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WDR45遺伝子とは?BPAN(β-プロペラタンパク質関連神経変性症)の原因・症状・最新治療を遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

臨床遺伝専門医・がん薬物療法専門医・総合内科専門医。30年にわたる臨床経験をもとに、出生前診断と遺伝カウンセリングを含む遺伝医療を提供しています。

WDR45遺伝子は、細胞が自分のなかの不要物やこわれた部品を掃除する「オートファジー(自食作用)」に欠かせない設計図です。この遺伝子に変化が起こると、BPAN(β-プロペラタンパク質関連神経変性症)という、子どものころの発達の遅れ・てんかんから、思春期以降に脳への鉄沈着を伴って進行性の神経症状が現れるまれな病気が起こります[1]。この記事では、WDR45という遺伝子の働きから、なぜ脳に鉄がたまるのか、特徴的なMRI所見・生まれる前の検査(NIPT)でわかること・遺伝子治療などの最新研究までを、臨床遺伝専門医が医学的根拠に基づいて解説します。

⏱️ 30秒でわかる要約

🧬Q. WDR45遺伝子とは?

X染色体(Xp11.23)にある遺伝子で、オートファジーに関わるタンパク質「WIPI4」の設計図です。この掃除システムが止まることで、脳に鉄がたまるまれな神経変性症「BPAN」が起こります。

🩺Q. どんな症状が出ますか?

病気は二段階(二相性)で進みます。子どものころは発達の遅れ・てんかん・満腹を感じにくい傾向など。思春期〜成人期に、ジストニアやパーキンソニズム、認知機能の低下が急速に進みます。

🌸Q. 生まれる前に調べられますか?

染色体の数を調べる従来のNIPTではわかりませんが、単一遺伝子を調べる当院のインペリアルプランにはWDR45が対象遺伝子として含まれています。ただし報告範囲は検査時点の仕様確認が必要です。NIPTはスクリーニング検査のため、陽性の場合は羊水検査・絨毛検査などによる確認が必要です。

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1. WDR45遺伝子とBPANとは:まず全体像をつかむ

WDR45(WD repeat domain 45)は、X染色体の短腕(Xp11.23)にある遺伝子で、細胞の掃除システムであるマクロオートファジーの中心ではたらくタンパク質「WIPI4」の設計図です[1]。WIPI4は、こわれたタンパク質や古くなった細胞内小器官を包み込む袋(オートファゴソーム)が形成・伸長していく過程に関与する「足場(スキャフォールド)」として働きます[1]

このWDR45に機能を失うタイプの変化(機能喪失変異)が起こると、BPAN(β-propeller protein-associated neurodegeneration:β-プロペラタンパク質関連神経変性症)という神経の病気になります[1]。BPANは、脳に鉄が異常にたまる一群の病気「NBIA(脳内鉄沈着を伴う神経変性症)」の中の1つ(NBIA5)に分類され、NBIAのなかでも比較的多いタイプとされています[10]

WDR45の変化は、典型的なBPANだけでなく、レット症候群に似た症状・知的障害・発達性てんかん性脳症(DEE)・乳児けいれん(ウエスト症候群など、幅広い神経疾患の原因になることがわかっています[1]。かつては「小児期の静止性脳症と成人期の神経変性を伴う疾患(SENDA)」とも呼ばれていましたが、原因遺伝子がWDR45と同定されて以降、現在はBPANという名称が国際的に広く使われています[1]

この遺伝子ページと疾患ページの役割分担

このページは「WDR45という遺伝子そのもの」を中心に、その分子生物学と病気のしくみを解説します。BPAN(NBIA5)という病気の全体像・診療については、BPAN(NBIA5)の疾患ページで詳しく扱っています。あわせてお読みいただくと理解が立体的になります。

💡 用語解説:オートファジー(自食作用)とは

細胞が自分のなかの古くなったタンパク質やこわれた小器官を包み込んで分解し、材料として再利用する「細胞のリサイクル工場」のしくみです。とくに神経細胞のように長く生き続ける細胞では、このお掃除が滞ると不良品がたまって細胞が弱ってしまいます。WDR45(WIPI4)はこの工場の組み立てに欠かせない部品で、オートファジーの解説ページもあわせてご覧ください。

2. WDR45(WIPI4)遺伝子の働き:オートファジーの「足場」

WDR45タンパク質(WIPI4)の最大の特徴は、7枚の羽根からなる「βプロペラ構造」です[1]。約40個のアミノ酸からなる「WDリピート」というモチーフがくり返し並び、まるで扇風機の羽根のような円盤状の立体構造をつくります。この円盤は、いろいろなタンパク質が集まってくるときの「待ち合わせの足場」として働きます[1]

WDR45は、WIPI1・WIPI2・WIPI3(WDR45B)とともにWIPIタンパク質ファミリーを構成します[1]。これらは細胞膜にある特別な脂質(ホスファチジルイノシトール3-リン酸/PtdIns3P)に結合する能力をもち、オートファジーの袋がつくられる現場に呼び寄せられます[1]。呼び寄せられたWDR45は、ATG2Aなどのオートファジー関連因子と連携し、オートファゴソーム膜の形成・伸長を助けます[1]

💡 用語解説:PtdIns3P(ホスファチジルイノシトール3-リン酸)

PtdIns3Pは細胞膜を構成するリン脂質の一種で、オートファジーが始まる膜領域に「目印」として増えます。WIPI4などのWIPIタンパク質はこの脂質を認識して膜へ集まり、ATG2などのオートファジー関連因子と連携してオートファゴソーム形成を助けます。

💡 用語解説:βプロペラ構造とWDリピート

「WDリピート」は、一般にGH(グリシン-ヒスチジン)配列付近から始まり、WD(トリプトファン-アスパラギン酸)で終わる約40アミノ酸前後のくり返し単位です。これが数枚集まると、扇風機の羽根のような円盤状の「βプロペラ」ができあがります。この円盤は表面積が広く、多くのタンパク質を同時に受け止められるため、細胞のなかで「複数の分子を束ねる台」として大活躍します。WDR45は生物種を越えてよく保存されており、ヒト・マウス・ウシなどでアミノ酸配列が97%以上一致することからも、生命に欠かせない働きをもつことがうかがえます[1]

WDR45は全身の多くの臓器で広く発現していますが、マウスの脳では、学習と記憶に深くかかわる海馬でとくに強く発現しています[1]。全身にあるのに、変化したときに主に脳の神経が強く傷つくのは、神経細胞がとりわけ「掃除(オートファジー)」に頼って生きているからだと考えられています。実際、WDR45を欠損させたマウスでは、学習・記憶の障害、運動の不器用さ、神経細胞の脱落や軸索の変性が確認されています[6]

3. BPANの症状:二相性という特徴的な経過

BPANの最大の臨床的特徴は、患者さんの成長にともなって病気の性質が大きく変わる「二相性(二段階)」の経過をたどることです[1]

第1相:子どものころ(発達の遅れとてんかん)

乳幼児期には、全体的な発達の遅れ・知的障害・てんかんが中心となります[2]。とくにことばの発達の障害が目立ち、多くのお子さんで発語が強く制限されるか、ほとんど出ないことがあります[1]。てんかん発作は非常に高い頻度でみられ、欠神発作・強直発作・強直間代発作・ミオクロニー発作など、さまざまな型が組み合わさって現れます[2]。重い例では、ウエスト症候群のような、薬が効きにくい難治性のてんかん性脳症へ進むこともあります[1]

この時期には、自閉スペクトラム症に似た行動特性、くり返しの手の動き(常同運動)、強い歯ぎしり、深刻な睡眠障害などがみられることがあります[1]。とくにBPANらしい手がかりとして、「満腹を感じにくく食べ過ぎてしまう傾向」が報告されています。発達の遅れ・てんかん・満腹感の欠如という3つの組み合わせは、小児期のBPANを早く疑うための大切なサインになり得ます[1]

第2相:思春期〜成人期(急速な神経変性)

思春期から成人期に入ると、それまで比較的安定していた病気が大きく転換します[2]。主な症状は、進行性のジストニア(持続的な筋収縮による異常な姿勢)と、パーキンソニズム(動作の遅さ・筋のこわばり・姿勢の不安定・すくみ足など)です[2]。これに若年性の認知機能低下が加わり、第1相では歩けていた患者さんも、車椅子や寝たきりへと進んでいくことがあります[2]。この神経変性に、WDR45機能不全によるオートファジー障害や鉄恒常性の破綻がどのように関与するかを、次章で説明します。

4. 「鉄の罠」——なぜ脳に鉄がたまるのか

MRIで脳に鉄がたまるため、BPANは長らく「脳に鉄がたまって神経を壊す病気」と単純に理解されてきました。しかし近年の細胞・患者由来モデル研究では、WDR45機能不全によるオートファジー障害が鉄恒常性の破綻につながることが示されています[5]。鉄沈着は少なくとも病態の下流で生じる重要な変化の一つと考えられ、過剰な鉄自体も酸化ストレスや細胞障害を増幅し得ます。この点は、のちの治療の話(第7章)で重要になります。

① オートファジーの停止:掃除が止まる

WDR45が機能不全になると、オートファゴソーム形成・オートファジーフラックスが障害され、オートファジー関連構造や分解されるべき細胞内成分が適切に処理されにくくなります[1]。このオートファジー障害が、鉄恒常性異常など複数の細胞病理につながると考えられています。

② 鉄が流れ込み続ける:TfRCの分解が止まる

細胞への鉄の取り込みは、主にトランスフェリン受容体(TfRC)を通じて行われます。正常なら不要になったTfRCはオートファジーで分解され、細胞内の鉄濃度が一定に保たれます[3]。ところがWDR45変異で掃除が止まるとTfRCが分解されず細胞にたまり続け、外からの鉄取り込みが増えしまいます[3]

③ 鉄の貯蔵庫が壊される:CMAの暴走とフェリチン分解

同時に、鉄を安全にしまっておくタンパク質フェリチン重鎖(FTH)が激減します[3]。最新研究では、WDR45変異による異常タンパク質の蓄積が小胞体(ER)ストレスを引き起こし、これがp38という経路を介して、別の分解システムであるシャペロン介在性オートファジー(CMA)を異常に活性化させることが示されました[4]。過剰に活性化したCMAにより、鉄の貯蔵に関わるフェリチン重鎖(FTH)の分解が促進されます[4]。一方、NCOA4を介したフェリチノファジーもWDR45欠損細胞で変化することが報告されており、CMAによるFTH分解とは別の経路として鉄リサイクル異常に関与すると考えられています[5]

💡 用語解説:CMAとフェリチノファジーは別の仕組み

シャペロン介在性オートファジー(CMA)は、特定の可溶性タンパク質をシャペロンが認識し、リソソーム膜を通して分解する仕組みです。一方、フェリチノファジーはNCOA4がフェリチンを選択的にオートファジー系へ運び、リソソームで分解して鉄を再利用する仕組みです。WDR45欠損では両者の異常が報告されていますが、CMAによるFTH分解とNCOA4依存性フェリチノファジーは同じ経路ではありません。

④ フェロトーシスの実行:鉄依存性の細胞死

「鉄の無制限な流入(②)」と「貯蔵庫の破壊(③)」が同時に起こると、細胞内の反応性が高い2価鉄(Fe²⁺)が増加します[3]。この鉄がフェントン反応で活性酸素種(ROS)を大量に発生させ、細胞膜の脂質が連鎖的に酸化(脂質過酸化)されます[3]。さらにWDR45変異細胞では、この酸化から細胞を守る酵素GPX4の発現も低下しており、防御が効きません[3]。こうして制御不能となった脂質過酸化が、フェロトーシス(鉄依存性の細胞死)を引き起こします[3]。フェロトーシスはBPANの神経変性に寄与し得る分子機序の一つとして示唆されています[5]

WDR45変異からフェロトーシス(鉄依存性細胞死)に至る分子カスケードの模式図。上段の経路では、WDR45変異がマクロオートファジーを阻害し、鉄取り込み受容体TfRCが細胞膜に蓄積して2価鉄(Fe2+)の細胞内流入が増大する。下段の経路では、ERストレスがp38を活性化し、シャペロン介在性オートファジー(CMA)の異常亢進を介して鉄貯蔵タンパク質フェリチン重鎖(FTH)が分解され、鉄の貯蔵能が失われる。両経路が合流して細胞内にFe2+が過剰に蓄積し、活性酸素種(ROS)の発生と脂質過酸化を経てフェロトーシスが誘導される。

WDR45欠損が引き起こす鉄恒常性の破綻とフェロトーシス誘導カスケード。「鉄の無制限な流入」と「貯蔵庫(フェリチン)の破壊」という2つの経路が合流し、細胞内に毒性の高い2価鉄があふれてフェロトーシスに至ります。

💡 用語解説:ER(小胞体)ストレスとミトコンドリアの障害

掃除が止まると、折りたたみ不全のタンパク質が小胞体にたまり「ERストレス」が生じます。細胞はこれを解消しようと小胞体ストレス応答(UPR)を起動しますが、WDR45欠損では応答が過剰に続き、最終的に神経細胞をアポトーシス(プログラム細胞死)へ導きます[6]。同時に、こわれたミトコンドリアを掃除するマイトファジーも障害され、ミトコンドリア機能不全がさらなる有害な活性酸素を生みます[5]。「オートファジー障害・鉄恒常性異常・ERストレス・ミトコンドリア障害」は相互に影響し、BPANの神経変性に関与すると考えられています。

5. 遺伝のしかたと性差:X染色体だからこそ

WDR45はX染色体にあるため、BPANはX連鎖優性遺伝の形をとります[1]。ただし報告される患者さんの大半は、親から受け継いだのではなく患者さん自身に新しく生じた変異(de novo変異によるものです[1]。まれに、親に体細胞または生殖細胞系列のモザイクがあり、そこから受け継がれる例も報告されています[1]

女性と男性で臨床像が大きく違う理由

女性は2本のX染色体を持つため、X染色体不活化(XCI)のパターン(どちらのXがどれだけ働くか)が、症状の重さに大きく影響します[2]。一方、男性はX染色体を1本しか持たない(ヘミ接合)ため、女性より重症の神経発達障害を示すことがあります[11]。男性患者には重い臨床像を示す例が多く、体細胞モザイク例に加えて、非モザイクのヘミ接合例も報告されています[2]

比較する項目 女性(ヘテロ接合体) 男性(ヘミ接合体/モザイク)
主な発症年齢 乳児期(比較的ゆっくり) より早期・より重症
小児期の主な症状 発達の遅れ、さまざまな型のてんかん 重い難治性てんかん性脳症、乳児けいれん
X染色体不活化 偏り(skewing)が症状を左右する 該当せず(X染色体は1本)
モザイク 報告あり(重症度に影響) 生存例で重要な要因
生存の傾向 成人期以降まで生存する例が一般的 重症例が多いが、成人まで生存する例も報告される

※160例のシステマティック解析に基づく傾向です。この解析全体では、発症年齢の中央値は約10か月、診断までの遅れの中央値は約6.2年で、39歳ごろまで死亡率は低いと推定されています[2]。性別ごとの数値には幅があり、あくまで統計的な推定である点にご注意ください。

こうした背景から、ご家族にとっては遺伝カウンセリングがとても重要になります。多くはde novo変異のため同胞の再発率は一般に低いものの、親の生殖腺モザイクの可能性からゼロとは言い切れません。ご家族で原因となるWDR45バリアントが特定されている場合には、出生前診断や着床前遺伝学的検査(PGT-M)といった選択肢を、遺伝カウンセリングで検討できます。

💡 用語解説:X染色体不活化と「偏り(skewing)」

女性の細胞では、発生の初期に2本のXのうち片方がランダムに「お休み(不活化)」します。どちらが休むかは細胞ごとに決まり、体はモザイク状になります。X染色体不活化の偏り(skewing)は症状の幅に関与する可能性がありますが、末梢血などで測定したXCIパターンと神経症状の重症度が常に単純に対応するとは限りません。くわしくはX染色体エスケープ遺伝子の解説もご覧ください。

6. MRI所見・診断の流れ・NIPTでわかること

診断の決め手になる特徴的なMRI所見

BPANの診断では、頭部MRIが非常に重要な手がかりを与えます[10]。病気の二相性の進行に合わせて、MRI所見も小児期から成人期にかけて変化していきます。4歳未満の小児期には脳の鉄沈着はまだはっきり写らないことが多く、大脳基底核や小脳歯状核の早期の腫脹、脳梁の菲薄化などの構造的変化が手がかりになります[9]。鉄が写らないからといってBPANを否定すべきではありません[9]

第2相に移行すると、大脳基底核に鉄が大量にたまり、T2強調画像で黒質・淡蒼球の著明な低信号がみられます[8]。そしてBPANを強く示唆する特徴的な所見が、T1強調画像でみられる「中心に低信号の帯をともなう、黒質全体の広い高信号(ハローサイン/後光サイン)」です[8]。このT1高信号パターンはBPANに特徴的で、他のNBIAとの鑑別に有用です[7]

確定診断の流れ

実際の診断は、臨床像(発達の遅れ・てんかんなど)+MRI所見を手がかりに疑い、遺伝子検査で病的または病的可能性の高いWDR45バリアントを確認という流れをとります[9]。非特異的な発達の遅れをきっかけに、全エクソーム検査(WES)などの網羅的遺伝子検査に進むことも多く、当院では脳内鉄沈着症(NBIA)のNGSパネル検査など、原因遺伝子を効率よく調べる検査をご用意しています。

生まれる前の検査(NIPT)でわかること

ダウン症など「染色体の数」を調べる従来のNIPTでは、WDR45のような単一遺伝子の変化はわかりません。一方、単一遺伝子を解析するNIPT(当院のインペリアルプラン)にはWDR45が対象遺伝子として含まれます。ただし、すべてのBPAN関連バリアントが一律に報告対象となるとは限らないため、検査時点の解析・報告仕様の確認が必要です。BPANの多くはde novo変異で起こりますが、WDR45について父親年齢との疾患特異的な関連が確立しているわけではありません(NIPTと単一遺伝子疾患・de novo変異)。

NIPTはあくまで可能性を調べるスクリーニング検査であり、確定診断ではありません。陽性の場合は、羊水検査・絨毛検査による確認が選択肢となります。当院は2025年6月から確定検査を自院で実施しています。

7. 治療とこれから:鉄を抜くだけでは足りない理由

2026年時点で、BPANの進行を完全に止めたり逆転させたりする根本治療はまだありません。現在の診療は、抗てんかん薬による発作のコントロール、ジストニア・パーキンソニズムへの対症療法、理学療法・作業療法などの支持療法が中心です[2]。ここでは、分子メカニズムの理解から生まれた新しい治療研究の動きを紹介します。

① 鉄キレート療法:なぜBPANでは効きにくいのか

MRIで鉄が目立つため、脳の鉄を薬で引き抜く鉄キレート療法(デフェリプロンなど)が長年検討されてきました。しかしBPANでは明確な臨床的有用性が示されていないのが厳しい現状です。ある成人例では、デフェリプロン投与後にパーキンソニズムがむしろ悪化し、中止後に改善したと報告されています[12]。別の症例でも、1年の治療で認知・行動・発語・運動のいずれにも改善が見られませんでした[13]

この乖離は、第4章で述べた病態機序から一部説明できます。BPANの鉄蓄積は、WDR45機能不全とオートファジー障害の下流で生じる重要な病態変化と考えられています[5]。したがって、鉄キレートだけでオートファジー障害、ERストレス、フェロトーシスなど複数の病態を十分に是正できるとは限りません[5]現在、厳密に管理された臨床試験の枠組み以外でのルーチンな鉄キレート剤の使用は推奨されていません

② AAVを用いた遺伝子治療:前臨床研究の進展

前臨床研究が進められている方法の一つが、機能する遺伝子を補う遺伝子治療です。WDR45は遺伝子サイズが小さく、運び屋であるアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターに組み込みやすい利点があります[7]。最新の前臨床研究では、BPAN特有の症状を模したマウスモデルに中枢神経系を標的としたAAV媒介のヒトWDR45遺伝子導入を行い、脳内でヒトWDR45転写産物とWIPI4タンパク質が発現し、多動性行動が改善し、低下していたオートファジーマーカーも補正しました[7]。ただし、これはマウスでの前臨床研究であり、ヒトでの有効性・安全性はまだ確立していません。

③ 低分子化合物でオートファジーを再起動する

既存薬から治療の種を探すドラッグ・リポジショニングも成果を上げています。BPAN患者由来のiPS細胞から分化させた中脳ドーパミン作動性ニューロンを使ったスクリーニングで、5種類の強心配糖体が、障害されたオートファジー関連表現型とBPAN特異的な遺伝子発現プロファイルを改善する候補として同定されました[8]。処理した細胞では、疾患関連のオートファジー異常と遺伝子発現プロファイルの改善が認められました[8]。ただし、強心配糖体は治療域が狭く重篤な副作用を生じ得る薬剤であり、BPANに対する有効性・安全性は臨床試験で確立されていません。

今後の治療研究では、鉄代謝だけでなく、WDR45機能不全、オートファジー障害、鉄恒常性異常など複数の病態段階を標的とする検討が進んでいます。遺伝子導入や患者由来細胞を用いた薬剤探索は前臨床段階の成果であり、臨床での有効性・安全性の検証が必要です。

8. よくある誤解

❌ 誤解1:「BPANは脳に鉄がたまるのが原因の病気」

✅ WDR45機能不全によるオートファジー障害が鉄恒常性の破綻につながることが示されており、鉄沈着は病態の下流で生じる重要な変化の一つです。過剰鉄自体も細胞障害を増幅し得るため、単純な「原因か結果か」の二分法では捉えきれません。鉄キレートだけでは十分でない可能性があります[5]

❌ 誤解2:「X連鎖だから男の子だけ/女の子だけの病気」

✅ 女性・男性いずれも発症します。報告数は女性が多い一方、男性はより重症になりやすい傾向があります。性別で「かかる・かからない」が決まるわけではありません[2]

❌ 誤解3:「親に病気がないから遺伝の心配はない」

✅ BPANの多くはde novo変異で、親が保因者でなくても起こります。発症したご本人からは次の世代へ受け継がれ得るため、将来の家族計画では遺伝カウンセリングが役立ちます[1]

9. 専門医より

BPANは、オートファジーに関わるWDR45(WIPI4)の機能不全により、乳幼児期の発達遅滞・てんかんに続いて、思春期から成人期にジストニア・パーキンソニズム・認知機能低下が進行するまれな疾患です。WDR45機能不全では、オートファジー障害、鉄恒常性異常、フェロトーシス、ERストレスなどが病態に関与することが細胞・動物モデルから示されています[5]。これらの知見は、鉄キレート療法だけでは十分な臨床効果が得られない可能性を考えるうえで重要です。

遺伝カウンセリングでは、遺伝形式、再発リスク、検査の限界、出生前診断やPGT-Mを含む選択肢について、最新のエビデンスに基づいて整理します。原因不明の発達遅滞やてんかん、BPANを示唆するMRI所見がある場合、または家族内でWDR45の病的バリアントが確認されている場合には、臨床遺伝専門医への相談が診断や家族計画の情報整理に役立ちます。

🏥 WDR45関連疾患の遺伝子検査・遺伝カウンセリングについて

BPAN(WDR45関連疾患)をはじめとする神経変性疾患・遺伝性疾患の
遺伝子検査・遺伝カウンセリング・NIPTは
臨床遺伝専門医が運営するミネルバクリニックへ。
カウンセリング、結果の説明、必要な確定検査や専門診療への連携まで対応します。

🏥 ミネルバクリニックの特徴
臨床遺伝専門医が運営する医療機関です
✓ カウンセリング・判定・陽性後のケア・確定検査まで一貫対応
✓ 2025年6月から確定検査(絨毛検査・羊水検査)を自院で実施
✓ 生涯にかかわる検査だからこそ、スピードより「正確性」を最優先

よくある質問(FAQ)

Q1. WDR45の変異による病気(BPAN)は遺伝しますか?

WDR45はX染色体上にあり、BPANはX連鎖優性遺伝の形をとります。ただし報告される患者さんの大半は、親から受け継いだのではなく、ご本人に新しく生じたde novo変異によるものです。そのため同胞の再発率は一般に低いものの、親の生殖腺モザイクの可能性からゼロとは言い切れません。発症したご本人からは次の世代へ受け継がれ得るため、家族計画に際しては遺伝カウンセリングで出生前診断や着床前遺伝学的検査(PGT-M)といった選択肢を検討できます。

Q2. 生まれる前にNIPTで調べることはできますか?

染色体の数を調べる従来の一般的なNIPTでは検出できません。当院の単一遺伝子プラン(インペリアルプラン)にはWDR45が対象遺伝子として含まれますが、すべてのBPAN関連バリアントが一律に報告対象となるとは限らないため、検査時点の解析・報告仕様の確認が必要です。NIPTは可能性を調べるスクリーニング検査であり、確定診断ではありません。陽性の場合は羊水検査・絨毛検査による確認が選択肢となります。症状の出方に幅があるため、検査を受けるかどうかも含めて遺伝カウンセリングで情報を整理します。

Q3. なぜ「ふつうのNIPT」ではWDR45がわからないのですか?

よく知られているNIPTは、ダウン症(21トリソミー)など「染色体の数」の変化を調べる検査だからです。BPANは染色体の数は正常のまま、WDR45という一つの遺伝子だけに変化が起こる単一遺伝子疾患なので、数を数えるタイプの検査では見つけられません。単一遺伝子を解析するNIPTで対象遺伝子・対象バリアントに含まれている場合に、スクリーニングの対象となり得ます。当院のインペリアルプランではWDR45が対象遺伝子に含まれますが、BPANとしての具体的な報告範囲は検査時点の仕様確認が必要です。

Q4. BPANはどうやって診断するのですか?

臨床像(発達の遅れ・てんかんなど)と、頭部MRIの特徴的な所見(とくにT1強調画像での黒質の高信号と中心の低信号帯)を手がかりに疑い、最終的には遺伝子検査で病的または病的可能性の高いWDR45バリアントを確認して診断します。4歳未満では脳の鉄がまだ写らないことも多いため、鉄が見えないだけでBPANを否定はできません。当院では全エクソーム検査やNBIA関連のNGSパネル検査で原因遺伝子を調べられます。

Q5. 脳の鉄を抜く「鉄キレート療法」で治りますか?

BPANでは、鉄キレート療法(デフェリプロンなど)の明確な有用性は示されていません。ある成人例ではむしろパーキンソニズムが悪化し、中止後に改善したと報告され、別の症例でも1年の治療で改善が見られませんでした。WDR45機能不全によるオートファジー障害が鉄恒常性の破綻につながることが示されているため、鉄を減らすだけでは複数の病態を十分に是正できない可能性があります。現在は、厳密に管理された臨床試験の枠組み以外でのルーチン使用は推奨されていません。

Q6. 根本的な治療の研究は進んでいますか?

2026年時点で確立された根本治療はありませんが、前臨床研究は急速に進んでいます。BPANのマウスモデルでは、AAVベクターを用いた中枢神経系標的の遺伝子導入により、多動性行動の改善とオートファジーマーカーの補正が示されました。また、患者由来iPS細胞を用いた研究では、5種類の強心配糖体がオートファジー関連表現型と遺伝子発現プロファイルを改善する候補として同定されています。ただし、いずれも臨床での有効性・安全性は確立していません。

Q7. 女の子と男の子で症状の重さは違いますか?

報告数は女性が多く、男性はより早期に・より重症になりやすい傾向があります。女性ではX染色体不活化の偏り(skewing)が症状の重さを左右し、幅が出ます。男性はX染色体が1本のため重症化しやすい傾向があり、モザイク例だけでなく非モザイクのヘミ接合例も報告されています。性別で「かかる・かからない」が決まるわけではありません。

Q8. ミネルバクリニックではどんな対応ができますか?

当院は臨床遺伝専門医が、原因遺伝子の同定(WDR45を含むNBIA関連NGSパネル検査や全エクソーム検査など)と、ご家族への遺伝カウンセリングを担います。出生前にリスクを調べたい方には、WDR45を対象遺伝子に含むインペリアルプランについて、BPANとしての解析・報告範囲を検査時点の仕様で確認したうえでご案内します。確定が必要な場合は羊水検査・絨毛検査の選択肢をご案内します。NIPTが陽性となった場合の羊水検査費用は、互助会(8,000円)により全額補助されます。BPANの実際の治療(てんかん・運動症状の管理など)は小児神経・神経内科などの専門施設で行われますので、必要に応じて連携先へのご紹介となります。検査の適応・限界・結果の意味を整理し、必要に応じて確定検査や専門診療への連携をご案内します。

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参考文献

  • [1] WDR45, one gene associated with multiple neurodevelopmental disorders. Autophagy. 2021;17(12):3908-3923. [PubMed 33843443]
  • [2] Quantitative retrospective natural history modeling of WDR45-related developmental and epileptic encephalopathy – a systematic cross-sectional analysis of 160 published cases. Autophagy. 2022;18(7):1715-1727. [PMC9298448]
  • [3] WDR45 Mutation Impairs the Autophagic Degradation of Transferrin Receptor and Promotes Ferroptosis. Front Mol Biosci. 2021;8:645831. [PubMed 34012978]
  • [4] WDR45 mutation dysregulates iron homeostasis by promoting the chaperone-mediated autophagic degradation of ferritin heavy chain in an ER stress/p38 dependent mechanism. Free Radic Biol Med. 2023;201:89-97. [PubMed 36940732]
  • [5] Mutant WDR45 Leads to Altered Ferritinophagy and Ferroptosis in β-Propeller Protein-Associated Neurodegeneration. Int J Mol Sci. 2022;23(17):9524. [PubMed 36076926]
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※本記事は一般の方および遺伝診療に関わる方に向けた情報提供を目的とするもので、個別の診断・治療方針を示すものではありません。症状や検査・治療については、必ず主治医・専門医にご相談ください。

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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