目次
- 1 1. 発達性てんかん性脳症(DEE)とは ─ 概念の変遷
- 2 2. 「DE」と「EE」の二重構造 ─ ドラベ症候群を例に
- 3 3. どのくらいの頻度でみられるのか ─ 疫学と小児期の負担
- 4 4. 代表的なDEE症候群 ─ 臨床像の広がり
- 5 5. 遺伝子診断のアプローチ ─ なぜ検査が大切なのか
- 6 6. 意義不明変異(VUS)と機能ゲノミクス
- 7 7. 親の体細胞モザイクと遺伝カウンセリング
- 8 8. 精密医療(プレシジョン・メディシン)の展開
- 9 9. 発作以外の併存症と、成人期への広がり
- 10 まとめ ─ 「発作の集まり」から「原因に根ざした病気」へ
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
- 13 関連記事
「てんかん」と「発達の遅れ・退行」は、これまで別々の問題として語られがちでした。ところが近年の遺伝学の進歩によって、この2つが同じ1つの遺伝的な原因から同時に生じている一群の病気があることがわかってきました。それが発達性てんかん性脳症(DEE:Developmental and Epileptic Encephalopathies)です。乳幼児期に始まる重いてんかん発作と、それに絡み合う発達の停滞・退行を特徴とし、国際的な分類でも重要な位置づけを与えられています。この記事では、DEEという概念がなぜ生まれたのか、どのくらいの頻度でみられるのか、代表的な症候群や原因遺伝子、そして遺伝子診断から「原因に直接はたらきかける治療(精密医療)」までの全体像を、臨床遺伝専門医の視点でやさしく解説します。個別の遺伝子・症候群の詳しい記事への入り口となる、総論のページです。
Q. 発達性てんかん性脳症(DEE)とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. DEEとは、乳幼児期から小児期に発症する重いてんかんの一群で、「てんかん発作」と「発達の遅れ・退行」が、同じ1つの遺伝的または構造的な原因から同時に生じる病態のことです。発作そのものが脳の発達を妨げる面(てんかん性脳症)と、原因となる遺伝子の変化が発作とは別に発達を直接妨げる面(発達性脳症)の両方が重なっている点が特徴です。国際抗てんかん連盟(ILAE)が2017年にこの新しい用語を導入しました[1]。原因の多くは遺伝子の変化で、正確な診断は治療方針や再発リスクの説明に直結します。
🧬 発達性てんかん性脳症(DEE)の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み方・英語名 | はったつせいてんかんせいのうしょう/Developmental and Epileptic Encephalopathies(略称DEE) |
| 分類上の位置づけ | ILAE(国際抗てんかん連盟)が2017年に導入した用語[1]。2022年の症候群分類でさらに体系化された[4] |
| 主な発症時期 | 乳児期に集中。多くは生後1年以内に発症する[2] |
| 中心的な特徴 | 薬剤抵抗性のてんかん発作と、発達の停滞・退行が同じ原因から併存する |
| 主な原因 | 単一遺伝子の変化が多い。SCN1A・SCN2A・STXBP1・KCNQ2・CDKL5など800以上の遺伝子が報告[3] |
| 診療との関わり | 正確な遺伝子診断が、治療選択・再発リスクの説明・不要な検査の回避につながる |
※本記事は一般の方と遺伝診療に関わる方の両方に向けた総論解説です。特定の検査を勧めたり、治療方針を指示したりするものではありません。
1. 発達性てんかん性脳症(DEE)とは ─ 概念の変遷
発達性てんかん性脳症(DEE)は、乳幼児期から小児期に発症する、非常に重い難治性てんかんの一群をまとめた概念です。臨床遺伝専門医や小児神経の分野で、2017年に国際抗てんかん連盟(ILAE)が新しい分類と用語を提唱したことは、てんかん学と神経遺伝学の歴史における大きな転換点となりました[1]。それ以前の臨床現場では、頻繁なてんかん発作や脳波上の激しい異常放電そのものが、もともとの病気から予測される以上に認知・行動・運動の発達を妨げ、退行を引き起こす病態を指して「てんかん性脳症(Epileptic Encephalopathy:EE)」と呼んでいました。
ところが、次世代シークエンサーをはじめとする網羅的な遺伝学的手法が急速に進歩したことで、これら重いてんかん性脳症の多くで、単一遺伝子の病的な変化などのはっきりした遺伝学的な原因が存在することが明らかになりました[3]。その結果、多くの患者さんでは、発作が脳に与える二次的なダメージ(EE)だけでなく、遺伝子の変化そのものが胎児期や生後の脳のネットワークづくりを直接妨げる「発達性脳症(Developmental Encephalopathy:DE)」の要素が、強く関わっていることがわかってきたのです。
💡 用語解説:脳症(のうしょう/encephalopathy)とは
「脳症」とは、脳全体のはたらきが広くうまくいかなくなった状態を指す言葉です。特定の一か所が傷つく「脳炎」や「脳梗塞」とは異なり、脳のネットワーク全体の機能が損なわれ、意識・認知・運動・行動といった幅広い面に影響が及びます。DEEでは、この脳全体の機能不全が「発作によるもの(EE)」と「遺伝子の変化そのものによるもの(DE)」の2つの経路から生じている、と理解すると分かりやすくなります。
ILAEが新しく定義した「発達性てんかん性脳症(DEE)」という概念は、この「発達性脳症(DE)」と「てんかん性脳症(EE)」が同じ遺伝学的あるいは構造的な原因から生じ、しかも両者が互いに悪い影響を及ぼし合いながら進んでいく、という二重構造の病態を正確に言い表すものです[5]。診断の際には、主に3つの点が考えられます。1つめは、神経学的な状態を悪化させる頻繁なてんかん発作、または脳波上の頻発する異常放電があること。2つめは、認知や運動の発達の遅れ・退行の経過が確認されること。3つめは、根底にある原因(多くは遺伝子の変化)それ自体が、発作とは独立して発達障害に関わっているという証拠があることです[1]。
2. 「DE」と「EE」の二重構造 ─ ドラベ症候群を例に
この二重構造を最も分かりやすく示すのが、ドラベ症候群です。SCN1A遺伝子の変化によって起こる代表的なDEEで、ILAEの解説でもDEE概念の典型例として挙げられています[1]。ドラベ症候群のお子さんでは、てんかん発作が激しくなり脳波異常がはっきりする前の、乳児期の早い段階から、すでに発達の遅れがみられることが少なくありません。これは遺伝子の変化そのものによる「DE」の要素です。その後、発熱などをきっかけに長時間の重積発作やさまざまな発作が頻発するようになると、その過剰な電気的興奮が発育途上の脳ネットワークにさらなる損傷を与え、深刻な発達の退行という「EE」の要素が上乗せされていきます。ILAEは、この2つの病態が分かちがたく結びついている現実をふまえて、DEEという包括的な用語を正式に採用しました[5]。
この考え方を、原因から結果への流れとして図にすると、次のようになります。
💡 用語解説:退行(たいこう/regression)とは
「退行」とは、いったんできるようになった発達の能力(首すわり・お座り・言葉・アイコンタクトなど)が、失われていくことを指します。単に発達がゆっくりな「発達の遅れ(遅滞)」とは異なり、これまでできていたことが後戻りしてしまう点が特徴です。DEEでは、発作が激しくなる時期に合わせて退行がみられることがあり、家族にとっても大きな不安となります。
3. どのくらいの頻度でみられるのか ─ 疫学と小児期の負担
DEEは、1つひとつの原因疾患としては「まれな病気(希少疾患)」に分類されます。しかし全体をまとめると、小児神経の分野では非常に大きな負担を占める集団になります。ニュージーランドで行われた集団ベースの疫学研究によれば、16歳までにてんかんと発達障害を合わせもつ子どもは約340人に1人、そのうちDEEにあたる子どもは約590人に1人と推定されています[2]。590人に1人という頻度は、決して「めったにない病気」とは言えない数字です。原因となる遺伝子の解析も年々進み、確定診断が得られる患者さんの割合は急速に増えています[3]。
DEEの発症時期は、明らかに乳児期に集中しています。特に早く発症する場合ほど、薬が効きにくい薬剤抵抗性てんかん(Drug-Resistant Epilepsy:DRE)への移行も早い傾向があります。エストニア全土を対象とした集団ベースの研究では、生後2年未満で発症したてんかんのうち、約43%が6か月以内に、65%が1年以内に薬剤抵抗性を示し、その多くがDEEに分類されると報告されています[6]。乳幼児期の早い時期からの持続的な異常な脳活動は、認知や行動の障害を固定させてしまうおそれがあるため、できるだけ早い正確な診断と介入が求められています。
💡 用語解説:薬剤抵抗性てんかん(DRE)とは
適切に選んで十分に使った2種類以上の抗てんかん薬でも、発作を十分に抑えられない状態を「薬剤抵抗性てんかん(難治性てんかん)」といいます。てんかん全体の約3割がこれにあたるとされますが、DEEでは早期からこの状態になりやすいことが知られています。薬が効きにくい背景に特定の遺伝子の変化が隠れていることも多く、遺伝子診断が治療の手がかりになります。
疫学的にもう1つ見逃せないのが、DEEの患者さんにおける死亡率と、てんかんにおける予期せぬ突然死(SUDEP:Sudden Unexpected Death in Epilepsy)のリスクです。510人の遺伝性DEE患者を解析した研究では、遺伝子の種類によって重積発作や死亡・SUDEPのリスクが大きく異なることが示されました[7]。たとえばKCNT1遺伝子の変化による乳児遊走性焦点発作てんかん(EIMFS)のコホートでは、追跡期間の中央値3年の時点で47%という高い死亡率が記録され、その一部がSUDEPだったと報告されています[7]。こうしたデータは、DEEの治療目標が、認知機能を守ることだけでなく、命そのものを守ることにも直結していることを示しています。
🩺 院長コラム【「まれな病気の集まり」だからこそ、名前をつける意味がある】
DEEに含まれる病気は、1つひとつをみればどれも患者数の少ない希少疾患です。だからこそ、以前は「原因不明の重いてんかん」とまとめて呼ばれ、そこで説明が止まってしまうことも珍しくありませんでした。けれども、遺伝子を1つずつ突き止めていくと、まったく違う経過や、まったく違う治療が見えてきます。
「発達性てんかん性脳症」という共通の言葉を持つことは、バラバラだった希少疾患を1つの地図の上に並べ、研究や治療開発、そして家族への説明を前に進めるための土台になります。名前がつくことは、診断が「終わり」ではなく「始まり」になる、ということでもあるのです。
4. 代表的なDEE症候群 ─ 臨床像の広がり
ILAEは2022年に、てんかん症候群の分類を改訂し、特徴的な症状・発症年齢・脳波所見にもとづいてDEEを体系化しました[4]。これにより、原因となる遺伝子がまだ確定していない段階でも、臨床的に適切な症候群として分類し、標準的な治療を始めることが可能になっています。ここでは、代表的なDEE症候群をいくつか紹介します。それぞれの詳しい解説は、各疾患のページをご覧ください。
乳児てんかん性スパズム症候群(IESS/旧・West症候群)
生後1か月から24か月(ピークは生後3〜12か月)に発症するてんかん性スパズム(点頭てんかん)を中心症状とするDEEです。2022年のILAE改訂で、従来の「West症候群」という用語を含む、より広い概念として「IESS」が提唱されました[4]。従来のWest症候群は、てんかん性スパズム・脳波上のヒプスアリスミア(無秩序な高振幅の異常波)・発達の停滞または退行という3つの特徴をすべて満たすものと厳密に定義されていましたが、実際には脳波がヒプスアリスミアの基準を完全には満たさない例も多く存在しました。IESSという新しい呼び名は、これらの例も同じスペクトラムとして治療の対象に含めるためのものです。原因は非常に多様で、結節性硬化症などの構造的な異常、染色体異常、ARX・CDKL5・STXBP1などの単一遺伝子の変化、先天代謝異常症などが含まれます。
ドラベ症候群(乳児重症ミオクロニーてんかん)
前述のとおり、DEEの典型例ともいえる疾患です。患者さんの多くで、電位依存性ナトリウムチャネルNaV1.1をつくるSCN1A遺伝子の機能が失われる変化(機能喪失型変異)が見つかります[1]。生後1年以内(多くは生後5〜8か月)に、それまで順調に育っていた乳児に、発熱や入浴などをきっかけとして長時間のけいれん(熱性けいれん重積)が生じることで発症します。1歳を過ぎるころから、ミオクロニー発作や焦点発作などさまざまな発作が出現し、同時に発達の停滞・退行、運動失調、自閉スペクトラム症(ASD)に似た特性が顕在化します。
睡眠時棘徐波活性化を伴う脳症(DEE-SWAS/EE-SWAS)
2歳から12歳ごろ(ピークは4〜5歳)に発症し、ノンレム睡眠中に脳波上のてんかん性放電が著しく増える症候群です。かつて「睡眠時持続性棘徐波(CSWS)」「睡眠時電気的てんかん重積(ESES)」と呼ばれていた病態が、ILAEによってこの名称に再定義されました[4]。睡眠中の広範で持続的な異常波が、睡眠が本来担うべき記憶の定着や神経のメンテナンスを妨げ、著しい認知機能の低下、言葉の喪失(後天性てんかん性失語であるランドウ・クレフナー症候群など)、注意や行動の問題を引き起こす点が最大の特徴です。発達の遅れを伴うものをDEE-SWAS、伴わないものをEE-SWASと呼び分けます。
📋 代表的なDEE症候群と主な原因遺伝子(例)
| 症候群・病名 | おおよその発症時期 | 関わる代表的な遺伝子(例) |
|---|---|---|
| 乳児てんかん性スパズム症候群(IESS) | 生後3〜12か月 | ARX、CDKL5、STXBP1 など多数 |
| ドラベ症候群 | 生後5〜8か月 | SCN1A(機能喪失型) |
| CDKL5欠損症(DEE2) | 生後6週〜数か月 | CDKL5 |
| STXBP1脳症(DEE4) | 新生児〜乳児期 | STXBP1 |
| 乳児遊走性焦点発作てんかん(DEE14) | 新生児〜生後数か月 | KCNT1 |
| DEE-SWAS/EE-SWAS | 4〜5歳 | GRIN2A など |
※ここに挙げたのは代表例です。同じ症候群でも複数の遺伝子が関わることがあり、同じ遺伝子でも軽症から重症まで幅広い臨床像を示します。
5. 遺伝子診断のアプローチ ─ なぜ検査が大切なのか
DEEの大部分が遺伝的な基盤をもつことが明らかになった今、正確な分子診断は単なる「病名づけ」を超えて、治療方針の決定、不要な検査の回避、そして家族への正確な遺伝カウンセリングのために欠かせないステップになっています。臨床現場では、主に3つの次世代シークエンサー(NGS)の手法が使われており、それぞれの特徴と診断率(診断がつく割合)を理解しておくことが大切です。
検査の選択肢は、大きく次の流れで理解できます。
てんかんの遺伝子検査を比較したメタ解析では、全エクソーム検査(WES)の診断率が最も高く約45%、てんかんパネルが約23%、染色体マイクロアレイが約8%と報告されています[8]。この研究は費用対効果の観点からも、原因不明のてんかんにおいてWESが優れた診断法であることを支持しました[8]。さらに、患者さん本人だけでなく両親の検体も同時に解析する「トリオ解析」では、de novo変異の同定やバリアントの解釈がしやすくなり、診断精度の向上につながります。
💡 用語解説:全エクソーム検査(WES)と全ゲノム検査(WGS)の違い
私たちの遺伝情報(ゲノム)のうち、タンパク質の設計図として直接はたらく部分を「エクソン」といい、その全体をまとめて調べるのが全エクソーム検査(WES)です。一方、エクソン以外の広い領域も含めてゲノム全域を調べるのが全ゲノム検査(WGS)です。WGSはより網羅的ですが、意味の解釈が難しい変化も大量に見つかるため、現状ではWESで診断がつかなかった場合の追加検査として位置づけられることが多くなっています。詳しくはエクソーム解析と全ゲノム解析の違いのページで解説しています。
ターゲット遺伝子パネルは、安価で結果が早く出る一方、遺伝的な多様性が非常に高いDEEでは、パネルに含まれていない未知の原因遺伝子を見落とすリスクがあります。一方、全ゲノム検査は技術的にはより包括的ですが、現在の解釈の知識では意義がはっきりしない変化を大量に生み出してしまい、臨床での判断を難しくする面もあります。こうした特徴から、原因不明のてんかんでは、WESや包括的な遺伝子パネルが初期の遺伝学的検査として重要な選択肢となっています[8]。
さらに近年では、単一の病的な変化があるかどうかだけでなく、ポリジェニック・リスク・スコア(PRS:ありふれた遺伝的変化が多数積み重なることで生じるリスク)が、DEEの重症度を左右する修飾因子としてはたらいている可能性も指摘されています[3]。同じ病的な変化をもっていても、背景にあるゲノム全体のリスクによって、重症になりやすい人と比較的軽くとどまる人がいる、という新しい考え方が生まれつつあります。
6. 意義不明変異(VUS)と機能ゲノミクス
遺伝子検査を臨床に応用するうえで最大の壁になるのが、見つかった遺伝子の変化が本当に病気の原因なのかを確定できない「意義不明変異(Variants of Uncertain Significance:VUS)」の存在です。特にSTXBP1やSCN2AといったDEEの主要な原因遺伝子では、はっきりした機能領域の境界に依存しないミスセンス変異が遺伝子全体にわたって数多く報告されており、VUSに分類される割合が高くなりがちです。VUSがあると、確定診断が保留になるだけでなく、精密医療の適用や家族への遺伝カウンセリングにも大きな障害となります。
💡 用語解説:ミスセンス変異とVUS
ミスセンス変異とは、遺伝子の1文字が変わることで、タンパク質を構成するアミノ酸が別のものに置き換わる変化のことです。影響が大きいものもあれば、ほとんど影響しないものもあり、その判断が難しいのが特徴です。そのため、病気の原因と断定も否定もできない状態のものを意義不明変異(VUS)と呼びます。VUSは「よくわからないから様子をみる」対象であり、時間の経過や新しい研究によって「病的」または「良性」へと再分類されることがあります。
このVUSという難所を打開するため、近年「機能ゲノミクス」というアプローチが急速に臨床に取り入れられつつあります。たとえばイオンチャネル遺伝子の変化に対しては、ハイスループットな自動パッチクランプ法を用いて、変異したチャネルの電気生理学的な性質を短期間で網羅的に評価する技術が実用化されています。また、患者さんの細胞から人工多能性幹細胞(hiPSC)をつくり、それを神経細胞へと分化させて、変化がシナプス伝達やネットワーク形成に与える影響を直接観察することも可能になっています。こうした機能解析は、VUSを「病的」あるいは「良性」へと再分類するための強力な証拠を提供し、診断と治療の両面を前進させています。
7. 親の体細胞モザイクと遺伝カウンセリング
臨床遺伝専門医としてDEEの家族に向き合うとき、最も慎重さを要するのが、再発リスク(次のお子さんに同じことが起こる可能性)の評価と遺伝カウンセリングです。DEEの原因となる重い遺伝子の変化の多くは、両親から受け継いだものではなく、患者さん本人に新しく生じた新生突然変異(de novo変異)です。従来は、本人がde novo変異をもち、両親の通常の血液検査で同じ変異が見つからない場合、次のお子さんでの再発リスクは低いものの、経験的にはおよそ1%程度と説明されることが一般的でした。
💡 用語解説:新生突然変異(de novo変異)とは
「de novo(デノボ)変異」とは、両親のどちらももっていない、お子さんに新しく生じた遺伝子の変化のことで、日本語では新生突然変異と呼びます。精子や卵子がつくられる過程、あるいは受精後のごく初期に偶然生じます。両親の体質が原因ではないため、次の妊娠での再発リスクは基本的に低いと考えられますが、後述する「モザイク」という例外があるため、慎重な評価が必要です。
ところが、NGSと深く読む技術(ディープシークエンス)の導入により、この「約1%」という定説を見直す重要な事実が明らかになりました。一見de novoにみえるDEE患者さんの両親のうち、一定の割合で、血液などの体細胞にごく低い頻度で同じ変異が隠れている「体細胞モザイク」が存在することが分かってきたのです。この親の低頻度モザイクは、SCN1A・SCN2A・SCN8A・STXBP1といったDEEの主要な原因遺伝子で確認されています[14]。
⚠️ 重要:モザイクがあると再発リスクの説明が変わります
親が体細胞モザイクをもっているということは、その変異が親の発生のごく初期に生じたことを意味します。そして、このモザイク変異が親の生殖細胞(精子や卵子)にも存在する場合、実際の再発リスクは生殖細胞に変異が含まれる割合によって大きく異なりますが、理論上は最大50%となり得ます。したがって、次の妊娠を希望されるご家族には、通常の検査で「陰性」だったことだけをもって「再発リスクは1%です」と断言するのではなく、高感度の検査で両親に低頻度のモザイク変異がないかを丁寧に確認することが、精密で信頼性の高い遺伝カウンセリングにつながります。詳しくは体細胞モザイクと生殖細胞系列モザイクの解説をご覧ください。
8. 精密医療(プレシジョン・メディシン)の展開
DEEの診療で、いま最も大きな変化が起きているのが「精密医療(プレシジョン・メディシン)」の実装です。これまでの抗てんかん薬治療は、脳全体の過剰な興奮を力技で抑え込む対症療法が中心でした。しかし精密医療は、突き止められた特定の遺伝子の変化や、その結果生じる分子メカニズムに直接はたらきかけることを目的とします。これにより、発作を抑えるだけでなく、共通の病態から生じる認知・行動の障害そのものの改善も期待できる「疾患修飾的(病気の進み方そのものを変える)」な効果が視野に入ってきました[3]。
ナトリウムチャネルの「機能喪失」と「機能獲得」というジレンマ
電位依存性ナトリウムチャネルをつくる遺伝子群は、DEEの精密医療で最も重要な標的です。ただし、同じナトリウムチャネルの変化であっても、それが機能喪失(はたらきが弱まる)を起こすのか、機能獲得(はたらきが強まりすぎる)を起こすのかによって、選ぶべき治療が正反対になるという難しさがあります。
SCN1A遺伝子(主にドラベ症候群の原因)は、脳内の抑制性ニューロンに強くはたらくチャネルをつくります。その変化の多くは機能喪失を起こし、抑制がうまく働かなくなることで、結果的にネットワーク全体が過剰に興奮します。このため、ドラベ症候群の患者さんに一般的なナトリウムチャネル阻害薬を使うと、残っている抑制のはたらきまで抑えてしまい、かえって発作を悪化させることがあるため、投与は避けるべきとされています[1]。一方、SCN2AやSCN8Aによる生後早期発症の重いDEEの多くは機能獲得型であり、この場合はナトリウムチャネル阻害薬がよく効くことが知られています。同じ「ナトリウムチャネルの病気」でも、正反対の対応になるわけです。
💡 用語解説:機能喪失(LoF)と機能獲得(GoF)
機能喪失(Loss-of-Function:LoF)は、遺伝子の変化によってタンパク質のはたらきが弱まる・失われることを指します。逆に機能獲得(Gain-of-Function:GoF)は、はたらきが強くなりすぎたり、本来とは違う異常なはたらきを獲得したりすることを指します。DEEでは、この違いが薬の選び方を大きく左右します。だからこそ、「どの遺伝子か」だけでなく「その変化がLoFかGoFか」まで見極める機能解析が重要になります。
この機能獲得型による難治性のSCN2A/8A関連DEEに対しては、持続的なナトリウム電流を選択的に抑える新しい低分子化合物「レルトリジン(Relutrigine/開発コードPRAX-562)」の臨床開発が進んでいます。第2相のEMBOLD試験の非盲検延長では、重い薬剤抵抗性をもつ患者さんで、発作頻度がベースラインから大きく減少し、無発作の日数が増えたと報告されており、この化合物は米国FDAから画期的治療薬(ブレークスルー・セラピー)の指定を受けています[9]。現在はより広いDEEを対象とした試験も進行中で、早期の臨床応用が期待されています[9]。ただしこれは開発段階の薬であり、日本で一般に使えるものではありません。
代謝性DEEの好例 ─ CAD欠損症とウリジン補充
DEEの中には、遺伝子の変化による酵素の欠損が「先天代謝異常症」を引き起こしているケースがあり、これらは失われた物質を外から補うことで大きな改善が見込める、精密医療の理想的な標的です。その代表がCAD欠損症です。CAD遺伝子は、細胞内のピリミジン合成という経路の最初の段階を担う酵素をつくります。両方の遺伝子に病的な変化が生じると、治療抵抗性の重いてんかん重積、発達退行、小脳の萎縮、そして貧血を特徴とする重いDEEを引き起こします[10]。
この病態への特異的な治療が、飲み薬のウリジン(またはウリジン一リン酸)の補充です。外から補ったウリジンが、機能不全に陥った合成経路をバイパスして、不足していた物質の供給を回復させます。早期に遺伝子診断がなされ、ウリジン補充が始められた患児では、難治だった発作の消失、貧血の改善、小脳萎縮の進行停止、そして発達スキルの再獲得といった劇的な効果が報告されており、代謝性DEEにおける遺伝子診断の重要性を象徴する疾患となっています[10][11]。
CDKL5欠損症に対するガナキソロン
CDKL5欠損症(CDD)は、X染色体上にあり、シナプスの発達と可塑性に欠かせない酵素をつくるCDKL5遺伝子の変化によって生じるDEEです。2022年、米国FDAはCDDに伴うてんかん発作の治療薬として、神経活性ステロイドであるガナキソロン(Ganaxolone/製品名ZTALMY)を承認しました[12]。第3相のMarigold試験で、2歳以上のCDD患者さんにおいて主要運動発作の頻度を有意に減らしたことが示され、これがCDDに対する最初の承認薬となりました[12]。ガナキソロンは、脳の主要な抑制性受容体であるGABA-A受容体を強めるはたらきをもち、従来のベンゾジアゼピン系薬とは異なるメカニズムで作用する点が特徴です。米国では2022年にFDA承認されています。日本での承認・使用状況については主治医にご確認ください。
💊 DEEにおける遺伝子ごとの精密医療の考え方(例)
※治療の適応や薬剤の使用可否は、必ず主治医の判断によります。ここでは研究・文献にもとづく考え方を紹介しています。
9. 発作以外の併存症と、成人期への広がり
DEEを「てんかん発作を抑えることだけが目標の病気」と捉えるのは、臨床的には大きな誤りです。根底にある遺伝子の変化は、てんかんの起こる領域だけでなく、脳全体・神経系全体の発達に影響するため、発作以外の多様な併存症(合併する症状)が、患者さんとご家族の生活の質を大きく左右します[3]。具体的には、筋緊張の低下から始まり運動失調や不随意運動へと進む運動障害、重い便秘や胃食道逆流・嚥下障害などの消化器症状、眼の構造は正常なのに脳の視覚野がうまく情報処理できない皮質性視覚障害、睡眠障害や自律神経の乱れなどが挙げられます。これらに対しては、小児神経科だけでなく、消化器・リハビリ・眼科など多職種が連携した包括的なケアが欠かせません。
また、DEEは長らく「小児期の病気」として語られてきましたが、医療的ケアの進歩で多くの患者さんが成人期を迎えるようになった今、成人期における「進行性」という新たな課題が浮かび上がっています。成人のSTXBP1脳症の患者さんを調べた自然歴研究では、歩ける患者さん全員に歩行の異常がみられ、多くに動作時の振戦が認められるなど、小児期にはみられなかった運動面の変化が高い割合で報告されています[13]。これは、DEEが必ずしも小児期に固定された静的な病態ではなく、成人期にも運動機能などの臨床像が変化しうることを示しています。したがって成人期のDEEでは、「発作を減らす」だけでなく、歩行機能の維持、認知機能の低下防止、SUDEPの回避、そして生活の質を包括的に評価する視点が求められます。
まとめ ─ 「発作の集まり」から「原因に根ざした病気」へ
「発達性てんかん性脳症(DEE)」という包括的な概念の確立は、てんかんを単なる「電気的な発作の集まり」から、「特定の遺伝学的・生物学的メカニズムに根ざし、成人期にも臨床像が変化しうる複雑な神経発達の病気」へと捉え直すきっかけになりました。全エクソーム検査をはじめとする遺伝学的手法の普及により、発作の背後にある分子レベルの原因を突き止め、機能ゲノミクスの力を借りて意義不明変異を読み解き、親の体細胞モザイクのリスクを丁寧に評価できる時代に入っています[1][3]。
そして治療は、非特異的に発作を抑え込む対症療法から、遺伝子の変化に直接はたらきかける精密医療へと大きく移りつつあります。CAD欠損症におけるウリジン補充の成功や、SCN2A/8Aを標的とする新薬の開発は、このアプローチが机上の理論ではなく、患者さんの発達の道すじを塗り替えうる現実であることを示しています[9][10]。臨床遺伝専門医の立場からみても、的確な遺伝子診断と、それに続くメカニズムに基づいた治療選択をつなげていくことが、DEEの患者さんの機能的な自立と、生涯にわたる生活の質の向上への確かな道すじだと考えています。個別の遺伝子や症候群については、本文中でリンクした各ページもあわせてご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 発達性てんかん性脳症(DEE)とは何ですか?
DEEとは、乳幼児期から小児期に発症する重いてんかんの一群で、「てんかん発作」と「発達の遅れ・退行」が、同じ1つの遺伝的または構造的な原因から同時に生じる病態のことです。発作そのものが発達を妨げる面(てんかん性脳症)と、原因となる遺伝子の変化が発作とは別に発達を直接妨げる面(発達性脳症)の両方が重なっている点が特徴です。国際抗てんかん連盟(ILAE)が2017年にこの用語を導入しました。
Q2. 「てんかん」と「発達障害」はなぜ同じ原因から起こるのですか?
DEEの多くでは、原因となる1つの遺伝子の変化が、脳のネットワークづくりと、神経の電気的な興奮の調整の両方に関わっているためです。たとえばイオンチャネルやシナプスのタンパク質の設計図に変化があると、発作の起こりやすさと、脳の発達の両方が同時に影響を受けます。だからこそ、発作を抑えるだけでなく、原因そのものに目を向けることが大切になります。
Q3. DEEはどのくらいの頻度でみられる病気ですか?
ニュージーランドの集団ベースの疫学研究では、16歳までにDEEを発症する子どもは約590人に1人と推定されています。1つひとつの原因疾患はまれでも、全体をまとめると小児神経の分野で大きな割合を占めます。発症は乳児期に集中し、特に早く発症するほど薬が効きにくくなる傾向があります。
Q4. DEEの原因はどうやって調べるのですか?
次世代シークエンサーを用いた遺伝子検査が中心です。てんかんの遺伝子検査を比較した研究では、タンパク質の設計図全体を調べる全エクソーム検査(WES)は高い診断率が報告されており、包括的な遺伝子パネルなどとともに重要な選択肢です。患者さん本人だけでなく両親も一緒に調べる「トリオ解析」は、de novo変異の同定やバリアント解釈に役立ちます。正確な診断は、治療方針の決定や再発リスクの説明に直結します。
Q5. DEEに治る治療法はありますか?
DEE全体に共通する「治す薬」はまだありませんが、原因となる遺伝子ごとに、その分子メカニズムに合わせた精密医療が急速に進んでいます。たとえばCAD欠損症ではウリジンの補充が、CDKL5欠損症では米国で承認されたガナキソロンが用いられます。一方で、同じナトリウムチャネルの病気でも、機能喪失か機能獲得かで使う薬が正反対になるなど、正確な診断が治療の前提になります。治療の適応は必ず主治医にご相談ください。
Q6. 次の子どもにも同じことが起こりますか?(再発リスク)
DEEの原因の多くは、両親から受け継いだのではない、お子さんに新しく生じた変化(新生突然変異/de novo変異)です。この場合、次のお子さんでの再発リスクは基本的に低いと考えられます。ただし、両親のごく一部の細胞に同じ変異が隠れている「体細胞モザイク」があると、再発リスクが理論上は高まることがあります。そのため、次の妊娠を希望される場合は、高感度の検査を含めた丁寧な遺伝カウンセリングが大切です。
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参考文献
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