目次
FREM2遺伝子は、皮膚や眼、腎臓などが形づくられるとき、上の細胞の層(上皮)と下の組織(間葉)をしっかり貼り合わせる「のり」の一部をつくる設計図です。この遺伝子が両方のコピーとも働かなくなると、フレイザー症候群(Fraser syndrome)というまれな生まれつきの病気が起こります。目が皮膚におおわれる潜在眼球(せんざいがんきゅう)、指がくっつく合指(ごうし)、腎臓ができない腎無形成(じんむけいせい)などが特徴です。この記事では、FREM2がどんな働きをして、なぜその変化が全身の複数の臓器に影響するのか、そして遺伝のしくみや検査について、遺伝専門医の視点で解説します。
⚠️ 名前が似た別の病気にご注意ください
この記事で扱う「フレイザー症候群(Fraser syndrome)」は、FREM2やFRAS1などの遺伝子による、潜在眼球・合指・腎無形成を特徴とする病気です。読みがそっくりな「フレイザー症候群(Frasier syndrome)」という別の病気があり、こちらはWT1という別の遺伝子による、腎臓(ネフローゼ)と性分化に関わる病気です。英語のつづりが Fraser と Frasier で異なります。本記事はFREM2による前者について解説しています。
Q. FREM2遺伝子とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. FREM2は、発生(からだができる過程)のときに、上皮と下の組織を貼り合わせる基底膜(きていまく)という膜の中で、接着の土台となる大きなタンパク質をつくる遺伝子です。FRAS1・FREM1という仲間のタンパク質と3つで組になって働き、互いに支え合っています。FREM2の両方のコピーが機能を失うと、この土台がくずれ、目・指・腎臓・気道などの形づくりがうまくいかず、フレイザー症候群という常染色体潜性(劣性)遺伝の病気が起こります。
- ➤正体 → 発生時に上皮と間葉を貼り合わせる基底膜の接着装置(Fraser複合体)をつくる遺伝子
- ➤仲間と協力 → FRAS1・FREM1と3つで組になり、1つが欠けると全体がくずれる(相互安定化)
- ➤病気とのつながり → 両方のコピーが機能を失うとフレイザー症候群(潜在眼球・合指・腎無形成など)
- ➤遺伝のしかた → 常染色体潜性(劣性)。次のお子さんの再発率は理論上25%
- ➤検査の考え方 → FRAS1・FREM2・GRIP1をまとめて調べるパネル検査やエクソーム解析が向いている
🧬 FREM2遺伝子の基本情報
※本記事は一般の方と遺伝診療に関わる方の両方に向けた解説です。特定の検査を勧めるものではありません。
1. FREM2遺伝子とは ─ からだを「貼り合わせる」ための設計図
わたしたちのからだは、受精卵から始まって、細胞の層が折り畳まれたり、くっついたり、離れたりをくり返しながら形づくられていきます。このとき、皮膚や眼、腎臓などでは、表面をおおう上皮(じょうひ)という細胞の層と、その下にある間葉(かんよう)という組織が、しっかり貼り合わされている必要があります。この貼り合わせの境目にあるのが基底膜という薄い膜です。
FREM2遺伝子は、基底膜の中で「接着の土台」となる大きなタンパク質をつくる設計図です。FREM2という名前は「FRAS1 related extracellular matrix 2(FRAS1関連細胞外マトリックス2)」の略で、FRAS1という別のタンパク質の仲間であることを示しています。ここでいう細胞外マトリックス(ECM)とは、細胞と細胞のすきまを埋めて、組織の形と強さを支える「土台の素材」のことです。
💡 用語解説:上皮・間葉・基底膜
「上皮」は皮膚の表面や臓器の内側をおおう細胞の層、「間葉」はその下にあって骨や結合組織のもとになる組織です。この2つの境目にある薄いしきりが「基底膜」で、上皮を下の組織につなぎとめる「両面テープ」のような役割をしています。FREM2は、この両面テープの粘着層をつくる部品の1つと考えると分かりやすいです。
FREM2は、13番染色体の長腕(13q13付近)にあります。つくられるタンパク質は3,169個のアミノ酸がつながった非常に大きなもので、その大部分を細胞の外側に伸ばし、根もとで一度だけ細胞膜を貫く構造をしています[3]。小さな受容体(信号の受け取り口)とは違い、FREM2は「大きくて、外に張り出した、構造を支えるタンパク質」だとイメージしてください。この大きさそのものが、後で触れる遺伝子検査のむずかしさにもつながっていきます。
2. 遺伝子とタンパク質のかたち ─ 大きな細胞外部分の意味
FREM2タンパク質は、N末端(タンパク質の書き出しにあたる部分)にシグナル配列という「行き先の宛名ラベル」を持ち、そのあとに巨大な細胞外の領域が続きます。この細胞外領域には、CSPGリピートと呼ばれるくり返し構造や、Calx-βドメインと呼ばれる部分が並んでいます[2]。そして最後に細胞膜を1回だけ貫き、細胞の内側にはごく短い尾部を残すだけです。
💡 用語解説:名前にまどわされないために
「CSPGリピート」という名前から、FREM2そのものを軟骨などにある典型的なプロテオグリカンと同じもの、と思ってしまいがちですが、それは正確ではありません。同じように「Calx-β」という名前はカルシウムをやりとりするタンパク質に由来しますが、FREM2のこの部分が実際にカルシウムのセンサーとして働くと確立しているわけではありません。名前は「似た部品を持っている」という手がかりであって、「同じ機能を持つ」という意味ではない、という点に注意が必要です。
正常なからだでは、FREM2は腎臓や甲状腺で比較的よく使われていることが分かっています。とくに腎臓では、尿をつくる管(尿細管)の上皮など、複数の場所で働いていることが単一細胞レベルの解析で示されています。これは、FREM2が発生のときの腎臓づくりだけでなく、大人になってからの腎臓の維持にも関わっている可能性を示しています。ただし、タンパク質そのものを組織で見る抗体を使った検出はまだ精度が十分でなく、分布の細かい議論には慎重さが必要です。
発生の時期についてはヒトよりもマウスで詳しく調べられています。マウスの腎臓では、腎臓のもとになる組織が相互にやりとりを始める胎生11.5日ごろから、尿管のもとになる上皮にFrem2があらわれ、とくにその先端で強く使われます[1]。この時期は、尿管のもとと後の腎臓になる組織がやりとりして腎臓ができていく、まさにその瞬間にあたります。FREM2が欠けると腎臓ができないという特徴と、時期がぴったり合っていることが、両者の深いつながりを裏づけています。
3. 基底膜での役割 ─ 3つで支え合う「Fraser複合体」
FREM2のいちばん確かな役割は、FRAS1とFREM1という2つの仲間タンパク質と協力して、基底膜の中に安定した接着装置(Fraser複合体)をつくることです[6]。この3つは、いわば3人1組のチームです。まず全体像を図で見てみましょう。
この3つのタンパク質には、おもしろい性質があります。マウスでFrem2が働かないようにすると、FREM2だけでなく、FRAS1やFREM1も基底膜から減ってしまうのです。逆に、どれか別の1つが欠けても、残りの2つが基底膜に居られなくなります[6]。これは「お互いがいることで、はじめてその場にとどまれる」という関係で、相互安定化(そうごあんていか)と呼ばれます。1本の柱が抜けると、支え合っていた他の柱も倒れてしまう、という状態に似ています。

正常ではFREM2はFRAS1・FREM1とともに基底膜でFraser複合体を形成し、上皮と間葉の安定した接着を支えます。FREM2の機能が失われると複合体の相互安定化が損なわれ、FRAS1やFREM1の基底膜への局在も低下し、発生過程における上皮と間葉の接着障害につながります。
この関係があるからこそ、FRAS1・FREM2・FREM1のどれに変化があっても、よく似た症状が起こります。3つは完全に代役をつとめ合うことができず、1つのチームとして働いているのです。この点は、後で「なぜフレイザー症候群には複数の原因遺伝子があるのか」を理解する鍵になります。
GRIP1という「運び屋」との関係
Fraser複合体には、もう1つ大切な仲間がいます。GRIP1というタンパク質です。GRIP1は複合体そのものの部品ではありませんが、FRAS1などを細胞の中で正しい場所(基底膜側)へ運ぶ「運び屋」の役割をしています[3]。GRIP1がうまく働かないと、FRAS1やFREM2が正しい場所に届かず、やはり複合体がくずれてしまいます。実際、GRIP1の変化もフレイザー症候群の原因になることが分かっています[8]。
ここで正確を期すと、実験でよく示されているのはGRIP1とFRAS1の結びつきです。「GRIP1がFREM2に直接くっつく」という点は、FRAS1ほどはっきり示されているわけではありません。ですから、FREM2は「基底膜の接着側」、GRIP1は「細胞内の運搬側」に位置しながら、同じ1つの発生のしくみ(モジュール)に属している、と整理するのが正確です。
組織のレベルで見ると、FREM2が欠けたときに起こることは、単なる「皮膚がはがれる」だけでは説明できません。発生中の組織では、上皮が下の間葉と貼り合わされながら、折り畳まれ、融合し、枝分かれしていきます。この境目が不安定になると、局所的にふくらみ(bleb、ブレブ)や出血が起こり、まぶたの融合の異常、指のあいだの組織の形づくりの失敗、腎臓のもとどうしのやりとりの破綻などが生じます。つまりFREM2は、特定の1つの信号経路の受け取り口というより、組織の形づくりを物理的に成り立たせる「構造・組織づくりのタンパク質」と考えるのが、いまの証拠にいちばん合っています。
🩺 院長コラム【「土台」の遺伝子という視点】
遺伝子というと、何かのスイッチを入れる・切るといった「命令役」を思い浮かべる方が多いかもしれません。けれど、FREM2のように、組織の「土台」や「のり」をつくる遺伝子も、からだづくりにはなくてはならないものです。土台がしっかりしていなければ、その上でどんなに正しい命令が出ても、家は建ちません。
臨床遺伝専門医として文献を踏まえると、FREM2は「働きが分かりにくいから重要度が低い」のではなく、むしろ「土台だからこそ、失われると全身に影響が及ぶ」タイプの遺伝子だと考えられます。遺伝子の役割を、目立つ命令役だけで判断してはいけない、という良い例です。
4. フレイザー症候群 ─ FREM2が関わるおもな病気
FREM2の両方のコピーが機能を失うと起こるのが、フレイザー症候群(Fraser syndrome)です。FREM2が原因のものは「フレイザー症候群2型(Fraser syndrome 2)」とも呼ばれます。これは、生まれつき複数の臓器に形の違いが生じる、まれな常染色体潜性(劣性)遺伝の病気です[2]。
フレイザー症候群は、1962年に医学者フレイザー(Fraser)によって最初に報告されました。その後、2003年にFRAS1という遺伝子が原因として突き止められ、2005年にはJadejaらによってFREM2も原因遺伝子として同定されました[1]。このとき、ヒトのフレイザー症候群と、古くから知られていたマウスの「blebs(ブレブ=ふくらみ)」という表現型が結びつけられ、FREM2がこの病気の中心的な遺伝子であることがはっきりしました。その後、GRIP1も原因遺伝子として加わっています[8]。
頻度についてですが、フレイザー症候群はきわめてまれで、これまでに世界で250例以上が報告されています[2]。ある報告では、新生児で10万人あたり0.43人、死産例では10万人あたり11.06人という数字が示されています[2]。ヨーロッパの集団を対象とした疫学研究も行われています[9]。原因遺伝子の内訳としては、歴史的にFRAS1がもっとも多く、FREM2がそれに次ぐとされてきましたが、これは少数の家系にもとづく古い推定であり、民族や血族結婚の割合、検査技術によって変わりうるため、「厳密に何%がFREM2」という固定した割合として使うべきではありません[5]。
5. どんな症状があらわれるのか
フレイザー症候群では、いくつかの臓器にまたがって特徴的な所見があらわれます。代表的なものを、系統ごとに見ていきましょう。
🩺 フレイザー症候群のおもな所見
| 系統 | 代表的な所見 |
|---|---|
| 眼・まぶた | 潜在眼球(目が皮膚におおわれる)、小眼球、まぶたの形成不全 |
| 手足 | 合指(指がくっつく。皮膚だけの場合と骨まで及ぶ場合がある) |
| 腎臓・尿路 | 片側または両側の腎無形成、尿管・膀胱の異常 |
| 呼吸器 | 喉頭・気管の閉鎖や狭窄、先天性上気道閉塞症候群(CHAOS)、二次的な肺の低形成 |
| 生殖器 | 外性器・内性器の形成の違い(性分化疾患)、停留精巣など |
| 皮膚 | 胎児期のふくらみ(bleb)、皮膚のはがれ、出血性の病変 |
| その他 | 耳・鼻の形成の違い、肛門・直腸の異常、へその異常、頭蓋骨の骨化の違いなど |
※症状の組み合わせや重さには、同じ病気でも大きな幅があります。
💡 用語解説:むずかしい症状の名前
潜在眼球(せんざいがんきゅう)=目の玉がまぶたの代わりに皮膚におおわれ、外から見えない状態。合指(ごうし)=手や足の指の一部または全部がくっついている状態。腎無形成(じんむけいせい)=腎臓ができていない状態。片方だけのこともあれば、両方のこともあります。CHAOS(先天性上気道閉塞症候群)=のどや気管がふさがって、生まれる前から空気の通り道がつまっている状態です。
重症のケースでは、両側の腎無形成や、それにともなう肺の低形成、あるいは上気道の閉塞(CHAOS)によって、生まれる前後の時期に命に関わることがあります。一方で、症状の重さには幅があり、後述するように片方の腎臓が残れば、生きて成長できる場合もあります。診断の目安として、van Haelstらは59例を再評価し、合指・潜在眼球の範囲・外性器の違い・尿路の異常・喉頭や気管の異常・家族歴という主要な項目と、いくつかの副次的な項目を組み合わせた診断基準を提案しています[4]。
6. 遺伝のしかた ─ 常染色体潜性(劣性)遺伝
FREM2によるフレイザー症候群は、常染色体潜性(劣性)遺伝という形で受け継がれます。人は遺伝子を父由来・母由来の2つのコピーで持っています。潜性遺伝の病気では、2つのコピーの両方が機能を失ってはじめて発症します。片方だけが変化していて、もう片方が正常に働いている人は、症状が出ない保因者(キャリア)となります。
💡 用語解説:次のお子さんの再発率25%とは
ご両親がそれぞれ片方のコピーに変化を持つ保因者どうしの場合、1回の妊娠ごとに、お子さんが発症する確率は理論上25%、症状は出ないが保因者になる確率は50%、変化をまったく受け継がない確率は25%です[2]。これは「4人産めば必ず1人」という意味ではなく、毎回の妊娠でそれぞれ独立して起こる確率です。
ここで大切なのは、フレイザー症候群はFREM2だけの病気ではない、という点です。前に述べたとおり、FRAS1・GRIP1も原因になります。この遺伝的異質性(同じ病気に複数の原因遺伝子があること)は、早い時期から知られていました。2008年の33家系の解析では、一部の家系がFRAS1にもFREM2にも明確に結びつかず、それが後のGRIP1発見につながりました[5]。このため、診断のときには複数の遺伝子を視野に入れる必要があります。
7. どんな変化(バリアント)が病気を起こすのか
FREM2の変化のうち、病気を起こすしくみとしてもっとも理解しやすいのは、タンパク質を途中で失わせてしまうタイプの変化です。具体的には、設計図を途中で打ち切ってしまうナンセンス変異、文字の読み枠がずれてしまうフレームシフト変異、部品のつなぎ目に影響するスプライス部位変異などです。これらはまとめて機能喪失型(LoF)と呼ばれます。加えて、アミノ酸が1つだけ入れ替わるミスセンス変異も、病気を起こすものが報告されています。
💡 用語解説:ミスセンス変異とは
タンパク質はアミノ酸という部品が数珠つなぎになってできています。ミスセンス変異は、そのうち1つの部品が別の種類に入れ替わる変化です。入れ替わる場所によって、まったく影響がないこともあれば、タンパク質の働きが大きく損なわれることもあります。影響を正しく見きわめるのがむずかしい変化で、後で述べる「意義不明のバリアント」の多くはこのタイプです。
具体例を挙げると、2020年に日本の胎児で報告されたケースでは、父由来のフレームシフト変異(c.3628dupA, p.(Thr1210Asnfs*8))と、母由来のナンセンス変異(c.6203T>A, p.(Leu2068*))という、2つの異なる機能喪失型の変化がそれぞれの親から1つずつ受け継がれていました[2]。このように父由来・母由来で別々の変化を1つずつ持つ状態を複合ヘテロ接合といいます。この胎児は、両側の腎無形成・喉頭閉鎖(CHAOS)・潜在眼球・両手の合指という、典型的で重い症状を示しました[2]。
残った機能が、重さを左右する
変化のタイプと症状の重さの関係については、「機能喪失が強いほど、典型的で全身にわたる重い症状になりやすい」という大きな傾向が知られています。これを最もはっきり示したのが、2025年に報告されたFrem2完全ノックアウトマウスです。FREM2をほぼ完全に失ったこのマウスは、眼や手足を中心に血液を含むふくらみ、潜在眼球、合指を示し、生まれた個体のほとんどが両側の腎無形成をともなって数時間以内に死亡しました[3]。一方で、片方の腎臓だけができた1匹は、成体まで生き延びました[3]。
この結果には2つの大切な意味があります。1つは、FREM2を失うだけでフレイザー症候群の中心的な症状がそろって再現できること。もう1つは、腎臓ができるかどうかが生死を大きく分けるものの、その運命は完全に決まっているわけではなく、片方の腎臓が偶然できれば生き延びられる、という点です。実際、患者さんで見つかった変化を組み合わせた過去のマウスでは、潜在眼球など比較的限られた症状にとどまっており、残ったFREM2の働きが重さを調整している可能性が高いと考えられます[3]。ただし、これをそのまま「ミスセンスなら軽い」「機能喪失なら必ず致死」と一般化することはできません。タンパク質のどこが変わるか、他の遺伝子の影響、発生時の偶然の要素など、多くの要因が関わるためです。
腎臓以外にも広がる可能性
FREM2などの変化の「軽い」ものが、フレイザー症候群という重い形ではなく、腎臓と尿路だけに限られた生まれつきの異常(CAKUT)を起こすことも報告されています[7]。このときの変化はミスセンスが中心で、FREM2の働きが一部残っているために症状が軽くなるのではないか、と考えられています[7]。同じ遺伝子でも、変化の性質によって「全身の重い病気」から「腎臓に限った軽い異常」まで、連続した幅があるわけです。同じ遺伝子でも、変化の性質によって表現型の重症度や臓器分布が異なり得ます。
8. 遺伝子検査の考え方
FREM2やフレイザー症候群を疑う手がかりとして重要なのは、1つの症状だけでなく、異なる臓器にまたがる所見の組み合わせです。たとえば「潜在眼球+合指+腎や尿路の異常」や、「腎無形成+喉頭・気管の閉塞」といった組み合わせが見られたときには、この病気を強く考えます。
検査の進め方としては、すでに家族内でFREM2の変化が分かっている場合は、その変化をピンポイントで確認する単一遺伝子検査が合理的です。一方、新しく診断をつける場合は、フレイザー症候群に遺伝的異質性があることを踏まえ、少なくともFREM2・FRAS1・GRIP1を含む複数遺伝子パネル検査を最初に選ぶほうが効率的です。症状が非典型的な場合や、パネル検査で結果が出ない場合は、エクソーム解析や全ゲノム解析へ広げるのが妥当です[5]。当院では、こうした検査としてクリニカルエクソーム検査や全エクソーム検査(WES)を提供しています。
実務的には、症状の評価 → 配列レベルの解析 → 父母での確認(変化が本当に父由来・母由来に分かれているか)→ 必要に応じて欠失・重複などのコピー数変異(CNV)の検討、という流れになります。FREM2は非常に大きな遺伝子で、いろいろなタイプの変化が知られているため、一部の「よく変わる場所」だけを調べる検査には向きません。1つのコピーにしか変化が見つからないときは、使った検査法が大きな欠失や重複を検出できるかどうかを確認する必要があります。
「意義不明のバリアント(VUS)」の扱い
FREM2は3,169アミノ酸という大きなタンパク質のため、病気とは関係のない個人差の変化も多く生じます。バリアント情報を集めた公的データベースClinVarには、FREM2について多数の登録があり、その中には病的とも良性とも判定しきれない意義不明のバリアント(VUS)が多く含まれます。VUSを、そのまま診断の確定や出生前の予測に使うことはできません。
見つかった変化が本当に病気に関わるかどうかを判断するには、その変化の場所(重要なドメインかどうか)、集団での頻度、これまでの報告、そして両親での確認などを総合します。とくに複合ヘテロ接合を主張するときは、2つの変化が同じコピー側ではなく、父由来・母由来に分かれて存在することを親の検体で確認できると、診断の確かさが大きく上がります。前に紹介した2020年の日本の症例は、その良い例で、父由来と母由来の変化がそれぞれ確認されています[2]。
9. 出生前診断について
家族内でFREM2の2つの病的な変化がすでに確定している場合、次の妊娠では、早い時期の遺伝カウンセリングと、その家族特有の変化を調べる検査を組み合わせることができます。超音波検査では、腎臓・膀胱・羊水の量・気道・肺・指趾・眼のくぼみやまぶた・外性器を、順序立てて評価していきます。
⚠️ 超音波で「見えない=否定」ではありません
フレイザー症候群では、重い羊水過少(羊水が極端に少ない状態)そのものが、眼や指の観察をさまたげてしまいます。そのため「潜在眼球や合指が見えないから、フレイザー症候群ではない」と判断するのは危険です。実際、既報の胎児をまとめたデータでは、超音波で腎無形成は約61%、気道の閉塞は約42%で気づかれた一方、眼の異常は約15%、合指は約8%しか気づかれなかったと引用されています[2]。腎臓や気道の所見のほうが、眼や指の所見より見つかりやすい可能性を示しています(ただし選ばれた集団のデータであり、一般集団の感度・特異度そのものではありません)。
実際、2020年の症例では、妊娠19週の時点で重い羊水過少・両側の腎無形成・膀胱が描出されないこと・腹水・拡張した気管・高エコーの肺などからCHAOSが疑われ、その後に潜在眼球と合指が確認されて、FREM2の遺伝子診断にたどりつきました[2]。これは、フレイザー症候群が必ずしも潜在眼球を最初に見つけなければ診断できない病気ではないことを示しています。胎児の予後や妊娠管理、生まれた後の気道の確保、侵襲的な出生前検査については、周産期・臨床遺伝・新生児それぞれの専門家による個別の評価が必要です。
当院では、こうした検査の前後で、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングを行っています。検査で何が分かり何が分からないのか、見つかった変化がご本人やご家族にとってどういう意味を持つのか、どのような選択肢があるのかを、中立の立場で整理していきます。
10. よくある誤解
誤解①「フレイザー症候群の原因はFREM2だけ」
フレイザー症候群には複数の原因遺伝子があります。FREM2のほか、FRAS1、GRIP1が知られています。FREM2・FRAS1・FREM1は基底膜で3つ1組のチームとして働き、GRIP1はその運び屋です。診断では複数の遺伝子を視野に入れます。
誤解②「潜在眼球が見えなければ否定できる」
超音波では、羊水が極端に少ないと眼や指の観察がさまたげられます。腎無形成や気道の閉塞のほうが見つかりやすいことがあり、眼の所見が見えなくてもこの病気を否定はできません。
誤解③「FREM2の変化はすべて重い病気になる」
変化の性質によって重さには幅があります。機能を強く失うほど典型的で重くなりやすい一方、働きが一部残るミスセンスでは、腎臓と尿路に限った軽い異常(CAKUT)にとどまることも報告されています[7]。
誤解④「同じ名前のフレイザー症候群は同じ病気」
読みは同じでも、FREM2/FRAS1によるFraser syndromeと、WT1によるFrasier syndromeはまったく別の病気です。つづり(Fraser/Frasier)で区別されます。
まとめ ─ FREM2という「土台」の遺伝子
FREM2は、発生のときに上皮と間葉を貼り合わせる基底膜の接着装置(Fraser複合体)をつくる、大きな細胞外のタンパク質の設計図です。FRAS1・FREM1と3つで支え合い、GRIP1という運び屋に助けられて、皮膚・眼・手足・腎臓・気道などの形づくりを物理的に成り立たせています[6]。この土台がくずれると、フレイザー症候群という、常染色体潜性(劣性)遺伝の複数臓器にわたる病気が起こります[2]。
2005年の遺伝子同定から[1]、2025年の完全ノックアウトマウスまで[3]、FREM2が病気を起こすしくみの骨格はかなり固まってきました。一方で、1つ1つのミスセンス変化から症状の重さを正確に予測することや、Fraser複合体の細かな立体構造の解明は、これからの研究課題です。遺伝子検査で見つかった変化の意味を読み解くには、こうした最新の知見と、ご本人・ご家族の状況を丁寧に照らし合わせる必要があります。正確な診断にもとづいて検査結果と選択肢を整理するには、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングが重要です。
よくある質問(FAQ)
Q1. FREM2遺伝子とは何ですか?
FREM2は、からだができる過程で、上皮(表面の細胞層)と間葉(下の組織)を貼り合わせる基底膜という膜の中で、接着の土台となる大きなタンパク質をつくる遺伝子です。FRAS1・FREM1という仲間と3つで組になって働き、皮膚・眼・手足・腎臓・気道などの形づくりを支えています。13番染色体にあり、3,169アミノ酸からなる大型のタンパク質をつくります。
Q2. FREM2が原因になる病気は何ですか?
FREM2の両方のコピーが機能を失うと、フレイザー症候群(Fraser syndrome/2型)というまれな生まれつきの病気が起こります。潜在眼球(目が皮膚におおわれる)、合指(指がくっつく)、腎無形成(腎臓ができない)、喉頭・気管の閉塞などが特徴です。読みが似た「Frasier syndrome」(WT1遺伝子による別の病気)とは異なるものです。
Q3. どのように遺伝しますか?次の子どもへの再発率は?
常染色体潜性(劣性)遺伝という形で受け継がれます。ご両親がそれぞれ片方のコピーに変化を持つ保因者どうしの場合、1回の妊娠ごとに、お子さんが発症する確率は理論上25%、症状は出ない保因者になる確率は50%、変化を受け継がない確率は25%です。これは毎回の妊娠でそれぞれ独立して起こる確率です。
Q4. FREM2の遺伝子検査はどのように行いますか?
すでに家族内で変化が分かっている場合は、その変化を確認する単一遺伝子検査が合理的です。新しく診断をつける場合は、フレイザー症候群に複数の原因遺伝子があるため、FREM2・FRAS1・GRIP1を含むパネル検査を最初に選ぶことが多く、結果が出ない場合はエクソーム解析などへ広げます。FREM2は大きな遺伝子なので、一部だけを調べる検査には向きません。
Q5. 超音波で異常が見えなければ、フレイザー症候群は否定できますか?
できません。フレイザー症候群では羊水が極端に少なくなり、眼や指の観察がさまたげられます。既報のまとめでは、腎無形成や気道の閉塞のほうが超音波で気づかれやすく、眼や合指は気づかれにくい傾向があります。眼の所見が見えないことは、この病気の否定にはなりません。判断は専門家による総合的な評価が必要です。
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参考文献
- [1] Identification of a new gene mutated in Fraser syndrome and mouse myelencephalic blebs. Nat Genet. 2005. [PubMed 15838507]
- [2] Prenatal diagnosis of Fraser syndrome caused by novel variants of FREM2. Hum Genome Var. 2020. [PMC7532185]
- [3] Frem2 knockout mice exhibit Fraser syndrome phenotypes and neonatal lethality due to bilateral renal agenesis. Sci Rep. 2025. [PMC12475133]
- [4] Fraser syndrome: a clinical study of 59 cases and evaluation of diagnostic criteria. Am J Med Genet A. 2007. [PubMed 18000968]
- [5] Molecular study of 33 families with Fraser syndrome: new data and mutation review. Am J Med Genet A. 2008. [PubMed 18671281]
- [6] Breakdown of the reciprocal stabilization of QBRICK/Frem1, Fras1, and Frem2 at the basement membrane provokes Fraser syndrome-like defects. Proc Natl Acad Sci U S A. 2006. [PubMed 16880404]
- [7] Mild recessive mutations in six Fraser syndrome-related genes cause isolated congenital anomalies of the kidney and urinary tract. J Am Soc Nephrol. 2014. [PubMed 24700879]
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