目次
📍 クイックナビゲーション
NPR2遺伝子は、身長を決める「調光スイッチ」とも呼ばれる遺伝子です。この遺伝子がつくるタンパク質は、C型ナトリウム利尿ペプチド(CNP)という物質を受け取って骨を伸ばすアクセルとして働きます。はたらきが弱まれば低身長に、逆に強まりすぎれば高身長になり、その効き目の強さが身長の高低に連続的に反映されます。さらにNPR2は、卵子が排卵の直前まで「眠り」を保つための仕組みにも不可欠です。骨と卵子という一見無関係な2つの現場で同じ分子が主役を務めるという不思議を、遺伝専門医が分かりやすく解説します。
Q. NPR2遺伝子とは何をする遺伝子ですか。まず結論だけ知りたいです
A. NPR2遺伝子は、骨の成長板でCNPというホルモン様の物質を受け取り、細胞内にcGMPという合図をつくる受容体の設計図です。この受容体のはたらきが両方の遺伝子で失われると先端中間肢異形成症(マロトー型)という重い低身長になり、片方だけの変化でも低身長の原因になります。逆にはたらきが強くなる変化では高身長が生じます。同じ受容体は卵巣でも使われており、卵子の減数分裂を排卵直前まで止めておく役割を担っています。
- ➤正体 → 9番染色体にある、CNPを受け取る膜結合型のグアニル酸シクラーゼ(GC-B、NPR-B)
- ➤骨での役割 → 成長板の軟骨細胞でcGMPをつくり、骨を長く伸ばすアクセルとして働く
- ➤卵巣での役割 → 卵丘細胞でcGMPをつくり、卵子を排卵直前まで停止状態に保つ
- ➤病気の幅 → 両アレル変異で先端中間肢異形成症、片アレル変異で低身長、機能亢進で高身長
- ➤診療での位置づけ → 原因不明とされてきた低身長の一部を説明する遺伝子で、意義不明の変異の解釈が課題
1. NPR2遺伝子とは:CNPを受け取る「アンテナ兼工場」
NPR2遺伝子は、9番染色体の短腕(9p13.3)に位置し、22個のエクソンから構成されています。この遺伝子から作られるタンパク質は、ナトリウム利尿ペプチド受容体B(NPR-B)、あるいはグアニル酸シクラーゼB(GC-B)と呼ばれます。文献によってはGCB・NPRB・ANPRB・GUCY2Bといった別名で登場することもありますが、いずれも同じ分子を指しています。
この分子がユニークなのは、受容体でありながら、それ自身が酵素でもあるという二重の顔を持っている点です。細胞の外に突き出た部分でリガンド(合図となる物質)を受け取り、細胞の内側にある触媒部分がただちにGTPをcGMPという物質へ変換します。つまり「アンテナ」と「工場」が一体化しているのです。多くのホルモン受容体が、シグナルを受け取ったあと別の分子に仕事を引き継ぐのとは対照的な構造といえます[1]。
💡 用語解説:グアニル酸シクラーゼとcGMP
グアニル酸シクラーゼとは、細胞のエネルギー通貨のひとつであるGTPを材料に、cGMP(環状グアノシン一リン酸)という小さな分子をつくる酵素です。cGMPは細胞の中を素早く広がって、いくつもの標的タンパク質のスイッチを入れる「伝令役」として働きます。
身近な例では、狭心症の薬であるニトログリセリンや勃起不全治療薬も、このcGMPの量を増やすことで血管をゆるめています。NPR2の場合、cGMPが増えると「骨を伸ばせ」「卵子は待機せよ」という2つの異なる指令が、それぞれの組織で発動します。同じ伝令でも、受け取る細胞が違えば意味が変わるのです。
💡 用語解説:CNP(C型ナトリウム利尿ペプチド)
CNPはNPPC遺伝子から作られる小さなペプチドで、1990年に日本で発見されました。「ナトリウム利尿ペプチド」という名前は、同じ仲間のANPやBNPが心臓から出て尿の量を増やす作用を持つことに由来します。ただしCNP自身は利尿ホルモンというより、その場の細胞どうしが近距離で伝え合う局所因子としての性格が強い分子です。NPR2はこのCNPに対して最も高い親和性を示し、ANPやBNPにはあまり反応しません。CNPが鍵、NPR2が鍵穴という関係を覚えておくと、この先の話がすっきり整理できます。
NPR2タンパク質は単独では働かず、同じ分子どうしが2つ組んだ二量体として機能します。細胞の外側にはCNPが収まるポケット(リガンド結合ドメイン)があり、細胞膜を1回だけ貫通したあと、細胞の内側には擬似キナーゼドメインと呼ばれる調節部分、そして最後にグアニル酸シクラーゼの触媒部分が並びます。この擬似キナーゼドメインが、後で述べる「リン酸化によるオン・オフ制御」の要になります。この受容体のはたらきが失われると重い骨格の病気が起こることは、2004年に21家系の解析から明らかにされました[2]。
2. 骨が伸びる仕組み:成長板でNPR2が担うアクセル役
🔍 関連記事:軟骨内骨化とは/骨年齢の見かた/NPPC遺伝子(CNP)
背が伸びるという現象は、骨そのものが風船のようにふくらむのではありません。腕や脚の長い骨、そして背骨の端には「成長板」という軟骨の層があり、ここで軟骨細胞が増え、大きく膨らみ、最後に骨へ置き換わっていきます。この一連の流れを軟骨内骨化と呼びます。成長板は静止期・増殖期・肥大期という層に分かれており、この層が下から順に押し上げられることで骨は長くなります。
CNPとNPR2は、この成長板でもっとも強力な伸長促進シグナルとして働きます。軟骨細胞の表面にあるNPR2にCNPが結合すると、細胞内でcGMPが一気に増えます。増えたcGMPはPKG II(cGMP依存性プロテインキナーゼII、PRKG2遺伝子産物)という酵素を活性化し、軟骨細胞の増殖と、細胞外にコラーゲンやプロテオグリカンといった土台をつくる仕事を後押しします。結果として成長板の各層が厚みを保ち、骨は長く伸び続けます。
CNP–NPR2–cGMP経路と骨の伸長
成長板の軟骨細胞などから分泌
CNPを受け取り、自らcGMPを合成
この経路のどこかが弱まると低身長に、強まりすぎると高身長に傾きます。
重要なのは、この経路が全か無かのスイッチではなく、連続的なダイヤルとして働いている点です。成長ホルモンのように「足りているか、足りていないか」で語られやすいホルモンとは異なり、NPR2の場合は受容体の活性がどれくらい残っているかが、そのまま最終的な身長に反映されます。だからこそ、重い骨格異常から「少し背が低いだけ」の状態まで、幅の広い表現型が生まれるのです。
3. FGFR3との綱引き:アクセルとブレーキが決める最終身長
🔍 関連記事:FGFR3遺伝子/FGFシグナル伝達経路/軟骨無形成症
成長板の伸びる速さは、NPR2というアクセルと、線維芽細胞増殖因子受容体3(FGFR3)というブレーキの綱引きで決まります。FGFR3が過剰に活性化する変異は軟骨無形成症の原因となり、より軽い活性化では軟骨低形成症を生じます。
この2つは単に反対向きに働いているだけではなく、直接つながっていることが分かってきました。NPR2がきちんと働くためには、細胞膜のすぐ内側にある7つのセリン・スレオニンという部位がリン酸化された状態に保たれている必要があります。ところがFGFのシグナルが入ると、脱リン酸化酵素(ホスファターゼ)が呼び寄せられ、この部位からリン酸が外されてしまいます。するとCNPが結合してもcGMPを作れない状態に陥ります。FGFR3はブレーキを踏むだけでなく、アクセルそのものを踏めなくしていたわけです。
💡 用語解説:リン酸化と脱リン酸化
タンパク質に小さなリン酸のかたまりを付けたり外したりすることで、その働きを切り替える仕組みです。多くのタンパク質では「リン酸が付くとオン」ですが、NPR2はやや変わっていて、あらかじめリン酸が付いている状態がオン、外されるとオフになります。つまりNPR2は普段からスイッチが入った状態で待機しており、必要なときに周囲がリン酸を外して黙らせる、という設計になっています。この設計は、後で述べる排卵時の急なオフ操作にも使われています。
この関係を鮮やかに示したのが、遺伝子改変マウスを使った検証です。NPR2の7つの調節部位を、リン酸が付いた状態を模した別のアミノ酸に置き換えたマウスでは、FGFによる脱リン酸化を受け付けなくなります。その結果、このマウスの尾・大腿骨・脛骨、そして体長は、野生型と比べて8%から14%も長くなりました[3]。生きた成長板の中でcGMPの量を光で観察する手法により、FGFがNPR2の活性を実際に低下させていることも確かめられています。骨を伸ばす力と抑える力が、分子レベルで直接握手していたのです。
4. 卵子の「眠り」を守る:減数分裂停止とその解除
🔍 関連記事:顆粒膜細胞/卵丘細胞/卵核胞(GV)とGVBD/減数分裂のしくみ
卵子はとても長い時間を「待機」して過ごします。胎児期に減数分裂を始めたあと、第一分裂の途中で止まり、ディクチオテン期停止と呼ばれる状態で何年も、人によっては数十年も待ち続けます。そして排卵の直前になってはじめて、眠りから覚めて分裂を再開します。この長い眠りを維持する装置の中心にいるのがNPR2です。
卵胞の外側にある壁側顆粒膜細胞はCNPを作って分泌します。一方、卵子を直接取り囲む卵丘細胞はNPR2を高いレベルで発現しています。CNPが卵丘細胞のNPR2を刺激すると大量のcGMPが作られ、それがギャップ結合という細胞間のトンネルを通って卵子の中へ流れ込みます。マウスでNPPCまたはNPR2が働かなくなると、卵子は待つべきときに待てず、早すぎるタイミングで分裂を再開してしまうことが示されました[4]。
💡 用語解説:なぜcGMPが「待て」の合図になるのか
卵子の中には、cAMPという別の伝令分子を分解するホスホジエステラーゼ(PDE3A)という酵素があります。流れ込んできたcGMPはこの酵素にふたをして、cAMPが分解されるのを妨げます。
その結果、卵子の中はcAMPが高い状態に保たれ、PKA(プロテインキナーゼA)が働き続けます。PKAは細胞分裂のエンジンであるCDK1を止めておくため、卵子は分裂できない状態、つまり待機を続けます。「cGMPが多い=待て」「cGMPが減る=進め」というリレーになっているわけです。
では、排卵のときには何が起こるのでしょうか。脳下垂体から黄体形成ホルモン(LH)が大量に放出されると、この待機システムは短時間で解除されます。LHのシグナルはNPR2の調節部位を脱リン酸化し、受容体の活性を数分から数十分のうちに大きく低下させます[5]。この脱リン酸化こそが、LHに応じて卵子が速やかに分裂を再開するために欠かせない段階であることも、遺伝子改変マウスによって確認されています[6]。並行してリガンドであるCNPの量も減り、cGMPを分解する酵素の働きも高まるため、卵子へのcGMP供給は速やかに枯渇します。
卵子の「待機」と「再開」の切り替え
😴 待機しているとき
壁側顆粒膜細胞がCNPを分泌
↓
卵丘細胞のNPR2が活性化しcGMPを産生
↓
ギャップ結合を通って卵子へcGMPが流入
↓
PDE3Aが止まりcAMPが高値に保たれる
↓
CDK1が働けず、卵子は停止したまま
⚡ LHサージが来たとき
LHが顆粒膜細胞を刺激
↓
NPR2が脱リン酸化され活性が急低下
↓
CNPも減り、cGMPの供給が途絶える
↓
PDE3Aが再稼働しcAMPが急降下
↓
CDK1が活性化し、減数分裂が再開
同じNPR2という受容体が、リン酸化の状態を変えるだけで「待て」から「進め」へ切り替わります。
この仕組みは、体外受精の分野にも応用が試みられています。未熟な卵子を体外で成熟させる体外成熟培養(IVM)では、採取した直後に卵子が慌てて成熟を始めてしまうことが質の低下につながると考えられており、培養液にCNPを加えてあえて停止状態を維持してから成熟させるという二相性の手法が研究されています。ただしこれは現時点で研究段階の手法であり、標準的な治療として確立したものではありません。
5. 変異と病気の幅:低身長から高身長までの連続体
🔍 関連記事:先端中間肢異形成症(マロトー型)/機能喪失型変異/機能獲得型変異
はたらきが完全に失われるとき:先端中間肢異形成症(マロトー型)
父親由来・母親由来の両方のNPR2に機能を失う変異があると、先端中間肢異形成症(マロトー型、AMDM)という骨系統疾患を生じます。生まれたときの身長は正常のことも多く、2歳ごろから四肢の成長が目立って遅れてきます。前腕や下腿といった中間部と、手足の先端部の短縮が強いのが特徴で、背骨の変化を伴うこともあります。一方で知的発達は正常で、骨格以外の臓器には基本的に影響しません。
原因となる変異のタイプは幅広く、ミスセンス変異、ナンセンス変異、フレームシフト変異、スプライシング変異のいずれもが報告されています[2]。
興味深いのは、なぜ働けなくなるのかという「壊れ方」に2つの型があることです。ひとつは、タンパク質の形が崩れて小胞体に閉じ込められ、細胞膜まで運ばれない輸送障害です。ミスセンス変異の多くはこの型に当てはまり、AMDMの主要な機序と考えられています[7]。閉じ込められたタンパク質は小胞体関連分解(ERAD)によって処分されます。もうひとつは、細胞膜まではきちんと届くのに触媒部分が壊れていてcGMPを作れない型です。8種類の変異を細胞で調べた研究では、リガンド結合領域の4変異は小胞体にとどまってcGMP産生が消失し、触媒部位にある変異は輸送に問題がないのにcGMPを作れないことが示されました[8]。小胞体ストレスを介した軟骨細胞の機能障害も報告されています[9]。
片方だけの変異でも背は低くなる
NPR2が臨床的に重要なのは、片方の遺伝子だけに変異がある場合でも低身長になるという点です。2006年には、AMDMの家系で変異を1つだけ持つ家族が平均して背が低いことが報告されました[10]。その後、当初「特発性低身長」と分類されていた小児の中に、NPR2の片アレル変異を持つ人がいることが明らかになりました[11]。近年の報告では、こうした変異は特発性低身長の約1%から2%を占めるとされています[12]。
臨床像としては、体全体が均等に小さいというより、手足の長さが体幹に比べて短い不均衡な低身長を示すことが多く、SHOX遺伝子の異常によるレリ・ワイル症候群と見た目が似ると指摘されています[13]。さらに、片アレル変異を持つ人の身長のSDスコアは年齢とともに低下していく、つまり差が開いていく進行性の経過をたどることも示されています[14]。幼児期には目立たなくても、思春期にかけて周囲との差が広がっていくことがあるという点は、経過を見るうえで大切な情報です。
💡 用語解説:ハプロ不全とドミナントネガティブ
ハプロ不全とは、2本ある遺伝子のうち1本が働かなくなった結果、残り1本分の量では足りずに症状が出る状態です。工場のラインが2本から1本に減り、生産量が半分になったとイメージすると分かりやすいでしょう。
一方ドミナントネガティブは、壊れた側が正常な側の足まで引っ張る現象です。NPR2は2つ組んで働くため、片方に壊れた分子が入り込むとペア全体が機能しなくなることがあります。この場合、残る機能は半分どころか半分未満まで落ち込むため、症状はより強く出やすくなります。同じ「片方だけの変異」でも重さが違うのは、この違いによるところが大きいと考えられています。
はたらきが強くなりすぎるとき:高身長という反対側の表現型
NPR2の変異がすべて低身長を招くわけではありません。受容体の活性が高まる機能獲得型変異では、cGMPが過剰に作られて骨が伸びすぎ、高身長と骨端の異形成を特徴とする三浦型骨端軟骨異形成症(ECDM)が生じます[15]。この報告は、NPR2の活性そのものが身長の高低を連続的に決めていることを人間で示した点で重要です。同じ遺伝子が、変化の向き次第で正反対の表現型を生むという、遺伝学的にも印象深い例といえます。
6. 遺伝のしかたと家族への説明
先端中間肢異形成症は常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)の形をとります。ご両親がそれぞれ1つずつ変異を持つ保因者である場合、次のお子さんが同じ状態になる確率は25%、保因者になる確率は50%です。血縁関係のあるご夫婦では確率が高まるため、家族歴の聴取が重要になります[16]。
ただしNPR2の場合、一般的な潜性遺伝の説明では足りない大切な点があります。それは、保因者であるご両親自身も平均すると背が低い傾向にあるということです[10]。「保因者は症状が出ない」という一般論だけでお伝えすると、実際の家族の姿と食い違ってしまいます。片アレルの変異だけを持つ状態を主題とする場合には、常染色体顕性遺伝(優性遺伝)として説明することになります。
同じ変異を持っていても、背の低さの程度は人によって差があります。これは表現型の多様性と呼ばれる現象で、身長そのものが多数の遺伝的要因と生活環境の影響を受ける形質であることが背景にあります。変異の位置や壊れ方によって重さが変わる遺伝子型と表現型の相関も見えつつありますが、個々の患者さんの最終身長を数値で予測できる段階には至っていません。
なお、NPR2の変異が見つかったからといって将来の妊娠が難しくなると考える必要はありません。卵子の減数分裂停止におけるNPR2の役割は動物実験で詳しく調べられていますが、ヒトでNPR2の変異が不妊の直接の原因になるかどうかについては、現時点では明確なデータが示されていません。
7. 遺伝子検査という選択肢と、意義不明の変異という壁
低身長の遺伝学的な原因を調べる場合、複数の遺伝子をまとめて解析するパネル検査や、エクソーム解析が用いられます。当院では低身長に関連する遺伝子を一度に調べる低身長遺伝子パネル検査や、骨格の異常を主体とする方向けの骨系統疾患NGS遺伝子パネル検査をご用意しています。ただしパネル検査は対象遺伝子が決まっているため、調べたい遺伝子が収載されているかどうかを事前に確認する必要があります。なお現時点では、NPR2は低身長遺伝子パネルの対象遺伝子には含まれていません。NPR2を含めて広く調べたい場合には、クリニカルエクソーム検査や全エクソーム検査が選択肢になります。どの検査が適しているかは、症状のパターンと家族歴を踏まえて臨床遺伝専門医が一緒に検討します。
検査を受ける際に知っておいていただきたいのが、VUS(意義不明の変異)という結果です。NPR2は特にこの問題が起きやすい遺伝子で、報告されている変異の多くが「病気を起こすかどうか判断できない」という分類にとどまっています。実際、8つの変異を細胞で調べた研究では、いずれも当初はVUSに分類されていたものでした[8]。
💡 用語解説:VUS(意義不明の変異)とは
遺伝子に変化は見つかったものの、それが病気の原因なのか、単なる個人差なのかを現時点では判断できない結果のことです。「白」でも「黒」でもなく「灰色」の状態と考えてください。時間が経って報告が集まったり、細胞を使った機能実験が行われたりすることで、後から白または黒に再分類されることがあります。VUSは「異常が見つかった」という意味ではありません。結果の受け止め方については、検査の前に十分な説明を受けておくことが大切です。
こうした灰色の変異を白黒に分けるために、いま進められているのが機能アッセイという手法です。培養細胞に変異を入れたNPR2を作らせ、細胞膜まで運ばれているか、CNPを与えたときにcGMPが増えるかを実際に測定します。この結果を臨床所見と突き合わせることで、VUSを病的な変異、あるいは無害な個人差へと再分類していく作業が続いています。遺伝子を「読む」だけでなく「動かして確かめる」段階に入りつつある領域といえます。
8. 治療の現在地:成長ホルモンとCNP類縁体
NPR2の変異に伴う低身長に対して、現在検討されている介入は大きく2つの方向があります。ひとつは成長ホルモン(rhGH)による治療、もうひとつはCNPそのものを補うという発想の分子標的治療です。ただしいずれも日本の保険診療でNPR2欠損症そのものに承認された治療ではありません。この点を最初にはっきりさせておく必要があります。
成長ホルモン治療について
NPR2の片アレル変異を持つ子どもたちに成長ホルモンを投与した報告では、成長速度の改善が得られたとされています[17]。成長ホルモンはNPR2の経路そのものを修復するわけではありませんが、別の経路から骨の成長を後押しするため、一定の上乗せ効果が期待できると考えられています。
ここで注意が必要なのは、日本と海外で成長ホルモンの適応が異なるという点です。日本ではソマトロピン製剤が骨端閉鎖を伴わない軟骨異栄養症(軟骨無形成症・軟骨低形成症)による低身長などに承認されていますが、特発性低身長そのものは承認された適応に含まれていません。海外の論文をそのまま日本の診療に当てはめることはできませんので、実際に治療を検討する際には小児内分泌の専門医療機関で個別に相談することになります。
ボソリチド(CNP類縁体)という考え方
ボソリチドは、体内のCNPを改変して分解されにくくした薬で、NPR2に結合してFGFR3下流のシグナルを抑え、軟骨内骨化を促します[18]。日本では現在、骨端線閉鎖を伴わない軟骨無形成症に対して承認されており、NPR2欠損症は承認された適応ではありません。
それでもこの薬がNPR2の領域で注目されるのは、理屈のうえで最も筋が通った組み合わせだからです。NPR2が受け取るべきリガンドを外から補うのですから、受容体がある程度残っていれば効くことが期待されます。実際に、複数の遺伝的な低身長を対象とした第2相のバスケット試験が行われ、6か月の観察期間に対して治療期間の年間成長速度が改善し、成長を反映する血中マーカーがおよそ2倍に上昇したこと、骨年齢と暦年齢の比が安定していたことが報告されています[12]。骨年齢が不自然に進まないことは、伸びた分がそのまま最終身長の上乗せにつながるかを判断するうえで重要な指標です。ただしこれは研究段階の知見であり、対象人数も限られています。
本記事は研究動向を含む学術的な解説であり、特定の治療を推奨するものではありません。実際の治療方針は主治医との相談のうえで判断してください。
9. よくある誤解
❌ 背が低い原因はほとんどが成長ホルモン不足
低身長の原因は多岐にわたり、成長ホルモンの不足はその一部にすぎません。NPR2のように成長板そのものの反応性に関わる遺伝子もあり、この場合は成長ホルモンの値が正常でも背が伸びにくくなります。
❌ 潜性遺伝だから保因者に影響はない
NPR2では、変異を1つだけ持つ保因者も平均すると背が低い傾向があります。「保因者は無症状」という一般論をそのまま当てはめると、実際のご家族の姿と食い違ってしまいます。
❌ 変異が見つかれば必ず治療法がある
原因が特定できても、日本で承認された治療が存在するとは限りません。診断の価値は、経過の見通しを立て、不要な検査を避け、ご家族への説明を正確にできるようになることにもあります。
よくある質問(FAQ)
🏥 低身長・骨系統疾患の遺伝子診断のご相談
NPR2をはじめとする成長に関わる遺伝子の検査や
結果の解釈、ご家族への影響についてのご相談は
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックへお気軽にどうぞ。
参考文献
- [1] Natriuretic peptides, their receptors, and cyclic guanosine monophosphate-dependent signaling functions. Endocr Rev. 2006. [doi:10.1210/er.2005-0014]
- [2] Mutations in the transmembrane natriuretic peptide receptor NPR-B impair skeletal growth and cause acromesomelic dysplasia, type Maroteaux. Am J Hum Genet. 2004. [PubMed 15146390]
- [3] Dephosphorylation of the NPR2 guanylyl cyclase contributes to inhibition of bone growth by fibroblast growth factor. eLife. 2017. [doi:10.7554/eLife.31343]
- [4] Granulosa cell ligand NPPC and its receptor NPR2 maintain meiotic arrest in mouse oocytes. Science. 2010. [doi:10.1126/science.1193573]
- [5] Luteinizing hormone reduces the activity of the NPR2 guanylyl cyclase in mouse ovarian follicles, contributing to the cyclic GMP decrease that promotes resumption of meiosis in oocytes. Dev Biol. 2012. [doi:10.1016/j.ydbio.2012.04.019]
- [6] Dephosphorylation of juxtamembrane serines and threonines of the NPR2 guanylyl cyclase is required for rapid resumption of oocyte meiosis in response to luteinizing hormone. Dev Biol. 2016. [doi:10.1016/j.ydbio.2015.10.025]
- [7] Defective cellular trafficking of missense NPR-B mutants is the major mechanism underlying acromesomelic dysplasia-type Maroteaux. Hum Mol Genet. 2009. [doi:10.1093/hmg/ddn354]
- [8] Unveiling the pathogenic mechanisms of NPR2 missense variants: insights into the genotype-associated severity in acromesomelic dysplasia and short stature. Front Cell Dev Biol. 2023. [doi:10.3389/fcell.2023.1294748]
- [9] Novel NPR2 gene mutations affect chondrocytes function via ER stress in short stature. Cells. 2022. [doi:10.3390/cells11081265]
- [10] Heterozygous mutations in natriuretic peptide receptor-B (NPR2) are associated with short stature. J Clin Endocrinol Metab. 2006. [doi:10.1210/jc.2005-1949]
- [11] Heterozygous mutations in natriuretic peptide receptor-B (NPR2) gene as a cause of short stature in patients initially classified as idiopathic short stature. J Clin Endocrinol Metab. 2013. [doi:10.1210/jc.2013-2142]
- [12] A Phase II Basket Trial of Vosoritide in Children with RASopathies, ACAN and NPR2 Deficiency. J Clin Endocrinol Metab. [doi:10.1210/clinem/dgag157]
- [13] Heterozygous NPR2 mutations cause disproportionate short stature, similar to Leri-Weill dyschondrosteosis. J Clin Endocrinol Metab. 2015. [doi:10.1210/jc.2015-1612]
- [14] Short stature is progressive in patients with heterozygous NPR2 mutations. J Clin Endocrinol Metab. 2020. [doi:10.1210/clinem/dgaa491]
- [15] An overgrowth disorder associated with excessive production of cGMP due to a gain-of-function mutation of the natriuretic peptide receptor 2 gene. PLoS One. 2012. [doi:10.1371/journal.pone.0042180]
- [16] OMIM #602875 ACROMESOMELIC DYSPLASIA 1; AMD1. [OMIM 602875]
- [17] NPR2 variants are frequent among children with familiar short stature and respond well to growth hormone therapy. J Clin Endocrinol Metab. 2020. [doi:10.1210/clinem/dgaa037]
- [18] 軟骨無形成症治療薬 ボックスゾゴ®(製品情報). [BioMarin 医療関係者向けサイト]



