目次
妊活で男性がやるべきことは、①精液検査で自分の状態を知る、②禁煙する、③毎日の多量飲酒をやめる、④精巣を温めすぎない、⑤飲んでいる薬を確認する、の5つが柱です。不妊に悩むカップルのおよそ半数では男性側にも原因があるとされており、検査は女性と同時に始めることが勧められています[1]。この記事では、それぞれの根拠と、お酒の体質差や父親の年齢と遺伝の関係まで、臨床遺伝専門医の立場から整理します。
Q. 妊活で男性は何をすればいいですか?
A. 最初にやるべきことは精液検査です。そのうえで、禁煙、多量飲酒を避ける、サウナや長風呂で精巣を温めすぎない、適正体重を保つ、AGA治療薬など飲んでいる薬を主治医に確認する、風疹の免疫を確かめる、といった準備を進めます。生活習慣の研究の多くは観察研究で、妊娠を保証する方法はありません。
- ➤男性因子 → 男性のみが原因は約20%、男女両方は30〜40%
- ➤精液検査 → WHO第6版(2021年)の基準値と、その読み方
- ➤お酒 → 問題は毎日の多量飲酒。ALDH2の体質で影響が違う可能性
- ➤年齢と遺伝 → 父親の年齢とともに子の新生突然変異が増える
1. 妊活で男性がやるべきこと|まず押さえたい5つ
妊活で男性がまず取り組むべきことは、精液検査、禁煙、多量飲酒を避けること、精巣を温めすぎないこと、飲んでいる薬の確認の5つです。どれも「精子に悪影響を与えうる要因を減らす」「自分の状態を数字で知る」という考え方に基づいています。妊娠は卵子と精子がそろって成立するため、男性側の準備も女性側と同じ重みを持ちます。
「妊活は女性が中心」と受け止められがちですが、医学的な根拠はそうなっていません。米国泌尿器科学会と米国生殖医学会の合同ガイドライン(AUA/ASRMガイドライン)は、不妊カップルのうち男性だけに原因があるものが約20%、男女両方に原因があるものが30〜40%と示しています[1]。両方を合わせると、およそ半数のカップルで男性側の要因が関わっている計算になります。
この数字は1980年代の世界保健機関(WHO)の多施設研究以来、幅をもって報告されてきたもので、「ちょうど50%」という精密な値ではありません。ただ、男性側を調べずに進めると、原因の半分近くを見落とす可能性があります。同ガイドラインが、不妊の初期評価では男女を同時に調べるよう推奨しているのはこのためです[1]。
この記事で扱う内容を一覧にまとめます。
🧔 妊活で男性がやるべきことの一覧
| やること | 目的 | この記事の該当章 |
|---|---|---|
| 精液検査 | 精子の数・運動率・形を数字で確認する | 第2章 |
| 禁煙・節酒 | 精液所見の低下と関連する習慣を減らす | 第3章 |
| 精巣を温めない・体重管理 | 精子をつくる環境を整える | 第3章 |
| 薬・サプリの確認 | 精子に影響しうる薬を主治医と見直す | 第4章 |
| 風疹抗体・話し合い | 妊娠中の感染を防ぎ、方針をそろえる | 第5章 |
| 年齢と遺伝の理解 | 父親の年齢が子に与える影響を知る | 第6章・第7章 |
2. 最初の一歩は精液検査
男性の妊活で最初にやるべきことは精液検査です。精子の状態は見た目や自覚症状ではわからず、生活習慣をいくら整えても、もともと精子がつくられていない状態(無精子症)であれば自然妊娠は望めません。先に数字で現状を確認しておくと、その後の生活改善や治療の方針を立てやすくなります。
精液検査でわかることと基準値
精液検査では、精液の量、精子の濃度と総数、動いている精子の割合(運動率)、形が正常な精子の割合(正常形態率)などを調べます。採取した精液を顕微鏡や専用の装置で観察し、WHOが定めた検査手順に沿って測定するのが標準です。
現在の基準は、2021年に公表されたWHOの検査マニュアル第6版です[2]。基準値は、パートナーが1年以内に自然妊娠した男性のデータを集め、その下位5%にあたる値を「下限基準値」としたものです[3]。インターネット上には、2010年の第5版の値(精液量1.5mL、濃度1,500万/mLなど)がいまも多く残っていますが、現在は第6版の値を使います。
📊 WHO第6版(2021年)の精液検査の下限基準値
| 項目 | 下限基準値 | 意味 |
|---|---|---|
| 精液量 | 1.4mL | 1回の射精で出る精液の量 |
| 精子濃度 | 1,600万/mL | 精液1mLあたりの精子の数 |
| 総精子数 | 3,900万 | 1回の射精に含まれる精子の総数 |
| 総運動率 | 42% | 動いている精子の割合 |
| 前進運動率 | 30% | 前に進む精子の割合 |
| 正常形態率 | 4% | 形が正常な精子の割合 |
大切なのは、この基準値は「妊娠できる人」と「できない人」を分ける境界線ではないという点です。基準値を下回っていても自然妊娠する人はいますし、上回っていても妊娠しないことはあります。基準値のもとになった解析自身が、この値は妊娠できる男性とそうでない男性をはっきり分けるものではないと述べています[3]。
💡 用語解説:乏精子症・精子無力症・無精子症
精子の数が基準より少ない状態を乏精子症(ぼうせいししょう)、動く精子の割合が低い状態を精子無力症(せいしむりょくしょう)、精液の中に精子がまったく見つからない状態を無精子症(むせいししょう)といいます。無精子症には、精子の通り道が詰まっている「閉塞性」と、精巣で精子がつくられていない「非閉塞性」があり、原因の調べ方も治療法も異なります。
検査を受ける場所・保険と費用
精液検査は、泌尿器科(男性不妊外来)や不妊治療を行う婦人科で受けられます。2022年4月から不妊治療が保険適用となり、男性側の検査に加えて、精巣から精子を採り出す手術(精巣内精子採取術、TESE)も保険診療の範囲に入りました[4]。
精液検査そのものは、それ以前から不妊の原因を調べる検査として保険の対象でした。以前は「夫婦で不妊検査を受けると保険が使えない」と書かれた情報もありましたが、現在の制度とは異なります。実際の自己負担額は、医療機関や一緒に行う検査の内容、診療報酬の改定によって変わるため、受診先で確認してください。
精液の所見は体調や禁欲期間によって日ごとに変わるため、1回の結果が基準を下回っても、日をあけて再検査することがよくあります。
いつ受ければよいか
妊活を始める時点、または女性側が不妊の検査を始める時点で、男性も同時に受けるのが理想です。AUA/ASRMガイドラインは、不妊の初期評価では男性と女性を並行して評価するよう推奨しています[1]。
男性の検査を後回しにしている間にも、女性の年齢は進みます。精液検査は体への負担が小さく、結果も比較的早く出るため、最初の段階で済ませておく意味は大きいと言えます。
また、男性不妊の背景には、本人の健康に関わる病気が関係していることもあり、ガイドラインは男性不妊の評価を本人の健康管理の面からも重視しています[1]。精液検査は妊活のためだけでなく、自分の体を知る機会にもなります。
3. 精子のために見直したい生活習慣
生活習慣のなかで、精液所見との関連が比較的はっきり示されているのは、喫煙、毎日の多量飲酒、肥満、精巣の温めすぎです。一方、睡眠やカフェインは研究によって結果が分かれています。ここでは根拠の強さの違いがわかるように、項目ごとに整理します。
あらかじめ知っておきたいのは、これらの研究の多くが「観察研究」だという点です。観察研究は、ある習慣を持つ人とそうでない人を比べるもので、「その習慣が原因」とまでは言い切れません。
禁煙:最も優先したい見直し
喫煙は、精子の濃度・運動率・形の3つすべての低下と関連しています。WHOの2010年の測定法に沿った研究を集めたメタ解析(複数の研究をまとめて統計的に解析する方法)では、5,865人のデータから、喫煙者は非喫煙者に比べて精子濃度が1mLあたり約972万少なく、運動率が約3.5ポイント、正常形態率が約1.4ポイント低いという結果でした[5]。
同じ解析では、この差は不妊治療を受けている男性や、中等度以上の喫煙者でより大きくなっていました[5]。たばこの煙に含まれる物質が体内で活性酸素を増やし、精子のDNAや細胞膜を傷つける「酸化ストレス」が、仕組みの一つと考えられています。
お酒と違って、喫煙には「このくらいなら影響がない」という量が示されていません。また、パートナーが妊娠した後の受動喫煙の問題もあります。加熱式たばこについては精子への影響を調べたデータがまだ限られており、「影響がない」とは言えない状況です。妊活を機に禁煙を考える価値は、生活習慣のなかで最も高いと言えます。
お酒:問題は毎日の多量飲酒と体質
お酒で注意したいのは「毎日たくさん飲む」習慣で、ときどき適量を飲む程度では、精液所見への明らかな悪影響は示されていません。15の研究・16,395人をまとめたメタ解析では、飲酒で精液量と正常形態率が低下していましたが、差がはっきり出たのは「ときどき飲む人」と「毎日飲む人」の比較で、「まったく飲まない人」と「ときどき飲む人」の間の差は小さいものでした[6]。
ここで関わってくるのが、お酒に強いか弱いかという体質です。アルコールは体内でアセトアルデヒドという有害な物質に分解され、それをさらに分解するのがALDH2(アルデヒド脱水素酵素2)という酵素です。ALDH2の働きが弱くなる遺伝子の型(ALDH2*2)は、東アジア人の40〜50%が持っています[7]。
東アジア人男性112人を調べた研究では、ALDH2*2を持つ人のうち飲酒する人は、飲酒しない人に比べて精子の総運動率が低く(中央値20%対43%)、飲酒する人どうしで比べても、ALDH2*2を持つ人のほうが運動率が低い結果でした[7]。ただし、少人数を一時点で調べた研究のため、飲酒が原因で運動率が下がったとまでは言えません。お酒を飲むと顔が赤くなる体質の人は、妊活中は特に量を控えることを考えてよいでしょう。
💡 用語解説:ALDH2(アルデヒド脱水素酵素2)
ALDH2は、アルコールが分解されてできるアセトアルデヒドを、無害な酢酸に変える酵素です。この酵素をつくる遺伝子にALDH2*2という型があると、アセトアルデヒドが体にたまりやすくなり、少量の飲酒でも顔が赤くなったり動悸がしたりします。生まれつきの体質なので、飲む練習をしても酵素の働きは変わりません。
睡眠:7時間前後を目安に
睡眠時間と精液所見の関係は「短すぎても長すぎてもよくない」逆U字型と報告されていますが、研究によって結果が分かれています。中国・重慶の男子大学生796人を追跡した研究では、1日7.0〜7.5時間眠る人で精液量と総精子数が最も多く、9時間を超えて眠る人では精液量が21.5%、総精子数が39.4%少なくなっていました[8]。
6.5時間以下の短い睡眠でも数値は低めでしたが、統計的に意味のある差ではありませんでした[8]。以前の記事で紹介した「6.5時間以下で総精子数が25.7%減る」は、この差がはっきりしなかった結果です。
関連を認めなかった研究もあり、睡眠時間を変えれば精子がよくなると断定できる段階ではありません。それでも、7時間前後の睡眠は妊活に限らず勧められる生活習慣です。
体重と運動:肥満は乏精子症と関連
肥満は、精子の数が少ない状態(乏精子症)や精子がいない状態(無精子症)と関連しています。21の研究・13,077人をまとめたメタ解析では、標準体重の男性に比べて、乏精子症または無精子症となるオッズ比(なりやすさの比)は、過体重で1.11、肥満で1.28、高度肥満で2.04でした[9]。
体重と精子の関係は「J字型」で、やせすぎでもわずかに高い傾向がありました[9]。脂肪組織では男性ホルモンが女性ホルモンに変えられるため、肥満があるとホルモンのバランスが変わり、精子づくりに影響すると考えられています。
ただし、この解析は減量すれば精子が改善するかどうかまでは調べておらず、著者らもその点はさらに評価が必要だとしています[9]。無理な減量ではなく、食事と運動で適正体重に近づけることが、妊活にも長い目で見た健康にも役立ちます。
精巣を温めない:サウナ・長風呂・膝上のパソコン
精子は熱に弱く、精巣が温まると精子づくりが落ちることがわかっています。精巣が体の外にあるのは、体の中心より数度低い温度で精子をつくるためです。精液所見が正常な男性10人がフィンランド式サウナを3か月間定期的に利用した研究では、精子の数や運動率がはっきり低下し、精子のミトコンドリアの働きやDNAの詰め込まれ方にも変化が見られました[10]。
この研究で注目したいのは、サウナをやめると精液所見が回復した点です。ただし回復には時間がかかり、中止から6か月後の評価で元に戻っていました[10]。精子は数か月かけてつくられるため、生活を変えてもその効果が精液検査に表れるまでには時間差があります。
対象はわずか10人で、日常の入浴やデスクワークの影響をそのまま示したものではありません。それでも、妊活中は長時間のサウナや熱い長風呂、膝の上に置いたノートパソコンなど、精巣を長く温める習慣を控えることには合理性があります。
カフェイン:適量なら大きな影響を示すデータは乏しい
コーヒーなどのカフェインについては、精液所見との関連を調べた研究の結果が一致していません。観察研究をまとめた系統的レビューでは、関連を認めた研究と認めなかった研究が混在しており、結論を出すには設計のそろった研究が必要だとされています[11]。
そのため、「1日何杯までなら安全」と数字で言い切ることはできません。常識的な量のコーヒーやお茶を妊活のために無理にやめる根拠は乏しく、極端な量を避ける、というところまでが言える範囲です。
🔎 生活習慣と精液所見:根拠の強さの目安
| 生活習慣 | 報告されている関連 | 根拠の強さ |
|---|---|---|
| 喫煙 | 濃度・運動率・形がすべて低下 | メタ解析あり(比較的強い) |
| 毎日の多量飲酒 | 精液量・正常形態率が低下 | メタ解析あり(適量では差が小さい) |
| 肥満 | 乏精子症・無精子症が多い | メタ解析あり(改善効果は未確立) |
| サウナ(精巣の加温) | 精子形成が低下し、中止で回復 | 小規模研究 |
| 睡眠時間 | 7時間前後で良好とする報告 | 結果が分かれる |
| カフェイン | 一貫した関連なし | 結果が分かれる |
4. 飲んでいる薬とサプリの確認
妊活を始める前に、普段飲んでいる薬を処方した医師に伝えて、精子への影響がないか確認してください。男性の妊活で見落とされやすいのが薬の影響です。特に20〜40代の男性で使われることの多い薄毛(AGA)の治療薬は、確認しておきたい薬の代表です。
AGA治療薬(フィナステリドなど)
AGA治療薬のフィナステリドは、一部の男性で精子の数を減らすことがあり、中止すると回復する例が報告されています。男性不妊外来を受診した4,400人のうち、フィナステリドを飲んでいた27人(平均1.04mg/日)を調べた研究では、服用をやめた後に精子数が平均で約11.6倍に増え、精子濃度が1mLあたり500万未満だった人の57%が1,500万を超えるまで回復していました[12]。
フィナステリドは、テストステロンをより強力な男性ホルモンに変える酵素を妨げて薄毛の進行を抑える薬で、この作用が精子への影響の背景と考えられています。同じ仕組みで働くデュタステリドという薬もあります。
⚠️ 自己判断で急にやめないでください
フィナステリドを飲んでいる人のすべてで精子が減るわけではありません。上記の研究も27人を対象にした観察研究です。妊活を始めることを処方医に伝えたうえで、続けるか、いったん中止するかを相談してください。精子が入れ替わるには数か月かかるため、検討は早めに始めるのが実際的です。
男性の妊活サプリは必要か
食事で必要な栄養がとれていれば、男性が妊活サプリを飲む必要性は、現時点の根拠からは示されていません。男性向けの妊活サプリには葉酸や亜鉛がよく配合されていますが、これを大規模に検証したランダム化比較試験(くじ引きで2つのグループに分けて効果を比べる、最も信頼性の高い研究方法)では、効果が確認されませんでした。
不妊治療を予定する2,370組のカップルを対象にしたこの試験では、男性が葉酸5mgと亜鉛30mgを6か月間飲んだグループと、偽薬を飲んだグループの間で、精子の濃度・運動率・形のいずれにも、出生率にも差がありませんでした[13]。
以前の記事では、亜鉛を「セックスミネラル」と呼んで積極的な摂取を勧めていましたが、この試験の結果を踏まえて表現を改めました。亜鉛が明らかに不足している人では補うことに意味がある場合もありますが、一般の男性にサプリを勧める根拠にはなりません。女性の葉酸は、胎児の神経管の病気を減らす目的があり、男性とは意味が異なります。詳しくは葉酸サプリメントの効果と飲む時期で解説しています。
5. 風疹抗体の確認とパートナーとの話し合い
妊活を始める前に、男性も風疹(ふうしん)の免疫があるかを確認しておいてください。男性の風疹は精子に影響するものではありませんが、家庭内で妊娠中のパートナーにうつす可能性があります。妊娠初期の女性が風疹にかかると、赤ちゃんが目・耳・心臓などに障害を持つ先天性風しん症候群になることがあるためです。
風疹抗体の確認と公費の予防接種
特に注意が必要なのは、昭和37年4月2日から昭和54年4月1日までに生まれた男性です。この世代は子どもの頃に公費で風疹の予防接種を受ける機会がなかったため、国は抗体検査と予防接種を無料で行う「風しんの追加的対策」を実施してきました。この事業は令和7年(2025年)3月31日で終了しています[14]。
ただし、この世代の男性で、2025年3月31日までに抗体検査を受けて抗体が不十分とわかった人は、ワクチンの供給状況を踏まえた厚生労働省の決定により、令和9年(2027年)3月31日まで予防接種を原則無料で受けられます[15]。これとは別に、妊娠を希望する女性とその配偶者などを対象に抗体検査を行っている自治体もあります[14]。制度は時期や自治体で異なるため、2026年9月時点の情報として、お住まいの市区町村で確認してください。
上記の世代以外でも、接種が1回だけだったり記録が不明だったりすることがあります。母子手帳などで接種歴を確認し、不明な場合は抗体検査を検討してください。
パートナーと話し合っておきたいこと
妊活を始める前に、いつまでにどこまで進めるかをパートナーと共有しておくことが、検査や治療の判断を早めます。たとえば「自然妊娠を何か月試したら検査を受けるか」「不妊治療に進む場合、どこまでを希望するか」「費用や仕事との両立をどうするか」といった点です。
妊活のプレッシャーから、排卵日に合わせた性交渉がうまくいかなくなる男性もいます。勃起や射精の問題には治療の選択肢があり、不妊治療の一環として薬が使われることもあります。パートナーと共有したうえで、泌尿器科などで早めに相談してください。
6. 男性の年齢と精子・遺伝の関係
父親の年齢が上がると、子どもに新しく生じる遺伝子の変化(新生突然変異)の数が増えることがわかっています。妊活では女性の年齢ばかりが注目されますが、男性の年齢にも遺伝の面で意味があります。
父親の年齢とともに増える新生突然変異
新生突然変異とは、両親のどちらも持っておらず、精子や卵子ができる過程で新しく生じ、子どもで初めて見つかる遺伝子の変化のことです。アイスランドの親子78組の全ゲノムを解析した研究では、子の新生突然変異の数は父親の年齢で大きく左右され、父親の年齢が1歳上がるごとに約2個増え、16.5年でおよそ2倍になると推定されました[16]。
この差が生まれる理由は、精子と卵子のつくられ方の違いにあります。卵子のもとになる細胞は胎児期に分裂を終えますが、精子のもとになる細胞は思春期以降も分裂を続けます。DNAは分裂のたびに複製され、わずかな確率で写し間違いが起こるため、男性の生殖細胞では変化が年齢とともに積み重なります。
ただし、新生突然変異の大部分は健康に影響しない場所に生じます。父親の年齢が上がると、子の特定の病気のリスクが集団として高くなることは報告されていますが、一人ひとりの子どもが病気になる確率に直接置き換えられる数字ではなく、絶対的なリスクは低いままです。しくみの詳細は新生突然変異(De Novo変異)とはで解説しています。
💡 用語解説:新生突然変異(de novo変異)
両親の体の細胞には存在せず、精子や卵子ができる過程、または受精後のごく早い時期に新しく生じた遺伝子の変化です。親から受け継いだ変化ではないため、親の遺伝子検査では見つかりません。大部分は健康に影響しませんが、重要な遺伝子に生じると病気の原因になることがあります。
精子のエピゲノムも年齢で変わる
精子では、DNAの配列そのものだけでなく、遺伝子の働き方を調節する目印(エピゲノム)も年齢とともに変化します。エピゲノムの代表がDNAメチル化で、DNAの特定の場所に小さな化学的な目印が付くことで、その周囲の遺伝子が働きやすくなったり、働きにくくなったりします。
同じ男性17人から9〜19年の間隔をあけて精子を採取して比べた研究では、139の領域でメチル化が年齢とともに低下し、8つの領域で増加していました[17]。変化した領域の一部は、精神神経系の病気との関連が報告されている遺伝子に位置していました。
一方で、同じ研究グループは、精子で見られた年齢による変化が、そのまま孫の世代まで受け継がれるわけではなかったとも報告しています[18]。受精後の大規模な「リセット」で多くの目印が消されるためと考えられています。精子のエピゲノムの変化が子の健康にどこまで関わるのかは、まだ研究の途中です。
🩺 院長コラム【父親の年齢は「不安材料」ではなく「情報」】
父親の年齢と新生突然変異の話は、聞き方によっては不安をあおるように受け取られがちです。けれども、集団で見たリスクの上昇と、目の前のお一人の子どもに何が起こるかは別の話で、私は数字を個人の確率として読み替えないことが大切だと考えています。
そのうえで、年齢という変えられない要素があるからこそ、禁煙や飲酒の見直しのように変えられる部分に早めに手をつけ、検査のタイミングを先送りしないことに意味があると考えています。年齢の影響をより詳しく知りたい方は、父親の高齢と子どもの病気もあわせてご覧ください。
7. 精液検査で異常が出たら|遺伝学的検査という選択肢
精液検査で無精子症や高度の乏精子症がわかった場合には、原因を調べるために染色体や遺伝子の検査が検討されます。男性不妊の約15%は、すでに知られている遺伝的な異常によるものとされています[19]。原因がわかると、精子を採り出せる見込みや、子どもへの遺伝の可能性について、より具体的な情報が得られます。
染色体検査とクラインフェルター症候群
精子の数が非常に少ない男性や無精子症の男性では、染色体の数や形の異常が見つかる割合が高くなります。染色体の異常は、一般の男性では約0.4%ですが、乏精子症では約3.6%、無精子症では最大15%に見られると報告されています[19]。
このため、米国泌尿器科学会・米国生殖医学会の2024年改訂ガイドラインでは、原発性不妊で無精子症、または精子濃度が1mLあたり500万未満で、FSH高値・精巣萎縮・造精機能障害の診断を伴う男性に核型検査を勧めています。一方、欧州泌尿器科学会は、無精子症または精子濃度が1mLあたり1,000万未満の乏精子症を核型検査の適応としています[19][20]。最も多い原因は、X染色体が1本多いクラインフェルター症候群(47,XXY)で、男性約660人に1人に見られ、精巣で精子がつくられないタイプの無精子症の遺伝的原因として最も多いものです[19]。詳しくはクラインフェルター症候群とはをご覧ください。
染色体の一部が入れ替わる「転座」などの構造の異常は、本人の健康には影響しなくても、精子がつくられにくくなったり、流産の原因になったりすることがあります。こうした異常は子どもに受け継がれる可能性もあるため、結果の説明には遺伝の専門的な視点が欠かせません。
Y染色体微小欠失(AZF)と遺伝子パネル検査
Y染色体の上には、精子をつくるのに欠かせない遺伝子が集まった「AZF領域」があり、ここの一部が欠けていると精子がつくられにくくなります。このY染色体微小欠失は、染色体検査の顕微鏡では見えないほど小さな欠け方のため、専用の検査で調べます。欠失は無精子症や高度の乏精子症の男性に集中して見つかります。米国泌尿器科学会・米国生殖医学会の2024年改訂ガイドラインでは、原発性不妊で無精子症、または精子濃度が1mLあたり100万以下で、FSH高値・精巣萎縮・造精機能障害の診断を伴う男性にY染色体微小欠失検査を勧めています[20]。
AZF領域のどこが欠けているかによって、精巣から精子を採り出せる見込みが大きく変わるため、手術を検討する前の情報として重要です。また、Y染色体の欠失は男の子に受け継がれるため、顕微授精で子どもを授かった場合の遺伝についても知っておく必要があります。詳しくはY染色体AZF微小欠失で解説しています。
染色体検査やAZF検査で原因がわからない場合でも、精子の形成や運動に関わる多くの遺伝子のどこかに原因があることがあります。こうした遺伝子を一度に調べるのが男性不妊症遺伝子検査(NGSパネル)です。ミネルバクリニックでは、精液検査や不妊治療は行っていませんが、こうした遺伝学的検査と、その結果の説明を臨床遺伝専門医が担当しています。
🩺 院長コラム【原因がわかることの意味】
無精子症と告げられたあと、「原因を調べても治らないなら意味がない」と考える方もいらっしゃるかもしれません。けれども遺伝的な原因がわかると、精巣から精子を採り出せる見込みを事前に見積もれたり、生まれてくる子どもに同じ変化が伝わるかどうかを考えたりすることができます。
30年あまりの臨床で遺伝の問題に向き合ってきて、私は原因がはっきりすることそのものに、次の選択を考える土台としての価値があると考えています。検査を受けるかどうかは、得られる情報と限界を知ったうえで決めていただくのがよいと考えています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 男性の妊活は何から始めればいいですか?
まず精液検査で自分の状態を確認し、あわせて禁煙、毎日の多量飲酒を避ける、精巣を温めすぎない、飲んでいる薬を主治医に確認する、の順で見直すのが基本です。不妊の初期評価では男女を同時に調べることが勧められています。
Q2. 妊活中の男性はお酒をやめるべきですか?
研究で精液所見への影響がはっきり出ているのは毎日の多量飲酒で、ときどき適量を飲む程度では明らかな悪影響は示されていません。ただし、少量で顔が赤くなるALDH2の体質の人では影響が大きい可能性が報告されているため、量を控えることを考えてよいでしょう。
Q3. 男性も妊活サプリは必要ですか?
食事で栄養がとれていれば、必要性は示されていません。男性に葉酸と亜鉛を6か月飲んでもらった大規模なランダム化比較試験では、精液所見にも出生率にも偽薬との差がありませんでした。
Q4. 精液検査はどこで受けられますか?保険は使えますか?
泌尿器科(男性不妊外来)や不妊治療を行う婦人科で受けられます。精液検査は不妊の原因を調べる検査として保険の対象で、2022年4月からは精巣内精子採取術などの男性不妊の手術も保険適用になりました。自己負担額は医療機関で確認してください。
Q5. AGA治療薬は妊活中にやめたほうがいいですか?
フィナステリドは一部の男性で精子数を減らし、中止で回復した例が報告されています。ただしすべての人で影響が出るわけではないため、自己判断で中止せず、妊活を始めることを処方医に伝えて相談してください。
Q6. 生活習慣を変えたら、どのくらいで精子に反映されますか?
精子は数か月かけてつくられるため、効果が精液検査に表れるまでには時間差があります。サウナの研究では、中止から6か月後の評価で精液所見が元に戻っていました。見直しは早めに始めるのが実際的です。
Q7. ミネルバクリニックで精液検査や不妊治療は受けられますか?
いいえ、当院では精液検査や不妊治療は行っていません。精液検査は泌尿器科や不妊治療を行う医療機関で受けてください。当院では、精液検査で異常がわかった方の原因を調べる遺伝学的検査と、その結果の説明を臨床遺伝専門医が担当しています。
まとめ
妊活で男性がやるべきことの中心は、精液検査で自分の状態を知ることです。不妊カップルのおよそ半数で男性側の要因が関わっており、検査は女性と同時に始めることが勧められています[1]。精液検査の基準値はWHO第6版(2021年)の値を使い、基準値は妊娠できるかどうかの境界線ではないことを理解しておいてください[2]。
生活習慣では、禁煙を最優先に、毎日の多量飲酒を避け、精巣を温めすぎず、適正体重を保つことが勧められます。飲んでいる薬は処方医に確認し、風疹の免疫も確かめておきましょう。さらに、父親の年齢は子に新しく生じる遺伝子の変化の数に関わり[16]、精液検査で異常が出た場合には、染色体や遺伝子の検査で原因がわかることがあります[19]。
🏥 男性不妊の遺伝学的検査をお考えの方へ
ミネルバクリニックでは、精液検査や不妊治療は行っていません。精液検査で無精子症や高度の乏精子症を指摘され、その原因を遺伝子や染色体の面から調べたい方に、男性不妊症遺伝子検査と、結果の説明を含む遺伝カウンセリングを臨床遺伝専門医が行っています。
参考文献
- [1] Diagnosis and treatment of infertility in men: AUA/ASRM guideline part I. Fertil Steril. 2021;115(1):54-61. [PubMed 33309062]
- [2] WHO laboratory manual for the examination and processing of human semen, sixth edition. World Health Organization; 2021. [WHO]
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- [4] 厚生労働省保険局医療課. 令和4年度診療報酬改定の概要 不妊Ⅱ(各論). [厚生労働省]
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