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妊娠経過に問題がなければ、妊娠中も運動をして構いません。目安は「週150分の中強度の運動」で、少し息がはずむけれど会話はできる程度の強さを、週3日以上に分けて行う形です。妊娠前から続けている運動は、強度を落とせば妊娠初期から続けられます。新しくスポーツを始める場合、日本臨床スポーツ医学会の2005年の基準では妊娠12週以降が目安とされています。日常の歩行などの軽い身体活動まで12週まで待つ必要はありません。「初期に運動したせいで流産したのでは」という心配は多いのですが、初期流産のおよそ半数は胚(赤ちゃんのもと)の染色体の数の違いによるもので、日常的な適度な運動が流産の原因になることを示す根拠はありません。この記事では、時期別の運動の目安、おすすめの運動と避けたい運動、すぐにやめるべきサインを、臨床遺伝専門医の視点も交えて解説します。
Q. 妊娠中はどのくらい運動していいですか?
A. 合併症などがなければ、週150分以上の中強度の有酸素運動が目安です。WHO(世界保健機関)、米国産婦人科学会(ACOG)、カナダのガイドラインがそろって示している量で、1日に直すと20〜30分ほどです。出血、規則的なお腹の張り、水っぽいおりものが続くなどの症状があれば、すぐに運動をやめてかかりつけ医に連絡してください。
- ➤推奨量 → 週150分以上・週3日以上。強さは「会話はできるが歌うのは難しい」程度
- ➤いつから → 続けている運動は初期から強度を下げて継続可。新しくスポーツを始めるなら国内の2005年基準では12週以降が目安(軽い歩行は初期から可)
- ➤初期の流産 → 主な原因は胚の染色体の数の違い。日常的な運動が原因になることは考えにくい
- ➤避けたい運動 → 転倒・接触の危険があるもの、腹部を打つおそれのあるもの、炎天下での運動
1. 妊娠中に運動してもいい?結論と推奨される運動量
妊娠経過に問題がなく、医師から運動を止められていなければ、妊娠中の運動は「してよい」どころか勧められています。ACOGは、産科的・内科的な合併症や禁忌がない限り、妊娠中の身体活動は安全で望ましいものであり、運動を続けるか新たに始めるよう勧めるべきだとしています[2]。WHOの2020年の身体活動ガイドラインも、禁忌のない妊娠中・産後の女性に、定期的な身体活動を推奨しています[1]。
一方で、妊娠中の体は妊娠していないときと同じではありません。循環血液量が増えて心拍数が上がり、お腹が大きくなるにつれて重心が前に移り、関節をゆるめるホルモンの影響も受けます。そのため、運動の「種類」と「強さ」は妊娠前から見直す必要があります。この章では、まず推奨される量と強さの目安を整理します。
なぜ今は「安静」より「適度な運動」なのか
かつては「妊娠したらなるべく安静に」と言われることが多くありました。しかし、合併症のない妊婦さんを対象にした研究が積み重なり、運動が赤ちゃんに悪影響を与えるという根拠はなく、むしろ母体の健康面で利点が大きいことがわかってきました。ACOGは、運動制限(安静)を早産予防のための治療として日常的に指示すべきではない、という立場もとっています[2]。
体を動かさない時間が長いと、筋力や心肺機能が落ち、体重が増えやすくなります。妊娠中は食欲が戻る中期以降に体重が急に増えることもあり、適度な運動は体重管理の助けにもなります。体重の増え方の目安や増えないときの考え方は、妊娠中の体重管理の記事で詳しく解説しています。ただし、妊娠中の運動の目的は「やせること」ではなく、体力と健康を保つことにあります。
推奨量の目安:週150分・トークテスト・心拍数
WHO、ACOG、カナダのガイドラインは、いずれも「週150分以上の中強度の有酸素運動」を目安にしています。カナダのガイドラインは、これを少なくとも週3日に分けて行うことを勧めており、毎日少しずつ体を動かす形が望ましいとしています[3]。WHOも、有酸素運動に加えて筋力を保つ運動を組み合わせることを勧めています[1]。
日本では、厚生労働科学研究班が妊娠中・産後の女性向けの推奨を示しています。強度3メッツ以上6メッツ未満の身体活動を週7.5メッツ・時以上、具体的には「歩行またはそれと同等以上の強度の身体活動を1日20分以上」が目安です。20分の歩行は約2,000歩で、家事などの生活活動による約2,000歩を合わせ、1日の総歩数で約4,000歩以上に相当します[4]。1日40分以上(生活活動を含めた総歩数で約6,000歩以上)であれば、さらに健康上の効果が期待できるとされています[4]。
💡 用語解説:メッツ(METs)と中強度
メッツは、運動の強さが安静時の何倍のエネルギーを使うかを表す単位です。座って安静にしている状態が1メッツ、普通の速さで歩くとおよそ3メッツになります。3メッツ以上6メッツ未満を「中強度」と呼び、速歩きや水中ウォーキング、軽めのサイクリングマシンなどが当てはまります。「メッツ・時」は強度と時間をかけ合わせた量で、3メッツの歩行を1時間行うと3メッツ・時です。
強さを確かめるいちばん簡単な方法は「トークテスト」です。運動しながら無理なく会話ができる状態を保てていれば、強すぎない目安になります[4]。息が切れて言葉が続かないなら強すぎますし、歌まで歌えるようなら軽い強度の目安ですが、軽い身体活動にも意義があります。
心拍数で管理したい方のために、カナダのガイドラインでは年齢別の目安が示されています。20〜29歳では1分間に135〜150回、30〜39歳では130〜145回です[4]。日本臨床スポーツ医学会の「妊婦スポーツの安全管理基準」は、心拍数150回/分以下、自覚的な強さは「ややきつい」以下を目安にしています[5]。妊娠中は安静時の心拍数がもともと上がっているため、心拍数だけに頼らず、トークテストや自分の感覚と組み合わせて判断してください。
💡 用語解説:トークテスト(Talk Test)
トークテストは、運動中に会話ができるかどうかで強さを判断する方法です。特別な機器がいらず、心拍数が上がりやすい妊娠中でも使いやすいのが特徴です。「会話はできるが、歌うのは難しい」くらいがおおむね中強度にあたります。息が上がって数語しか話せない状態になったら、ペースを落としてください。
運動で期待できること:日本の大規模研究から
ACOGは、妊娠中の運動によって妊娠糖尿病、帝王切開、器械分娩(吸引・鉗子を使う分娩)が減ること、運動が産後うつの予防にも関わることを挙げています[2]。妊娠糖尿病については妊娠糖尿病とは、血圧の病気については妊娠高血圧症候群とはもあわせてご覧ください。
日本人のデータでは、環境省の「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」に参加した9万2,796人の妊婦さんを解析した研究があります[6]。妊娠中の身体活動量を4群に分けて比べたところ、活動量が中くらいの群に比べて、非常に少ない群では早産のオッズ比が1.16、器械分娩のオッズ比が1.12と、わずかに高くなっていました[6]。活動量が少ない群では帝王切開のオッズ比も1.07でした[6]。
活動量がもっとも多い群でも、器械分娩のオッズ比は1.12と高くなっていました[6]。この研究では「中くらいの活動量」の群で、一部の分娩転帰が良好でした。ただし、活動量には仕事や家事なども含まれ、合併症のために活動量を減らした可能性もあります。観察研究なので、運動量の多さが原因で器械分娩が増えたとは言い切れず、最適な運動量をこの研究だけで決めることはできません。運動の目安は各国のガイドラインに沿って調整してください。
2. 妊娠中の運動はいつから?初期・中期・後期の目安
「いつから運動していいか」は、妊娠前から運動していたかどうかで答えが変わります。続けている運動があるなら、強度を落として妊娠初期から続けて構いません。WHOも、妊娠前から強度の高い運動を習慣にしていた人は、妊娠中もその活動を続けてよいとしています[1]。一方、妊娠をきっかけに新しく運動を始める場合、日本臨床スポーツ医学会の2005年の妊婦スポーツの基準では「原則として妊娠12週以降で、妊娠経過に異常がないこと」が条件とされています。これはスポーツ開始の目安で、WHOやカナダのガイドラインは、禁忌がなければ初期も含めて身体活動を勧めています[5]。
なお、日本産科婦人科学会の区分では、妊娠14週未満が妊娠初期、14週から27週が妊娠中期、28週以降が妊娠後期です。いわゆる「安定期」は医学用語ではなく、一般に妊娠16週ごろからを指して使われます。安定期の考え方は安定期はいつからいつまで?で解説しています。
📅 時期別・運動の考え方
| 時期 | 体の状態 | 運動の考え方 |
|---|---|---|
| 妊娠初期(〜13週) | つわり、眠気、だるさが出やすい | 続けている運動は強度を下げて継続可。新しいスポーツは国内の2005年基準では12週以降が目安。軽い歩行は初期から可。体調を最優先に |
| 妊娠中期(14〜27週) | つわりが落ち着き動きやすい。お腹が目立ち始める | 週150分を目標に始めやすい時期。初期を過ぎたら仰向けでの運動を避ける |
| 妊娠後期(28週〜) | お腹が大きく重心が前に。息切れ、むくみ、腰痛が出やすい | ウォーキングや水中運動など負担の少ないものを短めに。転倒に特に注意 |
※いずれの時期も、医師から運動を止められていないことが前提です。
妊娠初期(〜13週):続けている運動は強度を下げて
妊娠初期は、つわりや強い眠気で体を動かす気になれない時期でもあります。この時期は無理に運動量を確保しようとせず、体調がよい日に軽く歩く程度でも十分です。妊娠前からランニングや水泳を習慣にしていた人は、強度と時間を落として続けて構いません。
日本臨床スポーツ医学会の2005年の基準が新しくスポーツを始める時期を12週以降としているのは、初期が自然な流産の起こりやすい時期であるため、慎重な目安として設けられています。運動が流産の原因になるという意味ではありません。初期の運動と流産の関係は、次の第3章で詳しく説明します。妊娠初期に特有の疑問(妊娠に気づかずに運動していた場合など)は、妊娠初期の運動はどこまで大丈夫?で詳しくまとめています。
妊娠中期(14〜27週):運動を習慣にしやすい時期
つわりが落ち着き、お腹もまだそれほど大きくない妊娠中期は、運動を習慣にしやすい時期です。週150分を目標に、まずは1日10〜15分の散歩から始め、体が慣れたら時間を延ばしていきます。妊婦さん向けの水中運動やヨガのクラスに参加するのもよい方法です。妊娠中期の体の変化や過ごし方は妊娠中期はいつからいつまで?で解説しています。
この時期から気をつけたいのが姿勢です。子宮が大きくなると、仰向けで長くいるだけで気分が悪くなることがあります。WHOのガイドラインも、妊娠初期を過ぎたら仰向けでの運動を避けるよう注意しています[1]。理由は第5章で説明します。
妊娠後期(28週〜):ウォーキングの目安と注意点
妊娠後期になると、お腹が大きく前にせり出し、足元が見えにくくなります。関節もゆるみやすいため、転倒しにくい運動を選ぶことが何より大切です。ウォーキングは後期でも続けやすい運動で、目安は厚生労働科学研究班の推奨と同じく「1日20分以上の歩行(約2,000歩)に生活活動を合わせ、総歩数で約4,000歩」です[4]。一度に20分歩くのがつらければ、10分を2回に分けても構いません。
後期はお腹が張りやすくなる時期でもあります。歩いている途中でお腹が張ったら、いったん座って休み、張りが治まるかどうかを確かめてください。休んでも張りが規則的に続く場合は、早産の兆候のことがあります。切迫早産については切迫早産とはで詳しく解説しています。
3. 初期に運動すると流産する?臨床遺伝専門医が見る「本当の原因」
妊娠初期の流産の多くは、卵子・精子の形成時や受精後の初期の細胞分裂で生じる胚の染色体異常によるもので、日常的な適度な運動が流産の原因になることを示す根拠はありません。運動したあとに流産がわかっても、時間的に続いて起きたことだけでは因果関係を示せません。この章では、遺伝学の視点から初期流産の原因を説明し、運動との関係について研究からわかっていることを整理します。
初期流産のおよそ半数は胚の染色体異常
ACOGの診療指針によると、初期流産は臨床的に確認された妊娠のおよそ10%に起こる、ありふれた出来事です[7]。そして、初期流産のおよそ50%は胎児(胚)の染色体異常が原因とされています[7]。
ここでいう染色体異常の多くは、染色体の「数」の違いです。ヒトの体の細胞には46本(23対)の染色体がありますが、ある染色体が1本多い「トリソミー」や、1本少ない「モノソミー」の状態で受精すると、胚は多くの場合うまく育つことができません。トリソミーの種類と特徴はトリソミーとはで詳しく解説しています。
大切なのは、こうした染色体の数の違いの多くが卵子・精子の形成過程で生じるという点です。受精後の初期の細胞分裂で染色体の分配に誤りが生じる場合もあります[11]。このため、すべてが受精の瞬間に決まるわけではありませんが、日常的な適度な運動や仕事、外出によってこれらの染色体異常が引き起こされるという根拠はありません。流産しやすい背景については流産しやすいのはどんな人?もあわせてご覧ください。
なぜ染色体の数がずれるのか:減数分裂と母体年齢
染色体の数の違いの多くは、卵子ができる過程の「減数分裂」で生じます。減数分裂は、46本の染色体を23本に半分にする特殊な細胞分裂です。このとき対になった染色体がうまく分かれずに片方へ偏ると(染色体不分離)、23本より多い、または少ない卵子ができ、受精するとトリソミーやモノソミーになります。
💡 用語解説:染色体不分離(ふぶんり)
染色体不分離とは、細胞分裂のときに対になった染色体や、複製された染色体がうまく2つに分かれず、片方の細胞に偏ってしまう現象です。卵子では、減数分裂が胎児期に始まって排卵の直前まで長い期間止まったままになるため、年齢とともに染色体をつなぎとめる仕組みが弱まり、不分離が起こりやすくなると考えられています。
卵子の染色体の数の誤りは、母体の年齢とともに増えます。ノルウェーで42万件あまりの妊娠を追跡した研究では、流産のリスクは25〜29歳で最も低く10%でしたが、年齢とともに上がり、45歳以上では53%に達していました[8]。この研究は年齢と流産リスクの関連を示したもので、運動量による影響を検証した研究ではありません。卵子で染色体の数の誤りが起こる仕組みは、なぜ卵子で染色体異常(異数性)が起こるのかで詳しく解説しています。
運動と流産の研究からわかっていること
運動と流産の関係を調べた研究をまとめたメタ解析(複数の研究を統合して分析する手法)があります。2019年に発表されたこの解析では、流産について23研究・7,125人のデータを統合し、運動をした妊婦さんで流産の有意な増加は認められませんでした(オッズ比0.88、95%信頼区間0.63〜1.21)[9]。周産期死亡(死産や新生児期の死亡)にも有意な増加は認められませんでした。ただし、この解析でのエビデンスの確実性は「非常に低い」と評価されており、あらゆる運動量・強度でリスクがないと証明したものではありません[9]。カナダのガイドラインも、妊娠中の運動は流産や死産と関連しないとしています[3]。
一方で、正直にお伝えしておくべき研究もあります。デンマークの約9万2,000件の妊娠を調べた研究では、妊娠初期に週の運動時間が長い人ほど流産が多いという関連がみられ、ジョギングや球技のような衝撃の大きい運動で関連が強く出ていました[10]。ただし著者ら自身が、流産したあとに運動量を聞き取ったデータほど関連が強く出ていたことから「思い出しの偏り(想起バイアス)」の可能性を挙げており、この結果から公衆衛生上の推奨を引き出すのは時期尚早だと結論づけています[10]。流産後の聞き取りでは、運動量の記憶や報告が妊娠継続中の聞き取りと異なる可能性があります。
こうした研究全体を踏まえると、日常的な運動が流産を引き起こすとは考えにくい一方、転倒や腹部への衝撃の危険がある激しい運動は避けておく、というのが現実的な考え方です。出血や腹痛があるときは運動を中止し、受診してください。出血がある状態については切迫流産とはで解説しています。
🩺 院長コラム【「運動のせいで流産した」と自分を責めないでほしい理由】
初期流産の原因を遺伝学から見ると、その多くは卵子・精子の形成過程や受精後の初期の細胞分裂で生じた染色体異常です。卵子の減数分裂は胎児期に始まり、何十年も途中で止まったまま排卵を待っています。その長い時間のなかで生じた染色体の偏りは、妊娠がわかってからの生活で変えられるものではありません。
日常的な適度な運動をしていたことだけを理由に、流産の責任が妊婦さんの行動にあると考える医学的根拠はありません。個々の流産について、運動を控えれば防げたかどうかを断定することもできません。次の妊娠に向けては、年齢や既往に応じた正確な情報を確認し、必要な診療や生活上の注意をかかりつけ医と相談することが大切です。
4. 妊娠中におすすめの運動と避けたい運動
おすすめは、全身を使う有酸素運動で、転倒の心配が少なく、無理なく続けられるものです。日本臨床スポーツ医学会の基準も「有酸素運動かつ全身運動で、楽しく長続きするもの」が望ましいとしています[5]。反対に避けたいのは、転倒や接触の危険があるもの、腹部に圧迫や衝撃が加わるもの、瞬発力を使うものです[5]。

おすすめの運動:ウォーキング・水中運動・ヨガ・骨盤底筋
ウォーキングは、特別な道具がいらず、時間や場所を選ばない運動です。平坦で足元のよい道を選び、クッション性のある靴で歩いてください。慣れてきたら少し早歩きにすると、中強度の目安に近づきます。
水中運動や水泳は、浮力で関節や腰への負担が軽くなり、お腹が大きくなった後期でも続けやすい運動です。マタニティヨガやストレッチは、体の柔軟性を保ち、呼吸を整える助けになります。いずれも、妊婦さんの体を理解した指導者のいるクラスで始めるとよいでしょう。お腹を強くねじるポーズや、長時間仰向けになるポーズは避けてください。
骨盤底筋のトレーニングもおすすめです。カナダのガイドラインは、尿もれ(尿失禁)のリスクを下げるために、ケーゲル体操などの骨盤底筋トレーニングを毎日行ってよいとしています[3]。
💡 用語解説:骨盤底筋(こつばんていきん)
骨盤底筋は、骨盤の底にハンモックのように張っている筋肉の集まりで、膀胱や子宮、直腸を下から支えています。妊娠中は大きくなった子宮の重みで負担がかかり、出産でも引き伸ばされるため、尿もれの原因になることがあります。肛門と腟をきゅっと締めて数秒保ち、ゆるめる動作を繰り返すのが基本のトレーニングです。
わざわざ時間をとらなくても、家事のなかで体を動かすこともできます。たとえば床の雑巾がけです。お風呂の椅子くらいの低い台に脚を開いて座って床を拭くと、股関節まわりを動かせますが、腰や骨盤に痛みが出る場合は避けてください。四つんばいの姿勢で拭けば、腹部の重さによる腰の負担が軽くなることがあり、背中や体幹の筋肉も使えます。濡れた床や不安定な椅子は避けてください。
筋トレ・腹筋・ランニングはしていい?
筋力トレーニングは、WHOが有酸素運動と組み合わせることを勧めているように、妊娠中に行ってよい運動です[1]。ただし、重いバーベルを使うような高負荷の筋トレは避け、自分の体重や軽いダンベル、ゴムバンドを使った運動にとどめます。息を止めていきむ動作は血圧を急に上げるため、呼吸を止めずに行ってください。スクワットをゆっくり行うのは、脚の筋力を保つよい方法です。
腹筋運動のうち、仰向けで上体を起こすタイプは、中期以降は仰向けの姿勢そのものを避けたいことに加え、お腹の中央に負担がかかるため控えたほうがよいでしょう。四つんばいや横向きで体幹を支える運動に置き換えると、腹部の筋肉への負担を調整できます。痛みや張りが出る動きは避けてください。
ランニングは、妊娠前から習慣にしていた人であれば、強度を落として続けて構いません。WHOも、妊娠前に強い運動を習慣にしていた人はそれを続けてよいとしています[1]。一方、妊娠してから初めて走り始めるのは勧められません。お腹が大きくなるにつれて重心が変わり、転倒しやすくなるため、後期は早歩きに切り替える人が多くなります。
避けたい運動と環境
避けたいのは、まず転倒の危険が大きい運動です。スキー、スノーボード、スケート、乗馬、屋外でのサイクリングなどがこれに当たります。次に、相手やボールと接触する運動で、サッカー、バスケットボール、バレーボール、格闘技などです。腹部に衝撃が加わるおそれがあります。ACOGは、スキューバダイビングも避けるべき運動に挙げています[2]。
環境にも注意が必要です。WHOは、妊娠中の運動では過度な暑さを避け、水分をしっかりとるよう注意しています[1]。日本の基準も、真夏の炎天下に屋外で行う運動を避け、陸上の運動は平坦な場所で行うことを勧めています[5]。夏は気温の低い時間帯や屋内での運動に切り替え、のどが渇く前にこまめに水分をとってください。
5. 運動を控えたほうがいい人・すぐに中止すべきサイン
妊娠中の運動は多くの人にとって安全ですが、妊娠経過によっては運動を控える必要があります。また、運動中に体からのサインが出たら、すぐに中止することが大切です。この章では、運動を控えるべき状態と、中止すべき症状、姿勢の注意点を整理します。
運動を控える必要がある状態
カナダのガイドラインは、運動プログラムを行ってはいけない状態(絶対的禁忌)として、破水、早産の陣痛、原因のわからない持続する性器出血、妊娠28週以降の前置胎盤、妊娠高血圧腎症、子宮頸管無力症、胎児発育不全、三つ子以上の多胎妊娠、コントロールされていない1型糖尿病・高血圧・甲状腺の病気、重い心臓・呼吸器の病気などを挙げています[3]。
また、医師と相談しながら運動の内容を調整する状態(相対的禁忌)として、反復する流産、妊娠高血圧(妊娠高血圧腎症を伴わないもの)、自然早産の既往、軽度から中等度の心臓・呼吸器の病気、症状のある貧血、栄養不良、28週以降の双胎妊娠などが挙げられています[3]。日本の基準も、現在の妊娠が正常で、過去の妊娠に早産や反復する流産がないこと、単胎で胎児の発育に異常がないことを、妊婦スポーツの条件にしています[5]。当てはまる方は、運動を始める前にかかりつけ医に相談してください。運動の禁忌があることは、日常生活の動作をすべて禁止したり、一律の安静が必要になったりすることを意味しません。活動範囲は病状に応じて個別に確認してください。
すぐに運動を中止して連絡すべきサイン
ACOGは、運動中に次のような症状が出たら運動をやめ、医療機関に相談するよう示しています[2]。
⚠️ 運動を中止して、かかりつけ医に連絡するサイン
性器からの出血/規則的で痛みのあるお腹の張り(子宮収縮)/水っぽいおりものが流れ出る(破水の疑い)/運動前から息苦しい/めまい・頭痛/胸の痛み/バランスを崩すほどの筋力低下/ふくらはぎの痛みや腫れ
お腹の張りは、妊娠中期以降には運動していなくても起こります。少し休んで治まる張りであれば心配のないことが多いのですが、休んでも規則的に続く、痛みを伴う、出血がある場合は受診が必要です。水っぽいおりものが続く場合は破水のことがあります。見分け方は破水したかも?で解説しています。ふくらはぎの片側だけが痛んで腫れる場合は、足の静脈に血のかたまりができる深部静脈血栓症のことがあるため、早めの受診が必要です。
仰向けの姿勢に注意:仰臥位低血圧症候群
妊娠20週を過ぎてお腹が大きくなると、仰向けで寝たときに大きくなった子宮が背骨の右側を走る太い静脈(下大静脈)を圧迫し、心臓へ戻る血液が減ることがあります。すると血圧が下がり、気分が悪くなったり、冷や汗が出たり、めまいがしたりします。これを仰臥位(ぎょうがい)低血圧症候群といいます。
💡 用語解説:仰臥位低血圧症候群
仰臥位低血圧症候群は、妊娠中に仰向けになることで起こる血圧の低下です。下大静脈は、下半身の血液を心臓へ戻す太い血管で、背骨のやや右側を通っています。大きくなった子宮がこの血管を押しつぶすと、心臓に戻る血液が減って血圧が下がります。左を下にして横向きになると、子宮が血管から離れて症状が改善します。
カナダのガイドラインは、仰向けで運動したときにふらつきや吐き気、気分の悪さを感じる妊婦さんは、仰向けを避ける姿勢に変えるよう勧めています[3]。日本臨床スポーツ医学会の2005年の基準でも、妊娠16週以降は仰臥位になるような運動を避けることとされています[5]。ストレッチやヨガでは、仰向けの代わりに横向きや四つんばい、座った姿勢を使い、気分が悪くなったら左を下にして横になってください。妊娠中の動悸やめまいの原因については妊娠中の動悸の記事でも解説しています。
🩺 院長コラム【「頑張る運動」ではなく「続く運動」を】
妊娠中の運動は、体力や健康を保つために行うものです。観察研究では中くらいの活動量の群で一部の分娩転帰が良好でしたが、この結果だけで最適な運動量を決めることはできません。体調は日によって変わりますから、きつい日は休み、動ける日に少し歩く、という柔軟さで十分です。
一方で、出血や規則的な張りなど、体が出すサインは見逃さないでください。症状が出たら運動をやめ、かかりつけ医へ連絡することが大切です。体調と妊娠経過を確認しながら、出産とその後の生活に向けた体力を保ってください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 妊娠に気づかずに運動してしまいました。赤ちゃんに影響はありますか?
日常的な運動が流産や赤ちゃんの異常の原因になることは考えにくいとされています。初期流産のおよそ半数は胚の染色体異常によるものです。染色体異常は卵子・精子の形成過程だけでなく、受精後の初期の細胞分裂でも生じることがあります。妊娠がわかった今からは、強度を落とし、転倒や衝撃の危険がある運動を避けてください。詳しくは妊娠初期の運動はどこまで大丈夫?で解説しています。
Q2. 妊娠中の運動は何ヶ月まで続けていいですか?
妊娠経過に問題がなければ、終了時期に決まりはありません。日本臨床スポーツ医学会の基準でも、医学的なチェックで異常がなければ、終了時期は特に制限しないとされています。後期は転倒しにくいウォーキングや水中運動などに切り替え、お腹の張りや体調を見ながら続けてください。
Q3. 妊娠中に腹筋運動をしてもいいですか?
仰向けで上体を起こすタイプの腹筋運動は、中期以降は仰向けの姿勢を避けたいことに加え、お腹の中央に負担がかかるため控えたほうがよいでしょう。四つんばいや横向きで体幹を支える運動に置き換えると、腹部の筋肉への負担を調整できます。痛みや張りが出る動きは避けてください。
Q4. 妊娠中に走ってもいいですか?
妊娠前からランニングを習慣にしていた人は、強度を落とせば続けて構いません。妊娠してから新しく走り始めるのは勧められません。お腹が大きくなると重心が変わって転倒しやすくなるため、後期は早歩きに切り替えるとよいでしょう。
Q5. 妊娠中の運動不足は良くないですか?
日本の約9万3,000人の妊婦さんを調べた研究では、身体活動量が非常に少ない群は、中くらいの群に比べて早産や器械分娩がわずかに多い傾向がありました。活動量が最も多い群でも器械分娩が多いという関連はありましたが、観察研究なので、運動のしすぎが原因とは断定できません。無理のない範囲で、1日20分ほど歩くことから始めてください。
Q6. 妊娠中に体重を減らすために運動してもいいですか?
妊娠中の運動の目的は体力と健康を保つことで、体重を減らすことではありません。体重の増えすぎを防ぐ助けにはなりますが、食事を極端に減らしたり、強い運動でやせようとしたりするのは避けてください。体重の目安は妊娠中の体重管理の記事をご覧ください。
まとめ
妊娠経過に問題がなければ、妊娠中も運動を続けたり始めたりして構いません。目安は週150分以上の中強度の有酸素運動で、会話ができる程度の強さを週3日以上に分けて行います[1][3]。日本の目安では、1日20分以上の歩行(約2,000歩)に生活活動を合わせ、総歩数で約4,000歩が目安です[4]。続けている運動は強度を落として初期から続けられ、新しくスポーツを始めるなら国内の2005年基準では12週以降が目安(軽い歩行は初期から可)です[5]。
初期流産のおよそ半数は胚の染色体異常によるもので、日常的な適度な運動が流産の原因になることを示す根拠はありません[7][9]。転倒や接触、腹部への衝撃の危険がある運動と炎天下での運動を避け、出血や規則的な張りなどのサインが出たらすぐに中止してかかりつけ医に連絡してください。
🧬 赤ちゃんの染色体について知りたい方へ
ミネルバクリニックは、常駐する臨床遺伝専門医がNIPT(新型出生前診断)と遺伝カウンセリングを行う遺伝診療の専門クリニックです。NIPTは、妊婦さんの採血で、検査対象となる染色体の数の違いの可能性を調べるスクリーニング検査です。すべての染色体異常や流産の原因を調べられるものではなく、陽性の場合は絨毛検査や羊水検査による確認が必要です。検査でわかることと限界を理解したうえで、正確な情報に基づいて次の選択をしていただけるよう、検査前後の説明を臨床遺伝専門医が担当します。
参考文献
- [1] Bull FC, Al-Ansari SS, Biddle S, et al. World Health Organization 2020 guidelines on physical activity and sedentary behaviour. Br J Sports Med. 2020;54(24):1451-1462. doi:10.1136/bjsports-2020-102955. [PMC7719906]
- [2] Physical Activity and Exercise During Pregnancy and the Postpartum Period: ACOG Committee Opinion, Number 804. Obstet Gynecol. 2020;135(4):e178-e188. doi:10.1097/AOG.0000000000003772. [PubMed 32217980]
- [3] Mottola MF, Davenport MH, Ruchat SM, et al. 2019 Canadian guideline for physical activity throughout pregnancy. Br J Sports Med. 2018;52(21):1339-1346. doi:10.1136/bjsports-2018-100056. Canadian Society for Exercise Physiology 掲載資料. [CSEP]
- [4] 厚生労働科学研究班版 RECOMMENDATION 妊娠中および産後の女性版(健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023 関連). 厚生労働科学研究成果データベース. [厚生労働科学研究成果データベース]
- [5] 日本臨床スポーツ医学会 産婦人科部会. 妊婦スポーツの安全管理基準. 日本臨床スポーツ医学会誌. 2005;13(Suppl):276-281. [日本臨床スポーツ医学会]
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