目次
- 1 1. DMRT1遺伝子とは? ― 9p24.3にある「精巣の設計者」
- 2 2. 分子のしくみ ― DMドメインと「パイオニア因子」というはたらき方
- 3 3. 精巣をつくり、精巣であり続けさせる ― FOXL2とのせめぎ合い
- 4 4. 生殖細胞の時計 ― 減数分裂のタイミングを決める門番
- 5 5. ヒトの病気 ― 9p24.3の欠失と46,XY性発達症(DSD)
- 6 6. 検査の進め方 ― 通常の染色体検査だけでは見つからないことがあります
- 7 7. 性腺腫瘍のリスクと、長く見守るという考え方
- 8 8. 動物たちのDMRT1 ― 進化が教えてくれること
- 9 9. よくある誤解
- 10 10. 臨床遺伝専門医からのメッセージ
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
- 13 関連記事
📍 クイックナビゲーション
9番染色体のいちばん端、9p24.3という場所にあるDMRT1遺伝子は、精巣をつくり、そして「精巣であり続けさせる」ためのはたらきを担っています。この遺伝子が2本のうち1本失われると、染色体が46,XYであっても精巣がうまくつくられず、46,XY性発達症(DSD)という状態になることがあります。この記事では、DMRT1がからだの中で何をしているのか、欠失や変異があるとどんなことが起こるのか、どのような検査で調べられるのか、そして性腺(精巣・卵巣)の腫瘍リスクとどう向き合うのかを、遺伝専門医の視点でできるだけやさしく整理してお伝えします。
Q. DMRT1遺伝子とは何をしている遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです
A. DMRT1は9番染色体の短腕の先端(9p24.3)にある転写因子の遺伝子で、精巣をつくる方向へ細胞を導き、生まれたあともその「精巣らしさ」を保ち続けるはたらきをしています。2本のうち1本が失われる(ハプロ不全)だけでも精巣の分化がうまく進まず、染色体が46,XYであっても外性器が女性型になる完全型性腺形成不全から、尿道下裂などの軽度の男性化不全まで、幅広い46,XY性発達症(DSD)を起こします。さらにDMRT1は男女どちらの生殖細胞でも減数分裂のタイミングを調節しており、卵胞の形成にも関わっています。
- ➤遺伝子の正体 → 9p24.3にあるDMドメイン型転写因子。ハエやセンチュウの性決定遺伝子と同じ祖先をもつ
- ➤はたらき → SOX9を助けて精巣をつくり、FOXL2を抑えて「精巣であり続けさせる」門番
- ➤ヒトでの病気 → 9p24.3の欠失・点変異による46,XY性発達症(DSD)。多くは9p欠失症候群の一部として起こる
- ➤検査 → 通常の染色体検査では見逃されることがあり、染色体マイクロアレイ(CMA)や遺伝子パネル検査が要になる
- ➤長期の視点 → 性腺形成不全では性腺腫瘍のリスクが上がるため、診断後の見守り方を含めた遺伝カウンセリングが大切
1. DMRT1遺伝子とは? ― 9p24.3にある「精巣の設計者」
DMRT1は、9番染色体の短腕のいちばん先端にあたる9p24.3という領域に位置する遺伝子です[2]。名前は「Doublesex- and mab-3-related transcription factor 1」の頭文字をとったもので、ショウジョウバエの性決定遺伝子であるdoublesex(ダブルセックス)と、線虫(センチュウ)のオス化を担うmab-3に、構造がよく似ていることに由来しています。つまりDMRT1は、ハエ・センチュウ・魚・鳥・ヒトといった大きく隔たった生きものが、それぞれ独自に性のしくみを進化させてきたにもかかわらず、共通して使い続けてきた数少ない「オス側の道具」なのです。
DMRT1がつくり出すタンパク質は転写因子と呼ばれる種類のもので、DNAの特定の場所に結合して、別の遺伝子のスイッチを入れたり切ったりします。哺乳類にはDMRT1を含めて7つのDMRT遺伝子ファミリーが存在しますが、そのなかでDMRT1だけが、生殖腺(将来の精巣・卵巣)の発生と精子形成に強く特化した発現パターンを示します[1]。ヒトの精巣では、精子のもとになる細胞(精原細胞)と、それを支えるセルトリ細胞の両方で、生涯にわたってはたらき続けています。
💡 用語解説:転写因子(てんしゃいんし)
遺伝子は、必要なときに必要な量だけ読み出されて初めて意味をもちます。この「いつ・どこで・どれだけ読み出すか」を決めているのが転写因子です。転写因子はDNAの特定の並び(配列)を認識してくっつき、その近くにある遺伝子の読み出しを促したり止めたりします。たとえるなら、図書館で本を書き換えるのではなく、どの本をどれだけ貸し出すかを決める司書のような存在です。DMRT1はこの司書のなかでも、「精巣に関する本を貸し出し、卵巣に関する本は書庫にしまっておく」という役目を担っています。転写因子とその調節のしくみもあわせてご覧いただくと、全体像がつかみやすくなります。
DMRT1の基本情報
2. 分子のしくみ ― DMドメインと「パイオニア因子」というはたらき方
DMRT1タンパク質の心臓部にあたるのが、N末端側にあるDMドメインという約54個のアミノ酸からなる小さな構造です。一般的な亜鉛フィンガーとは形が異なり、2つの亜鉛結合部位が互いに絡み合った独特の立体構造をつくり、そこから伸びる「認識ヘリックス」と呼ばれる部分がDNAの溝に差し込まれます。X線結晶構造解析によって、DMRT1は幅の広がったDNAの主溝(メジャーグルーブ)に、隣り合う2本の認識ヘリックスを反対向きに差し込むという、ほかの転写因子には見られない結合の仕方をすることが明らかにされました[3]。
さらに興味深いのは、DMRT1が結合するDNA配列によって2量体(ダイマー)・3量体(トリマー)・4量体(テトラマー)と、集まる数を柔軟に変えられることです[3]。同じタンパク質が、標的ごとに集合の仕方を変えることで結合の強さを微調整できるわけです。この「柔軟さ」は、次に述べるヒトの病気の理解に直結します。ある種の変異では3量体での結合だけが強く損なわれ、別の変異では2量体と4量体が損なわれるというように、変異の場所によって障害される標的が異なる可能性があるからです。
💡 用語解説:パイオニア転写因子
細胞の中でDNAは、ヒストンというタンパク質に巻き付いて折りたたまれています。ぎゅっと畳まれた「閉じた」状態の領域には、ふつうの転写因子は近づくことすらできません。ところが一部の転写因子は、閉じたままのDNAに直接結合し、その部分をこじ開けて、あとから来る転写因子が働けるようにすることができます。これをパイオニア転写因子(開拓者となる転写因子)と呼びます。DMRT1はこのタイプであると考えられており、SOX9が本来の標的にたどりつけるよう道を開ける役割を果たしていると報告されています[1][4]。工事現場でいえば、DMRT1が固く閉じたシャッターを開ける係、SOX9がその中で実際に作業をする係、というイメージです。
実際に、DMRT1とSOX9はゲノム上の多くの場所で並んで結合しており、DMRT1が閉じたクロマチンを開くことでSOX9を呼び込み、精巣を支える細胞の性質を保つ遺伝子群をまとめて動かしていることが示されています[4]。SOX9遺伝子が精巣分化の「主役」だとすれば、DMRT1はその主役が舞台に立てるよう幕を開ける役どころにあたります。両者は単なる並列の関係ではなく、順番のある協力関係にあるのです。
3. 精巣をつくり、精巣であり続けさせる ― FOXL2とのせめぎ合い
🔍 関連記事:FOXL2遺伝子/顆粒膜細胞/WNT4/RSPO1と卵巣分化
生殖腺は、発生のごく初期には精巣にも卵巣にもなれる「未分化生殖腺」として現れます。ここでSRY遺伝子が働いてSOX9が立ち上がると精巣へ、WNT4やRSPO1などのシグナルが優勢になると卵巣へと進みます。長らく、この分かれ道は一度決まれば後戻りしないと考えられてきました。ところが、この見方を根本から覆したのがDMRT1の研究です。
マウスの成体のセルトリ細胞でDMRT1を失わせると、すでに完全に分化を終えた細胞であっても、卵巣側の維持因子であるFOXL2が異所性に立ち上がり、セルトリ細胞が卵巣の顆粒膜細胞へと変わってしまうことが報告されました[5]。逆に、卵巣の顆粒膜細胞にDMRT1を人為的に発現させると、FOXL2が抑え込まれ、顆粒膜細胞がセルトリ細胞に似た細胞へ作り変わり、精細管に似た管状の構造まで形成されます。しかもこの変化は、精巣決定に必須とされるSOX8・SOX9が無い状況でも起こりました[6]。
DMRT1とFOXL2の綱引き(生殖腺の性を保つしくみ)
精巣側(DMRT1が優勢)
DMRT1 → SOX9・SOX8を維持
↓
セルトリ細胞として安定/FOXL2は沈黙
卵巣側(FOXL2が優勢)
FOXL2・エストロゲン受容体
↓
顆粒膜細胞として安定/DMRT1は抑制
どちらか一方が失われると綱引きの均衡が崩れ、成体になってからでも細胞の性質が反対側へ移り変わる(分化転換)ことが動物実験で示されています。
つまり生殖腺の「精巣らしさ」「卵巣らしさ」は、一度つくられたら勝手に保たれるものではなく、DMRT1とFOXL2が生涯にわたって押し合いを続けることで能動的に維持されているのです。この綱引きが崩れると、細胞は形も機能も反対側へ移り変わり、エストロゲンをつくる酵素の発現が上がるなど、ホルモン環境まで変化していきます[5]。
ウサギの研究が示した「ヒトに近い姿」
長年、マウスの実験からは「DMRT1は胎児期の精巣決定には必須ではなく、生まれたあとの維持が主な役割」と考えられてきました。ところが、げっ歯類以外の哺乳類としてウサギでDMRT1を働かなくしたところ、まったく違う結果が得られました。XYの胎仔はSRYが正常に発現しているにもかかわらず精巣索を形成せず、卵巣へと分化したのです[7]。生殖腺ではRSPO1・WNT4・FOXL2・CYP19A1といった卵巣側の遺伝子が上昇し、SOX9・SOX10・DHHといった精巣側の遺伝子が低下していました。SOX9タンパク質はわずかに検出されるものの、その下流の標的であるAMHなどは動かないままでした。これは、SOX9が仕事をするにはDMRT1という開拓者が必要だという考え方を、生きた個体で裏づける結果です。
ヒトでもDMRT1の欠失や変異で46,XY性発達症が起こることを考えると、ヒトの生殖腺はマウスよりもウサギに近い振る舞いをしている可能性が高いといえます。マウスの結果だけを根拠に「DMRT1は精巣決定に関係ない」と考えるのは適切ではありません。
4. 生殖細胞の時計 ― 減数分裂のタイミングを決める門番
🔍 関連記事:減数分裂とは/原始生殖細胞(PGC)/レチノイン酸シグナル
DMRT1のもう一つの重要な仕事が、生殖細胞が減数分裂に入るタイミングの管理です。精子や卵子がつくられるとき、細胞はふつうの細胞分裂(体細胞分裂)から減数分裂へと切り替わります。この切り替えのスイッチを押すのがレチノイン酸というビタミンA由来の物質で、その下流でSTRA8という遺伝子が働きます。
精巣では、DMRT1がレチノイン酸への反応を抑え、STRA8の読み出しを直接おさえこむことで、精原細胞が早すぎる減数分裂に飛び込まないようにしています[8]。同時に、精原細胞の分化に必要なSOHLH1という遺伝子を活性化して、増殖と分化のバランスを整えます。DMRT1が失われると精原細胞は時期尚早に減数分裂へ進んでしまい、精子をつくり続けるための貯蔵庫が枯渇していきます。DMRT1がレチノイン酸依存的な性の作り替えから精巣の細胞を守っていることも示されています[9]。
💡 用語解説:減数分裂(げんすうぶんれつ)
わたしたちのからだの細胞は染色体を46本もっていますが、精子と卵子だけは23本しかもちません。受精したときに合計46本に戻るためです。この「半分にする」ための特別な細胞分裂が減数分裂です。分裂の途中で父親由来と母親由来の染色体が並んで一部を交換するため、きょうだいでも遺伝子の組み合わせが違うという多様性が生まれます。減数分裂に入るタイミングが早すぎても遅すぎても正常な配偶子はできないため、DMRT1のような調節役が必要になります。より詳しくは配偶子形成と受精のしくみもご覧ください。
「男性だけの遺伝子」ではありません
DMRT1という名前と、精巣での役割の大きさから、「男性にしか関係のない遺伝子」と受け取られがちです。しかしこれは正確ではありません。胎児期の卵巣では、DMRT1はむしろSTRA8の転写を活性化する方向にはたらき、卵形成を後押ししていることが報告されています[10]。同じ遺伝子が、精巣ではSTRA8を抑え、卵巣では促すという正反対の作用を示すのです。
さらに、前述のウサギの研究では、XXの個体でもDMRT1を失うと生殖細胞が減数分裂に入れず、卵胞形成が進まないため、成体のメスは不妊となりました[7]。DMRT1は精巣だけの遺伝子ではなく、男女どちらの生殖細胞にとっても必要な遺伝子だという理解が、いま重要になってきています。
また、DMRT1は胎児期の生殖細胞の増殖と「多能性」の維持を、量に依存する形で調節していることも示されています[11]。生殖細胞は本来、あらゆる細胞になりうる性質をもっていますが、適切な時期にその性質を手放して配偶子の道へ進む必要があります。DMRT1が足りないと、この細胞周期の停止と分化の指示がうまく届かず、未熟なまま増え続ける状態が生じます。これが、後の章で述べる胚細胞腫瘍のリスクとつながっていきます。
5. ヒトの病気 ― 9p24.3の欠失と46,XY性発達症(DSD)
ヒトで9番染色体短腕の末端が失われると、46,XYの方でも精巣の発達がうまく進まないことは以前から知られており、その責任遺伝子としてDMRT1が最有力候補とされてきました[12]。この状態は医学的には「46,XY性腺形成不全」あるいはOMIMでは46,XY sex reversal 4(SRXY4)として記載されています。DMRT1は2本そろっていないと十分に機能しない(ハプロ不全型)ため、片方が失われるだけで表現型が現れる点が特徴です。
9p24.3の欠失から46,XY DSDに至る流れ
① 9p24.3の欠失 DMRT1が2本 → 1本に(ハプロ不全)
↓
② クロマチンが開かない SOX9が標的にたどりつけず、下流のAMHなどが動かない
↓
③ 精巣の分化が不十分 精巣索がつくられず、索状性腺や低形成の精巣となる
↓
④ 男性ホルモンが不足 外性器の男性化が不十分になる(完全な女性型〜尿道下裂まで幅がある)
欠失の大きさや含まれる遺伝子によって、あらわれ方は一人ひとり大きく異なります。
臨床でみられる幅の広さ
DMRT1に関連する46,XY DSDの臨床像は非常に幅広く、出生時に外性器の性別判定が難しい状態から、尿道下裂・小陰茎・精巣が陰嚢に降りてこない状態といった男性化不全のスペクトラム、そして完全に女性型の外性器を示し、思春期に月経が来ないことで初めて受診に至る例まで含まれます[14]。ヒトの胎児精巣を用いた研究でも、DMRT1のはたらきを抑えると精細管様の構造が崩れ、本来は現れないはずのFOXL2が出現することが確かめられており、ヒトでもDMRT1が精巣の形づくりに直接関わっていることが示されています[15]。
また近年は、遺伝子まるごとの欠失だけでなく、DMドメインの中の1か所のアミノ酸が変わるだけのミスセンス変異でも、46,XYの完全型性腺形成不全が起こることが報告されています[1][3]。特にDNAとの接触に直接関わるアミノ酸が変わった場合、変異したタンパク質が正常なタンパク質の働きまで妨げるドミナントネガティブという現象が生じることも示唆されています。
💡 用語解説:ハプロ不全(はぷろふぜん)
わたしたちは同じ遺伝子を父由来・母由来の2本もっています。多くの遺伝子では片方が壊れてももう片方が補ってくれますが、一部の遺伝子は「量」がそのまま効き目に直結するため、1本になると必要な量に届かず症状が出ます。これをハプロ不全といいます。水道の蛇口が2つあって、片方を閉めると水量が半分になり、必要な水圧に届かなくなるイメージです。DMRT1はまさにこのタイプで、遺伝子量効果が強く現れる遺伝子の代表例です。
多くは「9p欠失症候群」の一部として現れます
ここで大切なのは、DMRT1だけがきれいに欠けているケースはむしろ少数だという点です。多くの場合、9番染色体短腕末端のもっと広い範囲がまとめて失われており、DMRT1のほかにも多数の遺伝子が同時に1本になっています。その結果、性発達症だけでなく、発達の遅れ、特徴的な顔立ち、頭蓋骨の縫合が早く閉じることによる頭の形の変化などを伴う9p欠失症候群(Alfi症候群)という全体像をとることが多くなります。実際、46,XYの外性器異常や性腺形成不全を示す9pモノソミーの方の多くで、9pの欠失以外にも染色体の変化が併存していたと報告されています[12]。
これは、このように広い範囲の欠失を「隣り合った遺伝子がまとめて失われる状態」として捉えるゲノム病(微細欠失・重複症候群)の考え方そのものです。診断の場面では、性腺の所見だけに目を向けるのではなく、全身の症状をあわせて評価することが欠かせません。
6. 検査の進め方 ― 通常の染色体検査だけでは見つからないことがあります
DMRT1に関連する状態を見つけるうえで最初に知っておいていただきたいのは、従来の染色体検査(Gバンド法)だけでは小さな欠失を見逃すことがあるという点です。Gバンド法は染色体を染め分けて顕微鏡で観察する方法で、大きな構造の変化はよくわかりますが、数百万塩基対よりも小さな欠失は縞模様の変化として現れにくく、判定が難しくなります。
そこで用いられるのが染色体マイクロアレイ(CMA)です。CMAはゲノム全体を細かく区切って、それぞれの領域が何本分あるかを数える検査で、Gバンド法では見えない微細な欠失や重複を検出できます。実際、9p24.3の欠失がCMAによって初めて明らかになった46,XY性腺形成不全の症例が複数報告されています[12]。当院でもマイクロアレイ染色体検査(CMA)を臨床遺伝専門医の解釈つきで行っています。
遺伝子パネル検査については、当院では46,XY性分化疾患遺伝子検査(NGSパネル)を扱っており、DMRT1はここに含まれる10遺伝子の一つです。より広く調べる場合は、DMRT1とDMRT2を含む性分化障害遺伝子パネル検査という選択肢もあります。どの検査から始めるかは、外性器や内性器の所見、ホルモン検査の結果、全身症状の有無によって変わりますので、検査前の遺伝カウンセリングで一緒に整理していきます。
出生前の検査と、生まれたあとの検査は分けて考えます
妊娠中に9p領域の変化が疑われた場合は、羊水検査や絨毛検査で得た細胞を用いた確定検査が行われます。費用や実施時期については羊水検査・絨毛検査のページをご覧ください。一方、出生後に外性器の所見などから疑われた場合は、通常は血液を用いてCMAや遺伝子パネル検査を行います。出生前の検査と出生後の検査は、目的も、結果の重みも、意思決定の場面もまったく異なります。同じ「遺伝子検査」という言葉でひとまとめにせず、分けて理解していただくことを、わたしたちは大切にしています。
ご家族への説明で欠かせないこと
DMRT1を含む欠失は、その多くがお子さんに初めて生じた新生突然変異です。しかし、ご両親のいずれかから受け継がれていた例も実際に報告されています[13]。次のお子さんでの再発の可能性を正しくお伝えするためには、お子さんの結果だけでなく、ご両親についても検査を検討する必要があります。この「親の検査をどうするか」という問いは、単なる医学的判断ではなく、ご家族それぞれの価値観に深く関わる話でもあります。遺伝カウンセリングのなかで、時間をかけて一緒に考えていく部分です。
7. 性腺腫瘍のリスクと、長く見守るという考え方
DMRT1に関連する46,XY性発達症で、長期的にもっとも注意が必要なのが性腺(精巣・卵巣・索状性腺)に生じる腫瘍です。46,XY性発達症のお子さんを対象とした2011年から2022年までの後方視的な検討では、21名のうち性腺形成不全が10名を占め、その原因としてはDMRT1の欠失が4名と最も多く、NR5A1やWT1を上回っていました。そして全体の5名、およそ4分の1に性腺芽腫やセミノーマなどの胚細胞腫瘍がみられました[13]。
なぜ腫瘍ができやすいのでしょうか。前の章でみたように、DMRT1は生殖細胞に「未熟な多能性を手放し、分化の道へ進みなさい」という指示を出しています[11]。この指示が届かないと、生殖細胞は本来なら失われるはずの未分化な性質を保ったまま存在し続けます。加えて、精巣の構造そのものがうまくできていないと、生殖細胞を正しい環境に置けません。この2つが重なることで、腫瘍の芽となる細胞が残りやすくなると考えられています。
腫瘍リスクの大きさは、性腺の状態・染色体構成・年齢によって大きく異なります。「DMRT1に変化がある=必ず腫瘍になる」ではありません。どのタイミングで、どのような方法で見守るかは、必ず担当の医療チームと個別に相談して決めていきます。
「体質としてのなりやすさ」との違い
DMRT1はもう一つ別の文脈でも腫瘍と関係します。多くの人を対象にしたゲノムワイド関連解析(GWAS)により、DMRT1の近くにある一塩基多型が精巣の胚細胞腫瘍のなりやすさと関連することが示され[16]、その後DMRT1内には独立した第2のリスク領域も見つかりました[17]。家族内で複数の方に精巣腫瘍が生じる例や両側性の例でも、DMRT1・BAK1・KITLG・TERT-CLPTM1Lの各領域のリスク型が関与していたと報告されています[18]。KITLG遺伝子やTERT遺伝子も、こうしたリスク領域の一部です。
ただしこちらは「多くの人がもっている遺伝子の個人差のひとつ」であって、性発達症を起こす欠失や変異とはまったく別のものです。多因子的に少しずつリスクを押し上げるタイプの関連であり、一つの型をもっているかどうかで発症を予測できるものではありません。この2つを混同しないことが、正確な理解のうえでとても重要です。
8. 動物たちのDMRT1 ― 進化が教えてくれること
脊椎動物の性の決め方は驚くほど多様です。哺乳類はY染色体上のSRYが引き金になりますが、鳥類はZ染色体の本数、爬虫類の一部は卵が育つ温度、魚類は種ごとに異なる遺伝子が引き金になります。ところが、そのバラバラの入口の先で、くり返し同じDMRT1が呼び出されているという事実が、この遺伝子の特別さを物語っています。
カメの例は特に示唆に富んでいます。オスがつくられる温度では、ヒストンのメチル化を外す酵素KDM6BがDMRT1の周辺の抑制的な印を取り除き、DMRT1のスイッチを入れることが示されました[24]。温度という環境の情報が、クロマチンの開け閉めを介して遺伝子の働きに翻訳されるという、環境とゲノムのつながりを示す美しい例です。
また、カエルの仲間では、祖先で起きたゲノムの倍化のあとにDMRT1の2つのコピーが役割を分け合いました。一方のコピーではメスの妊よう性に必要という祖先の役割が失われ、もう一方のコピーではオスの精子形成に必須という新しい役割が獲得されたことが、ノックアウト実験によって示されています[25]。このゲノム倍化そのものは、およそ1,700万から1,800万年前に起きたと推定されています[26]。パラログ(重複してできた遺伝子)がどのように新しい仕事を得ていくかを知るうえで、貴重な教材になっています。
ヒトのDMRT1に刻まれた「新しい部品」
ヒトの精巣では、DMRT1から複数の異なる型のタンパク質(アイソフォーム)がつくられていることが報告されています。そのうち2つは、本来は読み飛ばされるはずのイントロン領域が新たにエクソンとして取り込まれることで生まれており、その一部にはAlu配列というゲノム上に大量に散らばる反復配列が関わっていました[27]。Alu配列によるエキソン化は、トランスポゾンがゲノムに新しい機能をもたらす代表例です。これらのアイソフォームがヒトでどんな意味をもつのかについては、現時点では明確なデータが十分に示されていません。
生殖腺以外でのDMRT1
近年、DMRT1が生殖腺以外の場所でもはたらいている可能性が指摘されています。小児喘息の起こりやすさに男女差があることに関連して、DMRT1の多型と性別との交互作用が報告され、肺の肺胞マクロファージでDMRT1が発現していることも示されました。ただし、この関連は集団によって再現性が一定しておらず、現時点では確立した知見ではありません[28]。
がんの領域では、肺の扁平上皮癌22例を対象とした解析で9番染色体短腕の欠失が高頻度に認められ、9p24.3にはDMRT1・DMRT3・DOCK8を含む狭い範囲の両アレル性の欠失が見つかり、これらの遺伝子の発現低下が確認されました[29]。ただしこれは限られた症例数での報告であり、DMRT1ががん抑制遺伝子として確立したわけではありません。なおこれは生まれつきの変化ではなく、後天的に生じる体細胞変異の話であり、DMRT1関連の性発達症とは別の話題です。
9. よくある誤解
誤解①「DMRT1は男性だけに関係する遺伝子」
名前と精巣での役割の印象からそう思われがちですが、胎児期の卵巣ではSTRA8を活性化して卵形成を後押ししており、ウサギの実験ではXXの個体でも欠けると卵胞形成が進まず不妊になりました。男女どちらの生殖細胞にも必要な遺伝子です。
誤解②「染色体検査が正常なら関係ない」
従来のGバンド染色体検査では、9p24.3の小さな欠失は縞模様の変化として現れにくく見逃されることがあります。46,XYと確認されただけでは十分ではなく、染色体マイクロアレイや遺伝子パネル検査を検討する意義があります。
誤解③「精巣胚細胞腫瘍のリスク型をもつと発症する」
GWASで見つかったDMRT1近傍の多型は、多くの人がもつ個人差のひとつで、リスクをわずかに動かすにすぎません。性発達症を起こす欠失や変異とはまったく別の話であり、単独で発症を予測できるものではありません。
誤解④「DMRT1の欠失=必ず全身の症状を伴う」
9p欠失症候群の一部として現れることが多いのは事実ですが、欠失の範囲は一人ひとり異なり、性腺の所見が中心の方もいます。逆に、遺伝子の中の1文字の変化だけで性腺形成不全となる例も報告されています。範囲の把握が説明の出発点になります。
10. 臨床遺伝専門医からのメッセージ
DMRT1という遺伝子は、性というものが「一度決まったら終わり」ではなく、生涯にわたって細胞レベルで維持され続けているという事実を、わたしたちに教えてくれます。精巣の細胞は、DMRT1という門番が立ち続けているからこそ精巣の細胞でいられる。その門番が去れば、成熟した細胞でさえ反対側へ移り変わっていく。この発見は、生殖腺の生物学を大きく書き換えました。
同時に、臨床の現場では、DMRT1に関連する診断はご本人とご家族の人生に長く寄り添う医療を必要とします。診断そのものはCMAや遺伝子パネル検査で比較的短期間につきますが、そのあとに続く時間のほうがずっと長いのです。ホルモンの補充をいつからどう行うか、性腺をどう見守るか、思春期をどう迎えるか、そして将来のパートナーシップや家族形成をどう考えるか。医学的な事実と、ご本人の気持ちと、ご家族の価値観のあいだを行き来しながら、少しずつ道筋を描いていくことになります。
当院は臨床遺伝専門医が、原因となる遺伝子や染色体の評価、結果の解釈、そして遺伝カウンセリングを担当します。手術やホルモン療法などの治療は、小児内分泌・泌尿器・婦人科などの専門施設と連携して行われるのが一般的です。ご自身やお子さんの検査結果をどう受け止めればよいのか迷われたときは、どうぞ遠慮なくご相談ください。臨床遺伝専門医という職種が何をする専門医なのかについても、あわせてご覧いただければと思います。
よくある質問(FAQ)
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染色体マイクロアレイ検査、結果の解釈と遺伝カウンセリングは
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参考文献
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