目次
転座や染色体全体または一部の重複・欠失といった異数性は、染色体異常の一例です。出生児の約150人に1人がこれらの異常を持つと推定されています1。
一方で、早期妊娠喪失との関連性から、妊娠中における異数性の有病率はさらに高いと考えられています。
胎児の異数性リスクを高める要因として、以下が挙げられます。
- 出生前の超音波検査で異常が見つかること
- 過去の妊娠で染色体異常があった経験
- 母親の高齢
ただし、微小欠失のような一部の異数性については、母体年齢に関係なく、すべての妊娠で発生するリスクが同じとされています2。
出生前検査
出生前検査は、超音波検査から始まりました。その後、超音波検査で異常が認められた場合に、主にハイリスク妊娠を対象として羊水穿刺が行われるようになりました。
現在では、妊娠期間中に十分な情報を得た上で意思決定を行うため、すべての妊婦に出生前検査を受けることが推奨されています。
出生前検査は以下の2つに分類されます。
- 非侵襲的なスクリーニング検査
- 超音波検査
- 生化学検査
- 非侵襲的出生前検査(NIPT)
- 侵襲的な診断検査
- 絨毛採取(CVS)
- 羊水穿刺
スクリーニング検査の目的は、胎児が特定の疾患リスクを持つ可能性を評価することです。リスクが高いと判断された場合は、わずかに流産リスクがある侵襲的診断検査を実施します。スクリーニング検査の精度が高ければ、高リスクと判断される妊婦の数を減らすことができます。
非侵襲的出生前検査(NIPT)
NIPT(無細胞胎児DNA検査)は、妊婦の血液から胎盤由来の胎児DNA断片を分析する検査で、2011年に市場に導入されました。この検査は妊娠初期に実施可能であり、胎児の多数の異数性を安全かつ正確に検出できます。NIPTは現在、60カ国以上で利用されており、最も急速に成長している遺伝子技術のひとつです。
検出可能な異数性
- 常染色体異数性:21トリソミー(ダウン症候群)、18トリソミー、13トリソミー
- 性染色体異数性(SCAs):ターナー症候群(45, X)やその他の性染色体異常
- まれな常染色体トリソミー(RAT)
- サブクロモソーム不均衡(重複、欠失)
- 微細欠失および微細重複症候群
サブクロモソーム(subchromosome)は、染色体の一部分を指す用語です。
NIPTの意義
NIPTの登場以前、性染色体異数性(SCAs)は一貫したスクリーニングが行われていませんでしたが、現在ではNIPTによる検出が可能です。たとえば、ターナー症候群は超音波検査で検出可能な一貫した表現型を持つ唯一のSCAsですが、その他のSCAsはNIPT以外では通常検出されません。
また、染色体異常は染色体全体だけでなく、その一部にも影響を与える場合があります。以下のようなケースが含まれます。
- 重複:染色体の一部に余分なコピーがある
- 欠失:染色体の一部が欠損している
- 転座:異なる染色体間での入れ替わり
- 微細欠失・微細重複症候群:より小さな欠失・重複が原因
ガイドラインの進化
過去10年間でNIPTの技術は大きく進化し、臨床的有用性に関するデータが蓄積されました。これにより、国際出生前診断学会(ISPD)、米国遺伝医学・ゲノム学会(ACMG)、米国産科婦人科学会(ACOG)の最新ガイドラインでは、NIPTが胎児の異数性を検出する最も正確なスクリーニング検査として承認されています。
ただし、ガイドラインには医療機関間で若干の相違が見られます。この違いは、研究データの内容や実施された地域、考慮された要因の違いによるものです。
最新のガイドライン|単胎妊娠におけるNIPTの利用に関する国際出生前診断学会(ISPD)の立場表明(2023年)
常染色体異数性
複数の系統的レビューによれば、NIPTは単胎妊娠および異数性のリスクが高い妊娠において、21トリソミー、18トリソミー、13トリソミーといった主要な常染色体異数性を検出するスクリーニング検査として最も精度が高いことが確認されています。
ISPD理事会は、NIPTが一次スクリーニングまたは二次スクリーニングの選択肢として適していると述べています。ただし、NIPTには偽陽性の可能性があり、これには胎盤モザイクや技術的課題などが影響します。そのため、高リスクのNIPT結果が出た場合には、遺伝カウンセリングや診断検査を必ず行うべきとしています。
性染色体異数性(SCA)
NIPTは、常染色体異数性のスクリーニングと併せて性染色体異数性のスクリーニングを行う際にも十分な精度を持つとされています。ただし、ISPDは、NIPTの提供による社会的、経済的、文化的、倫理的影響を評価することが重要だと指摘しています。
まれな常染色体トリソミー Rare autosomal trisomies(RATs)
21、18、13番以外の染色体に関するNIPTは、一般集団を対象としたルーチン検査として推奨されていません。羊水穿刺と核型分析が引き続きゴールドスタンダードとされており、NIPTの有効性や臨床的有用性についてはさらなる研究が必要です。
高リスク結果が出た場合には、専門家によるカウンセリングと管理が推奨されています。
サブクロモソーム不均衡(重複、欠失など)
NIPTは、無作為集団を対象としたサブクロモソーム不均衡のルーチン検査として推奨されていません。特にゲノムワイドNIPTの解像度では多くの病原因子CNV(7Mb未満)の検出が難しいため、包括的なスクリーニングには適していないとされています。3
微小欠失および微小重複症候群(MMS)
現時点では、MMSに対するNIPTのルーチン検査は推奨されていません。理由として、性能、臨床的有用性、費用対効果に関する情報が不足していることが挙げられます。この分野のさらなる研究が求められています。
胎児血中DNA割合(fetal fraction)
ISPDは、NIPTの精度において胎児DNA割合が重要な要素であると述べています。検査室は、検出限界や「判定不可」の閾値について内部検証を行い、品質管理を徹底する必要があります。
まとめ
これらのガイドラインは、NIPTに関する倫理的配慮、遺伝カウンセリング、高リスク結果に対する診断検査の重要性を強調しています。今回の声明は、2015年に発表された初期のISPDガイドラインを更新したものです。4
一般リスク集団における胎児の染色体異常に対するNIPS
これは、米国遺伝医学・ゲノム学アカデミー(ACMG)が発表した、エビデンスに基づく臨床ガイドライン(2022年版)に基づく内容です。このガイドラインは、専門家による作業部会が実施した包括的なエビデンスレビューに基づいています。
ACMGの主な推奨事項
1. 胎児のトリソミー21、18、13に対するスクリーニング
- 単胎妊娠および双胎妊娠:従来のスクリーニング法よりもNIPS(非侵襲的出生前スクリーニング)が優れているため、これを使用することを強く推奨。
2. 性染色体異数性(SCAs)のスクリーニング
- 単胎妊娠:NIPSによるSCAsのスクリーニングを推奨。
- ガイドラインでは、「胎児のSCAsのスクリーニングという選択肢はNIPS特有のものであり、従来のスクリーニングでは利用できなかった」と明記。
- 双胎妊娠:技術的な制約や双胎が単一絨毛膜か二絨毛膜かによって、SCAsのスクリーニングが限定的になる場合あり。
3. 22q11.2欠失症候群(DiGeorge症候群)のスクリーニング
- すべての妊娠を対象にNIPSを実施することを推奨。
- これは「証拠の確実性が中程度である」ことを根拠とした条件付きの推奨。
ACMGのこの推奨は、以下の理由に基づいています。
4. 稀な異数性(RATs)やその他のコピー数変異(CNV)について
- 現時点では、22q11.2欠失およびRATs以外のCNVを対象としたスクリーニングは推奨されていない。
- 技術の進歩により、これらの稀な状態に対するスクリーニングの精度が将来的に向上する可能性あり。
NIPS導入の利点
- 侵襲的検査の劇的な減少:NIPSの臨床導入により、侵襲的検査の必要性が大幅に減少。
- 慎重なカウンセリングの重要性:NIPSの利点と限界について、慎重かつ徹底的なカウンセリングと教育が求められる。
- 医療実践の変革:NIPSは「出生前ケアを大きく変える画期的な進歩」と位置づけ。
ガイドラインの詳細情報
ACMGの診療ガイドラインの詳細は、公式サイトでご覧いただけます。公式サイトはこちら
胎児の染色体異常に対するスクリーニング検査
ACOG Practice Bulletin Number 226(2020年)
米国産科婦人科学会(ACOG)と母体胎児医学会(SMFM)は、2020年10月に新たなスクリーニング検査のガイドラインを共同で発表しました。この新ガイドラインは、2018年の勧告を改訂したもので、母体の年齢ごとの染色体異常リスクやNIPTを含む各種スクリーニング方法の比較を含む包括的なデータセットを提供しています。
主なポイント
染色体異数性のリスクと年齢の関係
- 稀な染色体異常(マイクロアレイやCNV/欠失)のリスクは母体の年齢に関係なく、全年齢層で「1/270」です。
- 性染色体異数性のリスクは年齢とともにわずかに増加します。
- 20歳~30歳では約「1/294」
- 35歳で「1/285」
- 40歳で「1/196」
- すべての染色体異数性のリスクを総合すると以下の通りです。
- 20歳:1/122
- 25歳:1/119
- 30歳:1/110
- 35歳:1/84
- 40歳:1/40
重要な知見
36歳未満の妊婦では、通常スクリーニングされないマイクロアレイ異数性のリスクが、21トリソミー(ダウン症候群)のリスクよりも高いことが確認されています。
推奨事項(「レベルA」分類)
- 年齢やリスクに関係なく、すべての妊婦に染色体異常のスクリーニングを推奨
- スクリーニング方法:NT(頚部半透明帯)超音波検査、血清スクリーニング検査、または無細胞DNA(NIPT)スクリーニング検査。
- 診断検査:陽性結果が出た場合は、遺伝カウンセリングや診断検査(羊水穿刺など)で確認する。
- 無細胞DNAスクリーニングの特徴
- 感度・特異性が高いため、一般的な異数性(21、18、13トリソミーなど)の検出に適している。
- ただし、診断検査ではないため、陽性結果や「判定保留」の場合は、総合的な超音波検査や診断検査が必要。
追加の推奨事項(「レベルB」分類)
推奨レベルBは、科学的根拠が限定的または一貫性に欠ける場合に設定される勧告のレベルです。このレベルの推奨事項は、利用可能なエビデンスを基にした専門家の意見や、間接的な証拠に基づいています。臨床的に有用である可能性が高いと考えられるものの、さらなる研究が必要とされる場合に適用されます。
- 無細胞DNAスクリーニングを選択する患者には、確定診断が遅れる可能性や、すべての染色体異常が検出されない可能性について説明すること。
- 双胎妊娠でもNIPTは利用可能だが、検出率に関する十分なエビデンスは不足している。
- 正確なNIPT結果には、胎児DNAが母体血中DNAの2~4%以上を占める必要がある。検査結果には胎児DNAの割合を明記すべき。
ガイドラインの詳細情報
診療ガイドライン第226号の全文は、公式サイトで確認できます。公式サイトはこちら
まとめ
このページでは、NIPT(非侵襲的出生前検査)を中心とした胎児の染色体異常に対するスクリーニング検査の進化と意義について解説しました。
近年のガイドラインでは、NIPTが最も正確なスクリーニング方法として推奨されており、特にNGS(次世代シーケンシング)技術を活用したNIPTは、出生前スクリーニングとケアにおいて大きな進歩をもたらしています。
また、22q11.2欠失症候群や性染色体異数性を含む幅広い異数性の検出能力や、侵襲的検査の必要性の低減についても取り上げました。一方で、検査の限界やリスクについても正しい理解が重要であり、適切なカウンセリングが不可欠です。
今後も技術の進化により、NIPTの適用範囲と精度がさらに向上し、多くの妊婦や家族にとって安心と信頼のある出生前ケアが実現することが期待されます。