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RNF216遺伝子とTRIAD3 ― ユビキチンリガーゼが結ぶ小脳失調・性腺機能低下(ゴードン・ホームズ症候群)とがん

目次

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

RNF216遺伝子は、体の中で不要になったタンパク質に「分解の目印」を付ける酵素、E3ユビキチンリガーゼの設計図です。この目印付けがうまく働かなくなると、小脳がうまく動かせなくなる運動失調、記憶や判断の力が落ちる認知機能の低下、そして思春期が来ない・不妊といった性腺(生殖腺)の働きの低下が重なって現れることがあります。これらをまとめた病気がゴードン・ホームズ症候群です。一方で、同じ遺伝子ががん細胞の中で働きすぎると、今度はがんの勢いを強めてしまうことも分かってきました。この記事では、RNF216がどんな遺伝子で、変化するとなぜ脳と生殖の両方に影響するのか、そしてがんや心の病気とどうつながるのかを、現在の医学的知見に基づいて解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 RNF216・ユビキチン・ゴードン・ホームズ症候群
臨床遺伝専門医監修

Q. RNF216遺伝子とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. RNF216遺伝子は、不要なタンパク質に「分解の目印(ユビキチン)」を付ける酵素、E3ユビキチンリガーゼの設計図です。この目印付けは、脳の神経のつながりを整えたり、生殖ホルモンの司令塔を動かしたりするのに欠かせません。両親から受け継いだRNF216が2つとも働かなくなると、小脳失調・認知機能の低下・性腺機能の低下が重なるゴードン・ホームズ症候群という病気の原因になります。逆に、がん細胞ではRNF216が働きすぎることで、がんを抑える仕組みが壊れ、悪性度が上がることも報告されています。

  • 正体 → 不要なタンパク質に分解の目印を付けるE3ユビキチンリガーゼ(別名TRIAD3)
  • 得意技 → 珍しい「RBR型」の酵素で、いろいろな種類の目印を付け分けられる
  • 脳での役割 → 神経のつながり(シナプス)を整え、記憶や学習を支える
  • 生殖での役割 → 生殖ホルモンの司令塔(GnRH)と精子づくりに必須
  • 病気とのつながり → 働かないとゴードン・ホームズ症候群、働きすぎるとがんの悪化に関与

🧬 RNF216遺伝子の基本情報

項目 内容
遺伝子名・別名 RNF216(Ring Finger Protein 216/リング・フィンガー・プロテイン216)。つくられるタンパク質はTRIAD3(トライアド3)、またはZINとも呼ばれます
場所(座位) 7番染色体の短い腕(短腕)の7p22.1という領域[1]
つくられるもの 約866個のアミノ酸からなるE3ユビキチンリガーゼ(タンパク質に分解の目印を付ける酵素)[2]
主なはたらき 不要なタンパク質の分解・免疫の調整・神経のつながりの調整・生殖ホルモンの制御
関連する病気 ゴードン・ホームズ症候群、ハンチントン病様疾患(働かない場合)/各種のがんの悪化(働きすぎる場合)[1]
主な遺伝形式 常染色体潜性(劣性)遺伝が中心。まれに新生突然変異による例も報告[3]

※本記事は一般の方と遺伝診療に関わる方の両方に向けた遺伝子の解説です。特定の検査を勧めるものではありません。

1. RNF216遺伝子とは ─ 「分解の目印」を付ける酵素の設計図

私たちの体をつくる細胞の中では、たえず新しいタンパク質がつくられ、役目を終えた古いタンパク質が処分されています。この「つくる」と「処分する」のバランスが崩れると、細胞はうまく働けなくなります。RNF216遺伝子は、この「処分する」側を担う酵素の設計図です。7番染色体の短い腕にある7p22.1という場所にあり[1]、そこからつくられるのが、約866個のアミノ酸からなるユビキチンを扱う酵素、E3ユビキチンリガーゼです[2]

RNF216がつくるタンパク質には、いくつかの呼び名があります。研究の世界ではTRIAD3(トライアド3)という名前がよく使われ、またZINと呼ばれることもあります[1]。名前は違っても、指しているのは同じ分子です。この記事でも、文脈に応じて「RNF216」「TRIAD3」を使い分けますが、どちらも同じものだと考えてください。

💡 用語解説:E3ユビキチンリガーゼとは

細胞の中では、不要になったタンパク質にユビキチンという小さな目印を付けて「これは処分してよい」と示す仕組みがあります。この目印を付ける作業は、E1・E2・E3という3種類の酵素がリレーのように受け渡して進みます。中でもE3リガーゼは「どのタンパク質に目印を付けるか」を選ぶ最終責任者で、いわば分別の担当者です。ヒトには600種類以上のE3リガーゼがあり、RNF216はその一つです[6]

かつてRNF216は「不要なタンパク質を分解へ回すだけの掃除係」と考えられていました。しかし、次世代シーケンサーによる遺伝子解析や、タンパク質の機能や相互作用を精密に調べる技術が進んだことで、その役割がはるかに広いことが分かってきました。RNF216は、脳の神経のつながりを整えたり、生殖ホルモンの司令塔を動かしたり、免疫の暴走を抑えたりと、体のさまざまな場面で「調整役」として働いています[2]。単なる掃除係ではなく、細胞のふるまいを左右する重要なスイッチだった、というわけです。

この遺伝子が注目されるようになった大きなきっかけは、病気との関わりです。RNF216が両方とも働かなくなると、小脳の運動失調・認知機能の低下・生殖腺の働きの低下が重なるゴードン・ホームズ症候群という病気が起こります[1]。一方で、がんの領域では、RNF216が働きすぎることでがんを抑える仕組みが壊れ、腫瘍の勢いが増すことも報告されています[5]。同じ遺伝子が、足りなくても多すぎても病気につながる——RNF216は、そんな両面を持つ遺伝子です。

2. ユビキチンという「目印」の付け方 ─ 種類で意味が変わる

RNF216の働きを理解するには、まず「ユビキチンの目印」には何種類もあることを知っておくと役立ちます。ユビキチンは1個だけ付くこともあれば、数珠つなぎになって鎖のように連なることもあります。そして、どのつなぎ方で鎖ができるかによって、細胞に伝わるメッセージが変わるのです。

よく知られているのが、K48結合型と呼ばれるつなぎ方です。これは「このタンパク質をプロテアソーム(細胞のシュレッダー)で分解してください」という古典的な処分の合図になります。一方、K63結合型というつなぎ方は、必ずしも分解を意味せず、信号を伝えるための「足場づくり」や、細胞の情報伝達の目印として使われます[6]

💡 用語解説:K48・K63とは

ユビキチンどうしをつなぐとき、ユビキチンのどの位置(リジンというアミノ酸の番号)を使ってつなぐかで名前が変わります。48番目を使えばK48結合、63番目を使えばK63結合です。K48は「分解しなさい」、K63は「信号を伝えなさい・場をつくりなさい」という具合に、同じユビキチンでも“文法”が違うと考えると分かりやすいです。

RNF216は長らく、分解の合図であるK48結合型の鎖をつくると考えられてきました。ところが、精製したタンパク質を使った詳しい実験によって、RNF216は本来、信号伝達に使われるK63結合型の鎖を専門的につくる能力を持つことが示されました[6]。しかも、後で詳しく触れるゴードン・ホームズ症候群でみられる遺伝子の変化が起きると、このK63型の鎖をつくる力が失われてしまうことも分かっています[6]。つまり、RNF216が「正しい種類の目印」を付けられなくなることが、病気の引き金の一つになっているのです。

さらに近年の研究では、RNF216は状況に応じて、K63型だけでなくK11とK63が混ざった鎖など、複数の種類の目印を付け分けられることが報告されています[8]。相手のタンパク質や細胞の状態に合わせて、付ける目印の“意味”を柔軟に変えられる——これがRNF216の大きな特徴です。加えて、SUMO(SUMO化という別の目印)が付いた相手を認識して、分解ではなく信号伝達型の目印を重ねて付けることも示されており[9]、その調整は何層にもわたっています。

3. RBR型リガーゼ ─ 二つの仕組みを併せ持つ珍しい酵素

RNF216は、E3リガーゼの中でも特に珍しいタイプに属します。E3リガーゼは大きく分けて、目印付けの仲介だけをする「RING型」と、いったん自分自身に目印を受け取ってから相手へ渡す「HECT型」があります。RNF216は、その両方の性質を併せ持つRBR型(RING-between-RING/リング・ビトウィーン・リング)という、ヒトに14種類ほどしかない特殊な酵素です[6]

💡 用語解説:RBR型リガーゼとは

RBR型は、2つのRINGドメイン(リング状の構造)の間にIBRという部品をはさんだ「Triad(トライアド)」という三点セットの構造を持ちます。RNF216の別名TRIAD3は、この構造に由来します。RBR型はまず自分の中の特定の部品にユビキチンをいったん受け取り、そのうえで相手に受け渡す、という二段構えの受け渡しをします[13]

目印付けの流れを具体的に見てみましょう。まずRNF216の最初のRING部分が、ユビキチンを運んでくる相棒の酵素(E2酵素)をつかまえます。次に、そのユビキチンをRNF216自身の中にある反応の中心部(保存された触媒システインという場所)にいったん受け取り、一時的な結合をつくります。そして最後に、目印を付けたい相手のタンパク質へとユビキチンを受け渡します[6]。この精密な多段階の受け渡しがあるからこそ、RNF216は正しい相手に正しい目印を付けられるのです。

この酵素がきちんと働くには、反応の中心部だけでなく、その後ろに続くしっぽのような領域(C末端の延長部)も欠かせません。この部分には、線状の鎖をつくる別の酵素(HOIP)とよく似た構造があることが分かっており、目印の種類を決めたり、酵素全体を組み立てたりするうえで中心的な役割を果たしています[20]。ゴードン・ホームズ症候群でみられる遺伝子の変化の多くは、この反応の中心部やしっぽの領域を壊すもので、その結果、酵素としての働きが失われてしまいます[10]

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「分解する遺伝子」を単純に読まない】

遺伝子検査の結果を読むとき、「この遺伝子はタンパク質を分解する係だから、変化があっても分解が少し滞る程度だろう」と単純に考えるのは危険です。RNF216のように、付ける目印の種類を選び分け、脳や生殖といったまったく別の場面で働く遺伝子では、一つの変化が思いがけず広い範囲に影響します。

文献を踏まえると、同じ遺伝子でも変化の性質——どの部分が、どのように変わったか——によって現れ方が変わることがあります。RNF216は、遺伝子変化の位置や性質と機能への影響を個別に評価する必要性をよく示す遺伝子です。

4. 細胞の中での4つの働き ─ 免疫・オートファジー・相分離

RNF216は、脳・精巣・肝臓・筋肉・免疫細胞など、体の広い範囲でつくられています。そして場所や状況に応じて、相手を変えながらさまざまな働きをしています[5]。ここでは代表的な4つの働きを見ていきましょう。まず全体像を図で整理します。

① 免疫のブレーキ炎症の暴走を抑える
② オートファジー調整細胞の自己浄化を制御
③ 相分離の操作タンパク質を一箇所に集める
④ 神経のつながり調整記憶・学習を支える

① 免疫の暴走を抑えるブレーキ役

RNF216が最初に注目された働きは、免疫の暴走を防ぐブレーキ役でした。体が病原体を感知すると、TLR(トール様受容体)という見張り役のセンサーが働き、炎症の信号が広がります。RNF216は、このTLRや、その下流で信号を伝える中継役のタンパク質に目印を付けて分解へ導き、炎症の合図であるNF-κB経路やインターフェロンの産生が過剰にならないよう抑えます[2]。免疫は強すぎても弱すぎても困るもので、RNF216はその「行きすぎ」を止める調整弁の一つなのです。

② オートファジー(細胞の自己浄化)の調整

細胞には、不要なものをまとめて掃除するオートファジーという仕組みがあります。RNF216は、このオートファジーを始めるのに欠かせない中心的なタンパク質(BECN1/ベクリン1)に目印を付けて分解し、オートファジーを抑える方向に働きます[22]。細胞内に入り込む細菌の感染モデルでは、RNF216がオートファジーを抑えることで、かえって細菌の増殖を許してしまう場合があることも示されています[22]。RNF216は、タンパク質を分解するもう一つの仕組みであるユビキチン系と、オートファジーという二大掃除システムの橋渡しをしているのです。

③ 相分離を操って神経の病気に関わる

近年、特に注目を集めているのが、RNF216が液–液相分離(LLPS)という現象を起こす能力です[8]。相分離とは、水の中に油の粒ができるように、細胞の中で特定のタンパク質だけが小さな液の粒(液滴)に集まる現象です。RNF216は、アルツハイマー病などで問題になるタウというタンパク質を自分がつくる液滴の中に集め、そこで目印を付けます[8]

本来なら、この仕組みでタウをまとめて掃除できるはずでした。ところが予想に反し、液滴の中に高濃度で閉じ込められたタウは、液体から固体の塊(アミロイド線維)へと急速に変わり、かえって神経を傷める線維化が進んでしまうことが分かりました[8]。RNF216は、単に目印を付けるだけでなく、細胞の中の物理的な環境そのものを操作する存在であり、その働きが裏目に出ると神経の病気を加速させかねない——そんな複雑な一面が見えてきています[15]

💡 用語解説:タウと相分離

タウは神経細胞の中で骨組み(微小管)を支えるタンパク質です。異常に固まると、アルツハイマー病などの「タウオパチー」と呼ばれる神経の病気につながります。相分離は、タンパク質を一箇所に集めて反応を効率よく進めるための正常な仕組みですが、集めすぎると固まってしまうリスクもあり、諸刃の剣です。

④ 神経のつながりを整える働き

4つめは、記憶や学習の土台となる神経のつながり(シナプス可塑性)を整える働きです。これは病気とのつながりが深いため、次の章でくわしく見ていきます。

5. 脳と生殖 ─ なぜ両方に影響するのか

RNF216がうまく働かないと、脳の高次機能と、生殖する力の両方が損なわれます。これは、RNF216が神経のつながりと、生殖ホルモンの司令塔の両方で、細胞を正常に保つために欠かせないからです。

神経のつながりを整える ─ ARCというタンパク質の調整

記憶や学習は、神経どうしのつなぎ目(シナプス)が状況に応じて強くなったり弱くなったりすること(シナプス可塑性)によって支えられています。RNF216は、この調整に関わるARCというタンパク質の量を厳しく管理しています[2]RNF216はARCに目印を付けて速やかに分解し、必要以上に増えないようにしています。

RNF216が働かなくなるとARCが分解されずに溜まり、神経の受け皿であるAMPA型グルタミン酸受容体シナプスの表面から過剰に引っ込められてしまいます[2]。その結果、神経のつながりのバランスが崩れ、これがRNF216の変化を持つ患者さんにみられる認知機能の低下の主要な仕組みだと考えられています[2]

RNF216機能低下によりArcのユビキチン化・分解が障害され、Arc蓄積とAMPA受容体の過剰な内在化を介してシナプス伝達・可塑性が低下する仕組みを正常状態と比較した模式図

正常ではRNF216(TRIAD3)がArcのユビキチン化と分解に関与し、シナプス後膜のAMPA受容体量の調節を支えます。RNF216の機能が低下するとArcが蓄積し、AMPA受容体の内在化が亢進することで、シナプス伝達・可塑性が低下し、RNF216関連疾患にみられる認知機能障害に関与すると考えられています。

生殖ホルモンの司令塔 ─ HPG軸を支える

生殖の働きは、脳の視床下部から始まる指令が、下垂体、そして卵巣・精巣へと伝わる連携(視床下部-下垂体-性腺軸=HPG軸)によって保たれています。RNF216は、この連携の出発点であるGnRH(ゴナドトロピン放出ホルモン)をつくる神経の維持に欠かせません[17]

RNF216を働かなくしたマウスの研究では、GnRHをつくる神経の細胞体が小さくなり、GnRHの安定した産生が低下することが分かりました[17]。生殖に不可欠なGnRHの産生や、それに関連する細胞内シグナルが低下するのです。しかもこの影響には性差があり、オスのほうが重い生殖機能の障害を示し、精巣の容積が極端に小さくなることが報告されています[7]。この背景には、RNF216がSTAU2という別のタンパク質の量を調整し、神経の中での情報伝達の材料(mRNA)の運搬・翻訳を整えていることが関わっていると考えられています[33]

精子づくりにも直接必要

RNF216は、精子をつくる過程(精子形成)そのものにも直接必要です。オスのマウスでRNF216を働かなくすると、精子のもとになる細胞が減数分裂の途中で分化を止め、その段階で多くが死んでしまうため、精子がまったくできない状態(無精子症)になります[7]。この仕組みには、RNF216がPRKACB(プロテインキナーゼAの一部)の分解を促し、精巣の中の信号伝達を適切に調整していることが関わっています[2]。一方、メスの生殖細胞の発生にはRNF216は必須ではないことも確認されており[35]、性別による役割の違いがうかがえます。

💡 用語解説:減数分裂と無精子症

減数分裂とは、精子や卵子をつくるときに染色体の数を半分にする特別な細胞分裂です。この過程が途中で止まると、精子がつくられなくなります。精液中に精子が見当たらない状態を無精子症といいます。

6. ゴードン・ホームズ症候群 ─ RNF216関連疾患の中心

RNF216が両方とも働かなくなると、主に常染色体潜性(劣性)の形で神経と生殖の病気が起こります。歴史的にはいくつかの病名で呼ばれてきましたが、現在ではこれらは共通の背景を持つRNF216関連疾患という一つのつながり(スペクトラム)として理解されています[37]。その中心がゴードン・ホームズ症候群です。

ゴードン・ホームズ症候群(GHS)の三つの特徴

ゴードン・ホームズ症候群は、1907年に英国の神経学者ゴードン・ホームズによって初めて記載された希少な病気です。次の三つの特徴が重なって現れます[1]

小脳失調歩行・動作のふらつき
認知機能の低下記憶・判断の力の低下
性腺機能低下思春期が来ない・不妊

ここで大切なのは、症状が現れる順番です。性腺機能低下が神経症状に先行する例が少なくなく、思春期が来ない・月経が始まらない・二次性徴が現れない・男性不妊といった兆候が先に気づかれることがあります[42]。つまり、生殖内分泌の異常が、後にやってくる神経の変化を予測する手がかりになりうるのです。神経症状の発症平均年齢は29.2歳と報告されていますが[37]、性腺の兆候はそれより早く現れることが少なくありません。

⚠️ 見逃さないために

思春期の遅れや性腺機能低下だけが先に現れ、神経症状はまだ出ていない——この段階でRNF216関連疾患を疑えるかどうかが、その後の診療を大きく左右します。性腺機能低下の背景に神経の病気が隠れている可能性を念頭に置くことが、早期の正確な診断につながります。

ハンチントン病様疾患という別の現れ方

RNF216の変化を持つ人の一部は、小脳失調よりも、顔や手足の不随意運動(舞踏運動)、行動や精神面の変化、進行する認知症を主な特徴とするハンチントン病によく似た現れ方(ハンチントン病様疾患)を示します[10]。30歳以降に発症した例では舞踏運動が初発症状となる割合が高いことが報告されており[37]、脳のMRI検査では大脳の広い範囲に白質の変化がみられることが特徴とされています[10]。同じRNF216の変化でも、人によって現れ方に幅があるのです。

病気が起こる仕組みとしては、報告されているRNF216の変化の多くが、酵素の反応の中心部やしっぽの領域を壊すもので、その結果、目印を付ける力が失われます[37]。ARCなどの標的タンパク質が分解されずに溜まり、神経細胞に毒性のある塊が蓄積することが、神経が失われていく原因の一つと考えられています[2]

7. 遺伝形式と診断 ─ どう受け継がれ、どう調べるか

主に常染色体潜性(劣性)遺伝

RNF216関連疾患は、多くの場合常染色体潜性(劣性)遺伝という形で受け継がれます[9]。これは、父方と母方から受け継いだRNF216が両方とも変化している場合に発症する、という遺伝形式です。片方だけが変化している人は「保因者」と呼ばれ、通常は症状が出ません。

両親がともに保因者の場合、子どもが発症する確率は妊娠ごとに4分の1(25%)です。血縁関係のある両親(血族婚)では、同じ変化を共有している可能性が高まるため、こうした潜性遺伝の病気が現れやすくなります。ご家族に同じような症状の方がいる場合や、血縁のあるご夫婦の場合は、遺伝カウンセリングでこうした再発の可能性について整理しておくことが役立ちます。

💡 用語解説:ミスセンス・ナンセンス・フレームシフト

遺伝子の変化にはいくつかのタイプがあります。ミスセンス変異はアミノ酸が1つ別のものに置き換わる変化、ナンセンス変異は途中でタンパク質づくりが止まってしまう変化、フレームシフト変異は読み枠がずれて以降の設計図が崩れる変化です。RNF216関連疾患では、これらいずれのタイプも報告されています[37]

まれに新生突然変異による例も

RNF216関連疾患は潜性遺伝が中心ですが、例外もあります。両親から受け継いだのではなく、その人に新しく生じた変化(新生突然変異/de novo)が関わる例も報告されています[3]。家族歴がないからといってRNF216関連疾患を除外できるわけではない、という点は、診断で見落とさないために大切です。

似た症状の他の遺伝子との鑑別

「小脳失調と性腺機能低下が重なる」という症状は、RNF216だけでなく、STUB1PNPLA6、OTUD4など、複数の遺伝子の変化でも起こりえます[38]。このうちOTUD4は、RNF216が付けた目印を外す働きをする酵素で、細胞の中でRNF216と密接に協力していることが分かっています[19]

かつては、RNF216とOTUD4の両方に変化があることで発症する「二遺伝子(ダイジェニック)遺伝」という説が提唱されました[10]。しかしその後、OTUD4に変化がなくRNF216だけの両アレル病的バリアントで発症する例が確認され、RNF216単独で成立する単一遺伝子性の病態が多数を占めることが示されています[37]。一方、近年のレビューでも他遺伝子との二遺伝子性と解釈された家系が報告されており、遺伝的背景が表現型に影響する可能性は残されています。症状が重なる場合には複数の原因遺伝子をまとめて調べることが役立ちます。

診断のための検査

こうした背景から、RNF216関連疾患が疑われる場合には、複数の原因遺伝子を一度に調べられる全エクソーム検査(WES)や、目的を絞った遺伝子パネル検査が役立ちます[37]。特に、性腺機能低下が先に見つかった段階で神経内科と連携し、必要に応じて遺伝学的検査を検討することが、その後の見通しを立てるうえで重要になります。運動失調を軸に調べる場合は運動失調症の遺伝子パネル検査、性腺機能低下を軸に調べる場合は低ゴナドトロピン性性腺機能低下症の遺伝子検査など、どの症状を入り口にするかで検査の組み立ても変わってきます。

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8. がん・双極性障害 ─ 「働きすぎ」が招く別の問題

RNF216は、足りないと神経や生殖の病気を招きますが、逆に「働きすぎ」や量の異常が、まったく別の病気につながることも分かってきました。

がん ─ 細胞死のブレーキを外してしまう

神経細胞ではRNF216が足りないと問題が起きますが、がん細胞ではその逆で、RNF216が過剰に働くことで、がんの勢いが増すことが報告されています[5]。多くの腫瘍でRNF216の量が増えており、予後の目安となるバイオマーカーとして注目されています[5]

その仕組みの中心にあるのが、フェロトーシス(鉄に依存する細胞死)の抑制です[11]。RNF216は、がんを抑える代表的なタンパク質であるp53に目印を付けて分解してしまいます[5]。p53が減ると、通常はp53が抑えているはずのSLC7A11という分子が増え、細胞内でグルタチオンが多くつくられます[12]。その結果、活性酸素による細胞へのダメージが消去され、がん細胞はフェロトーシスを免れて増殖を続け、上皮間葉転換(EMT)を伴う浸潤・転移も起こしやすくなります[11]

この仕組みは、逆にがん治療の標的にもなりえます。研究では、RNF216の働きを抑えるとp53が安定し、がん細胞にフェロトーシスが誘導されて増殖が抑えられることが示されています[5]。また、RNF216の高い発現が放射線への抵抗性の一因となる例もあり、RNF216を抑えることで治療への感受性が回復する可能性も研究されています[23]。こうした背景から、RNF216の働きを狙う低分子化合物や、標的タンパク質を分解へ導くPROTACという新しい創薬技術も、将来の治療戦略として検討されています。なお、これらはまだ研究段階の知見であり、現時点で確立した治療法ではありません。

双極性障害との関連

RNF216は、比較的頻度の高い心の病気とも関わる可能性が示されています。日本人を対象とした研究で、RNF216遺伝子や神経のつなぎ目に関わる遺伝子群におけるコピー数変異(DNAの一部が増減する変化)が、双極性障害の発症リスクと関連することが報告されました[21]。RNF216が神経のつながりに欠かせないことを踏まえると、その量の遺伝的な過不足が、気分の大きな変動という形につながる可能性が考えられています[21]。ただし、これは関連を示す研究段階の知見であり、RNF216の変化があれば双極性障害になる、という単純な話ではありません。

9. 遺伝診療との接点 ─ 検査で見つかったときに大切なこと

RNF216は、「タンパク質を分解する係」という一見地味な役割からは想像しにくいほど、脳・生殖・免疫・がんと、体の広い範囲に関わる遺伝子です。だからこそ、遺伝子検査でRNF216に変化が見つかったときには、その意味をていねいに読み解く必要があります。

RNF216関連疾患では、性腺機能低下が神経症状に先行する例が少なくありません[42]。そのため、思春期の遅れや不妊をきっかけに内分泌の検査を受けている段階で、後に続きうる神経の変化を見据えた評価につなげられるかどうかが、その後の見通しを大きく左右します。診断名がつくまでに時間がかかることは、多くの希少・遺伝性疾患に共通する経過であり、原因がわからないまま検査を重ねる期間は、ご本人にもご家族にも負担の大きいものです。

当院では、遺伝子や染色体に関わる検査の前後で、臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行っています。話し合う内容は、検査で何が分かり何が分からないのか、見つかった変化がご本人やご家族にとってどういう意味を持つのか、どのような選択肢があるのか、といった点です。RNF216関連疾患のように常染色体潜性の形をとる病気では、ご家族の中での再発の可能性や、保因者かどうかといった情報も、整理しておくと役立つことがあります。

なお、RNF216とがんの関わりは、現時点では研究段階の知見が中心で、日常の遺伝診療で直接その目的の検査をする対象ではありません。ここでは「一つの遺伝子が、足りなくても多すぎても体に影響しうる」という理解の土台として位置づけています。遺伝性のがんについては、原因となる遺伝子や検査の枠組みが別に整理されており、気になる場合はその文脈で相談していただくのがよいでしょう。正確な診断に基づいて選択肢を検討できるよう、遺伝カウンセリングでは判断材料を整理します。

10. よくある誤解

誤解①「分解する遺伝子だから影響は小さい」

RNF216は単なる掃除係ではありません。付ける目印の種類を選び分け、脳・生殖・免疫を調整するスイッチです。両方が働かなくなると、運動失調・認知機能低下・性腺機能低下が重なる重い病気につながります。

誤解②「不妊や思春期の遅れだけなら神経は関係ない」

RNF216関連疾患では、性腺機能低下が神経症状に先行する例が少なくないと報告されています。性腺の兆候が、後に続きうる神経の変化を予測する手がかりになることがあります。

誤解③「家族歴がなければ関係ない」

RNF216関連疾患は常染色体潜性が中心で、保因者の両親には症状が出ません。さらに、まれに新生突然変異による例も報告されており、家族歴がないことだけで除外はできません。

誤解④「同じ遺伝子なら症状も同じ」

RNF216の変化は、小脳失調が目立つゴードン・ホームズ症候群として現れることも、舞踏運動が目立つハンチントン病様疾患として現れることもあります。変化の性質によって現れ方に幅があるのです。

まとめ ─ 足りなくても多すぎても影響する遺伝子

RNF216遺伝子は、不要なタンパク質に「分解の目印」を付けるE3ユビキチンリガーゼの設計図です。珍しいRBR型の酵素として、状況に応じて複数の種類の目印を付け分け、免疫の調整・オートファジー・相分離・神経のつながり・生殖ホルモンの制御という、細胞の基幹的な仕組みの交差点で働いています[2]

その働きが失われると、生殖する力の低下と、進行する神経の変化という二重の病態が現れ、ゴードン・ホームズ症候群やハンチントン病様疾患につながります。逆に、がん細胞ではRNF216が働きすぎることでp53が壊され、細胞死のブレーキが外れて悪性度が増します[11]。足りなくても多すぎても体に影響する——RNF216は、遺伝子の働きを「量」と「質」の両面から読み解くことの大切さを、私たちに教えてくれます。RNF216関連疾患では性腺機能低下が神経症状に先行する例が少なくないため、内分泌の異常が疑われる段階で、神経内科と連携した早期の遺伝学的な評価を検討することが、正確な診断に基づいて方針を検討するための重要な手がかりになります。

よくある質問(FAQ)

Q1. RNF216遺伝子とは何ですか?

RNF216遺伝子は、不要になったタンパク質に「分解の目印(ユビキチン)」を付ける酵素、E3ユビキチンリガーゼの設計図です。つくられるタンパク質はTRIAD3(トライアド3)とも呼ばれます。この目印付けは、脳の神経のつながりを整えたり、生殖ホルモンの司令塔を動かしたり、免疫の暴走を抑えたりと、体のさまざまな場面で欠かせない役割を果たしています。

Q2. RNF216の変化はどんな病気を起こしますか?

父方・母方から受け継いだRNF216が両方とも働かなくなると、小脳の運動失調・認知機能の低下・性腺機能の低下が重なるゴードン・ホームズ症候群という病気の原因になります。人によっては、舞踏運動や認知症を主とするハンチントン病様疾患という現れ方をすることもあります。一方、がん細胞ではRNF216が働きすぎることで悪性度が増すことも報告されています。

Q3. なぜ脳と生殖の両方に影響するのですか?

RNF216は、記憶や学習を支える神経のつながり(シナプス)を整える働きと、生殖ホルモンの司令塔であるGnRH神経や精子づくりを支える働きの、両方に欠かせないからです。そのため、RNF216が働かなくなると、認知機能の低下と、思春期の遅れ・不妊といった生殖の問題が、同時に現れることになります。

Q4. RNF216関連疾患はどのように遺伝しますか?

多くの場合、常染色体潜性(劣性)遺伝という形で受け継がれます。これは、両親から受け継いだRNF216が両方とも変化している場合に発症する形式で、片方だけが変化している保因者は通常症状が出ません。両親がともに保因者の場合、子どもが発症する確率は妊娠ごとに4分の1です。まれに、その人に新しく生じた新生突然変異による例も報告されており、家族歴がないことだけで除外はできません。

Q5. RNF216関連疾患はどうやって診断しますか?

症状が似た他の遺伝子(STUB1、PNPLA6など)もあるため、複数の原因遺伝子を一度に調べられる全エクソーム検査(WES)や、目的を絞った遺伝子パネル検査が役立ちます。特に、思春期の遅れや不妊などの性腺機能低下が先に見つかった段階で、後に続きうる神経の変化を見据えた評価につなげることが大切です。検査の内容や結果の意味については、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングで整理することができます。

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参考文献

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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