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妊娠中期に入って落ち着いたはずの吐き気がまた出てくる「つわりのぶり返し」は、珍しいことではありません。ただ、妊娠中期の吐き気は、初期のつわりとは原因の比重が違います。初期はhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)など妊娠に伴うホルモンの影響が中心ですが、中期になると、大きくなった子宮による胃の圧迫、胃酸の逆流、便秘、貧血といった体の変化が前に出てきます。また、妊娠9週を過ぎてから初めて出てきた吐き気には、つわり以外の病気が隠れていることがあります。この記事では、ぶり返す原因、夜や横になると気持ち悪くなる理由、胎動との関係、受診したほうがよいサインを、臨床遺伝専門医が解説します。
Q. 妊娠中期につわりがぶり返すのは普通ですか?
A. 珍しいことではありません。つわりの症状が妊娠後期まで続く人は約4人に1人と報告されています。ただし中期の吐き気は、子宮による胃の圧迫や胃酸の逆流、便秘、貧血など、初期とは違う原因で起こることが多くなります。中期以降に初めて出た吐き気や、腹痛・発熱・出血・頭痛などを伴う吐き気は、つわり以外の病気を考えて受診してください。
- ➤原因 → hCGはピークを過ぎ、子宮の圧迫・逆流・便秘・貧血などが中心になる
- ➤夜に悪化 → 食後の逆流、1日の疲れ、仰向けの姿勢が関わる
- ➤いつまで → 中期のうちに落ち着く人が多いが、後期まで続く人もいる
- ➤受診の目安 → 水分がとれない、みぞおちの痛み、頭痛、発熱、出血、黄疸があるとき
1. 妊娠中期につわりがぶり返すのはよくあること?
妊娠中期に吐き気が戻ってくること自体は、珍しいことではありません。妊娠中の吐き気・嘔吐(つわり)は多くの妊婦さんが経験する症状で、世界の研究をまとめたメタ解析では、妊婦さんの69.4%につわりがあったと報告されています[1]。米国産婦人科学会(ACOG)の診療指針も、吐き気は妊婦さんの50〜80%、嘔吐は50%にみられるとしています[2]。
つわりが終わる時期には大きな個人差があります。英国の前向き研究では、症状が消えるまでの平均は最終月経から84日(妊娠12週ごろ)で、112日(16週ごろ)までに90.8%の人の症状が消えていました[3]。裏を返すと、約1割の人は妊娠16週を過ぎても症状が残っていたことになります。カナダの研究では、14週までに症状が軽くなった人は半数で、9割が軽くなったのは22週でした[4]。さらに前述のメタ解析では、23.5%の人で症状が妊娠後期まで続いていました[1]。「中期に入ったのに気持ち悪い」は、決して少数派ではないのです。
「ぶり返し」には2つのパターンがある
ひとくちに「ぶり返し」といっても、実際には性質の違う2つのパターンが含まれています。この2つを区別しておくと、様子をみてよいのか、受診したほうがよいのかを考えやすくなります。
1つ目は、初期からのつわりが波を打ちながら続いているパターンです。数日楽になってはまた悪くなる、という経過を繰り返すため、本人は「終わったと思ったらぶり返した」と感じます。実際には、つわりがまだ終わりきっていない状態です。12週、14週といった中期の入り口でよくみられ、時間とともに少しずつ軽くなっていくことが多い経過です。
2つ目は、つわりがいったんすっかり消えたあと、しばらくして別の原因で吐き気が出てくるパターンです。中期の後半になると、子宮が大きくなって胃を押し上げたり、胃酸が逆流しやすくなったりします。この吐き気は、見た目はつわりに似ていても、仕組みは初期のつわりと異なります。2つ目のパターンでは、つわり以外の病気がまぎれていないかを一度考える必要があります。詳しくは第6章で説明します。
「妊娠中期」はいつから?14週と16週、2つの数え方
医学的な区分では、妊娠中期は妊娠14週0日から27週6日までです。日本産科婦人科学会の産科婦人科用語集(改訂第4版)は、妊娠期を初期(〜13週6日)、中期(14週0日〜27週6日)、末期(28週0日〜)の3つに分けています[5]。一般向けの資料では「末期」を「後期」と呼ぶことが多く、この記事でも後期と書きます。
一方で、妊娠を「月」で数えると、妊娠5か月の始まりは16週です。胎盤ができあがる時期と重なることもあって、「安定期は16週(5か月)から」という言い方が広く使われています。「安定期」は医学的に定義された用語ではなく、一般に使われる呼び方です。
このように、週で区切る医学的な区分(14週〜)と、月や安定期の感覚(16週〜)が混在しているため、資料によって「中期」の始まりが違って見えます。「12週でつわりがぶり返した」「14週でまた気持ち悪くなった」という場合は、初期の終わりから中期の入り口にあたり、多くは上の1つ目のパターン、つまり初期のつわりがまだ続いている状態と考えられます。つわりが始まる時期やピークの週数はつわりはいつから・どんなふうに始まる?で解説しています。
2. 妊娠中期に吐き気・気持ち悪さが出る原因
妊娠中期の吐き気は、ひとつの原因ではなく、ホルモンの影響の名残、子宮による胃の圧迫と胃酸の逆流、便秘、貧血、疲れなどが重なって起こります。どれが中心かは人によって、また週数によって変わります。
初期のつわりとは原因の比重が違う
初期のつわりの中心にあると考えられているhCGは、妊娠9〜10週にピークを迎え、その後は下がっていきます。オランダの大規模な妊婦コホート研究では、hCGの値は妊娠9週と10週にピークがあり、その後は一定して低下していました[6]。ACOGの指針も、hCGのピークとつわりの症状のピークが時期的に近いことから、hCGがつわりの原因の有力な候補と考えられてきた、としています[2]。
中期に入るとhCGは下がっていくため、ホルモンだけで吐き気を説明するのは難しくなります。代わりに目立ってくるのが、子宮が大きくなることによる物理的な変化と、プロゲステロン(黄体ホルモン)による消化管の動きの変化です。下の図は、時期によって吐き気の主な原因が移り変わっていく様子をまとめたものです。
大きくなる子宮による胃の圧迫と胃酸の逆流
中期の吐き気でとくに多いのが、胃酸の逆流による胸やけやムカムカです。ドイツの前向き研究では、胃食道逆流の症状がある妊婦さんの割合は、初期26.1%、中期36.1%、後期51.2%と、週数が進むほど増えていました。妊娠していない女性では9.3%でした[7]。
この研究は仕組みとして、下部食道括約筋の圧力の低下、ホルモンの変化による消化管の動きの変化、大きくなった子宮による腹圧の上昇を挙げています[7]。つまり、妊娠中は胃の入り口の「ふた」が閉まりにくくなり、そこへ下から子宮が胃を押し上げるため、胃の中身が食道へ戻りやすくなります。胸やけ、げっぷ、酸っぱいものが上がってくる感じ、みぞおちのムカムカとして現れることが多く、本人には「またつわりが来た」と感じられます。
💡 用語解説:下部食道括約筋(かぶしょくどうかつやくきん)
食道と胃のつなぎ目にある筋肉で、ふだんは締まっていて、胃の中身や胃酸が食道へ逆流しないようにふたの役割をしています。妊娠中はプロゲステロンなどのホルモンの作用でこの筋肉がゆるみやすくなるため、胃酸が食道に上がってきやすくなります。胃酸が食道の粘膜を刺激すると、胸やけや吐き気、のどの違和感が起こります。
双子などの多胎妊娠では、単胎妊娠より子宮が大きくなるため、胃への圧迫が強くなることがあります。なお、ACOGの指針は、多胎妊娠や胞状奇胎のように胎盤の量が多い妊娠では、重いつわりである妊娠悪阻(にんしんおそ)のリスクが高いとしています[2]。
便秘と腸の動きの低下
便秘も、妊娠中期の気持ち悪さの原因になります。妊娠中の便秘についての世界のメタ解析では、妊娠中全体の頻度は32.4%で、初期21.1%、中期34%、後期30.3%と、中期がもっとも多いという結果でした[8]。同じ論文は、プロゲステロンの増加によって腸のぜん動運動が弱まることを主な仕組みとして挙げています[8]。
腸の動きが鈍って便やガスがたまると、お腹が張り、胃から先へ食べ物が進みにくくなります。その結果、食後のもたれや吐き気、食欲の低下が起こりやすくなります。「吐き気のほかに、数日便が出ていない」「お腹が張って苦しい」という場合は、便秘を整えることで吐き気が軽くなることがあります。
貧血
妊娠中は血液の量が増えるため、ヘモグロビンの値は初期から中期にかけて下がります。米国疾病予防管理センター(CDC)は、妊婦さんではヘモグロビン濃度とヘマトクリット値が血液量の増加によって初期と中期に低下するとし、貧血の基準を初期と後期で11.0g/dL未満、中期で10.5g/dL未満としています[9]。
血液が薄まること自体は生理的な変化ですが、鉄が足りずに貧血が進むと、だるさ、めまい、立ちくらみ、息切れとともに、気分の悪さや吐き気を感じることがあります。貧血は妊婦健診の血液検査で確認されるので、結果を見て鉄の補充が必要かどうかを主治医と確認してください。
疲れ・睡眠不足・ストレス
疲れや睡眠不足は、吐き気を感じやすくする要因になります。中期はお腹が大きくなり始め、寝苦しさや頻尿で眠りが浅くなりやすい時期です。仕事や家事の負担が重なると、吐き気やだるさを強く感じることがあります。
一方で、「強いストレスがあると妊娠悪阻になりやすいことがわかっている」という説明を見かけることがありますが、これは根拠が確かではありません。妊娠悪阻の女性では、抑うつや不安の尺度が高いことがメタ解析で示されています[10]。ただしこれは両者が関連しているということで、ストレスが原因で悪阻になることを示したものではありません。長引く吐き気そのものが心の負担となり、気分の落ち込みにつながることも考えられます。「気の持ちようで治る」と考えて我慢するのではなく、体の症状として治療を受けながら、心の負担にも目を向けることが大切です。
3. 夜や横になると気持ち悪いのはなぜ?
英語でつわりを「morning sickness(朝の気分不良)」と呼びますが、実際には朝だけに起こるものではありません。カナダの前向き研究では、吐き気が1日中続くと答えた人が80%だったのに対し、朝だけという人は1.8%にとどまりました[4]。妊娠中期には、夕方から夜にかけて気持ち悪さが強くなる人も少なくありません。
夕方〜夜に悪化しやすい理由
夜に気持ち悪くなりやすいのは、食事と姿勢と疲れが夕方以降に重なるためです。1日のうちで食事の量が多くなりやすいのは夕食で、食後に胃がふくらんでいるところへ子宮の圧迫が加わると、胃酸が逆流しやすくなります。夕食後すぐにソファや布団で横になると、胃と食道が水平に近くなるため、さらに逆流が起こりやすくなります。
反対に、夕食までの時間が空きすぎて空腹が続いても、胃のムカムカを感じることがあります。日中の疲れがたまる夕方は、吐き気に対する感じ方そのものも強くなりがちです。「夜になると決まって気持ち悪い」という場合は、夕食の量と時間、食後に横になるまでの時間を見直すと楽になることがあります。具体的な工夫は第8章にまとめました。
仰向けで気持ち悪い・息苦しい:仰臥位低血圧症候群
妊娠中期の後半から、仰向けに寝たときに気分が悪くなる場合は、仰臥位低血圧症候群(ぎょうがいていけつあつしょうこうぐん)の可能性があります。妊娠の後半には、大きくなった子宮が仰向けの姿勢で大動脈と下大静脈を圧迫し、心拍出量が低下して症状が起こることがあります[11]。
下大静脈が押しつぶされると心臓へ戻る血液が減り、血圧が下がって、気分の悪さ、吐き気、めまい、冷や汗、息苦しさなどが起こります。体の左側を下にして横向きになると、子宮が血管から離れて症状が改善します。仰向けで気持ち悪くなったら、まず左向きに寝てみてください。
💡 用語解説:仰臥位低血圧症候群
妊娠中に仰向け(仰臥位)で寝たとき、大きくなった子宮が背骨の右前を通る太い静脈(下大静脈)を圧迫し、心臓へ戻る血液が減って血圧が下がる状態です。気分不良、吐き気、めまい、冷や汗などが現れます。左側を下にした横向きの姿勢をとると、圧迫がとれて回復するのが特徴です。
4. 胎動で気持ち悪くなることはある?
胎動で気持ち悪くなることはあり、多くは心配のいらない体の反応です。胎動を初めて感じる時期は、多くの場合18〜20週で、経産婦さんは初産婦さんより1週間ほど早く感じるとされています。個人差があり、14〜22週の幅で感じ始めます[12]。
赤ちゃんが大きくなってくる中期の後半には、胎動が胃のすぐ下で起こったり、子宮が動くことで胃や腸が押されたりします。満腹のときや、胃酸の逆流がある状態でお腹の上のほうを蹴られると、ムカッとした吐き気を感じることがあります。お腹の中で何かが動く感覚そのものに慣れず、「気持ち悪い」と感じる人もいます。こうした吐き気は、食事を少量に分ける、上半身を起こした姿勢で過ごすといった逆流対策で軽くなることが多いです。
ただし、吐き気と一緒に、お腹の張りが続く、規則的な痛みがある、出血がある、という場合は、胎動による気持ち悪さとは別の問題として考えます。中期のお腹の張りについては妊娠中期にお腹の張りを感じるのはなぜ?で解説しています。また、胎動が急に少なくなった、弱くなったと感じるときは、吐き気とは別の理由で、早めにかかりつけの産婦人科へ連絡してください。
5. ぶり返したつわりはいつまで続く?
ぶり返した吐き気がいつまで続くかは、原因と経過のパターンによって違います。個人の経過を前もって予測することはできませんが、おおまかには次の3つのパターンに分けられます。
1つ目は、中期の早い時期のうちに落ち着くパターンです。初期のつわりが波を打ちながら続いていた場合は、多くが中期の前半で軽くなっていきます。前述のカナダの研究で、22週までに9割の人の症状が軽くなっていたことは、この経過と一致します[4]。
2つ目は、楽な日とつらい日を繰り返しながら、中期のあいだ波が続くパターンです。食事の内容や量、疲れ、便通の状態によって症状が左右されやすく、原因に合わせた対策で波を小さくできることがあります。
3つ目は、後期まで症状が残るパターンです。メタ解析では23.5%の人で症状が妊娠後期まで続いていました[1]。後期は子宮がもっとも大きくなるため、胃の圧迫と逆流による吐き気や胸やけが強まりやすい時期です。後期の吐き気(いわゆる後期つわり)や、つわりが終わる兆候についてはつわりが終わらない原因は?で詳しく解説しています。
6. つわりではない吐き気を見分ける
妊娠中期以降の吐き気を、すべて「つわりのぶり返し」で片づけてしまうのは危険です。妊娠中には、胃腸や胆のう、腎臓、肝臓の病気や、妊娠高血圧症候群のような妊娠特有の病気でも吐き気が出ることがあります。
「9週以降に初めて出た吐き気」は別の原因を考える
ACOGの指針は、つわりの症状はほぼすべての人で妊娠9週より前に現れるとしたうえで、妊娠9週を過ぎてから初めて吐き気や嘔吐が出た場合には、ほかの病気を慎重に考えるべきだとしています。[2]
この考え方は、中期の吐き気を見るときの大事な目安になります。初期にはつわりがなかったのに中期になって吐き気が出た人や、いったん完全に消えたあとに新しく出てきた人は、つわりではない可能性を一度考える必要があります。また、初期からつわりがあった人でも、吐き気の性質が変わった、急に強くなった、吐き気以外の症状が加わった、という場合は同じように考えます。妊娠中は吐き気がよくある症状であるぶん、病気の吐き気が見過ごされやすいからです。虫垂炎についての研究でも、妊娠中の食欲不振、吐き気、嘔吐はよくみられる症状だが、病気を見分ける手がかりとしての価値は低い、と指摘されています[13]。
見分けの表:吐き気以外のサインに注目する
つわりと病気を見分けるうえで手がかりになるのは、吐き気そのものよりも、一緒に出ている症状です。下の表に、妊娠中期以降に吐き気を起こす主な病気と、手がかりになる症状をまとめました。
🩺 妊娠中期以降に吐き気を起こす主な病気
| 病気 | 吐き気以外の手がかり | 起こりやすい時期 | 受診の急ぎ度 |
|---|---|---|---|
| 胃腸炎 | 下痢、発熱、家族や周囲での流行 | 時期を問わない | 水分がとれなければ当日 |
| 逆流性食道炎 | 胸やけ、酸っぱいものが上がる、食後や横になると悪化 | 週数とともに増える[7] | 健診時に相談。つらければ早めに |
| 便秘 | 数日便が出ない、お腹の張り | 中期に多い[8] | 健診時に相談 |
| 胆石・胆のう炎 | みぞおち〜右上腹部の痛み、脂っこい食事のあとの痛み、発熱 | 時期を問わない[14] | 当日 |
| 虫垂炎 | 腹痛、発熱 | 時期を問わない[13] | 当日 |
| 腎盂腎炎 | 発熱、寒気、背中や脇腹の痛み | 中期に最も多い[15] | 当日 |
| 妊娠高血圧症候群・HELLP症候群 | みぞおち・右上腹部の痛み、頭痛、目のチカチカ、だるさ、血圧上昇 | 多くは27〜37週、約1割は27週より前[16] | すぐ |
| 急性妊娠脂肪肝 | 繰り返す嘔吐、腹痛、強いのどの渇き、だるさ、黄疸 | 多くは後期(中央値36週、22週の報告も)[17] | すぐ |
| 常位胎盤早期剥離 | 出血、続く腹痛、子宮が硬く押すと痛い | 妊娠中期以降 | すぐ |
※この表は目安です。判断に迷うときは、かかりつけの産婦人科へ連絡して指示を受けてください。
虫垂炎は、妊娠中に手術が必要になる病気(産科以外)のなかで最も多く、500〜2,000妊娠に1例の頻度と報告されています[13]。急性胆のう炎は妊娠中の急な腹部の病気として虫垂炎に次いで多く、1,600〜10,000妊娠に1例とされています。症状が妊娠に伴う変化と重なるため、診断が遅れることがあると指摘されています[14]。急性腎盂腎炎は妊婦さんの1〜2%にみられ、妊娠中期に最も多く、発熱、吐き気、嘔吐とともに脇腹の痛みなどが出ます[15]。
とくに見逃したくないのが、妊娠高血圧症候群に伴うHELLP症候群です。典型的な症状は右上腹部やみぞおちの痛み、吐き気、嘔吐で、多くの人が数日前からだるさを感じています。頭痛は30〜60%、目の症状は約20%にみられます。約7割は出産前に起こり、その多くは27〜37週ですが、約1割は27週より前に起こります[16]。「中期だから妊娠高血圧症候群はまだ先」とは言えません。妊娠高血圧症候群の全体像は妊娠高血圧症候群とはをご覧ください。常位胎盤早期剥離では、出血、腹痛、子宮を押したときの痛み、赤ちゃんの心拍の変化が典型的な症状です[18]。詳しくは常位胎盤早期剥離とはで解説しています。
💡 用語解説:HELLP症候群(ヘルプしょうこうぐん)
Hemolysis(溶血=赤血球が壊れる)、Elevated Liver enzymes(肝臓の酵素の上昇)、Low Platelets(血小板の減少)の頭文字をとった名前で、妊娠高血圧症候群に合併することが多い重い病気です。肝臓の腫れによって右上腹部やみぞおちが痛み、吐き気や嘔吐を伴うため、胃の不調やつわりと間違えられやすいのが特徴です。血液検査で診断します。
すぐ受診するサイン
🚨 次のような場合は、健診を待たずにかかりつけの産婦人科へ連絡してください
・水分もほとんどとれない、尿の量や回数が明らかに減った
・体重が減ってきた、ふらついて立っていられない
・みぞおちや右上腹部が痛む、頭痛が続く、目がチカチカする
・発熱、寒気、背中や脇腹の痛みがある
・性器出血がある、お腹の痛みや張りが続く
・白目や皮膚が黄色い、強いのどの渇きがある
・胎動が急に少なくなった、弱くなった
水分がとれない状態が続くと、脱水やケトーシス(体が脂肪を燃やしてケトン体がたまる状態)が進み、点滴などの治療が必要になります。日本産婦人科医会は、重症の妊娠悪阻では、糖分を含む点滴の前にビタミンB1を補い、ウェルニッケ脳症(ビタミンB1不足で起こる脳の障害)を防ぐことが重要だとしています[19]。脱水や体重減少を伴う重いつわりについては妊娠悪阻とはで詳しく解説しています。
🩺 院長コラム【「つわりだから仕方ない」で終わらせない】
妊娠中の吐き気は、本人も周りも「つわりだから」と受け止めがちです。初期のつわりについてはそれでよい場面も多いのですが、中期以降に新しく出てきた吐き気は、一度立ち止まって考える価値があると考えています。ACOGが「9週以降に初めて出た吐き気は別の原因を考える」と明記しているのは、妊娠中は吐き気がありふれた症状であるがゆえに、病気のサインが埋もれてしまうことを警戒しているからです。
判断の手がかりは、吐き気そのものより、一緒に出ている症状にあります。みぞおちの痛み、頭痛、発熱、出血、黄疸。こうした症状が加わったら、それはもう「つわりのぶり返し」として様子をみる段階ではないと考えてください。
7. 遺伝の視点:急性妊娠脂肪肝と赤ちゃんの脂肪酸代謝
妊娠中の吐き気の原因のなかには、お母さんの病気でありながら、お腹の赤ちゃんの遺伝の病気が引き金になっているものがあります。その代表が、前の表にも挙げた急性妊娠脂肪肝です。主に妊娠後期に起こる病気ですが、22週での報告もあり、吐き気と嘔吐で始まることが多いため、ここで取り上げます。
急性妊娠脂肪肝はまれな病気で、英国の全国調査では出産10万件あたり5.0件の頻度でした。診断された時期の中央値は36週(22〜40週)で、84%の人に前ぶれの症状があり、嘔吐が60%、腹痛が56%、強いのどの渇きが12%にみられました。双子の妊娠が18%を占めていました[17]。肝臓に脂肪がたまって肝臓の働きが急に落ちる病気で、母子ともに命に関わるため、診断がつけば早めの分娩が検討されます。
赤ちゃんの「脂肪を分解する酵素」の欠損が母体の肝臓に影響する
急性妊娠脂肪肝の一部は、お腹の赤ちゃんが長鎖脂肪酸を分解する酵素の欠損症をもっていることと関連しています。1999年に報告された研究では、長鎖3-ヒドロキシアシルCoA脱水素酵素(LCHAD)欠損症の子どもたちを調べ、HADHA遺伝子のGlu474Glnというバリアントをもつ胎児を妊娠していたとき、ヘテロ接合(保因者)の母親の79%が急性妊娠脂肪肝またはHELLP症候群を発症していたことが示されました[20]。
その後、同じ研究グループが妊娠中の肝臓の病気を前向きに調べたところ、急性妊娠脂肪肝の27例のうち5例(約5人に1人)で、胎児がミトコンドリア三頭酵素(TFP)の遺伝子変化をもっていました。一方、HELLP症候群の81例では、該当する胎児は1例もいませんでした[21]。2026年のシステマティックレビューでは、胎児や新生児の遺伝学的検査が行われた急性妊娠脂肪肝の77妊娠のうち27例(35.1%)で胎児の脂肪酸酸化異常症が確認され、そのうち22例(81.5%)がLCHAD欠損症でした[22]。母体の急性妊娠脂肪肝と胎児の脂肪酸代謝異常との結びつきは強く、HELLP症候群との結びつきは前向きの研究では弱い、と整理できます。
仕組みとしては、胎児や胎盤で分解しきれなかった長鎖脂肪酸の代謝産物がお母さんの体に戻り、妊娠によってもともと脂肪の処理に負担がかかっている母体の肝臓に影響すると考えられています。LCHAD欠損症は常染色体潜性(劣性)遺伝の病気で、両親がともに保因者(片方のアレルにだけ病的バリアントをもつ人)のとき、子どもが両方のアレルに病的バリアントを受け継ぐと発症します。この場合、お母さん自身は保因者で、ふだんは症状がありません。
💡 用語解説:LCHAD欠損症・TFP欠損症(ミトコンドリア三頭酵素欠損症)
LCHAD欠損症(長鎖3-ヒドロキシアシルCoA脱水素酵素欠損症、ちょうさ さん ヒドロキシアシル コエー だっすいそこうそ けっそんしょう)は、ミトコンドリアで長い鎖の脂肪酸をエネルギーに変える過程(β酸化)がうまく働かない、生まれつきの代謝の病気です。この酵素は、HADHA遺伝子とHADHB遺伝子がつくる「三頭酵素(TFP)」という複合体の一部です。赤ちゃんでは、空腹時の低血糖、肝臓の腫れ、心筋症、筋力低下などが起こることがあり、早く見つけて食事療法などを始めることが大切です。
母体の病気が赤ちゃんの診断の手がかりになる
急性妊娠脂肪肝を発症したお母さんから生まれた赤ちゃんは、脂肪酸代謝の病気がないかを調べる意味があります。先の研究グループは、急性妊娠脂肪肝を発症した女性から生まれた子どもを出生時にこの変化についてスクリーニングすることは、命を救うことにつながりうると述べています[21]。2026年のレビューでも、LCHAD欠損症の22例のうち14例(63.6%)で死産または乳児期の死亡が報告されており[22]、早く診断することの重みがわかります。
日本では、すべての新生児を対象とする新生児マススクリーニング(タンデムマス法)の対象疾患に「三頭酵素/長鎖3-ヒドロキシアシルCoA脱水素酵素欠損症(TFP/LCHAD欠損症)」が含まれています[23]。そのうえで、妊娠中に急性妊娠脂肪肝と診断された場合は、その事実を小児科に伝え、赤ちゃんの検査結果に注意してもらうことが大切です。
また、常染色体潜性(劣性)遺伝の病気なので、両親がともに保因者であれば、次の妊娠でも赤ちゃんが同じ病気をもつ確率は妊娠ごとに4分の1です。原因となる遺伝子の詳細はHADHA遺伝子、脂肪酸の代謝の病気をまとめて調べる検査は脂肪酸酸化異常症(FAOD)遺伝子検査NGSパネルで解説しています。
🩺 院長コラム【お母さんの肝臓と赤ちゃんの遺伝子がつながる話】
妊娠中の病気は、お母さんの病気か赤ちゃんの病気か、どちらかに分けて考えられがちです。急性妊娠脂肪肝は、その境目がはっきりしない珍しい例です。お母さんの肝臓の病気の背景に、赤ちゃんがもつ酵素の欠損があり、お母さん自身はその遺伝子の保因者として何の症状もなく暮らしてきた、ということが起こりえます。
急性妊娠脂肪肝そのものはまれで、妊娠中期の吐き気のほとんどはこうした病気とは関係ありません。それでも、母体の病気が赤ちゃんの診断と次の妊娠の見通しにつながることがある、という視点は、臨床遺伝専門医として大切にしたい考え方です。
8. 妊娠中期の吐き気をやわらげる工夫
中期の吐き気は胃の圧迫と逆流、便秘が関わることが多いため、食べ方と姿勢を見直すと軽くなることがあります。原因に合わせて、できるものから試してみてください。
まず食事は、1回の量を減らして回数を増やします。胃がいっぱいになるほど子宮の圧迫と重なって逆流が起こりやすくなるため、3食を5〜6回に分けるくらいの感覚で、少しずつ食べるのが基本です。脂っこいもの、香辛料の強いもの、炭酸飲料は胃酸の逆流を招きやすいので控えめにします。空腹でムカムカするタイプの人は、クラッカーやおにぎりなど、すぐ口に入れられるものを手元に置いておくと楽になります。食べやすいものの具体例はつわりのときの食べ物にまとめています。
次に姿勢です。食後すぐに横にならず、しばらくは上半身を起こした姿勢で過ごします。夜に胸やけや吐き気が出る人は、枕やクッションで上半身を少し高くして寝ると、胃酸が上がりにくくなります。横になるときは左側を下にすると、仰臥位低血圧症候群を防ぐことにもつながります。お腹まわりを締めつける服やベルトも、胃を圧迫するので避けてください。
便秘がある場合は、水分と食物繊維をとり、体調がよければ軽い散歩などで体を動かします。それでも改善しない場合や、吐き気がつらくて日常生活に支障が出ている場合は、我慢せず主治医に相談してください。妊娠中に使える吐き気止めや胃薬、便秘薬があります。市販薬を自己判断で飲む前に、かかりつけの産婦人科で確認することをおすすめします。つわりで使われる薬はつわりに処方される薬とは、ツボやグッズを含む対策はつわりのおすすめ対策で解説しています。
9. 吐き気がつらいとき、仕事は休むべき?
吐き気で仕事に支障が出ているなら、無理をせず、医師の指導にもとづいて勤務の軽減や休業を職場に求めることができます。そのための仕組みが「母性健康管理指導事項連絡カード(母健連絡カード)」です。
母健連絡カードは、主治医が妊婦さんの症状と必要な措置(勤務時間の短縮、休憩の確保、休業など)を記入し、本人が職場に提出するための書式です。カードの症状欄には「つわり」「妊娠悪阻」「貧血」「全身倦怠感」なども挙げられています。厚生労働省は、医師に相談して母健連絡カードを書いてもらい、これにもとづいて症状に対応した必要な措置を事業主に申し出るよう案内しています[24]。事業主には、男女雇用機会均等法により、医師などの指導事項を守れるよう勤務の軽減などの措置を講じることが義務づけられています。
「中期なのに休むのは気が引ける」と感じるかもしれませんが、つわりの時期に決まりはありません。つらい症状を我慢して働き続けるより、カードを使って負担を減らすほうが、結果として体調を立て直しやすくなります。仕事との付き合い方はつわりがつらいとき仕事はどうする?でも解説しています。
10. ぶり返しは赤ちゃんに影響する?
吐き気がぶり返したこと自体が、赤ちゃんの異常を意味するわけではありません。水分や食事がある程度とれていて、体重が大きく減っていない場合、吐き気があるという症状だけから赤ちゃんの発育異常を判断することはできません。
ただし、水分がとれずに脱水が続く場合や、体重が減り続ける場合は、お母さんの体を守るために治療が必要です。また、吐き気の原因がつわり以外の病気であれば、その病気の治療が赤ちゃんを守ることにもつながります。第6章のサインがあるときは、早めに受診してください。
「つわりが重い(または軽い・ない)と赤ちゃんに障害がある」という話を耳にすることがありますが、つわりの有無や重さで赤ちゃんの染色体の病気がわかることはありません。この噂についてはつわりがない人はダウン症などの障害児が生まれる?で検証しています。赤ちゃんの染色体について知りたい場合は、症状から推し量るのではなく、出生前検査という別の方法で調べることになります。
よくある質問(FAQ)
Q1. 妊娠中期につわりがぶり返すのは普通ですか?
珍しいことではありません。つわりが終わる時期には個人差があり、16週を過ぎても約1割の人に症状が残り、約4人に1人は妊娠後期まで続くと報告されています。ただし、中期以降に初めて出た吐き気や、腹痛・発熱・出血・頭痛などを伴う吐き気は、つわり以外の病気を考えて受診してください。
Q2. ぶり返したつわりはいつまで続きますか?
個人差が大きく、前もって予測することはできません。初期のつわりが波を打ちながら続いている場合は、中期の前半で落ち着くことが多く、22週までに9割の人の症状が軽くなったという研究があります。子宮による胃の圧迫や逆流が原因の吐き気は、後期まで続くこともあります。
Q3. 妊娠中期に夜になると気持ち悪くなるのはなぜですか?
夕食で胃がふくらんだところへ子宮の圧迫が加わり、胃酸が逆流しやすくなるためです。食後すぐに横になると逆流はさらに起こりやすくなります。1日の疲れがたまることも影響します。夕食を少なめにする、食後しばらくは上半身を起こしておく、上半身を少し高くして寝る、といった工夫で軽くなることがあります。
Q4. 胎動で気持ち悪くなるのは大丈夫ですか?
胎動が胃の近くで起こったり、子宮が動いて胃が押されたりして気持ち悪くなることがあり、多くは心配のいらない体の反応です。ただし、お腹の張りや痛みが続く、出血がある、胎動が急に少なくなったという場合は、かかりつけの産婦人科へ連絡してください。
Q5. 吐き気がつらいとき、仕事は休むべきですか?
仕事に支障が出ているなら、無理をせず主治医に相談してください。母性健康管理指導事項連絡カード(母健連絡カード)に必要な措置を書いてもらい職場に提出すると、勤務時間の短縮や休業などを求めることができます。事業主には、医師の指導事項を守れるよう措置を講じる義務があります。
Q6. つわりのぶり返しは赤ちゃんに影響しますか?
ぶり返したこと自体が赤ちゃんの異常を意味するわけではなく、水分や食事がある程度とれていれば発育に直接影響することは考えにくいです。水分がとれない、体重が減り続ける場合は治療が必要です。また、つわりの有無や重さで赤ちゃんの染色体の病気がわかることはありません。
まとめ
妊娠中期につわりがぶり返すことは珍しくなく、16週を過ぎても約1割の人に症状が残り、約4人に1人は妊娠後期まで続きます[1][3]。ただし中期の吐き気は、hCGのピークを過ぎているため、子宮による胃の圧迫と胃酸の逆流、便秘、貧血、疲れなどが主な原因になります。夜や横になると気持ち悪くなるのも、逆流や仰臥位低血圧症候群が関わっています。
妊娠9週を過ぎて初めて出た吐き気や、みぞおちの痛み、頭痛、発熱、出血、黄疸を伴う吐き気は、つわり以外の病気を考える必要があります[2]。まれではありますが、急性妊娠脂肪肝のように、お母さんの病気が赤ちゃんの遺伝の病気の手がかりになることもあります。気になる症状があるときは、健診を待たずにかかりつけの産婦人科へ連絡してください。
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