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大学病院できちんと説明を受けてNIPTしたのに陽性になって、理解が進むようにカウンセリングをしてほしいということでミネルバクリニックにセカンドオピニオンのためにお越しになったご夫婦。いったい何が問題だったのでしょうか?
認可施設である都内大学病院でNIPT
Aさんご夫妻は都内の大学病院でNIPTを受けました。認可施設ですので、説明を受けずにNIPTということは考えられません。ご夫婦そろって一通りの説明を受け、NIPTを受けました。
結果はトリソミー陽性だったので、大学病院で勧められて羊水検査を受けることにして予約はしました。
それでも、どうしてもミネルバクリニックに来てカウンセリングを受けてみたくなったようで、お越しになりました。
他の施設のNIPTと同じ結果が出るのか知りたい
他の施設のNIPTと同じ結果が出るのか知りたい、とおっしゃるAさんご夫婦。
この時、結構長くカウンセリングのお時間をお取りしました。一日の最後の予約枠で来ていただくと、次の患者さんのことを気にせずに長いお時間が取れるので、あらかじめなにか問題を抱えているという事がはっきりしている場合は、長い時間を取れる枠でお取りしています。
大学での説明は遺伝カウンセラー
医師は出てこず、遺伝カウンセラーが用意した説明用紙をステレオタイプに説明していくので、ご自分たちの知りたいことは全然聞けなかったそうです。
大学でのNIPT結果はトリソミー陽性
Aさんご夫妻は結果を二人で聞きに行き、説明を受け、羊水検査の必要があるという事で羊水検査の予約はして帰ってきました。でも、Aさんご夫婦の知りたかったことはやはり全然聞けなかったそうです。悶々とする気持ちを抱え、とにかくネットで一生懸命検索し、自分たちの疑問に答えてくれそうな医師を必死で探したそうです。そして、Aさんご夫妻はミネルバクリニックを見つけました。
Aさんご夫妻が知りたかったこと
わたしはまずこう切り出しました。
初めまして、仲田です。本日はお越しいただきましてありがとうございます。おそらくNIPTの説明だったら大学病院で受けているので、うちに来るという事はほかに知りたいことがあるのではないかと思います。ですので、先にその話をしましょう。あなた方が本当に知りたいこと、疑問に思っていること、不安に思っていることは何ですか?
そしてAさんご夫妻はとつとつと語りはじめました。
障害をもったお子さんを育てるということが実際はどういうことを意味するのかと言う根本的なことを誰も説明してくれないのだ、と。だからNIPTの陽性という結果を確認するために羊水検査をしないといけない、ということ自体は理解できたのだけれども、実際羊水検査をして陽性だったらどうしたらいいのかとか、何を根拠にどう考えてどう判断するのか、ということが全く何もわからないまま今に至っているのだ、という事でした。
わたしにとっては衝撃的なことでした。
わたしたち専門家にとっては、そこは説明対象ではない、と考えている部分だと思っていたのですが、確かにそういう個々の経験を第三者的にお伝えすることがないと、どういう問題があってこういう判断に至ったのだ、という筋道が全く立たない、という事が私には共感されたのです。
だから、そこに思い至れなかった自分自身に非常に衝撃を受けました。
お伝えした内容
私のところには、上のお子さんが実際にダウン症候群(トリソミー21)で生まれ、ダウン症のお子さんを育てているというご夫婦も来ます。
ダウン症は軽症から重症までその病気の程度はさまざまなので、軽くて普通小学校に行っているお子さんから、生後割とすぐになくなってしまった、というお子さんまで様々です。
ですので、そういう様々な重症度のお子さんを育てている方々のそれぞれの生活様式や悩み、お子さんをなくされた方々の悲しみ、という事をいい点も悪い点もそれぞれ挙げる形でお伝えしました。
でも、結局のところ、出生前診断で陽性になり、確定診断で陽性になったとしても、そのお子さんの重症度まではわからない、ただお子さんに病気があるということがわかるだけなのだ、ということもお伝えしました。
わたしは羊水検査を受けないという事ならNIPTをもう一度やるというのも一計ですが、必要性に関してはどうかなと思います、とお伝えしましたが、やはりご希望されて、ミネルバクリニックでもNIPTをお出ししました。御自分たちがここから一歩踏み出すのに必要だ、と言う判断をなさっていたのでそれを尊重しました。
結果は同じ異常、そして羊水検査
結果としては、同じ異常が赤ちゃんには見つかりました。
そして、羊水検査もして、結果を待つことになりました。
結果が出るまでの間、何度かAさんご夫妻と電話で話をしました。
羊水検査の結果も同じ異常
Aさんご夫妻は羊水検査の結果の説明を受け、やはりダウン症候群と確定しました。
そして、中絶手術の予約もして帰って来たようですが。
ご夫妻ともに中絶するのかどうするのかを決めかねていました。予約を取っておかないともうあまり時間がないから、一度キャンセルしてしまっては取れなくなる、と言われて予約を取ったそうです。
しかし。本当に自分たちがどうしたいのかという気持ちと向き合ってくれる医療スタッフは誰もいなかったそうです。
ただただベルトコンベアに乗せられてどこかに運ばれるような感じがしていました。むしろそう感じたからこそ、Aさんご夫妻はミネルバクリニックに来たくなったのだそうです。
陽性確定してからAさんご夫婦と一緒に考えたこと
この場合、選択肢は産むか、産まないか、つまり中絶するか中絶しないのか、という二者択一となります。ダウン症候群の場合、出生に至れるのは3割弱なので、出産すると決めてもこの赤ちゃんが無事に生まれて来るという保証もありません。統計学的な数字が無事にうまれてくるのは3割弱となっていても、この赤ちゃんがどちらの集団に入るのかは分からないのです。
Aさんご夫妻は検査結果が確定するまでの間、十分時間があったと思いますが、やはりご自分たちではどうしていいかわからないようでした。
無事に育つのであれば産みたい、でも自分たちの40歳以上と言う年齢を考えると一人で自立できない子供を残して死なないといけないのも申し訳ない。
Aさんご夫婦はお互いにいろんな思いを吐露していました。堂々巡りだったのが、最終的に中絶、という選択をご自分たちでしようとした際に、必ず「倫理的に問題があるのでは」と相手が言う、という事でした。奥様が決めようとすると旦那様が、旦那様が決めようとすると奥様が、と言う感じでした。
要するにその倫理的に問題がある決断を誰が言い始めて決めるのか、ということで自分が言い出しっぺになりたくない、ということのように私には見えました。
だから最初は御自分たちでそのことに気が付いてもらえるようにしようと試みました。
ところが、Aさんご夫妻のお考えというかお二人の立ち位置はお互いに平行線をたどり、最初にお目にかかった日から全然変わっていないように見えました。
ですが、何より羊水検査の結果から中絶の決断までにはそんなに長い時間は取れないということが問題で、予約した手術日までは数日しかありません。それをキャンセルするともう、同じ病院では妊娠中絶が可能な時期に再予約が取れないと明言されているし、そこから違う医療機関を探すよりは今のままが一番いいということは、ご夫婦のどちらもがわかっていました。
だけど。一歩をどの方向に踏み出すにも怖い。そういうときってありますよね。
そういうときって、カウンセリングしている私が、本当はこうしたいってことなんですよね、と心の声を聞き、言葉にならない言葉を拾い上げ、確認作業を丁寧にするしかないのではと感じました。
その背中は押してはいけない背中だ。
もともとカトリック系の私は出生前診断や中絶に対する思いもあり、ずっとそう思っていました。結局、中絶問題と言うのは宗教問題に行きつくからです。
そしてそれは単純にそういう辛い判断に参加することをためらい、逃げ、「自分たちで考えて」と突き放すことで患者さんを路頭に迷わせていたのだな、と気づきました。
なのでわたしは言いました。
お二人の話をずっと聞いていると、お互いが育てられないよね、という結論はあって、でも相手から悪く思われたくない、ひどい人だと思われたくない、という印象を受けます。でも、産むのか産まないのかを決めるチャンスは今しかありません。その時じゃないとできない決断は、その時にしないといけないのです。
この赤ちゃんがお二人のところに来たのは意味があることです。この赤ちゃんがお二人のところに来なければ、きっとこんな風に悩むことも命の大切さを考えるでもなく、結婚したら、不妊治療したら、普通にお子さんを持てる、妊娠出産は当たり前にうまくいくことなのだ、と思っていたかもしれません。だけど新しい命が生まれて来るという事は奇跡なのだということもわかったはずです。いろんなことを教えてもらいましたよね、赤ちゃんに。生まれてからの赤ちゃんの幸せを考えて産むという選択も、生まれてからの赤ちゃんの生きづらさを考えて産まないという選択も、どちらも赤ちゃんのことを真剣に考えてのことです。ご両親のことが嫌いな赤ちゃんはいません。今一生懸命、赤ちゃんのことを考えてますよね。そして決めたらいいんです。誰も悪くありません。どんな選択をしても誰も責められるべきじゃない。わたしはそう思います。大事なのはベルトコンベヤーに乗せられて進まされる、ではなく、ご自分の意志で手術の日を迎えるという事です。そしてその朝、気が変わったらキャンセルしてもいいじゃないですか。
結果
結果として、このご夫婦は妊娠を中断することを選びました。
プロライフとプロチョイス。生命を守るか個人の選択を守るか、という簡単な分け方を妊娠中絶に対して行う人たちがいますが、そんなに簡単ではないと思います。
産んでも産まなくてもどちらにしても傷つく女性たちがいる。
だったら、どちらにしても傷を深くしないように寄り添う医師になりたい。
たとえそれが神に背くことなのだとしても、目の前の患者さんを傷つくことから少しでも守ろう。わたしはそう考えました。