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「ADHD(注意欠如・多動症)の遺伝率は70%」――この数字を目にして、眠れなくなった方が多くいらっしゃいます。ご自身やパートナーにADHDの診断があり、これから子どもをもつかどうかで立ち止まっている方も、上のお子さんが診断を受けて次のお子さんのことを考えている方も、まず知っていただきたいことがあります。遺伝率70〜80%というのは、「あなたのお子さんが70〜80%の確率でADHDになる」という意味ではありません。この記事では、その誤解をほどいたうえで、実際の数字はどれくらいなのかを、大規模な研究データにもとづいて臨床遺伝専門医の立場から整理します。
⏱️ 30秒でわかる要約
🧬 Q. ADHDは遺伝する?遺伝率70〜80%は子どもに伝わる確率?
遺伝の影響は大きく、双生児研究37件の平均で遺伝率は74%です。ただし遺伝率は「集団のばらつきの何割が遺伝で説明できるか」の数字で、お子さん個人の確率ではありません。スウェーデンの約166万人の研究では、ADHDのある人のきょうだいが20歳までに診断された割合は25.3%でした(診断のない人のきょうだいは約3.6%)。
👨👩👧 Q. 父親と母親、どちらから遺伝しやすい?
父親由来・母親由来で伝わりやすさに差があるという確かな根拠はありません。関わる遺伝的な要素の多くは、男女どちらの親からも半分ずつ受け取る常染色体にあり、遺伝率も男女で同程度と報告されています。
🔬 Q. 遺伝子検査で「将来ADHDになるか」はわかる?
わかりません。ADHDは影響の小さい多数の遺伝要因と環境が重なって成り立っているためです。ただし、知的発達の遅れなどが重なる場合は、背景にある別の原因(遺伝子や染色体の変化)を調べる検査が役に立つことがあります。
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お子さん本人・ご自身の原因を調べる遺伝子検査(自閉症122遺伝子・発達障害など689遺伝子のパネル)も、臨床遺伝専門医が検査前から結果まで担当します。
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「遺伝率70〜80%」は、子どもに伝わる確率ではありません
はじめに、いちばん大切なところからお伝えします。インターネットで見かける「ADHDの遺伝率は70%」「74%」といった数字は、医学・遺伝学で遺伝率(heritability)と呼ばれる指標です。これは集団の中でのばらつきを説明するための数字であって、目の前のひとりの子に何が起きるかを示すものではありません。
💡 用語解説:遺伝率(heritability)
ある集団の中で、人によって違いが出ている理由のうち、何割が遺伝的な差で説明できるかという割合です。「集団の説明」であって、「個人の予測」ではありません。遺伝率が高くても、「その人の結果が遺伝で何割決まっている」という意味にはならず、同じ遺伝的な条件の人でも、結果が同じになるとは限りません。
双生児研究が示してきた数字
遺伝率は、一卵性双生児(遺伝情報がほぼ同じ)と二卵性双生児(平均して約50%が共通)で、2人とも同じ状態になる割合がどれくらい違うかを比べて計算します。ADHDについては、37の双生児研究の平均で74%という値が報告されており、ADHDの診断の有無で比べた双生児研究に限ると77〜88%の幅で示されています[1]。スウェーデンで約166万人の家族のデータを解析した研究でも、遺伝要因の寄与は89%と推定されました[2]。
つまりADHDは、精神・神経発達の領域ではかなり遺伝の影響が大きい状態です。そこは事実として押さえておく必要があります。ただし、それでも「親がADHDなら子どもも7〜8割ADHD」にはなりません。なぜそうならないのかを、次の章で数字にしてお見せします。
ADHDは「ADHDの遺伝子」が1つ伝わるのではない
もうひとつ誤解が多いのが、伝わり方のイメージです。ADHDには、ひとつ持っていれば発症が決まるような「ADHDの遺伝子」はありません。多因子遺伝といって、ごく小さな影響しか持たない多数の遺伝的な違いが少しずつ積み重なり、そこに環境の要素が加わって成り立っています。
2023年に発表された大規模なGWAS(ゲノムワイド関連解析)では、ADHDのある38,691人と対照186,843人を比較して27の領域が見つかりましたが、そのひとつひとつの影響はごくわずかでした[4]。しかも、こうしたよくある遺伝的な違い(SNP)で説明できる部分は約22%にとどまり、双生児研究の約80%との間に大きな隔たりがあります[1][6]。この差の理由は、今も研究が続いています。
🔬 用語解説:多因子遺伝・ポリジェニック
多因子遺伝は、多数の遺伝要因と環境要因が重なって起きる伝わり方です。1つの遺伝子で決まるタイプとは違い、家系図をなぞって確率を計算することができません。ポリジェニックは、影響の小さい遺伝的な違いが多数集まっている状態のことで、その合計を数値にする試みが多遺伝子リスクスコア(PRS)です。現時点では、ADHDの診断や治療に遺伝子の情報は必要とされていません[6]。
🩺 院長コラム【「70%」という数字が、ひとり歩きしています】
遺伝カウンセリングの場で、「調べたら70%と書いてありました」と、青ざめた表情でお話しになる方に何度もお会いしてきました。そのたびに、まずこの数字の読み方からご説明しています。遺伝率は集団の性質を表す指標で、あなたのお子さんの未来を予告する数字ではありません。ここを取り違えたまま何日も悩み続けるのは、あまりにもったいないことです。
正直に申し上げると、この誤読は医療者側の説明不足にも責任があります。専門家が使う言葉が、そのまま一般の記事に転記され、意味が入れ替わってしまう。だからこそ、遺伝の数字は「何を測った数字なのか」とセットでお伝えするようにしています。
では実際、どのくらいの確率で伝わるのか
ここからが、多くの方がいちばん知りたい部分だと思います。スウェーデンで1985〜2006年に生まれた約166万人を追跡した研究では、ADHDのある人のきょうだい(両親が同じ)は、ADHDと診断される割合が一般より約8倍高くなっていました[2]。
「8倍」と聞くと非常に大きく感じますが、これは倍率であって確率ではありません。もとの確率が小さければ、何倍になっても絶対的な数字は限られます。同じ研究の結果を、血縁の近さの順に並べてみます[2]。
📊 血縁の近さ別にみた、ADHDの起こりやすさ(倍率)
| 血縁関係 | 共有する遺伝情報(平均) | 一般との比(倍) |
|---|---|---|
| 一卵性双生児 | ほぼ100% | 70.45 |
| 二卵性双生児 | 50% | 8.44 |
| きょうだい(両親が同じ) | 50% | 8.27 |
| 母親だけが同じきょうだい | 25% | 2.86 |
| 父親だけが同じきょうだい | 25% | 2.31 |
| いとこ | 12.5% | 2.24 |
| 半いとこ(親どうしが片親だけ同じきょうだい) | 6.25% | 1.47 |
出典:Chenら(J Child Psychol Psychiatry, 2017)[2]。スウェーデンの登録データ(1985〜2006年生まれ)で、出生年を調整したハザード比。血縁が遠くなるほど、数字が下がっていきます。
「倍率」ではなく「実数」で見ると
同じ研究では、実際に何%の方が診断を受けたのかも示されています[2]。
📊 20歳までにADHDと診断された割合(スウェーデンの研究)
| 家族の状況 | 20歳までに診断された割合 |
|---|---|
| ADHDのある人のきょうだい | 25.3%(約4人に1人) |
| ADHDのある人のいとこ | 10.0% |
| ADHDのない人の親族 | 約3.6% |
出典:Chenら(2017)[2]。国の登録データにもとづく累積の割合で、国や診断のしかた、時代によって数字は変わります。
この数字から言えるのは、きょうだいでも「約4人に1人」であって、7割でも8割でもないということです。言い換えれば、家族にADHDのある方がいても、4人のうち3人は20歳までに診断に至っていません。ここは、はっきり申し上げておきたいところです。
父親から伝わる? 母親から伝わる?
「父親がADHDだと伝わりやすいのか」「母親からのほうが強いのか」というご質問を、非常によくいただきます。結論からお伝えすると、父親由来・母親由来で伝わりやすさに差があるという確かな根拠はありません。
理由はシンプルです。ADHDに関わる遺伝的な要素の大部分は、性別に関係のない常染色体の上に散らばっています。お子さんは常染色体をお父さんから半分、お母さんから半分ずつ受け取りますから、どちらか一方に偏る仕組みがそもそもありません。遺伝率も、男性と女性で同程度と報告されています[1]。
「母方のほうが少し高い」というデータの読み方
先ほどの表で、母親だけが同じきょうだい(2.86倍)が、父親だけが同じきょうだい(2.31倍)よりわずかに高くなっていました。遺伝情報の共有割合はどちらも平均25%で同じですから、この差は遺伝だけでは説明できません。
研究者が挙げているのは、母方のきょうだいは妊娠中の環境や、親の離別後に母親と暮らすことが多いなど、環境を共有しやすいこと、そして父方のきょうだいには、記録上の父親と生物学上の父親が一致しない例がまぎれこむ可能性があることです[2]。「母親のほうが強く伝える」という意味ではありません。
女の子がADHDのとき、きょうだいはどうか
ADHDと診断される割合は、子ども・若者では男性が女性のおよそ2倍とするメタ解析があります[5]。そのため「女の子がADHDなら、家族に遺伝的な要素がより多く積み上がっているのでは」と考えられることがあります。
しかし、スウェーデンの大規模研究では、ADHDのある人が男性か女性かで、きょうだいの起こりやすさに統計的にはっきりした差はみられませんでした[2]。現時点では、「上の子が女の子だから下の子の確率が大きく上がる」と考える根拠は十分ではありません。
父親の年齢は関係するのか
精子は生涯にわたってつくられ続けるため、父親の年齢が上がるほど、お子さんにde novo変異(新生突然変異)が生じる数は増えていきます。ただし先ほどのスウェーデンの研究では、父親・母親の年齢で調整しても、家族内での起こりやすさ(倍率)の大きさは変わりませんでした[2]。父親の年齢がADHDが家族に集まる主な理由、という位置づけではありません。父親の年齢と子どもの病気の関係は父親の高齢と子どもの病気|染色体異常・遺伝子異常・自閉症で解説しています。
きょうだい・いとこ・孫はどうなるのか
「きょうだいには伝わらない」と書かれた記事を目にすることがありますが、これは誤りです。ADHDのある人のきょうだいは、明らかに診断を受けやすいことが、大規模研究で示されています。倍率ではおよそ8倍、実数では20歳までに25.3%でした[2]。米国の研究でも、ADHDのある子の下のきょうだいは、ADHDと診断される割合が高くなっていました(オッズ比13.05)[3]。
きょうだいは親から遺伝情報を受け取るという意味で「お互いに遺伝した」わけではありませんが、同じご両親から、似た組み合わせを受け取っているのですから、似た傾向が出るのは自然なことです。上のお子さんが診断を受けた段階で、下のお子さんの様子も気にかけていただく価値は十分にあります。自閉症の場合の数字は自閉症が兄弟で起こる確率で同じ形に整理しています。
上のお子さんに原因の遺伝子・染色体の変化が見つかった場合と、見つからない場合
ここまでの数字は、原因がはっきりしない多くのADHD(多因子のADHD)を平均したものです。一方、ADHDの一部には、特定の遺伝的な症候群があり、そこでADHDがとくに多くみられるケースがあります[6]。たとえば22q11.2欠失症候群では、国際共同研究で6〜12歳の子どもの37%にADHDがみられました[9]。
🧬 上のお子さんの検査結果で、次のお子さんの考え方が変わる
| 上のお子さんの状況 | 次のお子さんの考え方 |
|---|---|
| 原因の遺伝子・染色体の変化が見つかった | ご両親が同じ変化を持っているかを調べ、その変化の遺伝のしかたにもとづいて確率を考えます(両親になく、お子さんで新しく起きた変化なら、次のお子さんで同じ変化が起こる可能性は低くなります)。 |
| 検査をしても原因が見つからない・検査をしていない | 多因子のADHDとして、上の表の研究の数字(きょうだいで20歳までに約4人に1人)を目安にします。 |
遺伝子・染色体の検査で原因が見つかるのは一部の方で、見つからないことは少なくありません。どの検査が合うかは、お子さんの症状(知的発達の遅れ・けいれん・体の特徴など)によって変わります。
「隔世遺伝」という説明は当てはまりません
「祖父に似ている」「一代飛んで孫に出た」という言い方をされることがありますが、隔世遺伝という考え方はもともと、1つの遺伝子で決まる伝わり方を説明するためのものです。多因子で成り立つADHDには、そのままでは当てはまりません。
実際のデータでは、いとこで2.24倍、半いとこで1.47倍と、血縁が遠くなるにつれてなだらかに下がっていきます[2]。「飛んで出る」のではなく、「薄まりながら広がっている」と考えるほうが実際に近いのです。祖父母と孫が共有する遺伝情報は平均25%で、片親だけが同じきょうだいと同じ程度の近さにあたります。
⚠️ ご注意ください
「家系にADHDの人が多い」と感じられても、それは特別なことではありません。ADHDはまれな状態ではないため、家系の中に何人かいることは珍しくありません。家系図を書いて確率を計算しようとしても、多因子遺伝では意味のある数字になりません。
「母親のせい」でも「育て方のせい」でもありません
検索キーワードを見ていると、「ADHD 原因 母親」「ADHD 親が原因」という言葉で調べていらっしゃる方がとても多いことに気づきます。ここは、臨床遺伝専門医としてはっきりお伝えします。ADHDは、ご両親の育て方によって引き起こされるものではありません。日本小児心身医学会も、ADHDの症状は親の育て方の失敗ではなく生まれつきの特性によるものであり、叱って改善できるものではないと説明しています[10]。
「妊娠中の喫煙が原因」という説明は、見直されています
長いあいだ、妊娠中の喫煙はADHDの危険因子として説明されてきました。実際、単純に集団を比べると約2倍という関連が出ます。ところが、同じお母さんから生まれたきょうだいどうしを比べるという方法を使うと、この関連はほとんど消えてしまうことがわかりました。
デンマークで約97万人を対象に行われた研究では、通常の解析で2.01倍だった関連が、きょうだい比較では1.07倍(統計的に意味のある差なし)まで下がりました[7]。スウェーデンの約81万人の研究でも、きょうだい比較では関連がみられなくなっています[8]。研究者らは、喫煙とADHDの見かけの関連は、家族に共通する遺伝的な要素や環境によって説明されると考えています。
🧪 用語解説:きょうだい比較デザイン
同じ家族の中で、ある要因にさらされた子とそうでない子を比べる研究方法です。遺伝的な背景も家庭環境も多くが共通しているため、「本当にその要因が原因なのか」を見きわめやすくなります。なお、ADHDとの関連が弱くても、妊娠中の喫煙は赤ちゃんの体にほかの影響を及ぼすため、避けるべきことに変わりはありません。妊娠中の喫煙の影響は妊娠中のタバコ・受動喫煙の影響と奇形リスクで解説しています。
「子どもを産むのが怖い」と感じている方へ
この記事にたどりつく方の中には、「ADHD 子供 産むな」といった、ご自分を傷つけるような言葉で検索された方が少なくありません。誰にも相談できないまま、深夜にひとりで調べておられるのだと思います。まず、そこまで真剣に考えておられること自体が、すでにお子さんのことを大切に思っている証拠だとお伝えしたいです。
そのうえで、事実を整理します。ここまで見てきたとおり、家族にADHDのある方がいても、お子さんの多くはADHDと診断されません。そして仮に診断がついたとしても、それは「その子の人生が決まる」ということではありません。ADHDは知的能力の高い人にもみられ、そうした人でも診断できることがわかっています[5]。
むしろ、ご両親のどちらかにADHDがあることには、実際的な利点もあります。特性を身をもって知っているぶん、お子さんのつまずきに早く気づき、早く手を打てるということです。何もわからないまま「なぜできないの」と叱り続けてしまう環境よりも、ずっと良い出発点だと考えています。
ADHDのある方どうしのご夫婦の場合
お二人ともADHDの場合、お子さんに伝わる可能性が一方だけの場合より高くなることは、多因子遺伝の考え方からいって想定されます。ただし、「両親ともADHDのときの子の割合」を直接示した大規模研究は、当院で確かめた範囲では見つかりませんでした。数字を断定的に示している情報を見かけたら、その出典を確かめていただくことをおすすめします。
確かなのは、遺伝情報がほぼ同じ一卵性双生児でも、2人とも診断されるとは限らないという事実です。スウェーデンの研究では、少なくとも1人がADHDと診断された一卵性双生児69組のうち、2人とも診断されていたのは27組でした[2]。遺伝的な条件が同じでも、結果は同じになりません。そこには必ず、決まっていない余地が残されています。
🩺 院長コラム【「産まないほうがいいでしょうか」と聞かれたとき】
遺伝カウンセリングの場で、この問いを向けられることがあります。私は、そこに答えを出すことはいたしません。産む・産まないは医学が決めることではなく、ご本人とご家族が決めることだからです。私がお引き受けするのは、決めるために必要な事実を、正確に、誇張も過小評価もなくお渡しすることまでです。
ただ、ひとつだけ申し上げていることがあります。ネット上の断片的な数字だけで、人生の大きな決断をなさらないでください、と。実際にお話ししてみると、恐れておられた内容と現実の数字がまるで違っていた、というケースがほとんどです。不安の正体をはっきりさせることは、それだけで大きな意味があります。
遺伝子検査で「将来ADHDになるか」はわかりません
遺伝の話をすると、次に必ず出てくるのが「検査で調べられませんか」というご質問です。ここは誠実にお答えしなければならないところです。今の医療には、生まれる前や幼いうちにADHDになるかどうかを予測できる遺伝子検査はありません。
理由は、これまで見てきたとおりです。ADHDは影響の小さい多数の遺伝要因が積み重なって成り立っており、「これがあれば発症する」という決め手の遺伝子がないからです。積み上げを数値にする多遺伝子リスクスコアも研究段階にあり、ADHDの診断や治療に遺伝子の情報が必要とされる段階には至っていません[6]。
ADHDは、遺伝子ではなく行動と生活上の困りごとを診ることで診断されます。世界ADHD連盟の国際コンセンサスも、ADHDは免許をもつ臨床医が保護者や本人と面接して診断するもので、評価尺度だけ、神経心理検査だけ、脳画像だけでは診断できないとしています[5]。日本では、12歳以前からこうした行動の特徴があり、学校・家庭・職場など複数の場面で困難がみられる場合に診断されると説明されています[11]。
それでも遺伝子検査が役に立つ場面はあります
では検査が無意味かというと、そうではありません。知的発達の遅れ、言葉の遅れ、けいれん、体の特徴などが重なっている場合には、背景に1つの遺伝子の変化や染色体の小さな欠失・重複による病気が隠れていることがあります。この場合は、発達障害・学習障害・知的障害の遺伝子検査や自閉症遺伝子検査によって原因がわかり、その後の見通しや必要な支援、次のお子さんの考え方がはっきりすることがあります。どの検査を選べばよいかは発達障害の遺伝子検査|発達障害は遺伝する?確率と検査の選び方でまとめています。
大切なのは、「ADHDかどうかを調べる検査」ではなく、「ほかの原因が隠れていないかを確かめる検査」だと理解することです。当院では、検査を受けるべきかどうかという段階から、臨床遺伝専門医がご一緒に整理します。
⚠️ ご注意ください
「発達障害がわかる遺伝子検査」をうたう検査には、医学的な裏づけが不十分なものもあります。何を調べ、結果をどう使えるのかが示されているか、必ずご確認ください。
次の妊娠で調べられること(NIPT)
ADHDそのものを、妊娠中の検査で調べることはできません。ただし、ADHDや自閉症・発達障害の原因の一部になる染色体の小さな欠失は、NIPT(新型出生前診断)で調べられるものがあります。上でふれた22q11.2欠失症候群は、当院のスタンダード・プレミアム・ダイヤモンド・双子マックス・インペリアルのすべてのプランで調べる対象です。どの原因がどのプランで調べられるかは、一部の自閉症・発達障害の原因はNIPTでわかるで整理しています。
NIPTでわかるのはあくまで原因の一部で、多因子のADHDはNIPTではわかりません。陰性でも「ADHDにならない」という意味ではありません。当院のNIPTは妊娠9週から受けられ、妊娠6〜8週は臨床研究として受けられます。
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22q11.2欠失症候群はスタンダードプランから調べられ、陽性なら羊水検査・絨毛検査まで院内で受けられます。
スタンダードプラン | NIPTを受けるべきか迷う方へ
ADHDとASD(自閉スペクトラム症)は、両方あることがあります
古い解説では「ADHDとASDはどちらか一方」と書かれていることがあります。これは現在の基準では正しくありません。2013年のDSM-5以降、ADHDとASDは併せて診断できるようになっています。
家族の中でも、両者は重なり合っています。米国で後に生まれたきょうだい15,175人を調べた研究では、ADHDのある子の下のきょうだいは、ASDと診断される割合も高く(オッズ比4.35)、逆にASDのある子の下のきょうだいはADHDと診断される割合が高い(オッズ比3.70)という結果でした[3]。研究者は、ADHDやASDのある子の下のきょうだいは、両方の可能性を視野に入れて見守るべきだとしています[3]。
気になったとき、どこに相談すればよいか
遺伝のことを調べているうちに、「うちの子は大丈夫だろうか」という気持ちに変わってこられた方も多いと思います。お子さんの様子が気にかかる場合の相談先は、小児科・児童精神科・発達外来です。
診断は、問診・行動観察・心理検査などを組み合わせて総合的に行われます。ご家庭や園・学校での様子が大切な情報になりますので、気づいたことをメモしてお持ちになると診察が進みやすくなります。
支援の柱は3つ
ADHDの支援は、症状をゼロにすることではなく、日常生活の困りごとを減らすことを目標にします。大きく、生活や学びの環境を整える環境調整、本人とご家族を支える心理的支援、そして必要に応じた薬による治療の3つです。
早い段階から支援が入ることには、はっきりした意味があります。子どものころに失敗を厳しく叱られてばかりいると自信を失い、二次的な困難につながりやすいことが指摘されているためです[10]。遺伝を心配するエネルギーは、早く気づいて環境を整えることに向けたほうが、お子さんの助けになります。
当院でできること
ミネルバクリニックは臨床遺伝専門医が常駐する遺伝診療のクリニックです。ADHDそのものの診断や治療は小児科・精神科の領域ですが、「遺伝の心配をどう受け止めればよいのか」というご相談は、遺伝診療の中心的なテーマです。
🏥 当院でご相談・検査できること
| こんなとき | 当院でできること |
|---|---|
| 遺伝の数字の意味を整理したい | 臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリング・遺伝診療(紹介状は不要です) |
| お子さん本人・ご自身の原因を調べたい | 発達障害・学習障害・知的障害の遺伝子検査(689遺伝子)、自閉症遺伝子検査(122遺伝子) |
| 次の妊娠で調べられることを知りたい | 22q11.2欠失症候群など、発達障害の原因の一部を調べられるNIPT(陽性なら羊水検査・絨毛検査まで院内で) |
特定の選択へ誘導することはありません。検査を受けない選択も、同じ重さで尊重します。
まとめ
📌 重要ポイントのまとめ
・遺伝率70〜80%の意味:集団のばらつきを説明する指標で、お子さんの発症確率ではない
・実際の数字:きょうだいで約8倍。実数では20歳までに約4人に1人(25.3%)で、多くは診断に至らない
・父親か母親か:関わる要素の多くは常染色体にあり、どちらか一方に偏る仕組みはない
・いとこ・孫:いとこで約2.2倍と、血縁が遠くなるほどなだらかに下がる。隔世遺伝は当てはまらない
・母親のせいではない:妊娠中の喫煙との関連は、きょうだい比較でほぼ消える
・ASDとの関係:DSM-5以降は両方の診断が可能で、きょうだいでは両方の可能性を見守る
・遺伝子検査:ADHDになるかの予測はできない。ほかの原因が隠れていないかを確かめる用途で意味をもつ
遺伝の話は、どうしても「決まってしまっている」という方向に受け取られがちです。けれどADHDに関していえば、決まっていない部分のほうがずっと大きいというのが、データが示していることです。数字の意味を正しく理解できれば、必要以上に怖がらずに次の一歩を選べます。
🏥 遺伝の数字の意味から、臨床遺伝専門医と整理する
臨床遺伝専門医が常駐し、お子さん本人の原因を調べる遺伝子検査(自閉症122遺伝子・発達障害など689遺伝子)から、次の妊娠のNIPT、陽性のときの羊水検査・絨毛検査まで、同じ院内でご相談いただけます。
妊娠を考えている方は:一部の自閉症・発達障害の原因はNIPTでわかる | NIPT(新型出生前診断)のプラン
よくある質問(FAQ)
Q1. ADHDの遺伝率70%とは、子どもに70%の確率で遺伝するという意味ですか?
違います。遺伝率は、ある集団の中で人によって違いが出る理由のうち、何割が遺伝的な差で説明できるかを表す指標で、個人の発症確率ではありません。スウェーデンの約166万人の研究では、ADHDのある人のきょうだいが20歳までにADHDと診断された割合は25.3%でした。
Q2. ADHDは父親と母親のどちらから遺伝しやすいですか?
どちらか一方に偏るという確かな根拠はありません。ADHDに関わる遺伝的な要素の多くは性別に関係のない常染色体の上にあり、お子さんは父親・母親から半分ずつ受け取ります。遺伝率も男女で同程度と報告されています。
Q3. 上の子がADHDです。兄弟(下の子)も同じになる確率は?
きょうだいは一般より診断を受けやすく、スウェーデンの研究では約8倍、20歳までに診断された割合は25.3%(ADHDのない人のきょうだいでは約3.6%)でした。約4人に3人は診断に至っていません。上のお子さんの診断がわかった時点で、下のお子さんの様子にも目を向けておくと、早く支援につなげやすくなります。
Q4. ADHDは隔世遺伝しますか? 孫やいとこはどうですか?
隔世遺伝は1つの遺伝子で決まる伝わり方を説明する考え方で、多因子で成り立つADHDには当てはまりません。スウェーデンの研究では、いとこで2.24倍、半いとこで1.47倍と、血縁が遠くなるほどなだらかに下がっていました。「一代飛ぶ」のではなく「薄まりながら広がる」とお考えください。
Q5. ADHDは遺伝と環境のどちらで決まりますか?
どちらか一方ではありません。双生児研究では遺伝率の平均が74%と遺伝の影響は大きい一方、影響の小さい多数の遺伝要因と環境が重なって成り立つ多因子の状態です。一卵性双生児でも2人とも診断されるとは限らず、遺伝だけで結果が決まるわけではありません。
Q6. 妊娠中の喫煙や、母親の育て方が原因ではないのですか?
同じお母さんから生まれたきょうだいどうしを比べると、妊娠中の喫煙とADHDの関連はほとんど消えることが、デンマークとスウェーデンの大規模研究で示されています。見かけの関連は、家族に共通する遺伝的な要素や環境によると考えられています。ADHDは育て方によって引き起こされるものでもありません。
Q7. 両親ともADHDの場合、子どもはどうなりますか?
一方だけの場合より高くなることは多因子遺伝の考え方から想定されますが、両親ともADHDのときの子の割合を直接示した大規模研究は、当院で確かめた範囲では見つかりませんでした。具体的な数値を断定している情報を見かけたら、出典をご確認ください。遺伝情報がほぼ同じ一卵性双生児でも、2人とも診断されるとは限りません。
Q8. ADHDの原因遺伝子はわかっていますか?
ひとつで発症が決まる「ADHDの遺伝子」はありません。2023年の大規模な解析では27の領域が見つかりましたが、ひとつひとつの影響はごくわずかでした。一方、22q11.2欠失症候群のように、特定の遺伝的な症候群でADHDがとくに多くみられることがあり、その場合は遺伝子・染色体の検査で原因がわかることがあります。
Q9. 遺伝子検査やNIPTで、生まれる前にADHDかどうかわかりますか?
わかりません。ADHDそのものは、行動と生活上の困りごとを診ることで診断されます。ただし、22q11.2欠失症候群など発達障害の原因の一部はNIPTで調べられます。陰性でも「ADHDにならない」という意味ではありません。お子さんに知的発達の遅れなどが重なる場合は、背景の原因を確かめる目的で遺伝子検査が役立つことがあります。
Q10. ADHDとASDは同時に診断されることがありますか?
あります。2013年のDSM-5以降、ADHDとASDは併せて診断できるようになっています。家族の中でも重なりがみられ、米国の研究では、ADHDのある子の下のきょうだいはASDと診断される割合が高い(オッズ比4.35)と報告されています。きょうだいでは両方の可能性を視野に入れて見守ることがすすめられています。
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参考文献
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- [10] 一般社団法人 日本小児心身医学会「注意欠如多動症」 [日本小児心身医学会]
- [11] 厚生労働省「こころの耳」用語解説:注意欠陥性多動障害(ADHD) [こころの耳]
※本記事は一般の方に向けた情報提供を目的とするもので、個別の診断・検査の選択を示すものではありません。検査については臨床遺伝専門医にご相談ください。






