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SBBYSS症候群(Say-Barber-Biesecker-Young-Simpson症候群)|KAT6B遺伝子変異による稀少難病の症状・原因・診断・治療

目次

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

SBBYSS症候群(Say-Barber-Biesecker-Young-Simpson症候群)は、KAT6B遺伝子のハプロ不全によって引き起こされる、極めて稀な常染色体顕性(優性)の先天性多発奇形症候群です。仮面様顔貌・眼瞼裂狭小・長い母指と母趾・膝蓋骨低形成・知的障害という5つのコア所見から臨床的に疑われ、次世代シーケンスによってKAT6B遺伝子の病的バリアントを同定することで確定診断に至ります。

この記事でわかること
📖 読了時間:約15分
🧬 KAT6B遺伝子・先天性多発奇形・臨床遺伝
臨床遺伝専門医監修

Q. SBBYSS症候群とはどんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです

A. ヒストンアセチル基転移酵素を作る「KAT6B遺伝子」の働きが半分しかなくなることで、胎児期の体づくりが広く乱れる、生まれつきの希少難病です。顔の表情が乏しく、目の幅が狭く、足の親指がとても長く、ひざのお皿が小さい・または無いといった独特な体の特徴知的発達の遅れが組み合わさるのが大きな特徴です。

  • 疾患の定義 → OMIM #603736、推定有病率は100万人に1人未満の超希少難病
  • 分子メカニズム → KAT6B遺伝子のハプロ不全(タンパク質量が半減する状態)
  • 主な症状 → 仮面様顔貌・眼瞼裂狭小・長い母指母趾・膝蓋骨低形成・知的障害・停留精巣
  • 鑑別診断 → Genitopatellar症候群・BPES・カブキ症候群との違いを解説
  • 診断・管理 → 骨格X線検査と次世代シーケンスによる確定診断の流れ

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1. SBBYSS症候群とは:疾患の定義と歴史的背景

SBBYSS症候群(OMIM #603736)は、その正式な名称(Say-Barber-Biesecker-Young-Simpson症候群)が、1980年代から1990年代にかけて似た特徴を持つ患者さんを独立に報告した5人の研究者の頭文字を組み合わせて作られた、極めて稀な常染色体顕性(優性)遺伝の先天性多発奇形症候群です。

推定有病率は100万人に1人未満とされ、これまでに世界中で詳細に報告されているのは数十例程度にとどまります。臨床的な認識不足や、過去に「眼瞼裂狭小・精神遅滞症候群(BMRS)」という大きな枠組みの中で曖昧に分類されていた可能性を考えると、実際の潜在的な患者さんはこの数を上回る可能性があります。

💡 用語解説:常染色体顕性(優性)遺伝

「常染色体」とは、性染色体(X・Y)以外の染色体のことを指します。「顕性(優性)」とは、2本の染色体のうちどちらか1本に変異があれば症状が現れる遺伝形式のことです。SBBYSS症候群では、KAT6B遺伝子の変異を1コピー持っているだけで発症します。理論上は親から子へ50%の確率で遺伝しますが、実際にはほぼすべての症例が新生突然変異(後述)として生じています。▶遺伝形式について詳しく

「大堂症候群」からの分離と独立疾患としての確立

本疾患の歴史的経緯は少し複雑です。1986年に日本のOhdoらが、眼瞼裂狭小・眼瞼下垂・歯牙低形成・心疾患・知的障害を併発する家系を最初に報告しました。その後、Say・Barber(1987年)、Biesecker(1991年)、Young・Simpson(1987年)らがそれぞれ独立して、より重篤な臨床的特徴を持つ患者群を報告しました。

当初は別々の症候群と扱われていたこれらの報告は、後に同じスペクトラム上の疾患であると認識され、「Say-Barber-Biesecker-Young-Simpsonバリアント」あるいは「SBBYSS」として総称されるようになりました。そして決定的だったのは、次世代シーケンスの登場により、KAT6B遺伝子の病的バリアントが原因であることが分子レベルで証明されたことです。これにより、曖昧な「大堂症候群」という枠を超えて、明確な分子基盤を持つ独立した疾患単位として確立されました。

2. 原因遺伝子KAT6Bと分子病態メカニズム

SBBYSS症候群の根本的な原因は、ヒトの第10番染色体長腕(10q22.2)にあるKAT6B遺伝子のヘテロ接合性変異です。この遺伝子は以前はMYST4またはMORFとも呼ばれていました。

💡 用語解説:ヒストンアセチル基転移酵素とは

私たちの細胞の中で、DNAは「ヒストン」というタンパク質に巻きつけられて、コンパクトに収納されています。KAT6Bが作る酵素は、このヒストンに「アセチル基」という化学的なタグを付けることで、巻きついていたDNAをゆるめ、必要な遺伝子を「読める状態」にする役割を担います。胎児の体づくりで、骨・神経・心臓・顔の形を作る数百もの遺伝子のスイッチを正しく入れるための「鍵」となる酵素です。▶エピジェネティクスについて詳しく

SBBYSSを引き起こす変異の特徴:ハプロ不全という病態

SBBYSS症候群を引き起こすKAT6B遺伝子の変異の大部分は、フレームシフト変異やナンセンス変異によって、タンパク質の翻訳が途中で終わってしまう「切断型変異」です。これらの変異は、遺伝子全体に散らばっているか、最終エクソンであるエクソン18のより遠位部に位置しています。

💡 用語解説:ハプロ不全(はぷろふぜん)

私たちは同じ遺伝子を2コピー(父由来1つ+母由来1つ)持っています。ハプロ不全とは、片方のコピーが壊れて「タンパク質の量が半分しか作れない状態」になり、残り1コピーだけでは正常な機能を維持できなくなることを指します。SBBYSS症候群では、KAT6Bタンパク質の量が半減することで、胎児期の細胞分化・器官形成の指令が正しく出せなくなり、多臓器にわたる先天性奇形が生じます。▶ハプロ不全について詳しく

💡 用語解説:NMD(ナンセンス変異依存mRNA分解機構)

細胞には「異常な設計図(mRNA)」を見分けて分解する品質管理システムが備わっています。これがNMDです。ナンセンス変異フレームシフト変異によって途中で終止コドンが現れたmRNAは、NMDによって速やかに分解され、結果として変異アレルからはタンパク質がほとんど作られなくなります。これが「タンパク質量が半減する」ハプロ不全の正体です。▶NMDについて詳しく

KAT6B遺伝子変異の局在と臨床表現型の相関

分子遺伝学の大きな発見として、KAT6B遺伝子の「どの部分」に変異が生じるかによって、臨床症状が大きく2つの症候群(SBBYSSとGenitopatellar症候群)に分かれることが解明されました。同じ遺伝子の変異であっても、変異部位とその下流のメカニズムの違いによって、別々の病態を生み出すという特異な疾患モデルです。

KAT6B遺伝子上の変異局在と表現型の分岐

N末端
MYSTドメイン
エクソン18
C末端

🌸 SBBYSS症候群

変異局在:遺伝子全体に散在、またはエクソン18の遠位部

変異タイプ:ナンセンス・フレームシフト変異が中心

→ NMDによる分解 → ハプロ不全

🔷 Genitopatellar症候群

変異局在:エクソン18の近位部に集中

変異タイプ:切断型だがNMDを回避

→ C末端欠損タンパク質産生 → 機能獲得型

同じKAT6B遺伝子の変異であっても、変異の「位置」とその下流の分子機構の違いにより、SBBYSS症候群とGenitopatellar症候群という異なる臨床表現型を呈する。

この遺伝型・表現型相関の理解は、病態の解明だけでなく、患者さんごとの臨床予測と適切な医療管理計画の立案においても重要な手がかりとなります。

3. 主な症状と表現型スペクトラム

SBBYSS症候群の臨床症状は、複数の臓器系にまたがる広範な先天性奇形と神経発達の遅れの集合体です。患者さんごとに症状の重さや組み合わせには個人差(表現型の多様性)がありますが、いくつかの所見はほぼ全例で観察される非常に高い浸透率を示します。

SBBYSS症候群の全身症状マッピング

全身に及ぶ主要な臨床症状

👤 頭部・顔面

仮面様顔貌・眼瞼裂狭小・眼瞼下垂・口蓋裂・小顎症・低位耳

🧠 神経系

中等度〜重度の知的障害・著明な筋緊張低下・言語発達遅延

🦴 四肢・骨格

長い母指・母趾膝蓋骨低形成・下肢関節拘縮・上肢関節弛緩

❤️ 心臓

心房中隔欠損症(ASD)・心室中隔欠損症(VSD)・動脈管開存症(PDA)

⚕️ 内分泌・生殖器

男児の停留精巣・小陰茎・先天性甲状腺機能低下症

🍴 消化器・聴覚

哺乳困難・胃食道逆流症・腸回転異常・両側性難聴

頭蓋顔面・眼科・歯科的特徴

本疾患を臨床的に強く疑う最も重要な手がかりが、独特な顔貌です。患者さんの大部分は顔面筋の動きが乏しく感情表現に欠ける「仮面様顔貌(mask-like facies)」を呈します。眼部では、水平方向の眼の幅が狭くなる眼瞼裂狭小(blepharophimosis)と上まぶたが下がる眼瞼下垂(ptosis)がほぼ例外なく観察されます。

特に重症の眼瞼下垂では瞳孔領域が覆われてしまい、視機能の発達が阻害される(弱視となる)リスクがあるため、早期の眼科的介入が必要になります。涙腺・涙道の発生異常(特に鼻涙管狭窄)も多くの患者さんで認められます。

その他の顔貌の特徴として、突出した頬、平坦で広い鼻根、先端が球状の鼻、長い人中、薄い上唇、低位で後方に回転した耳介、眼瞼裂の下方傾斜、小顎症などが挙げられます。さらに、患者さんの約3分の1で出生時から口蓋裂を伴います。歯科的にも、歯の形成不全・萌出遅延・出生歯・先天性欠損歯・乳歯の晩期残存といった特徴があります。

骨格系の特徴:「長い母指・母趾」と「関節パラドックス」

SBBYSS症候群の診断基準の中核を成す骨格所見が、第1指(手の親指)および第1趾(足の親指)の著明な長大化です。フィリピンで報告された確定診断例でも、X線画像上で両側第1中足骨の長大化が明確に確認されています。この所見は、後述するGenitopatellar症候群ではほとんど見られず、SBBYSSの強力な診断的手がかりとなります。

四肢の関節機能には、興味深い「パラドックス」があります。股関節・膝関節・足首といった下肢の主要関節は関節拘縮で動きが制限されるのに対し、腕や上半身の関節は逆に過度に弛緩して過伸展を示すのです。この下半身は固く・上半身は柔らかい、というアンバランスは、乳幼児期の運動発達に大きな影響を与えます。

膝蓋骨(ひざのお皿)の発生異常も非常に重要な特徴です。SBBYSS患者さんの多くで膝蓋骨の無形成または低形成が確認されますが、すべての患者さんで欠如するわけではなく、正常な膝蓋骨が保たれている例も存在します。この「膝蓋骨が正常か否か」が、Genitopatellar症候群との鑑別に役立つ場合があります。

中枢神経系・認知行動発達

SBBYSS症候群のすべての症例で、ある程度の重症度の神経学的障害が普遍的に観察されます。罹患したお子さんは重度の全般的発達遅滞および知的障害を有し、IQテストでは70を下回るスコアが一般的で、特別支援教育が必要となります。

特に顕著なのが言語障害です。多くの患者さんで発語の遅れが見られ、一部の患者さんでは生涯にわたって意味のある発語の獲得が困難な場合もあります。行動面では、自閉症スペクトラム障害を示唆する特徴・強い不安・癇癪・注意の問題などがしばしば報告されます。乳幼児期には著明な筋緊張低下(フロッピーインファント)が見られ、これが哺乳困難や呼吸機能への影響を引き起こします。脳の形態的異常としては、全体の約36%で小頭症が認められ、少数例で脳梁の無形成または低形成が報告されています。

循環器・消化器・泌尿生殖器の合併症

KAT6B関連障害の半数以上の個体で先天性心疾患が観察されます。主として心房中隔欠損症(ASD)・心室中隔欠損症(VSD)・卵円孔開存・動脈管開存症などの非チアノーゼ性心疾患として現れ、血行動態の異常が大きい場合は乳児期に外科的閉鎖術が必要になります。

消化器系では、乳児期の重度の哺乳困難に加えて、病的な胃食道逆流症が非常に一般的です。特に注意すべきは少なくとも8例の患者さんで小腸の回転異常が報告されていることで、これは中腸軸捻転といった致死的な腸閉塞を引き起こすリスクがあります。嘔吐などの症状が見られた場合には速やかな画像診断が必要です。

生殖器の発生異常は、SBBYSS患者さんの約40%で観察され、特に男児で顕著です。男児ではほぼ普遍的に停留精巣が見られ、これに加えて陰嚢低形成・小陰茎・尿道下裂が特徴的です。女児の生殖器は正常であることが多いとされています。内分泌系では、先天性甲状腺機能低下症(一部は甲状腺の無形成・低形成)の合併も報告されており、両側性の難聴(伝音性・感音性)も乳児期の早期発見が求められる重要な合併症です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「長い母指母趾+仮面様顔貌」は最強の手がかり】

SBBYSS症候群を臨床現場で早期に気づくための最大の手がかりは、「足の親指がとても長い」という所見と「表情が乏しい仮面のような顔つき」という所見の組み合わせです。重度の知的障害を持つお子さんを診察したとき、ふと足元に目をやって母趾が異様に長いことに気づけるかどうか——これは経験を積んだ臨床遺伝専門医でも見逃しがちなポイントです。

この組み合わせを認識していれば、すぐに骨格X線検査と次世代シーケンスへとつなげることができます。希少疾患の診断は「知っている人にしか見えない」世界ですが、だからこそ正確な情報発信が患者さんとご家族の人生を変える力を持っていると、私は信じています。

4. 鑑別診断:似ている疾患との見分け方

Genitopatellar症候群(GPS)との表現型の分岐

同じKAT6B遺伝子変異によって引き起こされるもう一つの主要疾患が、Genitopatellar症候群(GPS:OMIM #606170)です。両疾患はいずれも全般的な発達遅滞・知的障害・筋緊張低下・先天性心疾患・膝蓋骨異常・生殖器異常という共通のコア表現型を持ちます。

しかし、変異の分子メカニズムの違いにより、それぞれに固有の特異的症状があります。専門家は、KAT6Bバリアントを持つ個体の臨床サブタイプを以下のように体系化しています。

サブタイプ 特徴的所見(2つ以上で合致)
SBBYSSサブタイプ 眼瞼裂狭小・仮面様顔貌・長い第1指/趾・涙道異常
GPSサブタイプ 脳梁欠損・股関節/膝関節拘縮・多発性腎嚢胞・骨盤/脊椎異常
中間型 膝蓋骨異常を除き、両方の主要特徴を少なくとも2つずつ併せ持つ
特定不能型 上記いずれにも分類できない非定型例

BMRS(眼瞼裂狭小・精神遅滞症候群)の5分類

SBBYSSは、眼瞼裂狭小と知的障害を中核症状とする疾患群「BMRS(Blepharophimosis-Mental Retardation Syndromes)」の1つとして位置づけられます。VerloesらはBMRSを以下の5型に分類しました。

Type 1: del(3p)症候群

3番染色体短腕の微小欠失。三角頭蓋を高頻度に伴う染色体構造異常

Type 2: Ohdo type(原型)

1986年Ohdoらの原報告家系に限定。原因遺伝子未確定の常染色体顕性

Type 3: SBBYSS type 👈本記事

KAT6B遺伝子変異。仮面様顔貌・長い母指母趾・膝蓋骨低形成・停留精巣

Type 4: MKB(X連鎖)

MED12遺伝子変異。男児のみ発症する粗野な三角顔のX連鎖大堂症候群

Type 5: Verloes type

重度小頭症・点頭てんかん・重篤な性器異常を伴う常染色体潜性(推定)

その他の鑑別疾患

FOXL2関連BPES(眼瞼裂狭小・眼瞼下垂・逆内眼角贅皮症候群):FOXL2遺伝子のヘテロ接合性バリアントによる常染色体顕性疾患で、眼瞼の形態異常がSBBYSSと酷似します。しかし、BPES Type Iは早発卵巣不全による不妊を伴うものの、SBBYSSのような重度の知的障害・骨格異常・多臓器の先天性奇形は伴わない点で鑑別が可能です。

カブキ症候群:KMT2DまたはKDM6A遺伝子の変異による疾患で、長い眼瞼裂・アーチ状の眉・知的障害・骨格異常を呈します。顔貌の印象が類似することがあるため、遺伝子パネル検査での鑑別が有用です。

Toriello-Carey症候群:脳梁欠損・口蓋裂・成長障害・知的障害・先天性心疾患などが重複しますが、ピエール・ロバン連鎖(小顎症・舌下垂・U字型口蓋裂)が中核症状である点でSBBYSSと区別されます。

5. 診断・遺伝子検査の進め方

SBBYSS症候群の確定診断は、詳細な臨床的評価・骨格X線検査・最先端の分子遺伝学的検査を組み合わせて確立されます。

出生後の診断アプローチ

① 全身骨格X線検査(Skeletal survey):SBBYSSを疑う臨床家にとって診断の方向性を決定づける極めて強力なツールです。長い第1指/趾の確認と膝蓋骨の評価が、分子診断の事前確率を高める鍵となります。フィリピンで報告された16歳少女の確定診断例でも、X線で「両側第1中足骨の長大化」と「膝蓋骨が正常に存在」していることが確認され、これがGenitopatellar症候群を除外しSBBYSSサブタイプであることを裏付ける根拠となりました。

② 次世代シーケンス(NGS)による分子遺伝学的検査:臨床的にKAT6B関連障害が疑われた場合、現在では全エクソームシーケンス(WES)や、知的障害・多発奇形を対象とした広範な遺伝子パネルが標準的に用いられます。WESは、SBBYSSのような表現型が多様で鑑別疾患が多い症候群において、病因となる新規de novoバリアント(ナンセンス・フレームシフト変異)を迅速かつ網羅的に同定する高い診断収率を誇ります。

③ DNAメチル化シグネチャー解析(EpiSign):KAT6B関連障害には特有のDNAメチル化パターン(エピジェネティック・シグネチャー)が確立されており、NGSで見つかった「意義不明バリアント(VUS)」を機能的に病的バリアントへと再分類する強力な補助診断ツールとして臨床導入が進んでいます。

💡 用語解説:意義不明バリアント(VUS)

遺伝子検査で見つかった変異のうち、現時点では「病気の原因かどうか判断できない」と分類されたものを指します。VUS(Variant of Uncertain Significance)と表記されます。SBBYSSのような希少疾患では、見つかった変異が病的か否かをすぐに判断できないことがよくあります。EpiSignによるメチル化解析は、VUSを機能的に病的(pathogenic)に再分類できるかどうかを評価する強力な補助手段となります。

確定診断後の初期評価(多臓器スクリーニング)

遺伝学的にSBBYSSの確定診断が下された直後には、疾患が及ぼす多臓器への影響を網羅的にマッピングするための包括的な初期評価が必須となります。

  • 神経発達評価:運動・適応・認知・言語機能のベースライン評価。脳波・頭部MRIで脳梁異常等を確認
  • 循環器評価:全症例で心エコー・心電図によるASD/VSD等のスクリーニング
  • 消化器・摂食評価:哺乳障害・胃食道逆流症の評価、嘔吐時には腸回転異常の検索
  • 眼科・耳鼻科評価:眼瞼下垂が視軸を遮っていないかの確認、鼻涙管狭窄の評価、聴性脳幹反応による難聴スクリーニング
  • 泌尿生殖器・内分泌評価:停留精巣・腎超音波・甲状腺機能(TSH/free T4)の評価
  • 整形外科評価:関節拘縮・内反足・側弯症のベースライン記録

出生前診断の選択肢(情報提供として)

SBBYSS症候群はほぼ全例が新生突然変異(de novo mutation)として生じます。これは精子・卵子が形成されるタイミング、または受精直後に偶発的に発生した遺伝子変異であり、ご両親の遺伝的背景には変異が存在しません。父親側の年齢が高いほど精子形成時にこうしたde novo変異が起こりやすいことが知られており、SBBYSSをはじめとする父親由来の遺伝子変異疾患はNIPTで検査対象となるようになってきました。

⚠️ 出生前診断についての中立的なご案内

SBBYSS症候群は表現型に大きな幅があるため、出生前に変異が見つかったとしても、生まれてくるお子さんの症状の重さを正確に予測することは困難です。出生前診断を受けるかどうかは、ご家族の価値観と判断に委ねられるものであり、医療者が一律に「受けたほうがよい」「受ける必要はない」と決められるものではありません。

遺伝カウンセリングを受けたうえで、ご夫婦で十分に話し合って決めていただくことをご案内しています。

当院では、KAT6B遺伝子を含むNIPTとして、ダイヤモンドプラン(56遺伝子)と、より広範囲をカバーするインペリアルプラン(154遺伝子218疾患)をご用意しています。父親の加齢で増えるde novo変異を調べるNIPTの仕組みについても詳しく解説しています。出生後の確定診断には全エクソーム検査(WES)クリニカルエクソーム検査が用いられます。NIPTで陽性となった場合の確定検査として絨毛検査・羊水検査が選択肢となります。なお、当院のNIPTでは互助会制度(8,000円)により、羊水検査費用が全額補助される仕組みがあります。

6. 治療と長期管理プロトコル

現時点でKAT6B遺伝子の異常を根本的に修復する治療薬は存在しません。そのため、SBBYSS症候群のマネジメントは、各臓器の症状に対する対症療法・外科的介入・発達支援を組み合わせた、生涯にわたる多職種連携アプローチが基本となります。

対症療法および外科的介入

❤️ 心疾患への介入

ASD/VSDが血行動態に重大な影響を及ぼす場合、乳児期から幼児期にかけてパッチ閉鎖術等の心臓外科手術。早期介入が予後改善に寄与

⚕️ 生殖器への介入

男児の停留精巣に対しては、悪性腫瘍リスク低減と妊孕性維持のため、通常1〜2歳までに精巣固定術(orchiopexy)を施行

👁️ 眼科・顔面への介入

重度の眼瞼下垂が視覚発達を妨げる場合は眼瞼挙筋短縮術。鼻涙管狭窄にはプロービングやチューブ挿入術。口蓋裂には口蓋形成術

💊 内分泌・薬物療法

先天性甲状腺機能低下症にはレボチロキシン補充療法を開始。てんかん発作には抗てんかん薬。行動障害には児童精神科医の管理

発達支援と教育的介入

乳児期からの早期介入(early intervention)が極めて重要です。理学療法(PT)では筋緊張低下の改善と粗大運動の獲得を目指し、下肢関節拘縮・内反足の進行予防のためのストレッチや装具療法を導入します。作業療法(OT)では、弛緩した上半身の関節と長い指を使った微細運動スキルの獲得をサポートします。

言語聴覚療法(ST)も不可欠です。発語が困難なお子さんには、サイン言語・絵カード交換式コミュニケーション(PECS)・音声出力コミュニケーション補助装置(VOCA)といった拡大代替コミュニケーション(AAC)の導入が、フラストレーションや癇癪を減らすうえで非常に有効です。

継続的なサーベイランス(モニタリング)

医学的安定が得られた後も、成長に伴って顕在化する問題に対処するための定期的なモニタリングが必要です。年次評価としては、成長曲線(身長・体重・頭囲)の確認、摂食状態の評価、関節拘縮の進行や側弯症のX線評価、視力・聴力の追跡、甲状腺ホルモン値の定期的な採血検査などが推奨されます。学齢期には、教育機関と連携した個別化支援計画(IEP)を定期的に更新し、青年期の社会適応や就労支援へとつなげていきます。

7. 予後と遺伝カウンセリング

予後と生活の質(QOL)

SBBYSS症候群は多岐にわたる先天性奇形と重度の発達遅滞を伴いますが、疾患そのものが進行性の神経変性をもたらしたり、生命予後を著しく短縮させたりするという明確なエビデンスは現在のところ存在しません。新生児期・乳児期の致死的リスク(重症先天性心疾患・筋緊張低下による呼吸嚥下障害・腸回転異常)を早期発見と適切な医学的・外科的管理によって乗り越えることができれば、患者さんは成人期まで生存し、社会の中で生活していくことが可能であると報告されています。

生涯にわたる自立度とQOLは、知的障害の重症度と精神運動発達の到達度に大きく依存します。家族・社会的サポートネットワーク・福祉サービスへのアクセスが、安定したQOLを維持するうえで不可欠です。

遺伝形式と再発リスクの評価

KAT6B関連障害は常染色体顕性遺伝の疾患ですが、医学文献で報告されているほぼすべてのSBBYSS症例は、両親から遺伝したものではなく、新生突然変異(de novo mutation)に起因しています。

  • 両親の次子への再発リスク:両親の白血球DNAから変異が検出されなければ、次子(患者の兄弟姉妹)への再発リスクは一般人口よりわずかに高い約1%程度と推定されます(生殖細胞系列モザイクの理論的可能性を考慮)
  • 例外的な家族内発症:極めて稀ながら、軽度のため未診断だったSBBYSSの親から3世代にわたってバリアントが受け継がれた家族内遺伝例も報告されています。両親の微細な臨床所見にも注意が必要です
  • 患者自身の子への遺伝:SBBYSS患者さんが妊娠出産能力を持ち子をもうける場合、その子が病的バリアントを受け継ぐ確率は各妊娠において50%

確定診断を受けたご家族には、臨床遺伝専門医による専門的な遺伝カウンセリングが必要です。次子を望むご家族には絨毛検査・羊水検査による出生前遺伝子診断が選択肢となりますが、その選択は常にご家族の価値観に委ねられるべきものです。

8. よくある誤解

誤解①「親が健康だから遺伝病ではない」

SBBYSS症候群のほぼすべての症例は新生突然変異として生じます。両親には変異がなく、子で初めて生じた変異が原因です。「家族歴がないから違う」と決めつけると診断が遅れます。

誤解②「KAT6B変異=同じ病気」

同じKAT6B遺伝子変異でも、変異の位置によってSBBYSSとGenitopatellar症候群という別の病態になります。変異局在の精密な解釈が必要です。

誤解③「すべての患者で膝蓋骨が無い」

SBBYSSでは膝蓋骨低形成・無形成が多いですが、正常な膝蓋骨を保つ患者さんも存在します。膝蓋骨の有無だけでGenitopatellar症候群との鑑別はできません。

誤解④「進行性で寿命が短い」

SBBYSS自体は神経変性をもたらす進行性疾患ではありません。乳児期の致死的リスクを乗り越えれば成人期まで生存可能と報告されています。

9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「曖昧な大堂症候群」から「分子診断」へ】

SBBYSS症候群は、長らく「大堂症候群」という曖昧な枠組みの中で、他の眼瞼裂狭小・知的障害症候群とひとくくりに扱われてきた歴史があります。1986年に日本のOhdo先生が最初に報告された家系から始まったこの疾患群は、分子遺伝学の進歩により、5つの全く異なる原因(染色体微小欠失・KAT6B・MED12・原因未確定型など)に分けられることが明らかになりました。

「正確な診断名」が見つかることは、お子さんの将来の医療管理を最適化するだけでなく、ご家族が「なぜこうなったのか」「次の子はどうか」という根本的な問いに答えを得る出発点になります。希少疾患だからこそ、一人ひとりの患者さんに向き合う臨床遺伝専門医の存在が大切だと、私は日々の診療で実感しています。

よくある質問(FAQ)

Q1. SBBYSS症候群は遺伝しますか?

常染色体顕性遺伝の疾患ですが、報告されているほぼすべての症例は新生突然変異(de novo)によるもので、両親には同じ変異が存在しません。次子(患者さんの兄弟姉妹)への再発リスクは、生殖細胞系列モザイクの可能性を考慮しても約1%程度と推定されます。一方、患者さんご本人が将来お子さんを持つ場合は、お子さんへの遺伝確率は理論上50%となります。

Q2. 知的障害の程度はどのくらいですか?

SBBYSS症候群のすべての患者さんに、ある程度の重症度の知的障害が普遍的に観察されます。IQテストでは70を下回るスコアが一般的で、特別支援教育が必要となります。特に言語発達の遅れが顕著で、一部の患者さんでは生涯にわたって意味のある発語の獲得が困難な場合もあります。早期からの言語聴覚療法や拡大代替コミュニケーション(AAC)の導入が重要です。

Q3. どのように診断されますか?

仮面様顔貌・眼瞼裂狭小・長い母指母趾・膝蓋骨低形成・知的障害といった主要所見の組み合わせから臨床的に疑われ、全身骨格X線検査(Skeletal survey)で骨格異常を確認した後、次世代シーケンス(全エクソーム解析または知的障害遺伝子パネル検査)でKAT6B遺伝子の病的バリアントを同定することで確定診断となります。意義不明バリアント(VUS)が見つかった場合は、DNAメチル化シグネチャー解析(EpiSign)が補助診断ツールとして有用です。

Q4. Genitopatellar症候群とどう違いますか?

どちらも同じKAT6B遺伝子の変異が原因ですが、変異の位置が異なります。SBBYSSは遺伝子全体に散在するナンセンス・フレームシフト変異がハプロ不全を引き起こし、長い母指母趾・仮面様顔貌・涙道異常を呈します。一方、Genitopatellar症候群はエクソン18近位部の変異でC末端を欠いたタンパク質が産生され、脳梁欠損・重度関節拘縮・多発性腎嚢胞などGPS特有の症状を呈します。両者の特徴を併せ持つ「中間型」も存在します。

Q5. 出生前に診断できますか?

既知の変異がご家族内にある場合や、第一子で確定診断がついている場合、絨毛検査・羊水検査による出生前遺伝子診断が可能です。また、父親由来のde novo変異をスクリーニングするNIPT(ダイヤモンドプラン・インペリアルプラン)ではKAT6B遺伝子が対象に含まれます。ただし、表現型に大きな幅があるため、出生前に変異が見つかっても症状の重さを正確に予測することは困難です。出生前診断を受けるか否かは、必ず遺伝カウンセリングを経たうえで、ご家族の価値観に基づいて決めていただくべき問題です。

Q6. 生命に関わる合併症は何ですか?

①重症の先天性心疾患(大きなASD・VSDなど)、②筋緊張低下に伴う重度の哺乳困難・誤嚥性肺炎・呼吸不全、③小腸回転異常による中腸軸捻転・腸閉塞——の3つが、特に新生児期・乳児期に注意すべき生命に直結する合併症です。これらを念頭に置いた先制的スクリーニングと早期外科的介入によって乗り越えれば、その後の生命予後は大きく改善することが報告されています。

Q7. 寿命はどのくらいですか?

SBBYSS症候群そのものが進行性の神経変性を起こしたり、寿命を著しく短縮するという明確なエビデンスは現在ありません。新生児期・乳児期の致死的合併症(重症心疾患・呼吸障害・腸回転異常など)を適切な医療管理で乗り越えれば、成人期まで生存し社会の中で生活していくことが可能であると報告されています。生活の質は知的障害の重症度や運動機能の発達度に依存します。

Q8. 治療法はありますか?

現時点でKAT6B遺伝子の異常を根本的に修復する治療薬は存在しません。治療の基本は、心疾患のパッチ閉鎖術・停留精巣に対する精巣固定術・口蓋裂の口蓋形成術・眼瞼下垂の手術といった外科的介入、甲状腺機能低下症に対するレボチロキシン補充療法などの対症療法、そして理学療法・作業療法・言語聴覚療法による発達支援を組み合わせる集学的アプローチです。将来的にはエピジェネティック治療薬や精密医療の開発が期待されています。

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参考文献

  • [1] OMIM #603736. Say-Barber-Biesecker-Young-Simpson Syndrome (SBBYSS). Johns Hopkins University. [OMIM]
  • [2] Campeau PM, et al. The KAT6B-related disorders genitopatellar syndrome and Ohdo/SBBYS syndrome have distinct clinical features reflecting distinct molecular mechanisms. Hum Mutat. 2012;33(11):1520-1525. [PMC3696352]
  • [3] Campeau PM, Lee BH. KAT6B Disorders. GeneReviews® [Internet]. University of Washington, Seattle. [GeneReviews NBK114806]
  • [4] MedlinePlus Genetics. Ohdo syndrome, Say-Barber-Biesecker-Young-Simpson variant. National Library of Medicine. [MedlinePlus]
  • [5] Orphanet. Blepharophimosis-intellectual disability syndrome, SBBYS type. ORPHA:3047. [Orphanet]
  • [6] Verloes A, et al. Blepharophimosis-Mental Retardation (BMR) Syndromes: A proposed clinical classification of the so-called Ohdo syndrome. Am J Med Genet A. 2006. [ResearchGate]
  • [7] Ohdo syndrome in a Filipino teen. Preprints.org. 2025. [Preprints]
  • [8] EpiSign Methylation Array Panel: Conditions List. London Health Sciences Centre. [EpiSign PDF]
  • [9] KAT6B-related disorder in a patient with a novel frameshift variant (c.3925dup). Hum Genome Var. 2019. [PMC6911078]
  • [10] Human Disease Genes. KAT6B – Clinical Characteristics. [HDG]

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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