目次
遺伝子に関係する病気や、遺伝の悩みを専門家に相談できるのが遺伝カウンセリングです。このコラムでは、上のお子さんが遺伝性難聴(GJB2遺伝子による先天性難聴)とわかっていたご夫婦が、次の妊娠でNIPTを受けるまでの遺伝カウンセリングを、ケースレポートとしてご紹介します(ご本人の了承を得て、個人が特定されないよう細部を伏せています)。ご両親とも聞こえるのに、お子さんが難聴で生まれることがあります。その理由と、次の妊娠でできることも、あわせてお伝えします。
⏱️ 30秒でわかる要約
🧬 Q. 両親が保因者なら、次の子が難聴になる確率は?
GJB2による難聴の多くは潜性(劣性)遺伝です。ご両親がともに保因者なら、妊娠ごとに4分の1(25%)の確率でお子さんが同じ難聴になり、2分の1で保因者、4分の1で変化を受け継ぎません。日本人では約27人に1人がGJB2の保因者と報告されています[3]。
🧬 Q. この事例のご夫婦は、何をして、どうなりましたか?
上のお子さんの原因(GJB2のc.235delCを2つ)がわかっていたため、NIPTで赤ちゃんのGJB2を調べました。結果、ご両親はともに保因者で、赤ちゃんは変化を1つだけもつ保因者とわかり、ご夫婦は妊娠を続けることを選ばれました。
🧬 Q. 今、同じ悩みのある人は当院で何ができますか?
GJB2は当院のNIPTプランの標準の項目ではありませんが、ご家族の変化がわかっていれば個別にご相談して対応しています。羊水検査・絨毛検査は院内で行い、原因がまだわからない方は難聴の遺伝子検査や保因者検査から始められます。
\ 上のお子さんの難聴の原因がわかっている方へ /
臨床遺伝専門医が常駐し、ご家族の検査結果をもとに、NIPT・羊水検査・絨毛検査のどれで何を確かめるかを一緒に決めます。NIPTは通常妊娠9週から(妊娠6〜8週は臨床研究として受けられます)。
遺伝カウンセリングとは?
遺伝カウンセリングとは、遺伝の病気について、科学的根拠にもとづく医学的な情報を専門家から受け取り、悩みや疑問を相談できる場です。得た情報をもとに、ご本人やご家族が自分たちで決められるよう、気持ちや生活の面からも支えます。対象は、遺伝の病気をもつ方や、おなかの赤ちゃんの病気が気になる妊婦さんだけでなく、そのご家族や、病気のない方も含まれます。
いちばん大切なのは、置かれている状況を十分に理解し、受け止めたうえで決めることです。当院の遺伝カウンセリングの内容は遺伝診療・遺伝カウンセリング外来で、NIPTの前後の遺伝カウンセリングはNIPTの遺伝カウンセリングと臨床遺伝専門医の役割でご案内しています。
今回の症例の問題点
Aさんご夫婦には、先天性難聴のお子さんがいます。保険診療の遺伝子検査で、先天性難聴の原因として最も多いGJB2遺伝子に病的な変化(病的バリアント)が見つかっていました。しかも、日本人で最も多いc.235delC(GJB2の235番目のシトシンが1つ抜ける変化)を、両方の遺伝子にもつ状態(ホモ接合)でした。日本人の潜性遺伝の難聴の患者さんを調べた研究では、見つかったGJB2の変化のうち73%がc.235delCでした[1]。
c.235delCは、塩基が1つ抜けることで読み枠がずれ、途中で途切れた短いたんぱく質しかできなくなる変化(フレームシフト)です。こうした「途切れるタイプ」の変化を2つもつ場合は、そうでない変化の組み合わせより難聴が重くなりやすいことが、1,500人を超える患者さんの多施設研究で示されています[2]。Aさんのお子さんも、重い感音難聴でした。
「難聴くらいで出生前診断をするなんて」と思う方もいるかもしれません。確かにGJB2による難聴では、人工内耳で良い聞こえの成果が得られることが多いと報告されています[4]。ただし、その成果には個人差が大きく[4]、言葉を身につけるには、ご家庭での毎日の関わりや療育が欠かせません。その負担は、どうしても親御さんにかかります。だからこそAさんご夫婦は、「二人目もまた難聴だったら」と、妊娠を素直に喜べずにいらっしゃいました。
両親とも聞こえるのに、なぜ? 次の子に遺伝する確率
GJB2による難聴の多くは、常染色体潜性(劣性)遺伝です。変化を1つだけもつ人は保因者と呼ばれ、ふつうは聞こえに問題がありません。そのため、ご両親とも聞こえていても、お二人がたまたま同じ遺伝子の保因者であれば、お子さんが難聴で生まれることがあります。
🧬 両親がともにGJB2の保因者のとき(妊娠1回ごと)
| お子さんが受け継ぐ組み合わせ | 確率 | 聞こえへの影響 |
|---|---|---|
| 両親から1つずつ変化を受け継ぐ | 4分の1(25%) | 難聴になる |
| どちらか一方から1つだけ受け継ぐ | 2分の1(50%) | 保因者。ふつうは聞こえに影響しない |
| どちらからも受け継がない | 4分の1(25%) | 影響しない |
※この確率は、上のお子さんの結果にかかわらず、妊娠のたびに同じです。しくみは潜性遺伝と保因者のしくみでも図で解説しています。
日本人の一般集団509人を調べた研究では、GJB2の病的な変化をもつ保因者は3.73%(およそ27人に1人)で、c.235delCの保因者は1.57%でした[3]。保因者であることは珍しいことではなく、誰のせいでもありません。
人工内耳の費用:当時の心配と、いまの制度
ご夫婦は当時、「人工内耳の体外装置(耳にかける機械)は小さく、落としたり壊れたりしやすい。修理や買い替えは自己負担が大きい」と心配されていました。現在の制度では、人工内耳の手術と体外装置は医療保険の対象で、壊れて修理できないときや医学的に必要と認められたときの交換も医療保険で扱われます。体外装置の音声信号処理装置の修理は、2020年の基準改正で障害者総合支援法の補装具費支給制度の対象に加わり、費用は原則1割負担です[5]。一方、なくしてしまった場合や、新しい機種に替えたいという希望による交換は、これらの対象になりません[5]。電池なども対象外で、こうした維持費への助成は自治体によって違います。お住まいの自治体の窓口でご確認ください。
なお、幼少期の医療費の助成も、対象年齢や自己負担の有無が自治体によって異なります。「どこでも無料」とは限らない点にご注意ください。
今回の症例の選択
Aさんご夫婦は、当時(2023年)の当院のNIPTのプランの中から、GJB2遺伝子を調べる項目を含むもの(当時のプラン名「コンプリートNIPTデノボプラス」)を選ばれました。上のお子さんの原因の変化がはっきりしていたからこそ、選べた方法です。
💡 いま当院でGJB2を調べるには
現在、GJB2は当院のNIPTプラン(ダイヤモンド・インペリアルを含む)の標準の項目ではありません。潜性遺伝の病気では、お母さん自身も同じ変化をもっているため、血液中の赤ちゃん由来のDNAを見分ける工夫が必要になるからです。当院では、上のお子さんとご両親のGJB2の変化がわかっているご家族について、NIPTでGJB2を調べる検査を、ご家族ごとに個別にご相談して対応しています。
妊娠中に赤ちゃんの遺伝子を直接確かめたい場合は、羊水検査・絨毛検査で、ご家族でわかっている変化を調べる方法もあります(単一遺伝子疾患の出生前診断)。当院では2025年6月から産婦人科を併設し、羊水検査・絨毛検査を院内で行っています。どの方法がよいかは、妊娠週数やご夫婦の考えをうかがって一緒に決めます。
今回の症例の検査結果
結果は、ご両親はそろってc.235delCを1つずつもつ保因者で、おなかの赤ちゃんはc.235delCを片方だけもつ状態(ヘテロ接合)=保因者とわかりました。
⚠️ この結果から言えること・言えないこと
言えるのは、調べたGJB2の変化について、赤ちゃんは片方だけもつ保因者であるということです。保因者は、ふつうは聞こえに問題がありません。ただし、GJB2以外の原因による難聴まで否定するものではありません。また、NIPTはスクリーニング検査で、確かめたい場合は羊水検査・絨毛検査という方法があります。
今回の症例の検査結果が判明したその後
Aさんご夫婦は、妊娠を続けることを選ばれました。
その後、「次は確実な方法として、着床前診断を考えたい」というご連絡もいただきました。今回は気持ちの整理がつかないうちに妊娠されたので、次は計画的に、とお考えになったのだと思います。そのとき、先天性難聴のように命に直接かかわらない病気を着床前診断の対象にすることには賛否がある、というお話もお伝えしました。
着床前診断(PGT-M)と難聴
日本では、受精卵の遺伝子を調べる着床前遺伝学的検査(PGT-M)は、日本産科婦人科学会が症例ごとに審査します。指針は対象を、原則として成人に達する前に日常生活が著しく損なわれる、または生存が危ぶまれる病気で、有効な治療法がないか、治療が高度で体への負担が大きいもの、としています(2026年10月時点)。臨床遺伝専門医としての判断を加えると、人工内耳という方法がある難聴は、この基準に照らして認められにくいと考えられます(審査はあくまで症例ごとです)。
そのため、海外でPGT-Mを考える方もいます。当院は体外受精・PGT-Mを行っていませんが、海外でPGT-Mを受けるときに使える英語の検査結果をお渡しできます(検査のときにお申し出ください)。準備に必要なことは海外でPGT-M(着床前診断)を考えている方へに、PGT-M以外の道は着床前診断(PGT-M)だけが選択肢ではない理由にまとめています。
これから妊娠を考える方:まず原因と保因者を確かめる
上のお子さんの難聴の原因がまだわかっていない場合は、遺伝性難聴の遺伝子パネル検査で原因を調べるところから始めます。ご夫婦が同じ遺伝子の保因者かどうかは、妊娠前なら拡大版保因者検査で、NIPTと同時に受けるならカップルの保因者検査「ファミリーセーフティ プラス」(NIPTと同じ日に採血。単独では受けられず、NIPTの一種ではありません)で調べられます。ファミリーセーフティ プラスの対象には、GJB2関連の先天性難聴が含まれています。
\ 次の妊娠で、何を確かめるかを決めたい方へ /
全室個室・90分の受診枠で、ほかの患者さんと顔を合わせることはありません。確定検査(羊水検査・絨毛検査)も院内で受けられます。
まとめ
遺伝カウンセリングは、遺伝の病気について科学的根拠にもとづく情報を受け取り、悩みを相談するための場です。遺伝の悩みは、お子さんを考えるときにいちばん強く表に出てきます。GJB2の難聴のように、ご両親とも聞こえていても起こりうる病気では、原因の変化がわかっているかどうかで、次の妊娠でできることが大きく変わります。同じように、ご家族の遺伝の病気をきっかけに保因者検査を受けた事例は「副腎白質ジストロフィー(ALD)保因者検査の姉妹」で、着床前診断を考えるご夫婦の事例は「ハンチントン病の検査・体外受精を考えるご夫婦」で紹介しています。
🩺 院長コラム【「次の子のことを知っておきたい」という気持ち】
私自身、遺伝性疾患の当事者です。子どもに遺伝の形質を伝えたとき、親がそれを一生自分のせいだと感じてしまうことを、生まれてくる子どもや親御さんに背負わせたくないと考えています。保因者であることは誰のせいでもありません。
補聴器や人工内耳があっても、言葉を身につけるには毎日の積み重ねが必要です。その日々を知っているご家族だからこそ、「次のお子さんの状態を前もって知り、準備したい」と考えるのは自然なことだと考えています。知ることは、選ぶためだけでなく、迎える準備のためにもあります。どの選択をされても、その選択を尊重します。
よくある質問(FAQ)
Q1. 先天性難聴は子どもに遺伝しますか?二人目が難聴になる確率は?
原因によります。GJB2による難聴の多くは潜性(劣性)遺伝で、ご両親がともに保因者なら、妊娠ごとに4分の1の確率でお子さんが同じ難聴になります。原因の遺伝子と遺伝のしかたがわからないと確率は計算できないため、まず上のお子さんの原因とご両親の保因者の状態を確かめることが出発点です。
Q2. 両親とも聞こえるのに、なぜ子どもが難聴になるのですか?
ご両親がそれぞれ同じ遺伝子の変化を1つずつもつ保因者で、お子さんが両方から受け継いだ場合に起こります。保因者はふつう聞こえに問題がないため、気づかれないまま受け継がれます。日本人では約27人に1人がGJB2の保因者と報告されています。
Q3. NIPTでGJB2の難聴は調べられますか?
GJB2は当院のNIPTプランの標準の項目ではありません。上のお子さんとご両親のGJB2の変化がわかっているご家族について、ご家族ごとに個別にご相談して対応しています。赤ちゃんの遺伝子を直接確かめたい場合は、羊水検査・絨毛検査という方法もあり、当院では院内で行っています。
Q4. 赤ちゃんが保因者(ヘテロ接合)と出たら、難聴にはなりませんか?
調べたGJB2の変化について保因者であれば、ふつうは聞こえに問題がありません。ただし、GJB2以外の原因による難聴まで否定するものではありません。NIPTはスクリーニング検査のため、確かめたい場合は羊水検査・絨毛検査を考えます。
Q5. 着床前診断(PGT-M)で難聴は対象になりますか?
日本では日本産科婦人科学会が症例ごとに審査します。指針は、成人に達する前に日常生活が著しく損なわれるか生存が危ぶまれ、有効な治療法がない病気などを対象としており、人工内耳という方法がある難聴は認められにくいと考えられます。当院はPGT-Mを行っていませんが、海外で受けるときに使える英語の検査結果をお渡しできます。
Q6. 人工内耳の体外装置の修理や交換に、保険や助成は使えますか?
壊れて修理できないときや医学的に必要と認められたときの交換は医療保険の対象で、音声信号処理装置の修理は補装具費支給制度(原則1割負担)の対象です。なくした場合や、新しい機種に替えたいという希望による交換は対象になりません。電池などの維持費の助成は自治体によって違います。
Q7. 遺伝カウンセリングの費用はいくらですか?
遺伝カウンセリング料は30分22,000円(税込)です。NIPTを受ける場合は、遺伝カウンセリングがNIPTの料金に含まれます。当院の診療はすべて自費診療です。
🧬 ご家族の検査結果をもとに、次の妊娠でできることを
当院には臨床遺伝専門医が常駐し、上のお子さんとご両親の検査結果をもとに、NIPT・羊水検査・絨毛検査のどれで何を確かめるかを一緒に決めます。NIPTは通常妊娠9週から受けられ(妊娠6〜8週は臨床研究として受けられます)、陽性なら確定検査まで院内で受けられます。まだ決めていない方は、まずNIPTのプランをご覧ください。
NIPT専用ダイヤル:03-3408-3768
参考文献
- [1] Abe S, Usami S, Shinkawa H, Kelley PM, Kimberling WJ. Prevalent connexin 26 gene (GJB2) mutations in Japanese. J Med Genet. 2000;37(1):41-43. [J Med Genet]
- [2] Snoeckx RL, Huygen PL, Feldmann D, et al. GJB2 mutations and degree of hearing loss: a multicenter study. Am J Hum Genet. 2005;77(6):945-957. [DOI: 10.1086/497996](PMID: 16380907)
- [3] Taniguchi M, Matsuo H, Shimizu S, et al. Carrier frequency of the GJB2 mutations that cause hereditary hearing loss in the Japanese population. J Hum Genet. 2015;60(10):613-617. [DOI: 10.1038/jhg.2015.82]
- [4] Wu CM, Ko HC, Tsou YT, et al. Long-Term Cochlear Implant Outcomes in Children with GJB2 and SLC26A4 Mutations. PLoS One. 2015;10(9):e0138575. [DOI: 10.1371/journal.pone.0138575]
- [5] 厚生労働省 社会・援護局障害保健福祉部企画課自立支援振興室. 事務連絡「補装具の種目、購入等に要する費用の額の算定等に関する基準の改正」に係るQ&Aの送付について(令和2年3月31日). [厚生労働省]
※本記事は一般の方への情報提供を目的とし、個別の診断・治療方針を示すものではありません。ご紹介した経過は、個人が特定されないよう細部を伏せています。






