目次
ヌーナン症候群1型は、12番染色体にあるPTPN11遺伝子の変化(機能獲得型変異)によって起こる、RASオパチー(RAS病)の代表的な疾患です。特徴的な顔つき・先天性心疾患(特に肺動脈弁狭窄症)・低身長・出血傾向などを示し、新生児1,000〜2,500人に1人にみられ、日本では指定難病195に認定されています[1]。この記事では、原因となる分子のしくみから、生涯にわたって変化していく症状、診断、遺伝のしかた、そして成長ホルモン療法やMEK阻害薬といった最新の治療まで、臨床遺伝専門医がやさしく解説します。
Q. ヌーナン症候群1型とはどんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです
A. PTPN11遺伝子の「機能獲得型変異」によって細胞内のRAS/MAPK経路が過剰に働き、特徴的な顔つき・先天性心疾患・低身長・出血傾向などが生じる、常染色体顕性遺伝(優性遺伝)の多系統疾患です。ヌーナン症候群全体の約半数を占める最も代表的な型で、原因遺伝子の違いによって型番号が分かれています。乳幼児期に重い肥大型心筋症や白血病(JMML)を合併することがあり、生涯にわたる専門的なフォローが大切です。
- ➤原因の正体 → PTPN11がつくるSHP-2という酵素が「オンのまま」になり、成長シグナルが過剰に流れ続ける
- ➤主な症状 → 特徴的な顔つき・肺動脈弁狭窄症・低身長・出血しやすさ・発達の遅れ
- ➤遺伝のしかた → 常染色体顕性(優性)。約60〜80%は親になく本人で初めて生じる新生突然変異
- ➤がんのリスク → 白血病などのリスクが一般より3.5〜8.1倍。乳幼児期のサーベイランスが重要
- ➤最新の治療 → 重症の心筋症に対する「がんの薬」MEK阻害薬(トラメチニブ)が世界的に注目
1. ヌーナン症候群1型とは:基本のキ
ヌーナン症候群は、特徴的な顔つき、先天性心疾患、低身長、幅広い胸の変形、そしてさまざまな程度の発達の遅れを主な特徴とする、生まれつきの病気です。多くの臓器にまたがって症状が出るため「多系統疾患」と呼ばれます。先天性心疾患を合併する遺伝性疾患としては、ダウン症候群に次いで頻度が高いことが知られており、新生児1,000〜2,500人に1人にみられます[2]。1968年に小児循環器医のジャクリーン・ヌーナン医師が、肺動脈弁狭窄症と特徴的な顔つきを持つ患者さんをまとめて報告したことから、この名前がつきました。
「ヌーナン症候群1型(NS1)」は、世界的な遺伝病データベースOMIMで「OMIM 163950」として分類される型で、主に12番染色体長腕(12q24.13)にあるPTPN11遺伝子の変化(生殖細胞系列の変異)によって起こります。ヌーナン症候群は現在、臨床的にも遺伝学的にもよく似た疾患群「RASオパチー(RAS病)」の中心的な病気と位置づけられており、なかでもPTPN11が原因のNS1は、ヌーナン症候群全体の約50%を占める最も代表的な型です[7]。
💡 用語解説:RASオパチー(RAS病)
RASオパチーとは、細胞の増殖や分化を制御する「RAS/MAPK経路」という共通の情報伝達ルートに異常が生じる一群の病気の総称です。ヌーナン症候群のほか、多発黒子を伴うヌーナン症候群(NSML/レオパード症候群)・コステロ症候群・心臓顔面皮膚(CFC)症候群・神経線維腫症1型などが含まれます。同じ経路の異常なので、顔つきや心疾患などに重なりがあり、お互いに見分けにくいことがあります。
多くは常染色体顕性遺伝(優性遺伝)の形をとりますが、家族歴のない孤発例(本人で初めて変異が生じる新生突然変異)も高い頻度でみられます。両親が軽い症状をもつ未診断の保因者であったり、まれにモザイク(体の一部の細胞だけに変異がある状態)であったりすることもあり、遺伝の背景は意外に複雑です。日本ではヌーナン症候群は指定難病195として登録され、一定の重症度を満たす場合は医療費助成の対象になります[1]。
2. 原因遺伝子PTPN11と分子メカニズム
🔍 関連記事:PTPN11遺伝子の詳細/機能獲得型変異とは/ミスセンス変異とは
ヌーナン症候群1型を理解する鍵は、RAS/MAPK経路という細胞内の情報伝達ルートにあります。この経路は、細胞の表面にある受容体が外からの成長因子やホルモンの合図を受け取り、それを細胞の核まで伝えることで、細胞の分裂・増殖・分化・移動・自然な細胞死(アポトーシス)を調節しています。いわば、細胞にとっての「指令の伝言ゲーム」です。
受容体 → PTPN11(SHP-2) → RAS → RAF → MEK → ERK → 核 という一方向の流れ。PTPN11の活性化変異が上流でスイッチを入れっぱなしにすることが、ヌーナン症候群1型の根本原因です。
PTPN11がつくるSHP-2と「自己ブレーキ」の破綻
PTPN11遺伝子は、SHP-2という酵素(非受容体型プロテインチロシンホスファターゼ)の設計図です。SHP-2は2つのSH2ドメインと1つの酵素活性ドメイン(PTPドメイン)からできています。健康な状態では、片方のドメインが酵素の活性部分にフタをして、自分で自分の働きを抑える「閉じた(不活性な)形」をとっています。いわば、必要なときだけオンになる安全装置つきのスイッチです。
ところがヌーナン症候群1型の患者さんでは、このフタの境目あたりにミスセンス変異(アミノ酸が1つ別のものに置き換わる変化)が起こります。最もよく報告される変異の一つがエクソン8のc.922A>G(p.Asn308Asp)です[8]。こうした変異でフタの結合がゆるむと、自己ブレーキが効かなくなり、SHP-2は「開いた(オンのまま)」状態に固定されてしまいます。その結果、外からの合図がなくても下流へ過剰な指令が流れ続ける——これが「機能獲得型変異」です。
💡 用語解説:機能獲得型変異と機能喪失型変異
機能獲得型変異(Gain-of-Function)とは、タンパク質が本来の働きを「強くしすぎる」または「新しい悪い働きを得る」変異です。ヌーナン症候群1型はこのタイプで、SHP-2がオンのまま固定されてしまいます。
反対に機能喪失型変異(Loss-of-Function)は、働きが弱くなる・なくなる変異です。同じPTPN11でも、Y279CやT468Mのように酵素活性を失わせる変異は、優性阻害(ドミナントネガティブ)として働き、別の病気(多発黒子を伴うヌーナン症候群=NSML)を引き起こします。仕組みを詳しく知りたい方は機能獲得型変異・機能喪失型変異もご覧ください。
PTPN11がヌーナン症候群の原因遺伝子であることは、2001年に世界で初めて報告されました。同じ遺伝子の中でも、変異が「オンを強める」のか「オフにする」のかで、まったく異なる病気(ヌーナン症候群1型・NSML・メタコンドロマトーシス)が生じる点は、この遺伝子のとても興味深い特徴です。PTPN11が関わる疾患の全体像はPTPN11遺伝子のページで詳しく解説しています。
3. 特徴的な症状:年齢とともに変わっていく
ヌーナン症候群1型の症状は、軽い人から重い人まで幅がとても広いのが特徴です。そして、多くの所見が年齢とともに変化(進化)していくため、その時々の年齢に合わせた評価が欠かせません[2]。
顔つき(顔貌)の変化
顔つきの特徴は乳幼児期に最もはっきり現れ、大人になるにつれて次第に目立たなくなる傾向があります。新生児〜乳児期には、逆三角形の顔立ち、広く高い額、両目の間隔が広い(眼間開離)、まぶたが下がる(眼瞼下垂)、目尻が下がる、内側の目頭をおおう皮膚のひだ(内眼角贅皮)、低い位置で後ろを向いた耳、首の横に張った皮膚(翼状頸)などがみられます。学童期には表情が乏しく見えることもありますが、思春期以降は輪郭がより鋭角的になり、目の突出感は和らいでいきます。
成長障害・低身長と内分泌
出生時の身長・体重は正常範囲のことが多いのですが、生後早期から成長のペースが落ちてくることがよくあります。乳児期には吸う力の弱さや嘔吐・胃食道逆流を伴う重い哺乳不良(体重が増えにくい状態=failure to thrive)が高い頻度で起こります。この哺乳の問題はふつう生後18か月ごろまでに自然に改善しますが、その後も身長は低めに推移し、学童期を通じて3パーセンタイル(標準的な集団の下から3%)以下に沿うことが多くなります。最終的な成人身長は、平均で男性約161〜167cm、女性約150〜153cmに落ち着くと推定されています。背景には、IGF-1という成長に関わるホルモンが低めで、成長ホルモンの効きがやや弱い(軽度の成長ホルモン抵抗性)状態があると考えられています。
骨格の特徴と心臓の病気
骨格では、胸の上部が前に出て(鳩胸)下部がへこむ(漏斗胸)複合的な胸郭変形が多く、幅広い胸や乳頭間距離の開大を伴います。外反肘、短い指、第5指の斜指、側弯(10〜30%)もみられます。そして、生命予後を最も左右するのが心臓の病気です。心血管系の異常は患者さんの50〜80%(報告により90%)にみられ、本症で最も注意すべき合併症です[2]。
💡 用語解説:肺動脈弁狭窄症(PVS)と肥大型心筋症(HCM)
肺動脈弁狭窄症(PVS)は、心臓から肺へ血液を送り出す弁が狭くなる病気で、ヌーナン症候群で最も多い心奇形です。弁が分厚く変形(異形成)していることが多く、循環器合併のある方の60〜70%にみられます。半数近くがバルーンによる弁の拡張や手術を必要とします。
肥大型心筋症(HCM)は、心臓の筋肉が分厚くなって広がりにくくなる病気で、患者さんの20〜30%にみられます。生後6か月以内という早い時期に発症することがあり、一部は進行性で命に関わるため、特に乳児期の注意が必要です。
そのほか、心房中隔欠損症(ASDで、PVSと合併しやすい)、心室中隔欠損症(VSD)、大動脈縮窄、大動脈基部の拡張、ファロー四徴症などもみられます。構造的な心疾患の有無にかかわらず、約半数の方の心電図に、幅広いQRS波・左軸偏位・巨大Q波などの特徴的な所見が認められます。
血液・腫瘍のリスクと出血傾向
ヌーナン症候群は、一般の小児と比べて白血病や固形腫瘍の発生リスクが約3.5〜8.1倍高い「がん素因症候群」としての側面をもちます[3]。これは、RAS/MAPK経路が腫瘍の発生・増殖にも直接関わる経路だからです。特に注意すべきは若年性骨髄単球性白血病(JMML)で、PTPN11変異をもつ乳幼児では、新生児期に一過性の骨髄増殖(白血球増加や肝脾腫)を示すことがあり、その一部がJMMLの基準を満たす状態へ進みます[10]。
💡 用語解説:JMML(若年性骨髄単球性白血病)
JMMLは、血液をつくるおおもとの細胞に異常が生じ、単球などが増えすぎる小児の白血病です。孤発性のJMMLは造血幹細胞移植を要する非常に厳しい経過をたどることがある一方で、ヌーナン症候群に合併するJMMLは自然に落ち着く(自己限定的)ことも多いと報告されています。だからこそ、過剰な治療を避けるための慎重な見極めが大切で、乳幼児期の血液モニタリングが推奨されます。
また、半数以上(50〜89%)の方に出血傾向(あざができやすい、繰り返す鼻血、手術や抜歯のときの予期せぬ出血)がみられます。原因は1つではなく、フォン・ヴィレブランド病、血小板の数や働きの異常、各種凝固因子の不足などが複雑に関わっています。そのため、どんな小さな手術の前でも、出血の既往を詳しく確認し、凝固の検査をしておくことがとても重要です。
その他の全身の症状
胎児期からのリンパ管の発生異常により、超音波検査で頸部の浮腫・嚢胞性ヒグローマ・胸水・胎児水腫として見つかることがあり、出生後も手足のむくみや乳び胸などを呈することがあります。男児では最大80%に停留精巣がみられ、不妊や精巣腫瘍の予防のため1歳前後での精巣固定術がすすめられます。一方、女性の思春期や妊娠する力は通常保たれます。発達については大部分が正常範囲の知能ですが、約25%で軽度の知的障害や学習障害がみられ、言葉の発達や読み書きの困難、約半数で発達性協調運動障害(不器用さ)が報告されています。眼の異常(最大95%)、難聴(約40%)、毛孔性角化症やカフェオレ斑などの皮膚所見も比較的高頻度です。
4. 遺伝子型と表現型の関係:型によって注意点が違う
次世代シーケンサーの普及により、原因遺伝子の違いや変異の場所の違いによって、出やすい症状の傾向(遺伝子型と表現型の相関)があることがわかってきました。原因となる遺伝子を特定することは、診断を確定するだけでなく、これから起こりうる合併症(特に致死的な心筋症や白血病)を予測し、一人ひとりに合った見守り計画を立てるうえでとても役立ちます。
特にわかりやすいのが、PTPN11型とRAF1型の心臓の違いです。PTPN11型は肺動脈弁狭窄症(PVS)が多く、肥大型心筋症はむしろ少ないのに対し、RAF1型は重症の肥大型心筋症の合併が極めて多いという、対照的なパターンがあります[7]。
PTPN11型とRAF1型の心疾患合併割合の違い
青:肺動脈弁狭窄症(PVS)/桃:肥大型心筋症(HCM) ※文献に基づく代表的な推定値
PTPN11型
PVS多・HCM少
RAF1型
HCM非常に多い
なお、同じPTPN11でも変異の種類によって病気が変わります。酵素活性を失わせる変異は多発黒子を伴うヌーナン症候群(NSML/レオパード症候群1)[9]を、別の機能喪失変異は骨に多発するメタコンドロマトーシスを引き起こします。これらはNS1と同じ遺伝子から生じる「いとこ」のような疾患です。
5. 診断:臨床基準と遺伝学的検査
ヌーナン症候群の診断は、歴史的には身体所見の組み合わせによる「臨床診断」が中心でした。今でもこの基準は広く使われますが、確定診断や類縁疾患(ターナー症候群・CFC症候群・コステロ症候群など)との区別、そして予後予測のために、遺伝学的検査が強くすすめられています。なお、ヌーナン症候群は両性に発症し核型は正常であるため、女性のみで核型異常を伴うターナー症候群とは区別されます。
💡 用語解説:van der Burgt基準
国際的に最も広く使われる臨床診断基準です。特徴的な顔つき・心疾患・低身長・胸郭変形・家族歴などを「大基準」と「小基準」に分け、その組み合わせで「確実なヌーナン症候群」と診断します[5]。日本の診断クライテリアもこれに準拠しています。主観的な判断が入りやすいため、臨床遺伝専門医による評価がすすめられます。
日本では2020年4月より、ヌーナン症候群の遺伝学的検査が保険収載され、PTPN11・SOS1・RAF1・RIT1・KRAS・NRAS・SHOC2・CBL・BRAFなどが解析対象に組み込まれました[6]。遺伝的な多様性が大きいため、1つずつ調べるのではなく、次世代シーケンサー(NGS)を使ったマルチジーンパネル検査が第一選択としてすすめられます。
💡 用語解説:検査が陰性でも病気は否定できない
既知の遺伝子をすべて調べても、臨床的にヌーナン症候群と診断される方の約20〜40%では病的な変異が見つかりません(検出率はおよそ60〜80%)[4]。これはまだ知られていない原因遺伝子があることを示しています。そのため「遺伝学的検査が陰性でも、臨床診断を否定することはできない」というのが大原則です。また、病的意義がはっきりしない変異(VUS)が見つかった場合は、家系内での解析や経過観察を続けて慎重に判断します。
6. 遺伝のしかたと、出生前・出生後の検査
ヌーナン症候群1型は常染色体顕性遺伝(優性遺伝)の形をとります。変異をもつ方からお子さんへは理論上50%の確率で受け継がれます。一方で、約60〜80%は親になく本人で初めて生じる新生突然変異(de novo)によるもので、ご両親に異常がなくても発症します[2]。
💡 用語解説:新生突然変異(de novo)と父親の年齢
新生突然変異とは、ご両親にはなく、お子さんの代で初めて生じる遺伝子の変化のことです。PTPN11の新生突然変異は父親由来であることが多く、父親の年齢が高いほど起こりやすくなる(父親加齢効果)ことが知られています。新生突然変異の場合、次のお子さんへの再発リスクは一般的に低いですが、まれに生殖細胞モザイクの可能性もあるため、再発リスクの考え方は遺伝カウンセリングで個別にご説明します。
出生前の検査(妊娠中)
妊娠中の検査は「スクリーニング(可能性を調べる検査)」と「確定検査」に分かれます。スクリーニングでは、母体の血液から赤ちゃんのDNAを調べるNIPT(新型出生前診断)のうち、単一遺伝子疾患をカバーするプランで、ヌーナン症候群の原因となるPTPN11などのRAS/MAPK経路遺伝子の病的変異を調べることができます。当院ではダイヤモンドプラン(単一遺伝子疾患を含む78項目)や、より広く154遺伝子218疾患を対象とするインペリアルプランでPTPN11を扱っています。父親の加齢で増える新生突然変異に着目した56遺伝子de novo変異NIPTもPTPN11を含みます。
NIPTはあくまでスクリーニングであり、陽性の場合は絨毛検査・羊水検査による確定診断が次の選択肢となります。当院のNIPTでは互助会(8,000円)が全受検者に適用され、万一陽性となった場合の羊水検査費用が全額補助されます。検査精度の根拠についてはCOATE法の解説もご覧ください。
出生後の検査
お生まれになった後は、血液・唾液・口腔粘膜などを用いた遺伝子検査で原因変異を調べます。発達の遅れや知的障害の原因を幅広く調べたい場合は、PTPN11を含む689遺伝子を解析する発達障害・学習障害・知的障害遺伝子パネル検査が選択肢になります。コピー数変異やFMR1リピートまで一度に解析する染色体シーケンス解析(CSA)もあります。特に新生突然変異が疑われる場合は、ご本人とご両親の3人を同時に解析する「トリオ解析」が、変異の由来を見極めるうえで有用です。結果の意味づけ・再発リスク・選択肢の整理は、遺伝カウンセリングのなかで、中立・非指示的にお伝えします。
7. 治療と生涯にわたる管理
ヌーナン症候群1型は小児期だけでなく生涯にわたって多様な合併症を起こすため、小児循環器・内分泌・血液腫瘍・眼科・耳鼻科・遺伝診療科など、複数の専門家によるチーム医療と、年齢に応じた予防的なサーベイランスが必要です。
心臓・成長・血液のサーベイランス
診断後はまず、症状がなくても心エコーと心電図による評価を行います。肺動脈弁狭窄症にはカテーテルによるバルーン拡張が第一選択になることが多く、弁の変形が強い場合は手術を要します。注意したいのは、最初は心臓に異常がなくても肥大型心筋症が後から発症することがある点で、小児期・思春期・成人期を通じて少なくとも5年ごとの心機能再評価がすすめられます。
著しい低身長に対する成長ホルモン(GH)療法は最終身長を改善する手段として日本でも保険適用となっています。日本小児内分泌学会の2025年度版コンセンサスガイドラインでは、GH療法が腫瘍リスクを高めるという明確な証拠は現時点でないとしつつ、もともとの易腫瘍性に配慮して治療開始前の遺伝学的な診断確定と十分な説明がすすめられています[6]。また、心筋肥大への影響を心配する声に対しては有意な悪化は確認されていないものの、安全のため治療中はおおむね半年に1回の心臓超音波検査による厳重なモニタリングがすすめられています。血液面では、PTPN11やKRAS変異をもつ乳幼児で、生後から5歳ごろまで3〜6か月ごとに脾腫の確認と血球計算を行うことが考慮されます[10]。あらゆる手術の前には凝固の検査が必須で、出血傾向を悪化させうるアスピリンなどの使用は原則避けます。
最新の分子標的治療:MEK阻害薬(トラメチニブ)
これまでヌーナン症候群への介入は、狭くなった弁の手術や低身長へのホルモン補充など、現れた症状ごとの「対症療法」が中心でした。しかし、RAS/MAPK経路の過剰活性化という根本のしくみが解明されたことで、もともと悪性黒色腫などのがん治療薬として承認されているMEK阻害薬「トラメチニブ」を、既存薬の転用として使う試みが世界的に注目されています。経路の途中にあるMEKを薬で止めることで、上流の変異による過剰なシグナルをまとめて抑え込もうという考え方です。
特に期待されているのが、従来は心移植や緩和ケアしか選択肢のなかった重症の乳児期発症型肥大型心筋症への効果です。RAF1・RIT1・SOS1などの変異をもつ重症児に低用量(例:0.022mg/kg/日)のトラメチニブを投与したところ、わずか2〜4週間で心不全症状の劇的な改善と心室肥大の退縮が得られたことが報告され、海外の専門施設からは生存率の改善も示されています[12]。難治性のリンパ管異常への有効例も報告されています。
ただし、これは万能の魔法の弾丸ではありません。あるRAF1変異(p.Ser257Leu)の重症例では、心筋肥大は改善したものの、並行して進行していた肺高血圧症は止められず、生後3か月で亡くなった報告があります[11]。MEK阻害が心筋には有効でも、肺血管の構造的な異常を元に戻すには不十分という「臓器ごとの限界」を示しています。さらに、成長期の小児への抗がん剤の長期投与の安全性、最適な投与量・期間、そして機能喪失の要素をもつNSML(レオパード症候群)には理論上効きにくい可能性など、解決すべき課題も多く、現在は多施設での前向き臨床試験が進められています。日本では小児ヌーナン症候群へのトラメチニブの保険適応はなく、現状は適応外使用に限られます。
8. よくある誤解
誤解①「ヌーナン症候群は親からの遺伝だけで起こる」
実際は約60〜80%が新生突然変異で、ご両親に異常がなくても発症します。「自分のせいだ」と思い詰める必要はありません。
誤解②「遺伝子検査が陰性なら病気ではない」
既知の遺伝子をすべて調べても20〜40%で変異が見つかりません。陰性でも臨床診断は否定できず、未知の原因遺伝子の存在が考えられます。
誤解③「ターナー症候群と同じ病気」
翼状頸や低身長など似た所見はありますが、ヌーナン症候群は男女ともに発症し核型は正常です。女性のみで核型異常を伴うターナー症候群とは別の病気です。
誤解④「型がわかっても意味がない」
原因遺伝子がわかると起こりやすい合併症を予測できます。PTPN11かRAF1かで心臓の注意点が変わり、見守り計画づくりに直結します。
9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ
ヌーナン症候群1型は、特徴的な顔つき・低身長・先天性心疾患・出血傾向、そして小児期の発がんリスクなど、年齢とともにダイナミックに変化する多彩な症状をもつ複雑な病気です。だからこそ、van der Burgt基準のような臨床評価と、次世代シーケンサーによる精密な遺伝子診断を組み合わせることが大切になります。成長ホルモン療法やMEK阻害薬の登場により、この病気を取り巻く医療は「症候群の対症療法」から「ゲノムの病態に基づく精密医療」へと、大きく舵を切りつつあります。
診断を受けたご家族にとって、いちばん知りたいのは「これからどう向き合えばいいのか」だと思います。遺伝子型に基づいた合併症の予測を含めて、専門的なチームと一緒に長期的に見守っていくことが、お子さんとご家族のQOLと予後を最大化する近道です。気になることがあれば、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングをご利用ください。
よくある質問(FAQ)
🏥 ヌーナン症候群・遺伝子診断のご相談
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参考文献
- [1] ヌーナン症候群(指定難病195). 難病情報センター. [難病情報センター]
- [2] Noonan Syndrome. GeneReviews®, NCBI Bookshelf. [NBK1124]
- [3] Noonan Syndrome. StatPearls, NCBI Bookshelf. [NBK532269]
- [4] Noonan syndrome 1 (Concept Id: C4551602). MedGen, NCBI. [MedGen]
- [5] ヌーナン症候群の診断基準. 日本小児内分泌学会. [JSPE]
- [6] ヌーナン症候群コンセンサスガイドライン(2025年度版). 日本小児内分泌学会. [JSPE]
- [7] PTPN11 mutations in Noonan syndrome: molecular spectrum, genotype-phenotype correlation, and phenotypic heterogeneity. PubMed. [PubMed 11992261]
- [8] Clinical and Genetic Characterization of Noonan Syndrome: Details on PTPN11 c.922A>G Variant and Phenotypic Spectrum. Diagnostics (MDPI). [MDPI Diagnostics]
- [9] Noonan Syndrome with Multiple Lentigines. GeneReviews®, NCBI Bookshelf. [NBK1383]
- [10] 若年性骨髄単球性白血病 概要. 小児慢性特定疾病情報センター. [小児慢性特定疾病情報センター]
- [11] MEK Inhibition in a Newborn with RAF1-Associated Noonan Syndrome Ameliorates Hypertrophic Cardiomyopathy but Is Insufficient to Revert Pulmonary Vascular Disease. PubMed. [PubMed 35052347]
- [12] Children with severe heart disease benefit from cancer medication. Radboudumc. [Radboudumc]



