目次
- 1 1. 抗体薬物複合体(ADC)とは:がんを狙い撃つ「ミサイル療法」
- 2 2. ADCの分子構造:抗体・リンカー・ペイロードの三位一体
- 3 3. 作用機序とバイスタンダー効果:どうやってがんを壊すのか
- 4 4. ペイロード(毒素)の種類と進化
- 5 5. 承認されている主なADCと最新動向(2025〜2026)
- 6 6. 薬剤耐性のメカニズム:なぜ効かなくなるのか
- 7 7. 副作用とその管理:知っておきたい特有のリスク
- 8 8. 次世代ADCプラットフォーム:耐性と不均一性を超えて
- 9 9. 遺伝学的診断との接続:「効く薬」を検査で見分ける
- 10 よくある誤解
- 11 臨床遺伝専門医からのメッセージ
- 12 よくある質問(FAQ)
- 13 参考文献
- 14 関連記事
抗体薬物複合体(ADC)は、抗体がもつ「がん細胞だけを狙い撃つ力」と、抗がん剤がもつ「強力に細胞を壊す力」を、1つの分子に合体させた新しいタイプのがん治療薬です。健康な組織への攻撃をできるだけ減らしながら、がんの中心部にだけ毒素を届けることをめざして設計されており、「知的生体ミサイル」とも呼ばれます。2000年に最初のADCが登場して以来、乳がん・肺がん・胃がん・尿路上皮がん・卵巣がん・血液がんなど幅広いがんへ適応が広がり、2025〜2026年にも次々と新しい薬が承認されています。この記事では、ADCの仕組みから最新の承認薬、副作用、そして「どの薬が効くかを検査で見分ける」遺伝診療とのつながりまで、一般の方にも医療職の方にもわかるように、臨床遺伝専門医・がん薬物療法専門医の視点から解説します。
Q. 抗体薬物複合体(ADC)とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. ADCは、がん細胞の目印(抗原)に結合する「抗体」に、強力な抗がん剤(ペイロード)を「リンカー」でつないだ薬です。抗体がカーナビのようにがん細胞まで毒素を運び、細胞の中に取り込まれてから毒素を放出するため、健康な細胞へのダメージを抑えつつ、がんを効率よく攻撃できます。この「狙い撃ち」によって治療できる範囲(治療指数)が広がり、間質性肺疾患(ILD)などの特有の副作用はあるものの、従来の化学療法では難しかったがんにも効果を示すようになりました。
- ➤3つの部品でできている → 標的を狙う「抗体」、つなぐ「リンカー」、攻撃する「ペイロード(毒素)」
- ➤バイスタンダー効果 → 放出された毒素が隣の「目印を持たないがん細胞」にも染み出して攻撃する
- ➤最新動向 → 2026年にダトロウェイがトリプルネガティブ乳がんの一次治療で承認されるなど進化が加速
- ➤課題 → 排出ポンプによる薬剤耐性、間質性肺疾患(ILD)・肝障害などの副作用管理
- ➤遺伝診療との接続 → 「どの薬が効くか」をコンパニオン診断・バイオマーカー検査で見分ける時代へ
1. 抗体薬物複合体(ADC)とは:がんを狙い撃つ「ミサイル療法」
これまでのがん治療は、手術・放射線・抗がん剤(化学療法)が中心でした。なかでも従来の化学療法は、分裂の速い細胞を無差別に攻撃するため、がん細胞だけでなく、髪の毛・腸の粘膜・骨髄など、健康なのに分裂が速い組織まで巻き込んでしまいます。これが脱毛・吐き気・血球減少といったつらい副作用の正体で、薬を増やしたくても副作用で増やせない「用量制限毒性」という壁がありました。
この壁を乗り越えるために生まれたのが抗体薬物複合体(Antibody-Drug Conjugates:ADC)です。ADCは、がん細胞の表面に多く現れている特定の目印(抗原)を見分けるモノクローナル抗体を「運び屋」にし、その先端に強力な抗がん剤(毒素)を結びつけています。抗体ががん細胞を見つけて結合し、細胞の中に取り込まれてはじめて毒素が放出される——この仕組みによって、全身に毒素をばらまかず、がんの局所に集中して攻撃できるようになりました。結果として「効果を出せる量」と「副作用が出る量」の差(治療指数)が大きく広がったのです[1]。
💡 用語解説:モノクローナル抗体(こうたい)
抗体とは、本来は体に入った細菌やウイルスにくっついて目印をつける、免疫の「飛び道具」です。1つの細胞のクローンから作られ、たった1種類の標的だけにぴったり結合するように作られた抗体をモノクローナル抗体と呼びます。ADCではこの「特定のものだけを見分ける正確さ」を利用して、がん細胞の表面の目印(HER2やTROP2など)に狙いを定めます。承認されているADCの多くは、細胞内への取り込み効率が高いIgG1というタイプの抗体を土台にしています。
最初のADCである「ゲムツズマブ オゾガマイシン」が米国食品医薬品局(FDA)に承認されたのは2000年のことでした[1]。当初は治療の最後の手段(サルベージ療法)という位置づけでしたが、抗体工学・リンカーの化学・毒素設計の進歩により、いまや初回治療(ファーストライン)や早期がんの治療にも使われるようになり、2026年時点で世界では20種類以上のADCが承認されています。
2. ADCの分子構造:抗体・リンカー・ペイロードの三位一体
ADCは、大きく分けて「抗体」「リンカー」「ペイロード(毒素)」という3つの部品が、精密な化学反応で組み合わされてできています。それぞれの性質と、つなぎ方(コンジュゲーション)が、薬の安定性・効き目・副作用を左右します[2]。
①標的を見分ける抗体、②抗体と毒素をつなぐリンカー、③細胞を壊すペイロード。この3つのバランスがADCの性能を決める。
標的抗原:がん細胞の「目印」を選ぶ
ADCの成否を最初に決めるのが「どの目印(抗原)を狙うか」です。理想的な標的は、がん細胞の表面に多く現れていて、正常な組織にはほとんどないものです。固形がんではHER2・TROP2・Nectin-4・EGFR・葉酸受容体アルファ(FRα)・組織因子・c-METなどが、血液がんではCD30・CD22・CD33・CD79b・CD19・BCMAなどが、すでに実用化された標的です[1]。抗体は標的に結合するだけでなく、抗体依存性細胞傷害(ADCC)などの免疫を介した攻撃を起こすこともあります。なお、同じ標的でも結合する場所(エピトープ)の違いや、抗体のアイソタイプ(IgG1・IgG4など)の違いが、効き方を変えます。
リンカー:血中では切れず、がんの中でだけ切れる
リンカーは抗体と毒素をつなぐ「鎖」です。一見地味ですが、ここがADCの安定性のかなめです。リンカーには相反する2つの条件が求められます。すなわち、血液の中を流れている間は絶対に切れず(早く切れると全身に毒素が漏れて副作用になる)、がん細胞の中に届いたらすばやく切れて毒素を放出する必要があるのです。リンカーには、酸性環境で切れるタイプ(ヒドラゾン)、がん細胞内の酵素(カテプシンBなど)で切れるタイプ(バリン-シトルリンなどのペプチド)、そして抗体そのものが分解されるまで切れない「非切断型」(トラスツズマブ エムタンシンのMCCリンカーなど)があります。非切断型は血中で非常に安定する一方、放出される代謝物が細胞膜を通り抜けにくく、後述するバイスタンダー効果が弱いというトレードオフがあります。
コンジュゲーション:ランダムから「部位特異的」へ
抗体に毒素をつなぐ「つなぎ方」も大きく進化してきました。第一世代では、抗体の表面にある約40個のリジン残基に無作為に毒素をつけていたため、1分子あたりの毒素の数(DAR)が0〜8までバラバラの、不均一な混合物になってしまうという弱点がありました[5]。第二世代では、IgG1がもつ4つ(4本)の鎖間ジスルフィド結合を部分的に切ってできるチオール基に毒素をつなぐ方法が登場し、これを還元して生じる最大8個の反応点を使うことで、最大DAR8がコントロールしやすくなりました。さらに現在は、特定の場所だけに正確に毒素をつける「部位特異的コンジュゲーション」(人工的にシステインを導入するTHIOMAB技術、天然にないアミノ酸の組み込み、酵素を使う方法など)が次世代の標準になりつつあり、血中での安定性と均一性が劇的に向上しています[5]。
💡 用語解説:DAR(薬物抗体比)とは
DAR(Drug-to-Antibody Ratio)とは、抗体1分子あたりに毒素が何個ついているかを表す数字です。多すぎると凝集して血中から早く消えてしまい、少なすぎると効果が足りません。最近のADC(トラスツズマブ デルクステカンなど)はDAR8前後で、毒素の数を均一にそろえる技術によって、安定して強い効果を出せるよう設計されています。
3. 作用機序とバイスタンダー効果:どうやってがんを壊すのか
🔍 関連記事:エンドサイトーシス(細胞の取り込み)/リソソーム/アポトーシス(細胞死)
ADCががんを壊すまでには、いくつものステップがあります。まず抗体ががん細胞表面の標的抗原に結合すると、細胞はそれを丸ごと内側に取り込みます(受容体介在性エンドサイトーシス)。取り込まれたADCは細胞内を運ばれ、最終的にリソソームという「細胞内の胃袋」に届きます。強い酸性と分解酵素に満ちたリソソームの中でリンカーが切れる、あるいは抗体そのものが分解されることで、毒素(ペイロード)が解き放たれます。放たれた毒素は細胞質へ移り、微小管を壊したり核のDNAを傷つけたりして、最終的にアポトーシス(細胞の自死)を引き起こします。
①結合→②取り込み→③切断→④放出→⑤細胞死という流れに加え、⑥放出された毒素が隣の細胞にも作用するのがバイスタンダー効果。
バイスタンダー効果:隣の「目印のない細胞」も巻き込む
実際の固形がんでは、標的の目印を多く持つ細胞(Ag+)のすぐ隣に、目印をほとんど持たない細胞(Ag−)がモザイク状に混ざっています(腫瘍の不均一性)。単純に「標的に結合した細胞だけ」を殺すADCでは、目印のない細胞が生き残って再発の原因になります。これを打ち破るのがバイスタンダー効果です。Ag+細胞の中で放出された毒素が、細胞死とともに外へ漏れ出したり、膜を通り抜けて隣のAg−細胞に入り込んだりして、目印のない細胞まで攻撃する現象です。
💡 用語解説:バイスタンダー効果(傍観者効果)
「バイスタンダー(bystander)」は「そばにいる人=傍観者」という意味です。ADCの毒素が、本来の標的だった細胞だけでなく、すぐ隣にいる「標的の目印を持たない細胞」まで巻き込んで攻撃する現象を指します。この効果は毒素の「膜の通り抜けやすさ」に左右され、DXdやMMAEのような膜を通りやすい毒素は強いバイスタンダー効果を持ちますが、MMAFのように膜を通りにくい毒素では弱くなります。
どの毒素がバイスタンダー効果を持つかは、原子レベルの分子シミュレーション(64個のリン脂質でできた人工膜を使った計算モデル)でも詳しく解析されています[8]。この効果のあるなしは臨床成績を大きく左右しました。たとえばHER2が少ししか出ていない(HER2低発現)乳がんという、非常に不均一ながん集団では、膜を通りにくいDM1を積んだトラスツズマブ エムタンシンの効果は限定的でした。対照的に、安定したリンカー・高いDAR・膜を通りやすいDXdを組み合わせたトラスツズマブ デルクステカンは、同じ集団で30〜40%という高い奏効率を示し、治療の常識を塗り替えました。
4. ペイロード(毒素)の種類と進化
🔍 関連記事:微小管(びしょうかん)とは/トポイソメラーゼ
ADCが運ぶ毒素は、単独で全身に投与できないほど強力なものでなければなりません。なぜなら、抗体に乗って腫瘍まで届くのは投与量のわずか1〜2%程度だからです。毒素は大きく3つのグループに分けられ、初期は微小管阻害薬が主流でしたが、近年はトポイソメラーゼI阻害薬へと開発の重心が移っています。
💡 用語解説:トポイソメラーゼI阻害薬
DNAはふだん固く巻かれていますが、複製のときに一時的にほどく必要があります。その「ねじれ」をほどく酵素がトポイソメラーゼです。トポイソメラーゼI阻害薬は、この酵素がDNAをほどいた状態で固定してしまい、複製のフォーク(進行点)が衝突してDNAを切断させます。DXd(デルクステカン)やSN-38がこのタイプで、トラスツズマブ デルクステカン・サシツズマブ ゴビテカン・ダトポタマブ デルクステカンなど、近年の主力ADCの毒素として歴史的成功を収めています。
5. 承認されている主なADCと最新動向(2025〜2026)
技術の成熟により、世界では20種類以上のADCが承認され、適応は血液がんから各種の固形がんへと急速に広がっています。代表的な承認薬を一覧にまとめます。
ダトロウェイ:TNBC一次治療で歴史的承認(2026年)
第一三共とアストラゼネカが開発したダトポタマブ デルクステカン(Datroway)は、多くの上皮性がんに現れるTROP2を標的とし、強力なDXdを積んだADCです。2026年5月22日、FDAは免疫療法(PD-1/PD-L1阻害剤)の対象とならない切除不能・転移性のトリプルネガティブ乳がん(TNBC)の一次治療として本剤を承認しました[9]。第III相TROPION-Breast02試験(644名)では、従来の化学療法と比べて全生存期間(OS)の中央値が18.7ヶ月から23.7ヶ月へ延長(ハザード比0.79)、奏効率も29%から63%へと倍増しました[9]。これは、TNBCの一次治療で分子標的治療薬が化学療法に対して明確な生存の優位性を示した初めての事例です。なお本剤は、EGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺がん(迅速承認)やHR陽性/HER2陰性乳がんにも適応を持ちます。
TROPION-Breast02:一次治療TNBCの全生存期間(OS)中央値
数字が大きいほど長く生存(単位:ヶ月)
標準化学療法
ダトロウェイ
ハザード比 0.79(95%CI 0.64-0.98, p=0.029)。奏効率は29%対63%、効果が続いた期間(DOR)も7.1ヶ月から12.3ヶ月へ延長した。
エムレリス:c-MET高発現肺がんへの承認(2025年)
アッヴィが開発したテリソツズマブ ベドチン(Emrelis)は、c-MET受容体を標的に、微小管阻害薬MMAEを積んだADCです。2025年5月14日、FDAはc-METタンパク質が高発現(腫瘍細胞の50%以上で強く染色)する前治療歴のある進行非扁平上皮非小細胞肺がんに対して迅速承認を与えました[10]。第2相LUMINOSITY試験(84名)で奏効率35%を示し、患者を選ぶためのコンパニオン診断(VENTANA MET SP44アッセイ)も同時承認されました[10]。「目印(バイオマーカー)で患者を選んでから使う」という考え方が、ADCでも成功した重要な節目です。
開発の明暗:承認に届かなかった例も
一方で、すべてが順調なわけではありません。HER3を標的にDXdを積んだパトリツズマブ デルクステカンは、EGFR変異肺がんへの承認をめざしていましたが、検証試験(HERTHENA-Lung02)で無増悪生存期間(PFS)は有意に延長したものの、最終的な全生存期間(OS)で統計的な差を示せず、2025年5月に承認申請が自主的に取り下げられました[11]。これは、前治療を重ねた複雑ながんでは、PFSの改善だけでは生存期間の延長を保証できないという、開発のハードルの高さを示しています。代わって、トポイソメラーゼI阻害薬を積んだサシツズマブ ティルモテカン(sac-TMT)が、2024年12月にEGFR変異肺がんへの画期的新薬指定を受けるなど、次世代の主力として期待を集めています[12]。
6. 薬剤耐性のメカニズム:なぜ効かなくなるのか
ADCを長く使うほど、がんが薬に抵抗するようになる「薬剤耐性」が、長期的な成功を阻む最大の壁になります。ADCの耐性は、標的の認識から細胞内処理までの多段階のどこかが狂うことで起こる、複雑な現象です[3]。
💡 用語解説:P糖タンパク質(排出ポンプ)
P糖タンパク質(P-gp)は、細胞膜にある「ポンプ」のようなタンパク質で、エネルギーを使って細胞内に入ってきた薬剤を強引に外へ汲み出します。がん細胞がこのポンプを増やすと、せっかく細胞内に放出された毒素も外へ追い出されてしまい、効果が大きく下がります。MMAE・DM1・DM4・DXdなど多くの毒素がこのポンプの「基質」になってしまうため、P糖タンパク質はほぼすべてのADCに共通する耐性の原因になり得ます。
最も中心的な耐性の原因が、この排出ポンプ(ABCトランスポーター)の過剰発現です[3]。実際、HER2陽性乳がんで排出ポンプが多い患者は、トラスツズマブ エムタンシンへの反応が悪いことが確認されています。このほかにも、(1)標的抗原そのものが減ったり変異で結合できなくなる「標的の喪失」、(2)リソソームの酸性度が下がるなど細胞内での毒素の切り出し・放出がうまくいかなくなる異常、(3)細胞外マトリックスや間質細胞が壁になって薬が届かない「サンクチュアリ(聖域)」の形成、などが耐性のドライバーとして知られています[3]。
7. 副作用とその管理:知っておきたい特有のリスク
ADCは局所に毒素を届ける設計ですが、臨床試験で開発が中止になる主な原因の多くは、許容できない副作用です[6]。副作用は、標的抗原が正常組織にも少し出ていることによる「オンターゲット毒性」と、標的とは無関係に正常細胞がADCを取り込んでしまう「オフターゲット毒性」の両方から生じます。重要なのは、同じ毒素・同じリンカーを使うADCは、標的が違っても似た副作用を示すことが多い、という点です[6]。
💡 用語解説:間質性肺疾患(ILD・かんしつせいはいしっかん)
肺の「間質」(肺胞の壁にあたる部分)に炎症が起き、酸素を取り込みにくくなる病態の総称です。HER2を標的とするADC(トラスツズマブ デルクステカンなど)で起こり得る、命にかかわる重篤な副作用として特に注意が必要です。空せき・息切れ・発熱などの症状や画像での早期発見が重要で、疑われたら速やかに投与を中断し、ステロイドで治療します。
主な臓器別の副作用としては、間質性肺疾患(ILD)、好中球減少などの骨髄抑制、カリケアマイシン搭載薬で問題となる肝類洞閉塞症候群(SOS/VOD)、悪心・下痢・口内炎などの消化器毒性、発疹・脱毛などの皮膚障害、ベランタマブ マフォドチンで知られる眼毒性、そして微小管阻害薬で起こりやすい末梢神経障害などがあります[6]。ILDは肺胞マクロファージがADCを非特異的に取り込むことが一因とされ、SOS/VODは肝臓のクッパー細胞が血中のADCを大量に取り込み、近くの血管内皮を傷つけることで起こります。いずれも、定期的なモニタリングと早めの対応が安全な使用のかなめです。
8. 次世代ADCプラットフォーム:耐性と不均一性を超えて
🔍 関連記事:標的タンパク質分解(TPD)/PROTAC/分子糊(モレキュラーグルー)
耐性や副作用の限界を超えるため、「1つの標的に1つの毒素」という従来の枠を超える次世代ADCの開発が急速に進んでいます[7]。
🎯 二重特異性ADC
2つの異なる目印、または同じ目印の2か所を同時に認識します。HER2に加えてCD63やSORT1を狙う設計では、HER2が少ない細胞でも強制的に取り込ませて攻撃できます。
💊 デュアルペイロードADC
性質の異なる2種類の毒素を1つの抗体に積みます。膜を通るMMAEと、排出ポンプに強いMMAFを組み合わせると、互いの弱点を補い、耐性の出現を抑えられます。
🛡️ 免疫賦活型ADC(ISAC)
毒素の代わりに免疫を刺激する物質を積み、腫瘍の中の免疫細胞へ届けます。「冷たい腫瘍」を免疫が働く「熱い腫瘍」へと作り変えることをめざします。
♻️ 分解誘導型ADC(DAC)
毒素の代わりに、原因タンパク質を分解へ導くPROTACを積みます。細胞を殺すのとは違う、新しい攻撃法です。
デュアルペイロードADCは、多剤耐性を起こした細胞にもよく効くことが前臨床で示されています[4]。また分解誘導型ADC(DAC)は、標的タンパク質分解(TPD)という新しい考え方をADCに組み込んだもので、細胞内のユビキチン化とプロテアソームのしくみを利用して、がんを増やすタンパク質そのものを「消去」します[7]。さらに、抗体の結合部位をペプチドの「マスク」で覆い、腫瘍特有の酵素で切れて初めて働く「プロボディ」技術なども、正常組織への毒性を避ける手段として開発が進んでいます。こうした分子標的・精密腫瘍学の流れは、PARP阻害剤のような他の標的治療とも併走しながら進化しています。
9. 遺伝学的診断との接続:「効く薬」を検査で見分ける
🔍 関連記事:コンパニオン診断(CDx)/バイオマーカー/遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)
ADCは「すべての患者に同じように効く薬」ではありません。HER2・TROP2・c-METといった標的の目印(バイオマーカー)が、その人のがんにどれだけ出ているかを検査で確かめてから使うのが基本です。エムレリスのVENTANA MET検査のように、薬とセットで承認される検査をコンパニオン診断(CDx)と呼びます。ここに、分子を読み解く臨床遺伝の知識が深く関わります。
💡 用語解説:コンパニオン診断とバイオマーカー
バイオマーカーとは、血液・組織などに含まれるタンパク質や遺伝子で、病気の有無や治療の効きやすさを示す「目印」です。なかでもコンパニオン診断(CDx)は、特定の薬が「その患者さんに効くか・副作用が強く出ないか」を投与前に調べる検査で、薬とペアで使われます。ADCの場合、HER2やc-METがどれだけ出ているかを免疫染色などで測り、適応を判断します。
遺伝性腫瘍とのつながり:TNBCとBRCA
ADCの適応が広がるトリプルネガティブ乳がん(TNBC)は、BRCA1・BRCA2の生まれつきの変異(遺伝性乳がん卵巣がん症候群=HBOC)と関連が深いがんでもあります。同じ「がんを分子レベルで攻める」発想は、BRCA変異がんに使うPARP阻害剤とも地続きです。また、HER2の機能獲得型変異や遺伝子増幅といった分子的背景の理解が、どのADCが効きそうかを考える土台になります。
なお当院は、生まれつきの遺伝(生殖細胞系列)を扱う遺伝カウンセリングと遺伝性腫瘍の検査を専門とする医療機関です。ADCそのものの投与や、腫瘍組織のコンパニオン診断は、がん治療を担う専門施設で行われます。「変異を読み解く」遺伝の知識と、「薬を選ぶ」がん治療は、検査結果という一本の糸でつながっています。臨床遺伝専門医は、その橋渡しを担う存在です。
よくある誤解
誤解①「ADCは副作用がない夢の薬」
狙い撃ちとはいえ、間質性肺疾患(ILD)・骨髄抑制・肝障害・末梢神経障害など特有の副作用があります。正常組織にもわずかに標的が出ていたり、非特異的に取り込まれたりするためで、慎重なモニタリングが欠かせません。
誤解②「目印があれば誰でも同じように効く」
同じHER2陽性でも、目印の量・腫瘍の不均一性・排出ポンプの有無などで効き方は変わります。バイオマーカー検査で適応を見極めることが重要です。
誤解③「一度効けばずっと効き続ける」
排出ポンプの増加や標的の喪失などで薬剤耐性が生じます。長く使うほど耐性をどう乗り越えるかが課題になり、次世代ADCの開発が進められています。
誤解④「ADCはがん治療だけのもの」
中心はがん治療ですが、免疫を刺激するISACや、タンパク質を分解するDACなど、作用の幅は広がっています。自己免疫疾患などへの応用研究も進む領域です。
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参考文献
- [1] Antibody–drug conjugates in cancer therapy: current landscape, challenges, and future directions. PMC. [PMC12581584]
- [2] Antibody–Drug Conjugates (ADCs): A Review of Structural Design, Linkers and Payloads. PMC. [PMC13075013]
- [3] Overcoming resistance to antibody-drug conjugates: from mechanisms to strategies. PMC. [PMC12581271]
- [4] Homogeneous antibody-drug conjugates with dual payloads: potential, methods and considerations. PMC. [PMC12054377]
- [5] A review of conjugation technologies for antibody drug conjugates. PMC. [PMC12146483]
- [6] Mechanisms of ADC Toxicity and Strategies to Increase ADC Tolerability. PMC. [PMC9913659]
- [7] Exploring the next generation of antibody-drug conjugates. PubMed. [PubMed 38191923]
- [8] In silico decrypting of the bystander effect in antibody–drug conjugates for breast cancer therapy. PMC. [PMC12328607]
- [9] FDA approves datopotamab deruxtecan-dlnk for unresectable or metastatic triple-negative breast cancer. U.S. FDA. [FDA]
- [10] FDA grants accelerated approval to telisotuzumab vedotin-tllv for NSCLC with high c-Met protein overexpression. U.S. FDA. [FDA]
- [11] Patritumab Deruxtecan Biologics License Application for EGFR-Mutated NSCLC Voluntarily Withdrawn. Merck. [Merck]
- [12] FDA Grants Breakthrough Therapy Designation to Sacituzumab Tirumotecan (sac-TMT) for EGFR-Mutated NSCLC. Merck. [Merck]



