目次
WDR45遺伝子は、細胞が自分のなかの不要物やこわれた部品を掃除する「オートファジー(自食作用)」に欠かせない設計図です。この遺伝子に変化が起こると、BPAN(β-プロペラタンパク質関連神経変性症)という、子どものころの発達の遅れ・てんかんから、思春期以降に脳への鉄沈着を伴って進行性の神経症状が現れるまれな病気が起こります[1]。この記事では、WDR45という遺伝子の働きから、なぜ脳に鉄がたまるのか、特徴的なMRI所見・生まれる前の検査(NIPT)でわかること・遺伝子治療などの最新研究までを、臨床遺伝専門医が医学的根拠に基づいて解説します。
🧬Q. WDR45遺伝子とは?
X染色体(Xp11.23)にある遺伝子で、オートファジーに関わるタンパク質「WIPI4」の設計図です。この掃除システムが止まることで、脳に鉄がたまるまれな神経変性症「BPAN」が起こります。
🩺Q. どんな症状が出ますか?
病気は二段階(二相性)で進みます。子どものころは発達の遅れ・てんかん・満腹を感じにくい傾向など。思春期〜成人期に、ジストニアやパーキンソニズム、認知機能の低下が急速に進みます。
🌸Q. 生まれる前に調べられますか?
染色体の数を調べる従来のNIPTではわかりませんが、単一遺伝子を調べる当院のインペリアルプランにはWDR45が対象遺伝子として含まれています。ただし報告範囲は検査時点の仕様確認が必要です。NIPTはスクリーニング検査のため、陽性の場合は羊水検査・絨毛検査などによる確認が必要です。
1. WDR45遺伝子とBPANとは:まず全体像をつかむ
WDR45(WD repeat domain 45)は、X染色体の短腕(Xp11.23)にある遺伝子で、細胞の掃除システムであるマクロオートファジーの中心ではたらくタンパク質「WIPI4」の設計図です[1]。WIPI4は、こわれたタンパク質や古くなった細胞内小器官を包み込む袋(オートファゴソーム)が形成・伸長していく過程に関与する「足場(スキャフォールド)」として働きます[1]。
このWDR45に機能を失うタイプの変化(機能喪失変異)が起こると、BPAN(β-propeller protein-associated neurodegeneration:β-プロペラタンパク質関連神経変性症)という神経の病気になります[1]。BPANは、脳に鉄が異常にたまる一群の病気「NBIA(脳内鉄沈着を伴う神経変性症)」の中の1つ(NBIA5)に分類され、NBIAのなかでも比較的多いタイプとされています[10]。
WDR45の変化は、典型的なBPANだけでなく、レット症候群に似た症状・知的障害・発達性てんかん性脳症(DEE)・乳児けいれん(ウエスト症候群)など、幅広い神経疾患の原因になることがわかっています[1]。かつては「小児期の静止性脳症と成人期の神経変性を伴う疾患(SENDA)」とも呼ばれていましたが、原因遺伝子がWDR45と同定されて以降、現在はBPANという名称が国際的に広く使われています[1]。
この遺伝子ページと疾患ページの役割分担
このページは「WDR45という遺伝子そのもの」を中心に、その分子生物学と病気のしくみを解説します。BPAN(NBIA5)という病気の全体像・診療については、BPAN(NBIA5)の疾患ページで詳しく扱っています。あわせてお読みいただくと理解が立体的になります。
💡 用語解説:オートファジー(自食作用)とは
細胞が自分のなかの古くなったタンパク質やこわれた小器官を包み込んで分解し、材料として再利用する「細胞のリサイクル工場」のしくみです。とくに神経細胞のように長く生き続ける細胞では、このお掃除が滞ると不良品がたまって細胞が弱ってしまいます。WDR45(WIPI4)はこの工場の組み立てに欠かせない部品で、オートファジーの解説ページもあわせてご覧ください。
2. WDR45(WIPI4)遺伝子の働き:オートファジーの「足場」
🔍 関連記事:ミスセンス変異とは/機能喪失型変異とは/WDリピートドメインとは
WDR45タンパク質(WIPI4)の最大の特徴は、7枚の羽根からなる「βプロペラ構造」です[1]。約40個のアミノ酸からなる「WDリピート」というモチーフがくり返し並び、まるで扇風機の羽根のような円盤状の立体構造をつくります。この円盤は、いろいろなタンパク質が集まってくるときの「待ち合わせの足場」として働きます[1]。
WDR45は、WIPI1・WIPI2・WIPI3(WDR45B)とともにWIPIタンパク質ファミリーを構成します[1]。これらは細胞膜にある特別な脂質(ホスファチジルイノシトール3-リン酸/PtdIns3P)に結合する能力をもち、オートファジーの袋がつくられる現場に呼び寄せられます[1]。呼び寄せられたWDR45は、ATG2Aなどのオートファジー関連因子と連携し、オートファゴソーム膜の形成・伸長を助けます[1]。
💡 用語解説:PtdIns3P(ホスファチジルイノシトール3-リン酸)
PtdIns3Pは細胞膜を構成するリン脂質の一種で、オートファジーが始まる膜領域に「目印」として増えます。WIPI4などのWIPIタンパク質はこの脂質を認識して膜へ集まり、ATG2などのオートファジー関連因子と連携してオートファゴソーム形成を助けます。
💡 用語解説:βプロペラ構造とWDリピート
「WDリピート」は、一般にGH(グリシン-ヒスチジン)配列付近から始まり、WD(トリプトファン-アスパラギン酸)で終わる約40アミノ酸前後のくり返し単位です。これが数枚集まると、扇風機の羽根のような円盤状の「βプロペラ」ができあがります。この円盤は表面積が広く、多くのタンパク質を同時に受け止められるため、細胞のなかで「複数の分子を束ねる台」として大活躍します。WDR45は生物種を越えてよく保存されており、ヒト・マウス・ウシなどでアミノ酸配列が97%以上一致することからも、生命に欠かせない働きをもつことがうかがえます[1]。
WDR45は全身の多くの臓器で広く発現していますが、マウスの脳では、学習と記憶に深くかかわる海馬でとくに強く発現しています[1]。全身にあるのに、変化したときに主に脳の神経が強く傷つくのは、神経細胞がとりわけ「掃除(オートファジー)」に頼って生きているからだと考えられています。実際、WDR45を欠損させたマウスでは、学習・記憶の障害、運動の不器用さ、神経細胞の脱落や軸索の変性が確認されています[6]。
3. BPANの症状:二相性という特徴的な経過
BPANの最大の臨床的特徴は、患者さんの成長にともなって病気の性質が大きく変わる「二相性(二段階)」の経過をたどることです[1]。
第1相:子どものころ(発達の遅れとてんかん)
乳幼児期には、全体的な発達の遅れ・知的障害・てんかんが中心となります[2]。とくにことばの発達の障害が目立ち、多くのお子さんで発語が強く制限されるか、ほとんど出ないことがあります[1]。てんかん発作は非常に高い頻度でみられ、欠神発作・強直発作・強直間代発作・ミオクロニー発作など、さまざまな型が組み合わさって現れます[2]。重い例では、ウエスト症候群のような、薬が効きにくい難治性のてんかん性脳症へ進むこともあります[1]。
この時期には、自閉スペクトラム症に似た行動特性、くり返しの手の動き(常同運動)、強い歯ぎしり、深刻な睡眠障害などがみられることがあります[1]。とくにBPANらしい手がかりとして、「満腹を感じにくく食べ過ぎてしまう傾向」が報告されています。発達の遅れ・てんかん・満腹感の欠如という3つの組み合わせは、小児期のBPANを早く疑うための大切なサインになり得ます[1]。
第2相:思春期〜成人期(急速な神経変性)
思春期から成人期に入ると、それまで比較的安定していた病気が大きく転換します[2]。主な症状は、進行性のジストニア(持続的な筋収縮による異常な姿勢)と、パーキンソニズム(動作の遅さ・筋のこわばり・姿勢の不安定・すくみ足など)です[2]。これに若年性の認知機能低下が加わり、第1相では歩けていた患者さんも、車椅子や寝たきりへと進んでいくことがあります[2]。この神経変性に、WDR45機能不全によるオートファジー障害や鉄恒常性の破綻がどのように関与するかを、次章で説明します。
4. 「鉄の罠」——なぜ脳に鉄がたまるのか
MRIで脳に鉄がたまるため、BPANは長らく「脳に鉄がたまって神経を壊す病気」と単純に理解されてきました。しかし近年の細胞・患者由来モデル研究では、WDR45機能不全によるオートファジー障害が鉄恒常性の破綻につながることが示されています[5]。鉄沈着は少なくとも病態の下流で生じる重要な変化の一つと考えられ、過剰な鉄自体も酸化ストレスや細胞障害を増幅し得ます。この点は、のちの治療の話(第7章)で重要になります。
① オートファジーの停止:掃除が止まる
WDR45が機能不全になると、オートファゴソーム形成・オートファジーフラックスが障害され、オートファジー関連構造や分解されるべき細胞内成分が適切に処理されにくくなります[1]。このオートファジー障害が、鉄恒常性異常など複数の細胞病理につながると考えられています。
② 鉄が流れ込み続ける:TfRCの分解が止まる
細胞への鉄の取り込みは、主にトランスフェリン受容体(TfRC)を通じて行われます。正常なら不要になったTfRCはオートファジーで分解され、細胞内の鉄濃度が一定に保たれます[3]。ところがWDR45変異で掃除が止まるとTfRCが分解されず細胞にたまり続け、外からの鉄取り込みが増えしまいます[3]。
③ 鉄の貯蔵庫が壊される:CMAの暴走とフェリチン分解
同時に、鉄を安全にしまっておくタンパク質フェリチン重鎖(FTH)が激減します[3]。最新研究では、WDR45変異による異常タンパク質の蓄積が小胞体(ER)ストレスを引き起こし、これがp38という経路を介して、別の分解システムであるシャペロン介在性オートファジー(CMA)を異常に活性化させることが示されました[4]。過剰に活性化したCMAにより、鉄の貯蔵に関わるフェリチン重鎖(FTH)の分解が促進されます[4]。一方、NCOA4を介したフェリチノファジーもWDR45欠損細胞で変化することが報告されており、CMAによるFTH分解とは別の経路として鉄リサイクル異常に関与すると考えられています[5]。
💡 用語解説:CMAとフェリチノファジーは別の仕組み
シャペロン介在性オートファジー(CMA)は、特定の可溶性タンパク質をシャペロンが認識し、リソソーム膜を通して分解する仕組みです。一方、フェリチノファジーはNCOA4がフェリチンを選択的にオートファジー系へ運び、リソソームで分解して鉄を再利用する仕組みです。WDR45欠損では両者の異常が報告されていますが、CMAによるFTH分解とNCOA4依存性フェリチノファジーは同じ経路ではありません。
④ フェロトーシスの実行:鉄依存性の細胞死
「鉄の無制限な流入(②)」と「貯蔵庫の破壊(③)」が同時に起こると、細胞内の反応性が高い2価鉄(Fe²⁺)が増加します[3]。この鉄がフェントン反応で活性酸素種(ROS)を大量に発生させ、細胞膜の脂質が連鎖的に酸化(脂質過酸化)されます[3]。さらにWDR45変異細胞では、この酸化から細胞を守る酵素GPX4の発現も低下しており、防御が効きません[3]。こうして制御不能となった脂質過酸化が、フェロトーシス(鉄依存性の細胞死)を引き起こします[3]。フェロトーシスはBPANの神経変性に寄与し得る分子機序の一つとして示唆されています[5]。
WDR45欠損が引き起こす鉄恒常性の破綻とフェロトーシス誘導カスケード。「鉄の無制限な流入」と「貯蔵庫(フェリチン)の破壊」という2つの経路が合流し、細胞内に毒性の高い2価鉄があふれてフェロトーシスに至ります。
💡 用語解説:ER(小胞体)ストレスとミトコンドリアの障害
掃除が止まると、折りたたみ不全のタンパク質が小胞体にたまり「ERストレス」が生じます。細胞はこれを解消しようと小胞体ストレス応答(UPR)を起動しますが、WDR45欠損では応答が過剰に続き、最終的に神経細胞をアポトーシス(プログラム細胞死)へ導きます[6]。同時に、こわれたミトコンドリアを掃除するマイトファジーも障害され、ミトコンドリア機能不全がさらなる有害な活性酸素を生みます[5]。「オートファジー障害・鉄恒常性異常・ERストレス・ミトコンドリア障害」は相互に影響し、BPANの神経変性に関与すると考えられています。
5. 遺伝のしかたと性差:X染色体だからこそ
WDR45はX染色体にあるため、BPANはX連鎖優性遺伝の形をとります[1]。ただし報告される患者さんの大半は、親から受け継いだのではなく患者さん自身に新しく生じた変異(de novo変異)によるものです[1]。まれに、親に体細胞または生殖細胞系列のモザイクがあり、そこから受け継がれる例も報告されています[1]。
女性と男性で臨床像が大きく違う理由
女性は2本のX染色体を持つため、X染色体不活化(XCI)のパターン(どちらのXがどれだけ働くか)が、症状の重さに大きく影響します[2]。一方、男性はX染色体を1本しか持たない(ヘミ接合)ため、女性より重症の神経発達障害を示すことがあります[11]。男性患者には重い臨床像を示す例が多く、体細胞モザイク例に加えて、非モザイクのヘミ接合例も報告されています[2]。
| 比較する項目 | 女性(ヘテロ接合体) | 男性(ヘミ接合体/モザイク) |
|---|---|---|
| 主な発症年齢 | 乳児期(比較的ゆっくり) | より早期・より重症 |
| 小児期の主な症状 | 発達の遅れ、さまざまな型のてんかん | 重い難治性てんかん性脳症、乳児けいれん |
| X染色体不活化 | 偏り(skewing)が症状を左右する | 該当せず(X染色体は1本) |
| モザイク | 報告あり(重症度に影響) | 生存例で重要な要因 |
| 生存の傾向 | 成人期以降まで生存する例が一般的 | 重症例が多いが、成人まで生存する例も報告される |
※160例のシステマティック解析に基づく傾向です。この解析全体では、発症年齢の中央値は約10か月、診断までの遅れの中央値は約6.2年で、39歳ごろまで死亡率は低いと推定されています[2]。性別ごとの数値には幅があり、あくまで統計的な推定である点にご注意ください。
こうした背景から、ご家族にとっては遺伝カウンセリングがとても重要になります。多くはde novo変異のため同胞の再発率は一般に低いものの、親の生殖腺モザイクの可能性からゼロとは言い切れません。ご家族で原因となるWDR45バリアントが特定されている場合には、出生前診断や着床前遺伝学的検査(PGT-M)といった選択肢を、遺伝カウンセリングで検討できます。
💡 用語解説:X染色体不活化と「偏り(skewing)」
女性の細胞では、発生の初期に2本のXのうち片方がランダムに「お休み(不活化)」します。どちらが休むかは細胞ごとに決まり、体はモザイク状になります。X染色体不活化の偏り(skewing)は症状の幅に関与する可能性がありますが、末梢血などで測定したXCIパターンと神経症状の重症度が常に単純に対応するとは限りません。くわしくはX染色体エスケープ遺伝子の解説もご覧ください。
6. MRI所見・診断の流れ・NIPTでわかること
診断の決め手になる特徴的なMRI所見
BPANの診断では、頭部MRIが非常に重要な手がかりを与えます[10]。病気の二相性の進行に合わせて、MRI所見も小児期から成人期にかけて変化していきます。4歳未満の小児期には脳の鉄沈着はまだはっきり写らないことが多く、大脳基底核や小脳歯状核の早期の腫脹、脳梁の菲薄化などの構造的変化が手がかりになります[9]。鉄が写らないからといってBPANを否定すべきではありません[9]。
第2相に移行すると、大脳基底核に鉄が大量にたまり、T2強調画像で黒質・淡蒼球の著明な低信号がみられます[8]。そしてBPANを強く示唆する特徴的な所見が、T1強調画像でみられる「中心に低信号の帯をともなう、黒質全体の広い高信号(ハローサイン/後光サイン)」です[8]。このT1高信号パターンはBPANに特徴的で、他のNBIAとの鑑別に有用です[7]。
確定診断の流れ
実際の診断は、臨床像(発達の遅れ・てんかんなど)+MRI所見を手がかりに疑い、遺伝子検査で病的または病的可能性の高いWDR45バリアントを確認という流れをとります[9]。非特異的な発達の遅れをきっかけに、全エクソーム検査(WES)などの網羅的遺伝子検査に進むことも多く、当院では脳内鉄沈着症(NBIA)のNGSパネル検査など、原因遺伝子を効率よく調べる検査をご用意しています。
生まれる前の検査(NIPT)でわかること
ダウン症など「染色体の数」を調べる従来のNIPTでは、WDR45のような単一遺伝子の変化はわかりません。一方、単一遺伝子を解析するNIPT(当院のインペリアルプラン)にはWDR45が対象遺伝子として含まれます。ただし、すべてのBPAN関連バリアントが一律に報告対象となるとは限らないため、検査時点の解析・報告仕様の確認が必要です。BPANの多くはde novo変異で起こりますが、WDR45について父親年齢との疾患特異的な関連が確立しているわけではありません(NIPTと単一遺伝子疾患・de novo変異)。
NIPTはあくまで可能性を調べるスクリーニング検査であり、確定診断ではありません。陽性の場合は、羊水検査・絨毛検査による確認が選択肢となります。当院は2025年6月から確定検査を自院で実施しています。
🔍 関連記事:NIPTのアフターサポート/追加費用と保証制度について
7. 治療とこれから:鉄を抜くだけでは足りない理由
2026年時点で、BPANの進行を完全に止めたり逆転させたりする根本治療はまだありません。現在の診療は、抗てんかん薬による発作のコントロール、ジストニア・パーキンソニズムへの対症療法、理学療法・作業療法などの支持療法が中心です[2]。ここでは、分子メカニズムの理解から生まれた新しい治療研究の動きを紹介します。
① 鉄キレート療法:なぜBPANでは効きにくいのか
MRIで鉄が目立つため、脳の鉄を薬で引き抜く鉄キレート療法(デフェリプロンなど)が長年検討されてきました。しかしBPANでは明確な臨床的有用性が示されていないのが厳しい現状です。ある成人例では、デフェリプロン投与後にパーキンソニズムがむしろ悪化し、中止後に改善したと報告されています[12]。別の症例でも、1年の治療で認知・行動・発語・運動のいずれにも改善が見られませんでした[13]。
この乖離は、第4章で述べた病態機序から一部説明できます。BPANの鉄蓄積は、WDR45機能不全とオートファジー障害の下流で生じる重要な病態変化と考えられています[5]。したがって、鉄キレートだけでオートファジー障害、ERストレス、フェロトーシスなど複数の病態を十分に是正できるとは限りません[5]。現在、厳密に管理された臨床試験の枠組み以外でのルーチンな鉄キレート剤の使用は推奨されていません。
② AAVを用いた遺伝子治療:前臨床研究の進展
前臨床研究が進められている方法の一つが、機能する遺伝子を補う遺伝子治療です。WDR45は遺伝子サイズが小さく、運び屋であるアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターに組み込みやすい利点があります[7]。最新の前臨床研究では、BPAN特有の症状を模したマウスモデルに中枢神経系を標的としたAAV媒介のヒトWDR45遺伝子導入を行い、脳内でヒトWDR45転写産物とWIPI4タンパク質が発現し、多動性行動が改善し、低下していたオートファジーマーカーも補正しました[7]。ただし、これはマウスでの前臨床研究であり、ヒトでの有効性・安全性はまだ確立していません。
③ 低分子化合物でオートファジーを再起動する
既存薬から治療の種を探すドラッグ・リポジショニングも成果を上げています。BPAN患者由来のiPS細胞から分化させた中脳ドーパミン作動性ニューロンを使ったスクリーニングで、5種類の強心配糖体が、障害されたオートファジー関連表現型とBPAN特異的な遺伝子発現プロファイルを改善する候補として同定されました[8]。処理した細胞では、疾患関連のオートファジー異常と遺伝子発現プロファイルの改善が認められました[8]。ただし、強心配糖体は治療域が狭く重篤な副作用を生じ得る薬剤であり、BPANに対する有効性・安全性は臨床試験で確立されていません。
今後の治療研究では、鉄代謝だけでなく、WDR45機能不全、オートファジー障害、鉄恒常性異常など複数の病態段階を標的とする検討が進んでいます。遺伝子導入や患者由来細胞を用いた薬剤探索は前臨床段階の成果であり、臨床での有効性・安全性の検証が必要です。
8. よくある誤解
❌ 誤解1:「BPANは脳に鉄がたまるのが原因の病気」
✅ WDR45機能不全によるオートファジー障害が鉄恒常性の破綻につながることが示されており、鉄沈着は病態の下流で生じる重要な変化の一つです。過剰鉄自体も細胞障害を増幅し得るため、単純な「原因か結果か」の二分法では捉えきれません。鉄キレートだけでは十分でない可能性があります[5]。
❌ 誤解2:「X連鎖だから男の子だけ/女の子だけの病気」
✅ 女性・男性いずれも発症します。報告数は女性が多い一方、男性はより重症になりやすい傾向があります。性別で「かかる・かからない」が決まるわけではありません[2]。
❌ 誤解3:「親に病気がないから遺伝の心配はない」
✅ BPANの多くはde novo変異で、親が保因者でなくても起こります。発症したご本人からは次の世代へ受け継がれ得るため、将来の家族計画では遺伝カウンセリングが役立ちます[1]。
9. 専門医より
BPANは、オートファジーに関わるWDR45(WIPI4)の機能不全により、乳幼児期の発達遅滞・てんかんに続いて、思春期から成人期にジストニア・パーキンソニズム・認知機能低下が進行するまれな疾患です。WDR45機能不全では、オートファジー障害、鉄恒常性異常、フェロトーシス、ERストレスなどが病態に関与することが細胞・動物モデルから示されています[5]。これらの知見は、鉄キレート療法だけでは十分な臨床効果が得られない可能性を考えるうえで重要です。
遺伝カウンセリングでは、遺伝形式、再発リスク、検査の限界、出生前診断やPGT-Mを含む選択肢について、最新のエビデンスに基づいて整理します。原因不明の発達遅滞やてんかん、BPANを示唆するMRI所見がある場合、または家族内でWDR45の病的バリアントが確認されている場合には、臨床遺伝専門医への相談が診断や家族計画の情報整理に役立ちます。
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よくある質問(FAQ)
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参考文献
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※本記事は一般の方および遺伝診療に関わる方に向けた情報提供を目的とするもので、個別の診断・治療方針を示すものではありません。症状や検査・治療については、必ず主治医・専門医にご相談ください。



