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限局性胎盤モザイク(CPM)について
妊娠中に発生する「限局性胎盤モザイク(CPM)」は、胎児の健康や発育に影響を与える可能性がある重要な状態です。この記事では、CPMが胎児発育不良(FGR)にどのように関連しているか、そしてNIPT検査における偽陽性との関係について解説します。
限局性胎盤モザイク(CPM: Confined Placental Mosaicism)とは、胎盤の細胞の一部にだけ染色体の異常が見られる状態です。重要なポイントは、胎児自身には染色体異常がないことです。つまり、赤ちゃん自身の遺伝子は正常であっても、栄養や酸素を届ける「胎盤」の一部に問題がある状態と言えます。
CPMはさらに以下の3つのタイプに分類されます。
- タイプ1: 細胞分裂を直接観察する直接培養法でのみ異常が見られる
- タイプ2: 長期培養法でのみ異常が見られる
- タイプ3: 両方の培養法で異常が見られる
胎児発育不良(FGR)とは?
胎児発育不良(FGR: Fetal Growth Restriction)は、赤ちゃんが子宮内で期待される成長速度に達していない状態を指します。医学的には、胎児の推定体重が同じ週数の平均値の10パーセンタイル未満である場合にFGRと診断されることが多いです。
重要: FGRは単なる「小さい赤ちゃん」とは異なり、健康上のリスクを伴う可能性がある医学的な状態です。早期発見と適切な管理が重要となります。
CPMがFGRを引き起こすメカニズム
CPMがどのように赤ちゃんの成長に影響するのか、そのしくみを見ていきましょう。
- 栄養と酸素の供給障害:CPMにより胎盤の機能が低下すると、赤ちゃんに必要な栄養素や酸素が十分に届かなくなります。
- 血管形成の問題:特に特定の染色体異常(トリソミー16など)では、胎盤内の血管の発達が妨げられることがあります。
- 胎盤の線維化:染色体異常により胎盤組織が硬くなり(線維化)、効率的に機能しなくなる場合があります。

図: 限局性胎盤モザイク(CPM)が胎盤機能を通じて胎児発育に影響するメカニズム
CPMとNIPT検査の関係 – 偽陽性の原因に
CPMはNIPTの偽陽性の主要原因
新型出生前検査(NIPT)において、CPMは偽陽性の最も重要な原因の一つとなっています。正確な診断のためには、陽性結果が出た場合の確定検査が必須です。
新型出生前検査(NIPT: Non-Invasive Prenatal Testing)は、母体の血液中に存在する胎児由来のDNA断片(cell-free DNA)を分析して、胎児の染色体異常の可能性を調べる検査です。
CPMがNIPTの偽陽性の主要な原因の一つとなることが知られています。これは以下の理由によります。
- NIPTで検出されるDNAは胎児だけでなく、胎盤由来のDNAも含まれています
- CPMがある場合、胎盤の一部に染色体異常があるため、その異常DNAがNIPT結果に反映される
- しかし、胎児自身は正常な染色体を持っているため、結果として「偽陽性」となる
研究データによると、NIPTの偽陽性の約20~30%はCPMが原因と考えられています。特に21トリソミー(ダウン症候群)、18トリソミー(エドワーズ症候群)、13トリソミー(パトー症候群)のスクリーニングにおいて、CPMは偽陽性の重要な要因です。
重要:NIPTで陽性結果が出た場合、それが胎児の染色体異常を意味するとは限りません。確定診断のためには、羊水検査や絨毛検査などの追加検査が必要です。
研究データから見るCPMとFGRの関係
最近の研究では、CPMと胎児発育不良の間に明確な関連性が示されています。
研究で明らかになった主要データ
- CPMがある場合、FGRのリスクは約3倍に増加します
- 特にトリソミー型(染色体が1本多い状態)のCPMでは、約25~30%の赤ちゃんに発育遅延が見られます
- CPMがある妊婦さんから生まれた赤ちゃんは、低出生体重(2,500g未満)の割合が約18%(通常は約6%)と高くなっています
これらのデータは、CPMのある妊娠ではFGRのリスクが有意に高まることを示しています。特に特定の染色体異常を含むCPMでは、そのリスクがさらに上昇します。
どんな染色体異常が特に影響するの?
すべてのCPMが同じリスクをもたらすわけではありません。特に注意が必要なのは。
- トリソミー16, 22 – 最もFGRリスクが高いとされています
- 性染色体の異常(例:ターナー症候群の染色体パターン)- 軽度から中等度のFGRと関連
- 微細欠失(染色体の一部が欠けている状態)- リスクは比較的低いですが、胎盤機能への影響はあります
特にトリソミー16のCPMでは、FGRだけでなく、子宮内胎児発育遅延(IUGR)や子癇前症などの妊娠合併症のリスクも高まることが報告されています。
CPMが疑われた場合の検査と管理
CPMが見つかった、または疑われる場合は、以下のような対応が考えられます。
- 定期的な超音波検査 – 赤ちゃんの成長を細かくチェック
- ドップラー検査 – 胎盤と赤ちゃんの間の血流を評価
- 追加的な遺伝学的検査 – 羊水検査などで赤ちゃん自身の染色体を確認
- 妊娠合併症の予防 – 状況によっては低用量アスピリンの使用も検討される場合も
確定検査の重要性
NIPTで陽性結果が出た場合、確定診断のために以下の検査が考慮されます。
- 絨毛検査:妊娠11~13週頃に、胎盤の一部を採取して検査します。
- 羊水検査:妊娠15~18週頃に、羊水を採取して検査します。
これらの検査によって、赤ちゃんが実際に染色体異常を持っているのか、またはCPMによる偽陽性なのかを確認することができます。
CPMの科学的研究事例
トリソミー16のCPMに関する研究
Grati et al.(2018)の研究によると、トリソミー16のCPMがある妊娠では
- 約30%の症例でFGRが報告されています
- 約25%で子宮内胎児発育遅延(IUGR)が見られました
- 約15%で子癇前症の合併が確認されました
これらのデータは、特定のタイプのCPMが胎児発育と妊娠経過に重大な影響を与える可能性があることを示しています。
妊婦さんへのアドバイス
CPMが見つかった場合でも、多くの赤ちゃんは問題なく成長します。ただし、より慎重な観察が必要になります。
- 担当医の指示に従い、定期検診を欠かさない
- 胎動や体調の変化に注意し、気になることがあればすぐに相談する
- 過度な心配は避け、専門家のアドバイスを信頼する
- NIPTで陽性結果が出た場合、確定診断のための追加検査を検討する
安心してください: CPMが見つかった場合でも、適切な管理と定期的な観察により、多くの場合は健康な赤ちゃんを出産できます。不安な気持ちは自然なことですが、専門家と連携しながら一緒に最適なケアを行っていきましょう。
遺伝カウンセリングを受けることで、あなたの状況に合った情報と心理的サポートを得ることができます。専門家と一緒に、お子さんのために最善の選択を考えていきましょう。
まとめ
- 限局性胎盤モザイク(CPM)は、胎盤の一部の細胞にのみ染色体異常がある状態です。
- CPMは胎児発育不良(FGR)のリスクを約3倍に高める可能性があります。
- CPMはNIPTの偽陽性の主要な原因の一つであり、陽性結果が出た場合は確定検査が必要です。
- すべてのCPMが同じリスクをもたらすわけではなく、特にトリソミー16や22などの特定の染色体異常で問題が起こりやすいです。
- CPMが見つかった場合は、定期的な超音波検査やドップラー検査など、慎重な管理が必要です。
- 多くの場合、適切な管理と観察により、CPMがあっても健康な赤ちゃんを出産できます。
参考文献
- Grati FR, et al. (2018). Implications of fetoplacental mosaicism on cell-free DNA testing: a review of a common biological phenomenon. Ultrasound Obstet Gynecol, 51(6), 753-765.
- Benn P, et al. (2019). The clinical impact of confined placental mosaicism in chorionic villus samples and implications for noninvasive prenatal testing. Am J Obstet Gynecol, 220(6), 527-530.
- Kalousek DK, et al. (2000). Pathology of the human placenta in chromosomal abnormalities. Birth Defects Res A Clin Mol Teratol, 70(11), 713-727.
- Wilkins-Haug L, et al. (2006). Management of a multiple pregnancy with a confined placental mosaicism: a case report. Prenat Diagn, 26(12), 1142-1146.
- www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK1295/
- obgyn.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/pd.6712
- www.frontiersin.org/journals/medicine/articles/10.3389/fmed.2025.1522680/full