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妊娠中に乳首が黒くなるって本当?妊娠による乳房の変化とお手入れ方法を紹介

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

ミネルバクリニック院長。臨床遺伝専門医として遺伝医療に携わっています。

妊娠すると乳首や乳輪が黒くなるのは、妊娠中に増える女性ホルモンなどが、皮膚の色をつくる細胞(メラノサイト)を刺激するためです。病気ではなく、多くの妊婦さんに起こる生理的な変化で、早い人では妊娠初期から始まります。産後は数か月かけて薄くなっていきますが、どこまで戻るかには個人差があります。授乳のために妊娠中から乳頭をマッサージして「鍛える」必要はありません。乳房・乳頭への刺激は子宮収縮を起こし得るため、妊娠中に行うケアや初乳の手しぼりは自己判断で始めず、必要性と開始時期を分娩施設の医師・助産師に確認してください。この記事では、黒くなる仕組みから、脇やお腹の黒ずみ、かゆみ・乳カスの対処、受診したほうがよい変化までを解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約12分
🤰 乳首・乳輪・脇の黒ずみ・乳頭ケア
★ 臨床遺伝専門医監修

Q. 妊娠中に乳首が黒くなるのはなぜですか?

A. エストロゲン、プロゲステロン、メラニン細胞刺激ホルモンなどの影響で、乳首・乳輪の色素細胞がメラニンを多くつくるようになるためです。乳首・乳輪や陰部は、もともと色素細胞のはたらきが活発な場所なので、変化が目立ちやすくなります。産後は数か月かけて薄くなるのが一般的で、妊娠中に黒ずみを消そうとする必要はありません。

  • ➤いつから → 早い人は妊娠初期から。中期にかけて濃くなり、乳輪のブツブツも目立ってきます
  • ➤ほかの場所 → 脇・陰部・お腹の正中線・顔(肝斑)も同じ理由で黒くなります
  • ➤産後 → 授乳期を経て数か月かけて薄くなります。戻り方には個人差があります
  • ➤乳頭ケア → 授乳準備としての乳頭マッサージは全員に必要ではありません。妊娠中に行う場合は、開始時期を分娩施設に確認します
  • ➤受診の目安 → 片側だけの急な変化、しこり、血の混じる分泌物、治らないただれ

1. 妊娠中に乳首が黒くなるのはなぜ?

妊娠中に乳首や乳輪が黒くなる主な原因は、プロゲステロン、エストロゲン、メラニン細胞刺激ホルモンが増えることだと説明されています[1]。米国家庭医学会の総説でも、乳首・乳輪・陰部の色が濃くなる変化は妊娠初期から起こりうる良性の変化で、産後数か月で落ち着くものとして扱われています[1]。

「黒ずみ」という言葉から汚れや病気を連想する方もいますが、これは皮膚の中でつくられる色素(メラニン)の量が増えた状態で、清潔にしていないから起こるものではありません。洗っても落ちないのはそのためで、強くこすると皮膚を傷めてかえって色素沈着を進めることがあります。ここでは、ホルモンがどのように皮膚の色を変えるのか、なぜ乳首や乳輪で目立ちやすいのか、そして黒くなり方の個人差について順に説明します。

エストロゲン・プロゲステロンと色素細胞(メラノサイト)

皮膚の色を決めているのは、表皮のいちばん下の層にあるメラノサイト(色素細胞)がつくるメラニンという色素です。メラノサイトは、細胞の中のメラノソームという小さな袋の中でメラニンを合成し、それを周りの表皮細胞に受け渡します。受け渡されたメラニンが多いほど、皮膚の色は濃く見えます。メラニンには黒褐色のユーメラニンと、黄色〜赤色のフェオメラニンの2種類があり、その量と割合で肌の色合いが決まります[2]。

メラニンをつくる工程の最初で、いわば律速段階(全体の速さを決める段階)を担っているのがチロシナーゼという酵素です。チロシナーゼはアミノ酸の一種であるチロシンを材料にして、メラニンの前駆体をつくります。この酵素の設計図にあたるのがTYR遺伝子です。

メラノサイトのはたらきを強めるホルモンのひとつが、メラニン細胞刺激ホルモン(MSH)です。MSHは、POMC(プロオピオメラノコルチン)という大きなたんぱく質が切り分けられてできる小さなペプチドで、メラノサイトの表面にあるMC1R(メラノコルチン1受容体)に結合して、ユーメラニンの合成を進めます[2]。POMCの設計図についてはPOMC遺伝子で解説しています。

妊娠すると、胎盤がつくるホルモンも加わって、エストロゲンやプロゲステロンの血中濃度が大きく上がります。これらのホルモンは乳腺を発達させて授乳の準備を進める一方で、メラノサイトのメラニン産生も高めると考えられています。妊娠中の色素沈着は、こうした複数のホルモンが重なって起こる変化です[1]。

妊娠でホルモンが増えるエストロゲン・プロゲステロン・MSH
▶
色素細胞が刺激されるチロシナーゼのはたらきが高まる
▶
メラニンが増える表皮細胞に受け渡される
▶
乳首・乳輪が濃くなる産後は数か月で薄くなる

💡 用語解説:メラノサイト(色素細胞)

メラノサイトは、表皮の基底層(いちばん深い層)に点在する、メラニンをつくる専門の細胞です。肌の色の違いは、メラノサイトの数よりも、1つひとつのメラノサイトがどれだけ、どの種類のメラニンをつくるかで決まります。紫外線やホルモンの刺激を受けると、メラニンの産生が増えて肌の色が濃くなります。

なぜ乳首・乳輪や脇・陰部が黒くなりやすいのか

乳首・乳輪、陰部、脇などは、もともと体のほかの場所より色が濃く、ホルモンの影響を受けやすい部位です。妊娠中の色素沈着が、全身の皮膚に均一に起こるのではなく、こうしたもともと色の濃い場所に集中して起こるのはこのためだと考えられています[1]。

乳輪が濃くなる意味については、生まれたばかりの赤ちゃんがまだぼんやりとしか見えない時期に、色のコントラストで乳首を見つけやすくなる、という説明がよく紹介されます。ただし、これを直接確かめた研究はなく、あくまで仮説の段階です。

一方で、乳輪にあるモントゴメリー腺(乳輪腺)については、赤ちゃんとのかかわりを調べた研究があります。授乳中の女性の乳輪腺の分泌物を生後3日の赤ちゃんの鼻先に近づけると、母乳や皮脂、バニラのにおいよりも強く、口や頭を動かす反応が見られたと報告されています[3]。乳輪の変化は、見た目だけでなく、においを通しても授乳の準備にかかわっている可能性があります。

遺伝の視点:黒くなり方に個人差がある理由

妊娠中にどのくらい黒くなるかは人によって大きく違い、その差にはもともとの肌の色を決めている遺伝的な体質がかかわっています。人の肌・髪・目の色は、1つの遺伝子で決まるのではなく、MC1R、TYR、OCA2、SLC45A2など多くの遺伝子のわずかな違いが積み重なって決まります[2]。

たとえばMC1Rのはたらきが弱いタイプでは、MSHの刺激を受けても黒褐色のユーメラニンがつくられにくく、黄赤色のフェオメラニンの割合が多くなります。赤毛や日焼けしにくい色白の肌は、このタイプと関連することが知られています[2]。同じホルモンの変化が起きても、色素細胞の「反応しやすさ」が人によって違うため、ほとんど変化を感じない人もいれば、はっきり濃くなる人もいるのです。

メラニンをつくる仕組みそのものが遺伝的にうまく働かない状態が、白皮症(眼皮膚白皮症)です。TYR遺伝子などに病的バリアントがあると、メラニンがほとんどつくられず、皮膚や髪、目の色が薄くなります。妊娠中の色素沈着は、この「メラニンをつくる仕組み」がホルモンで一時的に強められる現象だと言いかえることもできます。

なお、乳首の色の濃さや変化の程度は、赤ちゃんの性別や健康状態とは関係しません。乳首が黒くなるかどうかで赤ちゃんの状態を判断することはできないので、心配な点がある場合は、妊婦健診での診察や検査で確認することになります。

2. いつから黒くなる?時期別の乳首・乳房の変化

乳首・乳輪の色の変化は、早い人では妊娠初期から始まり、妊娠中期にかけて濃くなっていきます[1]。あわせて、乳房が大きく張る、乳首が敏感になる、乳輪のブツブツが目立つ、乳汁がにじむといった変化が、時期を追って現れます。

なお、妊娠の時期の区分には2つの考え方があります。日本産科婦人科学会の定義では、妊娠初期は13週6日まで、妊娠中期は14週0日から27週6日まで、妊娠後期は28週0日以降です。一方、一般向けの資料では「妊娠初期=15週まで」「中期=16〜27週」とするものも多く見られます。この記事の表は学会の定義に沿っていますが、変化の現れ方には個人差があり、週数で区切れるものではありません。

🤰 妊娠時期別の乳首・乳房の変化

時期 色の変化 そのほかの変化
妊娠初期
(〜13週6日)
乳首・乳輪が濃くなり始める人がいる 胸の張り、乳首のチクチク感、下着がこすれる違和感
妊娠中期
(14週0日〜27週6日)
さらに濃くなり、乳輪が広がって見えることも 乳輪のブツブツ(モントゴメリー腺)が目立つ、乳汁がつくられ始める
妊娠後期
(28週0日〜)
濃い状態が続く 初乳がにじむ、乳カスがつく、乳房が重くなる

※時期の区分は日本産科婦人科学会の定義による。変化の時期や程度には個人差があります。

妊娠初期:チクチク・張り・色の変化が始まる

妊娠初期には、胸の張りや乳首のチクチクした痛み、下着がこすれるだけで気になるほどの敏感さが現れることがあります。これはホルモンの急な増加によって乳腺が発達し始めるためで、生理前の胸の張りに似ていますが、妊娠では強く、長く続く傾向があります。乳首・乳輪の色が濃くなり始めるのも、早い人ではこの時期からです[1]。

乳首の痛みや張りは、妊娠初期を過ぎると落ち着く人もいれば、妊娠中ずっと続く人もいます。妊娠超初期の胸の張りがいつからいつまで続くのか、途中でなくなるのは心配ないかについては、妊娠超初期の胸の張りで詳しく解説しています。

妊娠中期:モントゴメリー腺が目立ち、乳汁がつくられ始める

妊娠中期になると、乳首と乳輪の色がさらに濃くなり、乳輪の上の小さなブツブツ(モントゴメリー腺)が目立つようになります。モントゴメリー腺は、乳輪にある皮脂腺と乳腺の性質をあわせ持つ小さな腺で、油分を含む分泌物を出して乳首と乳輪を保湿し、授乳による刺激から皮膚を守っています。前の章で紹介したとおり、そのにおいが赤ちゃんの反応を引き出す可能性も報告されています[3]。ブツブツが急に増えたように見えても、病気ではありません。

また、乳腺では妊娠の中ごろから、乳汁をつくる細胞への分化が始まります。これは乳汁生成の第1段階と呼ばれ、この時期から乳腺の中で初乳の成分がつくられ始めます[4]。ただし妊娠中は、胎盤から出るプロゲステロンが本格的な乳汁分泌を抑えているため、つくられた乳汁のほとんどは外に出てきません。出産で胎盤が出ていくとプロゲステロンが急に下がり、それをきっかけに母乳の分泌が本格的に始まります[4]。

妊娠中期全体の体の変化や過ごし方は、妊娠中期はいつからいつまでにまとめています。

妊娠後期:初乳がにじむ・乳カスができる

妊娠後期には、乳首から透明〜黄色っぽい初乳がにじむことがあります。量は人によって違い、まったく出ない人もいれば、下着が湿るほど出る人もいます。出ないからといって産後に母乳が出ないわけではなく、妊娠中ににじむ量と産後の母乳の量は関係しません。

にじんだ初乳や皮脂が乾いて固まると、乳首のくぼみに白〜黄色、あるいは茶色っぽい「乳カス」がつきます。乳房も重くなるため、締め付けの少ない下着に替える時期でもあります。乳カスの取り方は第5章で説明します。妊娠後期のそのほかの症状は妊娠後期の症状と気をつけるポイントをご覧ください。

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3. 乳首以外も黒くなる?脇・お腹の正中線・陰部

妊娠中は、乳首と同じ仕組みで、脇、陰部、お腹の正中線、顔なども黒くなることがあります。どれもホルモンが色素細胞を刺激して起こる変化で、乳首だけが特別に黒くなっているわけではありません[1]。場所によって目立ち方や戻り方が少しずつ違うため、気になりやすい部位ごとに見ていきます。

妊娠中の脇の黒ずみと、脇の腫れ(副乳)

脇は、乳首・乳輪と並んで、妊娠中に黒ずみが目立ちやすい場所です。もともと色が濃い部位であることに加えて、汗や衣類の摩擦、制汗剤や毛の処理による刺激が重なりやすく、色素沈着が強く出ることがあります。ホルモンによる黒ずみは、産後に乳首と同じように時間をかけて薄くなっていきますが、こすれによる色素沈着が加わると、戻るのに時間がかかることがあります。

脇の黒ずみを少しでも抑えたい場合は、締め付けの強い下着や縫い目が当たる服を避け、汗をかいたらこすらずに押さえるように拭き取り、保湿をすることが基本です。妊娠中は、美白をうたう成分の中に妊娠中の使用について安全性が十分に確かめられていないものもあるため、新しい外用薬や医薬部外品を使う前に、かかりつけの産婦人科で確認してください。

脇については、黒ずみと一緒に「脇の下が腫れて痛い」「しこりのようなものがある」と気づく方もいます。これは副乳(ふくにゅう)であることが少なくありません。副乳は、胎児期に脇から足の付け根にかけてつくられる乳腺のもとが、通常は消えるところを一部残ったもので、ふだんは目立たなくても、妊娠や授乳期にはホルモンの影響で乳腺と同じように腫れたり、乳汁を出したりすることがあります[5]。脇の腫れが副乳かどうかは見た目だけでは判断しにくく、硬いしこりが大きくなる場合はリンパ節の腫れや腫瘍との区別も必要なので、妊婦健診で相談してください。

💡 用語解説:副乳(ふくにゅう)

副乳とは、通常の乳房以外の場所に残った乳腺組織や乳首のことです。胎児期には脇から足の付け根まで「乳腺堤(ミルクライン)」と呼ばれる線に沿って乳腺のもとができ、ふつうは胸の1対だけが残ります。その一部が消えずに残ると副乳になり、多くは脇にあらわれます。妊娠・授乳期に腫れて気づかれることがあります。

お腹の正中線・陰部・顔のしみ(肝斑)

お腹の真ん中に縦に現れる茶色い線は正中線(妊娠線とは別のもの)で、医学的には「黒線(リネア・ニグラ)」と呼ばれ、妊娠中期ごろから目立ってきます[1]。もともと誰にでもある色の薄い線が、ホルモンの影響で濃くなって見えるようになったものです。陰部の色が濃くなるのも乳首と同じ仕組みで、妊娠初期から起こりえます[1]。

顔では、頬や額、上唇などに左右対称の茶色いしみが出ることがあり、肝斑(かんぱん)と呼ばれます。米国家庭医学会の総説では、肝斑は妊婦さんの最大75%にみられ、産後に約90%が軽快する一方で、次の妊娠や経口避妊薬の使用で再び現れることがあるとされています[1]。肝斑は紫外線で濃くなりやすいので、妊娠中は日焼け止めや帽子による紫外線対策が予防の中心になります。

なお、お腹や胸にできる赤紫色の筋は「妊娠線」で、皮膚が急に引き伸ばされて真皮が裂けることで起こります。色素が増える黒ずみとは成り立ちが違うので、ケアの考え方も分けて考える必要があります。

4. 黒くなった乳首は産後いつ戻る?

妊娠でみられる色素沈着は良性で自然に治まる変化とされ、多くは産後数か月かけて薄くなっていきます[1]。出産でホルモンの状態が妊娠前に戻っていくと、色素細胞への刺激が弱まり、表皮が入れ替わるにつれてメラニンの多い細胞が少しずつはがれ落ちていくためです。

ただし、乳首と乳輪は授乳期のあいだも赤ちゃんに吸われる刺激やホルモンの影響を受け続けるため、ほかの部位より戻るのに時間がかかる傾向があります。また、色の戻り方には個人差があり、妊娠前とまったく同じ色まで戻らず、少し濃いまま落ち着く人もいます。元の色にどこまで戻るかを妊娠中に予測する方法はありません。

妊娠中に黒ずみを薄くしようとして、こすったり、刺激の強い成分を塗ったりする必要はありません。むしろ摩擦や炎症は色素沈着を長引かせる原因になります。締め付けやこすれの少ない下着を選ぶこと、乾燥を防ぐことが、妊娠中にできるいちばんのケアです。授乳を終えて時間がたってもどうしても気になる場合は、皮膚科で相談する方法があります。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「黒ずみ」は汚れではなく、体の準備です】

乳首や乳輪の色の変化は、メラニンをつくる仕組みがホルモンで一時的に強められた結果で、体が授乳に向けて準備を進めているサインのひとつだと考えています。洗っても落ちないのは当然のことで、こすって落とそうとするほど皮膚は傷みます。

同じホルモンの変化でも、どれだけ色が変わるかは、もともとの肌の色を決める遺伝的な体質によって違います。変化の大きさを他の人と比べて心配する必要はありません。気にかけてほしいのは、色の濃さよりも、片側だけの急な変化やしこり、治らないただれのような「いつもと違う変化」のほうです。

5. 乳首のかゆみ・乳カスの対処

妊娠中は、乳首のかゆみや、乳首のくぼみにたまる乳カスに悩む人も少なくありません。どちらも乳房の変化にともなう身近なトラブルですが、対処を間違えると皮膚を傷めることがあります。

かゆみ:乾燥と湿疹の対処

妊娠中の乳首のかゆみは、乳房が大きくなって皮膚が引き伸ばされること、皮膚の乾燥、下着との摩擦、分泌物による刺激などが重なって起こることが多い症状です。かゆくて掻くと、皮膚のバリアが壊れてさらにかゆくなり、湿疹になってしまうことがあります。掻いた刺激で色素沈着が強まることもあります。

対処の基本は、入浴時に乳首をゴシゴシ洗わず泡でやさしく洗うこと、入浴後に保湿剤を塗ること、綿などの肌あたりのよい下着を選ぶことです。赤みやジクジクした湿疹がある場合や、市販のかゆみ止めを使いたい場合は、妊娠中に使える薬かどうかをかかりつけの産婦人科で確認してください。乳首だけでなく体のあちこちに強いかゆみが広がる場合は、妊娠中に起こる皮膚の病気や、肝臓の機能にかかわる病気が隠れていることもあるので、早めに健診で伝えてください。

乳カス(茶色・黄色)の正体と取り方

乳カスは、にじみ出た初乳や皮脂、はがれた皮膚が乾いて乳首のくぼみに固まったものです。白や黄色のことが多いですが、時間がたつと茶色っぽく見えることもあります。乳首の表面にたくさんある乳管の出口をふさいでいるように見えるため気になりますが、それ自体は病気ではありません。

取るときは、爪や綿棒で無理にはがさないことが大切です。おすすめは、コットンにベビーオイルやオリーブオイルなどを含ませて乳首にのせ、ラップをかぶせて10分ほど置き、ふやけた乳カスをお風呂でやさしく洗い流す方法です。一度で取れなくても、数日に分けて繰り返せば十分です。強くこすると乳首に小さな傷ができ、かゆみや痛みの原因になります。

オイルでふやかす方法は乳首を軽く押さえる程度で、乳頭マッサージとは違いますが、お腹が張りやすい方は、張りを感じたらすぐにやめてください。乳カスがなかなか取れない、血の混じったかさぶたのように見える、治らないただれがある、といった場合は第7章も参考にしてください。

6. 乳頭ケア・マッサージはいつから?自己判断で行わない理由

授乳準備のための乳頭マッサージや乳頭を「鍛える」ケアは、全員に必要なものではありません。WHO/UNICEFのBaby-friendly Hospital Initiativeでも、妊娠中の乳房マッサージや乳頭運動などは授乳を助ける方法として推奨されていません[10]。一方、妊娠中の初乳の手しぼりなどを正期産前後から案内する施設もありますが、対象者や開始時期は妊娠経過によって異なります。妊娠中に乳房・乳頭を刺激するケアを行う場合は、自己判断で開始せず、分娩施設の医師・助産師の指示に従ってください。

乳頭への刺激でオキシトシンが出て、子宮が収縮する仕組み

乳首を刺激すると、脳の下垂体からオキシトシンというホルモンが出ます。オキシトシンは、産後には母乳を押し出す「射乳反射」を起こすホルモンですが、同時に子宮の筋肉を収縮させる作用も持っています。産後の授乳中に下腹部が痛む(後陣痛が強まる)のは、このためです。

この仕組みは、陣痛を起こす方法としても研究されてきました。正期産の妊婦さんを対象にした6件の試験(719人)をまとめたコクランレビューでは、乳房への刺激を行ったグループで72時間以内に陣痛が始まらなかった人が62.7%と、何もしないグループの93.6%より少なく、乳房の刺激が陣痛を起こしやすくすることが示されています[6]。同じレビューは、安全性が十分に評価されるまでは、リスクの高い妊婦さんには用いるべきではないとしています[6]。

つまり、乳房・乳頭への刺激は陣痛誘発法として研究されるほど子宮収縮に関係する行為です。ただし、このコクランレビューは「妊娠37週より前の乳頭ケアを一律に禁止する」という開始週数を定めた研究ではありません。切迫早産と言われている方、お腹の張りが頻繁にある方、多胎妊娠や前置胎盤などで医師から安静を指示されている方は、時期にかかわらず行わないでください。

💡 用語解説:正期産(せいきさん)

正期産とは、妊娠37週0日から41週6日までの出産のことです。日本産科婦人科学会の定義では、22週0日から36週6日までの出産を早産、42週0日以降を過期産と呼びます。出産予定日は40週0日にあたります。正期産に入ると、赤ちゃんはお腹の外で生活する準備がおおむね整っていると考えられます。

全員に必要なケアではない:陥没・扁平乳頭は健診で相談

妊娠中の乳頭ケアが授乳の成功に役立つというはっきりした根拠はなく、「やっておかないと母乳育児がうまくいかない」というものではありません。乳首が引っ込んでいる陥没乳頭や、平らな扁平乳頭の方に向けて、妊娠中に乳頭吸引器(ブレストシェル)や乳首を引き出す体操(ホフマン法)を行う方法が広く勧められていましたが、これを検証した臨床試験では、授乳の確立を改善する効果は確認されませんでした[7]。

赤ちゃんは乳首だけをくわえるのではなく、乳輪を含めて深くくわえて飲みます。妊娠中に乳首の形が気になっていても、乳房は妊娠中から産後にかけて変化し、乳首の出方も変わることがあります。陥没乳頭や扁平乳頭が気になる方は、自己流でケアを始める前に、妊婦健診や母親学級で助産師に乳首の状態を見てもらい、産後の授乳の工夫(抱き方やくわえさせ方、必要に応じた補助具)を相談しておくほうが実際的です。

分娩施設によっては、妊娠後期に初乳の手しぼりなどを案内することがあります。開始時期や対象者は施設の方針と妊娠経過によって異なるため、実施する場合は指導を受けてから行ってください。授乳準備を目的に、乳頭を強くこする、引っ張るなどして「鍛える」必要はありません[10]。

胸を締め付けない下着選び

妊娠中の乳房は大きく重くなるため、妊娠前のブラジャーでは締め付けが強くなりがちです。きつい下着は、乳房の圧迫感や痛みの原因になるだけでなく、乳首や脇とのこすれで色素沈着を強めることもあります。

ワイヤーのない、伸縮性のあるマタニティブラや授乳兼用ブラに早めに切り替えると、サイズの変化にも対応しやすくなります。授乳用ブラは産後すぐに必要になるので、妊娠後期のうちに用意しておき、着け心地に慣れておくのもよいでしょう。サイズは妊娠中にも変わり続けるので、まとめ買いは避け、そのときの胸の大きさに合ったものを選んでください。

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7. 受診したほうがよい乳首・乳房の変化

妊娠中の乳首の黒ずみは、両側の乳首・乳輪が同じように少しずつ濃くなるのが基本です。次のような変化は、妊娠による生理的な変化とは違う可能性があるので、妊婦健診を待たずにかかりつけの産婦人科で相談してください。

🩺 健診で伝えたい乳首・乳房の変化

変化 考えられること
片側の乳首・乳輪だけが急に変化した 湿疹、皮膚の病気、乳房の病気などとの区別が必要
乳房にしこりがある・大きくなる 乳腺の良性のしこりが多いが、乳がんとの区別が必要
血の混じった分泌物が出る 妊娠中・産後早期の良性の変化のことが多いが、診察が必要
ただれ・かさぶたが治らない 湿疹のほか、乳頭のパジェット病との区別が必要

※表は受診の目安の例です。自己判断せず、気になる変化はかかりつけの産婦人科で相談してください。

血の混じった分泌物は驚く症状ですが、妊娠中期以降や産後早期には「ラスティパイプ症候群」と呼ばれる良性の状態のことがあります。ホルモンの影響で乳管のまわりの細い血管がもろくなり、茶色や血の混じった乳汁が出るもので、主に初めての出産の方にみられ、多くは治療をしなくても1週間ほどで治まると報告されています[8]。ただし、同じ報告でも、この診断をつける前に診察や乳房の超音波検査などで乳がんなどの病気を除外することが必要だとしています[8]。良性のことが多いからこそ、自己判断せずに一度診てもらうことが大切です。

乳首や乳輪に、湿疹のような赤み、皮むけ、かさぶた、ただれが続く場合は、乳頭のパジェット病という病気との区別が必要です。パジェット病は乳がんの一種で、乳首から乳輪の皮膚に湿疹に似た変化が現れ、多くは片側に起こり、乳房の中にがんを伴うことが多いとされています[9]。妊娠中は乳房が張って硬くなるため、しこりに気づきにくい時期でもあります。湿疹の薬を塗っても治らない変化は、早めに相談してください。乳がんそのものについては別のページで解説しています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「左右差」と「治らない」を目安に】

妊娠中の乳房は、色も形も大きく変わります。その多くは両側に同じように起こる生理的な変化なので、見た目の変化だけで心配する必要はないと考えています。目安にしてほしいのは、片側だけに起こる変化と、時間がたっても治らない変化です。

妊娠中に乳がんが見つかることはまれですが、乳房が張っている時期はしこりに気づきにくく、受診も「妊娠のせいだろう」と後回しになりがちです。乳がんの中には遺伝的な要因がかかわるものもあり、ご家族に乳がんや卵巣がんの方が多い場合は、そのことも健診で伝えておくとよいと考えています。

よくある質問(FAQ)

Q1. 妊娠中の乳首はいつから黒くなりますか?

早い人では妊娠初期から濃くなり始め、妊娠中期にかけてさらに濃くなります。始まる時期や濃くなる程度には個人差があり、ほとんど変化を感じない人もいます。

Q2. 黒くなった乳首は産後いつ元に戻りますか?

多くは産後数か月かけて薄くなります。乳首と乳輪は授乳期のあいだも刺激を受けるため、ほかの部位より時間がかかる傾向があり、妊娠前とまったく同じ色まで戻らず少し濃いまま落ち着く人もいます。

Q3. 片方の乳首だけ黒い、乳輪にシミのようなものがあるのは大丈夫?

妊娠による色の変化は両側に同じように起こるのが基本です。片側だけ急に色が変わった、シミのような部分が広がる、赤みや皮むけ、かさぶたが治らないといった場合は、湿疹や乳頭のパジェット病などとの区別が必要なので、かかりつけの産婦人科で相談してください。

Q4. 妊娠中に脇やお腹も黒くなるのは同じ理由ですか?

はい。脇、陰部、お腹の正中線、顔の肝斑も、乳首と同じく妊娠中に増えるホルモンが色素細胞を刺激して起こります。脇は衣類の摩擦や汗の刺激も重なりやすいため、締め付けの少ない服を選び、こすらないように気をつけてください。

Q5. 乳カスは取ったほうがいいですか?

無理に取る必要はありませんが、気になる場合はオイルを含ませたコットンを乳首に10分ほどのせてふやかし、お風呂でやさしく洗い流します。爪や綿棒ではがすと皮膚を傷めます。お腹が張ったらすぐにやめてください。

Q6. 乳頭ケア・マッサージはいつから始めればいいですか?

授乳準備としての乳頭マッサージや乳頭を「鍛える」ケアは、全員に必要なものではありません。妊娠中に初乳の手しぼりなどを行う場合も、対象者や開始時期は妊娠経過や施設の方針で異なります。乳房・乳頭への刺激は子宮収縮に関係するため、自己判断で開始せず、分娩施設の医師・助産師に確認してください。

まとめ

妊娠中に乳首や乳輪が黒くなるのは、プロゲステロン、エストロゲン、メラニン細胞刺激ホルモンが、もともと色の濃い部位の色素細胞を刺激してメラニンを増やすためで、良性の生理的な変化です[1]。脇や陰部、お腹の正中線、顔の肝斑も同じ仕組みで起こり、産後は数か月かけて薄くなるのが一般的ですが、どこまで戻るかには、もともとの肌の色を決める遺伝的な体質も含めた個人差があります[2]。

妊娠中にできるケアは、こすらない、締め付けない、乾燥させないことが中心です。授乳準備として乳頭を強く刺激する必要はありません。妊娠中に初乳の手しぼりなどを行う場合は、開始時期を含めて分娩施設の指示に従ってください[6][10]。一方、片側だけの変化、しこり、血の混じった分泌物、治らないただれは、生理的な変化と区別するために、かかりつけの産婦人科で相談してください。

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参考文献

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  • [8] Tang H, Zhu W, Chen J, Zhang D. Rusty pipe syndrome: a case report and review of the literature. BMC Pregnancy Childbirth. 2022;22(1):770. doi:10.1186/s12884-022-05048-5. PMID:36229800. [PubMed 36229800]
  • [9] American Cancer Society. Paget Disease of the Breast. Revised June 24, 2026. [ACS]
  • [10] World Health Organization, UNICEF. Baby-Friendly Hospital Initiative: Revised, Updated and Expanded for Integrated Care. Section 3: Promoting Breastfeeding During Pregnancy — Antenatal breast and nipple preparation. [NCBI Bookshelf]

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プロフィール
仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、
臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。
のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、
検査結果の数値そのものだけでなく、
「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、
一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、
日本人として異文化の中で生活した経験があります。
価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。
この経験は現在の診療においても、
「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、
36週6日で一人を死産した経験があります。
その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、
そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。
現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、
出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、
家族の未来に関わる重要な意思決定です。
年齢や統計だけで判断するのではなく、
医学的根拠と心理的支援の両面から、
ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/
日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。

2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、
複数の海外メディア・専門誌で特集掲載
されました。

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