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ラブドイド腫瘍素因症候群2型(RTPS2)とは|SMARCA4遺伝子変異による遺伝性腫瘍を遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

ラブドイド腫瘍素因症候群2型(RTPS2)は、SMARCA4という遺伝子の生まれつきの変化によって、若い女性の卵巣がん(SCCOHT)や、乳幼児ではまれにラブドイド腫瘍などのリスクが高まる、まれな遺伝性のがん素因症候群です。とても珍しい病気ですが、その根っこにある「SWI/SNFというしくみの崩れ」は、成人の肺・胸部のがんや子宮の肉腫にも共通する重要なテーマです。ですからRTPS2を理解することは、SMARCA4というひとつの遺伝子がかかわる病気の全体像を知ることにもつながります。本記事では、原因・遺伝のしかた・起こりうる腫瘍・発症前の見守り(サーベイランス)・最新の治療までを、遺伝専門医の視点でやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約20分
🧬 SMARCA4・ラブドイド腫瘍・SCCOHT
臨床遺伝専門医監修

Q. ラブドイド腫瘍素因症候群2型(RTPS2)とは、どんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです

A. RTPS2は、SMARCA4遺伝子の生まれつきの機能喪失変化によって、悪性度の高い腫瘍を発症しやすくなる、常染色体顕性(優性)の遺伝性がん素因症候群です。RTPS2で関連が明確なのは、若い女性の卵巣小細胞癌・高カルシウム血症型(SCCOHT)と、乳幼児にまれに生じる非定型奇形腫様/ラブドイド腫瘍(ATRT)です。腎外ラブドイド腫瘍など、その他の腫瘍のリスクは現時点で明確でないとされています。同じSMARCA4でも、変化のタイプによっては別の病気(コフィン・シリス症候群4型)になります。浸透率(変化を持つ人が実際に発症する割合)は不完全で、変化を持ちながら生涯発症しない方もいます。

  • 原因遺伝子 → 19番染色体上のSMARCA4。遺伝学的に確認されたRTPSのうちSMARCA4関連は少数(報告によりおよそ5〜15%)で、大多数はSMARCB1によるRTPS1
  • 起こる腫瘍 → 関連が確立しているのはSCCOHTとまれなATRT。SMARCA4欠損との関連が報告されている腫瘍として子宮のSDUSなどがある
  • 遺伝形式 → 常染色体顕性(優性)。子に受け継がれる確率は1回の妊娠あたり50%。ただし浸透率は不完全
  • 発症前の見守り → 乳幼児期は3か月ごとの脳MRI・腹部エコーなどが専門家により提唱されている
  • 最新の治療 → EZH2阻害薬やSMARCA2を狙う合成致死という、SMARCA4欠損に特有の弱点を突く分子標的治療の開発が進行中

🧬 ラブドイド腫瘍素因症候群2型(RTPS2)の基本情報

項目 内容
疾患名 ラブドイド腫瘍素因症候群2型(和名)/Rhabdoid Tumor Predisposition Syndrome 2(英名)/略称 RTPS2
原因遺伝子 SMARCA4(別名 BRG1/BAF190A)/19番染色体短腕(19p13.2)
遺伝形式 常染色体顕性(優性)遺伝。浸透率は不完全(発症しない保因者が存在する)
OMIM表現型番号 #613325(RHABDOID TUMOR PREDISPOSITION SYNDROME 2; RTPS2)
頻度・報告例数 遺伝学的に確認されたRTPSのうちSMARCA4関連(RTPS2)は少数で、報告によりおよそ5〜15%(残りの約85〜95%はSMARCB1によるRTPS1)とされる。SMARCA4病的バリアントの保因はUK Biobankで女性約0.0038%・男性約0.0100%と報告
主な症状(腫瘍) 関連が確立しているのは若年女性のSCCOHTとまれなATRT。SMARCA4欠損との関連が報告される腫瘍として子宮のSDUSなど。いずれも進行が速く悪性度が高い
診断の決め手 腫瘍でのSMARCA4(BRG1)タンパク質の発現消失+生殖細胞系列のSMARCA4病的バリアントの同定
鑑別すべき疾患 RTPS1(SMARCB1)/コフィン・シリス症候群4型(同じSMARCA4)/未分化子宮内膜癌(UDEC)など
再発率・保因者 保因者の子には1回の妊娠あたり50%で受け継がれる。不完全浸透のため、無症状の保因者が家系内に複数いることがある
検査上の注意 親の血液検査が陰性でも生殖腺モザイクにより複数の子が発症する例がある。がん遺伝子パネル検査の偶発的所見として見つかることもある

各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。

1. ラブドイド腫瘍素因症候群2型(RTPS2)とは ─ 「がんになりやすい体質」を生まれつき持つ状態

RTPS2は、SMARCA4という遺伝子の生まれつきの変化によって、進行の速い悪性腫瘍を発症しやすくなる、まれな遺伝性のがん素因症候群です。まずいちばん大切なことをお伝えすると、これは「生まれつきがんがある」という意味ではなく、がんが発生するリスクがふつうより高い『体質』を持っているという意味です。この違いを理解しておくことが、この病気と向き合ううえでの出発点になります。

ラブドイド腫瘍は、大きく偏った核と豊富な細胞質を持つ特徴的な細胞(ラブドイド様細胞)からなる、乳幼児・小児に多い悪性腫瘍です。かつては腎臓のがんの一種と考えられていましたが、分子遺伝学の進歩により、脳・腎臓・全身の軟部組織など体のあらゆる場所に発生しうる、ひとつづきの悪性疾患群であることが分かってきました。このラブドイド腫瘍を発症しやすい素因(体質)が「ラブドイド腫瘍素因症候群(RTPS)」で、原因遺伝子によって2つに分けられます。SMARCB1遺伝子によるRTPS1が大多数を占め、SMARCA4遺伝子によるものがRTPS2です[1]。RTPS2はRTPS全体では少数で、遺伝学的に確認されたRTPSのうちSMARCA4関連はおよそ5〜15%、SMARCB1関連が約85〜95%とする報告があります[2]。ただしこの割合は報告集団によって異なります。

RTPS2という名前は、2010年に2人姉妹の乳幼児例からSMARCA4の生殖細胞系列変化が同定された報告に由来します[3]。RTPS1と比べたときのRTPS2の際立った特徴は2つあります。ひとつは浸透率が不完全であること(後で詳しく説明します)。もうひとつは、腫瘍のレパートリーが乳幼児のラブドイド腫瘍にとどまらず、若い女性の卵巣小細胞癌・高カルシウム血症型(SCCOHT)という特殊な婦人科がんまで含む点です[1]。この2つを押さえておくと、以降の話がぐっと分かりやすくなります。

ご本人やご家族にとって、この情報がどんな意味を持つかを整理しておきます。RTPS2と診断される、あるいは家系にSMARCA4の病的バリアントが見つかるということは、「今すぐ何かが起きる」わけではなく、どの時期にどの臓器を注意して見守ればよいかが分かるということです。リスクの中身が具体的に分かれば、発症前の見守り(サーベイランス)や予防の選択肢を、落ち着いて計画できます。漠然とした不安を、対応できる課題に変えていくのが、この記事の目的です。

2. SMARCA4遺伝子の働き ─ DNAの「開け閉め」を担うマスタースイッチ

SMARCA4は、細胞の中でDNAの「開け閉め」を調節する巨大な装置(SWI/SNF複合体)の中心部品をつくる、腫瘍抑制遺伝子です。この部品が失われると、細胞は未熟なまま増え続けやすくなります。まずこの「開け閉め」のしくみから見ていきましょう。

わたしたちのDNAは、ヒストンというタンパク質に巻きついて、ぎっしり折りたたまれています。この折りたたまれた状態のままでは、遺伝子を読み取る機械がDNAに近づけません。そこで、必要な場所だけ折りたたみをゆるめて「開く」しくみが必要になります。それがクロマチンリモデリングであり、その主役がSWI/SNF複合体(哺乳類ではBAF複合体とも呼ばれます)です[1]。SMARCA4は、この複合体がDNAを動かすためのエンジン(ATPを分解してエネルギーを生む部分)そのものにあたります。

💡 用語解説:SWI/SNF複合体(BAF複合体)

SWI/SNF複合体は、10〜15個ほどのタンパク質が集まった大きな装置で、ATPのエネルギーを使ってDNAの巻きつき(ヌクレオソーム)をずらしたり外したりします。これによって遺伝子の「読める・読めない」を切り替える、いわば遺伝子発現のマスタースイッチです。SMARCA4(BRG1)はこの装置のエンジン部分で、細胞が正しく分化し、増えすぎないように保つうえで欠かせません。BAF複合体の詳しい解説はこちらをご覧ください。

SMARCA4が完全に働かなくなると、細胞を成熟(最終分化)させたり、増殖を止めたりする遺伝子が物理的に読めなくなります。その結果、細胞は未熟で増殖能の高い「幹細胞のような状態」に留まったまま、悪性化へと進みやすくなります[1]。SMARCA4がなぜ腫瘍抑制遺伝子なのか——それは、この「分化させ、増殖を止める」というブレーキ役を担っているからです。ご本人・ご家族にとっては、「壊れているのは細胞のブレーキ部品であって、体そのものが病気なのではない」というイメージが、理解の助けになると思います。

SMARCA4と関連遺伝子の位置づけ

SWI/SNF複合体には、SMARCA4と入れ替わりで働くもうひとつのエンジン部品SMARCA2(BRM)があります。この「予備のエンジン」の存在が、あとで説明する最新治療(合成致死)の鍵になります。関連する遺伝子を並べると、SMARCA4の個性が見えてきます。

遺伝子 複合体での役割 関連する主な病態
SMARCA4 エンジン(ATPアーゼ)/別名BRG1 生殖細胞系列変異でRTPS2・コフィン・シリス症候群4型。SCCOHTなど
SMARCB1 中核部品(INI1/BAF47) 生殖細胞系列変異でRTPS1・コフィン・シリス症候群3型。悪性ラブドイド腫瘍
SMARCA2 予備のエンジン(ATPアーゼ)/別名BRM 生殖細胞系列変異でニコライデス・バライツァー症候群。SMARCA4欠損がんの治療標的

3. 発症のしくみ ─ 「2つのヒット」とエピジェネティクスの暴走

RTPS2でがんが生じるには、生まれつきの変化(1つめのヒット)に加えて、体の一部の細胞でもう片方の遺伝子が失われる(2つめのヒット)という「2段階」の変化が必要です。これはご家族にとって、「変化を持っていても、それだけでがんになるわけではない」という重要なポイントにつながります。

わたしたちは同じ遺伝子を父方・母方から1本ずつ、計2本持っています。RTPS2の方は、生まれつき片方のSMARCA4に病的な変化を持っています(1つめのヒット)。しかし残る1本が正常に働いていれば、細胞はまだブレーキを保てます。ある細胞で、その残る1本も後天的に失われたとき(2つめのヒット=ヘテロ接合性の消失(LOH)など)に、その細胞は両方のSMARCA4を失って悪性化へ向かいます[1]。これが有名な「Knudsonの2ヒット仮説」で、実際にRTPS2の最初の姉妹例でも、腫瘍組織でSMARCA4の発現が完全に消え、LOHが確認されています[3]

💡 用語解説:ヘテロ接合性の消失(LOH)と2ヒット仮説

ヘテロ接合性の消失(LOH)とは、2本ある遺伝子のうち正常に働いていた側が、細胞のレベルで失われてしまう現象です。腫瘍抑制遺伝子では、1本目が生まれつき壊れていても、2本目が残っていれば発がんを防げます。2本ともが失われて初めてブレーキが完全に外れる——この考え方が「2ヒット仮説」です。だからこそ「変化を持っている=必ずがんになる」ではないのです。

SMARCA4が両方失われると、もうひとつのエピジェネティックな装置とのバランスが崩れます。細胞の中では、SWI/SNF複合体が遺伝子を「開いて活性化する」一方、PRC2(触媒はEZH2)という別の装置が、ヒストンに抑制の印(H3K27me3)を付けて遺伝子を「閉じて抑える」働きをしています。両者は綱引きのように拮抗しており、細胞の正常な分化はこのバランスの上に成り立っています[1]。SMARCA4が失われると綱引きの片側が消え、PRC2/EZH2が暴走して分化を促す遺伝子を過剰に抑え込むようになります[1]。この「バランスの崩れ」こそが、あとで説明するEZH2阻害薬という治療の狙いどころになります。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「変化を持つこと」と「発症すること」は、別の話です】

遺伝性のがん素因と聞くと、「この変化がある=いずれ必ずがんになる」と受け取られる方が少なくありません。けれど実際には、腫瘍抑制遺伝子の変化は「1つめのヒット」にすぎず、発症には2つめのヒットという偶発的な出来事が必要です。ここを曖昧にしたまま説明すると、必要以上の恐怖を背負わせてしまいます。

わたしは臨床遺伝専門医として、この「体質を持つこと」と「実際に発症すること」の距離を、必ず分けてお伝えするようにしています。距離があるからこそ、発症前の見守りや予防という手立てが意味を持ちます。分からないことへの不安は大きいものですが、しくみが分かれば「では何をすればよいか」に変えていけます。正確な輪郭をお渡しすることが、長い目で見ていちばん誠実だと考えています。

4. 遺伝形式と不完全浸透 ─ 「発症しない保因者」がいる理由

RTPS2は常染色体顕性(優性)遺伝で、子には1回の妊娠あたり50%の確率で受け継がれます。ただしRTPS2の大きな特徴は、変化を持っていても発症しない人がいる(浸透率が不完全)ことです。この点が、遺伝カウンセリングでとても重要になります。

SMARCB1によるRTPS1では浸透率が非常に高く、多くが幼少期に発症し、その多くが親から受け継いだのではない新生突然変異(de novo)とされています。一方、SMARCA4によるRTPS2では、報告された多くの患者が、ラブドイド腫瘍やSCCOHTの既往のない親から変化を受け継いでいたことが分かっています[4]。つまり、無症状のまま変化を持ち続ける保因者が家系内に存在しうるのです。RTPS2の名前の由来となった最初の姉妹例でも、健康な父親が同じ変化を持っていました[3]

💡 用語解説:浸透率(しんとうりつ)とは

浸透率とは、ある病的な変化を持つ人のうち、実際にその病気を発症する人の割合のことです。浸透率が100%に近ければ「持っていればほぼ発症する」、不完全(100%未満)なら「持っていても発症しない人がいる」ことを意味します。RTPS2は不完全浸透なので、変化を持つ=必ず発症、ではありません。この性質が、家系のなかに無症状の保因者がいる背景になっています。

浸透率を客観的に推定する試みも進んでいます。SCCOHTが女性にしか起こらず、しかも若くして発症するという特徴を利用し、大規模ゲノムコホートUK Biobankで男女のSMARCA4病的バリアント保有率の差から浸透率を見積もった研究では、保有率は女性で約0.0038%(210,182人中8人)、男性で約0.0100%(179,210人中18人)と報告されました[5]。女性で保有者が少ないのは、SCCOHTを発症して脱落した分と解釈でき、ここからSCCOHTの浸透率が推定されています。別の解析ではこの手法に基づきSCCOHTの浸透率を約62%とする値も示されていますが[6]、コホートや算出方法によって幅があり、確定した数字ではありません。数字が幅を持つこと自体が、「まだ前向きの研究で確かめる必要がある」という現状を正直に映しています。

なお、親の血液検査が陰性でも、複数のきょうだいが発症する例が知られています。これは生殖腺モザイク(親の卵子・精子をつくる細胞の一部だけに変化がある状態)で説明され、遺伝カウンセリングでは慎重な配慮が求められます[4]。ご家族にとって大切なのは、「1人の結果が家系全体の見取り図の入り口になる」という視点です。血縁者がそれぞれ何を確認すべきか、専門家と整理していくことが備えの出発点になります。

5. コフィン・シリス症候群4型との違い ─ 同じ遺伝子で「別の病気」になる理由

同じSMARCA4の変化でも、変化の「タイプ」によって、がん素因(RTPS2)になるか、先天的な発達の症候群(コフィン・シリス症候群4型)になるかが分かれます。これは一見不思議ですが、変化がタンパク質に与える影響の違いで説明できます。

コフィン・シリス症候群4型(CSS4)は、知的障害・発育遅延・粗な顔つき・第5指(小指)の爪や末節骨の低形成などを特徴とする、生まれつきの多発奇形・発達の症候群です。RTPS2との違いは、原因となる変化のタイプにあります。おおまかには、RTPS2はタンパク質が完全に働かなくなる変化ナンセンス変異フレームシフト変異など)で起こり、CSS4は異常なタンパク質がつくられるタイプの変化ミスセンス変異やインフレーム欠失)で起こる傾向があります[4]。RTPS1とRTPS2に共通して、がんリスクと結びつくのは「転写を途中で止めてしまう」タイプの変化が多いことも報告されています[4]

項目 RTPS2(がん素因) コフィン・シリス症候群4型(発達の症候群)
主な変化のタイプ(傾向) 典型的にはナンセンス・フレームシフト・スプライシング異常(完全な機能喪失) 典型的にはミスセンス・インフレーム欠失(異常タンパク質の産生)
主な表れ方 乳幼児のラブドイド腫瘍、若年女性のSCCOHTなど 知的障害・発育遅延・粗な顔つき・第5指の低形成
共通点 どちらもSWI/SNF複合体の働きの乱れが根っこにある。境界は絶対ではなく、両方の性質を示す例も報告されている

ただし、この対応は絶対ではありません。近年、CSSの表現型を示す患者にナンセンス変異が見つかった報告や、軽いコフィン・シリス様の所見を持つ15歳の方が13歳でSCCOHTを発症した「両方の顔を持つ」症例も報告されています[7]。これは、SCCOHT患者の一部に軽微なCSS所見が見逃されている可能性を示す重要な警告です。ご本人・ご家族にとっては、「同じ遺伝子でも表れ方が違いうる」という前提で、専門家と丁寧にすり合わせることが大切だと分かります。

6. RTPS2で起こる腫瘍 ─ 乳幼児から成人まで、共通する「顔つき」

SMARCA4がかかわる腫瘍は場所も年齢もさまざまですが、「SMARCA4(BRG1)タンパク質が免疫染色で完全に消える」という共通の顔つきを持ちます。ここで大切なのは、「RTPS2(生まれつきの素因)との関連が確立している腫瘍」と「SMARCA4欠損との関連が報告されている腫瘍」を分けて理解することです。両者を混同すると、リスクを実際より広く受け取ってしまうためです。順に見ていきましょう。

A. RTPS2との関連が確立している腫瘍(SCCOHT・まれにATRT)

① 卵巣小細胞癌・高カルシウム血症型(SCCOHT)

RTPS2で最も関連が明確なのがSCCOHTです。若い女性に生じるまれで攻撃的な卵巣がんで、詳しくは第7章で解説します。RTPS2の女性保因者にとって、腫瘍リスクの中心はこのSCCOHTだと理解しておくことが、後の予防やサーベイランスの話の土台になります。

② 非定型奇形腫様/ラブドイド腫瘍(ATRT)

ATRTは、主に3歳未満の乳幼児の中枢神経系(脳・脊髄)に発生する、極めて悪性度の高い胎児性腫瘍です。大部分はSMARCB1変異によるもので、SMARCA4変異によるものはごく一部(RTPS2ではまれ)です[1]。SMARCA4によるATRTは発症年齢がさらに低く、進行が速く、予後が特に不良とされます[1]。近年はDNAメチル化・遺伝子発現の解析により、ATRTは3つの分子サブグループ(ATRT-TYR・ATRT-SHH・ATRT-MYC)に分類され、それぞれ好発部位や年齢が異なることが分かっています[8]。どのサブグループでも、SMARCA4(またはSMARCB1)タンパク質の消失を確認することが病理診断の必須条件です。

B. SMARCA4欠損との関連が報告されている腫瘍(子宮のSDUS・成人の胸部腫瘍など)

以下の腫瘍は、SMARCA4の機能喪失という分子の共通点を持ちますが、生まれつきの素因であるRTPS2の典型的な腫瘍として確立したとは言い切れないものです。とくに腎外ラブドイド腫瘍など、RTPS2におけるこれらの発症リスクは現時点では明確でないとされています[1]。多くは後天的な体細胞変異として生じる点も、RTPS2(生殖細胞系列)とは区別が必要です。

SDUSは近年定義された子宮の間葉系腫瘍で、SCCOHTの子宮版とも見なされます。主に閉経前の若い女性に生じ、急速に進行する骨盤内腫瘤と異常な性器出血を呈します。免疫染色でSMARCA4(BRG1)が消失し、SMARCB1(INI1)は保たれることが確定診断の鍵です[9]。最初にこの疾患概念を提唱した報告では、対象例はいずれも侵襲的で、全例が原病死し、生存期間の中央値は7か月(範囲1〜43か月)でした[10]。よく似た未分化/脱分化子宮内膜癌(UDEC)とは区別が必要で、両者を比べた研究では、SDUSはより若年に生じ、TP53変異やマイクロサテライト不安定性を欠き、疾患特異的生存の中央値がSDUS 9か月・UDEC 36か月と、SDUSのほうが予後不良と報告されています[9]。数字は報告によって幅がありますが、いずれも早期診断の重要性を示しています。

成人のSMARCA4欠損胸部腫瘍(多くは体細胞変異)

中高年の重い喫煙歴のある男性に多い、縦隔・胸膜・肺のSMARCA4欠損腫瘍もあります。これらは通常、生まれつきの変化(RTPS2)ではなく後天的な体細胞変異として生じますが、SMARCA4が完全に失われるという分子の姿をSCCOHTやSDUSと共有しています[1]。この点は、「SMARCA4欠損」という共通のしくみが、遺伝性・非遺伝性を問わず幅広いがんに関わることを示しています。治療の話(免疫療法)で改めて触れます。

💡 用語解説:生殖細胞系列変異と体細胞変異のちがい

生殖細胞系列変異は卵子や精子の段階から持っている変化で、体じゅうの細胞に共有され、子に受け継がれる可能性があります。RTPS2はこのタイプです。これに対し体細胞変異は、生まれたあとに体の一部の細胞だけで起こる変化で、子には受け継がれません。

同じ「SMARCA4欠損」でも、成人の胸部腫瘍は多くが体細胞変異、乳幼児のラブドイド腫瘍や一部のSCCOHTは生殖細胞系列変異(RTPS2)が背景にあります。遺伝するかどうかを分けるのはこの違いであり、遺伝カウンセリングで必ず確認すべき点です。

7. SCCOHTと予防 ─ 若い女性の卵巣がんと、難しい選択

SCCOHTは、平均発症年齢がおよそ24歳という、極めて若い女性に生じるまれで攻撃的な卵巣がんです。RTPS2の女性保因者にとって最大の課題であり、現時点で有効な早期発見法が確立していないため、予防のあり方が難しい問題になります。

SCCOHTは、ラブドイド様の小型の未分化細胞が増える腫瘍で、約6割の患者で腫瘍随伴性の高カルシウム血症を伴います[1]。SCCOHTの90%以上でSMARCA4の両アレル性不活化が認められ、そのうち一定割合の患者が生殖細胞系列のSMARCA4病的バリアント(=RTPS2保因者)を持ちます[6]。注目すべきは、SCCOHTのゲノムがSMARCA4以外にほとんど反復的な変異を持たない「驚くほど単純」なものであることで、これはSCCOHTが塩基配列の変異ではなく、純粋にエピジェネティックな配線の乱れで生じることを示唆します[1]。この性質が、後述するEZH2阻害薬という治療の理論的な支えになっています。

予後については、進行が速く再発率が高いため、治療は難しいのが現実です。ただ、フランスの希少婦人科腫瘍ネットワークの前向きコホートでは、完全切除+強力な化学療法に加え、完全奏効が得られた症例に大量化学療法と自家幹細胞救援(HDC-aSCR)による地固め療法を行う集約的な治療戦略が、病期を問わず生存改善と関連したと報告されています[11]。SCCOHTは超希少がんのため大規模なランダム化比較試験による標準治療は確立しておらず、これらは前向きコホートや専門家のコンセンサスに基づく治療戦略という位置づけですが、長期寛解を目指す重要な選択肢として注目されています。

女性保因者の予防として、経腟エコーや腫瘍マーカーによる定期検査でのSCCOHT早期発見は、有効性が科学的に証明されていません[6]。そのため、家族計画を終えた段階や適切な年齢に達した段階でのリスク低減卵巣卵管摘出術(RRBSO)が、専門家により選択肢として挙げられています[5]。ただしRTPS2の浸透率が確定していないこと、そして20代という若さでの卵巣摘出がもたらす早発閉経(骨密度低下や心血管リスク、妊孕性の喪失)という大きな影響を、慎重に天秤にかける必要があります。

💡 用語解説:RRBSO(リスク低減卵巣卵管摘出術)とは

RRBSOは、がんの発症リスクを下げる目的で、症状が出る前に両側の卵巣と卵管を予防的に摘出する手術です。SCCOHTには有効な早期発見法がないため、女性のSMARCA4保因者で選択肢として検討されます。一方で、妊孕性の喪失や早発閉経という重大な影響を伴うため、実施時期の判断には卵子凍結などの妊孕性温存や内分泌の専門家、そして遺伝カウンセリングを交えた、ご本人・ご家族との共同意思決定が欠かせません。

8. 発症前サーベイランス ─ 「速い腫瘍」を早く捕まえるための見守り

RTPS2の腫瘍は極めて早期に発症し、進行も速いため、発症前の見守り(サーベイランス)が重要です。専門家のコンセンサスでは、乳幼児期に高頻度の画像検査が提唱されています。ご家族にとっては、「見守りの計画表」があること自体が、日々の不安を支える具体的なよりどころになります。

SIOPE(欧州小児がん学会)などの専門家ワーキンググループは、SMARCA4病的バリアント保因者に対し、RTPS1に準じた監視を提案しています[4]。腫瘍リスクが最も高い生後〜5歳ごろまでは、脳・脊髄のMRIと腹部・骨盤のエコーを3か月ごとに行うことが提唱されています[12]。エコーは麻酔や放射線被曝を避けられるため、高頻度のスクリーニングに適しています。全身MRIを年1回検討する方針も示されています[12]。がん素因症候群では反復的なCTによる放射線被曝を避けるべきとされ、MRIとエコーが主役になります[12]。ただし、SMARCA4関連のRTPS2に特化した直接的なエビデンスは限られており、これらはRTPS1の管理を参考に提案されている枠組みである点に注意が必要です[4]

▼ 専門家コンセンサスで提案されているサーベイランス例(RTPS1の管理を参考にした枠組み)

年齢層 対象・検査 頻度の目安
診断時〜5歳 脳・脊髄MRI(ATRTのリスク) 3か月ごと
診断時〜5歳 腹部・骨盤エコー(腹部の腫瘍・SCCOHT等の評価)/全身MRIを年1回検討 3か月ごと
若年成人女性〜 SCCOHTリスクの相談・RRBSOの検討(有効な画像スクリーニングは未確立) 家族計画・至適年齢に応じ個別に

この見守りには負担も伴います。麻酔や鎮静を伴う高頻度の画像検査は、身体的・心理的・経済的な負担につながるため、ご家族との継続的な意思決定の共有が大切です。また、SMARCA4変異による非ラブドイド腫瘍(神経芽腫など)に関する定期サーベイランスの有効性を示すエビデンスは、現時点ではありません[12]。ご家族にとって大切なのは、「すべてを網羅する」のではなく「根拠のある見守りに集中する」という考え方です。実際の計画は、担当の小児科・専門施設と相談して立てていくことになります。

9. 最新の治療 ─ SMARCA4欠損の「弱点」を突く分子標的治療

RTPS2はがんになりやすい「素因」であり、RTPS2そのものに対する単一の治療があるわけではありません。発症した腫瘍の種類(ATRT・SCCOHTなど)や病期に応じて、手術・化学療法・放射線療法などが選択されます。加えて近年は、SMARCA4欠損に特有の弱点を狙う分子標的治療の開発が急速に進んでいます。ここは「まだ研究・臨床試験の段階」を含みますが、これまで手立ての少なかった領域に新しい選択肢が生まれつつある、希望のある動きです。

① EZH2阻害薬(タゼメトスタット)

第3章で説明した「SWI/SNFとPRC2の綱引きの崩れ」を逆手に取る戦略です。SMARCA4が失われて暴走したPRC2の触媒EZH2の働きを止めることで、過剰な抑制マークを解除し、抑え込まれていた分化の遺伝子を目覚めさせます。代表薬タゼメトスタットは、SMARCB1欠損のラブドイド腫瘍だけでなく、SMARCA4/SMARCA2の二重欠損を持つSCCOHTの細胞株や移植モデルでも増殖抑制効果が確認され、エピジェネティックな乱れを正す画期的なアプローチとして期待されています[13]。ただし、これは前臨床モデルと初期の段階での知見が中心であり、SCCOHTに対する確立した治療ではない点にご注意ください。

② 合成致死とSMARCA2分解薬(PRT3789)

いま世界的に注目されているのが、予備のエンジンSMARCA2を狙う合成致死という考え方です。SMARCA4を失った腫瘍細胞の一部では、生存を残るSMARCA2に強く依存することが知られています。正常細胞はSMARCA4が働いているためSMARCA2を止めても影響を受けにくい一方、SMARCA4欠損の腫瘍細胞はSMARCA2を止められると打撃を受けやすい——この依存性の差を利用して、腫瘍を選択的に狙う戦略が合成致死です[1]

💡 用語解説:合成致死(synthetic lethality)とは

合成致死とは、2つの遺伝子のうち片方だけが失われても細胞は生きられるのに、両方が同時に失われると生存が難しくなるという関係のことです。がん細胞ではすでにSMARCA4が失われているので、そこにSMARCA2を止める薬を加えると、腫瘍細胞が選択的に打撃を受けやすくなります。正常細胞はSMARCA4が残っているため影響を受けにくいと考えられます。この差を利用するのが合成致死を狙う治療です。

この考え方を薬にしたのが、SMARCA2を選択的に分解するPRT3789です。標的タンパク質を細胞内から分解して消し去るタイプの薬(標的タンパク質分解薬)で、SMARCA2にだけ強く作用するよう設計されています[14]。前臨床では、SMARCA4欠損モデルで強い腫瘍抑制と退縮が示され、正常型モデルには最小限の影響でした[14]。SMARCA4変異を持つ進行固形がんを対象とした第1相試験でも、一部でRECISTに基づく部分奏効が確認されており、現在も臨床開発が進んでいます[14]。まだ承認薬ではありませんが、SMARCA4欠損がんの根っこの弱点を突く新しい流れです。

③ 免疫チェックポイント阻害薬(ICI)

成人のSMARCA4欠損胸部腫瘍などでは、抗PD-1/PD-L1抗体などの免疫チェックポイント阻害薬が長期に奏効した症例が報告され、新たな治療選択肢として注目されています。日本の後方視的コホート研究では、SMARCA4欠損胸部腫瘍にICIを受けた患者の奏効率が42%だったと報告されました[15]。ただし効果は一様ではなく、多くのSMARCA4欠損腫瘍は免疫細胞の乏しい「免疫砂漠」の性質を示し、ICI単剤では抑えきれないことも少なくありません[15]。今後は、PD-L1発現や腫瘍の免疫環境に応じた患者の絞り込みと、化学療法などとの併用が鍵になると考えられます。なお、これらは主に成人の体細胞変異による胸部腫瘍での知見であり、RTPS2の乳幼児腫瘍にそのまま当てはまるわけではない点に注意が必要です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「まだ研究段階」を、正直にお伝えすること】

新しい治療の話は希望をくれますが、「前臨床(細胞や動物の実験)で有望」と「患者さんに使える確立した治療」の間には、まだ距離があります。ここを曖昧にすると、期待が大きすぎて、あとで落胆を招いてしまいます。だからわたしは、EZH2阻害薬も合成致死も、いまどの段階にあるのかを正確にお伝えするようにしています。

それでも、SMARCA4欠損という「共通の弱点」が見つかり、それを狙う薬が次々に臨床試験に入っている事実は、大きな前進です。かつて「有効な治療がない」と言われた領域が、分子のしくみに基づく精密医療へと動いています。わたしはがん薬物療法専門医の資格を持つ立場として、この流れを研究動向として注意深く追い続けています。正確な現在地をお渡しすることが、希望を持ち続けるための土台になると考えています。

10. 検査と遺伝カウンセリングの実際

SMARCA4を調べる場面は、目的によっていくつかに分かれ、調べる検体も結果の意味も変わります。「何のために調べるのか」を最初に整理することが、結果に振り回されないための第一歩です。

腫瘍の診断では、病変組織でSMARCA4(BRG1)タンパク質の発現消失を免疫染色で確認します。一方、遺伝性かどうか(RTPS2かどうか)を調べるには、血液から生殖細胞系列のSMARCA4病的バリアントを探します。近年は、がん遺伝子パネル検査が広がる中で、偶発的所見(もともと調べる目的でなかった所見)としてSMARCA4変異が見つかるケースも増え、その対応が体系化されつつあります[1]。RTPS2が確認された場合は、不完全浸透という性質を踏まえ、血縁者がそれぞれ何を確認すべきか(血縁者検査)を整理していくことが重要です。

当院では、こうした検査の前後で臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行い、終始責任をもって支援します。話し合う内容は、検査で何が分かり何が分からないのか、結果がご本人やご家族にどんな意味を持つのか、そして結果を受けてどんな選択肢があるのか、といった点です。検査を受けるかどうかを含め、決めるのはご本人・ご家族であり、私たちは中立の立場で判断材料を整理する役割を担います。とくに女性保因者のRRBSOのように、妊孕性温存(卵子凍結など)や内分泌の影響、家族計画が複雑に絡む決断では、時間に余裕をもった共同意思決定が欠かせません。

SMARCA4は、当院のNIPTインペリアルプランの対象遺伝子にも含まれています。ただし、妊娠中に胎児のリスクを調べるスクリーニング(NIPT)と、RTPS2の確定診断を目的とする生殖細胞系列検査とは、目的も検査方法も異なります。両者を同じものと考えないよう注意が必要です。また、コフィン・シリス症候群4型との関連から、コフィン・シリス症候群NGSパネル検査にもSMARCA4が含まれます。どの検査が適切かはお一人おひとりの状況で異なりますので、まずは臨床遺伝専門医にご相談ください。

📍 このページを読んだあなたへ

この記事にたどり着いた方は、いくつかの状況が考えられます。①お子さんやご自身がラブドイド腫瘍・SCCOHTと診断され、遺伝的な背景を知りたい方②家系にSMARCA4の変化が見つかり、これからどうすべきか考えている方③がん遺伝子パネル検査で偶然SMARCA4変異を指摘された方——どの場合も、次に確認するとよい観点があります。

まずは遺伝形式浸透率を正しく理解し、次に血縁者への影響(保因者の可能性)、そして女性であればRRBSOを含む予防の選択肢を、専門家と一緒に整理していくことをおすすめします。原因遺伝子そのものについてはSMARCA4遺伝子の解説もあわせてご覧ください。

🏥 SMARCA4・遺伝性腫瘍についてご相談の方へ

RTPS2・SCCOHT・SMARCA4変異などに関する
遺伝子検査と遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が運営するミネルバクリニックにご相談ください。
検査の意味や結果の受け止め方を、専門医が中立の立場で一緒に整理します。

よくある質問(FAQ)

Q1. RTPS2は必ず発症しますか?変化を持っていたら、いずれがんになりますか?

必ず発症するわけではありません。RTPS2は浸透率が不完全で、SMARCA4の病的バリアントを持っていても生涯発症しない保因者が存在します。実際、報告された多くの患者が、ラブドイド腫瘍やSCCOHTの既往のない親から変化を受け継いでいました。がんの発生には、生まれつきの変化(1つめのヒット)に加えて、体の一部の細胞でもう片方の遺伝子が失われる(2つめのヒット)という偶発的な出来事が必要です。したがって「変化を持つこと」と「発症すること」は別の話として理解することが大切です。

Q2. RTPS1とRTPS2は何が違うのですか?

原因遺伝子が違います。RTPS1はSMARCB1遺伝子、RTPS2はSMARCA4遺伝子の生殖細胞系列変異によります。遺伝学的に確認されたRTPSのうち、SMARCB1関連(RTPS1)が約85〜95%、SMARCA4関連(RTPS2)はおよそ5〜15%とする報告があり、RTPS2は少数を占めます(割合は報告集団によって異なります)。RTPS1は浸透率が非常に高く多くが幼少期に発症し、新生突然変異が多いのに対し、RTPS2は浸透率が不完全で、親から受け継いだ例が多く報告されています。またRTPS2では、乳幼児にまれに生じるATRTに加え、若い女性の卵巣がん(SCCOHT)との関連が明確である点も特徴です。

Q3. 同じSMARCA4なのに、なぜコフィン・シリス症候群になる人とがん素因になる人がいるのですか?

変化のタイプが異なるためと考えられています。おおまかには、タンパク質が完全に働かなくなるタイプの変化(ナンセンス変異やフレームシフト変異など)はがん素因(RTPS2)と、異常なタンパク質がつくられるタイプの変化(ミスセンス変異やインフレーム欠失)はコフィン・シリス症候群4型と結びつく傾向があります。ただしこの対応は絶対ではなく、両方の性質を示す症例も報告されているため、専門家による丁寧な評価が必要です。

Q4. 女性の保因者です。SCCOHTを予防するために卵巣を取ったほうがよいのでしょうか?

SCCOHTには有効な早期発見法が確立していないため、家族計画を終えた段階や適切な年齢に達した段階でのリスク低減卵巣卵管摘出術(RRBSO)が、専門家により選択肢として挙げられています。一方で、RTPS2の浸透率が確定していないこと、20代という若さでの卵巣摘出が早発閉経や妊孕性の喪失という重大な影響をもたらすことを、慎重に天秤にかける必要があります。実施の判断には、卵子凍結などの妊孕性温存や内分泌の専門家、遺伝カウンセリングを交えた共同意思決定が欠かせません。ご本人の価値観を中心に、時間をかけて検討する事柄です。

Q5. 親の血液検査は陰性だったのに、子どもが2人ともRTPS2と診断されました。なぜですか?

生殖腺モザイクという現象で説明されることがあります。これは、親の卵子や精子をつくる細胞の一部にだけ変化があり、通常の血液検査では検出されない状態です。この場合、親自身は無症状でも、複数のお子さんに同じ変化が受け継がれることがあります。そのため、家系内の再発リスクの評価は一般的な計算だけでは不十分で、遺伝カウンセリングで慎重に対応する必要があります。血液検査が陰性であることが、必ずしも家系内の再発リスクがないことを意味しない点が重要です。

Q6. RTPS2に治療法はありますか?

RTPS2はがんになりやすい素因であり、それ自体に対する単一の治療薬があるわけではありません。実際に発症した腫瘍の種類(ATRT・SCCOHTなど)や病期に応じて、手術・化学療法・放射線療法などが選択されます。加えて、SMARCA4欠損に特有の弱点を狙う分子標的治療の開発が進んでいます。暴走したEZH2を止めるEZH2阻害薬(タゼメトスタット)や、予備のエンジンSMARCA2を分解して「合成致死」を狙うPRT3789などが代表例で、SMARCA4変異固形がんを対象とした臨床試験で一部に部分奏効が報告されています。ただしこれらはまだ研究・臨床試験の段階です。実際の治療方針は、担当医と相談して決めていくことになります。

Q7. 発症前にできることはありますか?どんな検査で見守りますか?

腫瘍リスクが最も高い乳幼児期には、発症前サーベイランス(見守り)が専門家により提唱されています。具体的には、生後から5歳ごろまで、脳・脊髄のMRIと腹部・骨盤のエコーを3か月ごとに行い、全身MRIを年1回検討する方針です。エコーは麻酔や放射線被曝を避けられるため高頻度の検査に適しています。反復的なCTによる放射線被曝は避けるべきとされています。ただし高頻度の検査は身体的・心理的・経済的な負担も伴うため、担当の小児科・専門施設と相談しながら計画を立てることが大切です。

Q8. がん遺伝子パネル検査で偶然SMARCA4変異が見つかりました。どうすればよいですか?

まず、その変化が体細胞変異(腫瘍だけの変化)なのか、生殖細胞系列変異(生まれつきで遺伝しうる変化)なのかを区別することが重要です。生殖細胞系列変異であればRTPS2の可能性があり、不完全浸透という性質を踏まえて血縁者への影響を整理する必要があります。変化のタイプによってはコフィン・シリス症候群4型に関連することもあります。いずれの場合も、結果の意味づけと今後の対応は臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングで整理していくことをおすすめします。偶発的所見への対応は近年体系化が進んでいますので、一人で抱え込まずご相談ください。

参考文献

  • [1] Rhabdoid Tumor Predisposition Syndrome: A Comprehensive Review of Genetics, Clinical Manifestations, and Management. [PMC12062526]
  • [2] Approaches for prevention of tumors in patients with rhabdoid tumor predisposition syndrome. Neurooncol Adv. 2024. [PMC11491493]
  • [3] OMIM #613325. RHABDOID TUMOR PREDISPOSITION SYNDROME 2; RTPS2. Johns Hopkins University. [OMIM 613325]
  • [4] Rhabdoid Tumor Predisposition Syndrome. GeneReviews®. University of Washington, Seattle. [NCBI Bookshelf NBK469816]
  • [5] Using cancer phenotype sex-specificity to enable unbiased penetrance estimation of SMARCA4 pathogenic variants for small cell carcinoma of the ovary, hypercalcemic type (SCCOHT). Genet Med. 2024. [ScienceDirect S1098360024002211]
  • [6] SMARCA4 pathogenic variants: Gynecological cancer histories from a laboratory tested cohort. Gynecol Oncol. 2025. [ScienceDirect S0090825825010170]
  • [7] SMARCA4 inactivating mutations cause concomitant Coffin-Siris syndrome, microphthalmia and small-cell carcinoma of the ovary hypercalcaemic type. [PMC5601212]
  • [8] Molecular subgrouping of atypical teratoid/rhabdoid tumors—a reinvestigation and current consensus. Neuro Oncol. 2020. [Neuro-Oncology 22(5):613]
  • [9] SMARCA4-deficient Uterine Sarcoma and Undifferentiated Endometrial Carcinoma Are Distinct Clinicopathologic Entities. Am J Surg Pathol. 2020. [PubMed 31567195]
  • [10] SMARCA4-deficient undifferentiated uterine sarcoma (malignant rhabdoid tumor of the uterus): a clinicopathologic entity distinct from undifferentiated carcinoma. Mod Pathol. 2018. [PubMed 29700418]
  • [11] Dose-intensive regimen treatment for small-cell carcinoma of the ovary of hypercalcemic type (SCCOHT). Gynecol Oncol. 2020. [ScienceDirect S0090825820336544]
  • [12] Current recommendations for clinical surveillance and genetic testing in rhabdoid tumor predisposition: a report from the SIOPE Host Genome Working Group. Fam Cancer. 2021. [Springer 10.1007/s10689-021-00229-1]
  • [13] Selective Killing of SMARCA2- and SMARCA4-deficient Small Cell Carcinoma of the Ovary, Hypercalcemic Type Cells by Inhibition of EZH2: In Vitro and In Vivo Preclinical Models. Mol Cancer Ther. 2017. [PubMed 28292935]
  • [14] PRT3789 Is a First-in-Human SMARCA2-Selective Degrader That Induces Synthetic Lethality in SMARCA4-Mutated Cancers. Cancer Res. 2026. [Cancer Res 86(1):213]
  • [15] Efficacy of Immune Checkpoint Inhibitors in SMARCA4-Deficient Thoracic Tumor. Clin Lung Cancer. 2022. [PubMed 35618627]

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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