目次
胎盤は、受精卵が子宮内膜に着床した直後から作られはじめ、妊娠15〜16週ごろに形と働きがそろいます。この時期が一般に「胎盤の完成」と呼ばれています。胎盤は赤ちゃんに酸素と栄養を届け、妊娠を続けるためのホルモンをつくる、妊娠中だけの臓器です。ただし、胎盤が完成する前なら飲酒や薬の影響がない、ということはありません。この記事では、胎盤ができるまでの流れを週数で整理し、役割、大きさと重さ、位置、気をつけたい胎盤のトラブル、そしてNIPTで調べているのが胎盤のDNAである理由まで解説します。
Q. 胎盤はいつできて、いつ完成しますか?
A. 胎盤のもとは着床した妊娠4週ごろから作られはじめ、妊娠15〜16週ごろに形と働きがそろいます。母体の血液が胎盤の中へ本格的に流れ込むのは妊娠10〜12週ごろです。胎盤の完成を自分で感じ取れるサインはなく、確認は妊婦健診の超音波で行います。
- ➤完成時期 → 妊娠15〜16週ごろ。その後も分娩まで大きくなる
- ➤役割 → 酸素・栄養を届ける、老廃物を受け取る、ホルモンをつくる
- ➤大きさ・重さ → 出産のころで直径15〜20cm前後、重さ約500g
- ➤遺伝の視点 → 胎盤も受精卵からできる。NIPTが調べているのは主に胎盤由来のDNA
1. 胎盤はいつできる?完成は妊娠15〜16週ごろ
胎盤は、受精卵が子宮内膜に着床した妊娠4週ごろから作られはじめ、妊娠15〜16週ごろに形と働きがそろいます。日本の産科では、この時期を「胎盤の完成」と呼ぶのが一般的です。完成といっても成長が止まるわけではなく、その後も赤ちゃんの成長に合わせて分娩まで大きく、厚くなっていきます。
妊娠週数は最後の月経の初日を0週0日として数えるため、受精は妊娠2週ごろ、着床は妊娠3週の終わりから4週ごろにあたります。着床した受精卵の外側の細胞は、子宮内膜に根を張るように入り込み、これが胎盤のもとになります。つまり胎盤は、妊娠がわかる前後からすでに作られはじめている臓器です。
週数でみる胎盤ができるまで
胎盤ができるまでの流れを、週数のめやすで整理すると次のようになります。週数には個人差があり、教科書や資料によって表現も少しずつ異なります。
📅 胎盤ができるまでの週数のめやす
| 時期 | 胎盤とお腹の中で起きていること |
|---|---|
| 妊娠3〜4週ごろ | 受精卵(胚盤胞)が子宮内膜に着床し、外側の細胞が内膜に入り込む。hCGというホルモンの分泌が始まり、妊娠検査薬が反応するようになる |
| 妊娠5〜6週ごろ | 絨毛(じゅうもう)ができ、その中に赤ちゃん側の血管が通りはじめる。超音波で胎嚢、続いて心拍が確認できるようになる |
| 妊娠7〜10週ごろ | 絨毛が子宮の壁側に集まり、円盤状の胎盤の形が整いはじめる。妊娠を支えるホルモンの産生が、卵巣の黄体から胎盤へ移っていく |
| 妊娠10〜12週ごろ | 母体の動脈血が、胎盤の中のすき間(絨毛間腔)へ本格的に流れ込むようになる[2] |
| 妊娠15〜16週ごろ | 胎盤の形と働きがそろう(いわゆる「完成」) |
| 16週以降〜分娩 | 赤ちゃんの成長に合わせて大きく、厚くなり、分娩後に「後産(あとざん)」として外に出る |
※週数はめやすです。経過には個人差があります。
この表で注目していただきたいのは、妊娠初期の大部分の時期に、胎盤の中を母体の血液がまだ十分に流れていないという点です。母体の動脈血が本格的に流れ込むのは妊娠初期の終わりごろで、それまでの胎盤の中は酸素の少ない環境に保たれていることが、超音波と組織の研究で示されています[2]。急に酸素の多い環境になると、育ちはじめの組織が傷つきやすいためと考えられています。
胎盤ができるまで赤ちゃんはどこから栄養をもらう?
胎盤が十分に働きはじめるまで、赤ちゃんは主に子宮内膜の腺から分泌される栄養と、卵黄嚢(らんおうのう)という袋から栄養を受け取っています。妊娠初期の子宮内膜の腺は、糖や脂質、たんぱく質を含む分泌物を出しており、絨毛がこれを取り込んで赤ちゃんに渡していることが、妊娠初期の組織を調べた研究で示されています[1]。母体の血液から直接受け取るのではなく、内膜の分泌物でまかなう仕組みです。
そのため、「胎盤ができるまでは、お母さんが食べたものは赤ちゃんに届かない」というわけではありません。母体の血液中にある栄養や物質は、子宮内膜や絨毛を介して、妊娠のごく早い時期から赤ちゃんの環境に影響しています。この点は、後の章で説明する飲酒や薬の話にもつながります。
💡 用語解説:卵黄嚢(らんおうのう)
卵黄嚢は、妊娠初期に胎嚢の中に見える小さな丸い袋です。超音波では妊娠5週ごろから見えることが多く、赤ちゃん(胎芽)が確認できる前の目印にもなります。初期の栄養の受け渡しや、最初の血液細胞づくりに関わり、胎盤が働きはじめるにつれて役目を終えて小さくなっていきます。
胎盤が完成するサインはある?
胎盤が完成したことを、自分の体の感覚で知るサインはありません。胎盤の状態は、妊婦健診の超音波検査で、胎盤の位置や厚み、赤ちゃんの成長、羊水の量などを見て確認します。「お腹が張らなくなった」「体温が下がった」「つわりが軽くなった」といった変化を胎盤完成のサインとする話を見かけますが、医学的にそれを裏づける根拠は確認されていません。
こうした話が広まりやすいのは、妊娠15〜16週ごろが、つわりが落ち着いてくる時期や、いわゆる「安定期」と呼ばれる時期と重なるためです。時期が重なっているだけで、胎盤の完成そのものが体の変化として感じられるわけではありません。つわりと胎盤の関係については、FAQで詳しく説明します。
胎盤の完成が早い人はいる?2人目は早い?
胎盤は妊娠週数に沿って発達するため、「完成が早い人」を見分ける方法はなく、2人目だから早く完成するという医学的な根拠も確認されていません。胎盤の発達は、受精卵からできる細胞と子宮内膜とのやりとりで段階的に進みます。週数ごとの流れはほぼ共通で、本人が早さを感じ取ることもできません。
一方で、胎盤の大きさや厚み、付着する位置には個人差があります。健診で胎盤について何か指摘されたときは、「完成の早い遅い」ではなく、赤ちゃんの成長や血流などの評価と合わせて説明を受けることが大切です。
2. 胎盤とは|受精卵からできる「赤ちゃん側」の臓器
胎盤は、妊娠中だけ子宮の内側にできる円盤状の臓器で、赤ちゃんとお母さんの間で物質のやりとりをする場所です。読み方は「たいばん」で、英語では placenta(プラセンタ)といいます。胎盤の大部分は受精卵からできた赤ちゃん側の組織で、そこにお母さん側の子宮内膜(脱落膜)の一部が合わさってできています。
胎盤が「赤ちゃん側」の臓器であることは、遺伝の話をするうえでとても重要です。胎盤の細胞は、原則として赤ちゃんと同じ遺伝情報を持っています。この性質が、第7章で説明するNIPTの仕組みにつながります。
胎盤の構造|絨毛と絨毛間腔、血液が混ざらないしくみ
胎盤の中では、赤ちゃん側の血管が通る「絨毛」という細い枝が、お母さんの血液で満たされたすき間(絨毛間腔)に浸かっています。絨毛は木の枝のように細かく枝分かれしており、その表面を通して酸素や栄養、老廃物が受け渡されます。
赤ちゃんの血液は絨毛の血管の中を、お母さんの血液は絨毛の外側を流れているため、両者の血液は薄い膜をはさんで接するだけで、原則として直接混ざり合うことはありません。胎盤の赤ちゃん側の面はなめらかで、へその緒(臍帯)がつながっています。お母さん側の面は、いくつかの区画(胎盤葉)に分かれた、でこぼこした見た目をしています。
💡 用語解説:絨毛(じゅうもう)
絨毛は、受精卵の外側の細胞から伸びる、指のような細かい突起です。中に赤ちゃん側の血管が通り、表面はホルモンをつくる細胞の層に覆われています。絨毛の一部を採取して赤ちゃんの染色体を調べる検査を「絨毛検査」といい、胎盤が受精卵由来であることを利用した検査です。
へその緒(臍帯)とのつながり
胎盤と赤ちゃんは、へその緒(臍帯:さいたい)でつながっています。臍帯の中には、通常2本の動脈と1本の静脈が通っています。2本の臍帯動脈は、赤ちゃんから二酸化炭素や老廃物を含んだ血液を胎盤へ運び、1本の臍帯静脈は、胎盤で酸素と栄養を受け取った血液を赤ちゃんへ戻します。体の中の動脈・静脈とは、流れている血液の性質が逆になっている点が特徴です。
まれに臍帯動脈が1本しかないことがあり、これを単一臍帯動脈といいます。多くは単独で見つかり問題なく経過しますが、ほかの所見と合わせて評価されることがあります。
3. 胎盤の役割・働き
胎盤の主な役割は、①赤ちゃんに酸素と栄養を届けること、②二酸化炭素と老廃物を受け取ること、③妊娠を続けるためのホルモンをつくること、④一部の物質から赤ちゃんを守ることの4つです。お腹の中の赤ちゃんは肺で呼吸せず、腸で栄養を吸収せず、腎臓だけで老廃物を処理することもできません。胎盤は、赤ちゃんの肺に代わるガス交換、消化管からの吸収に代わる栄養供給、そして代謝で生じた老廃物を母体側へ渡す役割を担っています。
酸素と栄養を届け、老廃物を受け取る
胎盤では、お母さんの血液から赤ちゃんの血液へ酸素や栄養が移り、赤ちゃんの血液からお母さんの血液へ二酸化炭素や老廃物が移ります。酸素や二酸化炭素は濃度の差によって膜を通り抜けます。ブドウ糖は専用の運び役(輸送体)によって、アミノ酸はエネルギーを使って積極的に、赤ちゃん側へ運ばれます。
この受け渡しがうまくいかなくなると、赤ちゃんの成長がゆっくりになることがあります。胎盤の血流や構造の問題によって起こる発育の遅れは、胎児発育不全(FGR)の主な原因のひとつとされています[3]。
妊娠を続けるためのホルモンをつくる
胎盤は、妊娠を続けるためのホルモンを大量につくる内分泌器官でもあります。代表的なものは次のとおりです。
hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)は、着床直後から絨毛の細胞が分泌するホルモンで、卵巣の黄体に働きかけて、妊娠初期の妊娠維持に必要なプロゲステロンを出し続けさせます。妊娠検査薬が調べているのもこのhCGです。妊娠が進むと、プロゲステロンやエストロゲンは胎盤自身がつくるようになり、黄体の役割は胎盤へ引き継がれます。
また、hPL(ヒト胎盤性ラクトーゲン)は、お母さんの体を、血糖が少し高めに保たれる状態に変え、赤ちゃんにブドウ糖が届きやすくする働きがあると考えられています。妊娠中に血糖が上がりやすくなる背景にはこうした胎盤ホルモンの影響があり、妊娠糖尿病とも関係します。
「フィルター」は完璧ではない
胎盤には、お母さんの血液中の物質がそのまま赤ちゃんへ流れ込まないようにする働きがありますが、すべてを止めるフィルターではありません。アルコールやたばこの成分(ニコチン、一酸化炭素)、多くの薬は胎盤を通過します。風疹ウイルスやサイトメガロウイルス、トキソプラズマなどの病原体が胎盤を通って赤ちゃんに感染することもあり、こうした感染症はまとめてTORCH症候群と呼ばれます。
反対に、胎盤が積極的に赤ちゃんへ運ぶものもあります。お母さんの抗体のうちIgGは、胎盤の細胞にある受け手(FcRn)によって赤ちゃん側へ運ばれ、その量は妊娠後期に増えていきます[4]。生まれたばかりの赤ちゃんが一部の感染症にかかりにくいのは、この「お母さんからもらった抗体」のおかげです。
4. 胎盤の大きさ・重さ・位置
出産のころの胎盤は、直径15〜20cm前後、厚さ2〜3cm、重さ約500gの円盤状で、重さは赤ちゃんの体重のおよそ6分の1がめやすです。胎盤は妊娠初期には小さく、超音波ではっきり区別しやすくなるのは妊娠10週前後からです。その後は赤ちゃんの成長に合わせて大きくなります。
大きさと重さの目安
📏 出産のころの胎盤の大きさ・重さのめやす
| 項目 | めやす |
|---|---|
| 直径 | 15〜20cm前後 |
| 厚さ | 2〜3cm |
| 重さ | 約500g |
| 赤ちゃんの体重との比 | およそ6分の1 |
※個人差があり、赤ちゃんの大きさや妊娠経過によって変わります。
胎盤の大きさは、超音波では厚みや付着している範囲などから大まかに見ているもので、重さを正確に測れるのは出産後です。健診の数値だけで胎盤の良し悪しが決まるわけではありません。
胎盤の位置|「低い」と言われたら
胎盤は通常、子宮の上のほう(子宮体部)の前の壁、後ろの壁、または底のあたりに付着します。前壁でも後壁でも、どちらも正常な位置です。胎盤が子宮の出口(内子宮口)を覆っていると前置胎盤、覆ってはいないものの、胎盤の端と内子宮口との距離が2cm以内の場合は低置胎盤と呼ばれます[5]。なお、胎盤の位置で赤ちゃんの性別がわかるという話には、医学的な根拠がありません。
妊娠の早い時期に「胎盤の位置が低い」と言われても、その多くは妊娠が進むにつれて解消します。子宮が大きくなると下の部分が引き伸ばされ、胎盤が相対的に子宮口から離れていくためです。日本産婦人科医会の資料では、妊娠15〜24週に前置胎盤と診断されるのは1.1〜3.9%ですが、分娩時の診断では0.14〜1.9%に減ると紹介されています[6]。一方、日本産科婦人科学会は、妊娠32週までに前置胎盤の状態が解消していなければ、それ以降に胎盤が子宮口から離れることは難しいとしています[5]。そのため、位置の最終的な判断は妊娠中期から後期にかけての健診で行われます。
胎盤が大きい・小さいと言われたら
胎盤が小さめ、あるいは大きめと言われた場合は、胎盤そのものより、赤ちゃんの成長や血流、お母さんの体調と合わせて評価することが大切です。胎盤が小さい傾向は、妊娠高血圧症候群や胎児発育不全、赤ちゃんの染色体の変化などで見られることがあります。胎盤への血流が十分でないと胎盤の発達も小さくなり、赤ちゃんの発育にも影響が出ることがあります[3]。
反対に、胎盤が大きく、厚くなる傾向は、胎児水腫、妊娠糖尿病、お母さんの貧血、一部の感染症などで見られることがあります。いずれも、胎盤の大きさだけで何かが決まるわけではなく、ほかの所見とあわせて原因を調べていきます。
5. 胎盤が完成するまで、そして完成後に気をつけたいこと
「胎盤ができる前なら、お酒や薬の影響は赤ちゃんに届かない」というのは誤解です。胎盤が完成する前の妊娠初期こそ、赤ちゃんの体の基本的な器官がつくられる大事な時期にあたります。ここでは、胎盤の完成前後に気をつけたいことを整理します。
「胎盤ができる前なら影響しない」は誤解
妊娠4〜10週ごろは主要な器官が形成される時期にあたり、とくに妊娠4〜7週ごろは心臓や中枢神経、手足などの形成が進み、薬などの影響を受けやすい時期とされています。この時期、胎盤はまだ形を整えている途中ですが、第1章で説明したように、赤ちゃんは子宮内膜や絨毛を介して、お母さんの体の中の物質と接しています。胎盤が完成していないから「守られている」のでも、「何も届かない」のでもありません。
アルコールは胎盤を自由に通過し、妊娠中の飲酒には安全といえる量や時期が確認されていません。影響の詳細は胎児性アルコール症候群の記事で解説しています。喫煙は、赤ちゃんの発育のほか、前置胎盤や常位胎盤早期剥離といった胎盤のトラブルとも関連することが、複数の研究をまとめた解析で報告されています[7]。くわしくは妊娠中のタバコの影響をご覧ください。
一方、妊娠に気づく前に飲んだ薬やお酒をすべて心配する必要があるわけではありません。時期や量、種類によって考え方が変わるため、気になる場合は主治医に具体的な内容を伝えて確認してください。
誤解①「胎盤ができる前なら飲酒しても大丈夫」
妊娠初期は器官がつくられる時期で、影響を受けやすい時期にあたります。妊娠中の飲酒に安全な量や時期は確認されていません。
誤解②「胎盤が完成したら何でも防いでくれる」
アルコール、たばこの成分、多くの薬、一部の病原体は胎盤を通ります。完成後も注意は続きます。
誤解③「胎盤完成にはサインがある」
自分で感じ取れるサインはありません。つわりや体温の変化は、時期が重なっているだけです。
胎盤の働きを守るためにできること
胎盤の働きを守るうえで医学的に確かなのは、たばこをやめること、妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病などの病気を見逃さず管理すること、妊婦健診をきちんと受けることです。特定の食品やサプリメント、マッサージなどで胎盤の血流がよくなる、胎盤が早く完成する、といった話を見かけますが、それを裏づける信頼できる根拠は確認されていません。
妊娠高血圧症候群は、妊娠初期に胎盤の血管がうまく作り変えられないことが根本にあると考えられており、胎盤への血流不足から赤ちゃんの発育に影響することがあります[3]。健診で血圧や尿たんぱくを毎回確認するのはこのためです。また、お母さんの年齢が高いと、妊娠高血圧症候群や胎児発育不全、死産などのリスクが上がることが、複数の研究をまとめた解析で報告されています[8]。年齢そのものを変えることはできませんが、健診で経過を確認していくことに意味があります。
🩺 院長コラム【「まだ胎盤がないから」は通用しない】
胎盤が完成するのは妊娠15〜16週ごろですが、赤ちゃんの体の土台がつくられるのは、それよりずっと前の妊娠4〜7週ごろです。胎盤の完成を区切りにして、それまでは関係ない、それからは大丈夫、と考えるのは、時期の順番が逆になっています。
一方で、妊娠に気づく前の飲酒や服薬を過剰に心配しすぎるのも、よいことではないと考えています。何を、いつ、どれくらい摂ったのかを具体的に整理すれば、医学的に評価できることは少なくありません。漠然とした不安のままにせず、事実に基づいて考えることが大切だと考えています。
6. 知っておきたい胎盤のトラブル
胎盤に関わる代表的なトラブルには、前置胎盤、低置胎盤、常位胎盤早期剥離、癒着胎盤、胎盤機能不全があります。多くは妊婦健診の超音波や血圧測定などで見つかり、早めに対応の準備をすることができます。一方、常位胎盤早期剥離のように急に起こるものもあるため、受診の目安を知っておくことが大切です。
⚠️ 主な胎盤のトラブル
| トラブル | どんな状態か | 主なきっかけ・サイン |
|---|---|---|
| 前置胎盤 | 胎盤が子宮の出口(内子宮口)を覆っている | 健診の超音波で指摘。痛みのない出血 |
| 低置胎盤 | 胎盤の端が内子宮口から2cm以内にある | 健診の超音波で指摘 |
| 常位胎盤早期剥離 | 赤ちゃんが生まれる前に胎盤がはがれる | 持続する腹痛、お腹が硬い、出血、胎動の減少 |
| 癒着胎盤 | 胎盤が子宮の筋肉に入り込み、はがれにくい | 前置胎盤と帝王切開の既往の組み合わせで疑われる |
| 胎盤機能不全 | 胎盤の働きが落ち、赤ちゃんへの供給が不足する | 赤ちゃんの発育の遅れ、羊水の減少など |
※診断や対応は妊娠週数や状態によって異なります。
前置胎盤
前置胎盤は、胎盤が子宮の出口を覆ってしまう状態で、頻度はすべての分娩の1%弱です。分娩は帝王切開が原則となります[5]。赤ちゃんの出口を胎盤がふさいでいるため、経腟分娩では大出血の危険があるからです。
前置胎盤では、お腹の痛みを伴わない出血(警告出血)が妊娠中期以降に起こることがあり、出血によっては入院管理や早めの分娩が必要になります。早産になる可能性もあるため、切迫早産の管理と重なることもあります。帝王切開の既往、子宮の手術歴、出産回数が多いこと、高年妊娠、喫煙、体外受精による妊娠などがリスク因子として挙げられています[9]。
低置胎盤
低置胎盤は、胎盤が子宮口を覆ってはいないものの、胎盤の端と内子宮口との距離が2cm以内にある状態です[5]。第4章で説明したように、妊娠中期に低いと言われても、妊娠が進むにつれて子宮口から離れていくことが多いのが特徴です。
低置胎盤のまま妊娠後期を迎えた場合は、胎盤と子宮口との距離や出血の有無などから、分娩方法が個別に検討されます。前置胎盤と同じように、出血に注意しながら経過を見ていきます。
常位胎盤早期剥離
常位胎盤早期剥離(早剥)は、正常な位置にある胎盤が、赤ちゃんが生まれる前にはがれてしまう状態で、お母さんと赤ちゃんの両方にとって緊急性の高いトラブルです。胎盤がはがれると赤ちゃんへの酸素の供給が途絶え、お母さんにも大量出血や血液が固まりにくくなる状態が起こることがあります。
妊娠高血圧症候群、喫煙、以前の妊娠での早剥、お腹への強い衝撃、前期破水などがリスク因子として知られています[10]。持続するお腹の痛み、お腹が板のように硬くなる、出血、胎動の減少といったサインがあればすぐに受診が必要です。出血が少ない、あるいは外に出ないこともあるため、出血の量だけで判断しないことが大切です。詳しくは常位胎盤早期剥離の記事で解説しています。
癒着胎盤(癒着胎盤スペクトラム)
癒着胎盤は、胎盤が子宮壁に異常に強く付着し、程度によっては絨毛が子宮筋層内やその外側まで侵入するため、出産後に自然にはがれにくい状態です。現在は、付着・侵入の程度による連続した病態として「癒着胎盤スペクトラム(PAS)」と呼ばれています[11]。浅いものから順に、楔入(せつにゅう)胎盤、嵌入(かんにゅう)胎盤、穿通(せんつう)胎盤に分けられ、穿通胎盤では胎盤が子宮の壁を越えて膀胱などに達することもあります。
最大のリスク因子は、前置胎盤と帝王切開の既往の組み合わせです。米国の大規模な研究では、前置胎盤がある場合の癒着胎盤の頻度が、帝王切開の回数が1回目、2回目、3回目、4回目、5回目以上と増えるにつれて、3%、11%、40%、61%、67%と上がることが報告されています[12]。癒着胎盤が疑われる場合は、大量出血に備えた体制のある施設で分娩が計画され、状況によっては子宮を摘出することもあります。
胎盤機能不全
胎盤機能不全は、胎盤の働きが落ちて、赤ちゃんに酸素や栄養が十分に届かなくなった状態を指す言葉です。ひとつの病名というより、さまざまな原因によって起こる状態をまとめた呼び方です。胎盤への血流が不足する妊娠高血圧症候群、胎盤の発達そのものの問題、お母さんの持病のほか、予定日を大きく過ぎた妊娠(過期妊娠)でも起こりやすくなります。
胎盤機能不全は、赤ちゃんの発育が遅れる胎児発育不全の主な原因のひとつです[3]。健診では、赤ちゃんの推定体重の推移、羊水の量、超音波ドップラーによる血流、赤ちゃんの心拍の様子などを組み合わせて、胎盤の働きを間接的に評価します。
こんな症状はすぐ受診を
🚨 受診の目安
出血がある、お腹の痛みが続く、お腹が板のように硬い、胎動がいつもより少ない・感じない、水っぽいものが流れ出る、強い頭痛や目がチカチカするといった症状があるときは、健診の日を待たずにかかりつけの産科へ連絡してください。妊娠中期の出血については妊娠中期の出血の記事も参考になります。
7. 遺伝の視点|NIPTで調べているのは「胎盤のDNA」
胎盤は赤ちゃんと同じ受精卵からできており、NIPT(新型出生前診断)でお母さんの血液から調べているDNAの多くは、胎盤の細胞に由来します。胎盤と赤ちゃんの遺伝情報は原則として同じですが、ときに胎盤だけに染色体の変化があることがあり、これがNIPTの結果を読むうえで重要になります。
胎盤と赤ちゃんは同じ受精卵から
受精卵が分裂して胚盤胞になると、外側の細胞(栄養外胚葉)は主に胎盤に、内側の細胞の塊(内細胞塊)は赤ちゃんの体になります。胎盤の絨毛の表面を覆う栄養膜細胞は栄養外胚葉に由来し、絨毛の芯は胚外中胚葉由来の間質と胎児血管などからできています。
胎盤と赤ちゃんはもともと同じ受精卵に由来するため、通常は同じ受精時の遺伝情報を共有しています。絨毛検査で絨毛を採取して赤ちゃんの染色体を調べられるのは、この性質を利用しているためです。ただし、受精卵が分裂していく途中で一部の細胞に染色体の変化が起こると、胎盤と赤ちゃんで染色体の構成が食い違うことがあります。
NIPTのセルフリーDNAは胎盤から
お母さんの血液の中には、細胞からこぼれ出た短いDNAの断片(セルフリーDNA)が流れており、妊娠中はその一部が胎盤の細胞に由来します。NIPTは、この胎盤由来のDNAを含むセルフリーDNAを解析して、赤ちゃんの染色体の数の変化の可能性を推定する検査です。「胎児由来DNA」と呼ばれることもありますが、実際には主に胎盤の絨毛の細胞から出ているDNAであることがわかっています[13]。
つまりNIPTは、厳密には「胎盤の染色体」を見ている検査です。胎盤と赤ちゃんの染色体が一致していれば、NIPTの結果は赤ちゃんの状態をよく反映します。一致していない場合には、NIPTの結果と赤ちゃんの実際の染色体が食い違うことがあり、これが偽陽性や偽陰性の原因のひとつになります[13]。
限局性胎盤モザイク(CPM)|胎盤だけに染色体の変化がある
赤ちゃんの染色体は正常なのに、胎盤の一部の細胞にだけ染色体の変化がある状態を、限局性胎盤モザイク(CPM)といいます。1983年に絨毛検査の解析から報告された現象で[14]、絨毛検査のおよそ1〜2%で見つかると報告されています[15]。
CPMがあると、NIPTで陽性と出ても、羊水検査で赤ちゃんの染色体を調べると正常だった、ということが起こります。そのため、NIPTで陽性となった場合は、赤ちゃんの細胞を調べる羊水検査などの確定検査で確認することが重要です。また、CPMの種類によっては胎盤の働きに影響し、胎児発育不全との関係が指摘されています。
さらに、もともと3本あった染色体のうち1本が失われて正常な本数に戻る「トリソミーレスキュー」という現象が起きた場合、残った2本がどちらも片方の親から来ていることがあります。これを片親性ダイソミーといい、特定の染色体では症状につながることがあるため、CPMが見つかった場合に検査が検討されることがあります。
父由来・母由来の遺伝子と胎盤の育ち方
胎盤の育ち方には、遺伝子が父親と母親のどちらから受け継がれたかによって働きが変わる「ゲノムインプリンティング(ゲノム刷り込み)」が関わっていると考えられています。多くの遺伝子は両親から受け継いだ2つが同じように働きますが、一部の遺伝子では、父親由来か母親由来かのどちらか一方だけが働きます。
このことを示す代表的な例が、全胞状奇胎です。全胞状奇胎では、染色体がすべて父親由来となっていることが、1977年に日本の研究者によって明らかにされました[16]。父親由来の染色体だけでは赤ちゃんの体はつくられず、胎盤のもとになる絨毛の組織だけが異常に増えます。この観察などから、父親由来の遺伝子は胎盤の発育に、母親由来の遺伝子は赤ちゃんの体の発育に、より強く関わると考えられています。詳しくは胞状奇胎の解説をご覧ください。
🩺 院長コラム【NIPTの結果を「胎盤の情報」として読む】
NIPTは赤ちゃんの染色体を直接調べているのではなく、主に胎盤の細胞から出たDNAを調べています。胎盤と赤ちゃんは同じ受精卵から生まれますが、いつも同じ染色体を持っているとは限りません。この前提を知っているかどうかで、結果の受け止め方は大きく変わります。
陽性という結果が出たときに、それをそのまま赤ちゃんの診断と受け取らず、確定検査で赤ちゃん自身の染色体を確認することが大切だと考えています。臨床遺伝専門医として、検査の仕組みと限界を踏まえて結果を解釈することを重視しています。
胎盤に関するよくある質問(FAQ)
Q1. 胎盤が完成したらつわりは終わりますか?
胎盤の完成がつわりを終わらせるわけではありません。つわりが落ち着く時期と胎盤が完成する時期が重なっているため、関係があるように感じられます。つわりについては、胎盤で多くつくられるGDF15というたんぱく質と、お母さん側のGDF15への感受性の両方が関わることが2024年の研究で報告されています[17]。つわりの時期のめやすはつわりはいつからいつまでで解説しています。
Q2. 胎盤が完成したら安定期?流産しなくなりますか?
胎盤が完成する妊娠15〜16週ごろは、一般に「安定期」と呼ばれる時期と重なります。妊娠初期に比べると流産の頻度は下がりますが、安定期は医学用語ではなく、流産やほかのトラブルが起こらなくなるという意味ではありません。詳しくは妊娠安定期はいつからをご覧ください。
Q3. 高齢妊娠だと胎盤の働きは落ちますか?
お母さんの年齢が高いと、妊娠高血圧症候群や胎児発育不全、死産など、胎盤の働きが関わる合併症のリスクが上がることが報告されています[8]。ただし集団での傾向であり、一人ひとりの胎盤の働きが年齢だけで決まるわけではありません。健診で経過を確認していくことが大切です。
Q4. 前置胎盤は必ず帝王切開になりますか?
前置胎盤の分娩は帝王切開が原則です[5]。胎盤が子宮の出口を覆っているため、経腟分娩では大出血の危険があるためです。胎盤の端が子宮口から2cm以内にある低置胎盤の場合は、距離や出血の状況から分娩方法が個別に検討されます。
Q5. 胎盤の大きさで赤ちゃんの大きさは決まりますか?
胎盤の重さは赤ちゃんの体重のおよそ6分の1がめやすで、ある程度は比例します。ただし、胎盤の大きさだけで赤ちゃんの大きさが決まるわけではありません。胎盤が小さめ・大きめと言われたときは、赤ちゃんの成長や血流などと合わせて評価します。
Q6. お母さんが食べたものの味やにおいは赤ちゃんに伝わりますか?
食べものの風味の成分は羊水に移ることがあり、赤ちゃんはお腹の中で羊水を飲み込んでいます。妊娠後期にニンジンジュースを飲んだお母さんの赤ちゃんが、生後にニンジン風味の食事をよく受け入れたという研究があり[18]、お腹の中で風味を経験している可能性が示されています。
Q7. 前置胎盤だとダウン症の確率は上がりますか?
前置胎盤とダウン症の関係については、前置胎盤でダウン症の確率は上がる?で詳しく解説しています。赤ちゃんの染色体の状態は、胎盤の位置ではなく、NIPTや羊水検査などの検査で調べます。
まとめ
胎盤は、受精卵が着床した妊娠4週ごろから作られはじめ、母体の血液が本格的に流れ込む妊娠10〜12週ごろを経て、妊娠15〜16週ごろに形と働きがそろいます[2]。完成を自分で感じ取れるサインはなく、胎盤ができるまでの赤ちゃんは、子宮内膜の分泌物や卵黄嚢から栄養を受け取っています[1]。胎盤が完成する前でも、アルコールや薬の影響がないわけではありません。
胎盤は酸素と栄養を届け、老廃物を受け取り、妊娠を続けるためのホルモンをつくる臓器です。前置胎盤、常位胎盤早期剥離、癒着胎盤、胎盤機能不全などのトラブルは、妊婦健診と受診の目安を知っておくことで備えることができます。そして胎盤は赤ちゃんと同じ受精卵からできているため、NIPTは主に胎盤のDNAを調べています。胎盤だけに染色体の変化がある限局性胎盤モザイクのように、胎盤と赤ちゃんの染色体が食い違うこともあるため、NIPTの結果は確定検査とあわせて解釈することが大切です。
🏥 NIPT(新型出生前診断)をお考えの方へ
ミネルバクリニックでは、常駐する臨床遺伝専門医が、NIPTの仕組みと限界を踏まえた検査前後の説明を行っています。陽性となった場合の羊水検査などの確定検査まで、一貫した体制で対応しています。赤ちゃんの染色体について正確な情報に基づいて考えたい方は、NIPTの内容をご確認ください。
参考文献
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