目次
着床前診断でダウン症は防げる?
NIPTとの違いと限界を専門医が解説
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体外受精(IVF)のステップで「着床前診断(PGT-A)を受けて正常と判定されたから、もうダウン症の心配はない」「妊娠後のNIPTは受けなくていい」とお考えになる方は少なくありません。しかし、着床前診断は100%の確定診断ではないという事実をご存じでしょうか。
Q. 着床前診断して妊娠したらNIPTは受けなくていいですか?
A. いいえ、受けることを強く推奨します。
着床前診断で調べるのは「将来胎盤になる部分」の細胞であり、赤ちゃんの染色体と完全に一致しないケースがあります。そのため、妊娠後に母体血から赤ちゃんのDNA断片を調べるNIPTでの再確認が推奨されています。
- ➤検査の限界 → 着床前診断はダウン症を100%防ぐ魔法の検査ではありません
- ➤2つの検査の違い → PGT-AとNIPTの精度と対象時期の比較
- ➤モザイクという概念 → なぜ胎盤と赤ちゃんで染色体が違うことがあるのか
- ➤専門医のアドバイス → 後悔しないための意思決定と遺伝カウンセリング
着床前診断でダウン症は完全に防げるのか?
年齢とともに増加する染色体異常のリスク。その不安を抱えながら体外受精(IVF)に臨まれているご夫婦にとって、移植前に受精卵の染色体を調べる「着床前診断(PGT-A)」は、大きな希望の光に見えるかもしれません。
しかし、臨床遺伝専門医としてあえてお伝えします。着床前診断でダウン症をはじめとする染色体異常を100%完全に防ぐことはできません。
着床前診断(PGT-A)は、体外受精で育てた胚(胚盤胞)から数個の細胞を採取し、染色体の数に過不足がないかを調べる検査です。主に流産を減らし、妊娠率を上げることを目的としています。
なぜ100%防げないのか。その一番の理由は「検査のために採取する細胞の場所」にあります。着床前診断では、受精卵が着床直前の「胚盤胞」という段階まで育ったところで、細胞の一部を採取(生検)します。
胚盤胞には、将来赤ちゃんになる部分(内細胞塊:ICM)と、将来胎盤になる部分(栄養外胚葉:TE)があります。着床前診断で細胞を採取するのは、赤ちゃんになる部分ではなく、胎盤になる部分です。赤ちゃんになる部分の細胞を採取してしまうと、その後の成長に深刻なダメージを与えてしまうからです。
この「胎盤になる部分(栄養外胚葉)」の細胞数個の染色体と、「実際の赤ちゃん(内細胞塊)」の染色体が、必ずしも完全に一致しないケースが存在します。そのため、PGT-Aで「正常」と判定された胚を移植して妊娠に至ったとしても、ダウン症を持って生まれてくる可能性はゼロにはならないのです。
2つの検査の大きな違いとは?(比較表)
「着床前診断(PGT-A)」と妊娠後の「NIPT(新型出生前診断)」。どちらも染色体異常の可能性を調べる検査ですが、時期やアプローチ、そして精度が異なります。患者様から「どちらを受ければいいのか」というご相談をよく受けますが、これらは対立するものではなく、目的が異なるものです。
| 比較項目 | 着床前診断(PGT-A) | NIPT(新型出生前診断) |
|---|---|---|
| 検査の時期 | 妊娠前(胚移植前) | 妊娠成立後(妊娠9週以降〜) |
| 検査の対象 | 体外受精で得られた胚盤胞の「将来胎盤になる部分」の細胞数個 | 母体の血液中に流れ出た「胎児および胎盤由来のセルフリーDNA断片」 |
| 主な目的 | 妊娠率の向上、流産率の低下 | ダウン症等の染色体異常の可能性のスクリーニング |
| 精度の特徴 | 細胞数が5〜10個と少なく、解析の限界やモザイクによる見落としのリスクがある | 数百万のDNA断片を解析するため、感度・特異度ともに非常に高い(ダウン症で99%以上) |
| 確定診断か? | スクリーニング検査(確定ではない) | スクリーニング検査(確定ではない) |
| 費用の目安 (※原則自費診療) |
胚1個あたり約5万〜10万円程度 (※採卵や体外受精自体の費用が別途数十万円かかります) |
プランにより約10万〜30万円程度 (※当院の場合、事前の遺伝カウンセリング料は検査費用に内包されています) |
表からもお分かりいただける通り、どちらも「確定診断」ではありません。100%の結果を知るための最終的な確定診断には、必ず「羊水検査」や「絨毛検査」といった侵襲的な検査が必要になります。
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検査を受けるメリットと知っておくべき限界
着床前診断(PGT-A)には、体外受精における「着床率(妊娠率)の向上」や「流産リスクの軽減」という、ご夫婦にとって非常に大きく、心身の負担を減らすメリットがあります。度重なる流産で心身ともに疲弊してしまった方が、PGT-Aによって希望を取り戻し、元気な赤ちゃんに会えたケースを私もたくさん見てきました。
しかし一方で、胚の細胞を物理的に採取(生検)することによる受精卵へのダメージリスクも存在します。さらに最大の限界は、採取したごくわずかな細胞(5〜10個)が、将来の赤ちゃんの状態を完全に反映しているとは限らない点です。
検査は目的ではなく、あくまで「元気な赤ちゃんを迎えるための手段」です。ご自身の年齢やこれまでの治療歴を踏まえ、どこまで検査を行うか、その限界を正しく理解した上で選択することが何より大切です。
なぜ妊娠成立後もNIPTが推奨されるのか
カナダ産婦人科学会(SOGC)など、国際的な産婦人科組織のガイドラインにおいても、「着床前診断(PGT-A)で正常胚と判断され移植して妊娠したすべての女性に対して、出生前検査(NIPTなど)を検討できる」と示されています。なぜなら、PGT-Aの結果には「モザイク」による不確実性が常につきまとうからです。
同じ受精卵(胚)の中に、「正常な染色体数を持つ細胞」と「異常な染色体数を持つ細胞」の両方が混ざり合っている状態を「モザイク」と呼びます。PGT-Aで採取した部分がたまたま正常でも、採取しなかった赤ちゃんになる部分に異常細胞が潜んでいるケース(またはその逆)があり得るのです。
NIPTは、胎盤の絨毛細胞がアポトーシス(生理的な死滅のサイクル)を経て母体の血液中に放出された「DNA断片(セルフリー胎児DNA)」を分析します。PGT-Aがわずか数個の細胞の情報を元にしているのに対し、NIPTははるかに広範囲の胎盤・胎児由来のDNA情報を集約して解析するため、精度に大きな違いが生まれます。
ここでひとつ、専門医として重要な点をお伝えします。NIPTの検査方法には、大きく分けて「ワイドゲノム法」と「ターゲット法(およびSNP法)」があります。広く浅く全染色体を解析するワイドゲノム法は一見良さそうに思えますが、私はそうは考えていません。広く浅く読むワイドゲノム法は偽陽性(本当は異常がないのに陽性と出てしまうこと)が多く、妊婦さんに不必要な不安を与えてしまうリスクがあります。
当院では、本当に必要な疾患をピンポイントで、かつ非常に高い精度で調べる「ターゲット法」や、母体と胎児のDNA識別能力に優れた「SNP法」を融合させた極めて高精度な技術(COATE法)を重視し提供しています。
検査を迷ったときの考え方と専門医への相談
「着床前診断もして、さらにNIPTも受けるのは過剰ではないか?」「もし結果が悪かったら、命の選別をしてしまうのではないか…」
こうした倫理的な深い悩みを抱え、ご自身を責めてしまう患者様がたくさんいらっしゃいます。検査を受けるかどうかに、たった一つの「正解」はありません。情報を知ることが不安を和らげる方もいれば、逆に情報を知ることで恐怖が大きくなる方もいます。
だからこそ、私たち専門医が存在します。ネット上の膨大な情報に振り回され、ご夫婦だけで抱え込んで苦しくなったら、ぜひ遺伝カウンセリングを活用してください。当院ではお一人1.5時間の十分な枠を確保し、専用動画での事前学習も踏まえながら、ご夫婦にとって一番納得できる選択を一緒に考えます。
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よくある質問(FAQ)
🏥 不安を、ひとりで抱えないために
着床前診断後も不安が消えないのは、命に真剣に向き合っているからです。
私たちは正確性と心の安全を最優先に、次の一手を一緒に整理します。
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参考文献
- [1] Lo YM, et al. Presence of fetal DNA in maternal plasma and serum. Lancet. 1997. [PubMed]
- [2] The Society of Obstetricians and Gynaecologists of Canada (SOGC) Committee Opinion No. 406: Prenatal Testing After IVF With PGT-A. [SOGC]
- [3] ACOG. Screening for Fetal Chromosomal Abnormalities. Practice Bulletin No. 226. [ACOG]
- [4] ACMG. cfDNA screening(NIPT)に関するガイダンス・立場表明。 [ACMG]

