目次
化学流産でも、hCG(妊娠すると出るホルモン)が出ている間は黄体が保たれ、基礎体温は高いまま続きます。hCGが減ると黄体ホルモンも減り、体温が下がって、生理のような出血が始まります。化学流産とは、妊娠検査薬で陽性が出たものの、超音波で胎嚢(赤ちゃんを包む袋)が見える前に妊娠が終わった状態のことです。妊活中に基礎体温をつけている方は、「高温期が続いているのに陽性が薄くなってきた」「出血したのに体温が下がらない」といった変化に気づきやすい時期です。ただし、基礎体温のグラフだけで化学流産かどうかを判断することはできません。この記事では、化学流産で基礎体温がどう動くのかをしくみから説明し、稽留流産などの流産の場合、体温が下がらないときに考えること、次の周期の測り方までを臨床遺伝専門医の立場から解説します。
Q. 化学流産すると基礎体温は高いまま?いつ下がる?
A. hCGが出ている間は黄体が保たれるため、高温期が続きます。hCGが減ると黄体ホルモンが減り、体温が下がって出血が始まります。体温が下がるのが出血の前か後か、高温期が何日延びるかには個人差があり、決まった日数はありません。化学流産かどうかは基礎体温ではなく、hCGの推移と超音波で判断します。
- ➤高温期が続く理由 → 着床すると絨毛からhCGが出て、黄体が黄体ホルモンを出し続けるため
- ➤下がる時期 → hCGが減ったあと。出血の前に下がる人も、出血後に下がる人もいる
- ➤稽留流産の場合 → 胎児の心拍が止まっても、しばらく高温が続くことがある
- ➤受診の目安 → 強い腹痛、出血の増加、発熱、陽性が続くとき
1. 化学流産で基礎体温は高いまま?いつ下がる?
化学流産で基礎体温が高いまま続くかどうかは、hCGがどのくらいの期間出ていたかで決まります。hCGが出ている間は高温期が続き、hCGが減れば体温も下がります。化学流産は「一度は着床したけれど、妊娠として続かなかった」状態なので、基礎体温もいったんは妊娠したときと同じ動きをし、そのあと妊娠しなかった周期と同じように下がっていきます。
この動きを理解するには、排卵後の体温を上げている黄体ホルモンと、その黄体ホルモンを出す「黄体」、そして黄体を保つhCGの3つの関係を知っておく必要があります。順に説明します。
高温期が続くしくみ(黄体・黄体ホルモン・hCG)
排卵後に体温が上がるのは、卵巣にできた黄体が黄体ホルモン(プロゲステロン)を出し、その黄体ホルモンが脳の体温調節の中枢に働いて、体温の設定を引き上げるためです。排卵の直後から基礎体温はおよそ0.5〜1°F、摂氏にすると約0.3〜0.6℃上がるとされています[1]。黄体ホルモンは排卵のときに出るのではなく、排卵のあとにできる黄体から出ます。
妊娠しなかった周期では、黄体は一定の期間で役目を終えます。黄体期(排卵から次の生理までの期間)の長さは平均14日で、正常な幅は11〜17日とされています[2]。黄体がしぼむと黄体ホルモンが減り、体温が下がって、子宮内膜がはがれ落ちて生理が来ます。
着床すると、この流れが変わります。受精卵の外側の細胞(のちに胎盤になる絨毛)がhCGを出し、hCGが黄体に「働き続けるように」という信号を送ります。その結果、黄体は予定の時期を過ぎても黄体ホルモンを出し続け、高温期が続きます。妊娠検査薬が反応しているのも、このhCGです。黄体ホルモンを主に作る場所は、妊娠7〜9週ごろに黄体から胎盤へ移っていきます[3]。つまり、妊娠のごく初期の高温期は、hCGに支えられた黄体によって保たれています。
💡 用語解説:hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)
hCGは、受精卵が着床したあと、絨毛(のちに胎盤になる組織)から出るホルモンです。卵巣の黄体を保って黄体ホルモンを出させ続け、妊娠の初期を支えます。市販の妊娠検査薬は尿中のhCGを、医療機関の血液検査は血中のhCGを測っています。hCGの働きや、分子としての特徴はhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)の用語解説で詳しく説明しています。
着床の流れそのものについては着床の解説もあわせて参考にしてください。
体温が下がるのは出血の前?後?
化学流産で体温が下がるのは、出血の前のことも、出血が始まってからのこともあります。しくみの上では、hCGが減って黄体が働きを止め、黄体ホルモンが減ると、体温が下がり、子宮内膜がはがれて出血します。ただ、体温が下がるスピード、出血が始まるタイミング、hCGが陰性になるまでの日数は人によって違い、その順番が逆に見えることもあります。
化学流産で体温が下がる時期を、出血との前後関係まで調べた研究は、確認できた範囲では見つかりませんでした。そのため「出血の何日前に下がる」「出血後何日で下がる」と決まった日数でお伝えすることはできません。出血が始まってからも数日は高めの体温が続き、そのあと下がっていくという経過も、しくみの上ではありえます。
基礎体温は、測る時刻や睡眠の長さ、室温、体調などでも変わります。出血の前後で体温が上下していても、それだけで異常とは言えません。体温の数字だけに注目するより、出血の量や腹痛の有無、妊娠検査薬の反応の変化を合わせて見るほうが、状態をつかみやすくなります。
生理予定日を過ぎても高いままのことがある
化学流産では、生理予定日を過ぎても高温期がしばらく続くことがあります。これは、短い期間でもhCGが出て黄体が保たれていたためです。妊娠しなかった周期であれば、黄体期の終わりに合わせて体温が下がり生理が来ますが、化学流産ではhCGが出ている分だけ黄体の寿命が延び、そのぶん体温が下がる時期と出血が遅れることがあります。
高温期がどのくらい延びるかについて、日数を示した研究は確認できませんでした。hCGの量が少なく、すぐに減ってしまう化学流産では、生理予定日とほとんど同じ時期に体温が下がり出血することもあります。「生理が少し遅れて来た」ようにしか見えず、早めに妊娠検査薬を使わなければ化学流産だったと気づかないことも多いのは、このためです。
反対に、高温が長く続いているのに超音波で子宮の中に胎嚢が見えない場合は、化学流産とは別の状態、特に子宮外妊娠を考える必要があります。これは第4章で説明します。
2. 化学流産したときの基礎体温グラフの特徴
化学流産したときのグラフは、「妊娠しなかった周期より高温期が少し長い」か、「妊娠しなかった周期とほとんど見分けがつかない」ことが多く、グラフだけで化学流産と判断することはできません。ここでは、妊娠しなかった周期、化学流産、妊娠が続いた場合の3つを比べて、基礎体温とhCGの動きの違いを整理します。
妊娠しなかった周期・化学流産・妊娠が続いた場合の比較
3つの経過は、排卵してから高温期に入るところまでは同じです。違いが出るのは、着床してhCGが出るかどうか、そしてhCGが出続けるかどうかです。下の表は模式的な比較で、実際の体温の数値や日数を示したものではありません。
🌡️ 基礎体温とhCGの動きの比較(模式)
| 項目 | 妊娠しなかった周期 | 化学流産 | 妊娠が続いた場合 |
|---|---|---|---|
| 着床とhCG | 着床せずhCGは出ない | 着床してhCGが出るが、短期間で減る | 着床してhCGが増え続ける |
| 高温期 | 黄体期の長さで終わる(平均14日) | やや長くなることも、ほとんど変わらないこともある | 生理予定日を過ぎても続く |
| 体温が下がる時期 | 生理の前後 | hCGが減ったあと。出血の前にも後にもなりうる | 妊娠初期は高めが続く |
| 出血 | 予定日ごろに生理 | 予定日ごろか、やや遅れて生理のような出血 | 通常は生理が来ない |
| 妊娠検査薬 | 陰性 | いったん陽性、その後薄くなり陰性へ | 陽性が続く |
| 超音波 | ― | 胎嚢は確認されない | 時期がくれば子宮内に胎嚢が見える |
※黄体期の長さはASRMの見解[2]による。体温の動きは個人差が大きく、この表は典型的な経過を模式的に示したものです。
表からわかるように、基礎体温の違いは「高温期の長さ」と「下がる時期」にしか表れず、その違いもはっきりしないことがあります。一方で、hCGと超音波の欄でははっきり違いが出ます。化学流産かどうかを見分ける決め手が基礎体温ではなくhCGと超音波にあるのは、このためです。基礎体温グラフの基本的な読み方は基礎体温グラフの見方で詳しく解説しています。
グラフがガタガタになる場合
化学流産の前後に基礎体温のグラフがガタガタになることはありますが、それが化学流産に特有のサインというわけではありません。黄体ホルモンが減っていく途中では体温が日によって上下しやすく、出血中の体調の変化や睡眠の乱れ、測る時刻のずれでも数字は動きます。
「化学流産でホルモンバランスが乱れ、グラフがガタガタになる」と説明されることもありますが、その因果関係を示すデータは確認できませんでした。グラフがガタガタに見えるときは、まず「毎朝同じ時刻に、目覚めてすぐ、同じ体温計で測れているか」を見直してください。測定条件がそろうだけで、グラフの読みやすさはかなり変わります。
そのうえで、化学流産のあとも何周期にもわたってガタガタが続く、高温期がはっきりしない、生理の周期が大きく乱れるといった場合は、排卵がうまく起きていない可能性もあります。その場合は、基礎体温の記録を持って婦人科で相談すると、排卵の有無を確かめる検査につなげやすくなります。
基礎体温だけでは化学流産は判断できない
化学流産かどうかは、基礎体温ではなく、hCG(尿または血液)の推移と超音波検査で判断します。欧州ヒト生殖医学会(ESHRE)の専門家グループは、化学流産(生化学的妊娠の喪失)を「血液または尿のhCGだけで妊娠と診断され、連続して測ったhCGが陰性まで下がったもの」と定義しています[4]。日本でも、尿や血液でhCGが一時的に検出されたあと、超音波で胎嚢が見える段階に至らずに妊娠が終わり、hCGが陰性になった状態と説明されています[5]。
定義の中に「基礎体温」は入っていません。これは、基礎体温の信頼性に限界があるためです。基礎体温図から推定した排卵日がLHピークの前後1日以内と一致したのは22.1%にとどまったとする報告があり[6]、基礎体温だけで排卵日を正確に特定することには限界があります。排卵日を当てることさえ難しい指標で、化学流産かどうかを見分けることはできません。
陽性が出たあとに妊娠が続いているかどうかは、妊娠検査薬の線が濃くなっていくか、医療機関での血中hCGの推移、そして時期がきたときの超音波で確認します。陽性の反応がいつまで続くのか、いつ陰性になるのかについては化学流産はいつまで陽性が続くかで詳しく説明しています。
💡 用語解説:胎嚢(たいのう)
胎嚢は、子宮の中にできる、赤ちゃんを包む袋のことです。経腟超音波では、多くの場合妊娠5週ごろから見えてきます。妊娠が子宮の中で始まったことを確かめる最初の目印になるため、陽性が出たあとの最初の診察で確認されます。化学流産は、この胎嚢が見える前に妊娠が終わった状態を指します。
🩺 院長コラム【基礎体温は「結果を後から確かめる記録」】
基礎体温は、黄体ホルモンが出ていたかどうかを後から振り返るのには向いていますが、今この瞬間に何が起きているかを判定する道具ではありません。1日の体温の上下で結論を出そうとすると、どうしても不安が大きくなります。
陽性が出たあとは、判断の軸を体温からhCGと超音波へ移すことが大切だと考えています。基礎体温は、次の周期に排卵が戻っているかを確かめる記録として続けていただくのがよいと思います。
3. 流産(稽留流産・不全流産)と基礎体温
流産すると基礎体温はすぐ下がる、とは限りません。特に胎嚢が確認されたあとの流産では、体温の動きと妊娠の状態がずれることがあります。早期流産は、臨床的に確認された妊娠の約10%に起こり、流産全体の約80%は妊娠初期(妊娠12週未満)に起こるとされています[7]。ここでは、化学流産より少し後の時期に起こる流産と基礎体温の関係を説明します。流産の分類そのものは流産の種類(稽留流産・不全流産など)で整理しています。
流産すると基礎体温はすぐ下がる?
流産しても、基礎体温がすぐに下がるとは限りません。体温が下がるのは、黄体ホルモンが減ったときです。妊娠のごく初期は、hCGに支えられた黄体が黄体ホルモンを出しています。妊娠が止まっても、hCGがすぐに消えるわけではなく、少しずつ減っていきます。そのため、黄体ホルモンが減って体温が下がるまでには時間差が生じることがあります。
さらに、妊娠7〜9週ごろからは黄体ホルモンの主な作り手が胎盤に移っていきます[3]。この時期の流産では、胎盤になる組織がどのくらい残っているかによっても、黄体ホルモンの量は変わります。体温の変化だけから「流産した」「していない」を読み取ることはできず、流産の診断は超音波で行います。米国産科婦人科学会(ACOG)は、頭殿長(赤ちゃんの頭からお尻までの長さ)が5.3mm以上で心拍が見えない場合や、胎児のいない胎嚢の平均径が21mm以上の場合などを、流産と診断する目安として示しています[7]。
稽留流産で基礎体温が下がらないことがある理由
稽留流産では、胎児の心拍が止まっていても、しばらく基礎体温が高いまま続くことがあります。稽留流産とは、子宮の中で妊娠が止まっているものの、出血や腹痛がまだなく、組織が子宮の中にとどまっている状態です。絨毛の組織が残っている間はhCGや黄体ホルモンがある程度出続けるため、しくみの上では体温が下がらないことがありえます。
「稽留流産の基礎体温はいつ下がるか」を直接調べた研究は、確認できた範囲では見つかりませんでした。そのため、下がる時期を日数でお示しすることはできません。手術や自然排出で組織が子宮の外に出て、hCGが減ってから体温が下がっていく、という大きな流れが目安になります。
ここで大切なのは、「体温が高いままだから、赤ちゃんは元気なはず」とも、「体温が下がったから流産した」とも言えないことです。稽留流産は症状が乏しいため、多くは妊婦健診の超音波で見つかります。基礎体温は、妊娠が順調かどうかを見分ける手段にはなりません。
妊娠5〜6週で基礎体温が下がったら流産?
妊娠5〜6週に基礎体温が下がっても、それだけで流産とは言えません。妊娠が順調でも、測り方や睡眠、体調によって体温が一時的に下がることはあります。反対に、流産していても体温が高めのまま続くこともあるのは、前の節で説明したとおりです。
判断の目安になるのは、体温よりも、出血や腹痛があるかどうか、そして妊娠の経過を診ている医療機関での超音波の所見です。すでに胎嚢や心拍が確認されている場合は、次の健診で経過を確かめることになります。強い腹痛や出血が増えるときは、健診を待たずに受診してください。
陽性が出たあとに体温が下がったものの妊娠が続いていたケースについては、陽性後に基礎体温が下がったケースで詳しく扱っています。
4. 化学流産・流産のあと、基礎体温が下がらないときに考えること
化学流産や流産のあとに高温が長く続く場合は、hCGがまだ出ている可能性を考えます。多くはhCGが自然に減っていく途中ですが、まれに子宮外妊娠、子宮の中に組織が残っている状態(不全流産)、胞状奇胎などが隠れていることがあります。基礎体温が高いこと自体は病気のサインではありませんが、「陽性なのに胎嚢が見えない」「出血のあとも陽性が続く」ときは、医療機関で確認が必要です。
子宮外妊娠(異所性妊娠)
妊娠検査薬が陽性で高温期も続いているのに、超音波で子宮の中に胎嚢が見えない場合は、子宮外妊娠の可能性を考えます。子宮外妊娠とは、受精卵が子宮の中ではなく、卵管などに着床した状態です。着床した場所から絨毛がhCGを出すため、黄体は保たれ、体温も高いまま続きます。
妊娠の場所がまだわからない状態は「妊娠部位不明」と呼ばれ、血液のhCGを約48時間あけて2回測り、その変化で経過を見ます。英国国立医療技術評価機構(NICE)の指針では、48時間で63%を超えて増えていれば子宮の中の妊娠である可能性が高いものの子宮外妊娠は否定できないとし、50%を超えて減っていれば妊娠が続く可能性は低いものの確定ではないとしています[8]。ACOGも、子宮の中の妊娠が確実に確認できない場合は、治療の前にhCGと超音波を繰り返して子宮外妊娠を除外する必要があるとしています[7]。
NICEが挙げている子宮外妊娠の症状には、腹痛や骨盤の痛み、生理の遅れ、腟からの出血のほか、肩の先の痛み、めまいや失神があります[8]。化学流産だと思っていた出血が、実は子宮外妊娠によるものだったということもあるため、痛みを伴うときは自己判断をしないでください。症状や治療については子宮外妊娠の解説で詳しく説明しています。
不全流産・胞状奇胎
流産のあとも出血が長引く、妊娠検査薬の陽性が続く場合は、子宮の中に組織が残っている不全流産や、まれに胞状奇胎の可能性があります。不全流産では、残った絨毛がhCGを出し続けるため、陽性が続いたり、出血がだらだらと続いたりします。自然に出てくるのを待つか、薬や手術で取り除くかは、出血の量や組織の大きさ、ご本人の希望を踏まえて決めます。自然に出るのを待つ選択の考え方は流産の自然排出で解説しています。
胞状奇胎は、絨毛が異常に増える病気で、絨毛性疾患のひとつです。英国王立産婦人科医協会(RCOG)の指針によると、絨毛性疾患は英国で出生714件に1件の頻度で、アジア系の女性では387件に1件と報告されています[9]。多くは不正出血と妊娠検査の陽性、超音波の所見から見つかります。RCOGは、流産の3週間後に尿の妊娠検査を行って絨毛性疾患が残っていないかを確かめること、流産で得られた組織に胎児の部分が確認できない場合は病理検査を行うことを推奨しています[9]。胞状奇胎がなぜ起こるのかという遺伝学的なしくみは、胞状奇胎の用語解説で扱っています。
💡 用語解説:胞状奇胎(ほうじょうきたい)
胞状奇胎は、胎盤になるはずの絨毛が水ぶくれのように増える病気です。受精のときの染色体の組み合わせの異常が原因で、父親由来の染色体だけで構成される「全胞状奇胎」と、染色体が3セットある「部分胞状奇胎」があります。hCGが高い値で出続けるため、治療後もhCGが正常に戻るまで経過を見ます。頻度は高くありませんが、流産のあとも陽性が続くときに確認される病気のひとつです。
すぐ受診したほうがよい症状
基礎体温の数字だけで受診を急ぐ必要はありませんが、次のような症状があるときは早めに医療機関を受診してください。NICEは、流産のあとに出血が増える、痛みが出てくる、発熱があるといった場合には、すぐに診察を受けるよう案内することを求めています[8]。
⚠️ 受診の目安
・強い腹痛、片側だけの下腹部痛、肩の先の痛みがある
・めまいや、気が遠くなる感じがある
・出血が増える、大きな血のかたまりが続けて出る
・38℃前後の発熱や、においの強いおりものがある
・流産から3週間たっても妊娠検査薬が陽性のまま
・陽性なのに、超音波で子宮の中に胎嚢が確認されていない
化学流産の多くは、生理と同じような出血とともに自然に終わり、特別な治療を必要としません。ただし、上の症状があるときや、陽性が長引くときは受診が必要です。「出血が終わったあとに妊娠検査薬で陰性を確かめる」ことも、見落としを防ぐ一つの方法です。
5. 化学流産のあとの基礎体温:次の周期はどうなる?
化学流産のあとは、多くの場合、次の周期から排卵が戻ると考えられますが、その時期には個人差があります。化学流産に限って次の排卵の時期を調べたデータは、確認できた範囲では見つかりませんでした。ここでは、臨床的な流産のあとに関するデータを参考に説明します。
基礎体温はいつから測り直す?
出血が始まった日を次の周期の1日目と考え、出血が落ち着いたころから基礎体温を測り直せば十分です。化学流産の出血は生理と同じように扱うことが多く、この日から次の周期の記録を始めると、あとから振り返りやすくなります。
測り直したグラフで確かめたいのは、「低温期のあとに、はっきりした高温期が来ているか」です。高温期がきちんと現れていれば、その周期に排卵があったと推測できます。出血中や直後は体温が落ち着かないこともあるため、最初の数日の数字にこだわる必要はありません。記録を続けることで、次の周期が普段どおりに戻ってきたかを自分で確かめる材料になります。
次の生理と排卵の目安
流産のあとは、最初の生理より先に排卵が起こることがあります。自然流産のあとの女性18人を調べた研究では、全員が最初の生理の前に排卵しており、流産から排卵までの日数は平均29日、範囲は13〜103日でした[10]。この研究は臨床的な流産を対象にしたもので、化学流産にそのまま当てはめることはできませんが、「次の排卵の時期は人によってかなり違う」ことを示しています。
化学流産は、臨床的な流産に比べてhCGの量が少なく、出ている期間も短いため、体が元の周期に戻るまでの時間は短いと考えられます。ただし、これを直接確かめたデータはありません。「化学流産後の最初の生理は必ず無排卵」とも、「必ず排卵する」とも言えないので、次の周期の高温期の有無で確かめるのが現実的です。化学流産のあとの生理がいつ来るかについては、化学流産後の生理予定日で詳しく解説しています。
次の妊娠はいつから?
早期流産のあと、次の妊娠を先延ばしにすることを支持する質の高いデータはないとされています。ACOGは、早期流産のあとに次の流産を防ぐ目的で妊娠を遅らせることを支持する質の高いデータはないとしています[7]。米国の研究では、妊娠20週未満の流産を経験した女性1,083人のうち、流産後3か月以内に妊娠を試みた人の出生率は53%で、3か月以上待った人の36%を上回っていました[11]。
ただし、これは「早く試みたほうがよい」と一律に勧めるものではありません。体と気持ちの準備ができたタイミングで考えてよい、という意味で受け止めてください。子宮外妊娠や胞状奇胎だった場合は、治療やhCGの経過観察が終わるまで待つ必要があるため、担当の医師の指示に従ってください。流産のあとの妊娠で気をつけたいことは、流産後の妊娠でまとめています。
6. 化学流産の原因は?基礎体温を整えれば防げる?
化学流産では胚の染色体異常が原因の一つと考えられていますが、化学流産だけに限った原因別の割合は明らかではありません。基礎体温を「安定させる」ことで化学流産を防げるという根拠はありません。ACOGは、臨床的に確認された早期流産の約50%は胎児の染色体異常によるものとしています[7]。日本の「不育症管理に関する提言2021」でも、生化学的妊娠の原因として受精卵の染色体異常が示唆される一方、研究結果は一様ではないと整理されています[13]。
染色体の数の異常とは、本来2本ずつあるはずの染色体が1本多い(トリソミー)、1本少ない(モノソミー)といった変化のことです。卵子や精子ができる減数分裂の過程で染色体がうまく分かれないことで生じ、その多くは偶然に起こります。染色体の数の異常をもつ胚の多くは、発生の早い段階で育たなくなり、妊娠が終わります。これは、両親のどちらかに原因があるというより、受精のたびに一定の確率で起こる現象です。詳しいしくみは染色体の数の異常で解説しています。
化学流産そのものは、とても頻度の高いできごとです。日本産婦人科医会の資料では、何の異常もない若く健康なカップルでも30〜40%に起こる現象と説明されています[5]。また、非常に感度の高いhCG測定で妊娠の始まりから追跡した米国の研究では、着床後の妊娠の31%が失われ、22%は臨床的に妊娠と分かる前に終わっていました[12]。この研究では、妊娠と気づく前の流産を経験した女性の95%が、その後2年以内に臨床的な妊娠に至っていました[12]。化学流産を経験したことが、そのまま「妊娠しにくい」ことを意味するわけではありません。
基礎体温を安定させる方法として、生活習慣の見直しや漢方薬、排卵誘発剤などが紹介されることがあります。睡眠や食事を整えることは体調管理として大切ですが、それによって基礎体温のグラフが整い、化学流産が防げるという根拠は確認できません。また、黄体の働きが足りない「黄体機能不全」についても、米国生殖医学会(ASRM)は、妊娠しやすい女性とそうでない女性を区別できる信頼できる検査はなく、自然周期での黄体ホルモン補充が妊娠率を上げるという根拠もないとしています[2]。基礎体温のグラフだけで黄体機能不全を決めることはできません。
🩺 院長コラム【化学流産は「自分のせい」ではない】
化学流産について、日常生活上の行動や基礎体温の管理不足が原因だったと判断できる医学的根拠はありません。臨床的に確認された早期流産では、胚・胎児の染色体異常が主要な原因の一つであり、化学流産についても受精卵の染色体異常の関与が示唆されています。
化学流産は、異常のない若く健康なカップルにも一定の頻度で起こります。一方、3回以上反復する生化学的妊娠については、日本の「不育症管理に関する提言2021」で不育症に準じた原因検索を検討する考え方が示されています。回数と経過を記録しておくことは、その後の医学的評価の材料になります。
化学流産を繰り返すときの考え方は、次のFAQと化学流産を繰り返す理由で詳しく説明しています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 化学流産したのに基礎体温が下がらないのは異常ですか?
すぐに異常とは言えません。hCGが少しずつ減っていく間は黄体ホルモンも出続けるため、出血が始まってからもしばらく高めの体温が続くことがあります。ただし、強い腹痛や出血の増加がある、陽性が長く続く、超音波で子宮の中に胎嚢が確認されていないといった場合は、子宮外妊娠などを確かめるために受診してください。
Q2. 基礎体温が1日だけ下がったら流産ですか?
1日だけの低下で流産と判断することはできません。基礎体温は、測る時刻や睡眠、体調によって日ごとに変わります。流産かどうかは、hCGの推移と超音波で判断します。出血や腹痛がなければ、測り方をそろえて数日の変化を見てください。
Q3. 化学流産のあとの最初の生理は、排卵していますか?
排卵していることも、していないこともあり、個人差があります。化学流産に限ったデータはありませんが、臨床的な流産のあとの研究では、最初の生理より前に排卵していた例が報告されています。次の周期に高温期がはっきり現れるかどうかを基礎体温で確かめるのが目安になります。
Q4. 化学流産のあと、基礎体温はいつから測り直せばよいですか?
出血が始まった日を次の周期の1日目と考え、出血が落ち着いたころから測り直せば十分です。出血中や直後は体温が安定しないこともあるので、最初の数日の数字にこだわる必要はありません。次の周期に低温期と高温期の二相がはっきりしているかを確認してください。
Q5. 化学流産を繰り返すときは、検査を受けたほうがよいですか?
Q6. 化学流産や流産の診断・経過観察は、どこで受けますか?
化学流産や流産の診断、経過観察は、妊娠の経過を診ている産婦人科で行うのが基本です。この記事は、化学流産と基礎体温の関係を知っていただくための解説です。化学流産や流産を繰り返し、ご夫婦の染色体など遺伝学的な評価が必要と判断された場合には、遺伝カウンセリングが関係することがあります。
まとめ
化学流産では、着床した胚の絨毛から出るhCGが黄体を保つため、hCGが出ている間は基礎体温が高いまま続きます。hCGが減ると黄体ホルモンが減り、体温が下がって、生理のような出血が始まります。体温が下がるのが出血の前か後か、高温期が何日延びるかには個人差があり、決まった日数はありません。
化学流産かどうかは、基礎体温ではなくhCGの推移と超音波で判断します[4]。稽留流産では、胎児の心拍が止まっていても体温が高いまま続くことがあり、反対に妊娠が順調でも体温が下がることがあります。陽性なのに胎嚢が見えない、流産のあとも陽性が続く、強い腹痛や出血の増加があるといった場合は、子宮外妊娠や不全流産、胞状奇胎などを確かめるために受診してください[8][9]。化学流産では胚の染色体異常が原因の一つと考えられていますが、基礎体温を整えることで予防できるという根拠はありません。
🏥 化学流産・流産の診断や経過観察をお考えの方へ
化学流産や流産の診断・経過観察は、妊娠の経過を診ている産婦人科で行います。
出血や腹痛、陽性が続くなど気になる症状がある場合は、かかりつけの産婦人科を受診してください。
この記事は化学流産と基礎体温の関係を正しく知っていただくための解説であり、当院での診療をご案内するものではありません。なお、流産を繰り返すなどして具体的な遺伝学的評価が必要と判断された場合に限り、遺伝カウンセリングが関係することがあります。
参考文献
- [1] Physiology, Ovulation And Basal Body Temperature. StatPearls. NCBI Bookshelf. 2023. [NCBI Bookshelf NBK546686]
- [2] Practice Committees of the American Society for Reproductive Medicine and the Society for Reproductive Endocrinology and Infertility. Diagnosis and treatment of luteal phase deficiency: a committee opinion. Fertil Steril. 2021;115(6):1416-1423. doi:10.1016/j.fertnstert.2021.02.010. [PubMed 33827766]
- [3] Csapo AI, Pulkkinen MO, Ruttner B, Sauvage JP, Wiest WG. The significance of the human corpus luteum in pregnancy maintenance. I. Preliminary studies. Am J Obstet Gynecol. 1972;112(8):1061-1067. doi:10.1016/0002-9378(72)90181-0. [PubMed 5017636]
- [4] Terminology for pregnancy loss prior to viability: a consensus statement from the ESHRE early pregnancy special interest group. Hum Reprod. 2015;30(3):495-498. [doi:10.1093/humrep/deu299]
- [5] 日本産婦人科医会. 生化学的妊娠(Biochemical pregnancy)の扱い方. [日本産婦人科医会]
- [6] Bauman JE. Basal body temperature: unreliable method of ovulation detection. Fertil Steril. 1981;36(6):729-733. doi:10.1016/S0015-0282(16)45916-9. [PubMed 7308516]
- [7] ACOG Practice Bulletin No. 200: Early Pregnancy Loss. Obstet Gynecol. 2018;132(5):e197-e207. [PubMed 30157093]
- [8] National Institute for Health and Care Excellence. Ectopic pregnancy and miscarriage: diagnosis and initial management (NG126). 2019(2023年更新). [NICE NG126]
- [9] Management of Gestational Trophoblastic Disease: Green-top Guideline No. 38. BJOG. 2021;128(3):e1-e27. [doi:10.1111/1471-0528.16266]
- [10] Donnet ML, Howie PW, Marnie M, Cooper W, Lewis M. Return of ovarian function following spontaneous abortion. Clin Endocrinol (Oxf). 1990;33(1):13-20. doi:10.1111/j.1365-2265.1990.tb00460.x. [PubMed 2401092]
- [11] Schliep KC, Mitchell EM, Mumford SL, et al. Trying to Conceive After an Early Pregnancy Loss: An Assessment on How Long Couples Should Wait. Obstet Gynecol. 2016;127(2):204-212. doi:10.1097/AOG.0000000000001159. [PubMed 26942344]
- [12] Incidence of early loss of pregnancy. N Engl J Med. 1988;319(4):189-194. [PubMed 3393170]
- [13] 「不育症管理に関する提言」改訂委員会. 不育症管理に関する提言2021. 2021. [PDF]
- [14] ESHRE guideline: recurrent pregnancy loss: an update in 2022. Hum Reprod Open. 2023;2023(1):hoad002. [PubMed 36873081]





