目次
- 1 1. 標的タンパク質分解(TPD)とは:「止める」から「壊す」へのパラダイム転換
- 2 2. 仕組みの土台:細胞の“ゴミ処理システム”を借りる
- 3 3. PROTAC(プロタック):2つをつなぐ「分解誘導キメラ」
- 4 4. 分子接着剤(モレキュラーグルー):偶然の発見から合理設計へ
- 5 5. 次世代モダリティ:細胞の外も、巨大なゴミも壊す
- 6 6. 何を狙うのか:アンドラッガブル標的と遺伝病の接点
- 7 7. 2025〜2026年の臨床最前線:概念実証から実用化へ
- 8 8. 残された課題:耐性・選択性・薬物動態
- 9 9. 遺伝学的診断とのつながり:TPDは「診断」が前提になる
- 10 10. よくある誤解
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
- 13 関連記事
📍 クイックナビゲーション
これまでの薬は、病気の原因となるタンパク質に「フタをして働きを止める」のが基本でした。しかし、ヒトのタンパク質の約8割は、薬がはまり込む“穴”を持たない「アンドラッガブル(創薬困難)」な標的とされてきました。これに対し、標的タンパク質分解(TPD)は、細胞がもともと備えている“ゴミ処理システム”を借りて、原因タンパク質を丸ごと壊して消してしまうという、まったく新しい発想の治療戦略です。2026年現在、最初の薬が承認審査の段階に到達し、創薬の景色を変えつつあります。本記事では、その仕組みから2026年の臨床最前線、そして遺伝子診断とのつながりまでを、臨床遺伝専門医がやさしく解説します。
Q. 標的タンパク質分解(TPD)とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. 病気の原因となるタンパク質を「阻害(働きを止める)」のではなく、細胞のゴミ処理機構(ユビキチン・プロテアソーム系やオートファジー)を利用して「分解・除去」する治療戦略です。薬がはまる穴を持たないアンドラッガブルな標的にも対応でき、わずかな薬の量で多数のタンパク質を壊し続けられる点が特長です。2025〜2026年にはPROTAC(プロタック)として初めてPhase 3で有効性を示した薬が承認審査に入りました。ただし多くはまだ臨床試験段階の治療技術です。
- ➤2つの主役 → PROTAC(2つをリンカーでつなぐ)と分子接着剤(のりのように直接くっつける)
- ➤次世代技術 → 細胞外を狙うLYTAC、巨大な凝集体も壊すAUTAC/ATTEC、抗体で送り届けるDAC
- ➤何を狙うか → 転写因子など「アンドラッガブル」な原因タンパク質を解放
- ➤臨床の今 → 乳がん・前立腺がん・白血病・多発性骨髄腫・炎症性疾患で開発が加速
- ➤未解決の課題 → 後天的な薬剤耐性・標的以外への影響・薬物動態の最適化
1. 標的タンパク質分解(TPD)とは:「止める」から「壊す」へのパラダイム転換
これまでの低分子医薬は、長らく「占有駆動型(オキュパンシー・ドリブン)」という考え方に立っていました。これは、酵素の活性部位のような“はっきりした穴”に薬が強く・長く結合し続け、そのタンパク質の働きを物理的にブロックするという発想です[4]。しかしこの方法には大きな限界があります。ヒトのタンパク質のおよそ8割は、薬がはまり込む明確なポケットを持たない「アンドラッガブル(創薬困難)」な標的とされてきました[3]。転写因子や、複数のタンパク質をつなぎとめる足場(スキャフォールド)タンパク質などが、その代表例です。
これに対してTPDは、根本的に異なる「イベント駆動型(イベント・ドリブン)」の発想に立ちます。標的の働きを“止める”のではなく、細胞が本来持っている分解システムを人為的に呼び寄せて、原因タンパク質そのものを破壊して消し去るのです[4]。この違いは、想像以上に大きな意味を持ちます。
💡 用語解説:アンドラッガブル(創薬困難)標的
従来の低分子薬で狙うのが難しいタンパク質のことです。薬は通常、タンパク質表面の深い“くぼみ”にはまり込んで効きますが、転写因子のように表面がのっぺりしていたり、活性部位が広すぎたりすると、薬が引っかかる場所がありません。こうした標的は長年「薬にできない」と考えられてきましたが、TPDでは「分解シグナルを伝えられる程度に一瞬触れられればよい」ため、浅いくぼみへの弱い結合でも創薬の入り口になります[3]。
TPDの利点は大きく3つあります。第一に、結合場所が活性部位である必要がないため、これまで手の届かなかったタンパク質群を創薬の対象に解放できます。第二に、タンパク質が細胞内から物理的に消えるため、酵素としての働きだけでなく、「足場としての役割」や複合体の一部としての機能まで丸ごと失わせられます。第三に、TPD分子は“使い捨て”ではなく触媒のように繰り返し働きます。1分子が標的を分解経路へ送り込んだあと、解離して次の標的にとりかかれるため、ごく少量でも多数のタンパク質を壊し続けられるのです。
💡 用語解説:触媒的(サブストイキオメトリック)
「化学量論的(ストイキオメトリック)」とは、薬1個に対して標的1個を1対1で相手にすること。一方、「サブストイキオメトリック」とは、薬の数より多くの標的を相手にできることを意味します。TPD分子は標的を分解装置に手渡したら自分は外れて再利用されるため、少ない薬の量で何度も働けます。これが、従来の阻害薬にはない「効率の良さ」につながっています。
図:阻害薬は標的の“働き”を止めるだけで本体は残るが、TPDは標的に分解の目印(ユビキチン)を付け、細胞の分解装置へ送り込んで本体ごと消し去る。
2. 仕組みの土台:細胞の“ゴミ処理システム”を借りる
TPDを理解する鍵は、私たちの細胞がもともと持っている2つの分解ルートにあります。1つはユビキチン・プロテアソーム系(UPS)、もう1つはオートファジーです。実は細胞内のタンパク質の8割以上は、UPSによって日常的に分解・入れ替えられています[3]。TPDは、この強力な“廃棄システム”を、本来は壊さないはずの原因タンパク質へと向け直す技術なのです。
💡 用語解説:ユビキチン・プロテアソーム系(UPS)
細胞の中の“ゴミ処理ライン”です。不要になったタンパク質には、ユビキチンという小さな目印が鎖状にいくつも付けられます(ユビキチン化)。この“ポリユビキチン鎖”という目印を、プロテアソームという筒状の分解装置が読み取り、タンパク質を短いかけら(ペプチド)にまで切り刻みます。目印付けはE1→E2→E3という3種類の酵素のリレーで進み、最後のE3が「どのタンパク質を壊すか」を選ぶ司令塔の役割を担います。
PROTACも分子接着剤も、この最終段階を担うE3ユビキチンリガーゼを、原因タンパク質のすぐそばに無理やり呼び寄せる点が共通しています。臨床で使われるE3リガーゼは、現状ほぼセレブロン(CRBN)またはVHLの2種類に集中しています[5]。
💡 用語解説:E3リガーゼ/セレブロン(CRBN)
E3ユビキチンリガーゼは、「どのタンパク質にユビキチンの目印を付けるか」を決める“仕分け係”の酵素です。ヒトには600種類以上あるとされますが、TPD薬の多くはセレブロン(CRBN)という1種類に集中しています。CRBNは、後で出てくるサリドマイド系の薬が結合する相手としても有名です。詳しくはセレブロン/E3リガーゼの解説ページもご覧ください。
3. PROTAC(プロタック):2つをつなぐ「分解誘導キメラ」
PROTAC(Proteolysis Targeting Chimera)は、TPDの中で最も臨床応用が進んだ技術です。構造はとてもシンプルで、①原因タンパク質に結合する部分と②E3リガーゼに結合する部分を、③適度な長さと柔らかさを持つリンカー(つなぎ)で連結した、2つの手を持つ分子です[4]。PROTACが両者に同時に結合すると、原因タンパク質とE3リガーゼが物理的に近づいた「三者複合体」ができ、E3が原因タンパク質にユビキチンの目印を付け、プロテアソームが分解します。
💡 用語解説:三者複合体(ターナリー・コンプレックス)
「原因タンパク質」「TPD分子」「E3リガーゼ」の3つが一時的にくっついてできる集合体のことです。この3つがうまく寄り添えるかどうかが、分解がしっかり進むかを左右します。PROTACではリンカーの長さや柔らかさが、この三者の“相性”を決める設計上の最重要ポイントになります。
PROTACの最大の魅力は、設計の自由度(モジュール性)です。原因タンパク質に結合する“手”は、既存の阻害薬やその誘導体をそのまま流用できることが多く、結合のリガンドさえ見つかれば、理論上どんなタンパク質に対しても分解薬を設計できます[3]。既存の阻害薬をPROTAC化することで、かえって選択性(狙ったタンパク質だけに効く性質)が高まる例も数多く報告されています。
図:PROTACはリンカーで2つをつなぐため分子量が大きくなりやすい。分子接着剤は小さく、E3と標的の界面を直接“接着”するため、薬らしさ(経口吸収など)に優れる。
一方で、課題もあります。2つの結合部とリンカーを抱えるため、PROTACの分子量はふつう700〜1000以上に達し、飲み薬の目安とされる「リピンスキーの法則(分子量500未満など)」を大きく超えます[1]。これが、経口での吸収のしにくさや体内分布の難しさにつながります。さらに、薬の濃度が高くなりすぎると「フック効果」という現象で、かえって分解効率が落ちることも知られています。
💡 用語解説:フック効果(Hook Effect)
薬の濃度を上げれば上げるほど効く、とは限らない、というPROTAC特有の現象です。薬が多すぎると、原因タンパク質とE3リガーゼがそれぞれ別々のPROTAC分子に結合してしまい、3つがうまく寄り添った三者複合体ができにくくなります。その結果、分解効率が落ちます。釣り針(フック)のような形のグラフになることからこう呼ばれ、臨床での最適な用量設定を難しくする要因です。
4. 分子接着剤(モレキュラーグルー):偶然の発見から合理設計へ
分子接着剤(Molecular Glue Degrader:MGD)は、PROTACよりずっと小さい(多くは分子量500未満)一本道の小分子です。リンカーで2つをつなぐのではなく、E3リガーゼの表面にくっついてその形をわずかに変え、「のり(glue)」のように原因タンパク質を直接E3に接着させるのが特長です[5]。
最大のポイントは、分子接着剤そのものは原因タンパク質に強く結合する必要がない点です。そのため、本当にとっかかりのない“究極のアンドラッガブル”標的にも有効です。さらにPROTACのフック効果を示さず、用量反応が予測しやすく、経口吸収も良いという、従来の飲み薬に近い扱いやすさを持ちます[1]。
歴史的に、分子接着剤の発見は偶然(セレンディピティ)に頼ってきました。しかし近年は、ハイスループットスクリーニング・構造生物学・人工知能(AI)の進歩により、合理的・系統的に設計する時代へと移行しています[5]。たとえばMonte Rosa Therapeutics社のAI駆動プラットフォーム「QuEEN™」は、CRBNを再プログラムするよう設計された1万以上の独自分子ライブラリと化学プロテオミクス検証を統合し、CRBNに適合し得るタンパク質がヒトプロテオーム全体で1,600以上計算予測されるなど、治療標的の空間が劇的に広がっています[5]。
5. 次世代モダリティ:細胞の外も、巨大なゴミも壊す
🔍 関連記事:オートファジーの仕組み/アポトーシス(プログラム細胞死)
PROTACと分子接着剤は細胞内のUPSを使うため、狙えるのは細胞質や核の中のタンパク質に限られます。しかし病気の原因には、細胞表面の受容体や、外へ分泌されるタンパク質、さらにはPROTACでは手に負えない巨大な凝集体も少なくありません。これらを壊すために、リソソームやオートファジーを使う次世代技術が急速に発展しています。
LYTAC:細胞の“外”を狙い、臓器を選ぶ
💡 用語解説:LYTAC(リソソーム標的キメラ)
細胞表面のタンパク質や分泌タンパク質を、細胞膜にある“運び屋の受容体”と橋渡しして、まるごと細胞内へ取り込ませ、リソソーム(強い酸と消化酵素を持つ分解袋)で消化させる技術です。PROTACが届かない“細胞の外”を狙えるのが画期的です。
第一世代のLYTACは、全身の細胞に広く存在するマンノース-6-リン酸受容体(CI-M6PR)を運び屋に使い、EGFR・PD-L1・アポリポタンパク質E4・CD71などの分解に成功しました[6]。しかし、運び屋が全身にあると正常組織まで影響を受ける恐れがあります。そこで開発されたのが「GalNAc-LYTAC」です。肝臓の肝細胞に特異的に多いアシアロ糖タンパク質受容体(ASGPR)を運び屋に使うことで、肝臓だけで分解を起こす“臓器を選ぶ”設計が可能になり、毒性を抑えつつ効果を高める重要な戦略となっています[6]。
AUTAC・ATTEC:巨大な凝集体や異常オルガネラを丸ごと
細胞の大規模な“自食作用”であるオートファジーを使うのがAUTACとATTECです。AUTACは標的にK63型のポリユビキチン化を起こしてオートファゴソーム(二重膜の袋)に包ませ、ATTECはユビキチン化の段階を飛ばして標的をオートファゴソームの目印(LC3)に直接結びつけます。これらの技術の真価は、単一のタンパク質だけでなく、異常なミトコンドリアや脂質滴、PROTACでは歯が立たない巨大なタンパク質凝集体まで丸ごと壊せる点にあります。神経変性疾患で問題になるアミロイド斑やタウ凝集体の除去への応用が期待されています。
DAC:抗体で“狙った細胞だけ”に送り届ける
💡 用語解説:DAC(デグレーダー抗体複合体)
抗体薬物複合体(ADC)の発想をTPDに持ち込んだ技術です。がん細胞の表面の目印を狙う抗体に、PROTACや分子接着剤などの分解誘導分子(ペイロード)をつなぎ、抗体が目印を見つけて細胞内に取り込まれた後にだけ分解薬を放出します。これにより、狙ったがん細胞だけで分解を起こし、正常組織への副作用を抑えることが期待されます。
DACの治療ポテンシャルは大きな投資を呼び込んでいます。2026年にはJohnson & Johnsonが独自のDACプラットフォームを持つFirefly Bio社の買収契約を締結し、RocheとC4 Therapeuticsもデグレーダー・ペイロードの共同開発で提携を拡大しました[11]。臨床では、CD33という目印を狙いGSPT1を分解するDAC(BMS-986497、旧ORM-6151)が急性骨髄性白血病などを対象にPhase 1で進行中です[13]。一方で、かつて先頭を走っていたHER2標的のDAC(ORM-5029)は開発が中止されており、薬物抗体比(DAR)の最適化や、巨大なペイロードの凝集対策、体内で正確に切れるリンカーの設計など、実用化に向けた工学的なハードルの高さも示されています[13]。
6. 何を狙うのか:アンドラッガブル標的と遺伝病の接点
TPDが本領を発揮するのは、従来の阻害薬では歯が立たなかった標的です。その代表が転写因子です。転写因子は遺伝子のスイッチを操る重要なタンパク質で、がんや発達障害の鍵を握りますが、薬のはまる穴を持たないため「薬にできない」典型でした。タンパク質ごと消してしまうTPDは、この壁を越える有力な手段になります。
遺伝病の観点で重要なのは、「そのタンパク質を減らしてよいかどうか」という視点です。病気には、タンパク質が余計な悪い働きを“獲得”して起こるタイプ(機能獲得型変異)と、タンパク質が足りなくなって起こるタイプ(ハプロ不全)があります。TPDが向いているのは前者です。有害な働きを持つタンパク質や、過剰に増えたがんタンパク質を“減らす・消す”ことが治療になるからです。
💡 用語解説:機能獲得型変異とミスセンス変異
機能獲得型変異は、タンパク質が「新たに悪い働き」や「強すぎる働き」を獲得してしまう変異です。逆にハプロ不全は「働きが足りない」ことで起こる病気で、こうした標的を無理に減らすのは逆効果になりかねません。
ミスセンス変異とは、遺伝子のたった1文字の変化でタンパク質を構成するアミノ酸が別のものに置き換わる変異です。多くの機能獲得型変異はこのミスセンス変異によって生じ、「どの変異か」によってタンパク質をどう扱うべきかが変わってきます。
このように、TPDを賢く使うには「原因タンパク質を消すことが利益になるのか、害になるのか」を遺伝子レベルで見極める必要があります。だからこそ、遺伝子診断と分子病態の理解が、TPDの前提となるのです。
7. 2025〜2026年の臨床最前線:概念実証から実用化へ
2026年現在、TPDは「分解できるか」という概念実証の段階を終え、「どう安全に患者へ届けるか」という実用化のフェーズに入っています[2]。対象も血液がんから固形がんへ、さらに中枢神経・自己免疫・炎症性疾患へと急速に広がっています。
乳がん:PROTACとして初めてPhase 3で有効性を示す
最も注目を集めたのが、エストロゲン受容体(ER)を分解するPROTAC「ベプデゲストラント(vepdegestrant/ARV-471)」です。ER陽性・HER2陰性の進行乳がんを対象にしたPhase 3試験(VERITAC-2)で、ESR1遺伝子に変異のある集団において、標準治療フルベストラントと比べ無増悪生存期間(病気が進行せず安定している期間)を有意に延長しました(5.0か月 対 2.1か月、ハザード比0.57)[7]。この成果はPROTACとして初めてPhase 3で臨床的有効性を示した歴史的データとして、NEJM誌に同時掲載され、米国で承認審査に入りました[7]。
VERITAC-2:ESR1変異のある乳がんでの無増悪生存期間(中央値)
病気が進行せず安定していた期間が長いほど良い
ベプデゲストラント
(ERを分解するPROTAC)
フルベストラント
(従来の標準治療)
ハザード比0.57(ESR1変異群)。ただし全体集団では統計学的な有意差には達しておらず、効果が確認されたのはESR1変異のある患者群です。
なお、効果が確認されたのはESR1変異のある集団に限られ、全体(intent-to-treat)集団では統計学的な有意差には達していません[7]。この“どの患者で効くか”の線引きこそ、TPDを臨床で活かすうえで欠かせない視点です。前立腺がんでは、アンドロゲン受容体(AR)を分解するPROTAC「BMS-986365」が転移性去勢抵抗性前立腺がんを対象にPhase 3を開始しています。2025年8月時点で30を超えるPROTACが臨床開発段階に入り、その約75%が経口薬として開発されている点も、かつての最大の弱点が克服されつつあることを示しています[1]。
白血病:BTKを「壊す」薬が耐性の壁を越える
慢性リンパ性白血病(CLL)では、ブルトン型チロシンキナーゼ(BTK)を分解する経口薬「ベキソブルチデグ(bexobrutideg/NX-5948)」が、既存のあらゆるBTK関連薬に抵抗性となった“極めて治療が難しい”患者群でも高い奏効率を示しました。これを受け、Roche社とNurix社は2026年6月に共同開発・販売の大型提携を結び、2026年夏にCLLの二次治療を対象としたPhase 3を開始予定です[8]。同じBTK分解薬のBGB-16673も、Phase 1/2段階ながら約85%という高い奏効率を報告しています。これらは、阻害薬では避けられなかった薬剤耐性を「分解」で乗り越えられる可能性を示すものです。
炎症・自己免疫:飲み薬で“司令塔”を消す
分子接着剤の分野では、Monte Rosa社のNEK7を標的とする経口薬「MRT-8102」が、心血管リスクの高い被験者を対象にしたPhase 1で、強力な炎症マーカーであるCRPを中央値で85%低下させ、被験者の94%が低リスクの目安「2 mg/L未満」を達成しました[10]。免疫・炎症領域ではKymera社が、IRAK4を分解する次世代薬KT-485や、STAT6を分解するKT-621の開発を進めています(第一世代のIRAK4分解薬KT-474は、より選択性・力価が高い第二世代を優先する判断により開発が見送られました)[9]。また、多発性骨髄腫の治療を変革してきたサリドマイド系の流れをくむ次世代分子接着剤(CELMoD:メジグドミド、イベルドミドなど)も大規模なPhase 3が進行中です[5]。
8. 残された課題:耐性・選択性・薬物動態
目覚ましい成果の一方で、TPD特有の課題も明確になってきました。最大の懸念は後天的な薬剤耐性です。従来の阻害薬への耐性は主に標的タンパク質自身の変異で生じますが、PROTACなどのデグレーダーでは、薬が頼るE3リガーゼ(CRBNやVHL)の発現を、がん細胞が意図的に減らすことで生じることが確認されています[12]。E3リガーゼが減ると三者複合体ができなくなり、分解が止まってしまうのです。耐性が出たときにE3リガーゼを別の種類に切り替える戦略や、E3のレパートリーを広げる研究が急務となっています。
加えて、臨床で使われるPROTAC・分子接着剤の大多数がCRBNに偏っているため、E3リガーゼの多様性が乏しいことも課題です。CRBNはもともと多様な基質に結合しうる性質を持つため、意図しない正常なタンパク質まで分解してしまう標的外毒性のリスクがあります[12]。さらに、試験管内の分解力(DC50)が優れていても、体内での最大分解効果(Dmax)や分解の速さが不十分だと効果は続きません。今後は、化学合成・分解アッセイ・体内動態の最適化・構造解析を統合した横断的な開発プラットフォームが不可欠とされています[2]。
9. 遺伝学的診断とのつながり:TPDは「診断」が前提になる
🔍 関連記事:遺伝カウンセリングとは/臨床遺伝専門医とは
ここで強調しておきたいのは、TPDは「検査」ではなく「治療技術」であり、その多くがまだ臨床試験〜一部承認審査の段階にあるということです。当院(ミネルバクリニック)が行うのは、TPDそのものの治療ではなく、遺伝子・分子の診断と、その結果をどう受け止めるかを一緒に考える遺伝カウンセリングです。では、TPDと遺伝診療はどこでつながるのでしょうか。
答えは、「標的を特定するのは、遺伝子診断の役割だから」です。どのタンパク質が病気を駆動しているのか、それは機能を獲得した有害なタンパク質なのか、それとも足りないことが問題なのか——この見極めなくして、「消すべきか/残すべきか」は決められません。遺伝子診断が標的を照らし出し、TPDのような治療がその産物に介入する。診断と治療は、こうして地続きにつながっています。
そして、新しい治療の選択肢が増えるほど、「自分や家族にとって何が最善か」を中立的に整理する場としての遺伝カウンセリングの重要性が増します。当院は特定の治療を勧める立場ではなく、情報提供者として、最新の知見を整理し、決定はご本人・ご家族に委ねるスタンスを大切にしています。詳しくは臨床遺伝専門医とはのページもご覧ください。
10. よくある誤解
誤解①「TPDはもう一般の病院で受けられる治療だ」
多くのTPDはまだ臨床試験〜一部承認審査の段階です。長年使われてきたサリドマイド系(分子接着剤)など一部を除き、広く使える確立した治療ではありません。最新情報として捉えるのが正確です。
誤解②「タンパク質を壊すなら、何でも狙える」
減らしてよいのは、主に有害な働きを持つ・過剰なタンパク質です。もともと足りないことが原因の病気(ハプロ不全)の標的を減らすのは逆効果になりかねません。「壊す価値があるか」の見極めが前提です。
誤解③「分解薬は耐性が出ない」
阻害薬とは仕組みが違いますが、薬が頼るE3リガーゼをがん細胞が減らすことで耐性が生じることが確認されています。耐性ゼロではなく、耐性の“出方”が違うと理解するのが正確です。
誤解④「PROTACは分子接着剤の劣化版だ」
両者は得意分野が異なります。PROTACは設計の自由度が高く既存薬を流用しやすい一方、分子接着剤は小型で飲み薬に向きます。優劣ではなく、標的に応じて使い分ける関係です。
よくある質問(FAQ)
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参考文献
- [1] PROTACs in 2025: from the laboratory concept to clinical breakthrough. Future Medicinal Chemistry (Taylor & Francis). [Taylor & Francis]
- [2] Targeted Protein Degradation in Q1 2026: Industry Trends and How Integrated Platforms Accelerate Degrader Development. WuXi AppTec. [WuXi AppTec]
- [3] Targeted Protein Degradation: A Promise for Undruggable Proteins. PMC. [PMC8286327]
- [4] PROTACs and Molecular Glues – drugging the ‘undruggable’. AstraZeneca. [AstraZeneca]
- [5] A Novel Paradigm for Targeting Challenging Targets: Advancing the Discovery of Molecular Glue Degraders. PMC. [PMC12898511]
- [6] LYTACs that engage the asialoglycoprotein receptor for targeted protein degradation. PMC. [PMC8387313]
- [7] Vepdegestrant (ARV-471) vs Fulvestrant: Phase 3 VERITAC-2 Results (ASCO 2025 / NEJM). Arvinas / Pfizer. [Arvinas IR]
- [8] Roche announces global collaboration with Nurix Therapeutics to co-develop bexobrutideg (BTK degrader). Roche. 2026. [Roche]
- [9] Kymera Therapeutics Announces Sanofi IRAK4 Collaboration Update (KT-485 / KT-474). Kymera Therapeutics. [Kymera IR]
- [10] Monte Rosa Therapeutics Announces Positive Interim Phase 1 Data of MRT-8102 (NEK7 degrader). Monte Rosa Therapeutics. [Monte Rosa IR]
- [11] Johnson & Johnson to Acquire Firefly Bio, Inc. to Expand Oncology Pipeline with Novel Degrader Antibody Conjugate Platform. Johnson & Johnson. [J&J Investor]
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- [13] DAC (Degrader-Antibody Conjugates): Next Generation of Targeted Therapies. Huateng. [Huateng]



