欧州研究機構のアドバンスグラントで行われるNIPTの臨床試験に日本から共同参加する栄誉を頂きました。 ミネルバクリニックでは、世界中の国際認証を受けた遺伝子検査機関を厳選して業界オンリーワンの検査体制を整えています。

ミネルバクリニックは高い専門性を誇り技術で皆さんにお答えする診療を行なっているため無料相談は受け付けておりません。問診票は医師が皆さんの状態を知るためや必要な情報を伝えるために作成しており診察の一部ですので配布の時点で診療料金が発生します。

NIPTなどの出生前検査でダウン症などと判明したら|妊娠中絶と倫理

NIPTで陽性と判明すると「NIPTは確定検査じゃないので羊水検査を受けてください」と機械的に言われますがこの記事では本当に羊水検査を受けなければならないのかという点を考えてみたいと思います。

出生前診断を受ける最大の目的は、「生まれて来るお子さんの健康状態や染色体異常等による先天異常の有無を知りたい」という事ですので、出生前診断でダウン症などの染色体異常またはその他の染色体や遺伝子の異常による疾患があると判ったときには、お腹のお子さんを産むか中絶するかという自己決定に直面することとなります。

近年、母体血の採血だけで赤ちゃんの先天的な異常が高い精度で判るようになってきたことと、スクリーニング検査として開発されたNIPTが検査技術の進歩により確定診断と遜色がなくなりつつある現状も踏まえて、出生前診断とお子さんの病気を理由とする妊娠中絶について考えてみたいと思います。

法律的な視点から

母体保護法に言えば、胎児に病気があるという理由であっても、妊娠22週未満であれば人工妊娠中絶は可能です。令和2年1-12月の累計人工妊娠中絶数は145,340 件ですが、このほとんどは母体保護法第14条一「妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」により実施されています。わが国では人工妊娠中絶をしたい場合、法的責任を問われることは基本的にはありません。

「命の選別」と「個人の自己決定」

しかし、両親が病気や障害をもつ可能性の低い子どもを選ぶこと、つまり「命の選別」は果たして許されるのかという問いが出てきます。

生命の選択は悪いことなのか

この問題を考えるには人は善悪をどのように判断しているのかということを理解する必要があります。
倫理学ではどのような道徳的規範がよいのかという問題が探求されてきて、大まかには以下があります。

功利主義
行動や判断の結果が多くの人間にとって幸せならば倫理的に善いという考え方。たくさんの人を助けるならば法律などのルールを無視しても良いという事になるし、物事を平穏におさめるためならば嘘をつくのも悪くはないという事となる。ジェレミー・ベンサムが「最大多数の最大幸福」をもたらす行為こそが正しい行いであると論じたことが功利主義の創始とされている。
義務論主義
人間は理性により絶対的な道徳規範のルールを見出すことが出来そのルールに従って行動するのが善であるという考え方。起源はカント。正しいと理性により結論付けられる不変ていな善を規則化し、それにのっとって生活することが善いとする考え方である。たとえ結果が良くてもプロセスがよくなければだめだという事になる。
徳倫理学
倫理の本質は善くあることであると考える、倫理学的行動はその結果として表出したものに過ぎないと考える。起源はアリストテレス。何をもって徳とするかが曖昧である。

モラルジレンマ

倫理学のテーマ、「善悪は何で決まるのか」という問いを議論するために複数の倫理規範の特徴を対立させる数々のジレンマが考案されてきました。それらを少しご紹介しましょう。

トロッコのジレンマ

あなたは線路が左右に分かれる分岐点にいます。猛スピードでトロッコが暴走してきました。左には5人の作業員が線路工事しています。右には一人の作業員が仕事をしています。あなたが何もしなければトロッコは左に進みます。それを避けるための唯一の手段は分岐点スイッチをあなたが右に変えることですが、そうすると右側で作業している一人が死ぬことになります。この状況でトロッコの進行方向を変えて5人の作業員の死を避けることは適切な行為なのでしょうか。

この状況では多くの人は倫理的に適切な判断だと考えるでしょう。5人と1人という量的な差をもとに被害を最小限にするために一人の命を犠牲にすることは善であるという功利主義の発想で倫理判断をするのです。

歩道橋のジレンマ

暴走するトロッコがまっすぐ5人の作業員に向かってきます。このままでは作業員たちは死ぬ。あなたは線路をまたぐ歩道橋の上にいる、あなたの隣には見知らぬ大男がいて、この男を突き落とせばトロッコは止まり、5人の作業員の命は唯一救える、この状況で男を突き落とて5人の作業員の命を助けることは適切か。

この状況では多くの人が倫理的に不適切であると判断するでしょう。トロッコのジレンマと歩道橋のジレンマは「一人の命を犠牲にして5人を助ける」のは同じですがこの二つのジレンマで道徳的判断が逆転するのは、人間の道徳的判断が唯一の原理原則に従うわけではないということを示しています。

道徳判断に感情が果たす役割

歩道橋のジレンマでは「他人に危害を加えてはいけない」という「他人の権利を尊重する」義務論主義的価値観が直感的・感情的反応として現れる結果、トロッコのジレンマで車線を変更して一人を犠牲にすることは善いと考えても、歩道橋から突き落とすことをためらわせます(内側前頭回)。
こうした感情的直観をおさえて合理主義的判断をするための認知制御機能も脳内にはあります(背外側前頭前野)。
功利主義的倫理観、義務論手技的倫理観ともに脳内では対応する機能が備わっていて、どの部分がより機能したかにより個人の行動や判断が決まると考えるべきでしょう。

倫理的価値判断の背景を理解したうえで胎児の病気を理由とする妊娠中絶を考えてみよう

この場合は、以下の問題が発生します。

  • 現在妊娠している赤ちゃんを産むかどうかを選択する
  • 今妊娠している病気の赤ちゃんと、その子を中絶したあとに妊娠する可能性のある健康な赤ちゃんを選択する

健康なお子さんをもちたいという気持ちは誰にでもあるものなので、当然なことでしょう。そのこと自体が障害をもって生活している人たちが生まれて来る権利を阻害しているという人たちがいますが、出生前診断で健康なお子さんを得たいという気持ちは、現在生まれている障害のあるお子さんがたの生存権を侵すものではありません。実際、ミネルバクリニックには多くの悩める「上のお子さんに障害がある」親御さんたちが次回の妊娠で相談にお越しになりますが、「上のお子さんが生れてこなければよかった」と思っているわけでは全くありません。そのお子さんがうまれて、障害を抱えてもなお無事に育っていることを感謝しつつ、次のお子さんも同じ障害もしくはほかの障害があれば育てる自信がない、という事なのです。人が人を産んで育てる、というのは健常なお子さんであっても大変です。思った通りに育つ子どもなど誰一人としていません。

結婚と出産は人生最大のリスクです。結婚は解消できますが、出産はなかったことにできません。親になるということは子が独り立ちできるようになるまで責任をもつということであり、障害を抱えて自立できないお子さんなら生涯を近親者が支えることになります。
親である自分たちは何とか頑張っても、たとえば兄弟となるお子さんたちにその苦労は負わせたくないと考えるのも当然でしょう。

マスコミやアカデミアや障碍者団体は「生命の選択」といい、まるで出生前診断の結果、産まないという選択をすることを悪いことのような印象を植え付けていますが、果たしてそうでしょうか。本当に彼らがそう思うのであれば、障害があるお子さんが生まれても近親者だけが苦労するのではなく、社会で本当にそうした人たちを支える仕組みを本気で作る努力をすればいいですが、彼らがそういう運動をしているのを聞いたことがありません。

それなのに、障害のあるお子さんを産まないと選択する女性たちを追い詰めることこそ倫理的に問題があると私は思っています。それならばもっと「今産みたくない」というライフスタイルの問題で中絶する女性たちを非難するべきでしょう。

いや。本来、どのような理由による中絶であれ、本人の自己決定による中絶を誰が非難すべきでもないのです。これについては別記事を書きます。

もちろん、障害のあるお子さんとわかっていて産みたいという女性を止めることも致しませんが。

NIPTの段階でなぜ決定してはいけないのか

これについても昨今、非常に疑問に感じています。

母体血に含まれている胎児のDNAの断片が胎盤に由来していて、胎盤だけが罹患している場合があるため、という説明がなされてきました。母体、つまり子宮壁に直接接している絨毛の細胞がアポトーシスする際にできるDNAの断片が母体血に紛れこむのだという説明がなされています。胎児のDNA断片は果たして本当に胎盤だけに由来しているのでしょうか?

絨毛組織は血管が豊富でそこを流れているのは胎児の血液であり、絨毛組織を通じて胎児は母胎から栄養分を得て老廃物を母体に受け渡します。こうした物質のやり取りもまたエクソソームを通じてなされています。エクソソームは、小さなマイクロカプセルで、ほとんどすべての細胞が分泌しています。細胞同士がエクソソームの中の成分を使って情報交換をすることも昨今わかってきました。細胞間コミュニケーションのツールとして、「エクソソーム」の存在が明らかになっています。
実は、最近、セルフリーDNAはエクソソームと呼ばれる脂質二重膜につつまれた小器官に包まれて存在していて、エクソソームを取り除くとセルフリーDNAがなくなってしまうことがわかってきました。そうすると胎児の血液の中に含まれるエクソソームに包まれたセルフリーDNAが直接母体の中に出てきていないという証明をしないと胎児セルフリーDNAは胎盤に由来するという説は覆ることとなります。

要するにNIPTが始まったころは精度がよくなかったので、偽陽性が多くて、確定検査が必要だったのではという事はないのでしょうか?

ミネルバクリニックでは専門医一人あたり全国最多の症例数を誇り、追跡調査も行ってきました。ミネルバクリニックがNIPTを扱い始めた初期のVeriseq(イルミナが提供するものでベルギーの会社に出していました)では偽陽性や判定保留が多かったし、ベリナタ(イルミナの子会社、アメリカ)の全染色体検査も偽陽性が多く、微小欠失微細欠失)では偽陰性もありました。NIPTも各検査会社により精度を上げる努力が独自になされています。精度の高い検査で、特に2か所の信頼できる検査機関の検査結果が一致する場合、これをもって判断することは是とされるのではないかと考えています。なぜなら検査会社のアッセイ方法はそれぞれに異なるからです。

精度がよくなってきたことに加えて、もう一つ考えるべきことがあります。

たとえば500人に一人、偽陽性でお子さんが正常かもしれません。しかし、その場合、499人は実際に羊水検査でお子さんのダウン症などの病気が確定します。羊水検査は日本では16週から行われ、染色体検査の結果が全部出るのに2~3週間かかります。FISHという方法を併用するともっと短期間で出るのですが、FISHだけだと誤判定もあるからと成育医療センターでは染色体の核型検査が出るのを待ちます。すると、妊娠中絶するというころには20週くらいになります。

妊娠中絶の精神的な影響|胎児異常による中絶は心理的負担が大きいので特にケアが必要』で述べた通り、特に胎児の異常を理由とする中絶の際には、女性の精神的な負担が大きいことが研究報告されています。実際にミネルバクリニックの追跡調査でも20週あたりでの中絶が非常に女性の心理的な負担となっていることがわかっています。

500人に一人の正常な胎児を探すために、499人の「生きている」ママたちに強い精神的ダメージを与えるやり方が是とされるのか、という疑問がぬぐえませんでした。

ミネルバクリニックにはいろんな国籍の患者さんたちも来ますので、欧州のかたたちはもっとドライに、「今回陽性ならすぐあきらめるわ、そのあと健康な赤ちゃんを授かればいいのよ」と屈託なくお話でした。

一人一人の女性たちと真剣に向き合う中、わたしは、「疾患を選んで陽性的中率が高いものに関しては精度の高い検査で決定することも許されるのではないか」と考えるようになりました。

NIPTを始めた頃はかたくなに「羊水検査を受ける」ことを患者さんに求めていたことで、患者さんたちを追い詰めてしまっていたことに気が付いてものすごく後悔したわたしは、最近ではバランスを大切にしています。

もう一つ、わたしが答えを見つけられない問いがあります。大日本帝国憲法時代は家長が決めた結婚を拒否することはできませんでした。新憲法になり、婚姻は両性の合意でのみ成立するとされ、「伴侶を選ぶ」ことは当然になりました。恋愛もせず、お見合いも経ず、結婚相手を決めるなんてことは今の時代には非常識でしょう。それではなぜお子さんは選んではいけないのか?私はこの問いに満足な答えを見いだせない。パートナーは離婚すれば他人に戻りますがお子さんはそうはいきません。結婚・出産は人生の喜びではありますが同時に最大のリスクです。うまくいくとは限らない。そうした時にリスクを知りたい、リスクが大きければ回避して次のチャンスを待つ。それは今と言う時代には当然の事なのではないでしょうか。リスク管理をせずに生きていく人はいません。

いろんなことをたくさんの患者さんたちと向き合ってきた中で、わたしは、全体として家族と言う単位で傷を浅くする選択をする、ということを大事に考えるようになりました。

明日も明後日もその先も生きていかないといけない女性たちの心を守ろう。

そしてそれは、間違った姿勢であると誰が避難できるでしょうか?ライフには生命と言う意味もありますが、人生や生活と言う意味もあります。患者さんの人生の傷を最小限にしたいと思い、専門知識を伝えてきちんと理解してもらい、悔いのない選択をしていただくお手伝いをすることは、誰にも責められるものではありません。

わたしが日頃、倫理学などの難しい学問に取り組んでいるのも、こうした問題に臨床医として果敢に立ち向かうためです。

倫理的判断は結局は感情が絡んだ価値判断が必ず入ります。結局は最終的には個々人の判断にゆだねるしかないのです、きちんと理解したうえで。
その判断の過程に寄り添う。
わたしはそういう専門医でありたい。

 

この記事の筆者:仲田洋美(医師)

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