目次
- 1 1. 発達性およびてんかん性脳症85型(DEE85)とは ─ まず結論から
- 2 2. 原因遺伝子SMC1Aとコヒーシン ─ 染色体を束ねる「リング」の部品
- 3 3. なぜ女の子ばかりなのか ─ X染色体と「細胞のモザイク」
- 4 4. 変異のタイプが病気を決める ─ 「壊れ方」の違い
- 5 5. コルネリア・デ・ランゲ症候群との違い ─ コヒーシン病の仲間たち
- 6 6. 症状 ─ てんかん・発達の遅れ・脳の正中線の異常
- 7 7. 診断の進め方 ─ 遺伝子を読んで確かめます
- 8 8. 治療と最新の研究 ─ 対症療法から、原因に迫る研究へ
- 9 9. 遺伝カウンセリング・再発率・日本の支援
- 10 10. よくある誤解
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
- 13 関連記事
発達性およびてんかん性脳症85型(DEE85)は、世界でもまだ報告例の限られた超希少なてんかん性脳症です。原因となるSMC1A遺伝子は、染色体を束ねる「コヒーシン」という装置の中心部品で、この同じ遺伝子はよく知られたコルネリア・デ・ランゲ症候群の原因でもあります。つまりDEE85を理解することは、「同じ遺伝子でも、変化のしかたが違うと別の病気になる」という遺伝医学の大切な考え方そのものを理解することにつながります。この記事では、乳児期から始まる難治性のてんかんと重い発達の遅れを主な特徴とし、一部で脳梁の菲薄化や全前脳胞症などの脳の正中線の異常を伴うこの病気を、報告例のほとんどが女の子であるという不思議な性差とあわせて、遺伝専門医がやさしく解説します。
🧬 発達性およびてんかん性脳症85型(DEE85)の基本情報
各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。
1. 発達性およびてんかん性脳症85型(DEE85)とは ─ まず結論から
DEE85は、SMC1A遺伝子の変化によって起こる、X染色体に関係した重い神経の病気です。生まれて最初の1年のうちに治りにくいてんかんが始まり、重い発達の遅れとことばの獲得の乏しさを伴い、一部のお子さんでは脳の中央の構造に生まれつきの異常が見られます。報告されている患者さんはほぼ全員が女の子です。
この病気は、公的な遺伝病データベースOMIMに#301044として登録されています[1]。「発達性およびてんかん性脳症(Developmental and Epileptic Encephalopathy)」というのは、てんかんそのものと、その背景にある脳の働きの異常の両方が、赤ちゃんの発達を妨げるタイプの病気の総称です。DEE85はそのうち85番目に整理されたタイプで、原因遺伝子ごとに番号が振られています。病名の後半にある「正中線脳欠損を伴う、または伴わない」という言葉は、脳の左右を分ける真ん中の構造に異常が出る人と、出ない人の両方がいる、という意味です。
大切なのは、DEE85がまったく新しく発見された病気というより、「よく知られた病気の裏の顔」として見つかってきた、という点です。SMC1Aは、以前からコルネリア・デ・ランゲ症候群という別の病気の原因遺伝子として知られていました。ところが、遺伝子をすみずみまで読む検査が広まったことで、成長の障害や手足の奇形といった典型的な特徴がなく、代わりに治りにくいてんかんを中心とする、まったく別の顔があることが分かってきたのです[2]。
「発達性およびてんかん性脳症」は、原因となる遺伝子ごとに1型・2型…と番号が付けられており、現在では100を超えるタイプが知られています。DEE85は、そのうちSMC1Aが原因のタイプにあたります。世界的にもまだ報告例が限られる超希少な病気で、正確な患者数は分かっていませんが、遺伝子を広く読む検査が普及したことで、国際的な共同研究によって少しずつ症例が集められ、その全体像が明らかになりつつあります[2]。
お子さんがこの診断を受けたご家族にとって、この記事でまず知っていただきたいのは、DEE85が親から受け継いだ病気ではないことがほとんどだという点です。多くは、赤ちゃんが作られるときに新しく生じた変化(新生突然変異)が原因で、ご両親のどちらかが同じ変化を持っていて伝えた、というケースはまれです。この意味については、後半の遺伝カウンセリングのセクションであらためて詳しく説明します。
2. 原因遺伝子SMC1Aとコヒーシン ─ 染色体を束ねる「リング」の部品
SMC1Aは、細胞のなかで染色体をきちんと管理するための「コヒーシン」という装置の中心部品を作る遺伝子です。この部品が正しく働かないと、細胞分裂だけでなく、脳を作るときの遺伝子のスイッチの入り方まで乱れてしまいます。
SMC1AはX染色体の短い腕(Xp11.22)にあり、その設計図から作られるタンパク質は、SMC3という相棒とV字型のペアを組みます[3]。そこにRAD21というタンパク質が橋をかけると、DNAを内側に通せる大きなリング(輪)が完成します。このリング状の装置が「コヒーシン」です。もともとは、細胞が分裂するときに、コピーしたばかりの姉妹どうしの染色体をひとまとめに束ねておく役割で知られていました。
ところがコヒーシンには、もう一つ大切な仕事があります。それは、遠く離れたDNAの部分どうしを引き寄せて「ループ(輪っか)」を作り、遺伝子のスイッチ(プロモーター)と、そのスイッチを押す調節部分(エンハンサー)を近づけることです。この仕組みはループ押し出しと呼ばれています。脳の神経細胞は、どの遺伝子をいつ、どれだけ働かせるかを、このループの作り方によって細かく調整しています。ですからSMC1Aがうまく働かないと、細胞分裂の問題にとどまらず、脳の発達に必要なたくさんの遺伝子のスイッチが同時に乱れてしまうのです。
💡 用語解説:コヒーシンと「コヒーシン病」
コヒーシンは、染色体を束ねたり、DNAをループ状にまとめたりするリング状の装置です。この装置を作る部品(SMC1A・SMC3・RAD21など)や、その働きを助けるタンパク質の遺伝子に生まれつきの変化があると、まとめてコヒーシン病と呼ばれます。コルネリア・デ・ランゲ症候群やロバーツ症候群などが仲間で、DEE85もそのひとつです。同じ「装置の故障」でも、どの部品が、どのように壊れるかで、現れる病気は大きく変わります。
SMC1Aには、もう一つ見逃せない役割があります。それは、DNAが傷ついたときの修復を助け、ゲノム全体の安定を保つことです。細胞がDNAの二本鎖切断を受けると、SMC1Aはリン酸化されて修復の現場に集まり、染色体が壊れやすくなる「脆弱部位」があらわれるのを抑えます[3]。つまりSMC1Aは、①姉妹染色体を束ねる、②DNAをループにして遺伝子の働きを調整する、③傷ついたDNAの修復を支える、という三つの仕事を同時に担っているのです。脳のように、たくさんの神経細胞が分裂し、膨大な数の遺伝子を精密に働かせる必要がある臓器では、このどれが乱れても大きな影響が出ます。DEE85で脳の症状が前面に出るのは、こうした背景があるからだと考えられます。
ご家族にとってこの話が持つ意味は、「DEE85は脳だけの病気というより、細胞の根っこの部分にある共通の仕組みのトラブルなのだ」という視点が持てることです。だからこそ、てんかんという一つの症状だけを見るのではなく、発達全体を長い目で支えていく、という考え方が大切になります。
3. なぜ女の子ばかりなのか ─ X染色体と「細胞のモザイク」
DEE85の報告例がほぼ全員女の子であることには、いくつかの要因が考えられています。SMC1Aの機能喪失型変異は女性で圧倒的に多く報告されており、男性では重い機能喪失型変異が胎生致死となる可能性が考えられています。一方、女性ではX染色体を2本持つことに加え、SMC1AがX染色体不活化を部分的に免れるという特殊な発現様式をとるため、変異アレルと正常アレルの発現量のバランスが病態に関わると考えられています。
DEE85でみられるSMC1Aの変化は、多くがタンパク質の機能を大きく損なう機能喪失型です[4]。こうした重い機能喪失型変異は女性で圧倒的に多く報告されており、男性では胎生致死となる可能性が考えられています。ただし、男性例やモザイク例も報告されているため、男性では絶対に発症しないという意味ではありません。
では、なぜ女の子でも症状が重いのでしょうか。ここで登場するのがX染色体の不活化です。女の子の細胞では、2本あるX染色体のうち片方が、細胞ごとにランダムに「お休み」の状態になります。ところがSMC1Aは、このお休みから部分的に逃れて、休んでいるはずのX染色体からも約3割ほど働き続けるという特別な性質を持っています[4]。
図:X染色体不活化がつくる「細胞のモザイク」
正常なSMC1Aが働く神経細胞
ふつうに機能する
変異SMC1Aの神経細胞
うまく機能しない
2種類の細胞がまだら(モザイク)に混ざり、神経ネットワークに影響する可能性(細胞間干渉も仮説として提唱)
この結果、脳のなかには「正常なSMC1Aを使う神経細胞」と「変異したSMC1Aを使う神経細胞」がまだら模様(モザイク)に混ざり合った状態が生まれます。このような細胞ごとのSMC1A発現量の違いが神経ネットワークに影響する可能性があり、PCDH19関連てんかんで提唱されている「細胞間干渉(cellular interference)」に似た機序も仮説として議論されています。ただし、SMC1A-DEEにおいて細胞間干渉が主要な発症機序であることが確立しているわけではありません。X染色体不活化の偏りが表現型の違いに関与する可能性も報告されていますが、SMC1AはX染色体不活化を部分的に免れる遺伝子であり、さらに血液で観察されるX染色体不活化のパターンが脳でも同じとは限りません。そのため、X染色体不活化の偏りだけで症状の重さを予測することはできません。
実際、報告されている患者さんのなかにも、X染色体の使われ方が大きく偏っている例と、偏りのない例の両方が見られます。こうした発現量の違いが症状の幅に関わる可能性は議論されていますが、血液で調べたX染色体不活化のパターンが脳でも同じとは限らないため、偏りだけで重さを見通せるわけではありません。ごくまれに、体の一部の細胞にだけ変異を持つモザイクの男の子や、比較的症状の軽い例外的な報告もあり、「X染色体が2本あるかどうか」という単純な線引きだけでは説明しきれない複雑さがあります。だからこそ、遺伝子の変化が分かったあとも、実際の発達や発作の様子を一人ひとり丁寧に見ていくことが欠かせません。
ご家族にとってこの仕組みが意味するのは、同じSMC1Aの変化でも、お子さんによって症状の重さに幅が出る背景の一つとして、こうした発現量の違いが関与している可能性があるということです。SMC1Aの発現のあり方やその他の要因は一人ひとり異なるため、教科書どおりに一律ではありません。だからこそ、目の前のお子さんの状態を丁寧に見ていくことが何より大切になります。
4. 変異のタイプが病気を決める ─ 「壊れ方」の違い
同じSMC1A遺伝子でも、変化の「タイプ」によって、DEE85になるか、コルネリア・デ・ランゲ症候群になるかが分かれます。ざっくり言えば、部品を「途中で作れなくする」変化はDEE85、部品を作れるけれど「形がゆがんで邪魔をする」変化はコルネリア・デ・ランゲ症候群に傾きます。ただし、これは絶対的な区別ではありません。SMC1A-DEEでも一部にミスセンス変異やin-frame変異が報告されており、変異の位置やコヒーシン複合体への影響によっては、切断型でなくてもDEEの表現型を示すことがあります。
図:SMC1Aの変化のタイプと、たどりつく病気
切断型(ナンセンス・フレームシフト・スプライス)が多い
タンパク質が途中で作れない(機能喪失/LoF)
→ DEE85に関連(てんかん中心)
ミスセンス・in-frame変異が多い
形のゆがんだ部品が装置の邪魔をする
→ CdLS2に関連
DEE85で多いのは、ナンセンス変異やフレームシフト変異、スプライス部位の変異といった、タンパク質を途中で切断してしまうタイプです[5]。こうした変化の多くでは、異常な終止コドンの位置によって、異常な設計図(mRNA)が細胞の品質管理機構であるNMDの標的になります。ただし、変異の位置によってはNMDを免れる場合もあります。
💡 用語解説:ナンセンス変異依存mRNA分解(NMD)
タンパク質の設計図(mRNA)に「途中で終わり」の合図が誤ってできてしまうと、細胞はその不良品を見つけて壊します。これがナンセンス変異依存mRNA分解(NMD)という仕組みです。SMC1A-DEEの病態機序は完全には解明されていません。NMDによる変異転写産物の減少にともなうSMC1A発現量の低下に加え、X染色体不活化からのescapeによる発現量の違いや、変異によっては異常タンパク質がコヒーシン機能を妨げる可能性など、複数の機序が議論されています。
一方、コルネリア・デ・ランゲ症候群で多いのは、アミノ酸が1つだけ入れ替わるミスセンス変異や短い欠失です。この場合は形のゆがんだ部品が実際に作られ、それがコヒーシンという装置全体の働きを部分的に邪魔します。近年の網羅的な遺伝子発現の解析でも、変異のタイプ(切断型か、アミノ酸の入れ替わりか)によって遺伝子発現のパターンが明瞭に異なることが示され、切断型のほうが多くの遺伝子で発現が大きく変わることが報告されています[6]。DEE85が単なる「重症のコルネリア・デ・ランゲ症候群」ではなく、独立した病気だと分子のレベルで裏づけられたわけです。
なお、DEE85でSMC1Aが「足りない」ことが、なぜこれほど重い症状につながるのかについては、専門家のあいだでも議論があります。前のセクションで見たように、SMC1AはX染色体の不活化を部分的に免れるため、単純に量が半分になるだけのハプロ不全では説明しにくいと考えられています。むしろ、SMC1A-DEEの病態は単純なハプロ不全だけでは説明しにくく、細胞ごとのSMC1A発現量のばらつきに加えて、変異の位置や種類によってはNMDを免れた転写産物から変異SMC1Aタンパク質が産生され、コヒーシン複合体の機能に影響する可能性など、複数の機序が議論されています[4]。この違いは、細かい話に見えて、将来どのような治療が効きうるかを考えるうえでも大切な意味を持ちます。
ご家族が検査結果の説明を受けるとき、この「変異のタイプ」はとても重要な情報になります。同じSMC1Aの変化と言われても、どのタイプの変化なのかによって、想定される病気の見通しが変わるからです。結果の紙に書かれた変異の記号(例:p.○○*、c.○○del など)の意味を、遺伝の専門家と一緒に確認しておくことをおすすめします。
5. コルネリア・デ・ランゲ症候群との違い ─ コヒーシン病の仲間たち
DEE85とコルネリア・デ・ランゲ症候群は、同じSMC1Aが原因でも、見た目も経過も大きく異なります。前者はてんかんが主役、後者では成長障害や特徴的な顔貌などCdLSの特徴が前景に立ちますが、SMC1A関連CdLS(CdLS2)は典型的なCdLSより軽症であることが多いと知られています。SMC1Aによるコルネリア・デ・ランゲ症候群は、正確にはコルネリア・デ・ランゲ症候群2型(CdLS2)と呼ばれます。
この2つの臨床像が大きく異なる背景には、前のセクションで見た「変化のタイプ」が強く関係しています。DEE85では切断型の機能喪失変異が多く、CdLS2ではミスセンス変異やin-frame変異が多い傾向があり、それぞれで遺伝子発現への影響も異なることが示されています。ただし両者は完全に二分できるものではなく、遺伝型と表現型には一部重なりがあります。遺伝型と症状の関係を整理した総説でも、この2つは連続したスペクトラムの両端として位置づけられています[5]。
🔍 コヒーシン病の仲間:CdLS1型/CdLS4型(RAD21)/CdLS5型/ロバーツ症候群/ワルシャワ破壊症候群
この区別は、学術的な分類にとどまらず、実際のケアにも関わります。コルネリア・デ・ランゲ症候群では成長や心臓・消化管などの合併症の管理が中心になることが多いのに対し、DEE85では、まずてんかんのコントロールと発達の支援が最初の課題になります。同じ「SMC1Aの病気」でも、力を注ぐポイントが変わってくるのです。診断名が正確に定まることは、これから何に備えればよいかという見通しを立てる出発点になります。
コヒーシンという同じ装置に関わる病気は、ほかにもたくさんあります。相棒であるSMC3や、リングの橋渡し役のRAD21、装置を染色体に載せるNIPBLなどの変化も、それぞれ別のコヒーシン病を起こします。DEE85を「コヒーシン病の一員」として捉えると、ご家族が今後さまざまな情報に触れるときに、位置づけが分かりやすくなります。
6. 症状 ─ てんかん・発達の遅れ・脳の正中線の異常
DEE85でいちばん目立つのは、生後1年以内に始まる治りにくいてんかんです。これに重い発達の遅れが加わり、一部のお子さんでは脳の中央部分に生まれつきの構造の異常が見られます。
てんかんの特徴として、ほぼ全員が生後数週間から数か月のうちに発作を起こします[2]。ときに1日に何十回から何百回もの発作がかたまって(クラスター状に)起き、数日続いたあとにいったん落ち着く、という周期的なパターンをとることが多いのが特徴です。発作の型は一つではなく、体の一部から始まる発作、ミオクロニー発作、全身が硬くなってがくがくする発作、そしててんかん性スパズム(点頭てんかん様の発作)など、多彩に現れます。発作がひどくなった後に、それまでできていた運動やことばが後戻りしてしまう(退行)ことも報告されています。
図:周期的にくり返す「クラスター発作」
発作がかたまる
(数日)
落ち着く時期
(寛解)
また発作が
かたまる
発作がかたまって起きることがあるため、発作時の対応や受診の目安を主治医と相談しておくことが大切です
発達と行動の特徴としては、発達の遅れが非常に重く、運動とことばの両方に大きな影響が出ます。体の中心の筋肉の緊張が低かったり、逆に手足がつっぱったりすることが多く、多くのお子さんが自分で歩くことがむずかしいか、大幅に遅れます。ことばの獲得はほとんど見られないことが多く、手をもむような繰り返しの動きや、視線が合いにくいといった自閉症に似た行動が見られることもあります。こうした特徴がレット症候群とよく似ているため、複数の報告で「レット症候群に似た病像」と指摘されています[2]。
ことばでの意思疎通がむずかしいお子さんでも、表情や視線、身ぶり、そして絵カードや視線入力といった道具(補助代替コミュニケーション)を使って、気持ちを伝え合う手立てを少しずつ増やしていくことができます。運動の面でも、座る・立つといった動作を支える装具やリハビリテーションが、日々の暮らしやすさを大きく左右します。「できないこと」に目を向けるより、「どうすれば伝えられるか・動きやすくなるか」を工夫していく視点が、支援の土台になります。
脳の正中線の異常は、病名にも入っている特徴です。DEE85のおよそ15〜20%のお子さんで、脳の発生の初期に、左右の脳がうまく分かれない、あるいは真ん中の構造が十分に作られない、といった変化がMRIで見つかります[1]。左右の脳の分離が不完全になる全前脳胞症の形をとることや、左右の脳をつなぐ脳梁が薄い・欠けているといった所見が、比較的よく見られます。これらは、SMC1Aが脳の初期の形づくりにも関わっていることの表れです。
脳波(EEG)の検査では、複数の場所から出る焦点性の異常や、高い振幅の乱れた波(点頭てんかんで見られるヒプスアリスミアに近い所見)など、時期によってさまざまなパターンが記録されます。発作がとくに激しくなる乳児期を過ぎると、頻度が少しずつ落ち着いてくるお子さんもいますが、その後も発達の遅れそのものは続きます。てんかんと発達以外にも、側弯(背骨の曲がり)、睡眠のリズムの乱れ、便秘、体の成長のゆっくりさなど、全身のさまざまな面でのサポートが必要になることがあります。こうした一つひとつの困りごとに、小児神経・リハビリテーション・栄養などの専門職がチームで関わっていくことが、お子さんとご家族の毎日の生活を支える柱になります。
ご家族にとって知っておいていただきたいのは、これらの症状の重さには一人ひとり幅があるということです。すべての特徴がそろうお子さんもいれば、一部だけのお子さんもいます。診断名だけで将来がすべて決まるわけではなく、目の前のお子さんの発作の様子や発達を、チームで丁寧に見ていくことが支援の出発点になります。
7. 診断の進め方 ─ 遺伝子を読んで確かめます
DEE85は、症状だけを見て診断を確定することがむずかしい病気です。てんかんや発達の遅れは、たくさんの別の病気でも起こるからです。そのため、遺伝子を読んでSMC1Aの変化を見つけることが診断の決め手になります。
図:診断までの流れ
STEP 1 臨床像の把握 … 乳児期からのクラスター発作・発達の遅れ・脳MRIの所見を確認
STEP 2 遺伝学的検査 … 全エクソーム/全ゲノム解析、またはてんかん遺伝子パネルでSMC1Aを調べる
STEP 3 確定と解釈 … 見つかった変化のタイプ(切断型か等)と病像を合わせて評価
具体的な検査としては、遺伝子の働く部分をまとめて読む全エクソーム解析(WES)や、より広く読む全ゲノム解析(WGS)が、現在の診断の中心です。てんかんに関わる遺伝子をまとめて調べる遺伝子パネルも用いられます。ご希望や状況に応じて、まずクリニカルエクソーム検査から進める方法もあります。SMC1Aはコルネリア・デ・ランゲ症候群の検査項目にも含まれており、当院のコルネリア・デ・ランゲ症候群NGSパネルでも調べることができます。
生まれたあとの確定診断は、お子さんの血液から取り出したDNAを調べる遺伝学的検査で行います。SMC1Aの変化は体のすべての細胞に共通して存在するため、血液で確実に見つけることができます。病変の一部にしか変化がないタイプの病気とは違い、DEE85では血液検査が診断の基本になる、という点は安心材料のひとつです。
妊娠中の検査について、大切な注意点があります。NIPT(新型出生前診断)の基本検査は、染色体の「数」の変化を調べる検査であり、SMC1Aのような小さな遺伝子の点変異は、そのままでは検出の対象になりません[1]。ですので、DEE85を出生前に見つけることは一般には困難です。ご家族にすでにSMC1Aの変化が分かっている特別な場合には、妊娠してから絨毛検査・羊水検査でその変化を狙って調べる、という方法が検討されることがあります。
診断の場面では、症状の似た他の病気との区別も大切になります。X染色体に関係し発達の退行を起こすMECP2によるレット症候群、早期から難治性のてんかんを起こすCDKL5欠損症、女児で発熱をきっかけにクラスター発作を起こすPCDH19関連症候群、新生児期に発症する大田原症候群などが、鑑別すべき代表的な病気です。これらは遺伝学的検査によって明確に区別できます。発達性てんかん性脳症(DEE)の全体像のなかで位置づけを確認しておくと、理解が深まります。
遺伝子検査では、お子さんだけでなくご両親も一緒に調べるトリオ解析が役立ちます。ご両親に同じ変化がなく、お子さんにだけ新しく生じたことが確認できれば、その変化が病気の原因である可能性が高いと判断しやすくなるからです。一方で、見つかった変化の意味がまだはっきりせず、意義不明変異(VUS)と判定されることもあります。その場合は、変化のタイプ・ご家族歴・症状との合致を総合して慎重に解釈していきます。結果の意味を正しく受け止めるためにも、検査は臨床遺伝専門医による説明とセットで進めることが望ましいと考えられます。
ご家族にとって、遺伝子検査で原因がはっきりすることには大きな意味があります。診断がつくことで、同じ病気のお子さんの情報にアクセスでき、次のお子さんのことを考えるときの見通しも立てやすくなるからです。「原因不明」の状態が長く続くつらさから抜け出す一歩にもなります。
8. 治療と最新の研究 ─ 対症療法から、原因に迫る研究へ
現在のDEE85の治療は、症状をやわらげる対症療法が中心です。同時に、病気の根っこにあるSMC1Aの問題に迫ろうとする研究も、少しずつ進んでいます。
てんかんに対しては抗てんかん発作薬(ASM)による治療が行われますが、発作は非常に治りにくく、複数の薬を組み合わせて使うことが多くなります。発作がクラスターを形成することがあるため、発作時の対応や救急受診の目安を、あらかじめ主治医と相談しておくことが大切です。全前脳胞症などを合併する場合には、食べる・飲み込む機能に影響が出て、経管栄養や胃ろうといった栄養面の支えが必要になることもあります。ケトン食(ケトジェニックダイエット)の有効性については、DEE85では現時点ではっきりしたことは分かっていません。
💡 用語解説:リードスルー療法とは
ナンセンス変異では、設計図の途中に「終わり」の誤った合図(早期終止コドン)ができてしまいます。リードスルー療法は、その誤った「終わり」の合図を読み飛ばさせて、最後まで完成したタンパク質を作らせようとする治療の考え方です。合図を読み飛ばす薬(アタルレンなど)を使い、足りなくなったタンパク質を取り戻そうとします。
2026年に医学誌に発表された研究は、DEE85の分子メカニズムの理解を大きく前進させました[6]。この研究では、DEE85とコルネリア・デ・ランゲ症候群の患者さん由来の細胞を使い、遺伝子の働き方のパターンが、変異のタイプによって明瞭に異なることが示されました。さらに、早期終止コドンを生じるナンセンス変異を持つ細胞にリードスルー薬「アタルレン」を加えたところ、SMC1Aタンパク質の量が回復し、乱れていた遺伝子の働きが部分的に整い、ゲノムの不安定さも和らいだと報告されています。これは、ナンセンス変異によるDEE85に対して、原因そのものに働きかける治療の可能性を具体的に示したものです。
ただし、この段階では大切な注意が必要です。この研究は細胞を使った実験の段階であり、患者さんへの治療としてすぐに使えるものではありません。コヒーシン病の仲間であるコルネリア・デ・ランゲ症候群では、行動面の改善を期待して炭酸リチウムを評価する研究も進められており[7]、こうした流れがDEE85の治療開発にもつながることが期待されています。今わかっているのは「有望な手がかりが見つかった」ところまで、というのが正確な受け止め方です。
こうした研究の積み重ねは、ご家族にとって、今すぐ使える治療ではなくても大切な意味を持ちます。病気の仕組みが分子のレベルで解き明かされるほど、どこを狙えば治療になりうるかがはっきりし、次の一歩につながるからです。希少な病気であっても研究の光が当たり続けていること自体が、長い目で見た希望の土台になると考えています。
日々の発作管理には、DEE85だけの決まった正解があるわけではありません。発作の型に合わせて薬を選び、効果と副作用を見ながら組み合わせを調整していくのが基本になります。とくにこの病気では、発作がかたまって起きることがあるため、発作時の対応や救急受診の目安を、あらかじめご家族と主治医で共有しておくことが、発作のコントロールと同じくらい大切になります。長く続く発作(てんかん重積)への備えとして、家庭で使える頓用の薬を用意しておくことや、緊急時の連絡の流れを決めておくことも、ご家族の安心につながります。
9. 遺伝カウンセリング・再発率・日本の支援
DEE85の多くは新生突然変異が原因のため、次のお子さんでの再発リスクは低いと考えられます。ただし完全にゼロとは言い切れず、公的な支援制度もいくつか利用できる可能性があります。順番に説明します。
🔍 関連ページ:遺伝カウンセリングとは/遺伝形式/臨床遺伝専門医とは
再発率について。DEE85の原因となる変化は、多くがお子さんに新しく生じた新生突然変異で、ご両親のどちらかから受け継いだものではないことがほとんどです。この場合、次のお子さんで同じ病気が起こる確率は、一般に低いと考えられます。ただし、ご両親のどちらかの卵子や精子を作る細胞の一部にだけ同じ変化が隠れている生殖細胞モザイクという状態があり得るため、リスクを完全にゼロと言い切ることはできません。次のお子さんを考えるご家族には、この点を含めて遺伝カウンセリングで整理することをおすすめします。
すでにご家族のなかでSMC1Aの変化がはっきりしている場合には、次の妊娠で、妊娠してから絨毛検査・羊水検査でその変化を狙って調べる、という方法が選択肢になります。ただし、こうした出生前の検査を受けるかどうか、結果をどう受け止めるかは、とてもデリケートな問題です。正解が一つに決まるものではなく、ご夫婦の価値観や状況によって答えは変わります。だからこそ、時間に余裕を持って、中立の立場の専門家と一緒に考えていくことが大切だと考えています。
当院では、こうした検査の前後で臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行います。話し合う内容は、検査で何が分かり何が分からないのか、結果がご本人やご家族にどんな意味を持つのか、そしてどのような選択肢があるのか、といった点です。検査を受けるかどうかを含め、決めるのはご家族であり、私たちは中立の立場で判断の材料を整理する役割を担います。
日本の医療福祉について。DEE85という病名そのものが、単独で指定難病に登録されているわけではありません。しかし、お子さんの症状や合併する所見によっては、いくつかの制度の対象となりうる場合があります。たとえば、多発する奇形や重い発達の遅れがある場合には「先天異常症候群(指定難病310)」、全前脳胞症などに伴って内分泌の問題がある場合には「中隔視神経形成異常症(指定難病134)」、てんかんの経過のなかで睡眠時の脳波に特定の所見が現れた場合には「睡眠時棘徐波活性化を示す発達性てんかん性脳症及びてんかん性脳症(指定難病154)」[8]などが検討されることがあります。いずれも「該当する所見がある場合に」対象となりうる制度であり、DEE85なら自動的に対象になるわけではありません。また、重い発達性てんかん性脳症として小児慢性特定疾病の医療費助成の対象になることもあります。実際の申請にあたっては、主治医や自治体の窓口に個別にご確認ください。
10. よくある誤解
誤解①「DEE85は重いコルネリア・デ・ランゲ症候群だ」
同じSMC1Aが原因でも、DEE85は独立した別の病気です。切断型の変化でSMC1Aが足りなくなるDEE85と、ゆがんだ部品が邪魔をするコルネリア・デ・ランゲ症候群では、遺伝子の働き方のパターンにも違いが認められることが、遺伝子発現の解析でも示されています。
誤解②「親から遺伝したに違いない」
DEE85の多くは、お子さんに新しく生じた新生突然変異が原因で、ご両親から受け継いだものではないことがほとんどです。「育て方」や「妊娠中の何か」が原因ではありません。次のお子さんでの再発リスクも、一般には低いと考えられます。
誤解③「男の子には起こらない病気だ」
報告例がほぼ女の子なのは事実ですが、それは機能喪失型の変化が男の子には重すぎるためと考えられています。まれに男の子やモザイク型の例外的な報告もあり、「絶対に起こらない」わけではありません。
誤解④「もう治す薬がある」
アタルレンによるリードスルー療法など有望な研究はありますが、いずれも細胞を使った実験の段階です。現在の治療は、発作の管理と発達の支援を中心とした対症療法が基本です。
📌 このページを読んだあなたへ
この記事にたどりついた方には、お子さんがSMC1Aの変化と診断されたばかりの方、これから遺伝学的検査を考えている方、ご家族に同じ病気が見つかった方など、いろいろな状況があると思います。次に確認しておくとよい観点を挙げておきます。
・遺伝のしかたと再発率 → 遺伝形式と生殖細胞モザイクの考え方
・原因遺伝子そのものを詳しく → SMC1A遺伝子のはたらき
・似た病気との違い → コルネリア・デ・ランゲ症候群2との比較
・相談したいとき → 遺伝カウンセリング・遺伝診療の窓口
よくある質問(FAQ)
🏥 SMC1A・発達性てんかん性脳症の遺伝相談
SMC1Aの変化・難治性てんかん・発達の遅れに関する
遺伝子検査と遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。
参考文献
- [1] OMIM #301044. DEVELOPMENTAL AND EPILEPTIC ENCEPHALOPATHY 85 WITH OR WITHOUT MIDLINE BRAIN DEFECTS; DEE85. [OMIM 301044]
- [2] SMC1A epilepsy syndrome: clinical data from a large international cohort. Am J Med Genet A. 2024. [PubMed 38421079]
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