目次
- 1 1. FGFシグナル伝達経路とは?──体づくりと代謝をあやつる「情報の通り道」
- 2 2. 登場人物を整理する:22種類のリガンドと4種類の受容体、そして共受容体
- 3 3. 「近くで働く」パラクリン型と「全身に働く」内分泌型のちがい
- 4 4. 受容体の「使い分け」──選択的スプライシングと発生のしくみ
- 5 5. 細胞の中で何が起きるのか──下流のシグナルカスケード
- 6 6. 骨の病気とFGFR3──「働きすぎ」が背を伸びにくくする
- 7 7. がんと薬剤耐性──「ゲートキーパー変異」というやっかいな問題
- 8 8. 最新の治療薬──胆管がん・代謝性疾患(MASH)への広がり
- 9 9. FGFシグナルと遺伝診療のつながり
- 10 よくある質問(FAQ)
- 11 参考文献
- 12 関連記事
📍 クイックナビゲーション
FGF(線維芽細胞増殖因子)シグナル伝達経路は、赤ちゃんの体がつくられる過程から、骨の伸び方、脂質やリンの代謝、傷の治りまでを幅広くあやつる、体の中の重要な「情報の通り道」です。この経路がうまく働かなくなると、軟骨無形成症などの骨の病気、頭のかたちの病気、さまざまながん、脂肪肝(MASH)など、多くの病気につながります。この記事では、FGFとその受容体(FGFR)のしくみを基礎からやさしく整理し、最新の治療薬までを遺伝専門医の視点でわかりやすく解説します。
Q. FGFシグナル伝達経路とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. FGFシグナル伝達経路は、22種類のFGF(リガンド)が細胞表面の4種類の受容体(FGFR1〜4)に結合してスイッチを入れ、細胞の増殖・分化・代謝などを指令する情報伝達のしくみです。発生・器官形成・代謝・組織修復に不可欠で、この経路の乱れは軟骨無形成症・頭蓋骨縫合早期癒合症・がん・脂肪肝炎(MASH)など幅広い病気の分子基盤になります。近年はこの経路をピンポイントで狙う分子標的薬の開発が急速に進んでいます。
- ➤基本の登場人物 → 22種のFGFリガンド・4種のFGFR・共受容体(ヘパラン硫酸/Klotho)
- ➤2つの働き方 → 近くで働く「パラクリン型」と、血流で全身に働く「内分泌型」
- ➤骨の病気との関係 → FGFR3の働きすぎが軟骨無形成症を起こす/ボソリチド・TYRA-300
- ➤がんと薬剤耐性 → ゲートキーパー変異による阻害薬耐性のしくみ
- ➤代謝との関係 → FGF21をまねた薬がMASH(脂肪肝炎)治療の最前線に
1. FGFシグナル伝達経路とは?──体づくりと代謝をあやつる「情報の通り道」
私たちの体は約37兆個もの細胞でできていますが、その一つひとつが勝手に振る舞っては、正しい形の臓器や骨はつくれません。細胞どうしが「増えなさい」「この細胞に変わりなさい」「ここで止まりなさい」といった情報をやり取りするしくみが必要です。FGF(線維芽細胞増殖因子)を使ったシグナル伝達経路は、その代表的な情報網のひとつです[1]。
FGFシグナルは、胚(受精卵から赤ちゃんになるまでの発生段階)での体づくり、手足や脳・心臓・腎臓などの器官形成、生まれてからの組織の代謝や修復、そして脂質・グルコース・リンといった全身の代謝バランスまで、実に幅広い場面で働いています[1]。進化の過程で強く保存されてきた、生き物にとって欠かせない基本設計のひとつなのです。
これほど重要な経路だからこそ、その調節がわずかに乱れるだけで大きな影響が出ます。実際、FGFシグナルの異常は、遺伝性の骨の病気(軟骨無形成症など)、頭のかたちの病気(頭蓋骨縫合早期癒合症)、各種のがん、代謝の病気など、非常に幅広いヒトの病気に直結することがわかっています[1]。この記事では、まず「登場人物」を整理し、次に「働き方の違い」「発生でのしくみ」「病気とのつながり」「最新の薬」という順に読み解いていきます。
💡 用語解説:シグナル伝達経路(けいろ)とは
細胞の外から届いた「合図(シグナル)」を、細胞の中でリレーのようにバトンをつなぎながら核(DNAのある司令室)まで届けるしくみのことです。ドミノ倒しのように、あるタンパク質が次のタンパク質を活性化していき、最終的に「どの遺伝子を働かせるか」を決めます。FGFシグナルでは、外から来たFGFが受容体という「玄関の鍵穴」に結合することがスタートの合図になります。
2. 登場人物を整理する:22種類のリガンドと4種類の受容体、そして共受容体
ヒトのFGFシグナル系は、大きく3種類の部品からできています。ひとつめは「合図」を運ぶ22種類のFGFリガンド(FGF1〜FGF23)、ふたつめは細胞膜にある「鍵穴」である4種類の受容体(FGFR1〜FGFR4)、そして3つめが、両者の結合を助ける必須の「補助役」である共受容体(ヘパラン硫酸プロテオグリカンやKlotho)です[1]。
FGFリガンドは、150〜300個ほどのアミノ酸からなる小さなタンパク質で、真ん中に「β-トレフォイル(三つ葉)」と呼ばれる共通の立体構造を持っています[3]。似たもの同士でまとめると7つのサブファミリーに分けられ、さらに「働き方」で見ると次の3つのグループに整理できます[2][3]。
受容体であるFGFR1・FGFR2・FGFR3・FGFR4は、いずれも「受容体チロシンキナーゼ(RTK)」という種類の受容体です[2]。細胞の外側にFGFを受け取る部分(免疫グロブリン様ドメインD1〜D3)、膜を貫く部分、そして細胞の内側に酵素の働きをする「キナーゼドメイン」を持つ、一本の棒のような構造をしています。4つの受容体はたがいに56〜71%とよく似た配列を持ちます[2]。
💡 用語解説:リガンドと受容体
リガンドとは、受容体という「鍵穴」にはまる「鍵」のことです。ここではFGFがリガンド(鍵)で、細胞膜のFGFRが受容体(鍵穴)にあたります。鍵が鍵穴に正しくはまると、細胞の内側でスイッチが入り、情報のリレーが始まります。FGFの場合は、鍵が鍵穴にはまると受容体が2個ペアになって(二量体化)活性化する、というのが第一歩です[2]。
FGFが受容体に結合すると受容体が2個ペアになり、細胞の内側にあるキナーゼどうしがおたがいをリン酸化して活性化します。すると、RAS-RAF-MAPK経路、PI3K-AKT経路、PLCγ経路など、複数の情報の通り道が一斉に動き出します[2]。これらの下流経路については、後の章でくわしく見ていきます。
3. 「近くで働く」パラクリン型と「全身に働く」内分泌型のちがい
FGFシグナルの最大の特徴のひとつが、「その場の近くだけで働くタイプ」と「血流に乗って全身をめぐるタイプ」がはっきり分かれていることです。この違いを生み出しているのが、ヘパラン硫酸という糖鎖にどれくらい強く結合するか、という物理的な性質の差です[2]。
パラクリン型:その場にとどまって「濃度の勾配」をつくる
パラクリン型FGF(FGF1〜10など)は、ヘパラン硫酸にとても強く結合します。そのため、分泌されるとすぐに細胞の周りの「細胞外マトリックス」という足場につかまり、遠くまで拡散できずに数マイクロメートル以内というごく狭い範囲にとどまります[2]。この「その場にとどまる」性質が、じつは体づくりでとても重要な役割を果たします。
💡 用語解説:モルフォゲン(濃度勾配)とは
モルフォゲンとは、濃い・薄いの「濃度の坂道(勾配)」をつくることで、細胞に「あなたは源からどれくらい離れているか」を教える物質です。細胞はその濃さを読み取って、伸びるのか、枝分かれするのか、といった運命を決めます。ヘパラン硫酸への結合が強いFGFは急な坂道を、弱いFGFはなだらかな坂道をつくり、これが臓器の形づくりを左右します。
たとえば唾液腺などの「枝分かれした臓器」ができる過程では、この濃度勾配がカギになります。ヘパラン硫酸への結合が強いFGF(FGF10など)は源のまわりにとどまり、急で狭い勾配をつくります。すると細胞は源に向かって一方向に伸びていきます。一方、結合の弱いFGF(FGF7など)は遠くまで広がってなだらかで広い勾配をつくり、細胞集団が多方向に刺激されて「枝分かれ」が起こります。同じFGFファミリーでも、結合の強さの違いが臓器の形を決めているのです。
内分泌型:ヘパラン硫酸を「振り切って」全身をめぐる
これに対して内分泌型FGF(FGF19・FGF21・FGF23)は、進化の過程でヘパラン硫酸への結合力をあえて弱めました。立体構造上、ヘパラン硫酸がはまる場所(結合サイト)が別の部分によって物理的にふさがれているため、糖鎖につかまることなく血流へと脱出できるのです[2]。こうして内分泌型FGFは、ホルモンのように全身をめぐって遠くの臓器に作用する能力を獲得しました。
ただし、ヘパラン硫酸を手放したかわりに、内分泌型FGFは単独では受容体にうまく結合できません。そこで、標的となる臓器の細胞膜にあるKlotho(クロトー)というタンパク質を、必須の補助役(共受容体)として利用します[2]。Klothoは酵素に似た形をしていますが実際の酵素活性は持たず、内分泌型FGFと受容体をつなぐ「足場」として働きます[12]。
💡 用語解説:Klotho(クロトー)とは
Klothoは、内分泌型FGFが受容体に結合するのを助ける「仲人(なこうど)」のようなタンパク質です。α-Klotho(アルファ)とβ-Klotho(ベータ)の2種類があり、どの臓器にどちらがあるかで、その臓器がどのFGFに反応するかが決まります。α-Klothoは主に腎臓、β-Klothoは主に肝臓・脂肪・膵臓にあります[12]。Klothoがなければ内分泌型FGFは効率よく働けないため、「どこにKlothoがあるか」が全身の代謝制御の要になっています。
3つの内分泌型FGFは、それぞれ異なる代謝を担当します。FGF23は骨から分泌され、α-Klothoを介して腎臓に働き、リンの再吸収を抑えて尿への排泄を促し、活性型ビタミンDの産生も抑えることで、体のミネラルバランスを調整します[11]。FGF19は食事のあと胆汁酸に反応して小腸から分泌され、肝臓のβ-Klotho/FGFR4に働いて胆汁酸合成の律速酵素であるCYP7A1を抑える、負のフィードバックを担います[10]。ヒトでは食後90〜120分に血中FGF19が最も高くなることが知られています[10]。FGF21は絶食時などの代謝ストレスに応じて主に肝臓から分泌され、脂肪組織や肝臓のβ-Klotho/FGFR1cに結合してインスリン感受性を改善し、全身のエネルギー恒常性を保ちます[12]。この最後のFGF21が、後述するMASH治療薬の主役になります。
4. 受容体の「使い分け」──選択的スプライシングと発生のしくみ
🔍 関連ページ:選択的スプライシングとは/Notchシグナル伝達経路
FGFRには、同じ遺伝子から少しずつ違う「型」をつくり分けるしくみがあります。それが選択的スプライシングです。FGFR1〜FGFR3では、受容体のD3ドメインという部分をコードするエキソン(設計図の断片)を、エキソン8(IIIb型)にするかエキソン9(IIIc型)にするかで、結合できるFGFの種類が変わります[4]。
💡 用語解説:選択的スプライシングとは
遺伝子の設計図(DNA)から必要な部分だけをつなぎ合わせてタンパク質の設計図(mRNA)をつくる作業を「スプライシング」といいます。このとき、どの断片を選ぶかを場面によって変えることで、1つの遺伝子から複数の異なるタンパク質をつくり分けられます。これが選択的スプライシングです。FGFRではこのしくみで、上皮向けの型と間葉向けの型がつくり分けられます。
このエキソンの選び方は、組織ごとに厳密に決まっています。皮膚や粘膜などの上皮細胞はIIIb型を、その内側の間質にあたる間葉系細胞はIIIc型を発現します[4][5]。たとえばFGFR2のIIIb型はFGF7やFGF10とよく結合し、IIIc型はFGF2などと結合します。この「上皮と間葉の会話」が、発生や組織の維持・修復を支えているのです[5]。
重要なのは、このスプライシングの型ががんで乱れることがある点です。上皮性の腫瘍が悪性化して転移する過程では、上皮の性質を失って間葉の性質を帯びる「上皮間葉転換(EMT)」が起こりますが、これにFGFR2のIIIbからIIIcへの型の切り替えが関わっていることが知られています[5]。正常な発生を支えるしくみが、乱れるとがんの進行を後押ししてしまうのです。
発生ではFGFとNotchが「会話」して働く場所を絞り込む
発生の場面では、FGFシグナルが働く範囲を細胞レベルで正確に絞り込む必要があります。このとき、別の重要な情報網であるNotch(ノッチ)シグナル経路が、FGFの活性化を時間的・空間的に制限する「門番」として働くことがわかっています。ある細胞集団の中で、本来はすべての細胞がFGFを活性化する能力を持っていても、隣り合う細胞どうしのNotchによる抑制によって、ごく少数の「先導役」の細胞だけでFGFが活性化するよう調整されるのです。FGFとNotchが拮抗的に会話することで、細胞の運命決定と移動が正しくナビゲートされます。
5. 細胞の中で何が起きるのか──下流のシグナルカスケード
🔍 関連ページ:リン酸化とは/MAPK/PI3K/AKT-mTOR経路
FGFが受容体に結合して2個ペアになると、細胞の内側にあるキナーゼどうしが、おたがいの特定のチロシン(アミノ酸の一種)をリン酸化します。これがスイッチオンの合図です。活性化した受容体は、細胞内で待ち構えている「FRS2α」や「PLCγ1」といったアダプタータンパク質をリン酸化し、複数の情報の通り道へ一斉に信号を送ります[2]。
💡 用語解説:リン酸化とキナーゼ
リン酸化とは、タンパク質に「リン酸」という小さな目印を付ける化学反応で、これがタンパク質のスイッチのオン・オフを切り替えます。この反応をおこなう酵素がキナーゼです。FGFRは自分自身をリン酸化して活性化し、次々と下流のタンパク質をリン酸化していくことで、リレーのように情報を伝えます。
主要な下流経路のひとつがRAS/MAPK経路です。FRS2αがGRB2やSOSを呼び寄せ、RASを活性化し、RAF→MEK→ERKという順にリン酸化がリレーされて、最終的に核で「増える」「変化する」ための遺伝子プログラムが動き出します[2]。もうひとつがPI3K/AKT経路で、こちらは細胞の「生存維持」や代謝を強力に後押しします[2]。
PLCγ1は「暴走を防ぐブレーキ」でもある
近年の研究で、3つめの経路であるPLCγ1が、単にカルシウムの動員を担うだけでなく、PI3K/AKT経路の暴走を抑える「内因性のブレーキ」として働くことがわかってきました。PLCγ1とPI3Kは、どちらも細胞膜の「PIP2」という同じ材料を奪い合う競合関係にあります。PLCγ1がPIP2を消費することで、PI3Kが使える材料が減り、AKTの過剰な活性化にブレーキがかかるのです。実際、涙腺の枝分かれの研究では、PLCγ1を欠損させるとPIP3が増えてAKTが暴走し、枝分かれが異常になることが示されています[9]。同じ経路の中に、アクセルとブレーキが精巧に組み込まれているわけです。
キナーゼを持たない「5番目の受容体」FGFRL1
FGFRには、FGFR1〜4のほかに「5番目」ともいえるFGFRL1(FGFR5)があります。この受容体は、細胞外の構造はほかのFGFRと似ているのに、細胞内のキナーゼドメインをまったく持ちません[22]。そのため、以前は「FGFを横取りしてほかの受容体に渡さないだけの、おとりの分子(デコイ)」と考えられていました。FGFRL1はエンドサイトーシスによって細胞膜から素早く内側へ引き戻され、膜の上でFGFを捕まえる量を動的に調節しています[22]。
しかし近年、FGFRL1はただのデコイではなく、独自にシグナルを送る能力を持つことも発見されました。解糖系酵素ENO1を介してPI3K/AKT経路を活性化したり、Hedgehog(ヘッジホッグ)シグナル経路を動かしてGli1/Gli2という転写因子を増やしたりすることが報告されています[22]。キナーゼを持たないのに下流を動かす、多機能なスイッチとしての姿が見えてきています。
6. 骨の病気とFGFR3──「働きすぎ」が背を伸びにくくする
🔍 関連ページ:FGFR3遺伝子とは/軟骨無形成症/軟骨低形成症
FGFシグナルが骨の病気に直結する代表例が軟骨無形成症(ACH)です。ここで重要なのは、FGFR3は骨の成長にとって「ブレーキ役(負の制御因子)」だという点です。骨は成長板という部分で軟骨細胞が増えて伸びていきますが、FGFR3はこの増殖を抑える働きを持っています[13]。
軟骨無形成症では、このFGFR3遺伝子に機能獲得型変異(多くはG380Rという変異)が起こり、ブレーキが効きすぎた状態になります。その結果、軟骨細胞の増殖が過剰に抑えられ、骨が十分に伸びず、特徴的な低身長になります[13]。遺伝形式は常染色体顕性遺伝(優性遺伝)ですが、患者さんの大半は両親に変異がなく、子で初めて生じる新生突然変異(de novo変異)によるものです。
💡 用語解説:機能獲得型変異とミスセンス変異
機能獲得型変異とは、遺伝子の変化によってタンパク質の働きが「弱まる」のではなく「強まりすぎる・止まらなくなる」タイプの変異です。FGFR3では、この変異でブレーキが効きすぎて骨が伸びなくなります。多くは1個のアミノ酸が別のアミノ酸に置き換わるミスセンス変異によって起こります。
FGFR3の変異による骨・軟骨の病気には、症状の重さに応じてさまざまなものがあります。比較的軽い軟骨低形成症(ハイポコンドロプラジア)から、非常に重い致死性骨異形成症I型(TD1)、そして重症型のSADDAN症候群まで、変異の場所によって表現型が変わります。また、FGFR3の変異はミュンケ症候群のような頭蓋骨縫合早期癒合症も引き起こします。FGFR1やFGFR2の変異では、クルーゾン症候群やファイファー症候群、カルマン症候群(HH2)、LADD症候群2型など、多様な病気が知られています。これらのFGFR関連の頭のかたちの病気は、まとめて遺伝子パネルで調べることができます(FGFR関連頭蓋骨縫合早期癒合症NGSパネル検査)。
治療薬:ボソリチドと超選択的FGFR3阻害薬TYRA-300
軟骨無形成症の薬物治療は、2021年に承認されたボソリチド(VOXZOGO)が大きな一歩となりました。これは体内のC型ナトリウム利尿ペプチド(CNP)をまねた薬で、成長板の軟骨細胞にあるNPR-B受容体に結合し、FGFR3の下流のERK1/2という経路を抑えることで、効きすぎたブレーキをゆるめて骨の成長を回復させます[13]。第3相試験では、プラセボと比べて年間成長速度が約1.57 cm/年増加することが示されました[13]。CNPの受容体はNPR2遺伝子が、CNPそのものはNPPC遺伝子がコードしており、NPR2遺伝子の異常も骨の伸びに関わります。
さらに近年注目されているのが、経口の超選択的FGFR3阻害薬TYRA-300です。これまでのFGFR阻害薬は「Pan-FGFR阻害薬」といってFGFR1〜4をまとめて抑えてしまい、とくにFGFR1を抑えると腎臓でのリン排泄が乱れて高リン血症を起こすため、小児では十分な量を使えませんでした。TYRA-300はFGFR1・2・4を避けてFGFR3だけをねらうように設計されており、高リン血症などの副作用を抑えつつ、過剰なFGFR3シグナルをピンポイントで遮断できると期待されています[14]。TYRA-300は小児軟骨無形成症を対象としたBEACH301試験のほか、FGFR3の異常が多い膀胱がんを対象とした試験(SURF302)でも開発が進められています[14]。前臨床モデルでは長管骨の成長を促す効果が報告されています。
7. がんと薬剤耐性──「ゲートキーパー変異」というやっかいな問題
🔍 関連ページ:癌遺伝子(オンコジーン)とは/分子標的治療/膀胱がん
FGF/FGFR経路が過剰に活性化すると、がん細胞に強い増殖・生存の力を与えます。そこで、キナーゼの働きを止める分子標的薬(キナーゼ阻害薬)が開発されてきました。しかし、治療が長引くと、がん細胞が薬から逃れる「耐性」を獲得することが深刻な問題になっています[8]。
ゲートキーパー変異:薬をブロックし、しかも活性を高める
最も高頻度で強力な耐性のしくみが、受容体のATP結合ポケットの入り口(ゲートキーパー位置)で起こる1個のアミノ酸の置き換わりです。FGFR1のV561M、FGFR2のV564F、FGFR3のV555Mなどが知られています[6]。この位置にある小さなバリンが、側鎖の大きなメチオニンなどに置き換わると、2つのやっかいなことが同時に起こります。
💡 用語解説:ゲートキーパー変異とは
キナーゼには、薬(阻害薬)が結合する「ポケット」があります。そのポケットの入り口に「門番(ゲートキーパー)」の位置があり、ここのアミノ酸が大きなものに変わると、薬がポケットの奥に入り込めなくなります。これがゲートキーパー変異で、多くのがんで薬剤耐性の主犯となります。さらにやっかいなことに、この変異は薬をブロックするだけでなく、キナーゼ自身の活性も高めてしまいます[6]。
ひとつめは物理的なブロックです。大きくなった側鎖が、AZD4547やBGJ398といった阻害薬がポケットの奥に届く経路をふさぎます。実際の細胞実験では、FGFR1のV561M変異があると、野生型に比べてAZD4547が効くのに必要な濃度が100〜200倍にもなり、モデル細胞では約230倍の耐性を示すことが定量的に確かめられています[7]。
ふたつめはキナーゼの活性化そのものです。構造生物学と分子動力学の解析から、ゲートキーパー変異は単に薬を排除するだけでなく、キナーゼが本来もっている「自分をおさえる(自動抑制)」状態を不安定にして、リガンドがなくても活性型に移りやすくすることがわかりました。V561M変異では、自己リン酸化の効率が野生型に比べて約38倍にまで上昇します[6]。薬をブロックしながら、がんとしてはより手ごわくなる、という二重の困りごとを起こすのです。
1つでは済まない耐性:ポリクローナル変異とPTEN喪失
実際の患者さんでは、耐性は1種類のクローンだけで起こるわけではありません。FGFR2融合陽性の胆管がんでBGJ398という阻害薬による治療を受けた患者さんの血液中の循環腫瘍DNA(ctDNA)を調べた研究では、全員でゲートキーパー変異(V564F)が見つかり、さらに複数の異なる耐性変異が同時に(ポリクローナルに)出現していました[8]。同じ腫瘍の中に、少しずつ違う耐性を持つ細胞集団がモザイク状に共存していたのです。
さらに、キナーゼそのものの変異に加えて、細胞内の重要なブレーキ役であるPTENの喪失が並行して選択されることも示されました[8]。PTENが失われると、FGFRを阻害してもPI3K/AKT経路が別ルートで暴走し、薬の効果が無効化されます。こうした「多方向からの耐性」の存在は、1種類の阻害薬だけでがんを抑え込むことの限界を示しており、下流を抑える薬との併用や、耐性変異にも効く次世代阻害薬の必要性を強く裏づけています。FGFR3の異常が多い膀胱がんなどでも、こうした精密医療の考え方が重要になっています。
8. 最新の治療薬──胆管がん・代謝性疾患(MASH)への広がり
FGF/FGFR経路を標的とした薬の開発は、がんの領域だけでなく、これまで有効な治療が少なかった代謝の病気にも劇的に広がっています。ここでは主要な薬をタイプ別に整理します。
胆管がんへのFGFR2阻害薬
肝内胆管がん(iCCA)では、FGFR2が別の遺伝子とくっつく「融合」がしばしば見られ、がんの増殖を駆動します。ここに対し、高選択的なFGFR2阻害薬リラフグラチニブ(RLY-4008)が開発されました。この薬はFGFR2をねらい撃ちすることで、ほかのFGFR(FGFR1やFGFR4)を抑えることによる高リン血症や下痢といった副作用を最小限に抑えます[15]。ReFocus試験では、FGFR阻害薬未使用の胆管がんで奏効率(ORR)46.5%、病勢コントロール率96.5%、奏効期間の中央値11.8か月という良好な成績が示され、2026年1月に米国で新薬承認申請が行われました[16]。
日本では、経口のFGFR阻害薬タスルグラチニブ(TASFYGO)が、2024年9月にFGFR2融合陽性の切除不能な胆道がんに対して製造販売承認を取得しました[17]。化学療法に抵抗性となった胆道がんに対する、新しい治療の選択肢となっています。
代謝性疾患MASHとFGF21アナログ──メガファーマの争奪戦
いま最も激しい開発競争が起きているのが、MASH(代謝異常関連脂肪肝炎)という病気に対するFGF21アナログ(FGF21をまねた薬)です。MASHは、肝臓に脂肪がたまって炎症が起き、やがて重い線維化(肝硬変・肝不全・肝がんへ進む)を引き起こす進行性の病気で、長らく有効な薬がありませんでした。
💡 用語解説:MASH(代謝異常関連脂肪肝炎)とは
MASHは、お酒をあまり飲まない人でも、肥満や糖尿病などの代謝異常を背景に肝臓に脂肪がたまり、炎症と線維化(かたく傷ついていくこと)が進む病気です。以前はNASHと呼ばれていました。放置すると肝硬変や肝がんに進むこともあります。FGF21は肝臓の脂肪を減らし、線維化そのものにも直接働きかける可能性があるため、究極の治療標的として注目されています。
FGF21は、脂肪や肝臓のβ-Klotho/FGFR1cに働いてインスリン感受性を改善するだけでなく、肝臓の線維化を直接抑える働きを持つと考えられています。この治療ポテンシャルを背景に、2025年には大手製薬企業がFGF21アナログを開発するバイオ企業を相次いで巨額買収しました。週1回投与型のエフルキシフェルミンは、96週間の第2相試験(HARMONY)で線維化とMASHの組織学的改善が示され[18]、2025年10月にノボ ノルディスクがAkero社を最大52億ドルで買収しました[19]。月1回投与を可能にする超長効型のエフィモスフェルミンは、2025年にGSKがBoston Pharmaceuticals社から一時金12億ドル+マイルストーンで取得しました[20]。同年にはロシュもペゴザフェルミンを開発する89bio社を買収しており、FGF21アナログはMASH治療の最前線となっています。
FGF7を使った粘膜炎の予防薬パリフェルミン
FGFを「増やす」方向で使う薬もあります。パリフェルミン(KEPIVANCE)は、FGF7(KGF:角化細胞増殖因子)をもとにした組換えタンパク質製剤です。血液がんの患者さんが造血幹細胞移植の前処置(大量の化学療法・放射線)を受けるとき、口の中の粘膜がひどく荒れる「口腔粘膜炎」を予防・軽減する目的で使われます。第3相試験では、重症(グレード3/4)の口腔粘膜炎の発生率をプラセボの98%から63%へと引き下げ、持続期間も9日から6日へ短縮しました[21]。FGFシグナルが上皮の再生を促す性質を、治療に応用した好例です。
9. FGFシグナルと遺伝診療のつながり
FGFシグナルの話は、基礎の分子生物学にとどまりません。この経路の破綻が引き起こす軟骨無形成症や頭蓋骨縫合早期癒合症は、多くが常染色体顕性遺伝(新生突然変異が大半)の病気であり、出生前診断・遺伝カウンセリングの対象となります。分子診断で原因となる遺伝子変異を同定することは、正確な診断はもちろん、TYRA-300のような変異特異的な治療を検討する前提にもなります。
FGFR関連疾患の分子診断には、目的に応じた検査があります。頭のかたちの病気を疑う場合はFGFR関連頭蓋骨縫合早期癒合症NGSパネル検査、低身長の原因を幅広く調べたい場合は低身長遺伝子パネル検査、嗅覚障害を伴う性腺機能低下を疑う場合はカルマン症候群遺伝子検査などが用いられます。どの検査が適切かは、症状や家族歴を踏まえて臨床遺伝専門医とよく相談して決めることが大切です。
なお、これらの多くが新生突然変異による病気であるため、ご両親に同じ変異がなくても、お子さんで初めて生じることがあります。遺伝カウンセリングでは、遺伝形式や再発の可能性、検査でわかること・わからないこと、そしてご家族の心理社会的なサポートまでを、非指示的な立場で丁寧に扱っていきます。
よくある質問(FAQ)
🏥 遺伝子検査・遺伝カウンセリングのご相談
軟骨無形成症・頭蓋骨縫合早期癒合症など
FGFR関連疾患の遺伝子検査・遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。
参考文献
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- [2] Endocrine FGFs: Evolution, Physiology, Pathophysiology, and Pharmacotherapy. Frontiers in Endocrinology. [Frontiers]
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