント駆動型と「触媒的」な働き

阻害薬は、効き目を保つために高い濃度でくぼみを占有し続けなければなりません。一方PROTACは、標的に「分解の目印を付ける」という一つの出来事(イベント)を起こすと、すぐに離れて次の標的へ移り、同じ仕事を繰り返します。1個のPROTAC分子が何個もの標的を次々に壊せるため、標的と同じ数だけ必要なく、ごく少量で強く効くのです。これを「触媒的」と呼びます。早期の研究では転写共役因子BRD4の強力な分解が実証され、PROTACが研究ツールから次世代の創薬手段へと飛躍する転機になりました[2]。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「効かなくなる薬」を見てきたからこそ】

私はがん薬物療法専門医として、成人のがん治療で多くの分子標的薬を使ってきました。よく効く阻害薬でも、しばらくすると標的タンパク質がほんの少し形を変え、薬が「くぼみ」にはまらなくなって効かなくなる——この“耐性”の場面を何度も経験しています。

だからこそ「機能を止める」のではなく「タンパク質ごと消す」というPROTACの発想に、私は強く惹かれます。標的が少し変異しても、結合できさえすれば分解して片づけられるからです。臨床遺伝専門医として遺伝子変異と治療の関係を見てきた立場からも、この技術は“次の一手”になり得ると感じています。

2. PROTACの作用機序:ゴミ処理システムを“借りる”しくみ

PROTACは、3つの部品をつないだ「ダンベル型」の分子です。片方の手で原因タンパク質(POI)をつかみ、もう片方の手でE3リガーゼ(分解の目印を付ける酵素)をつかみ、その2つをリンカー(ひも)でつないでいます[2]。細胞内に入ると、PROTACは標的とE3リガーゼの両方に同時に結合して「標的−PROTAC−E3リガーゼ」という三者複合体を作ります。この“近づける”働きによって、標的にユビキチンという目印が次々と付けられ(ポリユビキチン化)、最後はプロテアソームという分解装置に送り込まれて、バラバラに片づけられます。

PROTACの「分解→再利用」サイクル 標的とE3リガーゼを近づけ、目印を付け、まるごと分解する ①連結 標的タンパク質と E3リガーゼを PROTACがつなぐ ②三者複合体 標的−PROTAC−E3が 一体となり 距離が近づく ③ユビキチン化 「分解せよ」の 目印(ユビキチン)が 標的に付く ④分解 プロテアソームで 標的を分解。 PROTACは再利用 PROTACは無傷で離れ、次の標的へ — これを繰り返す(触媒的)

①標的とE3リガーゼを連結 → ②三者複合体の形成 → ③ユビキチン化 → ④プロテアソームによる分解。仕事を終えたPROTACは離れて再び別の標的を壊しに行く。

💡 用語解説:E3リガーゼと三者複合体

E3リガーゼは、細胞内で「このタンパク質はもう不要」と判断し、分解の目印(ユビキチン)を付ける“仕分け役”の酵素です。PROTACはこのE3リガーゼを標的のすぐ隣に強引に連れてくることで、本来は分解されないはずの病気のタンパク質にまで目印を付けさせます。標的・PROTAC・E3リガーゼが手をつないだ状態を三者複合体と呼び、これがしっかり安定して作られるほど、分解がうまく進みます。

3. 分子設計のパラドックス:なぜ「飲み薬」にしにくいのか

PROTACは画期的ですが、実用化の最大の壁が「分子が巨大すぎる」ことでした。2つのリガンドとリンカーをつないだ結果、分子量はおよそ700〜1500に達します。経口薬の設計指針である「リピンスキーのルール・オブ・ファイブ(Ro5)」を大きく超え、低分子と抗体の中間にあたるbRo5(beyond Rule of 5)という化学空間に属します[3]。一般に分子が大きく極性が高いと水には溶けやすくなりますが、細胞膜を通り抜けにくくなり、飲み薬として吸収されにくくなります。

💡 用語解説:カメレオン性(環境で姿を変える性質)

優れたPROTACは、周りの環境に合わせて自分の“かたち”を変えます。血液や細胞内の水っぽい環境では、大きく広がった姿になって水になじみ、よく溶けます。一方、細胞膜という油っぽい環境に入る瞬間だけは、分子内で水素結合を作ってコンパクトに折りたたまり、極性の高い部分を内側に隠して「小さな油になじむ分子」に化けます。このカメレオンのような変身能力が、巨大なPROTACが膜を通り抜けるカギだと考えられています[3]。

このカメレオン性や分解効率を左右するのがリンカー(ひも)です。リンカーは単なる“つなぎ目”ではなく、膜透過性と三者複合体の安定性を決める独立した設計要素です。代表的な3タイプを整理します。

リンカーの種類 特徴 長所・短所
PEG(ポリエチレングリコール)鎖 酸素を含み親水性が高い。適度に折れ曲がる「ゴーシュ効果」を持つ。 長所:水に溶けやすく、折りたたみを助けて膜透過を支援。短所:長すぎると極性が高くなりすぎる。
アルキル鎖 炭素と水素だけで疎水性が高く、まっすぐ伸びやすい。 長所:合成しやすく油への馴染みを調整しやすい。短所:長すぎると吸収性が悪化。
剛直なリンカー(ピペラジン・トリアゾール等) 環状構造や芳香環で形を固定する。 長所:結合時の“ゆるみ”を抑え、三者複合体の安定性と選択性を高める。

現在のPROTACではリンカーの約55%がPEG鎖、約30%がアルキル鎖、全体の約65%が両者を組み合わせたハイブリッド構造を採用しているとされ、近年は形を固定する剛直なリンカーで結合の効率を高める設計が主流になりつつあります。

4. フック効果と協同性:「多ければ効く」とは限らない理由

PROTACには、ふつうの薬とは逆の不思議な現象があります。濃度を上げていくと最初は分解がよく進みますが、ある濃度を超えるとかえって効きが落ちてしまうのです。これをフック効果と呼びます。PROTACが多すぎると、1個の分子が標的とE3リガーゼを“橋渡し”する代わりに、それぞれに別々に結合した「二者複合体」が大量にできてしまい、肝心の三者複合体が作られなくなるためです[5]。

フック効果と協同性のイメージ PROTACの濃度(低 → 高) 三者複合体の形成率 フック効果域 協同性が高い設計(効く範囲が広い) 協同性が低い設計(早く失速)

濃度を上げすぎると分解効率が落ちる「釣鐘型」のカーブ。協同性(α)を高く設計すると、ピークが右に広がり平らになって、効く濃度の幅が広がる。

💡 用語解説:フック効果(用量の壁)

薬は「増やすほど効く」のが普通ですが、PROTACはある量を超えると逆に効かなくなるという落とし穴があります。たくさん入れすぎると、PROTACが標的とE3リガーゼをバラバラに独り占めしてしまい、両者をつなぐ「橋渡し役」が成立しなくなるからです。検査の世界で古くから知られる「プロゾーン現象」と同じしくみで、PROTACの効く濃度の幅(治療ウィンドウ)を狭める課題となっています[5]。

💡 用語解説:協同性(α)でフック効果を回避する

協同性とは、片方のタンパク質が結合すると、もう片方が結合しやすくなる“相乗効果”のことです。標的とE3リガーゼがPROTACを介してお互いに気に入る「のりしろ(界面)」を作れると、三者複合体が安定し、高い濃度でもフック効果が出にくくなります。あえて単独の結合力を弱め、三者になったときだけ強く結びつくよう設計する逆転の発想も実証されています[4]。PROTACの設計は「強い阻害剤を2つつなぐ」ことではなく、三者複合体という精密な分子機械を作ることなのです。

5. E3リガーゼ・ツールボックス:CRBN/VHL依存からの脱却

PROTACが急速に普及した背景には、CRBN(セレブロン)とVHLという2つのE3リガーゼに対する、扱いやすいリガンドの存在がありました。現在臨床に入っているPROTACの多くはこのどちらかを使っています。しかし、この限られた“道具箱”への依存は新たな課題も生んでいます[6]。

  • 分解できる範囲の制限:すべての標的がCRBN・VHLとうまく三者複合体を作れるわけではありません。
  • 正常組織への影響:CRBN・VHLは全身に広く存在するため、がん以外の正常細胞でも分解が起こる懸念があります。
  • 獲得耐性:長期投与でがん細胞がE3リガーゼ複合体の部品(CUL4Aなど)を変化させ、分解の仕組みごと無効化することが報告されています。

そこで、ヒトに600種類以上あるとされるE3リガーゼの中から新しいリガンドを探す研究が進んでいます。近年の大きな前進がDCAF1を標的とするリガンドの発見で、DNAコード化ライブラリーと機械学習を組み合わせて高親和性のバインダーが同定されました。CRBNやVHLに耐性が生じた細胞でも、代わりのE3リガーゼを使う次世代PROTACが耐性を打ち破る可能性が示されています[7]。

💡 用語解説:PROTACと「分子糊」はどう違う?

PROTACとよく一緒に語られるのが分子糊(モレキュラーグルー)です。どちらもE3リガーゼを使って標的を分解させる「仲間」ですが、形が違います。

PROTACは、標的とE3リガーゼをリンカーでつないだ大きな「ダンベル型」。一方分子糊は、リンカーを持たない小さな1分子で、E3リガーゼの表面を少し作り変えて、本来くっつかない標的を“のり付け”するように引き寄せます。

分子糊は小さいぶん飲み薬にしやすく、PROTACが抱えるbRo5の問題を回避できる利点があります。サリドマイド系の薬がCRBNを介して新しい標的(ネオ基質)を分解させるのが代表例です。

6. 次世代デリバリー:光・クリック化学で“狙い撃ち”する

PROTACの強力な分解力を、必要な場所・タイミングだけに限定し、副作用や吸収性の課題を解決するための工夫が次々に登場しています[13]。

光制御型PROTAC(PHOTAC)は、光を当てたときだけ活性化するよう設計された分子です。普段は“ふた”をして眠らせておき、腫瘍などの狙った場所に光を当てた瞬間にだけ活性を発揮させたり、波長を変えてオン・オフを切り替えたりできます。これにより、全身に効いてしまう副作用を局所に抑えられます。

💡 用語解説:CLIPTAC(細胞の中で薬を組み立てる)

巨大なPROTACをそのまま飲ませるのではなく、小さな部品を2つに分けて投与し、細胞の中で自動的に合体させて完成させるという発想がCLIPTACです。2つの小さな部品は膜を楽々通り抜け、細胞内で「クリック反応」と呼ばれる高速で正確な化学反応によって結合し、その場でPROTACが完成します。金属触媒も要らず、脳など届きにくい場所への移行性を高められる可能性があり、固形がんや脳の病気への応用が期待されています[8]。

このほか、特定の細胞表面マーカーにくっつくアプタマー(核酸)をPROTACに結合させて腫瘍にだけ届ける方法や、リポソームなどのナノ運搬体を使って体内分布を改善する方法も開発が進んでいます。さらにPROTACの考え方から、リソソームで分解するLYTAC、オートファジーを使うAUTAC、細胞外タンパク質を狙うAbTACなど、新しい分解プラットフォームが次々と派生しています[9]。

7. 臨床開発の最前線:世界初のPROTAC承認薬が誕生

PROTACは概念実証の段階を終え、いよいよ本格的な臨床応用の「収穫期」に入りました。2025年時点で30以上の候補が臨床開発中で、その約75%が飲み薬(経口)として設計されています。これは、前述のカメレオン性やリンカー設計の最適化が臨床レベルで実を結んでいる証拠といえます[9]。

乳がんで世界初のPROTAC医薬品が承認

2026年5月1日、米国FDAはベプデゲストラント(vepdegestrant、商品名VEPPANU)を承認しました。これは世界で初めて承認されたPROTAC(標的タンパク質分解薬)です[10]。エストロゲン受容体(ER)を分解する飲み薬で、適応はESR1遺伝子変異を持つER陽性・HER2陰性の進行・転移乳がん(内分泌療法後)に限定されています。第3相VERITAC-2試験では、ESR1変異を持つ患者群で、従来薬フルベストラントと比べて病勢進行または死亡のリスクを約43%低減させました[10]。承認がESR1変異陽性に絞られている点は、効果が出る患者を遺伝子の変異で見極めて使うという、プレシジョン医療らしい設計を示しています。

薬剤(開発コード) 分解する標的 主な対象 開発状況(2025-2026)
ベプデゲストラント(ARV-471) エストロゲン受容体(ER) ESR1変異の進行乳がん 2026年5月 FDA承認(世界初)
タカブルチデグ(BGB-16673) BTK(チロシンキナーゼ) 慢性リンパ性白血病(CLL)など 第3相試験を実施中
BMS-986365(CC-94676) アンドロゲン受容体(AR) 前立腺がん 第3相試験段階

耐性変異を乗り越える:BTK分解薬

BTKという酵素は慢性リンパ性白血病(CLL)の増殖に欠かせず、BTK阻害薬が標準治療になっています。しかしC481SなどのBTK変異で薬がくぼみにはまらなくなり、効かなくなることが大きな課題でした。BTK分解薬タカブルチデグ(BGB-16673)は、変異の有無にかかわらずBTKタンパクごとをプロテアソームに送り込んで壊します。対ピルトブルチニブの第3相比較試験が進行中です[11]。これは、阻害薬が苦手とする「標的の点変異による耐性」に、分解薬が真っ向から立ち向かう好例です。

がんから自己免疫疾患へ:飲める“抗体級”の薬

2025年以降のもう一つの大きな流れは、PROTACの応用ががんから自己免疫疾患・炎症性疾患へ広がっていることです。これまで重症の自己免疫疾患には注射の抗体医薬が中心でしたが、PROTACは「抗体なみの高い選択性と効果を持つ飲み薬」として、患者さんの生活の質を大きく変える可能性を秘めています。たとえば、長く“薬で狙えない”とされてきた転写因子STAT6を分解する飲み薬や、自然免疫に関わるIRAK4を分解する薬の開発が進んでいます[12]。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【遺伝子の変異が「次の治療」を教えてくれる】

ベプデゲストラントの承認で私が最も注目したのは、適応が「ESR1変異陽性」に絞られたことです。がん薬物療法専門医として、私は同じ乳がんでも遺伝子の状態で効く薬が変わる場面を日常的に見てきました。ESR1変異は、内分泌療法を続けるうちにがんが獲得する“後天的な変異”で、これが出ると従来の薬が効きにくくなります。

分解薬は、その変異したタンパク質ごと消してしまう——つまり「変異を調べる」ことと「分解薬を選ぶ」ことが一本の線でつながります。臨床遺伝専門医として、検査結果をどう治療に橋渡しするか、そして患者さんとご家族にどう丁寧にお伝えするかが、これからますます大切になると感じています。

8. 遺伝学的診断との接続:効果は「遺伝子」で決まる

PROTACは創薬技術の話に見えて、実は遺伝医療と地続きです。なぜなら、PROTACが分解する相手は「遺伝子が作るタンパク質」であり、効くかどうかは遺伝子の変異で決まるからです。たとえばESR1変異やBTKのC481S変異(ミスセンス変異の一種)は、従来薬を効かなくする原因であると同時に、分解薬を選ぶ“目印”にもなります。

💡 用語解説:生殖細胞系列変異と体細胞変異

生殖細胞系列変異は、生まれつき全身の細胞が持つ変異で、子へ受け継がれ得ます。一方体細胞変異は、生まれた後にがん細胞などで後天的に生じる変異です。ESR1変異やBTK C481S変異は多くが体細胞変異で、治療中に新たに獲得されます。だからこそ、一度きりでなく経過の中で繰り返し調べることが、次の治療選択に役立ちます。

こうした体細胞変異を、採血だけで繰り返し調べられるのがリキッドバイオプシーです。血液中に漏れ出した腫瘍由来のDNA(ctDNA)を解析し、ESR1変異などの有無を確認できます。実際、ベプデゲストラントの承認では、ESR1変異を血液で検出するコンパニオン診断(同時に承認された検査)が組み合わされました。治療効果や再発のモニタリングにはリキッドバイオプシーforモニターのような検査も活用されます。

また、ER陽性乳がんの一部は遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)など生まれつきの遺伝的素因と関わることがあります。ご本人やご家族の発症リスク、検査をどこまで行うか、結果をどう受け止めるかは、答えが一つではありません。臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングでは、こうした情報を中立な立場でお伝えし、決めるのはご本人・ご家族という姿勢を大切にしています。PROTACのような分解薬は、がんが「機能を止める阻害薬」に対して獲得する機能獲得・耐性変異を乗り越える、新しい選択肢の一つです。

9. よくある誤解

誤解①「分解薬があれば阻害薬はもう要らない」

そうとは限りません。阻害薬は小さく作りやすく飲みやすいという大きな利点があります。PROTACは巨大で、設計やフック効果の調整が難しい面もあります。両者は得意分野が異なり、使い分け・補い合いが現実的です。

誤解②「PROTACならどんなタンパク質も壊せる」

分解には、標的とE3リガーゼがうまく三者複合体を作れることが必要です。相性が悪いと分解は進みません。またフック効果という用量の壁もあり、万能ではありません。

誤解③「日本でも今すぐ使える」

世界初のPROTACが承認されたのは米国で、対象も特定の遺伝子変異を持つ乳がんに限られます。多くのPROTACはまだ臨床試験の段階であり、日本での使用可否は薬剤ごとに異なります。最新情報は専門医にご確認ください。

誤解④「PROTACで遺伝病が治る」

PROTACが分解するのは“余分に作られた・働きすぎている”タンパク質です。多くはがんや自己免疫疾患が対象で、生まれつきの遺伝子そのものを書き換える治療ではありません。遺伝子を直す遺伝子治療とは別の技術です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「消す」という発想がひらく未来】

「働きを止める」から「まるごと消す」へ——この発想の転換は、長く薬で狙えなかった標的に道を開き、耐性という長年の壁にも挑む力を持っています。世界初のPROTACが承認されたことは、その第一歩にすぎません。

一方で、フック効果や膜透過性、長期の安全性など未解決の課題も残ります。大切なのは、過度な期待でも過度な不安でもなく、いま何がどこまで分かっているかを正しく知ることです。分子の言葉を読み解き、遺伝子の情報を治療や意思決定にていねいにつなぐ——その橋渡しこそ、臨床遺伝専門医の役割だと考えています。

よくある質問(FAQ)

Q1. PROTACはミネルバクリニックで受けられる治療ですか?

PROTACはがんなどの治療薬・治療技術であり、当院で処方・実施するものではありません。当院の役割は、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングや、がんに関わる遺伝子検査(リキッドバイオプシーなど)を通じて、遺伝子の情報を治療選択や意思決定につなぐお手伝いをすることです。治療そのものは、がん専門の医療機関で行われます。

Q2. ふつうの分子標的薬(阻害薬)とPROTACは何が違いますか?

阻害薬はタンパク質の「働く場所」に居座って機能を止めますが、効き目を保つには高い濃度を維持し続ける必要があります。PROTACは標的に分解の目印を付けてタンパク質ごと消し去り、その後は離れて次々に別の標的を壊しに行くため、少量でも強く効きます。働きを止めるのではなく数を減らすという点が根本的に異なります。

Q3. PROTACと「分子糊」は同じものですか?

どちらもE3リガーゼを使って標的を分解させる仲間ですが、別物です。PROTACはリンカーで2つのリガンドをつないだ大きな分子、分子糊(モレキュラーグルー)はリンカーを持たない小さな1分子で、タンパク質同士を“のり付け”するように近づけます。分子糊は小さいぶん飲み薬にしやすい利点があります。

Q4. なぜPROTACは飲み薬にしにくいのですか?

2つのリガンドとリンカーをつないだPROTACは分子量700〜1500と大きく、経口薬の目安(ルール・オブ・ファイブ)を大きく超える「bRo5」に属します。大きく極性が高いと水に溶けても細胞膜を通り抜けにくくなるためです。これを解決するのが、環境で姿を変える「カメレオン性」やリンカー設計の工夫で、近年は経口PROTACも増えています。

Q5. フック効果とは何ですか?簡単に教えてください

PROTACは「増やすほど効く」わけではなく、ある濃度を超えると逆に効きが落ちる現象があります。これがフック効果です。多すぎると、標的とE3リガーゼをつなぐ“橋渡し役”ではなく、それぞれに別々に結合した分子が増えてしまい、肝心の三者複合体ができなくなるためです。三者複合体を安定させる「協同性」を高めると、この壁を遠ざけられます。

Q6. すでに承認されたPROTACはありますか?

はい。2026年5月に米国FDAが、エストロゲン受容体を分解する飲み薬ベプデゲストラント(VEPPANU)を承認しました。これが世界で初めて承認されたPROTACです。適応はESR1遺伝子変異を持つER陽性・HER2陰性の進行乳がんに限定されています。他の多くのPROTACはまだ臨床試験の段階です。

Q7. PROTACは生まれつきの遺伝病を治せますか?

現時点でPROTACの主な対象は、がんや自己免疫疾患のように「特定のタンパク質が増えすぎ・働きすぎ」ている病気です。生まれつきの遺伝子そのものを書き換えるわけではないため、遺伝子治療とは別の技術です。ただし、原因タンパク質の量を下げるという発想は、将来的により幅広い疾患への応用が研究されています。

Q8. PROTACが効くかどうかは遺伝子検査でわかりますか?

分解薬の効果は、標的タンパク質の遺伝子変異の状態と関係します。たとえばESR1変異の有無は、採血で行うリキッドバイオプシー(ctDNA解析)で調べられます。こうした変異の多くは治療中に新たに獲得される体細胞変異のため、経過の中で繰り返し調べることが次の治療選択に役立ちます。検査の意味づけは臨床遺伝専門医にご相談ください。

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参考文献

  • [1] What are PROTACs? Mechanisms, advantages, and challenges. Drug Discovery News. [Drug Discovery News]
  • [2] PROTAC: a revolutionary technology propelling small molecule drugs into the next golden age. Frontiers in Oncology. 2025. [Frontiers in Oncology]
  • [3] Molecular properties, including chameleonicity, as essential tools for designing the next generation of oral beyond rule of five drugs. PMC. [PMC11542721]
  • [4] Structural basis of PROTAC cooperative recognition for selective protein degradation. PMC. [PMC5392356]
  • [5] Modeling the Effect of Cooperativity in Ternary Complex Formation and Targeted Protein Degradation Mediated by Heterobifunctional Degraders. PMC. [PMC10125322]
  • [6] The Expanding E3 Ligase-Ligand Landscape for PROTAC Technology. MDPI. [MDPI]
  • [7] New PROTAC Designs for Targeted Protein Degradation in 2021–2025: Novel E3 Ligases and Pre-PROTACs. Journal of Medicinal Chemistry. [ACS JMC]
  • [8] Recent Advances in the Development of Pro-PROTAC for Selective Protein Degradation. PMC. [PMC12473374]
  • [9] PROTACs in 2025: from the laboratory concept to clinical reality. Future Medicinal Chemistry. [Future Med Chem]
  • [10] FDA approves vepdegestrant for ER-positive, HER2-negative, ESR1-mutated advanced or metastatic breast cancer. U.S. Food and Drug Administration. 2026. [FDA]
  • [11] CaDAnCe-304: A Study to Evaluate the Safety and Efficacy of BGB-16673 Compared to Pirtobrutinib in R/R CLL/SLL (NCT06973187). ClinicalTrials.gov. [ClinicalTrials.gov]
  • [12] Kymera Therapeutics Announces Second Quarter 2025 Financial Results and Provides a Business Update. Kymera Therapeutics. [Kymera IR]
  • [13] Prodrug Strategy for PROTACs: High Efficiency and Low Toxicity. PMC. [PMC12177783]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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