今回は、他人とのコミュニケーションが苦手で、自分に自信がなくて、自閉症遺伝子検査をうけたい、とやってきた凄腕アーティストのお話をしたいと思います。
自閉症の検査を受けたい、とやってきたAさん。
Aさんは、幼少期から変わっていると言われ続け、父親に愛されているという感覚も持てませんでした。
Aさんはアートな仕事をしています。かなり成功した方です。すごく大きなイベントの仕事を任されたり。日本を代表する企業の会長室に作品が飾られていたり。
でも、仕事以上のコミュニケーションを取るのは苦手です。
そういえば小学校の時、学校に行く準備をちゃんとできたためしがない。
そういえば時間を守るということにもルーズだ。
世の中にある自閉症スペクトラム障害の診断チャートをやってみると、いろんなものが該当していました。
Aさんは50代。
生活にも困っていないし、仕事はひっきりなしにある成功した人です。
でも。
発達障害ではないかという疑念はAさんの心に暗い影を落としていきました。
いろいろと受診する医療機関をネットで調べました。最終的に、『確かなもので診断を受けたい』ということで、自閉症(発達障害)の遺伝子検査を受けることにして、ミネルバクリニックに来ました。
小さいころからどういうことを感じて生きてきたのか。兄弟との関係。父親との関係。いろんなことをお話しして帰っていきました。
暫くして結果が出て。
Aさんは発達障害全般がわかる知的障害と自閉症の合同パネル検査を受けましたが、そのなかで問題のある遺伝子が2つ見つかりました。
これは、Aさんに自閉症を引き起こすという事ではなく、常染色体劣性(潜性)の遺伝形式を取りますので、Aさんのお子さんたちがそのお子さんを持つことを考えるときに、知っておいた方がよい情報です、とお伝えしました。
わたしから見て、Aさんのいちばんの問題は父親との関係性にありました。育つ過程では別の同胞のほうを大事にしているようにあからさまな言動をされ、家業を継いで一緒に働くことにしたAさんのことを役立たずとか無能だとかののしってばかりいたそうです。
脳が発達していく過程を見ていくと、小児期には神経細胞同士の繋がりは網の目状になっています。ある経路の神経伝達に支障が生じても、他の経路で代償できるようになっています。しかし過剰なシナプス形成が行われると、ひとつの刺激が不必要な全体的な興奮を引き起こしてしまい、脳代謝に負荷がかかりすぎる結果、エネルギーが無駄に消耗され、神経伝達の効率が低下する事になります。これを防止するためか、生後1年目から若年成人の頃までに、過剰な神経回路網の刈り込みが行われ、神経伝達の効率がよくなります。
言葉の暴力を繰り返し浴びることで、こうしたシナプスの刈り込みがうまくいかず、人の話を聞きとったり会話したりすることがうまくいかない可能性があります。
身体・言葉の暴力によるトラウマはヒトの発達を障害することがあります。こうして発達障害の基準に類似した症状を呈する場合があると考えられています。
しかし脳の傷は不治ではありません。環境や体験で脳は変化します。大人でも脳は可塑性を持っていますので、トラウマによる傷が回復する可能性は子どもでも大人でも同じです。
安心・安全な環境を提供する事、自分に起きてきたことを理解すること、過去の体験と感情を安全な場で表現できること、健康に生きるためのスキルを習得することが重要となります。
Aさんの成育環境や職業歴、家庭環境、宗教、生活史、人生観などを聞き取る作業をするのは、こうしてAさんの全体像を把握するためです。医学の世界ではこれを問診と言います。聞き取り内容からいろんな問題点を抽出して判断するという診療スキルです。
Aさんには、まず、そうした親子関係がAさんの精神に及ぼしてきた影響を説明し、しかし、もうその有害な環境はなくなっているのであるから安全であること、Aさんは才能に恵まれてアーティストとして十分評価されていること、もうなくなってしまった父親との関係性を再構築することはできないので、自己肯定感を増やして自信を持てるようにすることをアドバイスしました。
「もう来なくていいんですか?」
Aさんはそう言いました。
いつでも来ていいですよ。わたしでお役に立つことならどうぞいつでもいらしてください。
ミネルバクリニックではこうして、遺伝子をきっかけに人生の課題を皆さんと共に考えることを大事にしています。みなさまがよりよい明日に踏み出せるよう、お手伝いしていきたいと思います。