目次
常位胎盤早期剥離(じょういたいばんそうきはくり、略して早剥=そうはく)は、赤ちゃんが生まれる前に、正常な位置にある胎盤が子宮の壁からはがれてしまう病気です。出血が外に出ないまま進むことがあり、陣痛やお腹の張りと区別しにくいため、気づくのが遅れることがあります。お腹の痛みや硬さが続く、胎動がいつもより少ない、出血がある、のどれかがあれば、分娩予定の病院へすぐ連絡してください。この記事では、気づきにくい理由、痛む場所と痛み方、なりやすい人、エコーでわかるか、赤ちゃんとお母さんへの影響、次の妊娠と遺伝との関係までを解説します。
Q. 常位胎盤早期剥離は自分で気づけますか?
A. 気づけないまま進むことがあります。出血が子宮の中にたまって外に出ない型があり、初期の症状は切迫早産とよく似ています。「痛みが波にならずに続く」「お腹が板のように硬い」「胎動が減った」は、自己判断せずに分娩予定の病院へ連絡する目安です。
- ➤頻度 → 日本では全分娩の約0.5〜1%
- ➤痛み方 → 陣痛のような波がなく、続く。腰の痛みとして出ることもある
- ➤エコー → 見つからない早剥もあり、エコーが正常でも否定できない
- ➤治療 → 一度はがれた胎盤は戻らず、多くは速やかに赤ちゃんを娩出する
- ➤次の妊娠 → 再発しやすく、前回の経過を次の主治医に伝えることが大切
🚑 いま症状がある方へ
お腹の痛みや硬さが続く、出血がある、胎動が減ったと感じる場合は、この記事を読み進める前に、分娩予定の病院(かかりつけの産科)へ電話してください。夜間や休日でも連絡してかまいません。ミネルバクリニックは分娩を扱っておらず、常位胎盤早期剥離の診察・治療は行っていません。
1. 常位胎盤早期剥離とは?
常位胎盤早期剥離とは、子宮の正常な位置についている胎盤が、赤ちゃんが生まれる前(妊娠中または分娩の途中)に子宮の壁からはがれてしまう病気です。胎盤は、お母さんの血液から酸素と栄養を受け取って赤ちゃんに届ける臓器です。本来は赤ちゃんが生まれたあとに自然にはがれて出てきますが、それより早くはがれると、はがれた部分では酸素の受け渡しができなくなり、同時にはがれた面から出血が起こります。
赤ちゃんにとっては酸素不足、お母さんにとっては出血と、母子の両方に同時に影響が出るのがこの病気の特徴です。胎盤の役割や、胎盤がいつごろ完成するかといった基本は、胎盤の役割やできる時期の解説で詳しく扱っています。
「常位」の意味と前置胎盤との違い
「常位」とは「正常な位置」という意味で、胎盤のつく場所そのものには問題がないことを表しています。胎盤のつく位置に異常があるのは「前置胎盤」で、胎盤が子宮の出口(子宮口)をふさぐようについている状態です。どちらも妊娠中の出血の原因になるため名前が混同されやすいのですが、起こっていることはまったく違います。
前置胎盤は、多くの場合、妊婦健診の超音波検査で前もって胎盤の位置がわかり、帝王切開の時期などを計画できます。これに対して常位胎盤早期剥離は、それまで経過が順調だった方にも突然起こることがあり、あらかじめ予測するのが難しい病気です。
📘 常位胎盤早期剥離と前置胎盤の違い
| 項目 | 常位胎盤早期剥離 | 前置胎盤 |
|---|---|---|
| 胎盤の位置 | 正常(子宮の上の方など) | 子宮口をふさぐ位置 |
| 何が起こるか | 生まれる前に胎盤がはがれる | 子宮口付近から出血しやすい |
| 痛み | 痛みや硬さが続くことが多い | 痛みのない出血が典型的 |
| 事前にわかるか | 予測が難しい | 健診の超音波で多くは事前にわかる |
※典型的な違いを示したもので、例外もあります。
どのくらいの頻度で起こる?何週に多い?
常位胎盤早期剥離の頻度は、日本では全分娩の約0.5〜1%とされています。日本産婦人科医会の研修資料に示されている数字です[1]。100〜200回のお産に1回ほどの計算になり、決してまれな病気ではありません。オランダの全国データでは、単胎妊娠の0.22%と報告されており[2]、診断の基準や集計の方法によって数字には幅があります。
起こる時期は、胎盤がしっかりと働き始める妊娠中期以降で、早産の時期にも、正期産の時期にも、分娩の最中にも起こります。上のオランダの研究でも、早剥は早産期と正期産期の両方で起きていました[2]。「臨月だから大丈夫」「まだ妊娠中期だから関係ない」とは言えず、時期を問わず症状で判断することが大切です。
外出血型と潜伏出血型
早剥には、出血が膣から外に出てくる「外出血型」と、はがれた胎盤と子宮の壁の間に血液がたまって外に出てこない「潜伏出血型(内出血型)」があります。胎盤の端のほうからはがれると、血液は卵膜と子宮の壁のすき間を伝って子宮口から外に出やすくなります。一方、胎盤の中央部からはがれると、血液が胎盤の裏側にたまり、外からは出血が見えません。
潜伏出血型では、見た目の出血が少ない、あるいはまったくないのに、子宮の中では多くの出血が起きていることがあります。「出血がないから早剥ではない」とは言えないのは、このためです。出血の量だけでは重症度を判断できないことは、次の章で説明する「気づきにくさ」の大きな理由になっています。
2. 気づかないことはある?早剥が見逃されやすい理由
常位胎盤早期剥離は、本人が気づかないまま進むことがあります。理由は大きく3つあります。出血が外に出ないことがある、陣痛やお腹の張りと症状が重なる、そして初期の症状が切迫早産とよく似ている、という点です。それぞれ順に見ていきます。
出血がない・少ないまま進むことがある
前の章で触れた潜伏出血型では、血液が子宮の中にとどまるため、膣からの出血がほとんどないことがあります。妊娠中の出血は「異常のサイン」として広く知られているため、反対に「出血がないから様子を見よう」と考えてしまいやすいのです。
また、はがれた範囲が小さいうちは、痛みも軽いことがあります。少しずつはがれていく場合には、軽い腹痛や張りが続くだけで、本人も「いつもの張りより少し強いかな」と感じる程度のこともあります。早剥では、痛みが周期的ではなく持続的であることが特徴とされています[1]。症状の強さではなく、「波があるか、続いているか」に注目してください。
陣痛・前駆陣痛・お腹の張りと紛らわしい
妊娠後期にはお腹の張りが増え、臨月には前駆陣痛も起こります。陣痛は、痛くなったり治まったりを規則的にくり返し、だんだん間隔が短くなっていくのが特徴です。前駆陣痛は、不規則で、時間とともに弱まることが多い痛みです。陣痛の仕組みは前駆陣痛と本陣痛の違いで解説しています。
早剥の痛みは、これらと違って「波がない」「休みがない」ことが多く、お腹全体が硬く張ったまま緩まないことがあります。ただし、陣痛が始まったあとの分娩中に早剥が起こることもあり、その場合は陣痛の痛みに紛れてしまいます。生理的な張りがどういうものかは、妊娠中期のお腹の張りで解説しています。
切迫早産と始まり方がよく似ている
産婦人科診療ガイドラインは、早剥の初期症状は切迫早産と極めて似ているので注意が必要だとしています。そのうえで、性器出血、下腹痛、子宮収縮に、赤ちゃんの心拍の異常なパターンが加わった場合には早剥を疑う、としています[3]。
つまり、お腹の張りや出血といった症状だけでは、医師にとっても切迫早産と早剥を見分けるのが難しいことがあります。病院では、症状に加えて胎児心拍モニタリングで赤ちゃんの状態を確認しながら判断します。早産のリスクがある状態や、その治療については切迫早産の解説をご覧ください。
💡 用語解説:胎児心拍モニタリング(NST・CTG)
お母さんのお腹にセンサーをつけ、赤ちゃんの心拍数と子宮の収縮を同時に記録する検査です。赤ちゃんが元気なときには心拍数が適度に揺れ動き、ときどき上がります。酸素が足りなくなると、子宮の収縮のあとに心拍数が遅れて下がる、揺れが少なくなる、といった変化が出ます。早剥の診断では、この記録の変化がとても重要な手がかりになります。
3. 症状と前兆|どこが痛い?どんな痛み?
早剥の典型的な症状は、突然の腹痛、性器出血、子宮を押したときの痛みです。日本産婦人科医会の資料でも、突然の腹痛(子宮収縮または下腹部痛)、性器出血、子宮の圧痛が挙げられています[1]。ただし、これらがすべてそろうとは限りません。ここでは症状を一つずつ見ていきます。
お腹の痛みと板のような硬さ
痛む場所は、多くは下腹部からお腹全体で、胎盤がはがれた場所に近いところが特に痛むことがあります。痛み方は、陣痛のように強弱をくり返すのではなく、持続するのが特徴です[1]。剥離が広がると、子宮が強く収縮したまま緩まなくなり、お腹を触ると板のように硬く感じられることがあります。
💡 用語解説:板状硬(ばんじょうこう)
子宮が持続的に強く収縮し、お腹が板のようにカチカチに硬くなった状態を指す言葉です。はがれた部分の出血が子宮の筋肉に広がり、子宮が緩まなくなることで起こります。早剥がある程度進んだときにみられる所見で、陣痛のように「張っては緩む」ことがないのが特徴です。
「痛みが少し治まったから大丈夫」とは限りません。痛みの感じ方には個人差があり、はがれた範囲が小さいうちは痛みが軽いこともあります。一度はがれた胎盤は元に戻らないため、痛みが軽くなっても、病院で赤ちゃんの状態を確認してもらうことが必要です。
性器出血
外出血型では、膣から出血がみられます。色は赤いこともあれば、時間がたった黒っぽい血のこともあります。出血の量とお腹の中で起きていることの重さは一致しません。少量の出血でも、痛みや張りを伴う場合は病院への連絡が必要です。妊娠中期の出血の原因は早剥以外にもいくつかあり、妊娠中期の出血で整理しています。
また、臨月の「おしるし」は少量の血の混じったおりもので、通常は痛みが続くことはありません。おしるしかどうか迷う出血に、続く痛みやお腹の硬さが重なっている場合は、早剥を含めて確認が必要です。
胎動が減る・いつもと違う
胎盤がはがれると赤ちゃんに届く酸素が減り、赤ちゃんが動かなくなってくることがあります。胎動が減ったという訴えは、早剥に限らず赤ちゃんの状態の変化を知らせる大切なサインです。
「胎動があるから大丈夫」とは言い切れません。剥離の範囲が小さいうちは、赤ちゃんはまだ動いていることがあります。胎動の有無だけで判断せず、痛みや張りが続くなら連絡してください。胎動がいつもより少ないときの考え方は、胎動が少ないと感じたときで解説しています。
腰痛・気分不良など見逃しやすいサイン
胎盤が子宮の背中側についている場合、痛みがお腹ではなく腰の痛みとして感じられることがあります。妊娠後期は腰痛が出やすい時期なので、ここも見逃されやすい点です。また、子宮の中で出血が多くなると、めまい、冷や汗、気分が悪い、顔色が悪いといった、貧血や血圧低下による症状が出ることもあります。
これらは単独では早剥に特有の症状ではありません。ただ、いつもの腰痛と違って休んでも治まらない、お腹の硬さを伴う、急に気分が悪くなった、というように「いつもと違う」と感じたときは、我慢せずに連絡してください。
すぐ病院に連絡する目安
次のどれか1つでもあれば、分娩予定の病院へ電話してください。受診が必要かどうかは病院が判断しますので、「この程度で連絡してよいのか」と迷う必要はありません。
📞 連絡の目安チェック
・お腹の痛みが波にならず、続いている
・お腹が硬く張ったまま緩まない
・量に関係なく、性器出血がある
・胎動がいつもより明らかに少ない、または感じない
・休んでも治まらない腰の痛みがある
・めまい、冷や汗、強い気分不良がある
・お腹を打った、転んだ、交通事故にあった
お腹の痛みは早剥以外の原因でも起こります。妊娠中期の腹痛の原因や受診の考え方は、妊娠中期の腹痛にまとめています。
病院に連絡してから治療方針が決まるまでの流れは、おおむね次のとおりです。
4. 原因となりやすい人
常位胎盤早期剥離がなぜ起こるのか、はっきりした原因がわからない例が多いのが実情です。一方で、早剥が起こりやすくなる条件(リスク因子)はいくつも知られています。胎盤の血管の傷みやすさにかかわる要因(高血圧、喫煙など)、子宮の中の圧が急に変わる要因(破水、多胎の分娩など)、外からの力(お腹への打撲)に大きく分けられます。
リスク因子の一覧
産婦人科診療ガイドラインには、早剥のリスク因子とその強さが整理されています[3]。主なものを表にまとめます。
⚠️ 常位胎盤早期剥離の主なリスク因子
| リスク因子 | 補足 |
|---|---|
| 早剥の既往 | 最も強いリスク因子の一つ。次の妊娠での再発は第9章で解説 |
| 妊娠高血圧症候群・高血圧 | 胎盤の血管が傷みやすくなる |
| 喫煙 | 本数が多いほどリスクが高くなる |
| 前期破水 | 子宮内の圧が急に変わる |
| 多胎妊娠 | 1人目の分娩後に子宮が急に小さくなることなど |
| お腹への外傷 | 転倒や交通事故。軽い打撲でも起こりうる |
| 母体年齢の上昇 | 年齢が上がるとリスクが増える |
| 子宮筋腫など | 胎盤がつく場所の条件にかかわる |
妊娠高血圧症候群は、もっとも重要なリスク因子の一つです。日本の全国入院データベースを使った研究では、妊娠高血圧症候群で入院した約8万6千人のうち0.63%に、入院後に早剥が起きていました。重症の妊娠高血圧腎症では0.81%と高く、34週未満での入院も早剥と関連していました[4]。オランダの研究でも、高血圧のある妊婦では早剥が0.44%と、ない妊婦の0.16%より多くみられました[2]。病気の詳細は妊娠高血圧症候群の解説をご覧ください。
喫煙については、13の観察研究、約136万件の妊娠をまとめた解析で、喫煙すると早剥のリスクが約1.9倍になると報告されています。吸う本数が多いほどリスクが上がり、高血圧が重なるとさらに高くなっていました[5]。喫煙は自分で変えられるリスク因子です。妊娠中のタバコの影響もあわせてご覧ください。
そのほか、前期破水、双子(多胎)妊娠、子宮筋腫などもリスク因子として挙げられます。お腹への外傷について、ガイドラインは、軽い打撲であっても早剥を起こすことがあり、子宮の収縮がある場合は胎児心拍モニタリングで続けて監視するとしています[3]。転んでお腹を打った、シートベルトで強く圧迫された、といったときは、症状が軽くても病院に連絡してください。
リスク因子がなくても起こる
リスク因子がまったくない妊婦さんにも、早剥は起こります。表の項目はあくまで「起こりやすさ」を上げる条件で、当てはまらないから安心、当てはまるから必ず起こる、というものではありません。
反対に、リスク因子がある方が過度に不安になる必要もありません。たとえば妊娠高血圧症候群で入院した方でも、早剥が起きたのは1%未満でした[4]。大切なのは、誰にでも起こりうる病気として症状を知っておき、いつもと違うと感じたときに迷わず連絡できるようにしておくことです。
5. 診断|エコーでわかる?
早剥の診断は、1つの検査で決まるものではありません。症状、お腹の診察、胎児心拍モニタリング、超音波検査、血液検査の結果を組み合わせて、総合的に判断します。日本産婦人科医会の資料も、自覚症状、他覚所見、画像診断などから総合的に判断することが大切だとしています[1]。
胎児心拍モニタリング
早剥が疑われるとき、まず重要になるのが胎児心拍モニタリングです。赤ちゃんに届く酸素が減ると、心拍数の揺れが乏しくなったり、子宮の収縮のあとに心拍数が遅れて下がったりする変化が現れます。ガイドラインが、出血・下腹痛・子宮収縮に異常な心拍パターンが加わった場合に早剥を疑うとしているのは、この変化が診断の大きな手がかりになるためです[3]。
同時に記録される子宮収縮の波形も参考になります。早剥では、小さな収縮が頻繁に続く、収縮が緩まない、といった特徴的な形がみられることがあります。
エコーで見えない早剥もある
超音波検査(エコー)で早剥がわかることはありますが、見つからない早剥も少なくありません。エコーでは、胎盤の裏にたまった血の塊(胎盤後血腫)や、胎盤が厚く見える所見などが手がかりになります。しかし、日本産婦人科医会の資料は、これらの超音波所見による診断精度は高くないとしています[1]。出血して間もない血液は胎盤と見分けにくいことなどが理由です。
このため、「エコーで異常がない=早剥ではない」とは言えません。症状や心拍モニタリングで早剥が強く疑われる場合には、エコーで血腫が見えなくても、早剥として対応することがあります。
なお、妊娠初期にエコーで見つかる「絨毛膜下血腫」は、胎盤のもとになる組織(絨毛膜)と子宮の壁の間に血液がたまる状態で、早剥とは別の病気です。経過も対応も異なります。詳しくは絨毛膜下血腫の解説をご覧ください。
血液検査(貧血・凝固・DIC)
血液検査では、出血による貧血の程度と、血液の固まる力(凝固機能)を調べます。早剥では、胎盤・脱落膜から組織因子が血中へ放出されることで凝固系が強く活性化し、フィブリノゲンなどの凝固因子や血小板が消費されます。さらに線溶系も亢進し、出血が止まりにくくなることがあります。これをDIC(播種性血管内凝固症候群)といいます。
💡 用語解説:DIC(播種性血管内凝固症候群:はしゅせいけっかんないぎょうこしょうこうぐん)
体のあちこちの細い血管で小さな血の塊ができ、その結果、血液を固める材料(凝固因子や血小板)が使い果たされて、反対に出血が止まりにくくなる状態です。早剥はDICを起こしやすい代表的な病気で、出血が止まらなくなる原因になります。血液を固める材料の一つであるフィブリノゲンは、妊娠中は通常300〜600mg/dLですが、150mg/dL未満になると出血しやすくなるとされています[1]。
日本の産科DICの診断基準では、常位胎盤早期剥離という病気があるだけで点数が加算されます[1]。早剥とわかった時点で、DICが起こりうるものとして備える、という考え方です。
6. 治療|基本は赤ちゃんを早く娩出すること
一度はがれた胎盤は元に戻りません。治療の基本は、赤ちゃんを速やかに娩出(子宮の外へ出すこと)し、お母さんの出血と凝固の異常に対応することです。日本産婦人科医会の資料も、直ちに娩出を考慮した体制を整えること、輸液・輸血・血液製剤を十分に確保して重症化に備えることを挙げています[1]。安静にして胎盤がくっつくのを待つ、という治療はありません。
赤ちゃんが生きているとき
赤ちゃんの心拍に異常が出ている場合や、早剥と診断された場合には、多くは緊急帝王切開で赤ちゃんを娩出します。分娩がすでに進んでいて、すぐに経腟分娩ができる状況であれば、経腟分娩を選ぶこともあります。どちらを選ぶかは、赤ちゃんとお母さんの状態、分娩の進み具合から、その場で判断されます。
早剥では、発症してから娩出までの時間が赤ちゃんの状態に大きく影響します。胎児機能不全がある場合には、娩出までの時間を短くするため、診断と並行して緊急帝王切開などの急速遂娩の準備が進められます。
軽症で早産の時期のとき
はがれた範囲がごく小さいと考えられ、お母さんも赤ちゃんも状態が安定していて、週数がまだ早い場合には、すぐには娩出せず、入院のうえで厳重に観察しながら時期を判断することがあります。赤ちゃんが早く生まれすぎることの影響と、早剥が進むことの危険を比べての判断です。
ただしこれは、母子の状態を連続して監視できる環境で行う管理で、自宅で安静にしていればよいという意味ではありません。観察中に状態が変われば、その時点で娩出に切り替えます。
大量出血とDICへの対応
お母さんの治療では、出血と凝固の異常への対応が中心になります。複数の点滴の確保、輸液、輸血の準備が必要とされ、DICを念頭に置いた管理が行われます[1]。赤ちゃんが子宮の中で亡くなっている場合でも、お母さんの命を守るために、DICへの対応を行いながら娩出を進めます。
出産後に子宮の収縮が悪く出血が続く場合には、子宮を圧迫して縫う方法などで子宮を残すことを目指しますが[1]、出血が止まらない場合には、命を守るために子宮を摘出することもあります。
🩺 院長コラム【「様子を見る」が当てはまらない病気です】
妊娠中の腹痛や張りには安静で軽快するものもありますが、早剥では、はがれた胎盤が元に戻ることはなく、剥離が進行すると胎児の酸素不足や母体の出血・DICが悪化する可能性があります。持続する痛み、子宮の硬さ、性器出血、胎動減少などがある場合は、自宅で様子を見続けず、分娩予定の病院へ連絡する必要があります。
早剥の初期症状を知っておくことは、「続く痛み」「硬いお腹」「性器出血」「胎動減少」などを早期の連絡につなげるために重要です。これらの症状がある場合は、自己判断で経過観察せず、分娩予定の病院へ連絡してください。
7. 助かる?赤ちゃんとお母さんへの影響
早剥の予後は、剥離の範囲、胎児の状態、母体出血やDICの程度、発症時の妊娠週数、娩出までの経過などによって大きく異なります。一方で、母子ともに命にかかわることがある病気でもあります。どちらになるかを分ける大きな要素は、「どのくらいの範囲がはがれたか」と「発症から娩出までにどれだけ時間がかかったか」です。
予後を分けるのは「はがれた範囲」と「時間」
胎盤のごく一部だけがはがれた場合、赤ちゃんは残りの胎盤から酸素を受け取ることができ、影響が小さく済むことがあります。はがれた範囲が広いほど、また娩出までの時間が長いほど、赤ちゃんの酸素不足は深刻になり、お母さんの出血とDICも進みます。
このため、「助かる確率は何%か」を一つの数字で示すことはできません。同じ早剥でも、症状に気づいてすぐ連絡し、早く娩出できた場合と、時間がたってから受診した場合とでは結果が大きく異なります。お母さん自身ができることは、症状に気づいたらすぐ連絡することに尽きます。
赤ちゃんへの影響(死産・脳性麻痺)
早剥で赤ちゃんに起こりうるのは、子宮の中で亡くなる(死産)、生まれたあとに脳に障害が残る、早産で生まれることに伴う問題などです。日本産婦人科医会の資料は、早剥は重症の脳性麻痺に至る病態の中で約3割を占め、最も多い原因だとしています[1]。日本の産科医療補償制度のデータを分析した研究でも、早剥は脳性麻痺と強く関連する要因の一つでした(調整した相対リスク約20.9)[6]。
これは「早剥になった赤ちゃんの3割が脳性麻痺になる」という意味ではなく、「重い脳性麻痺の赤ちゃんの原因をさかのぼると、早剥が最も多い」という意味です。数字の読み方には注意が必要です。脳性麻痺のある子のきょうだいへの影響や、遺伝との関係については、脳性麻痺と遺伝の解説で扱っています。
お母さんへの影響(大量出血・母体死亡)
お母さんにとって最も大きな危険は、大量出血とDICです。出血が多いとショック状態になり、輸血が必要になります。腎臓などの臓器に影響が出ることもあります。日本産婦人科医会の資料によると、産科の大量出血(産科危機的出血)で亡くなった妊産婦の原因のうち、早剥は約11%を占め、2番目に多い原因でした[1]。
現在の日本では、妊産婦が亡くなることはまれです。ただ、その数少ない原因の中に早剥が含まれていることは、早剥が赤ちゃんだけでなくお母さんにとっても重い病気であることを示しています。
8. 予防できる?今できること
常位胎盤早期剥離を確実に防ぐ方法はありません。ただし、リスクを下げることと、起きたときに早く見つけることはできます。
1つ目は禁煙です。喫煙は早剥のリスクを約1.9倍にし、本数が多いほどリスクが上がると報告されています[5]。妊娠がわかった時点でやめることに意味があり、周囲の人の喫煙(受動喫煙)も避けるのが望ましいとされています。
2つ目は、妊婦健診を受け、血圧の管理を続けることです。妊娠高血圧症候群は早剥の重要なリスク因子なので、健診で血圧の上昇やたんぱく尿が見つかった場合は、指示どおりに管理を受けてください。高血圧と喫煙が重なると、早剥のリスクはさらに上がります[5]。
3つ目は、お腹を守ることです。車ではシートベルトを、肩ベルトは胸の間、腰ベルトはお腹のふくらみを避けて腰骨の低い位置に締めます。転倒や事故でお腹を打ったときは、症状がなくても病院に連絡してください[3]。
そして最も大切なのは、症状を知っておくことです。「痛みが続く」「お腹が硬い」「出血」「胎動が減った」を家族とも共有しておくと、いざというときに迷わず連絡できます。なお、特定の食べ物やサプリメント、安静によって早剥を防げるという確かな根拠は、現時点では示されていません。
9. 次の妊娠と遺伝の視点
早剥を経験した方の次の妊娠では、早剥が再び起こるリスクが高くなります。また、母や姉妹に早剥の経験がある場合にもリスクが上がることが報告されています。ここでは、臨床遺伝専門医の立場から、再発と家族歴、そして検査でわかること・わからないことを整理します。
再発率と次の妊娠での管理
オランダで約157万件の妊娠を追跡した研究では、前の妊娠で早剥を経験した方の次の妊娠での早剥は5.8%で、経験のない方の0.06%を大きく上回っていました[2]。100人のうち約6人ということになり、裏を返せば多くの方は次の妊娠では早剥を起こしていない、ということでもあります。この研究では、前回の早剥が正期産の時期でも早産の時期でも、再発のリスクは高くなっていました[2]。
次の妊娠では、前回の早剥の時期や重症度、高血圧の有無などを、最初の健診で主治医に伝えてください。分娩を扱う施設の選び方や、健診での観察のしかたを考えるうえで欠かせない情報です。
母や姉妹が早剥になった場合(家族歴)
早剥は家族の中に集まる傾向があることが報告されています。米国の出生記録を使った研究では、姉妹に早剥の経験がある女性は、そうでない女性に比べて早剥を起こすリスクが約3.8倍でした[7]。研究者は、早産や妊娠高血圧腎症などと同じように、早剥にも遺伝的な要因が一部かかわっている可能性があると考察しています[7]。
ただし、家族内に集まる理由は遺伝だけではなく、喫煙習慣や高血圧になりやすい体質、生活環境など、家族で共有する要素も含まれます。また、早剥には遺伝的要因の関与が示唆されていますが、臨床で早剥の発症を予測できる単一の原因遺伝子は確立していません。家族歴は「主治医に伝えておく情報」と考え、それだけで過度に心配する必要はありません。
血栓性素因の検査は必要?
血液が固まりやすい体質(血栓性素因)と早剥の関係は、以前から研究されてきました。しかし、米国産婦人科学会(ACOG)の指針は、早剥の既往だけを理由に遺伝性の血栓性素因の検査を行うことは推奨しないとしています。大規模な前向き研究で、遺伝性血栓性素因と早剥などの妊娠合併症との関連が支持されなかったことが理由です[8]。
💡 用語解説:血栓性素因(けっせんせいそいん)
血液が血管の中で固まりやすい体質のことです。生まれつきの遺伝子の違いによるもの(遺伝性)と、抗リン脂質抗体症候群のように生まれた後に起こるもの(後天性)があります。代表的な症状は、足の静脈などに血の塊ができる静脈血栓症です。妊娠中は誰でも血液が固まりやすくなるため、血栓性素因のある方は妊娠中の血栓症に注意が必要になります。
一方で、ご本人やご家族に静脈血栓症(深部静脈血栓症や肺塞栓症)を起こした方がいる場合は、早剥とは別に、血栓性素因の評価が検討されることがあります。その場合の遺伝学的な検査の考え方は、血栓性疾患の遺伝子検査で解説しています。検査を受けるかどうかは、血栓症の既往や家族歴をもとに判断されるもので、早剥の再発予防のための検査ではありません。
出生前検査ではわからないこと
NIPT(新型出生前診断)などの出生前検査で、早剥が起こるかどうかを予測することはできません。NIPTは、お母さんの血液に含まれる赤ちゃん由来のDNAを調べ、ダウン症候群などの染色体の数の変化の可能性を評価する検査です。早剥は胎盤と子宮の間で起こる出来事で、赤ちゃんの染色体の病気ではないため、NIPTの対象にはなりません。
NIPTで陰性であっても、常位胎盤早期剥離など、NIPTの検査対象ではない妊娠合併症の発症を否定することはできません。出生前検査でわかることとわからないことは、NIPTが陰性でも起こる死産の解説でも扱っています。NIPTは、赤ちゃんの染色体について知りたいという目的で受ける検査であり、妊娠中の合併症の管理は、これまでどおり妊婦健診で行います。
🩺 院長コラム【家族歴は「伝えておく情報」です】
早剥のように、遺伝と環境の両方が少しずつかかわる病気では、家族歴は「その人が必ずなる」ことを示すものではありません。姉妹に早剥の既往がある場合、早剥のリスク上昇が報告されていますが、家族歴だけで発症の有無を予測することはできません。
家族歴は、妊娠管理を考える際の臨床情報の一つです。早剥の既往や家族歴がある場合は、次の妊娠の早い段階で主治医へ伝え、他のリスク因子とあわせて評価することが重要です。
よくある質問(FAQ)
Q1. 胎動があれば常位胎盤早期剥離ではないと考えてよいですか?
いいえ、胎動があるからといって早剥ではないとは言えません。はがれた範囲が小さいうちは、赤ちゃんがまだ動いていることがあります。お腹の痛みや硬さが続く、出血があるといった症状があれば、胎動の有無にかかわらず分娩予定の病院へ連絡してください。
Q2. 常位胎盤早期剥離で赤ちゃんが助かる確率は?
一つの数字で示すことはできません。はがれた範囲と、発症から娩出までの時間によって結果が大きく変わるためです。早く気づいて早く娩出できれば、母子ともに元気に退院できることも多くあります。症状に気づいたらすぐ連絡することが、結果を左右する最も大きな要素です。
Q3. 常位胎盤早期剥離は妊娠何週に起こりますか?
妊娠中期以降であれば、早産の時期にも正期産の時期にも、分娩の最中にも起こります。日本では全分娩の約0.5〜1%に起こるとされています。「臨月だから」「まだ中期だから」と時期で判断せず、症状で判断してください。
Q4. 陣痛との違いは何ですか?
陣痛は痛みと休みを規則的にくり返し、だんだん間隔が短くなります。早剥の痛みは波がなく続くことが多く、お腹が硬く張ったまま緩まないことがあります。ただし分娩中に早剥が起こることもあり、自分で見分けるのは難しいため、いつもと違う痛みがあれば連絡してください。
Q5. 1人目で常位胎盤早期剥離になりました。2人目でも起こりますか?
次の妊娠では再発のリスクが高くなります。オランダの研究では、前回早剥を経験した方の次の妊娠での早剥は5.8%で、経験のない方の0.06%より大きく上回っていました。一方で多くの方は次の妊娠で早剥を起こしていません。前回の経過を、次の妊娠の最初の健診で主治医に伝えてください。
Q6. 転んでお腹を打ちました。症状がなくても受診したほうがよいですか?
はい、症状がなくても分娩予定の病院へ連絡してください。お腹への外傷は、軽い打撲でも早剥を起こすことがあります。子宮の収縮がある場合は、胎児心拍モニタリングで続けて監視することがガイドラインで示されています。
まとめ
常位胎盤早期剥離は、赤ちゃんが生まれる前に正常な位置の胎盤が子宮からはがれる病気で、日本では全分娩の約0.5〜1%に起こります[1]。出血が外に出ない型があり、初期の症状は切迫早産と似ているため[3]、気づかないまま進むことがあります。エコーで見つからない早剥もあり、診断は症状と胎児心拍モニタリングを中心に総合的に行われます。
一度はがれた胎盤は戻らず、治療の基本は速やかな娩出と、お母さんの出血・DICへの対応です。結果を分けるのは、はがれた範囲と、発症から娩出までの時間です。痛みが続く、お腹が硬い、出血がある、胎動が減った、お腹を打った、のどれかがあれば、分娩予定の病院へ連絡してください。早剥を経験した方や、母・姉妹に早剥のある方は、そのことを次の妊娠の主治医に伝えておくことが大切です。
🧬 赤ちゃんの染色体について知りたい方へ
常位胎盤早期剥離は、NIPTなどの出生前検査では予測できない病気です。妊娠中の合併症の管理は、これまでどおり分娩予定の病院の妊婦健診で行ってください。ミネルバクリニックでは、臨床遺伝専門医が常駐し、NIPT(新型出生前診断)でわかること・わからないことを説明したうえで、赤ちゃんの染色体についての検査を行っています。陽性の場合の確定検査まで院内で対応しています。
参考文献
- [1] 日本産婦人科医会. 研修ノート「(6)常位胎盤早期剝離」. [日本産婦人科医会]
- [2] Ruiter L, Ravelli ACJ, de Graaf IM, et al. Incidence and recurrence rate of placental abruption: a longitudinal linked national cohort study in the Netherlands. Am J Obstet Gynecol. 2015;213(4):573.e1-8. [DOI: 10.1016/j.ajog.2015.06.019]
- [3] 日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会 編. 産婦人科診療ガイドライン産科編2026. CQ310「常位胎盤早期剝離(早剝)の診断・管理は?」 [産婦人科診療ガイドライン産科編2026]
- [4] Naruse K, Shigemi D, Hashiguchi M, et al. Placental abruption in each hypertensive disorders of pregnancy phenotype: a retrospective cohort study using a national inpatient database in Japan. Hypertens Res. 2021;44:232-238. [DOI: 10.1038/s41440-020-00537-6]
- [5] Ananth CV, Smulian JC, Vintzileos AM. Incidence of placental abruption in relation to cigarette smoking and hypertensive disorders during pregnancy: a meta-analysis of observational studies. Obstet Gynecol. 1999;93(4):622-628. [PubMed 10214847]
- [6] Hasegawa J, et al. Relevant Obstetric Factors for Cerebral Palsy: From the Nationwide Obstetric Compensation System in Japan. PLoS One. 2016;11(1):e0148122. [DOI: 10.1371/journal.pone.0148122]
- [7] Plunkett J, Borecki I, Morgan T, Stamilio D, Muglia LJ. Population-based estimate of sibling risk for preterm birth, preterm premature rupture of membranes, placental abruption and pre-eclampsia. BMC Genet. 2008;9:44. [DOI: 10.1186/1471-2156-9-44]
- [8] ACOG Practice Bulletin No. 197: Inherited Thrombophilias in Pregnancy. Obstet Gynecol. 2018;132(1):e18-e34. [PubMed 29939939]





