目次
📍 クイックナビゲーション
祖母と母がハンチントン病を発症し、母はすでに亡くなっている――そんなAさんが、結婚を前に「自分も発症するのか」を知るために受けた遺伝カウンセリングと遺伝子検査の事例です。ハンチントン病は常染色体顕性遺伝(優性遺伝)の病気で、親が発症している場合、子に伝わる確率は50%です[1]。発症したご家族の検体がなくても、ご本人のHTT遺伝子のCAGリピートを調べることはできます。この記事では、その考え方と、検査結果が「正常」だったときに言えること・言えないことをお伝えします。
⏱️ 30秒でわかる要約
🧬 Q. ハンチントン病は子や孫に遺伝しますか?確率は?
親が発症している場合、子に伝わる確率は50%です。祖父母が発症していて、間の親が原因の遺伝子を持っているか分からない場合、孫の確率は計算上25%(1/2×1/2)になります。
🧬 Q. 発症した親が亡くなっていて検体がなくても、自分を調べられますか?
調べられます。臨床的にハンチントン病と診断された人の大部分(世界的な研究で約98.8%)にHTT遺伝子のCAGリピートの伸長が見つかっているため、ご本人のHTT遺伝子を直接調べることが「次善の策」になります[2]。
🧬 Q. 結果が「正常」なら、ハンチントン病にならないと言えますか?
CAGリピートが26回以下なら、HTT遺伝子のCAGリピート伸長によるハンチントン病は受け継いでいないと言えます[1]。ただし、ご家族の病気がHTT以外の原因だった可能性は、検体がない以上、完全には否定できません。
- ➤遺伝の確率 → 子は50%。間の親の状態が分からなければ、孫は計算上25%
- ➤検体がないとき → ご本人のHTT遺伝子CAGリピートを直接調べる
- ➤「98%」の意味 → 発症者の約98.8%がCAGリピート伸長という研究の数字。発症の確率ではない
- ➤結果の読み方 → 26回以下は正常、27〜35回は中間型、36〜39回は不完全浸透、40回以上は完全浸透
遺伝カウンセリングとは?
遺伝カウンセリングとは、遺伝の病気について、科学的根拠にもとづく医学的な情報を専門家から受け取り、悩みや疑問を相談できる場です。受け取った情報をもとに、ご自身で考えて決められるよう、心理的・社会的な支えも行います。
対象は、遺伝の病気をお持ちの方や、妊娠中に赤ちゃんの遺伝の病気が分かった方だけではありません。そのご家族や、いまは健康な方も含まれます。いちばん大切なのは、置かれている状況を十分に理解し、それを受け止めたうえで意思決定することで、臨床遺伝専門医がそのプロセスを支えます。
今回の症例の問題点
Aさんの祖母は、Aさんが物心ついたときには、すでにハンチントン病を発症していました。祖父が祖母を一生懸命介護し、それは20年以上に及びました。ハンチントン病としては経過の長いほうです。
Aさんがまだ10代前半のころ、母が同じ病気を発症しました。母は進行がはやく、Aさんが10代のうちに亡くなりました。それから数年。結婚したい相手ができて、Aさんは自分のことを知りたくなりました。つまり、自分もハンチントン病を発症するのかどうか、ということです。
Aさんは以前、別の医療機関の遺伝の外来を受診していました。そこでは、発症したご家族(少なくとも母)の検査をしないと分からない、という説明で、Aさんご本人の検査には進みませんでした。
発症した方の検査を最初に行うのが最もよい方法であることは、遺伝の専門医なら誰もが考えることです[1]。けれども、Aさんの母はすでに亡くなっていて、検体は取れません。そうであれば「次善の策」を示すのが専門医の役割だと、わたしは考えました。
結婚前に知っておきたい、ハンチントン病の遺伝の確率(子・孫)
ハンチントン病は、HTT遺伝子の中のCAGという3つの塩基のくり返し(リピート伸長)が長くなることで起こる、常染色体顕性遺伝の病気です。発症している親の子どもが、伸長したHTT遺伝子を受け継ぐ確率は50%です[1]。
Aさんのように母が発症していれば、Aさんの確率は50%です。一方、祖父母が発症していて、間の親が原因の遺伝子を持っているかどうか分からない場合は、孫の確率は計算上25%(1/2×1/2)になります。間の親が原因の遺伝子を持っていると分かれば孫は50%、持っていないと分かれば、その親の家系の側から伝わることは考えにくくなります。
また、CAGリピートは親から子へ伝わるときに長くなることがあり、とくに父親から受け継ぐときに長くなりやすいことが知られています。リピートの数が多いほど発症が早くなる傾向もあります[1]。この現象を表現促進現象といいます。
「98%」は何の数字か ― 発症した親の検体がないときの考え方
世界43の国・民族の患者さんを対象にした研究では、臨床的にハンチントン病と診断された1,007人のうち995人(約98.8%)に、HTT遺伝子のCAGリピートが36回以上に伸長していました[2]。この「98%」は、ハンチントン病と診断された人のうち、HTT遺伝子のCAGリピート伸長が原因だった人の割合で、発症する確率や、病気を「除外できる」確率ではありません。
言いかえると、Aさんの母と祖母の病気も、HTT遺伝子のCAGリピート伸長によるものである可能性が高いと考えられます。だからこそ、母の検体がなくても、Aさんご本人のHTT遺伝子のCAGリピートを調べることに意味があります。ハンチントン病に似た症状が出ても、HTT遺伝子に伸長が見つからない場合があり、これは「HDフェノコピー」と呼ばれます[1]。母の検体がない以上、この可能性まではAさんの検査で確かめることはできません。
CAGリピートの数と結果の意味
🧬 HTT遺伝子のCAGリピートの数と意味
| CAGリピートの数 | 意味 |
|---|---|
| 26回以下 | 正常。ハンチントン病の原因にはなりません[1] |
| 27〜35回(中間型) | ご本人がハンチントン病を発症するとは通常考えられませんが、お子さんに伝わるときに病気を起こす長さまで伸びることがあります[1] |
| 36〜39回(不完全浸透) | 発症するおそれがありますが、発症しない人もいます[1] |
| 40回以上(完全浸透) | 生涯のうちに発症すると考えられている範囲です[1] |
※GeneReviews「Huntington Disease」(2026年2月12日更新)の区分にもとづく(2026年10月確認)。
40回以上の伸長が見つかれば、それはAさんにとって、いずれ発症するという、耐えがたい知らせになるかもしれません。それでも、知りたい。「自分の家庭を持っていいのか、子どもを産んでいいのか、わたしは知りたいんです」。Aさんの決意は固いものでした。
発症前の検査を受けるかどうかを考える
まだ症状のない方が、将来の発症について調べる検査を発症前診断(予測的検査)といいます。発症前のハンチントン病の検査では、検査の前に、受けたい理由、病気についての理解、結果がもたらす影響などを話し合うことが通常行われます[1]。結果が出たあとも、ご本人を支え続けることが欠かせません。
わたしも、わたしなりにすごく考えました。悪い結果になったとき、Aさんを支える確かな自信が持てるのか。けれども、Aさんの「知る権利」もまた守られるべきです。検査をしなければ、目の前の人は前に進めない。過去には戻れないので、後ろにも進めない。一歩も動けない苦しい状況にいる人に手を差し伸べる方法は、このときは検査しかありませんでした。
遺伝診療では、ご相談の内容をあらかじめおおまかにうかがっています。わたしは悩みながらも検査をお受けすると決め、「必ずあなたに寄り添います」と言える状態に自分を持っていってから、Aさんにお目にかかりました。わたしが揺れていたら、患者さんはそれを察して、つらい思いをするからです。
遺伝の悩みは、幼いころからずっと抱えていて、家庭を持ちたい、幸せになりたいと思ったときに、一気に表に出てきます。そのタイミングで支えなければ、次のライフステージに進めません。「いいですよ。あなたの検査をお受けします」。そうお伝えすると、Aさんはとても安心なさいました。
当院では、発症前の検査も、遺伝カウンセリングで一緒に考えたうえで、ご本人が知りたいと決めれば、検査まで行います。受けないという選択も、もちろん尊重します。
\ 親がハンチントン病で、ご自身のことを知りたい方へ /
発症したご家族の検体がなくても、ご本人のHTT遺伝子を調べられます(臨床遺伝専門医が担当)
今回の症例の選択
Aさんは、ミネルバクリニックの遺伝子検査メニューの中から、HTT遺伝子のリピート伸長検査を選びました。
いまの当院でのこの検査の費用は275,000円(税込)、結果までは2〜3週間です。検体は血液のほか、唾液・頬の内側の粘膜でも行えます。これとは別に、遺伝カウンセリング料(30分22,000円〔税込〕)がかかります。
この検査は、遺伝診療先進国・米国の3大遺伝子検査会社の一角で行います。※
※「3大遺伝子検査会社」は、遺伝性がんや周産期(出生前検査・保因者検査)を含む遺伝子検査全般を手がける米国の検査専業会社のうち、2025年通期の売上高が上位の3社を指します(各社の決算発表にもとづく当院調べ。がん検診やリキッドバイオプシーに特化した会社は含みません)。
今回の症例の検査結果
結果は、AさんのHTT遺伝子のCAGリピートの回数は正常範囲でした。結果が返ってくるまで、思ったより時間がかかったので、わたしも気が気ではありませんでした。結果を確認した瞬間、くたっとしてしまいました。
この結果から言えるのは、Aさんは、HTT遺伝子のCAGリピート伸長によるハンチントン病を母から受け継いでいないということです。ただし、これは調べたHTT遺伝子のCAGリピートについての結論です。母と祖母の病気がHTT以外の原因だった可能性(フェノコピー)は、母の検体がない以上、完全には否定できません[1][2]。結果をお伝えするときは、この「言えること」と「言えないこと」の両方をご説明します。
\ 結果を、結婚相手やそのご家族に説明したい方へ /
当院で受けた遺伝子検査の、調べた範囲と結果の意味を書いた文書を発行できます(税込22,000円)
今回の症例の検査結果が判明したその後
Aさんは結婚して家庭を持ち、お子さんに恵まれました。
もし検査で伸長が見つかっていたら、お子さんを持つときの選択肢を一緒に考えることになります。妊娠中に赤ちゃんを調べる単一遺伝子疾患の出生前診断(羊水検査・絨毛検査は当院の院内で行えます)や、体外受精の胚を調べる着床前診断(PGT-M。当院では行っておらず、不妊治療の医療機関で受けます)などです。体外受精とハンチントン病の検査を考えたご夫婦の事例は、ハンチントン病の検査・体外受精を考えたご夫婦の事例をご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. ハンチントン病が子どもに遺伝する確率は?
ハンチントン病は常染色体顕性遺伝の病気で、発症している親の子どもが、原因となる伸長したHTT遺伝子を受け継ぐ確率は50%です。
Q2. ハンチントン病は孫に遺伝しますか?
遺伝することがあります。祖父母が発症していて、間の親が原因の遺伝子を持っているか分からない場合、孫の確率は計算上25%(1/2×1/2)です。間の親が持っていると分かれば50%、持っていないと分かれば、その親の側から伝わることは考えにくくなります。
Q3. 発症した親が亡くなっていて検体がなくても、検査できますか?
できます。臨床的にハンチントン病と診断された人の大部分(世界的な研究で約98.8%)にHTT遺伝子のCAGリピートの伸長が見つかっているため、ご本人のHTT遺伝子のCAGリピートを直接調べます。ただし、ご家族の病気がHTT以外の原因だった可能性は、検体がなければ確かめられません。
Q4. 検査の結果が正常なら、ハンチントン病にならないと言い切れますか?
CAGリピートが26回以下なら、HTT遺伝子のCAGリピート伸長によるハンチントン病は受け継いでいないと言えます。ただし、調べたのはHTT遺伝子のCAGリピートだけなので、それ以外の原因まで否定するものではありません。27〜35回の中間型は、ご本人が発症するとは通常考えられませんが、お子さんに伝わるときに伸びることがあります。
Q5. ハンチントン病の遺伝子検査の費用と期間は?
当院のHTT遺伝子のリピート伸長検査は275,000円(税込)、結果までは2〜3週間です。これとは別に遺伝カウンセリング料(30分22,000円〔税込〕)がかかります。全部自費診療です。
Q6. 結婚相手やそのご家族に、検査の結果を説明する文書はもらえますか?
当院で遺伝子検査を受けた方には、検査の種類と調べた範囲、結果とその医学的な意味を書いた遺伝学的診断書を発行できます(税込22,000円)。将来のリスクがゼロだと保証する文書ではなく、調べた範囲について書くものです。
まとめ
遺伝カウンセリングは、遺伝の病気について専門家から科学的根拠にもとづく医学的な情報を受け取り、悩みを相談できる場です。遺伝の悩みは、結婚したいとき、子どもを持ちたいときに表に出てきやすく、深刻な悩みになります。
ハンチントン病は親から子へ50%の確率で伝わります[1]。発症した親の検体がなくても、ご本人のHTT遺伝子のCAGリピートを調べることはでき、その結果で「言えること」と「言えないこと」を正しく理解することが大切です[2]。そういう悩みを抱えた方に、真摯に寄り添える遺伝専門医でありたいと、わたしは考えています。
📅 ハンチントン病の遺伝が心配な方へ
臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行い、発症したご家族の検体がない場合も、ご本人のHTT遺伝子のCAGリピートを調べる検査まで当院で行います(275,000円〔税込〕・結果まで2〜3週間)。院内は全室個室で、90分の受診枠のあいだ、ほかの患者さんと顔を合わせることはありません。結婚相手やご家族への説明に使える遺伝学的診断書も発行できます。
参考文献
- [1] Caldeira Brás I, Dawson J, Kay C, Caron NS, Hayden MR. Huntington Disease. In: Adam MP, et al., editors. GeneReviews®. Seattle (WA): University of Washington; 1998 Oct 23 [updated 2026 Feb 12]. [NBK1305]
- [2] Kremer B, Goldberg P, Andrew SE, et al. A worldwide study of the Huntington’s disease mutation. The sensitivity and specificity of measuring CAG repeats. N Engl J Med. 1994;330(20):1401-1406. [PubMed 8159192]






