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メチオニンアデノシルトランスフェラーゼ(MAT)とは?SAMe合成酵素の役割から高メチオニン血症・がんの合成致死治療(MAT2A阻害薬)まで遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

私たちの体の中で、DNA・RNA・タンパク質など無数の分子に「メチル基」という小さな目印を付ける化学反応は、遺伝子のスイッチや細胞の個性を決める根幹の仕組みです。その主役となるメチル基の供与体「SAMe(S-アデノシルメチオニン)」を一手に作り出す酵素が、メチオニンアデノシルトランスフェラーゼ(MAT)です。本記事では、MATの生化学から、MAT1A遺伝子変異による高メチオニン血症、そしてMTAP欠失がんを狙い撃つ最新の合成致死療法(MAT2A阻害薬)まで、遺伝専門医の視点でわかりやすく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 メチオニン代謝・SAMe・遺伝性疾患・がん
臨床遺伝専門医監修

Q. メチオニンアデノシルトランスフェラーゼ(MAT)とは、ひとことで言うと何ですか?

A. MATは、体内で最も重要なメチル基の供与体「SAMe(S-アデノシルメチオニン)」を、材料であるATPとメチオニンから作り出す酵素です。ヒトはMAT1A・MAT2A・MAT2Bという3つの遺伝子でこの酵素を作り分けており、MAT1A遺伝子の変異は高メチオニン血症という遺伝性代謝異常を、MAT2Aはがん治療の新しい標的として、それぞれ遺伝医療・がんゲノム医療の重要テーマになっています。

  • 分子の役割 → ATPとメチオニンからSAMeを合成する、生体で唯一の酵素
  • 3つの遺伝子 → MAT1A(成人の肝臓)/MAT2A(全身・胎児・がん)/MAT2B(調整役)
  • 遺伝性疾患 → MAT1A変異が高メチオニン血症を起こす(優性型・劣性型がある)
  • がん治療 → MTAP欠失がんにMAT2A阻害薬で「合成致死」を狙う研究が進行中
  • SAMeの臨床 → 肝疾患・胆汁うっ滞などでSAMe製剤が研究・利用されてきた

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1. MAT(メチオニンアデノシルトランスフェラーゼ)とは:SAMe合成の中心酵素

メチオニンアデノシルトランスフェラーゼ(MAT、酵素番号 EC 2.5.1.6)は、必須アミノ酸であるメチオニンとエネルギー通貨であるATPを材料にして、S-アデノシルメチオニン(SAMe/AdoMet)を作り出す酵素です。SAMeは、DNA・RNA・タンパク質・脂質など、実にさまざまな分子に「メチル基(−CH₃)」という小さな部品を渡す生体内で最も主要なメチル基供与体で、遺伝子のオン・オフ(エピジェネティクス)や細胞の恒常性維持の中核を担っています。SAMeを合成できる酵素はMATだけであり、その意味でMATは「メチル化のすべての入り口」に立つ、代謝の要と言える存在です[1]

💡 用語解説:SAMe(S-アデノシルメチオニン)

SAMeは、細胞の中で「メチル基」という部品を配って回る“配達員”のような分子です。DNAにメチル基が付くと特定の遺伝子が静かになり(DNAメチル化)、タンパク質にメチル基が付くとその働きが変わります。つまりSAMeは、配列そのものは変えずに「どの遺伝子をいつ働かせるか」を調整するための必須材料です。このSAMeを作れるのはMATだけなので、MATが働かなければ全身のメチル化が一斉に滞ってしまいます。

SAMeの役割はメチル化だけではありません。合成されたSAMeは、細胞増殖に必要なポリアミンの合成を推し進める材料になり、また肝臓ではトランススルフレーション経路を通じて、体内最大の抗酸化物質であるグルタチオン(GSH)の前駆体としても使われます[2]。したがって、MATが十分に働かずSAMeが不足すると、メチル化の乱れだけでなく、抗酸化力の低下や細胞のストレス耐性の破綻まで連鎖的に起こります。この「一酵素の不調が全身に波及する」という性質こそ、MATを理解するうえで最初に押さえておきたいポイントです。

MATは、メチオニン回路と呼ばれる代謝サイクルの起点に位置します。メチオニン→SAMe→(メチル基を渡して)SAH→ホモシステイン→再びメチオニンへ、と巡るこの回路の最初の一歩を担うのがMATであり、回路全体の流量を左右する“蛇口”の役割を果たしています。次章では、この蛇口がどのような精密な化学反応でSAMeを生み出しているのかを見ていきます。

2. MATの触媒メカニズム:2段階反応と3つの金属イオン

MATによるSAMe合成は、生化学的にとてもユニークな2段階の連続反応で進みます。第1段階では、メチオニンの硫黄原子がATPの5′炭素を攻撃し(求核置換反応)、ATPの結合が切れてSAMeが生成すると同時に、トリポリリン酸(PPPi)という中間体が酵素の中に残ります。第2段階では、このトリポリリン酸が酵素自身の働きでピロリン酸とリン酸に分解され、その後にすべての生成物が放出されます[1][2]。ATPの両端が切断されるこの反応は、数ある酵素反応のなかでも珍しい様式で、超高解像度の結晶構造解析によってその一つひとつの段階が“スナップ写真”のように可視化されています。

この精密な反応を支えているのが、活性部位に配置された2個のマグネシウムイオン(Mg²⁺)と1個のカリウムイオン(K⁺)です。これらの金属イオンがATPのリン酸鎖を正しい向きに固定し、求核攻撃と中間体の安定化を助けます。さらに、活性部位の入口には「ゲーティングループ」と呼ばれる可動性の“ふた”があり、基質が入っていないときは緩んで開き、基質が結合すると閉じて水を排除し、反応に最適な環境を作り出します[1]。第1段階(SAMe形成)が反応全体の速度を決める律速段階であること、そしてトリポリリン酸の離脱が可逆的であることは、酸素同位体を使った実験(positional isotope exchange)によっても確かめられています[3]

3. 3つの遺伝子ファミリー:MAT1A・MAT2A・MAT2B

ヒトを含む哺乳類は、MATを3つの独立した遺伝子で作り分けています。それぞれ発現する組織も制御のされ方も異なり、細胞の状況に応じて体内のSAMe量を微調整しています[2]。この“作り分け”を理解すると、なぜ同じMATでも肝臓の遺伝性疾患とがん治療という一見無関係な話につながるのかが見えてきます。

遺伝子 作るタンパク質と主な分布 特徴
MAT1A 触媒サブユニットα1(MATI/MATIII)。成人の成熟した肝細胞に選択的に発現。 肝臓に高いSAMe濃度をもたらす。この遺伝子の変異が高メチオニン血症の主因。
MAT2A 触媒サブユニットα2(MATII)。胎児肝・肝外組織全般に広く発現。 細胞増殖期やがんで強く誘導される。がん治療の分子標的。
MAT2B 触媒活性を持たない制御サブユニットβ。肝外組織・活性化肝星細胞・腫瘍で発現。 MAT2Aに結合してメチオニンへの親和性を高め、活性を微調整する“調整役”。

MAT2Bは自身では反応を触媒しませんが、MAT2A(α2)に結合すると、メチオニンに対する結合しやすさ(親和性)を大きく高め、さらに生成物SAMeによる抑制(フィードバック阻害)を受けにくくします[2]。その結果、細胞内のメチオニンがわずかしかない状況でも、持続的にSAMeを作り続けられるようになります。この“調整役”の存在が、がん細胞のような増殖の激しい環境でMATIIを稼働させ続ける仕組みの一つになっています。

ヒトMAT2A・MAT2Bの遺伝子座周辺には非常に多数の一塩基多型(SNP)が存在し、各遺伝子から±200 kb以内にそれぞれ約1,730個・約1,997個の多型が同定されています。機能的に注目されるバリアントとして、MAT2Aの「Val11」アロザイムは、培養細胞を用いた実験で野生型に比べ酵素活性・タンパク量とも約40%低下することが示されています[4]。こうした個人差は、メチル化の効率や薬剤への反応性の違いにつながる可能性があり、薬理ゲノミクスの観点から研究が続いています。

MAT2A(α2)の量は、翻訳後の修飾によっても細かく制御されています。正常な肝臓では、アセチル基転移酵素p300がMATα2の81番目のリジン(K81)にアセチル基を付けると、これが目印となってユビキチンリガーゼUBR4に認識され、ユビキチン・プロテアソーム系によって速やかに分解されます。ところが葉酸が豊富な環境や肝がん細胞では、HDAC3による脱アセチル化などを通じてK81アセチル化が低下し、MATα2が異常に安定化してがん細胞の増殖を後押しします[5]。これは、狙ったタンパク質を分解へ導く標的タンパク質分解の考え方とも通じる、興味深い制御機構です。

4. 肝疾患で起こる「MAT1A→MAT2Aスイッチ」とSAMe枯渇

アルコール性肝障害・脂肪肝炎(NASH)・肝硬変・肝細胞がんといった慢性肝疾患では、メチオニン代謝に共通して起こる特徴的な現象があります。それが「MAT1AからMAT2A/MAT2Bへの発現スイッチ」です[6]。正常な肝細胞では、肝特異的なMAT1Aが優位に働いて高いSAMe濃度を保っていますが、慢性的な炎症や傷害にさらされると、MAT1Aプロモーターのメチル化異常(CpGアイランドの過剰メチル化)や転写因子の変化によってMAT1Aが沈黙し、代わりにMAT2A/MAT2Bが活性化されます。

問題は、スイッチ後の肝細胞ではSAMe濃度とグルタチオンが大きく低下し、細胞が慢性的な酸化ストレスとメチル化不全に陥る点です。核内のSAMeが不足すると、本来は高メチル化で静かにされているはずのがん遺伝子のプロモーターが脱メチル化されて“暴走”しやすくなり、悪性化の下地が作られます[6]。実際、MAT1Aを欠損させたマウスでは、加齢に伴ってCD133+CD49f+と定義される肝がん幹細胞の割合が6か月齢から18か月齢にかけて約4.5〜5.5倍に増加し、これらの細胞が発がん物質を与えずとも自発的に腫瘍を形成しうることが示されています[7]。一時的なSAMeの低下は肝再生に必要な生理反応ですが、慢性的・不可逆的な枯渇は悪性化への引き金になりうる、というわけです。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【“たった一つの酵素”が全身の設計図を左右する】

分子生物学を学びはじめた学生の頃、私はSAMeという分子に強く惹かれました。DNAにもタンパク質にも脂質にも、同じ“メチル基”という部品を配って回る——たった一つの分子が、遺伝子の使われ方から抗酸化力まで、これほど広く生命を支えていることに驚いたのを覚えています。

そのSAMeを作る唯一の酵素がMATであり、肝臓での「MAT1A→MAT2Aスイッチ」は、代謝の不調がどのように発がんへとつながっていくかを示す教科書的な例です。文献を読み解く臨床遺伝の立場から見ると、MATは「代謝」「エピジェネティクス」「がん」を一本の線で結ぶ、またとない題材だと感じています。

5. MAT1A遺伝子と高メチオニン血症:遺伝形式と遺伝診療

MAT1A遺伝子の変異は、血液中のメチオニン濃度が持続的に高くなる先天代謝異常症「孤立性持続性高メチオニン血症(MATI/III欠損症、OMIM #250850)」の最も主要な原因です[8]。この病気は、血中ホモシステインの上昇を伴わない点で、シスタチオニンβ合成酵素(CBS)欠損症による古典的なホモシスチン尿症とはっきり区別されます。多くは新生児マススクリーニングで偶然見つかり、無症状のまま経過しますが、一部の型では中枢神経に影響が及びます。

同じMAT1Aでも「優性型」と「劣性型」がある

MAT1Aによる高メチオニン血症は、遺伝形式として常染色体劣性(潜性)遺伝と常染色体優性(顕性)遺伝の両方をとりうる、めずらしい疾患です。劣性型では血中メチオニンが著しく上昇(しばしば800〜1000 µM以上)し、脳脊髄液中のSAMeが枯渇することで、髄鞘(神経を包む絶縁体)の形成が妨げられ、白質病変や精神運動発達の遅れなど重い神経症状を来すリスクが高まります。一方の優性型では上昇は軽度〜中等度にとどまり、脳脊髄液中のSAMeも保たれるため、多くは生涯にわたり臨床的に健康で、特別な治療を要しないことが少なくありません[8]

💡 用語解説:ミスセンス変異と「優性阻害(ドミナントネガティブ)」

ミスセンス変異とは、遺伝子の1文字が変わって、できるタンパク質のアミノ酸が1つだけ別のものに置き換わる変異です。1文字の違いでも、その場所が重要だとタンパク質の働きが大きく損なわれることがあります。

優性阻害(ドミナントネガティブ)とは、変異したタンパク質が、正常なタンパク質の“足を引っ張って”一緒に働けなくしてしまう現象です。MATは複数のサブユニットが組み合わさって働くため、変異型と正常型がペアを組むとペアごと不活性になり、正常な遺伝子が1本あっても全体の活性が大きく落ちてしまいます。これが、片方の変異だけで発症する“優性型”の正体です。

代表的なR264H変異:構造から読み解く優性遺伝

新生児スクリーニングで見つかる優性型のなかで、最も高頻度に同定されるのが、264番目のアミノ酸がアルギニンからヒスチジンに置き換わるR264H変異です。なぜこの1か所の変異が明確な優性遺伝を示すのかは、MATの立体構造から説明できます。正常なα1サブユニットでは、264番目のアルギニンが、相方のサブユニットの57番目のグルタミン酸との間で強固な「塩橋」を形成し、活性部位が正しく組み上がるための土台になっています[9]。R264Hではこの塩橋が壊れ、二量体を作る力自体はほぼ保たれるものの、酵素としての活性は野生型のわずか約0.37%まで低下します。ヘテロ接合体の体内では、正常型と変異型がランダムにペアを組むため、多くのペアで活性が失われ、全身のMAT活性が大きく下がって発症します(優性阻害効果)[10]。同じく二量体界面に位置するA259V変異も、近年、優性遺伝型高メチオニン血症の原因として確立されています[11]

興味深いことに、機能が損なわれたR264H酵素に対して、制御サブユニットMAT2B-V1を複合させたり、キノロン系の化学シャペロン化合物(SCR0911)を作用させたりすると、界面のゆがみが補正され、酵素活性がほぼ野生型に近いレベルまで回復することが報告されています[9]。これは、遺伝性代謝異常に対する精密な薬理的アプローチの可能性を示す知見として注目されています。なお、MAT1A遺伝子そのものを解説する当院ページは現在準備中のため、本記事内で概説しています。

遺伝子診断・遺伝カウンセリングとの接点

高メチオニン血症は、新生児スクリーニングで「メチオニン高値」として拾い上げられることが多く、その後の確定には原因を見分ける鑑別診断が欠かせません。血中メチオニンが高くなる病態には、MATI/III欠損症のほかに、CBS欠損症によるホモシスチン尿症アデノシルホモシステイナーゼ(AHCY)欠損症アデノシンキナーゼ欠損症などがあり、これらは血中ホモシステインや他の代謝物のパターン、そして遺伝子解析によって区別されます。こうしたメチオニン代謝異常を対象にした遺伝子検査として、当院ではコバラミン・ホモシステイン・メチオニン代謝異常症NGSパネルをご案内しています(CBS遺伝子なども対象に含みます)。

診断が確定した後は、家族への丁寧な遺伝カウンセリングが重要になります。優性型か劣性型かによって次子や血縁者の再発リスクの説明が変わること、優性型の多くは良性の経過をたどること、劣性型では神経症状に注意が必要なことなどを、臨床遺伝専門医が中立・非指示的な立場で整理してお伝えします。なお、R264HやA259Vのような病的バリアントと、活性を失う機能喪失変異とをどう解釈するかは、遺伝カウンセリングでも扱う重要な論点です。

6. がん治療への応用:MTAP欠失と合成致死(MAT2A阻害薬)

MAT2Aは、近年のがんゲノム医療で最も注目される標的分子の一つです。その理由が、がん細胞特有の代謝の弱点を突く「合成致死(Synthetic Lethality)」という考え方です。なお本章は、あくまで文献・研究動向にもとづく専門的な解説であり、当院で行う治療の説明ではありません。

💡 用語解説:合成致死(Synthetic Lethality)

2つの遺伝子A・Bがあったとき、Aだけ・Bだけが壊れても細胞は生きられるのに、A・Bの両方が同時に壊れると細胞が死ぬ——この関係を合成致死と呼びます。がん細胞ではすでにAが壊れているので、薬でBを止めればがん細胞だけが選択的に死に、Aが正常な正常細胞は生き残るという選択性が生まれます。BRCA変異がんに対するPARP阻害剤が有名な成功例で、MTAP欠失がんに対するMAT2A阻害もこの原理を利用しています。

💡 用語解説:MTAP欠失(エムタップけっしつ)

MTAPは、メチオニン再生経路に関わる酵素の遺伝子です。強力な腫瘍抑制遺伝子であるCDKN2A(9番染色体)のすぐ隣にあるため、CDKN2Aが失われるとき巻き添えで一緒に消えてしまう(共欠失)ことが多く、全ヒトがんの約15%で認められます。MTAPが失われると、その基質であるMTAという物質が細胞内に溜まり、これがきっかけでがん細胞は特有の弱点を抱えることになります。

MTAPが失われたがん細胞では、溜まったMTAが、アルギニンにメチル基を付ける酵素PRMT5の働きを部分的に抑え込み、PRMT5を“半分だけ死んだ”状態に追い込みます[12]。PRMT5はSAMeから供給されるメチル基に依存しているため、ここでSAMeを作る主役のMAT2Aを薬で止めると、SAMe供給が枯渇し、すでに弱っていたPRMT5が完全に停止します。その結果、DNA修復やRNAスプライシングが破綻し、がん細胞だけが選択的に死滅します[13]。正常細胞はMTAPが働いてMTAが溜まらないため、この致命的な連鎖が起きにくい——これがMTAP欠失がんにおけるMAT2A合成致死の骨格です。

MTAP欠失がんにおけるMAT2A合成致死の仕組み

MTAP欠失→MTA蓄積→PRMT5の部分的抑制、という下地があるがん細胞にMAT2A阻害薬を加えると、SAMe枯渇を介してPRMT5が完全に止まり、がん細胞だけが選択的に死滅する。

開発が進むMAT2A阻害薬:AG-270とIDE397

この合成致死を狙って、経口のMAT2A阻害薬が複数開発され、臨床評価が進められています。先駆けとなったのが、世界初の臨床段階MAT2A阻害薬AG-270(S095033)で、MTAP/CDKN2A欠失のある進行固形がん・リンパ腫を対象に、単剤およびタキサン系抗がん剤との併用で第I相試験が実施・報告されました[14]。前臨床ではタキサン併用で有糸分裂の破綻を強める相乗効果が示されましたが、開発はその後さらに後続の相へは進まず、より特性を改良した次世代化合物の探索が続いています。

現在、最も臨床データが蓄積しているのがIDE397です。MTAP欠失の進行固形がん(尿路上皮がん・肺がんなど)を対象とした拡大試験(推奨用量:30 mg 1日1回)では、評価可能な患者において客観的奏効率(ORR)約39%、病勢コントロール率(DCR)約94%が報告され、重篤な有害事象は認められない良好な安全性が示されました[15]。さらに、TROP2を標的とする抗体薬物複合体(ADC)であるサシツズマブ ゴビテカン(Trodelvy)との併用では、用量レベル2(IDE397 30 mg+Trodelvy 7.5 mg/kg)でORR 57%(4/7例)という早期データが報告されています[16]。ただし、いずれも少人数の初期相データであり、有効性・安全性が確立したわけではない点には注意が必要です。

IDE397の初期相データ:客観的奏効率(ORR)の比較

いずれも少人数の初期相データであり、確立した治療成績ではありません

約39%
57%

IDE397 単剤

(30 mg・評価可能18例)

IDE397+Trodelvy

(用量レベル2・4/7例)

今後は、上流のMAT2A阻害薬と下流のPRMT5阻害薬を組み合わせ、メチル化制御を上下から封じる併用療法など、次の一手の研究も進められています。MAT2Aを介した合成致死は、これまで治療が難しかったMTAP欠失がんに新たな選択肢をもたらす可能性を秘めた領域として、注視されています。

7. SAMe製剤の臨床応用と安全性

肝疾患などで内因性のSAMeが枯渇する病態に対して、外から補うSAMe(サプリメントや、欧州の一部では処方薬)が数十年にわたり研究・使用されてきました。天然のSAMeは熱や光で分解しやすいため、製剤では安定した結晶塩(トシル酸塩や1,4-ブタンジスルホン酸塩など)として腸溶コーティングされます。

米国の公的機関AHRQによる包括的なエビデンス評価では、SAMeはうつ症状においてプラセボと比べてハミルトンうつ病評価尺度を概ね6点程度改善しうること、変形性関節症において非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)と同等の疼痛緩和効果を示しうることが整理されています[17]。一方、妊娠期を含む肝内胆汁うっ滞に関しては、複数のランダム化比較試験のメタ解析でSAMeも一定の効果を示すものの、掻痒や胆汁酸の指標の改善についてはウルソデオキシコール酸(UDCA)の方が優れ、第一選択として位置づけられる傾向が示されています[18]

⚠️ 補足:SAMeはセロトニンやドーパミンの合成を促す作用があるため、双極性障害(躁うつ病)の方では躁転(気分が過度に高揚する状態への転換)のリスクが指摘されており、注意が必要です。処方薬との併用の可否を含め、使用にあたっては必ず医師にご相談ください。

SAMeが十分に働くかどうかは、そもそもMATがきちんとSAMeを作れているか、そしてメチル化に必要な葉酸などの一炭素代謝が整っているかにも左右されます。当院では、葉酸代謝に関わる遺伝子を調べるテトラヒドロ葉酸代謝NGSパネルもご用意しています。

8. よくある誤解

誤解①「高メチオニン血症は必ず重い病気になる」

MAT1Aによる高メチオニン血症の多くは優性型で、生涯にわたり無症状のことが少なくありません。神経症状のリスクが高いのは主に劣性型です。新生児スクリーニングで見つかっても過度に不安になる必要はなく、型の見極めと専門的な評価が大切です。

誤解②「メチオニン制限をすれば安心」

高メチオニン血症では食事のメチオニン制限が検討されることがありますが、行き過ぎるとSAMeが枯渇しかねません。制限の要否や程度は型や病態によって異なるため、自己判断ではなく専門的な評価のもとで調整すべきものです。

誤解③「MAT2A阻害薬はどんながんにも効く」

MAT2A阻害の合成致死が期待されるのは、原則としてMTAPが欠失したがんに限られます。すべてのがんに有効なわけではなく、対象を選ぶ「バイオマーカー」に基づく精密医療の考え方が前提です。現時点では初期相の研究段階です。

誤解④「SAMeサプリは飲めば飲むほど良い」

SAMeにも注意点があり、特に双極性障害では躁転のリスクが指摘されています。処方薬との相互作用の可能性もあるため、健康食品であっても使用の可否は医師に相談することが望まれます。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【“分子の言葉”を読み解くということ】

MATという一つの酵素をたどるだけで、先天代謝異常の遺伝カウンセリングから、最先端のがんゲノム医療まで、地続きの物語が見えてきます。学生時代に“分子オタク”だった私にとって、SAMeとMATは今も特別に好きなテーマの一つです。

遺伝医療の現場で大切なのは、こうした分子の知見を、患者さんやご家族が自分ごととして理解し、納得して選択できる言葉に翻訳することだと考えています。この記事が、MATという分子を通して「遺伝子と体のつながり」を身近に感じるきっかけになれば幸いです。

よくある質問(FAQ)

Q1. MATとSAMeはどう違うのですか?

MATは「酵素(作る人)」、SAMeは「その酵素が作る産物(作られる物)」です。MATがメチオニンとATPを材料にSAMeを合成し、そのSAMeが全身のメチル化反応でメチル基を配ります。つまりMATが働かないとSAMeが作れず、メチル化が滞ってしまう、という関係です。

Q2. 新生児スクリーニングでメチオニンが高いと言われました。すぐ治療が必要ですか?

必ずしもそうではありません。MAT1Aによる高メチオニン血症は、生涯無症状で経過する優性型が多くを占めます。まずはホモシステインなど他の代謝物のパターンや遺伝子解析で、CBS欠損症などの他の原因と区別し、型を見極めることが重要です。評価の結果によって、経過観察でよいのか、専門的なフォローが必要かが変わります。

Q3. R264H変異はなぜ片方の変異だけで発症するのですか?

MATは複数のサブユニットが組み合わさって働く酵素です。R264H変異型は、正常型とペアを組むとペアごと不活性にしてしまう「優性阻害(ドミナントネガティブ)」の性質を持つため、正常な遺伝子が1本残っていても全体の活性が大きく低下します。これが、片方の変異のみで発症する優性型の理由です。

Q4. MAT2A阻害薬は日本で受けられる治療ですか?

MAT2A阻害薬(IDE397など)は、現時点では主にMTAP欠失がんを対象とした臨床試験段階の薬剤で、確立した標準治療ではありません。本記事は文献・研究動向にもとづく解説であり、当院で提供する治療の説明ではありません。実際の治療可否は、がん専門施設での適応判断や試験参加基準によります。

Q5. 高メチオニン血症の遺伝子検査はできますか?

はい。メチオニン代謝に関わる遺伝子を調べる検査として、当院ではコバラミン・ホモシステイン・メチオニン代謝異常症NGSパネルをご案内しています。検査の意義や結果の解釈、ご家族への影響については、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングのなかで丁寧にご説明します。

Q6. なぜ肝臓の病気とがん治療の話が「同じMAT」で出てくるのですか?

ヒトはMATを3つの遺伝子で作り分けているためです。肝臓型のMAT1Aは高メチオニン血症に関わり、全身・がんで働くMAT2Aは合成致死療法の標的になります。慢性肝疾患では「MAT1A→MAT2Aスイッチ」が起こり、同じ酵素ファミリーが代謝異常とがんの両方に橋を架けているのです。

🏥 遺伝性の代謝異常・遺伝子診断のご相談

高メチオニン血症などのメチオニン代謝異常や
遺伝子検査・遺伝カウンセリングについては
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にご相談ください。

参考文献

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  • [18] Ursodeoxycholic Acid and S-adenosylmethionine for the Treatment of Intrahepatic Cholestasis of Pregnancy: A Meta-analysis. Hepatitis Monthly. 2016. [PMC5075145]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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