お産は「痛い」「つらい」というイメージが強いですが、近年は分娩技術の発達により、出産時の痛みを和らげる「無痛分娩」が普及しています。
無痛分娩にはさまざまなメリットがある一方、いくつかのデメリットやリスクがありますので、無痛分娩を選択する場合は特徴をよく理解してから検討することが大切です。
今回は、無痛分娩の概要や、メリット・デメリット、無痛分娩による出産の基本的な流れについて説明します。
無痛分娩とは?
無痛分娩とは、麻酔を使用して陣痛の痛みを緩和しながら分娩する方法です。
出産時は子宮収縮時の痛み(陣痛)を始め、赤ちゃんが出てくる時の痛みなど、強い痛みを何度も、長時間にわたって感じることになります。
お産の痛みの感じ方は人それぞれですが、「鼻の穴からスイカが出てくるみたい」「ハンマーで腰を殴られているよう」などと比喩されることが多いため、分娩に対して恐怖感を感じる方も少なくありません。
そんなお産への恐怖や、実際に感じる痛みを緩和するために誕生したのが無痛分娩で、1853年にイギリスのヴィクトリア女王がクロロホルム麻酔を使って出産したのが始まりとされています。
1940年代にはアメリカにて24時間体制の無痛分娩サービスがスタートするなど、欧米では急速に無痛分娩が普及し、妊婦の7割以上が無痛分娩を選択する国もあるほどです。
一方、日本の妊婦が無痛分娩を選択する割合は低く、2014年~2016年の統計では5.3%に留まっています。[注1]
[注1]厚生労働省「無痛分娩の実態把握及び安全管理体制の構築について」p5
www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000203217.pdf
無痛分娩で用いられる鎮痛法
無痛分娩では麻酔を用いた鎮痛法を採用しますが、その種類は「硬膜外鎮痛」と「点滴からの鎮痛」の2つに区分されます。
硬膜外鎮痛とは、硬膜外腔と呼ばれる背中の脊髄付近に場所に麻酔を投与する方法です。
投与された母体の意識ははっきりしていますが、鎮痛効果は高く、胎児への影響もほとんどないため、無痛分娩の多くで使用される方法です。
ただし、処置がやや難しいため、実績や技量のある病院を選ぶことが大切です。
一方、点滴からの鎮痛は、静脈の中に医療用麻薬を投与して痛みを緩和させる方法です。
硬膜外鎮痛に比べると処置はとても簡単ですが、鎮痛効果が弱く、かつ母体や胎児が眠気を感じたり、呼吸が弱くなったりすることがあるため、硬膜外鎮痛に比べると採用される割合はさほど高くありません。
無痛分娩のメリット
無痛分娩は一般的な分娩に比べると、以下のようなメリットがあります。
リラックスして出産に臨める
出産時に強い痛みを感じるというのは周知の事実であり、分娩に対して強い不安や恐怖を抱く妊婦さんは少なくありません。
実際、40代以下の女性を対象にしたアンケート調査では、出産経験のある女性の女性の8割以上が「出産に対する恐怖心があった」と回答しています。[注1]
無痛分娩を行えば、陣痛の痛みを緩和することができるため、分娩中の負担が減るのはもちろん、出産前の不安や恐怖感の軽減にもつながります。
[注1]日本トレンドリサーチ「【出産に対する恐怖心】出産したことがある49.6%が、恐怖心が『とてもあった』」
trend-research.jp/15849/
産後の回復が早い
陣痛が始まってから実際に出産するまでには、初産婦は14時間ほど、経産婦は約8時間ほどかかると言われています。
中には1日以上にわたって陣痛が続くケースもあり、心身ともに大きな負担がかかってしまいます。
無痛分娩を選択すれば、分娩時の負担が大幅に軽減されるため、産後の回復も早くなると言われています。
実際、日本では産後の退院は出産から5日~1週間程度が主流ですが、無痛分娩の比率が高い国では3~4日で退院するケースが多く、特に欧米では分娩から数時間後に退院することも珍しくありません。
計画分娩になるケースが多く、予定を合わせやすい
無痛分娩は、自然に陣痛が始まるのを待ってから麻酔を投与する方法と、陣痛促進剤を打って人為的に陣痛を起こしてから麻酔を投与する方法の2パターンがあります。
後者は「計画無痛分娩」と呼ばれ、あらかじめ出産する日を決めて無痛分娩を行うため、立ち会い出産を予定している場合はパートナーのスケジュールを合わせやすくなります。
また、病院側も自然陣痛を待つケースに比べ、より余裕を持って準備を整えられるため、安心して無痛分娩に臨むことができます。
帝王切開になった場合、スムーズに施術に移行できる
分娩時に母体や胎児の状態に異常が見つかった場合、緊急帝王切開になる可能性があります。
帝王切開時も麻酔を使用しますが、無痛分娩の硬膜外麻酔と方法は同じなので、同じカテーテルを利用してより強い麻酔を投与すれば、そのまま帝王切開に移行することが可能です。
無痛分娩のデメリット
無痛分娩には多くのメリットがある一方、いくつかのデメリットはリスクも存在します。
メリットばかり注目して無痛分娩を選択すると後悔する可能性がありますので、デメリットやリスクについてもしっかり理解しておきましょう。
微弱陣痛による分娩の遅れ
無痛分娩では、陣痛の初期段階で麻酔を投与しますが、薬剤の影響で陣痛が弱くなり、お産がなかなか進まないことがあります。
その場合、陣痛促進剤を投与したり、胎児の頭に専用のカップを装着して引っ張る「吸引娩出術」が必要になることもあります。
微弱陣痛による分娩の遅れは、無痛分娩では比較的発生頻度が高い傾向にあります。
発熱
無痛分娩を開始してから数時間が経過すると、まれに母体が発熱することがあります。
胎児への直接的な影響はありませんが、人によっては38℃以上の高熱が出ることもあるため、状況に応じて解熱剤の投与が必要になります。
麻酔の効きがまだら、弱い
無痛分娩では局所麻酔薬を脊髄を覆っている硬膜に注入することで、痛みを感じる神経を一時的に麻痺させます。
ただ、麻酔の効き目には個人差があるほか、注入する部位がわずかでもずれていると、「片側にしか効かない」「効果が弱い」といった片側効き、効果不十分になる可能性があります。
その場合、カテーテルを少し引き抜いて位置を調整しますが、なおも効き目が弱いときはカテーテルの入れ直しが必要になることもあります。
腰痛、背中痛
硬膜外麻酔は腰の中央部に針を刺すので、麻酔が切れると患部に痛みを感じることがあります。
痛みは時間の経過とともに収まりますが、まれにしびれなどの症状が現れることがあります。
気になるしびれや、力が入りにくいなどの症状が現れた場合は、かかりつけの医師にすぐ伝えましょう。
費用が高い
出産は基本的に健康保険適用外なので、麻酔を用いた無痛分娩の費用もすべて自己負担となります。
具体的な費用は医療機関や処置内容によって異なりますが、通常の分娩に比べると3~20万円ほど費用が加算されるケースが多いようです。
無痛分娩による出産の流れ
無痛分娩を行う場合の大まかな流れを紹介します。
1. 無痛分娩を行う病院を選ぶ
現在、国内で分娩を取り扱っている医療施設は約2,000に上りますが、このうち無痛分娩の取り扱いを行っている施設は約500に留まっています。[注2]
地域によっては無痛分娩に対応している病院の選択肢が限られているため、無痛分娩を希望するのなら、早い内から病院探しを始めるのが理想です。
[注2]JALA 無痛分娩関係学会・団体連絡協議会「わが国の無痛分娩の実態 令和2(2020)年医療施設(静態)調査より」
www.jalasite.org/wp-content/uploads/2022/04/2022-4-28-%E3%82%8F%E3%81%8C%E5%9B%BD%E3%81%AE%E7%84%A1%E7%97%9B%E5%88%86%E5%A8%A9%E3%81%AE%E5%AE%9F%E6%85%8B.pdf
2. 説明会への参加
病院を決めたら、院内で実施される無痛分娩説明会などに参加します。
出席は任意ですが、無痛分娩に対して正しい知識を得るためにも、積極的に参加するのがおすすめです。
3. 分娩日の決定
計画無痛分娩の場合は、あらかじめ分娩日を決定します。
基本的には正産期に入ってから、母体や胎児の状態などを考慮した上で医師が決定しますが、妊婦さんやご家族の希望も配慮してもらえます。
4. 事前の準備
計画無痛分娩の場合は予定日に、自然陣痛を待つ場合は陣痛が始まった日に入院し、心電図や血圧計、胎児心拍数陣痛計の装着といった事前準備を行います。
自然分娩と同じく、座薬や浣腸を使用することもあります。
5. 子宮口の拡張
子宮口の開き方が不十分と判断された場合、必要に応じてバルーンと呼ばれる器具を挿入し、滅菌した水を注入して膨らませることで、子宮口を人為的に広げる処置を実施します。
子宮口の拡張は当日行うケースもあれば、前日に行う場合もあります。
6. 陣痛促進剤の投与
計画無痛分娩の場合、陣痛促進剤を投与して人為的に陣痛を発生させます。
自然陣痛を待つ場合は基本的に投与しませんが、麻酔の影響で微弱陣痛になった場合は追加で投与することもあります。
7. 麻酔の投与
直径1mm程度の細い管を腰の中心部あたりに刺し、カテーテルを通じて麻酔薬を投与します。
麻酔を投与する時間は5~10分程度で、鎮痛効果が現れ始めるまでには20~30分の時間を要します。
8. 分娩の進行を待つ
陣痛によって分娩が進行するのを待ちます。麻酔が効いているため、陣痛が起こってもさほど痛みは感じずに済みます。
9. 麻酔を再び投与する
子宮口が4~5cmほど開いてくると、陣痛が強くなってくるので、追加で麻酔を投与します。
10. 分娩
子宮口が開ききったら、自然分娩の時と同じようにいきみます。
無痛分娩の場合、麻酔が効いていて痛みが少ないぶん、いきむ時のタイミングを合わせるのが難しいこともあるようです。
おなかが張る感覚や、助産師さんの合図をもとにいきむようにしましょう。
【まとめ】無痛分娩はメリット・デメリットの両方を理解して検討しよう
無痛分娩は、麻酔によってお産の痛みを軽減できるため、出産に恐怖を感じている方や、産後の負担を減らしたい方にメリットの多い分娩方法です。
一方で、微弱陣痛や発熱、腰痛などの症状が現れるリスクがあるほか、普通分娩よりも費用が割高になるというデメリットがあります。
メリットとデメリットの両方を正しく理解した上で、自分や家族のニーズや希望をもとに、無痛分娩を選択するかどうかをじっくり検討しましょう。