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常位胎盤早期剥離とは妊娠中に子宮壁が剥がれる非常に危険な状態のことです。症状が乏しいにも関わらず、発見が遅れると母子ともに命の危険に晒されてしまいます。妊娠中に不性器出血や腹痛などがあり、不安になり調べた結果「常位胎盤早期剥離」が疑われるという方は、本記事を参考に医療機関を受診してください。
常位胎盤早期剥離とは?
常位胎盤早期剥離とは、胎児へ酸素や栄養素を送る通り道である胎盤が、妊娠中または分娩中に子宮壁から剥がれることです。発見が遅れると母子ともに命の危険、もしくは重度な障害を残す可能性のある非常に危険な症状です。発生頻度は全分娩の0.5~1.3%ですが、重症例は全分娩の0.1~0.2%程度となっています。(*1)
*1 www.jaog.or.jp/sep2012/JAPANESE/MEMBERS/TANPA/H12/000131.htm
そして常位胎盤早期剥離には以下の2つのタイプがあります。
(公益社団法人 日本産婦人科医/(6)常位胎盤早期剝離より画像引用)
子宮壁の内側で出血するも子宮頸管に通じているため性器出血の症状が見られる「外出血型(A)」と剥がれた胎盤と子宮の間に出血がたまる「潜伏出血型(B)」です。特にBの潜伏出血型は症状に乏しく、発見が難しい特徴があります。通常、妊娠20週以降から常位胎盤早期剥離になる可能性はあると考えられており、そのリスクは分娩が終わるまでのすべての妊婦にあります。
参考資料:公益社団法人 日本産婦人科医/(6)常位胎盤早期剝離
常位胎盤早期剥離になりやすい人の特徴
常位胎盤早期剥離になりやすい人の特徴や原因として、以下が挙げられます。
・妊娠高血圧症候群
・切迫早産
・血液凝固障害(抗リン脂質抗体症候群など)
・羊膜内感染
・胎児奇形
・子宮筋腫
・急激な子宮内圧の減少
・腹部の外傷
・喫煙
例えば喫煙の場合。タバコに含まれるニコチンには血管収縮作用があります。喫煙により急激に血管が収縮して胎盤の血圧が上昇すると、出血することが予測されます。特に妊娠高血圧症候群で血圧が高く、喫煙しているなら常位胎盤早期剥離のリスクが高いでしょう。
上記に挙げた以外にも、羊膜内感染や胎児奇形など子宮内や胎児の状況で発症することも考えられます。ただし、発症する原因は人により全く異なるため、予防や予測が難しい側面もあります。
常位胎盤早期剥離の危険因子とは
日本産婦人科医会は、常位胎盤早期剥離の危険因子と相対危険度について以下のデータをあげています。
(公益社団法人 日本産婦人科医/(6)常位胎盤早期剝離より画像引用)
多胎妊娠(双子など)は珍しくありませんが、胎盤剥離の確率は「約2倍」です。これらの確率からも分かるように、常位胎盤早期剥離は決して珍しい症状ではないということがわかります。だからこそ正しい知識を学び、今できる適切な予防を行うことが重要なのです。
参考資料:公益社団法人 日本産婦人科医/(6)常位胎盤早期剝離
【前兆】常位胎盤早期剥離でよくある4つの症状
常位胎盤早期剥離でよくある症状は、以下の4つです。
・性器出血(子宮出血)
・腹痛
・胎動減少
・その他
発見が遅れて母子ともに命の危険にさらされないためにも、この章でお伝えする症状は必ず抑えておきましょう。
症状①:性器出血(子宮出血)
性器出血とは、常位胎盤早期剥離の出血が子宮頸管・膣を通り、性器外に出る状態のことです。子宮壁の内側で出血する「外出血型」常位胎盤早期剥離で見られる症状になります。常位胎盤早期剥離の出血は多量であることが多く、出血量によってはショック死するケースも少なくありません。というのも、胎盤は、お母さんと赤ちゃんの血液を交換する場所だからです。
血流が盛んであるため、一度出血すると 出血量が多くなるとともに、母子ともに命の危険に晒されることになります。妊娠中に性器出血や貧血症状が強いなどがあれば、量にかかわらず異常なサインですので、すぐ産婦人科に相談しましょう。
参考資料:公益財団法人 日本医療機能評価機構/常位胎盤早期剥離ってなに?
症状②:腹痛
一口に腹痛と言っても「急激な腹痛」もあれば「ジワジワと徐々に痛くなるけいれん性の腹痛」もあります。腹痛とともにお腹を押さえて痛みがあったり、ふらつきやめまいなどの貧血症状があったりすることも少なくありません。
ただし、人によっては無症状なので、注意が必要です。また、出血による腹痛なら、血管内の様々なところで血が固まり(播種性血管内凝固症候群)、腎不全などの多臓器不全という重篤な状態になりかねません。障害を受ける臓器によっては、不可逆(再生しない)ため、生涯にわたり障害と付き合うことになるため、早期発見がカギとなります。
症状③:胎動減少
胎動(赤ちゃんがお腹の中で動くこと)が減るのも常位胎盤早期剥離の症状の1つです。胎盤の役割は、お母さんから赤ちゃんへ酸素や栄養素を届けることです。つまり、常位胎盤早期剥離によりお母さんと赤ちゃんを繋ぐ胎盤が剥がれると、赤ちゃんは酸素や栄養素不足になり生命維持が難しくなるため、徐々に胎動が減ります。
胎盤が一部剥がれるだけで済んだとしても、酸素や栄養素不足だと胎児発育不全や 羊水の量が不足(羊水過少)になることも考えられます。最悪のケースだと、症状が出る前に胎児が亡くなっている(胎児死亡)のことも可能性として十分考えられるのです。
参考資料:MSDマニュアル/常位胎盤早期剥離
症状④:その他
これまでに紹介した症状以外にも、以下の症状があります。
・お腹の張り
・腰痛
・めまい
・便秘…etc
例えば、妊娠28〜34週ごろは羊水が増えるとともに胎児の発育が著しく、お腹が張りやすい時期でもあります。常位胎盤早期剥離により羊水の量が増減すると子宮内圧のバランスが崩れ、お腹が張るでしょう。常位胎盤早期剥離が小範囲なら少量ずつ出血して、徐々に貧血が進行していることもあります。めまいや気分不良、起立性低血圧などの貧血症状が現れることもあるでしょう。
そこで、葉酸サプリメントなどで貧血予防をしているにも関わらず症状が続くなら、常位胎盤早期剥離の可能性もあるため産婦人科に相談することをおすすめします。
赤ちゃんの死亡率
仮に常位胎盤早期剥離が起きた場合、赤ちゃんはどうなってしまうのでしょうか。日母小冊子「常位胎盤早期剥離」によれば、児の周産期死亡率は20~80%とされています。(*1)
これまでは、常位胎盤早期剥離が発生した場合、母体の救命が最優先され、その後に子宮を保存して妊娠を維持する治療が行われていました。そのため、胎児の救命は偶発的な要素に左右され、運が良ければ胎児を救うことができる、といった状況でした。しかし、近年では分娩監視装置や超音波断層装置の普及により、比較的早い段階で診断することが可能になりました。
常位胎盤早期剥離の検査と診断
では、常位胎盤早期剥離と診断されるまでにどのような検査がなされるのでしょうか。まずは通常の検診と同様、問診を実施します。
血液検査
胎盤が剥がれた部分から出血しているため、血液検査で貧血の程度を見ます。高度貧血であれば胎児が危険な状態になっていることもあるため、胎児心拍数のモニタリング検査で胎児の生存を確認します。
エコー検査(超音波検査)
エコー検査では、胎盤と羊膜の間に羊水とは違う輝度の高い画像(絨毛膜下血腫:Subchorionic hematoma)が確認できます。そのため、お腹が痛くてエコー検査で確認した結果、常位胎盤早期剥離が見つかることも少なくありません。
これらの検査結果から総合的に常位胎盤早期剥離の診断を行います。
参考:公益社団法人 日本産婦人科医会/28. 胎盤早期剥離
胎児心拍数のモニタリング
医療従事者が、胎児の心拍数が正常であるかどうか、胎児ジストレス(胎児があまりよくない状況)になっていないかどうか、確認します。常位胎盤早期剥離によって、胎児が十分な量の酸素を受け取れていない可能性があるためです。
参考:MSDマニュアル
陣痛の痛みとの違いは?
陣痛であれば、陣痛が起き始めた初期は痛い時と痛くないときがあります。しかし胎盤早期剥離の場合は痛みがずっと続き、性器出血があるなどの違いがあります。妊娠32週以降に起きることが多いとされているため、その違いを見極めるのは医療機関でも難しいといわれています。
国立成育医療研究センター| 胎盤が突然はがれる 病気があるってホント?
常位胎盤早期剥離の治療法
大前提として、一度胎盤が剥がれると元の状態に戻すことはできません。そのため、積極的な治療というよりは、現状維持もしくは出産により解決するイメージです。
常位胎盤早期剥離の治療法は、以下の2つです。
- ・床上安静
- ・緊急分娩
お母さんや赤ちゃんの状況により治療法が全く異なりますので、それぞれの状況と合わせて学びましょう。
床上安静
常位胎盤早期剥離の治療の基本は、床上安静です。
母子の健康状態により「自宅安静」もしくは「入院して安静にする」かが決まります。いずれにしても、1日の大半を横になって安静に過ごすように指示があるため、身体的・精神的なストレスが大きい治療と言えます。
私の知人で先日まで常位胎盤早期剥離で入院していた方も「症状が酷い時は排泄もベッド上でしなければいけなかったため、かなりのストレスを感じていた」と話していました。
また、自宅安静なら家事や重い荷物を持つ、性行為などは控えるよう指導されるとともに、必ず定期検診に来るように指導があるでしょう。
入院後は、安静とともに常位胎盤早期剥離の原因に対する治療も行われます。
例えば、羊膜感染により発症したなら抗生物質による治療が行われます。出血による貧血が進んでいるなら、鉄剤の内服や注射で改善を目指します。
母子ともに無事出産できる日を迎えられるように、苦しい治療が続くと思いますが、頑張りましょう。
緊急分娩
母子ともに危険な状態で妊娠継続が難しいと医師が判断した場合は、緊急分娩(緊急で帝王切開)になります。
例えば、以下の状況であれば緊急分娩になります。
- ・母親がショック状態
- ・胎盤が完全に剥がれて、母子を繋ぐ栄養血管が途絶えている
- ・胎児心拍が弱っており、妊娠継続が難しい
- ・胎児死亡…etc
常位胎盤早期剥離は、妊産婦死亡の原因別頻度で最も多い産科危機的出血(19%)のうちの第3位(10%)です。
(公益社団法人 日本産婦人科医会/妊産婦死亡報告事業 2019 P4・6より画像引用)
(公益社団法人 日本産婦人科医会/妊産婦死亡報告事業 2019 P4・6より画像引用)
妊産婦死亡原因の第2位で全体の11%を占めています。適切な対応をしなければ、胎児だけでなく母親が命を落とすことも少なくない非常に危険な状態なのです。
また、母子ともに無事に分娩を終えられたとしても、胎児が重症脳性麻痺になる確率は「30%」と非常に高く、予後が極めて悪い状況になります。
緊急分娩になった場合、母子の状態を考えながら最良の方法を選択します。
参考資料:公益社団法人 日本産婦人科医会/妊産婦死亡報告事業 2019 P4・6
【体験談あり】常位胎盤早期剥離の予防法
常位胎盤早期剥離の予防法は、以下の3つです。
- ・予防①:確実な定期検診
- ・予防②:禁煙
- ・予防③:血圧コントロール
常位胎盤早期剥離のリスクを減らすための正しい予防法を学び、無事出産の日を迎えられるようになりましょう。
予防①:妊婦健診を欠かさない
妊婦健診は欠かすことなく行きましょう。
なぜなら常位胎盤早期剥離は早期発見・早期治療で、予後が大きく変わる症状だからです。発症したとしても症状が軽い状態で見つかれば、入院や緊急分娩、死産などの最悪の状況は避けられます。
私の知人で、仕事がどんなに忙しくても妊婦健診は欠かさなかった人がいます。その知人は妊娠33週目に軽度の常位胎盤早期剥離と診断され、早期発見できたこともあり、そのまま妊娠継続・母子ともに健康に分娩の日を迎えることができました。
妊娠週数を追うごとに妊婦健診の回数が増えるため、仕事や家庭との調整が難しくなると思います。しかし、常位胎盤早期剥離の早期発見・治療をするためにも、母子の健康状態を確認する妊婦健診は欠かさないことが重要なのです。
予防②:禁煙
夫婦ともに禁煙をすることで、常位胎盤早期剥離のリスクを減らせます。
タバコに含まれるニコチンには血管収縮作用があり、喫煙後に胎盤の血管収縮が起こると血圧が上昇して胎盤剥離や出血の助長をすると考えられています。
また、血管収縮をすることで胎児に十分な酸素や栄養素を届けられず、以下のリスクも高まるでしょう。
- ・胎児発育不全
- ・低出生体重児(2,500g未満)
- ・早産
- ・乳幼児突然死症候群 (SIDS)
つまり、喫煙は常位胎盤早期剥離をはじめ、出産後の赤ちゃんの命を危険に晒すリスクまで高めることがわかります。そのため、受動喫煙のリスクも考えて妊婦だけでなく、旦那様も一緒に禁煙することをおすすめします。
参考資料:J-Stage 日本禁煙科学会/禁煙科学
予防③:血圧コントロール
妊娠中は血圧の変動が激しいため、医師と相談しながら血圧コントロールをすることが重要です。そして、常位胎盤早期剥離の予防においても同様のことが言えます。
胎盤にある血管の血圧が高いと、常位胎盤早期剥離の原因となりえます。また、胎盤が剥がれて出血すると、出血量が多くなり重症になるでしょう。
特に妊娠中に発症する妊娠高血圧症候群の発症率は、妊婦の「約5%(20人に1人)」です。糖尿病・高血圧・腎臓などの持病や生活習慣病や持病があったり、肥満や高齢(40歳以上)だったりは、発症する確率が高いため注意がしましょう。
血圧コントロールでできることは、以下の3つです。
- ・塩分を控えた食事
- ・適度な運動
- ・内服コントロール
塩分を控えた食事により高血圧を予防できます。具体的な食事基準やレシピなどは厚生労働省のサイトが参考になるので、ご覧ください。
また、医師と相談しながら適度な運動を始めたり、内服薬によるコントロールを検討してもらったりするのも良いでしょう。
参考資料
公益社団法人 日本産科婦人科学会/妊娠高血圧症候群
厚生労働省/妊娠前からはじめる妊産婦のための食生活指針(令和3年3月)
常位胎盤早期剥離に関するよくある3つの質問
この章では、常位胎盤早期剥離に関するよくある3つの質問にお答えします。
- ・質問①:常位胎盤早期剥離になりやすい時期はありますか?
- ・質問②:常位胎盤早期剥離でも安全に出産できますか?
- ・質問③:次回妊娠で再発する可能性はありますか?
妊娠中の方の不安解消になる内容ですので、ぜひご覧ください。
質問①:常位胎盤早期剥離になりやすい時期はありますか?
常位胎盤早期剥離になりやすい時期は「妊娠28〜34週」です。一方で「妊娠20〜25週」は発症率が少ない時期と言われています。
妊娠28〜34週は、胎児が急激に大きくなる時期であり、お腹の中の環境も変わりやすい時期だからです。そして胎児が大きくなるにつれてお腹の張りを感じるのは自然な流れであるため、常位胎盤早期剥離の症状と疑わず発見が遅れるケースも少なくありません。
例えば、お腹が張った時は安静にしたり、少し休んだりするなど、無理をしないことが大切です。それでもお腹の張りが改善しない時は、産婦人科を受診しましょう。
質問②:常位胎盤早期剥離でも安全に出産できますか?
母子の健康状態にもよりますが、常位胎盤早期剥離でも安全に出産できます。
例えば、胎盤の一部だけが剥がれており、赤ちゃんへの酸素や栄養素は十分確保されているなら妊娠継続・出産できます。
しかし出血量が多かったり、胎児が弱ったりしていると妊娠週数も踏まえながら緊急分娩が選択される場合も少なくありません。その場合は、低出生体重児や重度の脳性麻痺などの障害を合併する可能性があることも知っておきましょう。
安全な出産をするためにも、常位胎盤早期剥離が疑われたら医師の指示に従い、安静経過するようにしましょう。
質問③:次回妊娠で再発する可能性はありますか?
次回の妊娠で再発する可能性は否定できません。
日本産科婦人科学会のデータによると、常位胎盤早期剥離に「なったことがある方」と「なったことのない人」を比較する相対危険度では、発症リスクは「10〜50倍」違うというデータがあります。
(公益社団法人 日本産婦人科医/(6)常位胎盤早期剝離より画像引用)
その理由として、前回の常位胎盤早期剥離後の子宮内膜へのダメージや子宮筋腫などの病気が隠れていることなどがあげられます。また、再発時期は前回よりも1〜3週間ほど早い傾向にあると言われています。
そのため、常位胎盤早期剥離の既往がある方は、担当の産婦人科医に事前に相談しておくことをおすすめします。
参考資料
公益社団法人 日本産婦人科医会/(6)常位胎盤早期剝離
一般社団法人 日本疫学会/相対危険
まとめ: 常位胎盤早期剥離は早期発見が運命を分ける
以上、常位胎盤早期剥離について詳しく解説しました。
常位胎盤早期剥離は人によって原因が違い、症状が乏しいことから発見が遅れるケースも少なくありません。一方で、母子ともに重篤な状態になる非常に恐ろしい症状であるとわかったのではないでしょうか?
最も発症しやすい時期は「妊娠28〜34週」で、以下のような症状や違和感があれば、すぐに産婦人科を受診しましょう。
- ・性器出血
- ・腹痛やお腹の張りが改善しない
- ・胎動減少
- ・めまい・ふらつきなどの貧血症状
早いうちに発見して適切な治療を受けられれば、母子ともに無事に出産を迎えることもできます。
この記事が、妊娠中の不安軽減に少しでも役立てれば幸いです。