目次
エピトープマッピング|新型コロナウイルスワクチン開発迅速化のカギ
エピトープとは、宿主の免疫系が認識し、侵入してきた病原体に対する免疫反応を引き起こす抗原の一部です。エピトープは、免疫細胞(B細胞など)上の対応する抗原受容体と特異的に結合し、その結合は構造が相補的である場合にのみ起こります。
エピトープができるまで
外来の異物である病原体は、ウイルスなどの小さいものはエンドサイトーシス、細菌やカビ、寄生虫など比較的大きなものなまたはファゴサイトーシス(貪食)という過程を経て食細胞内で消化され、小さな5~6このアミノ酸という形で食細胞の表面に提示されます。抗原の一部を抗原提示細胞が細胞表面に提示するため、「エピ(外側)トープ(場所、位置)」と呼びます。
エピトープが受容体に結合すると
エピトープがT細胞に認識されると、T細胞はB細胞と相互作用して、抗体をつくる形質細胞へと成熟することをを促したり、どういう外来抗原が来たかを記憶するメモリーB細胞に移行させたりします。メモリーB細胞は次に同じ抗原が来た時に素早く抗体を産生しますので液性免疫応答(抗体を介した免疫を液性免疫と言います)がスピーディーになります。また、CD4+T細胞はキラーT細胞と言われ、病原体に感染した細胞の表面に出されているエピトープを認識して細胞ごと破壊します。
T細胞のうんちく
T細胞は受容体のMHCに対する特異性によって、CD4あるいはCD8陽性細胞へと分化していきます。この分化はT細胞の教育機関である胸腺で行われます。CD4とCD8はT細胞の表面に発現する補助受容体であり、それぞれMHCクラスII分子、MHCクラスI分子の保存された領域に結合します。
※覚え方 2×4=8 つまりMHCクラスIIはCD4と、MHCクラスIはCD8と対応します。
次にT細胞は胸腺から出て成熟ナイーブCD4+T細胞またはCD8+T細胞として全身の血流にのって移動します。
ナイーブT細胞は血液やリンパ管を旅して二次リンパ組織と呼ばれるリンパ節、脾臓、粘膜関連リンパ組織(腸管周囲には全身の7割のリンパ節があります)で樹状細胞により抗原として提示された特異的抗原(エピトープ)に遭遇すると活性化されてエフェクターT細胞に分化します。
そして、エフェクターCD8+T細胞(細胞傷害性T細胞)は、赤血球を除くほぼ全ての細胞に発現しているMHCクラスI分子が提示した感染細胞のエピトープを認識して活性化し、感染細胞を破壊して排除します。
これに対して、CD4+T細胞への抗原提示に必要なMHCクラスIIは、末梢組織では樹状細胞、マクロファージ、B細胞などプロフェッショナル抗原提示細胞にのみ発現しています。
エピトープとT細胞受容体の結合はMHCクラスIIと呼ばれる分子を通じて行なわれます。
エピトープと呼ばれる部分はこの図では黄緑であらわされています。
エピトープと受容体がこのパズル(鍵と鍵穴)のような組み合わせで結合すると、最終的には抗体の産生が促進されます。こうして作られる抗体は、抗原受容体に結合したエピトープに特異的に結合するように産生されます。
つまり、エピトープは、特異的な抗体によって認識される抗原の領域でもあり、抗体は抗原のエピトープと同じアミノ酸配列(パラトープ)に結合した後、宿主生物から抗原を除去します。エピトープに結合する抗体上の領域はパラトープと呼ばれます。
多くの抗原は、その表面にいくつもの異なるエピトープを持っている
多くの抗原は、その表面にいくつもの異なるエピトープを持っているのですが、これらのエピトープはそれぞれ、免疫細胞の異なる抗原受容体と相互作用することができます。特定病原体に対する免疫を獲得したヒトの血清には、通常、抗原表面の異なるエピトープに結合することができる抗体が混在しています。
また、同じエピトープを標的とする抗体でも、立体構造が違えばエピトープと結合する能力(親和性)は異なります。
エピトープは、抗原決定基とも呼ばれています。エピトープは通常、非自己のペプチドです。しかし、自己免疫疾患の場合には、宿主の配列が免疫系によってエピトープとして認識されることがあります。
エピトープの長さは一般的に5~6アミノ酸程度です。
エピトープの種類
エピトープには、コンフォメーション型、線形型、不連続型の3種類があります。この分類は、エピトープの構造と抗体のパラトープとの相互作用に基づいています。
立体構造エピトープ(conformational epitope)
コンフォーマルエピトープは、互いに離れたアミノ酸残基の相互作用によって形成される。コンフォーメーションエピトープの数は分からないくらい多いものです。
線状エピトープ
線状エピトープは、その一次構造(アミノ酸の配列)だけではなく、存在する他の残基によっても決定されます。抗原のより遠くにあるアミノ酸残基や、一次構造の脇にあるアミノ酸残基が、線状エピトープの三次元的なコンフォメーションに影響を与えます。
不連続エピトープ
不連続エピトープは、構造上互いに近接しているのではなく、タンパク質の折り畳みの折りたたみ部分に集合したタンパク質の一部分からなります。このクラスのエピトープは、コンフォメーション部分と線状部分の両方を含むことができる。これまでのいろいろな研究から得られたデータによると、ほとんどの抗原抗体結合は不連続なエピトープ部位で起こるとされています。感染防御抗体(ワクチンに誘導される抗体はこれに当たります)は特に不連続エピトープに対する抗体であると考えられています。
病原体特異的な記憶に基づく免疫反応
T細胞もB細胞も病原体に特異的な記憶に基づいて免疫学的反応を行います。
B細胞のエピトープは、抗体や免疫グロブリンが結合する抗原の部分です。
T細胞エピトープは、抗原提示細胞の表面に存在し、主要組織適合性複合体分子に結合しています。
似たようなエピトープに別の病原体に対する抗体のパラトープやT細胞受容体のエピトープ結合部位が反応してしまうことがあり、これを交差反応といいます。たとえば、SARS-CoV-2(新型コロナウイルス)は従来のコロナウイルスに対する免疫の記憶がある人では交叉反応することがあります。
エピトープマッピングの方法
エピトープ・マッピングには、X線共結晶法、アレイベースのオリゴペプチドスキャン法、重水素交換法(HDX)など、いくつかの科学的手法があります。
X線共結晶法は、抗体と抗原の相互作用を直接可視化できるため、最も広く使われている方法ですが、すべてのタンパク質を結晶化できるわけではなく、また、この技術は高価で時間がかかり、技術的にも複雑なのが難点です。
他の方法は、X線共結晶法の代替法として考案され、より安価で簡単に実施できますが、ハイスループットのモニタリングが可能となる一方で、特にコンフォメーションエピトープについては、分解能に欠けるという欠点があります。
エピトープマッピングとその応用
エピトープのマッピングは、効果的なワクチン、診断薬、治療薬の開発に非常に重要なものとして注目されています。
エピトープの部位を特定して、抗体の結合メカニズムを解明したり、親和性の高い抗体をつくるエピトープがどれかがわかることで効果的なワクチンを製造することができるようになるからです。
エピトープマッピングから得られた情報は、構造データや配列データに基づいてB細胞エピトープをin silicoで予測するアルゴリズムに組み込むことができます。要するにコンピュータープログラムを使って、たとえば新型コロナウイルスのどの塩基配列がエピトープとして最も効果が高い(親和性が高い)抗体を産生しそうかなどを予測できるようになるのです。
治療法開発における重要性 治療薬開発において、エピトープマッピングはモノクローナル抗体(同じつくりの抗体と言う意味と捉えて結構です)の開発に用いられます。
エピトープマッピングは、抗体がどのように機能的効果を発揮するかを明らかにします。これには、どのようにしてタンパク質を機能不全にするか、どのようにして受容体とそのリガンド(受容体に結合するもの)の結合を阻害するか、といった作用のメカニズムも含まれています。
この目的のためのエピトープマッピングは、多くの治療用モノクローナル抗体がコンフォメーション・エピトープを標的としているため、大変な困難を伴います。これらのエピトープが認識される環境は、タンパク質のネイティブな状態でしか存在しない、つまり、生体内でしか存在しないからです。
その立体構造や機能を検証しようとして実験して成功したとしても、それはあくまでも実験室の実験内の環境で実現されたにすぎません。生体内で本当にどういう親和性でどういう機能をしているかについて証明するすべをわれわれ科学者は持たないのです。
しかし、近年、いくつかの病原体に対するワクチン開発をしている研究者は、エピトープマッピングをワクチン設計プロセスの重要な部分として利用しています。その中には、エボラ出血熱やジカ熱、そして新型コロナウイルスなどが含まれています。
このようにエピトープの研究とマッピングは、医学において重要な役割を果たしています。
抗体と抗原の反応に関する正確な知識は、エピトープの研究から得られる情報であり、新興の病原体に対抗するための効果的なワクチンや治療薬を開発したり、将来のパンデミックに対応したりするためには不可欠である。
まとめ
今回、新型コロナウイルスのパンデミックでは、通常2年かかると考えられていたワクチン製造が非常に短縮化されたことで皆さんが逆に不安になってしまったのですが。
一昔前は、マッピングと言えば遺伝子だったのですが、もうそんなのは1990年代に始まり、あの頃は一人の塩基配列を決定するのに10年もかかったヒトゲノムプロジェクトで終焉を告げました。ヒトゲノムプロジェクトの終了のすぐ後に出てきた次世代シークエンサーで、ゲノムシークエンスは初期には一人1000万円、1週間かかっていたのがどんどん安価そして短縮化されていき、次世代シークエンサーも第4世代(1塩基、1分子を測定可能)がすでに実用化されています。一塩基シークエンサーはまだまだ100万に1つくらいは間違うので、微生物の塩基配列決定には使えるのでが、まだまだ疾患を特定したりするのが目的のヒトのゲノムには使える正確さではありません。
しかし。ゲノム工学の分野は信じられないほどのスピードで進化を遂げ続けており、我々ゲノムの専門医である遺伝専門医もついていくのがやっと、という感じなので、その他分野の医師たちが理解できないのも当たり前、ましてや国民の皆さんが理解できないのも当たり前でしょう。
ですが、ご安心ください。今回の新型コロナウイルスに対するワクチンは、エピトープマッピングの技術により短期間で製造にこぎつけ、その恩恵を皆さんが享受しています。
そして、こうしたワクチンが提供できるのも、日ごろ、こつこつと科学的真正性を追い続け、命を守る研究を続けた科学者たちの努力のたまものです。
みなさん、どうか安心してワクチンをお受けください。
この記事の著者:仲田洋美医師 医籍登録番号 第371210号
日本内科学会 総合内科専門医 第7900号
日本臨床腫瘍学会 がん薬物療法専門医 第1000001号
臨床遺伝専門医制度委員会認定 臨床遺伝専門医 第755号