目次
妊娠初期の流産(稽留流産を含む)の多くは、受精卵に偶然生じた染色体の数の異常によって起こります。妊娠した方の行動や性格、体質が原因になることは多くありません。医学的に確かなリスク因子は、母体の年齢と過去の流産回数が中心です。そのほかに、抗リン脂質抗体症候群や甲状腺の病気、子宮の形の異常、夫婦どちらかの染色体の構造異常、喫煙や飲酒などが知られています。「流産しやすい人の特徴」に当てはまっても必ず流産するわけではなく、当てはまらなくても流産は起こりえます。この記事では、臨床遺伝専門医の立場から、根拠のあるリスク因子とよくある誤解、流産を繰り返すときに考えたい検査を整理します。
Q. 流産しやすい人・稽留流産しやすい人はいますか?
A. 「流産しやすい体質」の人が特別にいるわけではありません。妊娠初期の流産の半数以上は受精卵の染色体異常によるもので、多くは偶然起こります。統計上、流産の頻度が高くなる条件として確かなのは、母体の年齢と過去の流産回数です。稽留流産も原因はほかの初期流産と同じで、稽留流産だけに特有の「なりやすい人」は知られていません。2回以上流産を繰り返した場合は、不育症として原因を調べる検査が検討されます。
- ➤最も多い原因 → 受精卵の染色体の数の異常(多くは偶然に起こる)
- ➤確かなリスク因子 → 母体の年齢、過去の流産回数
- ➤病気・体の要因 → 抗リン脂質抗体症候群、甲状腺の病気、子宮の形の異常、夫婦の染色体の構造異常
- ➤変えられるリスク → 喫煙、飲酒、カフェインのとりすぎ、極端なやせ・肥満
- ➤よくある誤解 → ストレス、運動、冷え、つわりの軽さが原因になるという確かな根拠はない
1. 流産しやすい人はいる?最初に知ってほしい結論
妊娠初期の流産は珍しい出来事ではなく、「流産しやすい体質の人」が特別にいるわけではありません。米国産科婦人科学会(ACOG)の診療指針によると、早期流産は臨床的に確認された妊娠のおよそ10%に起こり、流産全体の約80%が妊娠初期に起こります[1]。世界の研究をまとめた報告では、認識された妊娠のうち流産に至る割合は15.3%と推計され、世界で年間約2,300万件の流産が起きていると試算されています[2]。
10%から15%程度という数字の幅は、妊娠をどの時点から数えるか、どのような集団を調べたかによって生じます。いずれにしても、妊娠した方の何人かに1人が経験する頻度の高い出来事です。そして、最も多い原因は母体の側ではなく、受精卵の側にあります。
妊娠初期の流産の多くは受精卵の染色体異常
妊娠初期の流産の半数以上は、受精卵(胎児)の染色体異常によるものです。ACOGは早期流産の約50%が胎児の染色体異常によるとしています[1]。日本産婦人科医会の資料では、臨床的に流産と診断されるものの50〜70%に染色体異常を伴うとされ、その割合は妊娠第1三半期(妊娠初期)の流産で55%、第2三半期の流産・死産で35%、第3三半期の死産で5%と、週数が早いほど高くなります[3]。
流産で見られる染色体異常のうち、約60%は常染色体のトリソミー(ある染色体が通常の2本より1本多い状態)で、最も多いのは16番染色体のトリソミーです[3]。16トリソミーの受精卵は、ほとんどが妊娠初期に発育を止めます。こうした数の異常は、卵子や精子がつくられる過程で偶然に起こるもので、受精した時点で決まっています。妊娠が分かった後の過ごし方によって起こしたり、防いだりできるものではありません。
💡 用語解説:染色体の数的異常(異数性)
ヒトの細胞には通常、2本ずつ対になった23組・46本の染色体があります。このうち、ある染色体が1本多い状態をトリソミー、1本少ない状態をモノソミーといい、まとめて「数的異常」または「異数性(いすうせい)」と呼びます。多くの場合、体をつくる設計図の量がずれるため受精卵が正常に育たず、妊娠初期の流産の最大の原因になります。ダウン症候群(21トリソミー)のように、出生に至る数的異常もあります。
流産はあなたの行動のせいではない理由
流産の原因について、一般には誤解が広く見られます。日本の一般住民1,219人を対象にした調査では、65%が「ストレスの多い出来事が流産を引き起こす」と誤って考えており、遺伝的な異常が原因だと正しく答えた人は62%にとどまりました。流産を経験した人の53%が罪悪感を、36%が孤独感を抱いていたことも報告されています[4]。
流産のあとに「あのとき無理をしたから」「気持ちが不安定だったから」と振り返る方は少なくありません。けれども、妊娠初期の流産の大部分は、受精卵の段階で決まっていた染色体の変化によるものです。この記事でいう「流産しやすい人」とは、特定の条件を持つ集団で統計上の頻度が高くなるという意味です。その条件がない人は流産しない、条件がある人は必ず流産する、という意味ではありません。
この区別は、次の妊娠を考えるうえでも大切です。偶然起きた染色体異常による流産であれば、同じことが次の妊娠でも起きるとは限りません。一方で、年齢や病気、夫婦の染色体など、繰り返しに関わる要因もあります。以下の章では、確かな根拠のあるリスク因子と、根拠がはっきりしない思い込みを分けて説明します。
🩺 院長コラム【「私のせい?」という問いについて】
流産の原因を調べると、「流産しやすい人の特徴」として多くの項目が並んだ記事に出会います。その中から自分に当てはまるものを探して、責める材料にしてしまう方がいることを心配しています。
臨床遺伝専門医として染色体の仕組みから考えると、妊娠初期の流産の多くは、受精卵が育つための設計図に偶然生じた変化で説明できます。リスク因子を知ることは次の妊娠に備えるためのもので、過去の自分を裁くためのものではないと考えています。
2. 稽留流産とは?どのくらい起こるのか
稽留流産(けいりゅうりゅうざん)とは、出血や腹痛などの流産の兆候がないまま、超音波検査で胎嚢や胎芽の発育が止まっていると診断される流産です。日本産婦人科医会の解説でも、「出血や腹痛などのいわゆる流産の徴候がないが、超音波検査で発育が停止(流産)していると診断されるもの」とされています[5]。自覚症状がないため、妊婦健診の超音波検査で初めて分かることが多い流産です。
「稽留流産しやすい人」を調べる方は多いのですが、稽留流産は流産の経過のタイプを表す名前で、原因による分類ではありません。子宮の中に内容物がとどまっている状態が稽留流産で、出血とともに内容物が出てきている状態とは経過の違いで呼び分けられます。原因はほかの初期流産と同じで、多くは受精卵の染色体異常です。そのため、稽留流産にだけなりやすい特別な体質を示す根拠はなく、リスク因子も流産全体と共通しています。
💡 用語解説:胎嚢(たいのう)と胎芽(たいが)
胎嚢は、妊娠初期の超音波検査で子宮の中に見える、赤ちゃんを包む袋のことです。胎芽は、胎嚢の中に見えてくる赤ちゃんのもとで、妊娠10週ごろまでの呼び名です。稽留流産の診断では、胎嚢や胎芽の大きさ、心拍が見えるかどうか、一定の間隔をあけた検査での変化などを組み合わせて判断します。
稽留流産かどうかは、1回の超音波検査だけで決めないことがあります。胎芽の大きさと心拍の有無に加え、2週間ほどの間隔をあけて発育の変化を確認するなど、複数の所見を組み合わせて判断されます[5]。排卵の時期がずれていると、妊娠週数の数え方と実際の発育に差が出て、発育が遅れているように見えることがあるためです。
稽留流産だけに限った頻度(何人に1人か)について、確かな数値を示した資料は今回確認できませんでした。流産全体としては、臨床的に確認された妊娠の10〜15%程度と考えられています[1][2]。流産の種類ごとの経過や時期は流産の種類で、出血や腹痛といったサインについては妊娠初期に起きる流産の原因とサインで詳しく解説しています。
3. 流産しやすい人の特徴①:年齢(最も確かなリスク因子)
流産のリスク因子のうち、最も確かなのは母体の年齢です。ACOGも、早期流産を経験した人に最も多く見られるリスク因子として、母体の高年齢と過去の早期流産を挙げています[1]。年齢の影響は、前の章で説明した染色体の数の異常と深く結びついています。
年齢別の流産率
流産率は20代後半で最も低く、30歳を過ぎると上がり始め、40代で大きく上昇します。ノルウェーで約42万件の妊娠を国の登録データで追跡した研究では、全体の流産率は12.8%で、最も低かったのは25〜29歳の10%でした。30歳を過ぎると流産率は急に上がり、45歳以上では妊娠の53%が流産に終わっていました[6]。ACOGの資料では、20〜30歳で9〜17%、40歳で40%、45歳で80%とされています[1]。
📊 母体の年齢と流産率(研究による違い)
| 母体の年齢 | ノルウェーの登録研究 | ACOGの資料 |
|---|---|---|
| 全体 | 12.8% | 約10%(臨床的に確認された妊娠) |
| 20〜30歳 | 25〜29歳で10%(最も低い) | 9〜17% |
| 30歳以降 | 30歳を過ぎて急に上昇 | ― |
| 40歳 | ― | 40% |
| 45歳以上 | 53% | 80%(45歳) |
※ノルウェーの研究[6]とACOG[1]による。対象の国や時代、妊娠を数え始める時点が異なるため、数値は一致しません。いずれも集団の値で、個人が流産する確率ではありません。
研究によって数値が異なるのは、対象となった国や時代、どの時点からの妊娠を数えたかが違うためです。表の数字は集団の平均であり、ある年齢の方が流産する確率をそのまま示すものではありません。それでも、年齢とともに流産の頻度が高くなるという方向は、どの研究でも一致しています。
なぜ年齢とともに流産が増えるのか
年齢とともに流産が増える主な理由は、卵子の染色体の数の異常(異数性)が増えることです。染色体の数に異常のある受精卵は、ヒトの受胎全体の20〜40%に生じると推定され、流産と先天異常の最も多い原因とされています[7]。生殖年齢の終わりに近い女性では、その割合が50%を超えることもあると報告されています[7]。
卵子のもとになる細胞は、母親のおなかの中にいる胎児期に減数分裂を始め、途中で止まった状態のまま、排卵の直前まで長い年月を過ごします。この間、対になった染色体をつなぎとめているのが、コヒーシンと呼ばれるタンパク質です。コヒーシンは胎児期に組み込まれたあと、年齢とともに失われていくことが、加齢による異数性の増加の中心的な仕組みと考えられています[7]。
つなぎとめる力が弱まると、排卵前に減数分裂が再開したときに染色体が正しく分かれず、1本多い、または1本少ない卵子ができやすくなります。この現象を染色体不分離といいます。卵子は生まれる前からつくられ始めているため、卵子の年齢は本人の年齢とともに進み、生活習慣で巻き戻すことはできません。35歳以上の妊娠で流産が増えることと、ダウン症候群(21トリソミー)などの頻度が上がることは、同じ仕組みで説明できます。
💡 用語解説:減数分裂と染色体不分離
減数分裂は、卵子や精子をつくるときに、46本の染色体を半分の23本に減らす特別な細胞分裂です。この分裂で対になった染色体が正しく両側に分かれないことを染色体不分離といい、その結果、染色体が1本多い、または1本少ない卵子や精子ができます。卵子で起こる不分離は母体の年齢とともに増えることが知られており、なぜ卵子で異数性が起こるのかは卵子で染色体異常が起こる仕組みで詳しく解説しています。
パートナーの年齢は関係する?
父親の年齢も流産にわずかに関係しますが、影響は母体の年齢より小さいものです。系統的レビューとメタ解析(複数の研究をまとめて解析する方法)では、父親の年齢が25〜29歳の場合を基準にすると、40〜44歳で1.23倍(95%信頼区間1.06〜1.43)、45歳以上で1.43倍(同1.13〜1.81)と、流産のリスクが統計的に有意に高くなっていました[8]。30〜34歳(1.04倍)と35〜39歳(1.15倍)では、有意な差は認められていません[8]。
著者らは、父親の年齢の影響は母体の年齢ほど大きくないものの、妊娠前の相談で考慮に入れる価値があるとしています[8]。父親の年齢は流産だけでなく、子どもの健康との関係でも研究が進んでいる分野です。詳しくは父親の高齢と子どもの病気で解説しています。
4. 流産しやすい人の特徴②:過去の流産歴と不育症
過去の流産回数は、年齢と並んで確かなリスク因子です。ただし、1回の流産はそれほど珍しいことではなく、流産の回数が増えるほど、偶然だけでは説明しにくくなっていきます。そのため、何回目の流産かによって考え方と検査の目安が変わります。
一度流産すると次も流産しやすい?
流産の既往があると次の妊娠の流産リスクは上がり、回数が増えるほど上がり幅も大きくなります。前述のノルウェーの研究では、初めて妊娠した女性と比べ、流産の既往が1回あると次の妊娠の流産リスクは約1.5倍、2回で約2倍、3回で約4倍になっていました[6]。
一方で、流産を1回経験することは決して珍しくありません。世界の研究をまとめた報告では、女性の10.8%が1回の流産を経験しており、2回の経験は1.9%、3回以上は0.7%と推計されています[2]。1回の流産の多くは、受精卵に偶然生じた染色体異常で説明できるものです。1回の流産で「流産しやすい体質」と決めつける根拠はありません。
2回以上なら不育症の検査を考える目安
2回以上の流産・死産を経験した場合は「不育症」とされ、原因を調べる検査が検討されます。日本の「不育症管理に関する提言」では、2回以上の流死産の既往がある場合を不育症としています[9]。欧州生殖医学会(ESHRE)のガイドラインも、2回以上の妊娠の喪失を反復流産(RPL)と定義しています[10]。日本で2回以上流産を経験した女性は4.2%、3回以上は0.88%と報告され、患者数は30〜50万人程度と推計されています[9]。
🔍 不育症の検査で見つかるリスク因子の割合(1,340例)
| リスク因子 | 検出された割合 |
|---|---|
| 甲状腺機能の異常 | 9.5% |
| 抗リン脂質抗体陽性 | 8.7% |
| 子宮形態異常 | 7.9% |
| 第XII因子欠乏症 | 7.6% |
| プロテインS欠乏症 | 4.3% |
| 夫婦の染色体構造異常 | 3.7% |
| リスク因子不明 | 65.2% |
※不育症管理に関する提言[9]による。重複があるため合計は100%になりません。
この表で最も多いのは、検査をしてもリスク因子が見つからない例です。リスク因子が見つからないからといって、次の妊娠が難しいとは限りません。同じ提言では、原因不明の不育症で治療をしなかった群でも、生児獲得率(出産に至った割合)は81.3%(75人中61人)だったと報告されています[9]。検査の種類や流れについては不育症とはで詳しく解説しています。
5. 流産しやすい人の特徴③:母体の病気・子宮・染色体
流産を繰り返す場合に調べられるのは、自己免疫、甲状腺、子宮の形、夫婦の染色体といった要因です。これらは1回目の流産で見つかることは少ないものの、見つかれば次の妊娠に向けた対応を考える手がかりになります。ここでは主なものを順に説明します。
抗リン脂質抗体症候群
抗リン脂質抗体症候群は、血液が固まりやすくなる自己免疫疾患で、流産を繰り返す原因の一つです。抗リン脂質抗体症候群(こうりんししつこうたいしょうこうぐん)では、細胞膜の成分であるリン脂質や、それに結合するタンパク質に対する自己抗体がつくられます。血栓症と、流産・死産などの妊娠合併症が主な特徴で、国際的な分類基準は2023年に米国リウマチ学会と欧州リウマチ学会(ACR/EULAR)によって改訂されました[11]。
日本の不育症の検査では、抗リン脂質抗体の陽性が8.7%に見られ、推奨される検査に含まれています[9]。こども家庭庁の解説によると、自己抗体を調べる血液検査と、治療として用いられるヘパリン製剤(血液を固まりにくくする薬)の自己注射は保険適用となっています[12]。
💡 用語解説:自己抗体
抗体は本来、細菌やウイルスなどの外敵を攻撃するために免疫がつくるタンパク質です。自己抗体は、誤って自分の体の成分を標的にしてしまう抗体のことで、自己免疫疾患の原因になります。抗リン脂質抗体は、胎盤の血流に関わる仕組みに影響して妊娠合併症を起こすと考えられており、1回の検査だけでなく、一定期間をあけた再検査で持続しているかを確認して診断します。
甲状腺の病気
甲状腺ホルモンの過不足は流産のリスク因子の一つで、不育症の検査で調べられます。日本の不育症の検査では甲状腺機能の異常が9.5%に見られ、TSH(甲状腺刺激ホルモン)とfT4(遊離サイロキシン)の測定が推奨されています[9]。甲状腺ホルモンは全身の代謝を調節するホルモンで、妊娠を維持する仕組みにも関わっています。
注意したいのは、検査で異常が見つかった場合の扱いです。ESHREのガイドラインは、甲状腺機能が正常で、抗甲状腺抗体(甲状腺に対する自己抗体)だけが陽性の女性に、流産予防の目的で甲状腺ホルモン薬(レボチロキシン)を投与することは推奨しないとしています[10]。検査結果の意味と治療の必要性は、甲状腺の値や妊娠の状況によって異なります。妊娠と甲状腺の病気の関係は妊娠と甲状腺疾患の関係で解説しています。
子宮の形の異常(子宮筋腫は多くの場合リスクを上げない)
生まれつきの子宮の形の異常は流産との関係が検討されていますが、子宮筋腫については、流産のリスクを上げないとするメタ解析があります。日本の不育症の検査では、子宮形態異常が7.9%に見られます[9]。子宮の中が壁で仕切られた中隔子宮など、先天性の子宮の形の異常と妊娠初期の流産との関係は、系統的レビューで検討されてきました[13]。ESHREも、流産を繰り返す場合には超音波検査で子宮の形を評価することを推奨しています[10]。子宮奇形の種類や治療については子宮奇形で解説しています。
一方、子宮筋腫(子宮の筋肉にできる良性のこぶ)は、流産の原因として挙げられることが多いものです。しかし、21,000件を超える妊娠を対象にしたメタ解析では、補正前の流産率は筋腫がある場合11.5%、ない場合8.0%で、統計的な差はありませんでした(相対リスク1.16、95%信頼区間0.80〜1.52)。年齢などの影響を調整すると、相対リスクは0.83(0.68〜0.98)でした[14]。著者らは、こうした影響を調整しなかった過去の研究が、「筋腫は流産のリスク因子」という臨床上の通念を生んだ可能性を指摘しています[14]。筋腫の状態が妊娠経過にどう関わるかは個別に評価されますので、子宮筋腫の記事もあわせてご覧ください。
夫婦どちらかの染色体の構造異常(均衡型転座)
夫婦のどちらかが染色体の「均衡型転座」を持っていると、本人は健康でも、流産を繰り返すことがあります。均衡型転座とは、2本の染色体の一部が入れ替わっているものの、遺伝情報の過不足はない状態です。本人の体には影響がないことがほとんどですが、卵子や精子がつくられるときに、染色体の一部が多すぎたり足りなかったりする組み合わせ(不均衡型)ができることがあり、その受精卵の多くは流産に終わります。
日本産婦人科医会の資料では、均衡型相互転座は一般の人の400人に1人程度に見られるのに対し、不育症のカップルでは5〜10%程度に見られるとされています[3]。一方、不育症管理に関する提言では夫婦の染色体構造異常は3.7%[9]、日本の多施設研究では2,382組中85組(3.6%)に均衡型転座が見つかったと報告されており[15]、調べた集団によって数値に幅があります。転座の種類については均衡型構造異常やロバートソン転座の解説をご覧ください。
転座が見つかっても、出産できないわけではありません。同じ研究グループのデータでは、相互転座を持つカップルが診断後の次の妊娠で出産に至った割合は63%(46組中29組)、累積では68.1%で、染色体が正常なカップルの71.7%と大きくは変わりませんでした[15]。ただし、転座の位置によって不均衡型ができる頻度は異なり、個々のカップルが何回流産するかを予測することはできないとされています[15]。染色体異常と不育症の関係は不育症の原因になる染色体異常で詳しく解説しています。
🩺 院長コラム【転座が見つかったときに考えること】
夫婦の染色体検査で均衡型転座が見つかると、「自分のせいで流産した」と受け止めてしまう方がいます。けれども転座は、本人が選んだり防いだりできるものではなく、多くは親から受け継いだか、偶然に生じたものです。
大切なのは、転座があっても出産に至る方が多いというデータと、転座の種類によって次の妊娠の見通しや選択肢が変わるという点を、結果とあわせて整理することだと考えています。結果はきょうだいなど血縁者にも関わる情報になるため、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングの中で扱うべき内容です。
6. 流産しやすい人の特徴④:生活習慣(変えられるリスク)
喫煙、飲酒、カフェインのとりすぎ、極端なやせや肥満は、流産のリスクとの関連が報告されている「変えられる要因」です。ただし、いずれも観察研究(生活習慣と結果の関係を調べる研究)から得られた関連で、影響の大きさは年齢や染色体異常に比べると小さいものです。ある習慣があったから流産した、と個々の流産の原因を特定できるものではありません。
🚭 生活習慣と流産リスクの関連(主な研究)
※いずれも観察研究をまとめたメタ解析の結果で、因果関係を証明したものではありません。
喫煙・受動喫煙
喫煙は流産のリスクを上げ、吸う本数が多いほどリスクが高くなります。50の研究をまとめたメタ解析では、能動喫煙による流産の相対リスクは1.23(95%信頼区間1.16〜1.30)で、妊娠中の喫煙に限ると1.32(同1.21〜1.44)でした。1日に吸う本数が1本増えるごとに、相対リスクは約1%上がっていました[16]。
受動喫煙(周りの人のたばこの煙を吸うこと)では、流産のリスクが約11%高いという結果でしたが、信頼区間は0.95〜1.31で統計的に有意ではありませんでした[16]。著者らは、これらの結果が「妊娠中は喫煙すべきでない」という根拠を強めるものだとしています。妊娠中の喫煙が赤ちゃんに与える影響全般は妊娠中のタバコ・受動喫煙の影響で解説しています。
飲酒
妊娠中の飲酒は、少量でも流産のリスクと関連しています。24の研究、23万人以上をまとめたメタ解析では、妊娠中に飲酒した女性は飲まない女性に比べて流産のリスクが19%高くなっていました。週5杯未満の範囲では、週に1杯増えるごとにリスクが6%上がるという用量依存の関係が示されています[17]。日本の不育症管理に関する提言でも、喫煙と過度のアルコール摂取は生児獲得率を下げるとされ、1週間に2〜4回以上の飲酒で流産が増えるという報告が紹介されています[9]。
飲酒は流産だけでなく、赤ちゃんの発育や脳の発達にも影響することが知られています。妊娠が分かった時点、あるいは妊娠を考えている時期から控えることが勧められます。胎児性アルコール症候群やカフェインの影響については胎児性アルコール症候群と喫煙・カフェインで解説しています。
カフェインのとりすぎ
カフェインは量が多いほど流産のリスクが上がり、特に1日350mg以上で上昇がはっきりします。14の前向き研究(13万人以上)をまとめたメタ解析では、カフェインをほとんどとらない場合と比べ、1日50〜149mgでは1.02倍、150〜349mgでは1.16倍と有意な差はありませんでした。一方、350〜699mgでは1.40倍、700mg以上では1.72倍と有意に高くなっていました。量との関係を見ると、1日100mg(コーヒーおよそ1杯分)増えるごとにリスクが7%上がっていました[18]。
日本の不育症管理に関する提言でも、1日300mg以上(コーヒー3杯以上)で流産が増えるという報告が紹介されています[9]。コーヒーを完全にやめる必要があるという根拠は示されていませんが、コーヒーやエナジードリンクなどを合わせたカフェインの総量が多くならないように意識することが、変えられるリスクへの現実的な対応です。
やせすぎ・太りすぎ
妊娠前の体格と流産のリスクには、やせ・肥満の両方で高くなる「J字型」の関係があります。32の研究、26万人以上をまとめたメタ解析では、妊娠前にやせていた女性の流産の相対リスクは1.08(95%信頼区間1.05〜1.11)で、肥満の女性では1.21でした[19]。やせによるリスクの上昇はわずかで、肥満のほうが影響は大きいという結果です。
BMI(体重kg÷身長mの2乗)は体格の目安で、日本では18.5未満がやせ、25以上が肥満とされます。体重は妊娠前から少しずつ整えることができる要因ですが、妊娠してから急に減量することは勧められません。体重の管理については、妊娠前や妊娠中の健診で主治医に相談しながら進めることが基本です。
7. これは流産の原因?よくある誤解
ストレス、運動、重い荷物、冷え、つわりの軽さなどが流産の原因になるという確かな根拠は、今回確認した資料では示されていません。妊娠初期の流産の主な原因は受精卵の染色体異常であり、日常の行動が原因になることは多くありません。妊娠初期に避けたほうがよいとされる行動については、妊娠初期に流産しやすい行動で詳しく解説しています。
ストレスが多かった
関連を示す研究はありますが、思い出しの偏りなどの限界があり、直接の原因とは確立していません。
つわりが軽い・ない
つわりがある人に流産が少ないという関連はありますが、つわりがないことが流産を意味するわけではありません。
運動・重い荷物・立ち仕事
日常の範囲の動作が妊娠初期の流産の原因になるという確かな根拠は示されていません。
冷え・性行為
いずれも妊娠初期の流産の原因として確かな根拠は示されていません。医師から指示がある場合はそれに従います。
ストレス
ストレスと流産の間には関連を示す研究がありますが、ストレスが直接の原因であるとは確立していません。8つの研究をまとめたメタ解析では、心理的ストレスを経験していた女性で流産のリスクが高くなっていました(オッズ比1.42、95%信頼区間1.19〜1.70)[20]。ただし著者らは、流産の後から過去を振り返って答える研究では思い出しの偏りが起こりやすいこと、ストレスの測り方が研究ごとに異なること、研究の数が少なく結果にばらつきがあることを限界として挙げています[20]。
ESHREのガイドラインも、ストレスが流産の直接の原因であるという根拠は確立していないとしています[10]。前述の日本の調査でも、ストレスが直接の原因であるという証拠はないと述べられています[4]。ストレスと流産の関係はストレスは流産の原因になる?でも解説しています。
つわりが軽い・ない
つわりがある人は流産が少ないという関連はありますが、つわりがないこと自体が流産を意味するわけではありません。米国の研究では、妊娠検査が陽性となった797人を妊娠初期から詳しく追跡したところ、吐き気があった人は流産が50%少なく、吐き気に嘔吐を伴った人は75%少なかったと報告されています[21]。
これは集団で見た関連であり、つわりの強さで個人の流産を予測できるわけではありません。つわりの程度には大きな個人差があり、つわりがほとんどないまま出産に至る方も多くいます。つわりがないことと赤ちゃんの健康の関係については、つわりがない人は障害児が生まれる?という噂の検証で解説しています。
日常の動作・冷え・性行為
運動や重い荷物、立ち仕事、冷え、性行為が妊娠初期の流産の原因になるという確かな根拠は、今回確認した資料では示されていません。いずれも「流産しやすい行動」として挙げられることが多いものですが、妊娠初期の流産の大部分は、受精卵の段階で決まっていた染色体異常によって起こります。流産の後で、これらの行動を原因として振り返る必要はありません。
ただし、出血や腹痛がある場合や、切迫流産などで医師から安静や行動の制限を指示されている場合は、その指示に従ってください。体の冷えや妊娠中の性行為については、手足の冷えは流産の原因になるの?と妊娠初期の性行為と流産のリスクで詳しく解説しています。
8. 流産を繰り返すときに考えたい検査【臨床遺伝専門医の視点】
流産を繰り返すときには、流産した組織の染色体と、夫婦の染色体を調べる検査が選択肢になります。この2つは、流産が偶然の染色体異常によるものか、夫婦の染色体の構造に関わるものかを見分ける手がかりになります。どちらも結果の意味を正しく理解するために、遺伝の専門的な説明が欠かせない検査です。
流産組織(絨毛)の染色体検査
流産組織の染色体検査は、流産検体(絨毛など)の染色体を調べる検査です。日本の「不育症管理に関する提言2025」では、G分染法による流死産・胎児絨毛染色体検査について、2回目以降の自然流産で流産手術を行った場合に、2022年4月から保険診療で実施可能とされています。自然排出した検体はこのG分染法の保険適用の対象ではありません。一方、流死産検体を用いるNGSによる遺伝子検査は、2022年12月から先進医療Aとして実施されています[23]。
この検査で染色体の数の異常が見つかれば、その流産は受精卵に偶然起きた異常で説明できる可能性が高くなります。一方、ESHREのガイドラインは、流産組織の遺伝学的解析をすべての人に一律に行うことは推奨せず、個々の状況に応じて判断するとしています[10]。日本産婦人科医会は、流産組織の染色体分析の結果からカップルの染色体異常が疑われる場合には、検査の前に適切な遺伝カウンセリングを行うよう求めています[3]。
夫婦の染色体検査(Gバンド法)
夫婦の染色体検査は、血液から夫婦それぞれの染色体を調べ、均衡型転座などの構造異常がないかを確認する検査です。染色体に縞模様を染め出して形や並びを観察するGバンド法(G分染法)という方法が用いられます。日本の不育症管理に関する提言では、夫婦の染色体検査は推奨される検査に位置づけられています[9]。
一方、ESHREのガイドラインは、夫婦の染色体検査をすべてのカップルに一律に行うことは推奨せず、個々の状況を評価したうえで行うとしています[10]。国内外で位置づけに違いがあるのは、転座が見つかっても出産に至る割合が高いことや、結果が血縁者にも関わる情報であることなどを、どう重く見るかによります。当院では、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングとあわせて染色体検査(Gバンド法)を行っています。
💡 用語解説:Gバンド法(G分染法)
Gバンド法は、細胞分裂の途中で観察しやすくなった染色体を特殊な染色液で染め、染色体ごとに決まった縞模様(バンド)を浮かび上がらせる方法です。縞模様の並びを比べることで、染色体の本数だけでなく、一部が入れ替わる転座や、一部が失われる欠失などの構造の変化を見つけることができます。ただし、ごく小さな変化は見つけられないことがあります。
着床前検査(PGT-A/PGT-SR)という選択肢
体外受精でできた胚の染色体を、子宮に戻す前に調べる着床前検査という方法もあります。胚の染色体の数を調べるものをPGT-A、転座などの構造異常を持つカップルを対象に、不均衡型ではない胚を選ぶためのものをPGT-SRといいます。どちらも体外受精が前提となり、対象となる条件や実施できる施設が定められています。
着床前検査で調べられる範囲には限界があり、検査を受けても流産がなくなるわけではありません。方法の概要や限界については、PGT-AとはとPGT-SR(着床前胚染色体構造異常検査)とはで解説しています。
9. 流産と診断されたら・次の妊娠に向けて
流産と診断されたときの対応は、子宮の中に内容物が残っているかどうかによって変わります。稽留流産のように内容物が子宮にとどまっている場合は、自然に排出されるのを待つ方法と、手術で取り除く方法があり、出血の量や体調、妊娠週数などをもとに主治医と相談して選びます。それぞれの利点と注意点は、流産の自然排出を待つメリットとデメリットと流産手術が必要なケースで詳しく解説しています。
流産手術を受ける場合には、摘出した組織の染色体検査を行うかどうかを事前に主治医と確認しておくと、原因を考える手がかりが得られます。1回目の流産であれば、多くは偶然の染色体異常によるものです。2回以上続いた場合は、第4章と第8章で説明した不育症の検査が検討されます。
次の妊娠をいつから考えるか、どのような点に気をつけるかは、流産の時期や処置の方法、体の回復の状態によって異なります。流産後の妊娠について知っておきたいポイントもあわせてご覧ください。喫煙や飲酒、カフェインのとりすぎなど、第6章で紹介した変えられる要因を見直すことは、次の妊娠に向けて自分でできる準備の一つです。
よくある質問(FAQ)
Q1. つわりがあると流産しにくいって本当?
吐き気があった人は流産が50%少なく、嘔吐を伴った人は75%少なかったという研究があります[21]。ただしこれは集団で見た関連で、つわりが軽い、またはないことが流産を意味するわけではありません。つわりの程度には大きな個人差があります。
Q2. 心拍が確認できた後でも流産することはある?
あります。心拍が確認でき、症状のない妊婦さんでは、その後の流産のリスクは下がりますが、ゼロにはなりません[22]。心拍確認後の流産も、多くは受精卵の染色体異常によるもので、その後の過ごし方が原因になるものではありません。
Q3. 初めての妊娠は流産しやすい?
まとめ
妊娠初期の流産は、臨床的に確認された妊娠の10〜15%程度に起こる頻度の高い出来事で、その半数以上は受精卵の染色体異常によるものです[1][3]。稽留流産も原因はほかの初期流産と同じで、稽留流産だけに特有の「なりやすい体質」は知られていません。統計上、流産の頻度を高める要因として確かなのは母体の年齢と過去の流産回数で、そのほかに抗リン脂質抗体症候群、甲状腺の病気、子宮の形の異常、夫婦の染色体の構造異常、喫煙・飲酒・カフェインのとりすぎ・極端な体格が関わります。
ストレスや日常の動作、冷え、つわりの軽さが流産の原因になるという確かな根拠は示されていません。2回以上流産を繰り返した場合は不育症として検査が検討され、流産組織の染色体検査や夫婦の染色体検査は、流産が偶然の染色体異常によるものかを見分ける手がかりになります。
🏥 流産を繰り返す方の染色体検査・遺伝カウンセリング
ミネルバクリニックでは、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングと、夫婦の染色体検査(Gバンド法)を行っています。流産の診断・処置や不育症の治療は、かかりつけの産婦人科や不育症を診療する医療機関で受けてください。当院で夫婦の染色体検査をお考えの方は、ご予約のうえ遺伝カウンセリングをご利用ください。
参考文献
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