InstagramInstagram

妊娠中の動悸・息切れ・めまいはなぜ起こる?心配いらない動悸と受診すべきサイン

目次

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

ミネルバクリニック院長。臨床遺伝専門医として遺伝医療に携わっています。

妊娠中の動悸・息切れ・めまいの多くは、赤ちゃんを育てるために血液の量が約1.5倍に増え、心臓が1分間に10〜20回多く拍動するようになる、体の正常な変化によるものです。ただし、胸の痛み、気を失う、安静にしていても息が苦しい、むくみが急に増える、といった症状を伴う場合は、妊娠による変化ではなく心臓や血管の病気が隠れていることがあります。これらの症状があるときは、次の健診を待たずに受診してください。この記事では、妊娠初期から後期まで動悸が起こるしくみ、めまい・立ちくらみとの関係、場面別の対処法、受診の目安を、臨床遺伝専門医の視点も交えて解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約12分
🫀 動悸・息切れ・めまい・受診の目安
★ 臨床遺伝専門医監修

Q. 妊娠中に動悸がするのは大丈夫ですか?

A. 多くは心配のいらない生理的な動悸です。妊娠すると心拍数が1分間に10〜20回増え、心臓が送り出す血液の量も30〜50%増えるため、ドキドキを感じやすくなります。ただし、胸の痛み・失神・安静時の息苦しさ・急なむくみを伴う動悸は、周産期心筋症や妊娠高血圧症候群などのサインのことがあるため、すぐに受診してください。

  • ➤原因 → 血液量の増加、心拍数の上昇、貧血、ホルモン、大きくなった子宮による圧迫
  • ➤めまい → 立ちくらみ(起立性低血圧)と、仰向けで起こる仰臥位低血圧症候群が代表的
  • ➤対処 → 動きを止め、左を下にして横になる。食事は少量ずつ、入浴はぬるめ・短め
  • ➤受診の目安 → 胸痛・失神・安静時の息切れ・横になれない息苦しさ・急なむくみ
  • ➤遺伝の視点 → 心筋症・大動脈解離・若い年齢での突然死の家族歴がある場合は早めに主治医へ伝える

1. 妊娠中の動悸・息切れ・めまいはよくある症状です

妊娠中に動悸を感じるのは珍しいことではありません。韓国で行われた調査では、妊婦さんの11.5%が妊娠中のどこかの時期に動悸を経験していました。また、妊娠中に動悸を訴えて検査を受けた人の半数以上では、心房や心室の「期外収縮」という脈の乱れが見つかりますが、これはほとんどの場合に治療の必要がない良性のものです[1]。

動悸とは、ふだんは意識しない心臓の拍動を「ドキドキする」「脈が速い」「脈が飛ぶ」と自覚する状態を指します。妊娠中は心臓の仕事量そのものが増えるため、病気がなくても動悸を感じやすくなります。息切れやめまいも、同じ体の変化から生じることが多い症状です。

一方で、動悸を感じた妊婦さんのうち、実際に治療が必要な不整脈がある人はごく一部です。大切なのは「動悸があるかどうか」よりも、「どんな症状を伴っているか」を見ることです。失神(とくに妊娠初期の失神)や、動悸と一緒にめまいや息苦しさがある場合は、心臓の構造の病気が隠れていないか調べる必要があるとされています[1]。

動悸はいつから起こる?初期・中期・後期で違う原因

心拍数の上昇は妊娠6週ごろから始まるため、動悸は妊娠初期から起こりえます。欧州心臓病学会(ESC)の2025年のガイドラインでは、妊娠6週ごろから心拍数が1分間に10〜20回増え、心臓が1回に送り出す血液の量と、1分間に送り出す血液の量(心拍出量)が30〜50%増えると説明されています[2]。

ただし、動悸の主な原因は時期によって少しずつ変わります。初期はホルモンの変化とつわりによる脱水、中期は血液量の増加と貧血、後期は大きくなった子宮による圧迫が加わります。妊娠期間ごとの体の変化は、妊娠中期の体の変化や妊娠後期の症状でも解説しています。

妊娠の時期と、動悸・息切れ・めまいの主な原因

時期 体の主な変化 起こりやすい症状
初期(〜15週) 心拍数の上昇が始まる。プロゲステロンが呼吸を深くする。つわりで水分・食事がとれない 動悸、息が足りない感じ、脱水や低血糖によるふらつき
中期(16〜27週) 心拍出量が最大に近づく。血液が薄まり、ヘモグロビン値が下がりやすい 動悸、立ちくらみ、だるさ、階段での息切れ
後期(28週〜) 子宮が横隔膜を押し上げる。仰向けで子宮が太い静脈を圧迫する 息苦しさ、横になると苦しい、仰向けでの気分不良

※症状の出方には個人差があります。時期に関係なく、後述の「受診すべきサイン」がある場合は受診してください。

2. なぜ動悸が起こる?妊娠中の心臓と血液の変化

妊娠中の動悸は、主に「血液量の増加」「心拍数の上昇」「貧血」「ホルモン」「子宮による圧迫」の5つが重なって起こります。ここでは、それぞれのしくみを順に説明します。

血液量は約1.5倍、心拍数は1分あたり10〜20回増える

妊娠すると血液の液体成分(血漿)が50%近く増え、心臓は1分間に10〜20回多く拍動するようになります。米国の医学書『MSDマニュアル プロフェッショナル版』によると、血漿量は妊娠中に約50%増加し、赤血球の量も増えるため、総血液量が増加します。また、心拍出量は妊娠6週ごろから増え始め、16〜28週(多くは24週前後)でピークを迎えます。心拍数は、ふだんの1分間70回前後から90回程度まで上がることがあります[3]。

血液量が増える理由は、胎盤と赤ちゃんに酸素と栄養を届けるため、そして出産時の出血に備えるためです。増えた血液を全身と胎盤に送り出すため、心臓は1回あたりに送り出す量を増やし、拍動の回数も増やします。

同時に、妊娠中は全身の血管がゆるんで広がり、血管の抵抗が20〜50%下がります[2]。血管が広がると血圧が下がりやすくなるため、体は心拍数を上げて血圧を保とうとします。妊婦さんが「何もしていないのに脈が速い」と感じるのは、このためです。

妊婦健診で測る脈拍が1分間に90回前後であっても、妊娠中の変化として説明がつくことがあります。ただし、心拍数だけで安全かどうかを判断することはできません。安静にしていても1分間に100回を超える状態が続く場合や、動悸が突然始まって突然止まる場合は、不整脈などほかの原因を調べることがあります。

貧血:「薄まるだけの貧血」と「鉄が足りない貧血」の違い

妊娠中は、血液が薄まって起こる生理的なヘモグロビン低下と、鉄不足による鉄欠乏性貧血がよくみられます。ほかの原因による貧血もあります。前者は、血漿が約50%増えるのに対し、酸素を運ぶ赤血球の量は約25%しか増えないために起こります。その結果、血液中のヘモグロビン濃度は妊娠前の約13.3g/dLから約12.1g/dLに下がります[3]。

💡 用語解説:希釈性貧血(きしゃくせいひんけつ)

希釈性貧血とは、赤血球の量は減っていないのに、血液の液体成分が増えたぶん薄まって、検査値の上では貧血のように見える状態です。妊娠中に起こるものは「生理的貧血」とも呼ばれ、体が妊娠に適応した結果です。ただし、生理的な範囲を超えて下がっている場合は、鉄欠乏性貧血が重なっていないかを確認します。

貧血の診断基準について、世界保健機関(WHO)は2024年のガイドラインで、妊婦さんの貧血の基準値を妊娠初期と後期はヘモグロビン11.0g/dL未満、中期は10.5g/dL未満としています[4]。中期だけ基準が低いのは、この時期に血液がもっとも薄まりやすく、健康な妊婦さんでも値が下がるためです。

一方、鉄欠乏性貧血は、赤ちゃんの成長と赤血球を増やすために鉄の需要が増える一方で、食事からの摂取が追いつかない場合に起こります。酸素を運ぶ力が落ちると、体は心拍数を上げてそれを補おうとするため、動悸や息切れ、立ちくらみ、だるさが強くなります。妊婦健診の血液検査で貧血を指摘された場合は、鉄剤が処方されることがあります。食事での鉄分のとり方は妊娠中の食事でまとめています。

プロゲステロンは呼吸を深くする:「息が足りない感じ」の正体

妊娠初期から感じる「息が吸いきれない」「空気が足りない」という感覚の多くは、黄体ホルモン(プロゲステロン)が呼吸を深くする作用によるものです。プロゲステロンは脳の呼吸中枢を刺激し、1回に吸い込む空気の量を増やします。その結果、1分間に出入りする空気の量(分時換気量)が増え、血液中の二酸化炭素の濃度が下がります[5]。

これは、胎盤を通して赤ちゃんの二酸化炭素を母体側へ受け渡しやすくするための変化と考えられています。ところが、本人には「呼吸が深くなった」とは感じられず、「息が足りない」と感じられることがあります。このような妊娠に伴う息苦しさは、子宮がまだ小さい妊娠初期から現れることがあり、肺や心臓の病気がなくても起こります[5]。

妊娠に伴う息苦しさは、安静にしていれば落ち着き、会話や日常生活を続けられる程度のものです。安静にしていても息が苦しい、日を追って悪化する、横になると苦しくて眠れない、といった場合は性質が違うため、後述の受診の目安を確認してください。

大きくなった子宮が横隔膜を押し上げる

妊娠後期の息苦しさには、大きくなった子宮が横隔膜を押し上げることが関わっています。横隔膜は肺の下にある呼吸のための筋肉で、子宮が大きくなると上へ押し上げられます。これに対して胸郭(肋骨で囲まれた胸の部分)は横に広がり、胸まわりは約10cm大きくなります[3]。

胸郭が広がることで肺の容量の多くは保たれますが、みぞおちのあたりが圧迫される感覚や、食後に胃が膨らんだときの息苦しさは強くなります。妊娠9か月ごろに「息切れがひどくなった」と感じる人が多いのはこのためです。

\ 赤ちゃんの染色体について知りたい方へ /

📅 NIPTを予約する

お問い合わせはこちら | NIPT(新型出生前診断)について

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【数字を知っておくと、動悸の見方が変わります】

妊娠中の動悸を評価する際は、心臓の病気によるものか、生理的な変化によるものかを区別する必要があります。けれども、心拍数が10〜20回増える、血漿が50%近く増える、という数字を知っていれば、ドキドキの多くは体が妊娠に合わせて働き方を変えた結果だと理解できます。

その一方で、「妊娠中だから息切れは当たり前」と決めつけてしまうと、まれな病気を見逃すことになります。生理的な変化の範囲を知ったうえで、その範囲から外れる症状に気づけることが大切です。この記事の後半で、その「範囲の外」を具体的に挙げます。

3. めまい・立ちくらみ・脳貧血が起こるしくみ

妊娠中のめまいは、動悸と同じく血液の流れの変化から起こることが多い症状です。とくに多いのが、立ち上がったときの立ちくらみと、仰向けに寝たときの気分不良です。つわりの時期に多い、ふわふわする・ぐるぐる回るめまいについては、妊娠初期のめまい・吐き気で詳しく解説しています。ここでは、妊娠中期以降に増える、血液の流れによるめまいを中心に説明します。

立ちくらみ(起立性低血圧)

立ちくらみは、立ち上がった瞬間に血液が足のほうへ移動し、一時的に脳への血流が減ることで起こります。いわゆる「脳貧血」と呼ばれるものの多くは、血液中のヘモグロビンの量が少ないという意味の貧血ではなく、このように脳へ届く血流が一時的に足りなくなる状態を指しています。

妊娠中は、前述のとおり血管がゆるんで広がっているため、立ち上がったときに血管を締めて血圧を保つ反応が追いつきにくくなります。さらに、大きくなった子宮が骨盤の静脈を圧迫すると、足に血液がたまりやすくなります。そのため、長時間立ち続けたとき、急に立ち上がったとき、暑い場所や入浴後などに、目の前が暗くなる、冷や汗が出る、気が遠くなる、といった症状が出やすくなります。

立ちくらみ自体は一時的なもので、横になったりしゃがんだりして頭の位置を低くすれば数分で治まります。注意したいのは、ふらついて転倒し、お腹を打つことです。前ぶれを感じたら、無理に歩かず、その場でしゃがむか座ってください。

仰向けで気分が悪くなる「仰臥位低血圧症候群」

妊娠20週以降に仰向けで寝ていると、大きくなった子宮が背骨の右側を通る太い静脈(下大静脈)を圧迫し、心臓に戻る血液が減って血圧が下がることがあります。これを仰臥位低血圧症候群(ぎょうがいていけつあつしょうこうぐん)といいます。症状は、はじめは脈が速くなり、続いて顔色が悪くなる、冷や汗、吐き気、血圧の低下、めまいなどが現れます。左を下にして横向きになると、圧迫がとれて改善します[6]。

💡 用語解説:下大静脈(かだいじょうみゃく)

下大静脈は、下半身の血液を心臓へ戻す、体の中でもっとも太い静脈です。お腹の奥、背骨のやや右側を通っています。妊娠後期の子宮はこの静脈の上に乗る位置にあるため、仰向けになると子宮の重みで静脈が押しつぶされ、心臓へ戻る血液が減ります。左を下にすると子宮が左に傾き、静脈への圧迫がゆるみます。

「低血圧なのに動悸がする」という疑問は、このしくみで説明できます。血圧が下がると、体は脈を速くして血圧を戻そうとするため、ドキドキを感じるのです。仰向けで動悸や気分不良が出たら、まず左を下にした横向き(左側臥位)に姿勢を変えてください。子宮への血流も心臓へ戻る血液に左右されるため、この姿勢をとることは赤ちゃんにとっても理にかなっています。

「心臓を下にして寝るとよい」と言われることがありますが、妊娠中に姿勢を変える目的は、心臓を下にすることではなく、子宮が下大静脈を圧迫しないようにすることです。そのため、目安は「心臓側」ではなく「左を下に」と覚えておくとよいでしょう。

低血糖・脱水・入浴後のめまい

血液の流れ以外にも、空腹による低血糖、水分不足による脱水、入浴で血管が広がることが、めまいの引き金になります。つわりで食事や水分が十分にとれない時期は、血糖値と血液量の両方が不足しやすく、ふらつきや動悸が起こりやすくなります。水分もとれない状態が続く場合は、脱水が進んでいる可能性があるため、早めに受診してください。

入浴中や入浴後は、温まった皮膚の血管が広がるため、血液が体の表面に集まり、脳へ届く血液が減りがちです。妊娠中はもともと血管が広がっているので、熱いお湯や長湯で立ちくらみが起こりやすくなります。

一時的なめまいや立ちくらみが赤ちゃんに影響するかを心配する方は多いですが、短時間で回復するめまいそのものが赤ちゃんに害を与えるという根拠はありません。注意が必要なのは、転倒によるけがと、めまいの背景にある重い貧血や脱水です。めまいが何度も起こる場合は、妊婦健診で貧血の有無を確認してもらってください。

4. 場面別の対処法

生理的な動悸やめまいは、姿勢や生活の工夫で軽くできることが多い症状です。まずは、動悸を感じたときの基本の手順を確認しておきましょう。

動きを止めて座るしゃがむだけでもよい
▶
左を下にして横になる仰向けは避ける
▶
脈と症状を確かめる速さ・リズム・続く時間
▶
危険サインがあれば受診胸痛・失神・安静時の息苦しさ

動悸がおさまらないとき:まず左を下にして休む

動悸を感じたら、まず動きを止め、左を下にして横になるか、椅子に座って休んでください。生理的な動悸は、安静にすると落ち着くことがあります。ただし、胸痛・失神・強い息苦しさがある場合は、休んで様子を見ず救急受診してください。横になれない場所では、背もたれのある椅子に深く座り、ゆっくり呼吸をします。

落ち着いたら、手首や首で脈を数えてみてください。1分間の脈の数、リズムが規則的か、脈が飛ぶか、動悸がどれくらい続いたかをメモしておくと、受診したときに医師が原因を判断する助けになります。

安静にしてもおさまらない、突然始まって突然止まる、脈がバラバラに乱れ続ける、という場合は、妊娠による変化以外の原因があるかもしれません。こうした場合は、その日のうちにかかりつけの産科へ連絡してください。

食後の動悸

食後は消化のために胃腸へ多くの血液が集まり、さらに膨らんだ胃が横隔膜を押し上げるため、動悸や息苦しさを感じやすくなります。子宮が大きくなる妊娠中期以降は、とくにこの影響が出やすくなります。

対策としては、1回の食事の量を減らして回数を増やし、よくかんでゆっくり食べることが基本です。コーヒーや緑茶などのカフェインも動悸を強めることがあるため、量に気をつけてください。妊娠中のカフェインの目安は妊娠中の飲み物で解説しています。

横になると息苦しい・眠れない夜

妊娠後期になると、仰向けで寝ると息苦しい、夜中に動悸で目が覚める、という悩みが増えます。多くは子宮による横隔膜と下大静脈の圧迫によるもので、左を下にした横向きで、抱き枕を使って上の脚を前に出すと楽になることがあります。

ただし、横向きでも苦しくて座らないと眠れない、夜に咳が続く、足のむくみが急に増えた、という場合は、心不全のサインのことがあります。こうした症状は妊娠後期の不快感と区別しにくいため、自分で判断せず受診してください[7]。

お風呂での動悸・めまい

湯船につかって体を温めるとリラックスでき、寝つきもよくなります。一方で、熱いお湯や長湯は血管を広げ、立ちくらみや動悸の原因になります。お湯はぬるめにし、長くつかりすぎないようにしてください。

浴槽から出るときはゆっくり立ち上がり、手すりや浴槽のふちにつかまります。冬場は脱衣所と浴室の温度差も負担になるため、あらかじめ脱衣所を温めておきましょう。貧血を指摘されている人や、入浴中にめまいを感じたことがある人は、家族がいる時間に入浴するようにしてください。

仕事中のめまい:休む判断と職場への伝え方

立ち仕事や通勤中に立ちくらみが起こる場合は、無理をせず、その場で座る、しゃがむことを優先してください。休憩時に横になれる場所や、座って休める場所を、あらかじめ職場と相談して確保しておくと対応しやすくなります。

めまいや動悸が頻繁に起こる、通勤中に倒れそうになる、といった場合は、妊婦健診で医師に相談し、勤務時間の短縮や休業が必要かどうかを判断してもらいます。医師の指導内容を職場に伝える「母性健康管理指導事項連絡カード」を使う方法もあります。仕事を休む判断や職場への伝え方は、妊娠中期に仕事を休む理由と会社への伝え方でまとめています。

鉄分・食事・カフェイン

貧血が動悸の原因になっている場合は、鉄分をしっかりとることが基本です。鉄は、赤身の肉や魚に含まれる吸収されやすい「ヘム鉄」と、大豆製品や青菜に含まれる「非ヘム鉄」に分けられます。非ヘム鉄はビタミンCと一緒にとると吸収がよくなります。

鉄分が多い食品としてレバーがよく挙げられますが、レバーにはビタミンA(レチノール)も多く含まれます。妊娠初期にビタミンAをとりすぎると、赤ちゃんの先天異常との関連が指摘されているため、レバーを毎日のように食べるのは避けてください。食事だけで補えない貧血は、鉄剤で治療します。具体的な食品の選び方は妊娠中の食事を参考にしてください。

5. すぐ受診すべき危険なサイン

妊娠中の動悸・息切れのほとんどは生理的なものですが、胸の痛み、失神、安静時の息苦しさ、横になれないほどの呼吸困難、急なむくみを伴う場合は、病気のサインとして受診が必要です。日本循環器学会と日本産科婦人科学会の2026年のガイドラインでも、息切れ・動悸・むくみは正常な妊娠でも起こる一方、心血管合併症の症状でもあることに注意し、危険因子のある妊産婦の呼吸器症状などでは直ちに循環器系の精査を行うよう示されています[7]。

動悸・息切れ・めまいと一緒に起こる症状と、受診の急ぎ方

急ぎ方 症状 考えられる病気の例
すぐに救急受診 胸の痛み、背中に抜ける激しい痛み、気を失った、急に息ができないほど苦しくなった、横になれないほどの呼吸困難 心不全(周産期心筋症など)、大動脈解離、肺塞栓症
その日のうちに受診 頭痛・目がチカチカする・みぞおちの痛み、顔や手のむくみの急な増加、突然始まって止まらない動悸、夜の咳や横になると苦しい 妊娠高血圧症候群、不整脈、心不全の初期
次の妊婦健診で相談 階段や坂道での息切れ、立ちくらみ、だるさ、安静で治まる動悸 生理的な変化、貧血

※迷ったときは、まずかかりつけの産科に電話で相談してください。夜間・休日で強い症状がある場合は救急を利用してください。

周産期心筋症:「妊娠のせい」と見過ごされやすい心不全

周産期心筋症は、心臓の病気がなかった女性が、妊娠の終わりごろから出産後数か月の間に心臓のポンプ機能が落ち、心不全を起こす病気です。欧州心臓病学会の専門部会は、左心室が血液を送り出す割合(左室駆出率)が45%未満に低下した心不全で、妊娠末期から出産後数か月(多くは出産後1か月以内)に起こり、ほかに原因が見つからないもの、と定義しています[8]。日本ではおよそ2万分娩に1人の頻度とする報告が、2025年の日本循環器学会・日本心不全学会のガイドラインで紹介されています[11]。

💡 用語解説:左室駆出率(さしつくしゅつりつ)

左室駆出率(LVEF)は、心臓の左心室にたまった血液のうち、1回の収縮で全身に送り出される割合です。心臓超音波検査(心エコー)で測ります。健康な心臓は、たまった血液の半分以上を1回で送り出しています。この割合が大きく下がると、全身に十分な血液を送れなくなり、息切れやむくみなどの心不全の症状が出ます。

周産期心筋症の症状は、息切れ、疲れやすさ、胸の痛み、咳、お腹の不快感など、妊娠中や産後のよくある不調とよく似ています。そのため診断が遅れやすく、専門部会は「疑ってかかること」が見逃しを防ぐうえで欠かせないとしています[8]。診断には、血液検査(心臓に負担がかかると増えるBNPなど)と心エコーが使われます。

とくに注意したいのは、出産後に発症することが多い点です。産後は赤ちゃんのお世話による疲れや寝不足があり、息切れやむくみを「産後の疲れ」と考えがちです。横になると息苦しい、夜中に咳が出る、足のむくみが急に増えた、という症状が産後に出た場合は、出産した施設へ連絡してください。

妊娠高血圧症候群:頭痛・目がチカチカ・急なむくみ

妊娠高血圧症候群のうち、妊娠20週以降に新たに高血圧が起こる妊娠高血圧や妊娠高血圧腎症でも、動悸や息苦しさを感じることがあります。強い頭痛、目の前がチカチカする、みぞおちや右の肋骨の下が痛む、顔や手のむくみが急に増えて体重が短期間で増えた、といった症状は、重症化のサインのことがあります。

病気の詳しいしくみや管理については妊娠高血圧症候群とはで解説しています。

不整脈・甲状腺機能亢進症

妊娠中は、心臓が引き伸ばされることやホルモンの変化によって、心房性の不整脈が起こりやすくなることがあります[2]。多くは前述の期外収縮のような良性のものですが、突然始まって突然止まる速い動悸(発作性上室頻拍など)は、心電図での確認が必要です。発作が起きているときに心電図をとれると診断がつきやすいため、症状が出たら早めに受診してください。

また、甲状腺ホルモンが多くなりすぎる甲状腺機能亢進症(バセドウ病など)でも、脈が速くなる、汗をかきやすい、体重が増えない、手が震える、といった症状が出ます。妊娠初期には、胎盤から出るホルモン(hCG)が甲状腺を刺激して一時的に甲状腺ホルモンが高くなることもあります。妊娠と甲状腺の関係は妊娠と甲状腺疾患の関係で詳しく説明しています。

胸や背中の激痛・突然の息切れ:肺塞栓症・大動脈解離

妊娠中から産後にかけては、血液が固まりやすくなるため、足の静脈にできた血のかたまりが肺の血管に詰まる肺塞栓症のリスクが上がります。片方の足のむくみや痛みに続いて、突然の息切れや胸の痛み、動悸が起こった場合は、すぐに救急受診が必要です。

また、まれですが、胸から背中に抜けるような激しい痛みは、大動脈の壁が裂ける大動脈解離のことがあります。大動脈解離は、もともと大動脈が弱くなる体質をもつ人で起こりやすく、その体質には遺伝的な背景があることがあります。この点は、次の章で遺伝の視点から説明します。

6. 遺伝の視点:心臓の病気の家族歴がある人へ

妊娠中や産後に起こる心臓・血管の病気の一部には、生まれつきの遺伝的な体質が関わっています。ご家族に心筋症、大動脈解離、若い年齢での突然死がある場合は、妊娠中の動悸や息切れを生理的な変化と片づけず、その家族歴を産科の主治医に伝えておくことが大切です。

周産期心筋症と拡張型心筋症に共通する遺伝的背景

2016年に米国の医学誌『New England Journal of Medicine』に発表された研究では、周産期心筋症の女性172人の遺伝子を調べたところ、26人(15%)に、心筋症に関わる遺伝子でたんぱく質が途中で短くなる変化(短縮型バリアント)が見つかりました。その3分の2はTTN遺伝子の変化で、患者全体の10%を占めていました。短縮型バリアント全体が見つかった割合(15%)は、拡張型心筋症の患者さん(17%)と近く、一般集団(4.7%)より高い値でした[9]。

💡 用語解説:TTN遺伝子(ティーティーエヌ)とタイチン

TTN遺伝子は、筋肉の中でばねのように働く巨大なたんぱく質「タイチン」の設計図です。タイチンは心筋が縮んだり伸びたりするときの弾力を支えています。TTN遺伝子の途中でたんぱく質が短く切れてしまう変化(短縮型バリアント)は、拡張型心筋症の原因としてもっとも多いものの一つです。ただし、この変化を持つ人が全員発症するわけではありません。

この研究で注目されたのは、周産期心筋症と拡張型心筋症が、同じ遺伝的な素因の上に起こっている可能性です。妊娠による心臓への負担が、もともと持っていた素因を表に出すきっかけになる、と考えられています。また、この遺伝子の変化は、心筋症の家族歴がある人とない人の両方で同じくらいの頻度で見つかっていました[9]。家族歴がないからといって、遺伝的な素因がないとはいえないということです。

欧州心臓病学会の専門部会は、周産期心筋症の患者さんの約15〜20%が心筋症の原因として知られる遺伝子の変化を持っているとし、とくに家族歴がある場合には遺伝学的検査を検討してよいとしています[8]。ただし、こうした変化を持つ人がどのくらいの確率で発症するかは、まだ十分にわかっていません[9]。

マルファン症候群などの遺伝性大動脈疾患と妊娠

マルファン症候群は、FBN1遺伝子の変化によって血管や骨などの結合組織が弱くなる、常染色体顕性(優性)遺伝の病気です。大動脈の根元が広がりやすく、妊娠中は血液量の増加とホルモンの影響で大動脈の壁に負担がかかるため、大動脈解離のリスクが上がります。

そのため、日本循環器学会と日本産科婦人科学会の2026年のガイドラインでは、マルファン症候群の女性で上行大動脈または大動脈の根元の径が45mmを超える場合は妊娠を避けることを強く推奨し、40mm以上45mm以下の場合は家族歴なども含め、一人ひとりの解離リスクを専門施設で検討するとしています[7]。欧州心臓病学会の2025年のガイドラインでも、45mmを超える場合をもっともリスクの高い群に分類しています[2]。マルファン症候群以外にも、大動脈の病気を起こす遺伝子は複数知られており、遺伝性大動脈疾患としてまとめられています。

背が高く手足や指が長い、近視が強い、胸の形が変わっている、といった特徴がある人や、家族に大動脈解離・大動脈瘤の人がいる場合は、妊娠前か妊娠の早い時期に心エコーで大動脈の太さを確認しておくことに意味があります。

QT延長症候群と産後の不整脈

先天性QT延長症候群は、心臓の電気的な回復に時間がかかる体質で、危険な不整脈から失神や突然死を起こすことがある遺伝性の病気です。研究では妊娠中の心臓のイベントのリスクは妊娠前より低い一方、出産後の9か月間は心臓のイベントが起こりやすくなることが報告されています[10]。とくに2型(LQT2)では産後のリスクが高く、欧州心臓病学会の2025年のガイドラインでも、LQT2の産後をリスクの高い状態に分類しています[2]。

一方で、β遮断薬という薬を続けることで、産後のリスクが下がることも示されています[10]。家族に原因不明の失神や、若い年齢での突然死がある場合は、その情報を主治医に伝え、心電図でQT時間を確認してもらうことが一つの手がかりになります。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【家族歴は、妊娠中の症状を読み解く手がかりになります】

妊娠中の動悸や息切れは、ほとんどが生理的な変化です。ただ、同じ「息切れ」でも、家族に心筋症や大動脈解離の人がいるかどうかで、その症状の重みづけは変わります。家族歴は、症状だけでは区別しにくい病気を見分けるための、重要な情報の一つです。

周産期心筋症の研究で、家族歴のない人にも同じ割合で遺伝子の変化が見つかったことは、家族歴だけでは拾いきれない素因があることを示しています。だからこそ、わかっている家族歴はきちんと主治医に伝え、気になる症状は「妊娠だから」で片づけないことが大切です。

\ 妊娠中に受けられる赤ちゃんの検査を知りたい方へ /

📅 NIPTを予約する

お問い合わせはこちら | NIPTでわかること

よくある質問(FAQ)

Q1. 妊娠中の動悸は赤ちゃんに影響しますか?

妊娠による生理的な動悸そのものが、赤ちゃんに害を与えるという根拠はありません。ただし、仰向けで低血圧が続くと子宮への血流も減るため、動悸や気分不良が出たら左を下にして横になってください。重い貧血や心臓の病気がある場合は、その治療が赤ちゃんのためにも必要です。

Q2. 妊娠中の心拍数は何回までなら大丈夫ですか?

妊娠中は心拍数が1分間に10〜20回増え、70回前後から90回程度まで上がることがあります。心拍数だけで安全かどうかを判断することはできません。安静にしていても1分間に100回を超える状態が続く場合や、動悸が突然始まって突然止まる場合は、不整脈などの原因を調べるため受診してください。

Q3. 動悸は妊娠超初期症状ですか?

心拍数の上昇は妊娠6週ごろから始まるため、妊娠初期に動悸を感じることはあります。ただし、動悸は妊娠以外の理由でもよく起こるため、動悸だけで妊娠を判断することはできません。妊娠の可能性がある場合は、妊娠検査薬や医療機関で確認してください。

Q4. 動悸に漢方や市販薬を使ってもよいですか?

妊娠中は、自己判断で漢方薬や市販薬を使わず、妊婦健診先の医師に相談してください。お腹の張り止めの薬(リトドリンなど)の副作用で動悸が起こることもあるため、服用中の薬がある場合は必ず伝えてください。妊娠中の薬の考え方は「妊娠中の薬との付き合い方」で解説しています。

Q5. 妊娠9か月ごろの息切れは普通ですか?

妊娠後期は大きくなった子宮が横隔膜を押し上げるため、階段や坂道での息切れはよく起こります。ただし、安静にしていても息苦しい、横になれず座らないと眠れない、急に悪化した、という場合は心不全などのサインのことがあるため、すぐに受診してください。

Q6. 動悸や息切れがあるときは何科を受診すればよいですか?

まずは妊婦健診を受けている産科に連絡してください。胸の痛み、失神、急な強い息苦しさがある場合は、夜間でも救急を受診してください。心臓の病気が疑われる場合は、産科と循環器内科が連携して検査や治療を行います。

妊娠中の薬については妊娠中の薬との付き合い方で、時期ごとの考え方を解説しています。

7. まとめ

妊娠中の動悸・息切れ・めまいの多くは、血液量の増加、心拍数の上昇、血液が薄まること、ホルモンの作用、大きくなった子宮による圧迫といった、体の正常な変化によって起こります。動悸を感じたら、まず動きを止め、左を下にして横になるか座って休んでください。食事は少量ずつに分け、入浴はぬるめ・短めにし、急に立ち上がらないことが予防になります。

一方で、胸の痛み、失神、安静時の息苦しさ、横になれないほどの呼吸困難、急なむくみを伴う場合は、周産期心筋症、妊娠高血圧症候群、肺塞栓症、大動脈解離などの可能性があるため、すぐに受診してください。周産期心筋症は出産後に起こることも多いため、産後の息切れやむくみも見過ごさないことが大切です。

ご家族に心筋症、大動脈解離、若い年齢での突然死がある場合は、その情報を産科の主治医に伝えておいてください。妊娠中の症状を正しく判断するための手がかりになります。

🧬 赤ちゃんの染色体について知りたい方へ

ミネルバクリニックでは、臨床遺伝専門医が常駐し、NIPT(新型出生前診断)の検査前後の説明から、陽性時の確定検査までを一貫して行っています。NIPTでわかること・わからないことを理解したうえで、検査を受けるかどうかを判断していただけるよう、遺伝カウンセリングを大切にしています。

参考文献

  • [1] Senarath S, Nanayakkara P, Beale AL, et al. Diagnosis and management of arrhythmias in pregnancy. Europace. 2022;24(7):1041-1051. [DOI]
  • [2] De Backer J, Haugaa KH, et al. 2025 ESC Guidelines for the management of cardiovascular disease and pregnancy. Eur Heart J. 2025;46(43):4462-4568. [PubMed 40878294]
  • [3] Physiology of Pregnancy. MSD Manual Professional Edition. Merck & Co., Inc. [MSD Manual]
  • [4] Guideline on haemoglobin cutoffs to define anaemia in individuals and populations. World Health Organization. 2024. [NCBI Bookshelf]
  • [5] LoMauro A, Aliverti A. Respiratory physiology of pregnancy: Physiology masterclass. Breathe (Sheff). 2015;11(4):297-301. [DOI]
  • [6] Krywko DM, King KC. Aortocaval Compression Syndrome. StatPearls. StatPearls Publishing. [NCBI Bookshelf]
  • [7] 日本循環器学会/日本産科婦人科学会. 2026年JCS/JSOGガイドラインフォーカスアップデート版 心血管疾患患者の妊娠・出産の適応と診療. 2026. [日本循環器学会]
  • [8] Bauersachs J, et al. Pathophysiology, diagnosis and management of peripartum cardiomyopathy: a position statement from the Heart Failure Association of the European Society of Cardiology Study Group on peripartum cardiomyopathy. Eur J Heart Fail. 2019;21(7):827-843. [DOI]
  • [9] Ware JS, Li J, Mazaika E, et al. Shared Genetic Predisposition in Peripartum and Dilated Cardiomyopathies. N Engl J Med. 2016;374(3):233-241. [PubMed 26735901]
  • [10] Seth R, Moss AJ, McNitt S, et al. Long QT syndrome and pregnancy. J Am Coll Cardiol. 2007;49(10):1092-1098. [PubMed 17349890]
  • [11] 日本循環器学会/日本心不全学会. JCS/JHFS 2025 Guideline on Diagnosis and Treatment of Heart Failure. Circulation Journal. 2025. doi:10.1253/circj.CJ-25-0002. [J-STAGE]

関連記事

プロフィール

この記事の筆者:仲田洋美(医師)

ミネルバクリニック院長・仲田洋美は、日本内科学会認定総合内科専門医、日本臨床腫瘍学会認定がん薬物療法専門医 、日本人類遺伝学会認定臨床遺伝専門医として従事し、患者様の心に寄り添った診療を心がけています。

仲田洋美のプロフィールはこちら

関連記事