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マルファン症候群とは?原因・症状・診断基準から最新の治療までわかりやすく解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

マルファン症候群は、FBN1という遺伝子の変化によって、全身の「結合組織(からだを支える土台の組織)」が弱くなる遺伝性の病気です。背が高く手足が長い、目の水晶体がずれる、といった特徴が知られていますが、最も注意が必要なのは心臓から出る太い血管(大動脈)がふくらみ、裂けてしまう「大動脈解離」です。一方で、早期に見つけて血圧と脈をていねいに管理し、定期的に画像検査を続けることで、予後(その後の経過)は大きく改善できることが分かっています。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 FBN1遺伝子・結合組織・臨床遺伝
臨床遺伝専門医監修

Q. マルファン症候群とは、どんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです

A. FBN1遺伝子の変化によって全身の結合組織が弱くなる、常染色体顕性(優性)遺伝の病気です。主に「心臓・大動脈」「目(水晶体のずれ)」「骨格(高身長・側弯など)」の3つに症状が出ます。命に直結するのは大動脈の拡張・解離で、ここを定期的に見張り、早めに手を打つことが何よりも大切です。世界の約5,000人に1人にみられ、人種差はないとされています。

  • 疾患の定義 → OMIM 154700、原因はFBN1遺伝子、有病率は約5,000人に1人
  • 原因とメカニズム → フィブリリン1の異常と、TGF-βシグナルの過剰な高ぶり
  • 主な症状 → 大動脈基部の拡張・僧帽弁逸脱、水晶体偏位、高身長・側弯
  • 診断 → 改訂ゲント基準(2010年)と全身スコア、日本人で気をつけたい点
  • 治療 → ARBとβ遮断薬の併用、手術のタイミング、生涯にわたる見守り

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1. マルファン症候群とは:定義と全体像

マルファン症候群(Marfan syndrome、OMIM 154700)は、心臓・血管、目、骨格を中心に、全身の結合組織がもろくなる遺伝性の病気です。結合組織とは、骨や血管、皮膚、靭帯などをつなぎ、形を保つための「からだの土台」のような組織のこと。その土台が弱くなるため、症状が一つの臓器にとどまらず、複数の場所に同時に現れるのが特徴です。

有病率は世界中でおよそ5,000人に1人と推定され、人種・民族・性別による発症のかたよりははっきりしていません。原因は、第15番染色体の長い腕(15q21.1)にあるFBN1遺伝子の変化です。遺伝のしかたは「常染色体顕性(優性)遺伝」で、2本ある遺伝子のうち1本に変化があるだけで症状が出ます。

💡 用語解説:常染色体顕性(優性)遺伝

「常染色体」とは性染色体(X・Y)以外の染色体のこと。「顕性(旧:優性)」とは、対になった2本の遺伝子のうちどちらか1本に変化があるだけで症状が現れる性質をいいます。マルファン症候群では、親が変化を持っている場合、その子どもに受け継がれる確率は理論上50%です。

一方で、患者さんの約4分の1は、両親に変化がないのに本人で初めて生じた新生突然変異(de novo)によって発症します。遺伝形式の基本は遺伝形式の解説ページもあわせてご覧ください。

かつてマルファン症候群は、大動脈解離によって30〜40代で突然亡くなることの多い「致死的な難病」と考えられていました。しかし、画像検査による定期的な見守りと薬による管理、そして手術技術の進歩により、現在では「適切に付き合えば、寿命を大きく延ばせる慢性疾患」へと位置づけが変わってきています。だからこそ、正しい知識と早期の診断が決定的に重要なのです。

2. 原因遺伝子FBN1と分子病態のメカニズム

マルファン症候群を理解するうえでの中心が、FBN1遺伝子と、そこから作られる「フィブリリン1」というタンパク質です。FBN1は65個のエクソン(タンパク質の設計図の単位)からなる非常に大きな遺伝子で、ここに変化が生じることで全身の症状が引き起こされます。

💡 用語解説:フィブリリン1とマイクロフィブリル

フィブリリン1は、細胞のまわり(細胞外マトリックス)に張りめぐらされる「マイクロフィブリル」という細い繊維(直径10〜12ナノメートル)の主役となるタンパク質です。この繊維は、大動脈の壁・靭帯・骨膜・目の水晶体を支える糸(毛様小帯)などで、しなやかさと強さを保つ足場の役割を果たします。フィブリリン1が正常に働かないと、これらの組織が引っぱりに弱くなってしまいます。

ところが近年の研究で、マルファン症候群は単なる「組織がもろい」だけの病気ではないことが分かってきました。フィブリリン1は、組織の中でTGF-β(ティージーエフベータ)という細胞へのメッセージ物質を「つなぎ止めて、暴れないように抑える」役割も持っています。FBN1に変化が起きるとこの抑えがきかなくなり、TGF-βのシグナルが過剰に高ぶってしまうのです。

💡 用語解説:TGF-βシグナルとは

TGF-β(トランスフォーミング増殖因子β)は、細胞の増殖や組織の作り替えを指示する重要な「合図」です。マルファン症候群ではこの合図が過剰に出続けることで、大動脈の壁の平滑筋細胞が異常に増えたり死んだり、壁を分解する酵素が活性化したりして、大動脈が少しずつふくらみ、裂けやすくなると考えられています。後で説明するARB(降圧薬の一種)が注目されたのも、このTGF-βを抑える可能性があるためです。

変化の「タイプ」で重症度が変わる:HIとDN

FBN1の変化は4,000種類以上が報告されていますが、その「タイプ」によって、フィブリリン1への影響のしかたが大きく2つに分かれます。これが、大動脈病変の進みやすさを予測するうえで重要な手がかりになります。

💡 用語解説:ミスセンス変異・ナンセンス変異・フレームシフト変異

ミスセンス変異は、設計図の1文字が変わってアミノ酸が別の種類に置き換わる変化。タンパク質の「形」が変わって性質が乱れます。ナンセンス変異フレームシフト変異は、途中で設計図が打ち切られたり読み枠がずれたりして、タンパク質が作られなくなる(量が減る)タイプです。

それぞれ詳しくはミスセンス変異の解説ナンセンス変異の解説もご覧ください。

💡 用語解説:ハプロ不全(HI)とドミナントネガティブ(DN)

ハプロ不全(HI)は、変化した側の遺伝子からタンパク質がほとんど作られず、正常なフィブリリン1の量が単純に足りなくなる状態。ドミナントネガティブ(DN)は、できそこないの異常タンパク質が作られ、それが正常なタンパク質の働きまでじゃまをする状態です。

用語の詳細はハプロ不全の解説ドミナントネガティブの解説へ。

かつては「異常タンパク質がじゃまをするDNの方が重い」と考えられていました。ところが大規模な解析で、むしろタンパク質の量が足りなくなるHIタイプの方が、大動脈解離・大動脈基部の手術・大動脈関連の死亡といった重大なできごとを起こすリスクが約2.5〜3倍高い(統合相対リスク 2.62)ことが分かってきました。ただしDNの中でも、カルシウムと結びつく特殊な部分(cbEGFドメイン)のシステインというアミノ酸が関わる変化は例外的にリスクが高いことも報告されています。

FBN1の変化タイプと大動脈リスクの関係

HI(ハプロ不全タイプ)

ナンセンス・フレームシフト変異など → 正常なフィブリリン1が「量不足」に

大動脈リスク:高い(約2.5〜3倍)

DN(ドミナントネガティブタイプ)

主にミスセンス変異 → 異常タンパク質が混入し正常な働きをじゃま

大動脈リスク:中等度(一部の型は高リスク)

タンパク質が「量不足」になるHIタイプは、「異常タンパク質がじゃまをする」DNタイプより大動脈イベントのリスクが高い傾向があります。変化のタイプを知ることが、見守りの強さや手術時期の判断に役立ちます。

なお、FBN1の中央付近(エクソン24〜32)の変化は、生後まもなくから重い心臓弁の異常と急速な大動脈拡張をきたす「新生児型マルファン症候群」と強く関連することが知られています。原因遺伝子そのものの詳しい解説はFBN1遺伝子のページにまとめています。

3. 主な症状:心臓・目・骨格の3本柱

マルファン症候群の症状はたくさんありますが、臨床的に重要なのは「心臓・血管」「目」「骨格」の3つの領域です。とくに心臓・血管の症状は、その人の生命予後を直接左右します。

❤️ 心臓・血管(最重要)

  • 大動脈基部(つけ根)の拡張:成人の約80%
  • 大動脈解離・破裂:未治療では致命的
  • 僧帽弁逸脱症(MVP):約75%
  • 僧帽弁の逆流・肺動脈の拡張

👁️ 目

  • 水晶体偏位(上方・耳側へずれる):約60〜80%
  • 強い近視(-3Dを超える)
  • 網膜剥離のリスク
  • 角膜が平たい・薄い

🦴 骨格

  • 高身長・不釣り合いに長い手足
  • クモ状指(細く長い指)
  • 側弯症・胸椎後弯
  • 漏斗胸・鳩胸、関節のやわらかさ

🫁 その他

  • 自然気胸:約10%
  • 硬膜拡張症(腰背部痛の原因):60%以上
  • 皮膚の伸展線条(striae)
  • 狭く高い口蓋・歯列の密集

💡 用語解説:大動脈基部の拡張と大動脈解離

大動脈は心臓から全身へ血液を送る最も太い血管で、その心臓に近い「つけ根(バルサルバ洞)」がふくらむのがマルファン症候群の特徴です。ふくらみが進むと、血管の壁が裂けて層が剥がれる大動脈解離が起こります。これは突然の激しい胸や背中の痛みで発症し、命に関わる緊急事態です。だからこそ、症状が出る前から大動脈の太さを定期的に測り続けることが、何よりも大切なのです。

💡 用語解説:水晶体偏位(すいしょうたいへんい / Ectopia lentis)

水晶体(目のレンズ)を支える細い糸(毛様小帯)はフィブリリン1で作られています。そのため、糸がゆるんでレンズが本来の位置からずれてしまうのが水晶体偏位です。マルファン症候群では多くの場合上方・耳側(外側)にずれるのが特徴で、この所見は診断の大きな手がかりになります。気になる目のずれは、家族性水晶体偏位との区別も必要です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「背が高いだけ」で片づけないでほしい】

背が高く手足が長い体型は、それ自体は個性であり病気ではありません。けれども、そこに「目の水晶体のずれ」や「身内に大動脈で突然亡くなった方がいる」といった情報が重なると、話は変わってきます。マルファン症候群は、見た目だけでは判断できず、心臓の超音波検査をして初めて大動脈の拡張に気づくことが珍しくありません。

のべ10万人以上のご家族の意思決定に伴走してきて痛感するのは、「気づいて検査につながれたかどうか」が、その後の人生を大きく分けるということです。心配な点が一つでもあれば、自己判断せず、一度きちんと評価を受けていただきたいと思います。

4. 鑑別診断:よく似た病気との見分け

マルファン症候群の診断で最も難しいのが、骨格や血管の症状がよく似た「ほかの遺伝性結合組織疾患」との区別です。FBN1以外の遺伝子が原因でも、マルファンそっくりの症状が出ることがあるため、ていねいな鑑別が欠かせません。

ロイス・ディーツ症候群(LDS)

TGFBR1・TGFBR2・SMAD3・TGFB2・TGFB3など、TGF-β経路の遺伝子変化が原因(OMIM 609192・610168 ほか)。

特徴:眼が離れている(眼距開離)、口蓋垂が二分・口蓋裂、全身の動脈の蛇行。マルファンより小さい径で解離しやすく、より早い手術が必要です。

血管型エーラス・ダンロス症候群(vEDS)

COL3A1遺伝子の変化が原因。

特徴:はっきりした大動脈の拡張を伴わずに、血管・腸・子宮が突然破裂することがある重い病気です。

シュプリンツェン・ゴールドバーグ症候群(SGS)

マルファン様の体型に、頭の骨の縫い目が早く閉じる(頭蓋縫合早期癒合)が加わります(OMIM 182212)。

特徴:小顎・低位耳介・眼球突出などの顔の特徴や、精神発達の遅れを伴うことがあります。

家族性胸部大動脈瘤・解離(TAAD)

症候群の枠に収まらない、非症候性の大動脈の病気。ACTA2やPRKG1などの変化が知られます。

特徴:浸透率が不完全で、若年での急な解離リスクがあります。

こうした似た病気を見分けるには、詳しい身体所見の評価に加え、複数の遺伝子を一度に調べるマルチジーンパネル検査が有力です。一方で、FBN1の変化はマルファン症候群だけでなく、よく似た一連の病気(FBN1関連疾患スペクトラム)でも見られます。下記は当院でくわしく解説しているFBN1関連の疾患です。

5. 診断基準と遺伝子検査の進め方

マルファン症候群を正確に見分けるため、国際的な専門家によって2010年に「改訂ゲント基準」が定められました。これは、命に関わる心血管病変と、特異性の高い目の所見を重視した診断のルールです。

💡 用語解説:改訂ゲント基準と「2つの中核所見」

改訂ゲント基準では、「大動脈基部の拡張(または解離)」「水晶体偏位」の2つを、診断を決定づける中核所見と位置づけています。たとえば家族歴がない場合、この2つがそろえば(似た病気を除外したうえで)診断が確定します。水晶体偏位がなくても、大動脈基部の拡張に「病的なFBN1の変化」または「全身スコア7点以上」が加われば確定できます。

💡 用語解説:Zスコアとは

大動脈の太さは、身長・体重・年齢によって「ふつうの太さ」が違います。そこで、その人の体格から計算される標準値と比べて「どれくらい大きいか」を表す物差しがZスコアです。Zスコアが2以上だと、体格に対して大動脈が拡張していると判断します。絶対的な直径(cm)だけでなく、このZスコアで見ることがとても重要です。

全身スコア:7点以上で「全身病変あり」

水晶体偏位がなく、遺伝子検査もできない・陰性のときに手がかりになるのが「全身スコア」です。診断的価値の高い所見を点数化し、合計20点満点中7点以上で「全身病変あり」と判定します。

所見 配点
手首徴候+親指徴候(両方)/どちらか一方 3/1
鳩胸/漏斗胸・胸郭の非対称 2/1
後足部変形/扁平足 2/1
自然気胸 2
硬膜拡張症 2
寛骨臼底突出症 2
上下半身比の低下+腕長/身長比の増加 1
側弯症または胸腰椎後弯 1
肘関節の伸展制限 1
特徴的顔貌(5つ中3つ以上) 1
皮膚線条/高度近視(-3D超)/僧帽弁逸脱 各1

日本人・アジア人で気をつけたいこと

マルファン症候群の有病率に人種差はないとされますが、症状の現れ方には違いがあることが報告されています。アジア人と白人を比べた多施設研究では、アジア人は中核所見の一つである「水晶体偏位」の頻度が低い(24.5% 対 48.1%)一方、全身スコアが7点以上になる割合は高い傾向がありました。

さらに重要なのが体格の違いです。アジア人は体表面積が小さいため、大動脈の絶対的な直径が同じでも、体格で補正するとアジア人の方が拡張がより重度になります。直径(cm)だけで判断すると重症度を見落とし、診断や手術が遅れる危険があります。だからこそ、日本ではZスコアによる体格補正と、こまめな心血管スクリーニングがとくに大切になります。

遺伝子検査:出生後と出生前で分けて考える

遺伝子検査は「いつ・誰を対象に行うか」で意味が変わります。診断=出生前ではありません。出生後(ご本人や血縁者)と出生前(おなかの赤ちゃん)を分けて整理します。

📌 出生後の確定診断・血縁者の検査

  • 症状から疑われた方の確定や、似た病気との鑑別には、FBN1を含む複数遺伝子を調べる検査が有用です(マルファン症候群・胸部大動脈瘤解離の遺伝子検査結合組織疾患NGSパネル検査)。
  • 診断が確定すると、第1度近親者(親・きょうだい・子)の約50%が同じ変化を持つことが分かっています。血縁者の検査(カスケード検査)は、無症状のうちに大動脈解離を防ぐうえで大きな意味があります。

📌 出生前の選択肢

ご家族で病的なFBN1の変化が分かっている場合、おなかの赤ちゃんについては、絨毛検査・羊水検査でその変化を調べる出生前診断が選択肢として存在します。

また、NIPT(新型出生前診断)の中には単一遺伝子を調べるメニューがあり、インペリアルプランではFBN1も対象に含まれます。当院でNIPTを受ける方には互助会(8,000円)が適用され、結果が陽性だった場合の羊水検査費用が全額補助されます。なお、出生前にどこまで調べるかは、利益と限界の両面があり、ご家族が納得して決めることが何より大切です。

6. 治療と長期管理:手術のタイミングと薬

マルファン症候群の予後を決める最大の要因は、進行する大動脈基部の拡張と大動脈解離です。そのため、生涯にわたる定期的な画像検査(心エコー・CT・MRI)が絶対に欠かせません。そして、解離が起こる前に予防的な手術を行うべきタイミングを見きわめます。

予防的手術の閾値:ガイドラインの比較

遺伝性でない一般的な大動脈瘤の手術は「5.5cm以上」が目安ですが、マルファン症候群はもっと小さい径で解離しやすいため、より早めに介入します。米国のガイドラインより、日本のガイドラインの方がさらに早めの閾値を採用しているのが特徴です。

大動脈基部の予防的手術 適応閾値の比較

一般成人(非遺伝性)

5.5cm
MFS 米国ACC/AHA 基本

5.0cm
MFS 米国ACC/AHA ハイリスク

4.5cm
MFS 日本JCS 基本

4.5cm
MFS 日本JCS ハイリスク

4.0cm超

マルファン症候群では一般成人より早めの径で手術を検討します。体格の小さい日本人を念頭に、JCSガイドラインは米国よりさらに低い閾値を採用しています。家族歴・急速な拡大・妊娠計画などがあると、さらに早めの介入が考慮されます。

妊娠を計画している方では、妊娠中の血行動態の負荷で解離リスクが高まるため、米国・日本とも大動脈径が4.0〜4.5cmの段階で妊娠前の手術を慎重に検討します。「家族歴がある」「1年で0.3cm以上の急速な拡大」「強い弁逆流」などはハイリスク因子で、より早めの判断材料になります。

薬物治療の新常識:ARBとβ遮断薬の「併用」

手術に至るまでの間、薬で血圧と脈をしっかり抑え、もろい大動脈壁への負担をやわらげて拡張の進みを遅らせます。長くβ遮断薬が第一選択でしたが、TGF-βを抑える可能性のあるARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)が注目され、世界中で比較試験が行われてきました。

この論争に決着をつけたのが、2022年に医学誌The Lancetで発表された大規模なメタ解析(MTTコラボレーション、7試験・1,442名の個人データを統合)です。その結果は明快でした。

大動脈基部Zスコアの年間増加(MTTメタ解析)

コントロール(無治療/プラセボ)

+0.13
ARB(単独)

+0.07
β遮断薬(単独・間接推計)

+0.04

無治療と比べ、ARBもβ遮断薬も単独で拡張速度をほぼ半分に抑えました。両者の効果は互いに独立しているため、副作用などの問題がなければ「両方を併用」することで、手術を要するまでの期間をさらに延ばせる可能性があります。

結論として、「ARBかβ遮断薬か」ではなく、禁忌がなければ早期から両方を併用するのが望ましいという考え方が示されました。シンプルで低コストなこの治療を続けることで、大動脈拡大を大きく遅らせ、リスクを伴う手術を先延ばし、あるいは生涯回避できる可能性すら見えてきています。

7. 遺伝カウンセリングの意義

マルファン症候群は遺伝性の病気であり、診断は本人だけでなく家族全体に関わります。だからこそ、ていねいな遺伝カウンセリングが大切です。私たちは情報を一方的にすすめるのではなく、選択肢と見通しをお伝えし、最終的な決定はご家族にゆだねる立場を大切にしています。

  • 遺伝形式と再発リスク:常染色体顕性(優性)遺伝のため、親が持つ場合は子に50%の確率で受け継がれます。一方、約4分の1は新生突然変異(de novo)で、その場合は両親に変化はありません。
  • カスケード検査:確定診断後、血縁者の検査によって、まだ症状のない方の大動脈病変を早期に見つけ、解離を予防できます。
  • 出生前診断の選択肢:家族の変化が分かっている場合、絨毛検査・羊水検査による出生前診断があります。受けるかどうかはご家族の価値観しだいです。
  • 専門医との連携:循環器・心臓血管外科・眼科・整形外科・産科・臨床遺伝専門医が連携する集学的な管理が、予後とQOLを最大化します。

8. よくある誤解

誤解①「背が高いだけなら問題ない」

高身長や細長い体型は個性であり病気ではありません。しかし水晶体のずれや大動脈の拡張、身内の突然死などが重なるときは、一度評価を受ける価値があります。

誤解②「症状がないから大丈夫」

大動脈の拡張は痛みなく静かに進みます。無症状のうちこそ定期的な画像検査が必要で、症状が出てからでは解離が起きていることもあります。

誤解③「日本人は欧米の基準どおりでよい」

体格の小さい日本人では、直径だけで判断すると重症度を見落としがちです。Zスコアによる体格補正と、より早めの手術閾値が大切です。

誤解④「親が健康だから遺伝ではない」

約4分の1は新生突然変異(de novo)で、両親に変化がなくても発症します。「親が元気だから違う」という思い込みが診断を遅らせることがあります。

9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【見守りを続けることが、いちばんの治療】

マルファン症候群は、かつて「若くして突然亡くなる病気」と恐れられていました。けれども今は違います。大動脈をていねいに測り続け、ARBとβ遮断薬で負担を減らし、必要なときに先回りして手術をする。この地道な積み重ねが、患者さんの寿命を何十年も延ばし、ふつうの暮らしを支えます。

私は医師として歩んできた中で、その半分を、がん診療をはじめ「命に向き合う」現場で過ごしてきました。だからこそ、遺伝性の病気でも「先に分かっていれば打てる手がある」ことの重みを実感しています。変化のタイプ(HIかDNか)や体格を踏まえた個別の見守りこそが、これからの遺伝医療の核心だと考えています。

よくある質問(FAQ)

Q1. マルファン症候群は遺伝しますか?

常染色体顕性(優性)遺伝の病気です。親が持っている場合、子に受け継がれる確率は理論上50%です。一方で、患者さんの約4分の1は両親に変化のない新生突然変異(de novo)で発症します。再発リスクや家族の検査については、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングをおすすめします。

Q2. どんな症状が出ますか?

主に「心臓・血管」「目」「骨格」の3領域に出ます。大動脈基部の拡張(成人の約80%)と僧帽弁逸脱(約75%)、水晶体偏位(約60〜80%)、高身長・クモ状指・側弯・胸郭変形などが代表的です。自然気胸や硬膜拡張症による腰背部痛もみられます。最も注意すべきは大動脈の拡張・解離です。

Q3. どのように診断しますか?

2010年の改訂ゲント基準を用います。「大動脈基部の拡張(Zスコア2以上)」と「水晶体偏位」が2つの中核所見で、これに全身スコア(7点以上で陽性)やFBN1の遺伝子検査の結果を組み合わせて判断します。似た病気を除外することも大切で、必要に応じて複数遺伝子のパネル検査を行います。

Q4. 手術はどのくらいの大きさで考えますか?

一般的な大動脈瘤の手術は5.5cm以上が目安ですが、マルファン症候群はより早めに介入します。米国ACC/AHAは5.0cm(ハイリスクは4.5cm)、日本のJCSガイドラインはさらに早い4.5cm(ハイリスクは4.0cm超)を採用しています。家族歴・急速な拡大・妊娠計画などがあると、より早い判断材料になります。実際のタイミングは主治医とよく相談してください。

Q5. 薬はどんなものを使いますか?

血圧と脈を抑えて大動脈への負担を減らすため、β遮断薬とARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)が使われます。2022年のThe Lancetのメタ解析では、両者は単独でも拡張速度をほぼ半減させ、効果が互いに独立していることが示されました。禁忌がなければ、早期から両方を併用する考え方が広まっています。

Q6. 日本人で特に気をつけることはありますか?

アジア人は欧米人に比べて水晶体偏位の頻度が低く、体表面積も小さい傾向があります。そのため大動脈の直径(cm)だけで判断すると重症度を見落としやすく、Zスコアによる体格補正が重要です。日本のガイドラインが米国より早めの手術閾値を採用しているのも、この体格差を踏まえた対応です。

Q7. 出生前に調べることはできますか?

ご家族で病的なFBN1の変化が分かっている場合、絨毛検査や羊水検査によって、おなかの赤ちゃんがその変化を持つかを調べる出生前診断が選択肢として存在します。NIPTの単一遺伝子メニュー(インペリアルプラン)でもFBN1が対象に含まれます。ただし、出生前にどこまで調べるかは利益と限界があり、ご家族が納得して選ぶことが大切です。臨床遺伝専門医にご相談ください。

Q8. スポーツや運動は制限されますか?

大動脈への急な負担を避けるため、一般に激しい競技スポーツや、強く息をこらえる運動(重量挙げなど)、接触の多いスポーツは控えることが多いです。一方で、適度な有酸素運動はすすめられる場合があります。どの運動がどの程度可能かは、大動脈の状態によって一人ひとり異なるため、必ず主治医と相談して決めてください。

🏥 マルファン症候群・大動脈の遺伝についてのご相談

マルファン症候群をはじめとする遺伝性の大動脈・結合組織疾患に関するご相談は、
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックへお気軽にどうぞ。

関連記事

参考文献

  • [1] OMIM #154700. Marfan Syndrome; MFS. Johns Hopkins University. [OMIM]
  • [2] Dietz H. FBN1-Related Marfan Syndrome. GeneReviews®. NCBI Bookshelf. [GeneReviews]
  • [3] Loeys BL, et al. The revised Ghent nosology for the Marfan syndrome. J Med Genet. 2010;47(7):476-485. [PubMed]
  • [4] Orphanet. Marfan syndrome (ORPHA:558). [Orphanet]
  • [5] Franken R, et al. Impact of Pathogenic FBN1 Variant Types on the Progression of Aortic Disease in Patients With Marfan Syndrome. Circ Genom Precis Med. [AHA Journals]
  • [6] Clinical Features Differ Substantially Between Caucasian and Asian Populations of Marfan Syndrome. Circ J. [J-Stage]
  • [7] Isselbacher EM, et al. 2022 ACC/AHA Guideline for the Diagnosis and Management of Aortic Disease. Circulation. 2022. [AHA Journals]
  • [8] JCS/JSCVS/JATS/JSVS 2020 Guideline on Diagnosis and Treatment of Aortic Aneurysm and Aortic Dissection. Circ J. [J-Stage]
  • [9] Pitcher A, et al. (Marfan Treatment Trialists’ Collaboration). Angiotensin receptor blockers and β blockers in Marfan syndrome: an individual patient data meta-analysis of randomised trials. Lancet. 2022;400:822-831. [The Lancet]
  • [10] The Marfan Foundation. Calculation of Systemic Score. [Marfan Foundation]

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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