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化学流産(かがくりゅうざん)とは、妊娠検査薬や血液検査でhCGというホルモンが検出されて妊娠反応が出たあと、超音波検査で胎嚢(たいのう:赤ちゃんを包む袋)が見える前に妊娠が終わることをいいます。医学的には「生化学的妊娠」と呼ばれ、多くは妊娠4〜5週ごろ、生理のような出血で気づきます。原因としては受精卵の染色体の数の異常が考えられていますが、化学流産に限っては分かっていないことも多く、ご本人の行動が原因になることは考えにくいとされています。この記事では、化学流産の症状と兆候、生理との違い、5週で胎嚢が見えないときの考え方、原因と、その後の妊娠について、臨床遺伝専門医の立場から解説します。
Q. 化学流産とは何ですか?治療は必要ですか?
A. 妊娠反応(hCG)は出たものの、超音波で胎嚢が確認される前に終わった妊娠のことです。妊娠4〜5週ごろに起こり、症状は生理のような出血だけのことがほとんどです。原則として治療は不要で、次の生理のあとから妊活を再開できます。ただし、hCGが高いのに子宮の中に胎嚢が見えない場合は、子宮外妊娠を除外するための検査が必要です。
- ➤時期 → 妊娠4〜5週ごろ(生理予定日前後〜少し遅れたころ)
- ➤症状 → 生理のような出血。検査薬の線が薄くなる、基礎体温が下がるなど
- ➤確かめ方 → 血中hCGの推移と経腟超音波の組み合わせで判断
- ➤原因 → 染色体の数の異常が考えられる一方、染色体が正常な胚でも起こる
- ➤回数の扱い → 日本では流産回数に数えないが、欧米の学会は数える方向
1. 化学流産とは|生化学的妊娠と臨床妊娠の違い
化学流産とは、hCGが尿や血液で一時的に検出されたあと、超音波で胎嚢が見える段階に至らずに妊娠が終わり、hCGが陰性に戻る状態です。日本産婦人科医会は、これを生化学的妊娠(biochemical pregnancy)と呼び、「尿中あるいは血液中にhCGが一時的に検出された後で、臨床的妊娠の超音波検査で胎嚢を認める段階には至らず、妊娠が終結してhCGが陰性化する」状況と定義しています[1]。欧州ヒト生殖学会(ESHRE)の用語集でも、超音波で妊娠の場所が確認されないまま終わる妊娠の喪失(biochemical pregnancy loss)として整理されています[2]。
「化学」という言葉がつくのは、妊娠していたことが超音波の画像ではなく、hCGという物質を測る化学的な検査でしか確認できなかったためです。これに対して、超音波で子宮の中に胎嚢が確認された妊娠を臨床的妊娠と呼びます。胎嚢が確認されたあとに妊娠が終わった場合は、一般にいう流産(臨床的流産)にあたります。化学流産とそれ以外の流産の違いは、流産の種類の解説で整理しています。用語としての定義は化学流産(用語解説)にもまとめています。
hCGが出ていたということは、受精卵が子宮内膜にもぐり込む「着床」がいったん始まっていたことを意味します。化学流産は「妊娠していなかった」のではなく、「着床は始まったものの、その先に進まなかった」状態です。
💡 用語解説:hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)
hCGは、着床した受精卵の外側の細胞(のちに胎盤になる部分)がつくるホルモンです。妊娠を維持するために卵巣の黄体を刺激し、黄体ホルモンの分泌を続けさせます。市販の妊娠検査薬は尿中のhCGを、医療機関の血液検査は血中hCGの濃さを数値で調べます。妊娠が順調に進むと、hCGは妊娠初期に急速に増えていきます。詳しくはhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)の解説をご覧ください。
化学流産が起こる時期は妊娠4〜5週ごろ
化学流産が起こるのは、多くが妊娠4〜5週ごろです。妊娠週数は最後の生理が始まった日を0週0日として数えるため、妊娠4週0日は、生理周期が28日の人ではちょうど次の生理予定日にあたります。市販の妊娠検査薬が反応するのもこのころからです。
一方、経腟超音波で子宮の中に卵黄嚢(らんおうのう)を伴う胎嚢が見えるのは、妊娠5〜6週とされています[3]。つまり、化学流産は「検査薬では陽性が出るが、超音波ではまだ何も見えない」という、ごく短い期間の中で起こる出来事です。検査薬を使っていなければ、少し遅れた生理として過ぎていくことも多く、気づかれないまま終わる化学流産も少なくありません。
体外受精などの不妊治療では、移植後の決まった日に血中hCGを測るため、自然妊娠よりも化学流産が見つかりやすくなります。化学流産が以前より多く話題になるのは、起こる頻度が増えたからというより、高感度の妊娠検査薬や不妊治療の普及で「気づく機会」が増えたためと考えられています[1]。
どのくらい起こる?頻度の目安
化学流産は珍しいことではなく、妊娠の成立を毎日の尿で調べた研究では、hCGで確認された妊娠の22%が、臨床的に妊娠と確認される前に終わっていました。これは、妊娠を希望する女性221人が毎日尿を採取し、妊娠198件を追跡した米国の研究の結果です。同じ研究では、着床後に失われた妊娠は臨床的流産も含めて全体の31%でした[4]。
ただし、化学流産の頻度は、どのように妊娠を見つけたか、誰を対象にしたかで大きく変わります。毎日の尿検査で調べれば、検査薬を使わない人では気づかれない化学流産まで数えることになります。一方、体外受精では、移植した胚の数や、新鮮胚か凍結胚かによっても値が変わります。
📊 化学流産の頻度(研究条件による違い)
※数値は対象と方法が異なる研究の結果で、互いに直接比較できません。個人の確率を示すものでもありません。
年代や条件によって数字が違うため、「化学流産は何%」と1つの数字で言い切ることはできません。年齢別の確率などの詳しい話題は化学流産の確率の記事で扱っています。確かなのは、化学流産は健康なカップルの妊娠でもよく起こる出来事だということです。
流産の回数に数える?日本の扱いと海外の扱い
日本では、化学流産(生化学的妊娠)は不育症を判断するときの流産回数に数えないのが原則です。一方、欧州と米国の学会は、化学流産も妊娠の喪失として数える立場をとっています。2026年時点で、国によって扱いが分かれている項目です。
日本の「不育症管理に関する提言2021」は、2回以上の流産・死産の既往がある場合を不育症とし、生化学的妊娠は既往流産回数には数えないと明記しています。ただし、反復生化学的妊娠は不育症に類する状態と考え、十分な説明と同意のもとで、不育症に準じた検査・治療を行ってもよいとしています[7]。
これに対して、ESHREの反復流産(RPL)ガイドラインは、妊娠は血液か尿のhCGで確認されれば足りるとし、化学流産を含む「超音波で確認されなかった妊娠の喪失」も定義に含めています[8]。2022年の改訂でも、反復流産を「2回以上の妊娠の喪失」とする定義は変更されていません[9]。米国生殖医学会(ASRM)も2026年の委員会見解で、hCGで確認された妊娠で足り、超音波や組織の確認は必要ないとし、化学流産を反復流産の回数に含めることを支持しています[10]。
海外の学会が化学流産を数えるようになった根拠のひとつは、原因不明の反復流産の女性を追跡した研究です。超音波で確認されなかった妊娠の喪失が1回増えるごとに、その後に赤ちゃんを出産できる見込み(相対リスク)が0.90となり、臨床的流産1回あたりの0.87とほぼ同じ影響があったと報告されています[11]。
📘 化学流産を流産回数に数えるか(2026年時点)
※ガイドラインは改訂されることがあります。実際の評価は主治医の判断によります。
2. 化学流産の症状と兆候|何で気づく?
化学流産の症状は、多くの場合、生理のような出血だけです。化学流産ではhCGの上昇が早い段階で止まるため、妊娠に伴う体の変化がはっきり現れる前に終わります。レビューでも、化学流産では次の生理の始まりが大きく遅れないことが特徴として挙げられています[5]。そのため、症状だけで「化学流産だった」と判定することはできません。
一方で、妊娠検査薬を早めに使っている人や、不妊治療でhCGを測っている人は、いくつかのきっかけで化学流産に気づくことがあります。ここでは、よく挙げられる兆候を一つずつ、医学的にどこまで言えるかを含めて説明します。
生理のような出血(予定より遅い・少し重いことも)
化学流産でもっとも多い気づき方は、生理予定日ごろか、少し遅れて来る生理のような出血です。hCGが下がると黄体ホルモンの分泌も続かなくなり、厚くなっていた子宮内膜がはがれて出血します。しくみは通常の生理とほぼ同じなので、見た目で区別できないことがほとんどです。
「いつもより量が多い」「いつもより痛い」と感じる人もいますが、出血の量や痛みには個人差があり、通常の生理の範囲に収まることが大半です。「化学流産では激しい痛みや大量の出血が起こる」とは言えません。むしろ、強い腹痛や、ナプキンが1時間もたないほどの出血がある場合は、化学流産の典型的な症状ではなく、ほかの原因を確かめるために受診が必要なサインと考えてください(第4章で詳しく説明します)。
妊娠検査薬の線が薄くなる・陰性になる
一度陽性だった妊娠検査薬の線が、数日後に薄くなったり消えたりすることで、化学流産に気づく人がいます。市販の検査薬は尿中のhCGがある濃さを超えると反応するため、hCGが下がれば線も薄くなり、やがて陰性になります。とくに生理予定日より前に検査する「フライング検査」では、ごく少量のhCGでも反応するため、化学流産に気づく機会が増えます。
ただし、線の濃さは尿の濃さ(水分をとった量や時間帯)や検査薬の種類でも変わります。1回薄く見えただけでhCGが下がっているとは限りません。確かな判断には、医療機関で血中hCGを数値で測り、日を空けて比べることが必要です。陰性になるまでの期間については化学流産はいつまで陽性?で詳しく解説しています。
基礎体温が下がる
基礎体温をつけている人は、高温期が続いたあとに体温が下がることで気づくことがあります。排卵後は黄体ホルモンの作用で体温が上がり、妊娠が続けばhCGが黄体を支えるため高温期が続きます。化学流産でhCGが下がると黄体ホルモンも減り、体温は低温期へ戻ります。
ただし、基礎体温は睡眠時間や測る時刻、体調でも上下します。1日だけ下がったからといって化学流産と決めることはできず、数日続けて測ること、最終的にはhCGの検査で確かめることが大切です。化学流産前後の体温の変化は化学流産したときの基礎体温で解説しています。
塊が出ることがある
化学流産の出血に、レバーのような血の塊や、白っぽい塊が混じることがあります。血の塊は、出血が多いときに子宮の中で血液が固まったものです。白っぽい塊は、はがれた子宮内膜の組織であることが多いと考えられます。
化学流産は胎嚢が見える前の段階で終わるため、赤ちゃんの形をしたものや、はっきりした胎嚢が出てくることは通常ありません。塊が出ても出なくても、化学流産の経過として特別な処置が必要になるわけではありません。白い塊の正体については化学流産で出る白い塊の記事で詳しく扱っています。
腹痛
化学流産に伴う腹痛は、多くが生理痛と同じような下腹部の痛みです。子宮内膜がはがれて外へ出るときに子宮が収縮するためで、痛みの強さは普段の生理痛と大きくは変わらないことがほとんどです。
妊娠初期の下腹部の痛みには、子宮が大きくなることによる引っ張られるような痛み、便秘などの消化器の不調、子宮外妊娠、絨毛膜下血腫などさまざまな原因があります。出血のない下腹部痛については妊娠初期の出血を伴わない下腹部痛の記事で解説しています。片側だけの強い痛みや、だんだん強くなる痛みは、化学流産ではなく子宮外妊娠などを疑って受診する理由になります。
つわりはある?「つわりがなくなって気づく」は本当か
化学流産の多くは、つわりが始まる前の時期に起こります。そのため、「つわりがなくなった」ことで化学流産に気づくケースは多くありません。化学流産はhCGが十分に上がる前に終わるため、つわりのような症状が出る前に経過することがほとんどです。
つわりと妊娠の経過の関係を調べた米国の研究では、妊娠反応が陽性になった797人の女性に日誌をつけてもらったところ、妊娠8週までに57.3%が吐き気を、26.6%が吐き気と嘔吐を経験していました。吐き気や嘔吐があった人は、なかった人に比べて妊娠の喪失が50〜75%少なかったと報告されています[12]。ただし、これは「つわりがある妊娠は続きやすい傾向がある」という関連を示したもので、つわりが妊娠を守っているという因果関係を示したものではありません。
つわりの時期や程度には大きな個人差があり、つわりをほとんど感じないまま順調に経過する妊娠も珍しくありません。つわりがない妊婦さんもいることを知っておくと、つわりの有無だけで一喜一憂せずにすみます。
症状がなく気づかないことも多い
化学流産は、症状がほとんどないまま、生理が少し遅れただけと思って過ぎていくことが多い出来事です。先に紹介した毎日の尿検査の研究で見つかった化学流産の多くも、検査をしていなければ妊娠とは気づかれなかったはずのものでした[4]。
反対に、出血がほとんどないまま生理が遅れ、検査薬の線だけが薄くなっていくという経過もあります。出血がないのに検査薬が陰性に戻った場合や、陽性のまま生理が来ない場合は、血中hCGと超音波で状態を確かめてもらうことをおすすめします。
🩺 院長コラム【症状で「当てよう」としなくていい】
化学流産について調べる方の多くは、「この出血は化学流産なのか」「この痛みは普通なのか」を症状から見分けたいと考えています。けれども、化学流産の出血は生理とほとんど区別できず、症状から確定させる方法はありません。
症状で答えを出そうとするより、「血中hCGの推移と超音波で確かめる」「強い痛みや大量の出血があれば受診する」という2点を押さえておくほうが、医学的にはずっと確かだと考えています。
3. 化学流産と生理の違い
化学流産の出血と通常の生理は、出血そのものではほとんど区別できません。違いは「妊娠反応が一度陽性になった」という経緯と、その後にhCGが陰性に戻ることだけです。どちらも子宮内膜がはがれて起こる出血で、量や色、痛みも似ています。
そのため、「化学流産と生理の違い」を知りたいときに見るべきなのは、出血の見た目よりも、それまでの経過です。次の表は、あくまで一般的な傾向の比較で、個人によって当てはまらないことも多い点に注意してください。
🔎 化学流産と通常の生理の比較(一般的な傾向)
| 項目 | 化学流産 | 通常の生理 |
|---|---|---|
| 出血の時期 | 生理予定日ごろ〜少し遅れて始まることが多い | いつもの周期どおり |
| 妊娠検査薬 | 一度陽性になり、その後薄くなる・陰性になる | 陰性のまま |
| 出血量・痛み | 生理と同程度が多い。少し多い・重いと感じる人もいる | いつもどおり |
| 基礎体温 | 高温期が普段より長く続いたあとに下がる | いつもの長さの高温期のあとに下がる |
| 確定の方法 | 血中hCGの推移と超音波で判断 | 検査は通常不要 |
※出血や痛みの程度から、化学流産か生理かを確定することはできません。
もうひとつ混同されやすいのが、着床出血です。着床出血は、受精卵が子宮内膜にもぐり込む時期に少量の出血がみられるもので、妊娠が続いている場合に起こります。時期が生理予定日の少し前と重なるため、生理や化学流産と区別がつきにくいことがあります。出血の量が少なく短期間で終わる傾向があるといわれますが、見た目だけでの区別は難しく、妊娠の経過はやはりhCGと超音波で確認することになります。着床出血の特徴は着床出血の解説で詳しく説明しています。
4. 化学流産かどうか確かめる方法|5週で胎嚢が見えないとき
化学流産かどうかは、血中hCGの推移と経腟超音波検査を組み合わせて判断します。1回の検査だけで決めることはできず、数日の間隔をあけてhCGを測り直したり、超音波を繰り返したりしながら、妊娠がどこで、どのように進んでいるかを確かめていきます。
血中hCGの推移でわかること
血中hCGは、1回の値よりも「数日でどう変わったか」が重要です。妊娠が順調なら、妊娠初期のhCGは短い間隔で増えていきます。米国産婦人科学会(ACOG)の診療指針は、子宮内の正常な妊娠で48時間後に見込まれる最低限の上昇率を、最初の値が1,500 mIU/mL未満なら49%、1,500〜3,000なら40%、3,000を超えるなら33%と示しています[3]。
化学流産では、hCGが途中で増えなくなり、その後下がって陰性に戻ります。日本産婦人科医会は、血中hCGが1,000〜2,000 IU/Lを超えた段階で子宮の中に胎嚢が確認されるとし、血中hCGが2,000 IU/L以上を示す場合は生化学的妊娠は考えにくいとしています[1]。つまり、化学流産はhCGが比較的低い値のうちに終わる妊娠です。
これらの数値は医師が経過を判断するための目安で、施設や測定法によっても扱いが異なります。検査結果の数値だけを見てご自身で判断するのではなく、主治医の説明を受けてください。
5週で胎嚢が見えない=化学流産とは限らない
妊娠5週ごろに超音波で胎嚢が見えないとき、考えられる状態は大きく3つあります。週数がずれていてまだ見えないだけの場合、化学流産の場合、そして子宮外妊娠の場合です。「胎嚢が見えない=化学流産」と決めてしまうのは危険です。
1つ目は、週数のずれです。妊娠週数は最後の生理から数えるため、排卵が遅れた周期では、実際の妊娠の進み具合が週数の計算より遅れます。その場合、「5週」のはずでもまだ胎嚢が見えないことがあり、数日から1週間後に見えてくることも少なくありません。週数の決め方についてはエコーによる妊娠週数の決まり方で解説しています。
2つ目が化学流産で、hCGが上がらずに下がっていき、陰性に戻ることで判断されます。
3つ目が、見逃してはいけない子宮外妊娠(異所性妊娠)です。受精卵が子宮の外、多くは卵管に着床した状態で、報告された妊娠全体の約2%を占め、妊娠初期に出血や腹痛で救急を受診した女性では最大18%に上ると報告されています[3]。日本産婦人科医会も、hCGが2,000 IU/Lを超えているのに子宮内に胎嚢がなく、胎嚢が出てきたような経過もない場合は、子宮外妊娠を念頭に置いた精査が重要だとしています[1]。ACOGは、この判断に使う目安のhCG値を用いるなら3,500 mIU/mLと高めに設定すべきだとしています[3]。子宮外妊娠の症状や治療については子宮外妊娠の記事をご覧ください。
💡 用語解説:胎嚢(たいのう)と卵黄嚢(らんおうのう)
胎嚢は、子宮の中で赤ちゃん(胎芽)を包む袋で、超音波では黒い丸い影として映ります。妊娠が子宮の中で始まったことを示す最初の目印です。卵黄嚢は胎嚢の中に見える小さな輪のような構造で、胎芽に栄養を送る役割があります。卵黄嚢を伴う胎嚢が見えれば、子宮の中の妊娠であることがより確かになります。
「化学流産かと思ったら継続」はどんなとき?
検査薬の線が薄く見えたり、少量の出血があったりしても、その後に妊娠が順調に続くことはあります。こうした経過は、次のような状況で起こりえます。
ひとつは、hCGの増え方がゆっくりなだけで、妊娠自体は進んでいる場合です。前に紹介したように、hCGの上昇率には幅があり、最初の値が高いほど48時間あたりの上昇率は小さくなります[3]。検査薬の線の濃さは尿の濃さにも左右されるため、「薄くなった」と感じても実際にはhCGが増えていることがあります。
もうひとつは、妊娠初期の出血が化学流産以外の原因で起きている場合です。着床出血や、胎嚢の周りに血液がたまる絨毛膜下血腫などでは、出血があっても妊娠が続くことがあります。絨毛膜下血腫については絨毛膜下血腫の記事で解説しています。
「かと思ったら継続した」という経過がどのくらいの割合で起こるかを示した信頼できるデータは見当たらず、個人の確率として示すことはできません。結局のところ、化学流産なのか妊娠が続いているのかは、血中hCGの推移と超音波で確かめる以外に方法がありません。
すぐに受診すべき症状
化学流産そのものは、原則として急いで治療が必要になる状態ではありません。しかし、妊娠反応が陽性になったあとで次のような症状がある場合は、化学流産ではなく子宮外妊娠などの可能性を考え、すぐに医療機関を受診してください。ACOGは、血圧低下などの循環が不安定な状態や、急激な腹痛(急性腹症)といった子宮外妊娠の破裂を疑う症状があれば、至急の評価と治療が必要だとしています[3]。
⚠️ すぐに受診してほしい症状
・片側の下腹部の強い痛み、だんだん強くなる痛み
・ナプキンが1時間もたないほどの大量の出血
・めまい、ふらつき、冷や汗、気が遠くなる感じ
・肩の痛みを伴う腹痛
・妊娠反応が陽性なのに、hCGが高いまま子宮内に胎嚢が見えないと言われた
夜間や休日でも、これらの症状があれば救急外来を利用してください。
反対に、生理と同じくらいの出血と痛みで、検査薬が陰性に戻っていく経過であれば、化学流産として自然に終わっていくことがほとんどです。それでも、hCGが陰性に戻ったかどうかを確認しておくと、子宮外妊娠を見逃さないための確認になります。
5. 化学流産の原因|染色体の数の異常が考えられる一方、分かっていないことも多い
胎嚢が見えたあとに起こる妊娠初期の流産では、最大の原因は胎児の染色体の数の異常です。化学流産でも同じしくみが関わっていると考えられていますが、染色体が正常な胚でも化学流産は起こり、原因の全体像はまだ分かっていません。「化学流産の原因は染色体異常」と説明されることは多いのですが、現在の研究からは、そこまで言い切ることはできません。
まず、臨床的流産については根拠がはっきりしています。日本の「不育症管理に関する提言2021」は、流産の60〜80%が胎児(胎芽)の染色体の数の異常に起因するとしています[7]。染色体の数の異常とは、本来2本ずつ対になっている染色体が1本多い(トリソミー)、または1本少ない(モノソミー)状態のことで、詳しくは染色体の数の異常(異数性)で解説しています。流産の組織で見つかる数の異常の具体例は、16トリソミーの解説でも取り上げています。
一方、化学流産はごく早い段階で終わるため、組織を調べることがほとんどできません。化学流産の解釈を扱ったレビューは、化学流産で遺伝学的な異常が実際に示されたことはないと指摘しています[13]。体外受精で凍結胚を1つだけ移植した大規模な研究では、着床前検査(PGT-A)で染色体の数が正常と判定された胚でも化学流産は8.8%に起こり、検査をしていない胚の7.5%と差がありませんでした。提供卵を使った場合も4.7〜6.8%で、自分の卵子の場合と大きな差はありませんでした。著者らは、化学流産には胚の染色体構成とも、子宮内膜の遺伝子発現とも関係しないしくみが関わっている可能性があると結論づけています[6]。
💡 用語解説:異数性(いすうせい)とPGT-A
異数性とは、細胞の染色体の本数が46本からずれている状態のことです。1本多いトリソミー、1本少ないモノソミーが代表的です。PGT-A(着床前胚染色体異数性検査)は、体外受精でできた胚の細胞の一部を調べ、染色体の数に過不足がないかを移植前に確認する検査です。PGT-Aで正常と判定された胚でも化学流産が起こるという事実は、化学流産の原因が染色体の数の異常だけでは説明できないことを示しています。
なぜ染色体の数がずれるのか(減数分裂の不分離)
受精卵の染色体の数の異常の多くは、卵子がつくられる過程の「減数分裂」で、染色体がうまく分かれないこと(不分離)から生じます。ヒトの染色体の数の異常についてまとめたレビューも、その大部分が母親側の減数分裂での不分離に由来するとしています[14]。
減数分裂は、46本の染色体を半分の23本にして卵子や精子をつくる特別な細胞分裂です。本来は、対になった染色体が1本ずつきれいに分かれて、それぞれの卵子に入ります。ところが、この分かれ方がうまくいかないと、ある染色体を2本持つ卵子や、1本も持たない卵子ができます。この卵子が受精すると、受精卵はその染色体を3本(トリソミー)、あるいは1本(モノソミー)持つことになります。しくみの詳細は染色体不分離と減数分裂の解説をご覧ください。
同じレビューによると、トリソミーやモノソミーの胚は、ヒトの妊娠の少なくとも10%を占めています[14]。染色体の数の異常を持つ胚の多くは、着床してもその先の発育を続けられず、妊娠のごく初期や初期の流産として終わります。化学流産の一部にも、このしくみが関わっていると考えられていますが、前に述べたとおり、化学流産のすべてをこれで説明することはできません。
年齢との関係
卵子の染色体の数の異常は年齢とともに増えることが確立していますが、化学流産の割合そのものが年齢に比例して増えるかどうかは、はっきりしていません。ヒトの異数性に関するレビューは、生殖年齢の終わりに近い女性では、妊娠における染色体の数の異常の頻度が50%を超えることもあるとしています[14]。加齢でなぜ不分離が増えるのかについては、卵子で異数性が増えるしくみの解説で詳しく説明しています。
ところが、体外受精の治療周期を年齢層別に分析した研究では、化学流産の割合は年齢にかかわらずほぼ一定で、年齢とともに増える臨床的流産とは異なるパターンを示したと報告されています[15]。染色体の数の異常が年齢で増えるのに化学流産の割合が変わらないということは、化学流産に染色体以外の要因が大きく関わっている可能性を示しています。この点は研究によって結果が分かれる部分で、今後の検討が待たれています。
母体側の要因
子宮の形の異常やホルモンの問題など、母体側の要因も化学流産との関係が研究されていますが、化学流産の原因として確立したものはありません。化学流産の解釈を扱ったレビューは、子宮内膜が薄い場合に化学流産が多かったという報告など、母体側の要因を示すデータがあることを紹介しています[13]。
一般に、不育症の原因検索では、子宮の形の異常(子宮奇形)、甲状腺などの内分泌の異常、抗リン脂質抗体などの血液が固まりやすくなる体質、夫婦の染色体の構造異常などが調べられます[7]。ただし、これらは主に「胎嚢が見えたあとの流産をくり返す場合」の原因として検討されてきたもので、1回の化学流産でこれらを調べる必要は通常ありません。子宮の形の異常については子宮奇形の記事で解説しています。
あなたの行動のせいではありません
仕事や運動、性生活、食事、ストレスといった日常の行動が、化学流産の直接の原因になるという根拠はありません。ESHREの反復流産ガイドラインは、ストレスは反復流産と関連するものの、ストレスが妊娠の喪失の直接の原因であるという証拠はないことを、カップルに伝えるべきだとしています[8]。
化学流産が起こるのは、多くの人が妊娠に気づいたか気づかないかという時期です。その前後の数日間の過ごし方を振り返って「あのときの行動がいけなかったのでは」と考える方は少なくありませんが、医学的にはそうした因果関係は示されていません。ストレスと流産の関係についてはストレスと流産の記事でも解説しています。
🩺 院長コラム【「染色体異常が原因」と言い切らない理由】
化学流産の説明では、「原因のほとんどは受精卵の染色体異常だから、あなたのせいではない」と伝えられることがよくあります。後半の「あなたのせいではない」は正しいのですが、前半は、化学流産に限っては証明されていません。染色体の数が正常と確認された胚でも、化学流産は同じくらいの割合で起こっているからです。
臨床遺伝専門医として、分かっていることと分かっていないことを分けてお伝えすることが大切だと考えています。原因が完全には分かっていないことは不安に感じられるかもしれませんが、少なくとも日常の行動が原因だとする根拠はない、という点は変わりません。
6. 化学流産のあと|治療・次の生理・次の妊娠
治療は基本的に不要
化学流産は、原則として手術や薬による治療を必要としません。日本産婦人科医会は、生化学的妊娠をただちに病的な状態と捉えて原因の精査や治療を行う必要性は低いとしています[1]。子宮の中にとどまる組織がほとんどないため、通常の生理と同じように自然に排出されて終わります。
医療機関で行うのは、hCGが陰性に戻ったことの確認と、子宮外妊娠でないことの確認です。hCGが下がりきらない、出血が長く続く、強い痛みがあるといった場合には、追加の検査が行われます。
次の生理と妊活の再開
化学流産のあとは、通常、次の生理が来れば妊活を再開できます。化学流産の出血そのものが生理のようなものなので、その後は多くの人でいつもの周期に戻っていきます。ホルモンの状態が戻るまで、次の生理が少し遅れることもあります。化学流産後の生理のタイミングについては化学流産後の生理予定日で詳しく解説しています。
化学流産が、その後の妊娠のしやすさを大きく損なうという根拠はありません。毎日の尿検査の研究では、臨床的に気づかれない早期の喪失を経験した女性40人のうち95%が、2年以内に臨床的妊娠に至っていました[4]。体外受精でも、化学流産のあとに続けて治療した周期の妊娠成績は悪くなかったとする報告が複数あります[5]。
妊娠を試みるまでに間をあけるべきかについては、早期流産のあと3か月以内に妊娠を試みたカップルのほうが、待った場合より出産に至る割合が高かったという研究があり、早期流産のあとに長い待機期間を置く必要はないと考えられています[16]。流産後の妊娠で知っておきたいことは流産後の妊娠の記事にまとめています。
化学流産を繰り返すとき
化学流産をくり返す場合、日本の提言では「反復生化学的妊娠」を不育症に類する状態と考え、十分な説明と同意のもとで、不育症に準じた検査・治療を行ってもよいとしています。化学流産は健康なカップルでも起こりうるものです[7]。一方で、先に紹介したように、化学流産を含む妊娠の喪失の回数は、その後の見通しと関係するという報告もあります[11]。回数の扱いや、くり返す理由については化学流産を繰り返す理由で詳しく扱っています。
不育症の原因検索の一つに、夫婦それぞれの染色体を調べる検査があります。両親のどちらかが染色体の一部を入れ替えて持つ「均衡型転座」の場合、ご本人は健康でも、受精卵に染色体の過不足が生じやすくなるためです。提言2021はこの検査を推奨される検査に位置づけつつ、強要してはならず、カウンセリングで検査のメリットとデメリットを十分に説明したうえで行うよう求めています[7]。当院で行う夫婦の染色体検査の内容はこちらで紹介しています。
体外受精の場合には、胚の染色体を移植前に調べる着床前診断(PGT-A)が話題になることもあります。ただし、前述のとおりPGT-Aで正常と判定された胚でも化学流産は起こるため[6]、化学流産を防ぐ方法としての効果は示されていません。不育症全体の考え方は不育症とはで解説しています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 化学流産を防ぐ方法はありますか?
現時点で、化学流産を防ぐ方法として確立したものはありません。原因の一部は受精卵の染色体の数の異常と考えられていますが、染色体が正常な胚でも起こることが分かっており、原因の全体像はまだ解明されていません。ストレスや日常の行動が直接の原因になるという根拠もありません。
Q2. 化学流産のあとは妊娠しやすくなりますか?
化学流産のあとに妊娠しやすくなるという根拠はありません。一方で、妊娠しにくくなるわけでもありません。早期の喪失を経験した女性の多くが、その後に臨床的妊娠に至っていることが報告されています。
Q3. 化学流産は男性側に原因がありますか?
化学流産に限って、男性側の要因を示した確かなデータは見当たらず、現時点では分かっていないと考えるのが正確です。化学流産をくり返す場合は、夫婦の染色体検査など、ご夫婦の両方を対象にした原因検索が検討されます。
Q4. 化学流産は着床していないということですか?
いいえ。hCGが検出されたということは、受精卵が子宮内膜に着床し始めていたことを意味します。化学流産は、着床は始まったものの、超音波で胎嚢が見える段階まで進まなかった状態です。
Q5. 化学流産はエコー(超音波検査)でわかりますか?
化学流産は胎嚢が見える前に終わるため、超音波では「子宮の中に胎嚢が見えない」ことしか分かりません。胎嚢が見えない理由には、週数がまだ早いこと、化学流産、子宮外妊娠があるため、血中hCGの推移と組み合わせて判断します。
Q6. 化学流産がつらいとき、どう受け止めればよいですか?
化学流産は医学的にはよくある出来事ですが、妊娠の喪失後には心理的な支援が必要になる場合があります。日本の不育症の提言でも、妊娠の喪失を経験した方への心理的な支援の重要性が示されています。心理的な負担が続く場合は、主治医などの医療者に相談することが選択肢になります。
Q7. ミネルバクリニックで化学流産の検査や治療はできますか?
いいえ、当院では化学流産の診断・治療(妊娠初期のhCG測定や超音波での経過観察)は行っておらず、この件についてのご予約・お問い合わせもお受けしていません。化学流産が疑われる場合は、産婦人科を受診してください。
まとめ
化学流産は、hCGが検出されて妊娠反応が出たあと、超音波で胎嚢が見える前に妊娠が終わる状態で、多くは妊娠4〜5週ごろに生理のような出血として現れます[1]。hCGで確認された妊娠の2割ほどがこの段階で終わるという研究もあり、健康なカップルでもよく起こる出来事です[4]。症状から化学流産と確定することはできず、血中hCGの推移と超音波で判断します。5週で胎嚢が見えないときは、週数のずれや子宮外妊娠の可能性もあるため、自己判断せずに経過を確認してください。
原因としては受精卵の染色体の数の異常が考えられていますが、染色体が正常な胚でも化学流産は起こり、分かっていないことも多く残されています[6]。日常の行動が原因になるという根拠はなく、治療は原則不要で、次の生理のあとから妊活を再開できます。流産回数への数え方は日本と欧米で異なり、日本では反復する場合に、不育症に準じた評価が検討されることがあります[7]。
🏥 化学流産の検査・治療をお考えの方へ
当院では、化学流産の検査・診断・治療を行っておりません。この件についてのご予約・お問い合わせはお受けしておりません。化学流産が疑われる場合は、産婦人科を専門とする医療機関へご相談ください。
この記事は化学流産を正しく知っていただくための解説であり、当院での診療をご案内するものではありません。なお、流産をくり返し、他の診療の過程で具体的な遺伝学的評価が必要と判断された場合に限り、遺伝カウンセリングが関係することがあります。
参考文献
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