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本記事では、NT肥厚を指摘され、大手クリニックで「7Mb以上の大規模CNVも検出可能」とされるNIPTを受けて「異常なし」と判定されたものの、羊水検査により7.16Mbの大規模な病原性欠失が判明した実症例について解説します。
はじめに
当院で経験した症例をご紹介します。妊娠初期の超音波検査で胎児後頸部浮腫(NT肥厚)を指摘された妊婦さんが、大手NIPTクリニックで「7Mb以上の大規模な染色体欠失・重複も検出可能」とされる拡大NIPTを受けられました。検査結果は「異常なし(低リスク)」でしたが、NT肥厚という重要な超音波所見があったため、当院で侵襲的検査(羊水穿刺)による染色体マイクロアレイ検査を実施しました。
その結果、11番染色体長腕に7.16Mbという大規模な病原性欠失(ヤコブセン症候群に相当)が判明しました。NIPT検査の対象範囲内であったにもかかわらず、なぜこの大きな異常が見逃されたのでしょうか。
ヤコブセン症候群とは
11番染色体長腕末端の欠失により生じる疾患で、以下のような特徴があります:
- 知的障害・発達遅延
- 特徴的な顔貌(三角頭蓋、両眼隔離など)
- 先天性心疾患
- パリス・トルソー症候群(血小板減少症による出血傾向)が90%以上で認められる
- NT肥厚は出生前の重要な指標として知られている
欠失サイズは通常5~16Mbの範囲であり、本症例の7.16Mbはこの典型的範囲に含まれます。
発生頻度:約10万人に1人
主な原因:85%が新生突然変異、15%が親の転座由来
欠失サイズ:典型的には5~16Mb
主要症状:血小板減少症、心疾患、発達遅延
NIPTの技術的限界:公表データが示す真実
製造元が公表している検出感度
イルミナ社のVeriSeq NIPT Solution v2をはじめとする全ゲノム型NIPTでは、「7Mb以上の部分欠失・重複を検出対象とする」と明記されています。しかし、実際の臨床性能データを見ると、7Mb以上のCNVに対する感度は74.1%(95%信頼区間:55.3%~86.8%)とされています。
感度74.1%ということは、必然的に偽陰性率が約26%存在するということです。つまり、この検査自身の検証データに基づけば、7Mb以上の欠失または重複を持つ胎児の約4人に1人を見逃すことが統計的に予測されるのです。
一般的なトリソミーとの性能差
比較のため、同じ検査の性能を見てみましょう:
一般的なトリソミーに対するほぼ完璧な性能と比較すると、大規模CNVに対する検出能力には大きな差があることが明らかです。
本症例で検出できなかった理由
1. 検出閾値ぎりぎりのサイズ
7.16Mbという欠失サイズは、検査の下限検出限界である7Mbに非常に近い値です。CNV検出アルゴリズムは、検出能力の境界にあるイベントに対して本質的に信頼性が低下します。感度74.1%という数値は7Mb以上のCNV全体の平均値であり、7~8Mbのようにぎりぎりのサイズでは、さらに感度が低い可能性があります。
2. 微弱なシグナル
胎児由来のcfDNA(無細胞DNA)は母体血漿中の全cfDNAの通常10~15%程度しか占めません。ヘテロ接合性の欠失の場合、読み取り数の減少はわずか5%程度となり、統計的なノイズと区別がつきにくくなります。実際、報告された類似症例では、胎児DNA割合が5.1%で、欠失部分の読取り比率が0.98倍(正常=1.0)とわずかな低下にとどまり、統計的有意域を超えなかったと解析されています。
3. 胎盤性限局性モザイク(CPM)の可能性
NIPTが分析するcfDNAは胎児自身から直接由来するものではなく、主に胎盤の絨毛膜細胞から母体血中に放出されたものです。胎児には異常があるのに、母体血中にDNAを放出する胎盤の細胞系列には異常が存在しない、あるいは非常に低いレベルでしか存在しない状態(CPM)では、cfDNA検体は大部分が正常であるため、NIPTでは偽陰性となります。
実際、Wolf-Hirschhorn症候群(4p欠失)や1p36欠失症候群の胎児がNIPT陰性で見逃された症例では、胎盤検査では欠失が検出されず胎児にのみ欠失があるCPMの状態だったことが報告されています。
4. GC含量バイアス
次世代シークエンサーは、ゲノムのすべての領域を均一に読み取るわけではありません。グアニン(G)とシトシン(C)の含量が極端に高い、あるいは低い領域は、PCR増幅やシークエンシング反応の過程で生じるバイアスのため過小評価される傾向があります。欠失領域のGC含量が極端であった場合、アルゴリズムが適切に補正できず、欠失の真のシグナルを覆い隠してしまう可能性があります。
他の症例報告でも確認されている現象
13番染色体32Mb欠失の見逃し例
2020年の症例報告では、妊娠11週の超音波検査で全前脳胞症など重篤な脳構造異常が認められた妊婦のケースで、NIPTで13トリソミーは低リスクでしたが、羊水検査のマイクロアレイ解析により13番染色体長腕の32Mbの末端欠失が判明しました。この欠失は胎児の臨床像と一致する病的変異と判断され、妊娠18週で妊娠中断となりました。
7.7Mb欠失の見逃し例
2021年の前向きコホート研究でも、約7.7Mbの病的欠失がNIPTでは報告されず見逃された症例が報告されています。診断的検査(羊水検査)の結果で欠失が明らかになり、NIPTの偽陰性と確認されました。
大規模研究のデータ
約31,000件のNIPT実施例を対象とした大規模研究では、希少異数体・微小欠失・大型欠失43例中、1例で偽陰性(NIPT陰性だが胎児に異常)が生じていたことが報告されています。
NT肥厚の重要性
興味深いことに、2025年の回顧研究では、NIPTで検出できなかった染色体異常34例中、NT肥厚を呈したのはわずか3例(9%)に過ぎないと報告されています。多くの見逃し症例では、NTよりも他の超音波異常(構造奇形)や母体血清マーカー異常が手がかりとなっていました。
本症例でNT肥厚が認められたことは、追加検査を行う上で非常に重要な根拠となりました。NT肥厚は、ヤコブセン症候群を疑いさらなる精査を促す主要な超音波所見として複数の文献で確認されています。
専門家ガイドラインの見解
米国産科婦人科学会(ACOG)などの専門家団体は、超音波検査で重大な胎児の構造異常が検出された場合、NIPTの結果にかかわらず、侵襲的確定診断検査(羊水穿刺または絨毛採取とマイクロアレイ検査)を提示すべきであると推奨しています。NT肥厚は重大な異常所見と見なされます。
本症例でNIPTの結果が陰性であったにもかかわらず、超音波所見に基づいて確定診断を追求した臨床判断は、確立されたベストプラクティスと完全に一致するものでした。
NIPTとマイクロアレイ検査の違い
検出解像度の差
したがって、5~6Mb程度の欠失や、それ以上でもシグナルが微弱な場合、NIPTでは陽性と判定されない可能性があります。
直接検査 vs スクリーニング検査
- 羊水穿刺/マイクロアレイ:胎児の細胞を直接検査するため、胎盤モザイクの影響を受けない確定診断
- NIPT:母体血中の胎盤由来DNAを間接的に分析するスクリーニング検査
まとめ:NIPTの正しい理解のために
本症例が教えてくれる重要な教訓は以下の通りです:
- NIPTは診断検査ではなく、スクリーニング検査である
- 「低リスク」または「異常は検出されませんでした」という結果は、異常の確率を低下させますが、その可能性を完全に排除することはできません
- 7Mb以上のCNV検出における感度は74.1%であり、約4人に1人は見逃される
- これは検査の不具合ではなく、技術の既知の限界です
- 超音波検査は不可欠なセーフティネット
- NT肥厚などの重大な超音波異常所見がある場合、NIPTの結果にかかわらず侵襲的検査の適応となります
- 本症例では、NTスキャンがこの診断プロセスにおいて極めて重要な役割を果たしました
- 複数の要因が複合的に作用する
- 検出閾値ぎりぎりのサイズ
- 低い胎児DNA割合
- 胎盤性限局性モザイクの可能性
- GC含量バイアス
- 臨床的疑いを優先する
- NIPTの結果よりも、超音波所見などの臨床的エビデンスを重視する姿勢が重要です
ミネルバクリニックの特徴
ミネルバクリニックは日本医学会の認証施設ではありませんが、非認証施設で唯一、臨床遺伝専門医がNIPTを実施しているクリニックです。2025年6月より産婦人科を併設し、確定検査(羊水・絨毛検査)を自院で行えるようになりました。
COATE法による最高精度
最新の次世代NIPT技術により、微小欠失症候群の陽性的中率を従来の70%台から>99.9%に向上させました
臨床遺伝専門医常駐
遺伝カウンセラーではなく、臨床遺伝専門医が直接対応。医学的判断を含む包括的な遺伝カウンセリングを提供
オンライン対応
全国どこからでも受検可能。遠方の方も専門医による遺伝カウンセリングを受けられます
24時間サポート
陽性時の手厚いフォロー体制。いつでも専門医に相談できる安心のサポート
国内最大の検査範囲
12か所13疾患の微小欠失症候群を検査可能(2025年8月2日ミネルバクリニック調べ)
父親高齢化対応
国内唯一、父親の高齢化により精子に生じる突然変異による疾患を56遺伝子検査可能(2025年8月2日ミネルバクリニック調べ)
確定検査を自院で実施
2025年6月より産婦人科を併設。NIPT検査から陽性時の確定検査までワンストップで対応
ミネルバクリニックでは、6年前に採用したスーパーNIPTではなく、最新のCOATE法による全く別のNIPTを採用しています。より高精度な検査を実現し、偽陽性を大幅に削減しています。
当院の診療方針
ミネルバクリニックでは、NIPTを実施する際に以下の点を重視しています:
- NIPTはあくまでスクリーニング検査であることの十分な説明
- 超音波検査との併用の重要性
- NT肥厚や構造異常が認められた場合の積極的な侵襲的検査の推奨
- 臨床遺伝専門医による正確な情報提供と意思決定支援
- 陽性時の確定検査を自院で実施できる体制(2025年6月~)
NIPTは非常に有用な検査ですが、万能ではありません。その限界を正しく理解し、超音波検査や必要に応じた侵襲的検査を組み合わせた統合的なアプローチが、包括的な出生前診断のゴールドスタンダードです。
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よくある質問(FAQ)
参考文献
- VeriSeq NIPT Solution v2 Package Insert (1000000078751 v09) – Illumina Inc.
support.illumina.com/… - Terminal deletion of chromosome 13 in a fetus with normal NIPT: The added value of invasive prenatal diagnosis in the NIPT era. Prenatal Diagnosis, 2020.
www.researchgate.net/publication/341362512 - Utility of noninvasive genome-wide screening: a prospective cohort of obstetric patients undergoing diagnostic testing. Genetics in Medicine, 2021.
www.nature.com/articles/s41436-021-01147-4 - Efficiency of expanded noninvasive prenatal testing in the detection of fetal subchromosomal microdeletion and microduplication in a cohort of 31,256 single pregnancies. Scientific Reports, 2022.
www.nature.com/articles/s41598-022-24337-9 - Strategies to Detect Chromosomal Anomalies Not Identified by NIPT. Journal of Clinical Medicine, 2025.
www.researchgate.net/publication/389217400 - Jacobsen syndrome: MedlinePlus Genetics.
medlineplus.gov/genetics/condition/jacobsen-syndrome/ - Nuchal thickening in Jacobsen syndrome. Prenatal Diagnosis, 1998.
pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9819862/ - ACOG Practice Bulletin: Screening for Fetal Chromosomal Abnormalities. American College of Obstetricians and Gynecologists, 2020.
www.acog.org/clinical/clinical-guidance/practice-bulletin

