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FBN1遺伝子とは?フィブリリン-1の働きとマルファン症候群など関連疾患をわかりやすく解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

FBN1遺伝子は、「フィブリリン-1」という、体のあらゆる組織に弾力と強さを与えるタンパク質の設計図です。さらにこの遺伝子は、空腹時に血糖と食欲を調節する「アスプロシン」という代謝ホルモンもつくり出すという、きわめて珍しい二つの顔を持っています。そして変異が起こる場所によって、極端な高身長から極端な低身長まで、まったく正反対の病気を引き起こすのです。この記事では、その全体像を専門家でない方にもわかるように解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 FBN1遺伝子・フィブリリン-1・臨床遺伝
臨床遺伝専門医監修

Q. FBN1遺伝子とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. 第15染色体にある、「フィブリリン-1」という体の弾力を支えるタンパク質をつくる遺伝子です。同時に「アスプロシン」という代謝ホルモンもつくります。変異が起こると、最も有名なものではマルファン症候群を、その他にも変異部位によって低身長や皮膚硬化、脂肪萎縮など、多彩な病気を引き起こします。

  • 基本情報 → 第15染色体長腕(15q21.1)・HGNC 3603・NCBI Gene 2200
  • 2つの産物 → 構造タンパク質「フィブリリン-1」と代謝ホルモン「アスプロシン」
  • 関連する病気 → マルファン症候群・水晶体偏位・低身長系疾患・皮膚硬化症・脂肪萎縮症候群
  • 表現型の謎 → 同じ遺伝子なのに、変異部位で正反対の体つきになる理由
  • 検査と治療 → NGS遺伝子解析、ロサルタン(ARB)、PEARS手術までの最新動向

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1. FBN1遺伝子とは:体の弾力を支える設計図

FBN1遺伝子は、私たちの第15番染色体の長腕、15q21.1という場所に位置している、とても大きな遺伝子です。国際的な遺伝子データベースでは、HGNC ID「3603」、NCBI Gene ID「2200」として登録されています。この遺伝子の役割を一言でいえば、「フィブリリン-1」という、体のあらゆる結合組織に弾力(しなやかさ)と引っ張り強さを与えるタンパク質をつくることです。

FBN1遺伝子は65個のエクソン(最新のNCBIの数え方では66個)から成り立つ、ヒトのゲノムの中でもひときわ大きな遺伝子の一つです。発現(その遺伝子が実際に働いている度合い)は全身に広く見られますが、なかでも胎盤と脂肪組織で特に強くはたらいていることがわかっています。後ほど解説するように、脂肪組織での発現の高さは、この遺伝子が「体の構造」だけでなく「代謝」にも深く関わっていることと密接につながっています。

💡 用語解説:遺伝子・エクソン・タンパク質の関係

遺伝子は、タンパク質をつくるための「設計図(レシピ)」です。設計図の中で、実際にタンパク質の中身を指定している部分をエクソンと呼びます。FBN1のように大きな遺伝子では、何十個ものエクソンが連なって一つの巨大なタンパク質を組み立てています。設計図のどの部分(どのエクソン)に書き間違い(変異)が起こるかによって、できあがるタンパク質の壊れ方が変わり、結果として現れる症状もまったく違うものになります。これがFBN1を理解するうえで最も大切なポイントです。

FBN1遺伝子は歴史的に、マルファン症候群という、高身長・大動脈の病気・水晶体のずれを特徴とする病気の原因遺伝子として知られてきました。微細線維(後述)の分子成分が1986年に初めて取り出され、その後FBN1の変異がマルファン症候群を引き起こすことが突き止められて以来、長らく「結合組織がもろくなる病気の遺伝子」として研究されてきたのです。

ところが近年、分子遺伝学と構造生物学の進歩によって、この遺伝子の世界像は大きく書き換えられました。FBN1は一つの遺伝子から、物理的な構造タンパク質と全身の代謝を司るホルモンの両方をつくり出すという、きわめて珍しい性質を持つことがわかってきたのです。そのうえ、変異する場所によっては、マルファン症候群とは正反対の極端な低身長や、皮膚が硬くなる病気、皮下脂肪が極端に失われる病気まで引き起こします。次の章から、この多彩さの正体を一つずつ見ていきましょう。

2. フィブリリン-1とは:組織を支える「微細線維」の骨組み

FBN1遺伝子からつくられるフィブリリン-1は、分子量がおよそ35万にもなる巨大な細胞外マトリックス糖タンパク質です。一本一本は、長さ約148ナノメートルの、しなやかに伸びた紐のような形をしています。このタンパク質が多数集まって束になり、組織を支える「微細線維(マイクロフィブリル)」という構造物をつくります。

💡 用語解説:細胞外マトリックスと微細線維

細胞のすきまを埋め、組織に形と強さを与えている網目状の構造物を細胞外マトリックス(ECM)と呼びます。コラーゲンやエラスチンと並ぶ主役の一つが、フィブリリン-1からなる微細線維です。微細線維は、組織が引っ張られたときに耐える「ロープ」のような役割と、弾力線維(エラスチン)が沈着するための「足場(土台)」としての役割を担っています。建物にたとえると、鉄筋(微細線維)があって初めてコンクリート(エラスチン)が意味を持つ、というイメージです。

フィブリリン-1の本体は、カルシウム結合型EGF様ドメインと呼ばれる小さな部品が数十個も直列につながったモジュール構造をしています。その合間には、フィブリリンと潜在型TGF-β結合タンパク質(LTBP)だけに見られる特徴的な「8-システインドメイン(TBドメイン)」が配置されています。このドメインの名前は、後で登場する病気の理解に欠かせませんので、頭の片隅に置いておいてください。

こうしてできた微細線維は、直径わずか10〜12ナノメートルの均一な太さを持ち、電子顕微鏡で見ると明暗が交互に並ぶ「線路」のような姿をしています。これらは皮膚・大動脈の壁・腱・軟骨など全身に分布し、組織が張力に耐えるための主要な支えになっています。

💡 用語解説:毛様小帯(チン小帯)と水晶体

目の中でレンズ(水晶体)を支えている細い糸の束を毛様小帯(チン小帯)と呼びます。この糸は、全身の組織の中でもめずらしくエラスチンを含まず、フィブリリン微細線維だけで支えられています。そのためFBN1に変異があると、毛様小帯が真っ先に弱くなり、水晶体が本来の位置からずれてしまう「水晶体偏位(亜脱臼)」が起こりやすいのです。マルファン症候群で目の症状が代表的なのは、こうした理由によります。

そしてもう一つ、フィブリリン-1には見逃せない働きがあります。それは、組織の成長や修復を司る重要な物質「TGF-β(トランスフォーミング増殖因子β)」を、安全な形で組織内に保管しておく「貯蔵庫(シンク)」としての役割です。この貯蔵庫が壊れたとき何が起こるかが、FBN1関連疾患の核心になります。これについては第5章でくわしく解説します。

3. アスプロシン:FBN1が持つ「もう一つの顔」

FBN1がつくるタンパク質は、最初は「プロフィブリリン-1」という長い前駆体(未完成の形)です。これが細胞の表面に運ばれる途中で、フリンという酵素によってハサミで切られるように分割されます。すると、構造タンパク質であるフィブリリン-1と、まったく別の働きを持つ小さなホルモンアスプロシンの、2つの分子が生まれます。アスプロシンは、プロフィブリリン-1の最も末端側(C末端)、すなわち最後の2つのエクソンにコードされる約140アミノ酸からできています。

💡 用語解説:アスプロシンとは

アスプロシンは、主に白色脂肪組織(いわゆる脂肪)から血液中に分泌されるホルモンです。空腹のときに急上昇し、逆に血糖が高いときには分泌が抑えられます。血液に乗ったアスプロシンは、肝臓に「糖を血中に出しなさい」と命じて血糖を維持し、さらに脳の視床下部に届いて強い食欲を引き起こすという、2つの大きな役割を果たします。つまりアスプロシンは、エネルギーが足りないときに体を「食べてエネルギーを確保する」モードに切り替えるスイッチなのです。

脳の中では、アスプロシンは血液脳関門を越えてOR4M1という受容体にくっつき、食欲を高める神経(AgRPニューロン)を活性化し、同時に食欲を抑える神経(POMCニューロン)を抑え込みます。その結果、強烈な食欲亢進が生じます。肥満や2型糖尿病の患者さんでは、血液中のアスプロシン濃度が異常に高くなっていることが複数の研究で報告されています。

マウスの実験では、アスプロシンを抗体で中和すると、肥満マウスの食欲と体重が有意に減り、血糖の状態も改善しました。このことから、アスプロシンの働きを抑えることが、肥満や糖尿病に対する新しい治療法になりうるとして注目されています。「体の骨組みをつくる遺伝子」が、同時に「太りやすさ・痩せやすさ」を左右する遺伝子でもあるというのは、生命の巧妙さを感じさせる事実です。

4. FBN1の変異が引き起こす病気のスペクトラム

FBN1の変異はこれまでに1,800種類以上が報告されています。これらが引き起こす病気は「タイプIフィブリリノパチー」と総称されますが、変異の場所によって、互いに「鏡像(正反対)」とも言えるほど異なる姿をとります。一つずつ見ていきましょう。

高身長・大動脈・目に現れるグループ

最も代表的なのがマルファン症候群で、約5,000人に1人に発症する常染色体顕性(優性)の病気です。異常な高身長、不均衡に長く細い手足、クモの脚のように長い指(クモ状指趾)、側弯症や胸郭の変形などの骨格症状に加え、目の水晶体偏位、そして最も命に関わる大動脈基部の拡大・大動脈解離・破裂を特徴とします。原因となる変異は遺伝子全体に広く散らばっており、変異の種類から症状を正確に予測することは難しいとされています。

全身症状を伴わず水晶体のずれだけが現れる家族性水晶体偏位もFBN1変異で起こりますが、後にマルファン症候群と同様の大動脈の異常を発症することがあるため、注意深い経過観察が必要です。また、水晶体偏位を伴わず大動脈の拡張も軽度にとどまる状態はMASS表現型(僧帽弁・大動脈・骨格・皮膚の頭文字)として区別されています。

低身長・硬い関節に現れるグループ(マルファンの「鏡像」)

マルファン症候群が「伸びすぎる」病気だとすれば、その正反対の極端な低身長・短い指・硬い関節をもたらす一群があります。これらはアクロメリック骨異形成症と総称され、ゲレオフィジック骨異形成症アクロミクリック骨異形成症Weill-Marchesani症候群などが含まれます。これらを引き起こす変異は、遺伝子全体に散らばるマルファンとは対照的に、エクソン41・42にコードされるTB5ドメインに著しく集中しているのが特徴です。

なかでもゲレオフィジック骨異形成症は重症度が高く、均整のとれた重度の低身長・関節拘縮・厚い皮膚に加え、進行性の心臓弁膜の肥厚という致命的な合併症を伴うことがあり、早期からの慎重な管理が必要です。一方、アクロミクリック骨異形成症は骨格の特徴を共有しつつも、進行性の心弁膜症や肝腫大を伴わず、比較的軽い経過をたどります。

皮膚・脂肪に現れるグループ

Stiff Skin症候群(皮膚硬化症)は、骨格の異常な成長も大動脈瘤も水晶体偏位も伴わず、全身の大部分を覆う非常に硬く厚い皮膚(線維化)を特徴とする、めずらしい先天性の強皮症です。原因となる変異は、フィブリリン-1の中で唯一「RGD配列」を持つTB4ドメインに特異的に発生します。この部分は細胞表面の受容体(インテグリン)と結合する役割を担っており、その仕組みの破綻が皮膚の硬化を引き起こします。

もう一つ、マルファン様脂肪萎縮症候群(MPLS)という、世界で数十例しか報告のない超希少疾患があります。マルファン様の長い指などの骨格的特徴に加え、出生時からの重度の皮下脂肪の喪失と、早老症のような特異な顔つきを呈します。この病気の変異は、FBN1遺伝子の最も末端側(C末端領域=最後のエクソン付近)に集中しています。ここはまさに、第3章で解説したアスプロシンの設計図がある場所です。そのためMPLSの患者さんの血中にはアスプロシンがほとんど検出されず、食欲を刺激するシグナルが欠けているため、食事量が少なく体重が増えにくいという、ユニークな代謝の特徴を示します。

📈 伸びる方向(高身長)

マルファン症候群/家族性水晶体偏位/MASS表現型。大動脈や目に注意が必要なグループです。変異は遺伝子全体に分布します。

📉 縮む方向(低身長)

ゲレオフィジック/アクロミクリック骨異形成症/Weill-Marchesani症候群。硬い関節と厚い皮膚が特徴。変異はTB5ドメインに集中します。

🩹 皮膚が硬くなる

Stiff Skin症候群。全身の皮膚が硬く厚くなり関節が動きにくくなります。変異はTB4ドメイン(RGD配列)に発生します。

⬇️ 脂肪が失われる

マルファン様脂肪萎縮症候群(MPLS)。皮下脂肪が極端に減り痩せます。変異はC末端(アスプロシン領域)に集中します。

5. なぜ同じ遺伝子で正反対の病気になるのか

「一つの遺伝子の変異が、なぜ極端な高身長にも極端な低身長にもなるのか」——この問いの答えは、微小環境の壊れ方の違い変異タンパク質のふるまいの違いにあります。下の図で全体像をつかんでください。

FBN1がつくる2つの分子と、変異部位で変わる病気
FBN1遺伝子
プロフィブリリン-1
フリンで切断 ✂
① フィブリリン-1(構造)
微細線維を組み立て、TGF-βを貯蔵し、組織に弾力を与える。壊れると大動脈や骨格の病気(マルファン症候群など)に。
② アスプロシン(代謝)
肝臓で糖を放出させ、脳で食欲を高めるホルモン。C末端の変異で欠損すると脂肪萎縮症候群に。
変異が起こる場所で病気が変わる
TB4ドメイン → 皮膚硬化(Stiff Skin)
TB5(エクソン41-42) → 低身長系
C末端 → 脂肪萎縮(MPLS)
遺伝子全体 → マルファン症候群

壊れた「貯蔵庫」から漏れ出すTGF-β

FBN1関連疾患の多くに共通する最も重要な仕組みが、TGF-βシグナルの暴走です。健康な組織では、微細線維がTGF-βを安全に係留して保管する「貯蔵庫」として働いています。ところがFBN1変異で微細線維がきちんとつくれなくなると、この貯蔵庫からTGF-βが大量に漏れ出し、必要以上に強いシグナルが組織に伝わってしまいます。

💡 用語解説:TGF-βシグナルとは

TGF-βは、細胞に「増えなさい」「組織をつくり変えなさい」と指令を出す、強力な情報伝達物質です。このシグナルは普段は厳密に制御されていますが、過剰になると組織を破壊したり、逆に硬くしたり、骨を伸ばしすぎたりと、場所によってさまざまな悪影響を及ぼします。同じ「TGF-βの暴走」でも、大動脈では血管をもろくし、骨では過成長を、皮膚では線維化(硬化)を引き起こします。これが、FBN1の病気が組織ごとに違う姿をとる一因です。

「量が足りない」のか「邪魔をする」のか

もう一つの鍵が、変異したタンパク質の細胞内でのふるまいです。マルファン症候群を引き起こす変異の多くは、タンパク質が正しく折りたためず、細胞の中に滞ってしまいます。その結果、組織に行き渡る正常な微細線維の絶対量が足りなくなる——これを「ハプロ不全」と呼びます。

💡 用語解説:ハプロ不全と優性阻害(ドミナントネガティブ)

ハプロ不全とは、2本ある遺伝子のうち1本が働かなくなり、残り1本だけでは必要量のタンパク質をつくれず機能が不足する状態です。「人手が半分になって仕事が回らない」イメージです。

優性阻害(ドミナントネガティブ)とは、変異した異常タンパク質が、正常なタンパク質の働きまで積極的に邪魔してしまう現象です。「混ざった不良品が、製品全体を台無しにする」イメージで、単に量が足りない状態とは病気の起こり方が根本的に異なります。

これに対し、Stiff Skin症候群(TB4変異)やアクロメリック骨異形成症(TB5変異)の変異タンパク質は、細胞の外へ正常に分泌され、微細線維にもきちんと組み込まれることがわかっています。つまりこれらは「足りない」のではなく、組み上がった微細線維が特定の相手(ADAMTSL2やインテグリンなど)と正しく相互作用できないという「ネットワーク機能の破綻」、すなわち優性阻害によって起こるのです。同じFBN1の変異でも、「量の問題」か「邪魔の問題」かによって、こんなにも違う病気になるのです。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「設計図のどこを間違えたか」が運命を分ける】

遺伝の話というと「変異があるかないか」だけに注目しがちですが、FBN1はその常識をくつがえす遺伝子です。同じ一冊のレシピでも、最初のページを破るのと、最後のページを破るのとでは、できあがる料理がまったく違う——FBN1の変異はまさにそれで、変異の「場所」と「種類」が、高身長か低身長か、皮膚か脂肪かを決めてしまいます。

だからこそ、遺伝子検査で変異が見つかったとき、それが「どのドメインの、どのような変異か」を読み解くことが決定的に重要になります。検査結果の一行をどう解釈するかで、その後の見通しや必要な管理がまるで変わるのです。私が遺伝子そのものの解説に力を入れているのは、まさにこの理由からです。

6. FBN1関連疾患の治療:内科から外科までの最前線

FBN1の病気、とくにマルファン症候群でいちばん命を左右するのが、大動脈基部の拡大と、それに続く大動脈解離・破裂です。この致命的な合併症をどう防ぐか、治療は近年大きく進化してきました。ここでは概要をご紹介します(個々の疾患のくわしい管理は、各疾患ページもあわせてご覧ください)。

β遮断薬からARB(ロサルタン)へ

従来、大動脈拡大を遅らせる標準治療は、心拍数や血圧を下げて大動脈壁にかかる負担を減らすβ遮断薬でした。その後、FBN1変異が大動脈壁でTGF-βを暴走させているという仕組みが解明されると、TGF-βの作用を抑える効果を持つロサルタン(ARB=アンジオテンシンII受容体拮抗薬)が注目されました。マウスでは大動脈拡大がほぼ完全に抑えられるという劇的な結果が得られたのです。

ヒトでの大規模臨床試験の結果はマウスほど単純ではありませんでしたが、データを総合すると、ロサルタンは高用量のβ遮断薬と同等の大動脈保護効果を持つというのが現在の医療コンセンサスです。とくにβ遮断薬の副作用に耐えられない患者さんにとって、ARBは信頼できる代替治療として確立しています。どの薬をどう使うかは、必ず循環器の専門医と相談して決めるべき事柄です。

PEARS手術:大動脈を「包んで補強する」発想

内科治療でも拡大が進む場合、外科的介入が検討されます。近年、従来の人工血管置換術に代わる予防的アプローチとして注目されているのがPEARS(個別化外側大動脈基部支持術)です。これは病変部を切り取って交換するのではなく、患者さん一人ひとりのCT画像から作った特注のメッシュで、大動脈を外側から包んで補強するという新しい考え方の手術です。心臓を止めずに行え、自分の弁と血管を温存できる利点があります。

補足:PEARSは現在、英国を中心に欧州・オーストラリアなどで行われている治療で、米国(FDA)では未承認です。すべての方が対象になるわけではなく、すでに大動脈解離が起きている場合などは適応外です。

7. FBN1の遺伝子検査:出生後と出生前

FBN1の変異の多くは、1塩基が置き換わるミスセンス変異や、タンパク質合成を途中で止めてしまうナンセンス変異などの「小さな変化」です。一部には、遺伝子の大きな部分が丸ごと失われる「大きな欠失」もあります。検出には、それぞれに適した方法を組み合わせます。

💡 用語解説:ミスセンス変異とde novo(新生突然変異)

ミスセンス変異とは、DNAの塩基が1つ変わることで、タンパク質を構成するアミノ酸が別の種類に置き換わる変異です。タンパク質の形が変わり、機能に影響します。

de novo(新生突然変異)とは、両親には存在せず、子どもで初めて新たに生じた変異のことです。マルファン症候群では、患者さんの約25%がこのde novo変異によるものとされています。

出生後の検査:血液による遺伝子解析(NGS)

生まれた後にFBN1関連疾患を疑う場合、確定診断の主役は血液による次世代シーケンス(NGS)解析です。FBN1のような単一遺伝子の点変異は、染色体の本数や大きな構造を見る検査(Gバンド法)では検出できないため、遺伝子の塩基配列を直接読む解析が必要になります。当院では、マルファン症候群やエーラス・ダンロス症候群などを含む結合組織疾患NGSパネル検査でFBN1を含む複数の関連遺伝子を一度に調べることができます。点変異が見つからず大きな欠失が疑われる場合は、MLPA法などを追加します。

出生前の検査:NIPTと確定検査

妊娠中に調べる方法もあります。当院のNIPTインペリアルプランでは、対象となる単一遺伝子のひとつとしてFBN1が含まれています。ただしNIPTはあくまでスクリーニング(ふるい分け)検査であり、結果が陽性であっても、それだけで確定診断にはなりません。確定のためには、出生前であれば絨毛検査・羊水検査による遺伝子診断が必要です。家族内ですでに原因となる変異が特定されている場合は、その変異を狙って確実に調べることができます。

大切なこと:FBN1関連疾患は症状の幅が広く、出生前に変異がわかることが、必ずしもご家族にとっての「安心」や「最善」につながるとは限りません。検査を受けるかどうかは、十分な情報提供のもとでご家族が主体的に決めるべき事柄です。

8. よくある誤解

誤解①「FBN1変異=マルファン症候群」

FBN1の変異が見つかっても、必ずマルファン症候群とは限りません。変異の場所によっては低身長や皮膚硬化、脂肪萎縮など、まったく別の病気になります。変異の部位と種類の精密な解釈が欠かせません。

誤解②「背が高くて手足が長いだけ」

マルファン症候群で最も注意すべきは見た目ではなく、大動脈の拡大・解離という命に関わる合併症です。自覚症状がないまま進むことがあり、定期的な心臓・大動脈の評価が重要です。

誤解③「親が健康なら遺伝ではない」

マルファン症候群の約25%はde novo(新生)変異で、両親には変異がありません。「両親が元気だから関係ない」という思い込みが診断を遅らせることがあります。

誤解④「構造の遺伝子だから代謝は無関係」

FBN1はアスプロシンという代謝ホルモンもつくります。体の骨組みだけでなく、血糖や食欲の調節にも関わる、二つの顔を持つ遺伝子です。

9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【遺伝子を知ることは、未来を選ぶ材料を持つこと】

FBN1は、私が遺伝医学の奥深さを実感する代表的な遺伝子の一つです。一つの遺伝子が、構造タンパク質と代謝ホルモンという二つの顔を持ち、変異の場所しだいで正反対の体つきをもたらす。生命の設計図がいかに精緻で、いかに一筋縄ではいかないかを教えてくれます。

遺伝子の情報は、こわがるためのものではなく、これからを選ぶための材料です。私は情報をお伝えする立場であって、何かを押しつける立場ではありません。検査を受けるかどうか、結果をどう受け止めるかは、ご本人とご家族がご自身で決めること。その決断に、正確でわかりやすい情報を添えて寄り添うのが、私たちの役割だと考えています。気になることがあれば、どうぞ遺伝カウンセリングでお話を聞かせてください。

よくある質問(FAQ)

Q1. FBN1遺伝子とは何ですか?

第15染色体(15q21.1)にある遺伝子で、体の組織に弾力と強さを与える「フィブリリン-1」というタンパク質をつくります。同時に、血糖や食欲を調節する代謝ホルモン「アスプロシン」もつくり出す、めずらしい二つの顔を持つ遺伝子です。変異が起こるとマルファン症候群をはじめ、変異部位に応じて多彩な病気を引き起こします。

Q2. FBN1に変異があると必ずマルファン症候群になりますか?

いいえ。FBN1変異が引き起こす病気はマルファン症候群だけではありません。変異がTB5ドメイン(エクソン41・42)に集中すると低身長を伴うアクロメリック骨異形成症に、TB4ドメインに起こるとStiff Skin症候群(皮膚硬化症)に、C末端領域に起こるとマルファン様脂肪萎縮症候群になります。変異の「場所」と「種類」を正確に解釈することがとても重要です。

Q3. アスプロシンとは何ですか?太りやすさと関係しますか?

アスプロシンは、FBN1がつくるもう一つの産物で、主に脂肪組織から分泌されるホルモンです。空腹時に増え、肝臓に糖を放出させ、脳の食欲を高めます。肥満や2型糖尿病ではこの濃度が高くなることが知られ、その働きを抑える治療法が研究されています。逆に、C末端の変異でアスプロシンが欠損する脂肪萎縮症候群では、食欲が乏しく体重が増えにくくなります。

Q4. FBN1の遺伝子検査はどこで、どのように受けられますか?

出生後は、血液を用いた次世代シーケンス(NGS)解析が中心です。当院ではマルファン症候群などを含む結合組織疾患NGSパネル検査でFBN1を調べられます。出生前は、当院のNIPTインペリアルプランに単一遺伝子のひとつとしてFBN1が含まれますが、確定には絨毛検査・羊水検査が必要です。

Q5. FBN1の変異は遺伝しますか?

マルファン症候群は常染色体顕性(優性)遺伝で、親が変異を持つ場合、子どもに伝わる確率は理論上50%です。一方で、患者さんの約25%は両親に変異のないde novo(新生)変異によるものです。一部の病気(ゲレオフィジック骨異形成症など)は新生変異が多いことが知られています。再発リスクや次のお子さんのことについては、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングをおすすめします。

Q6. なぜ同じFBN1で高身長にも低身長にもなるのですか?

変異したタンパク質のふるまいの違いが理由です。マルファン症候群では微細線維の量が足りなくなる「ハプロ不全」が主体で、TGF-βシグナルが暴走して骨が伸びすぎます。一方、低身長を伴う病気では、変異タンパク質は分泌されるものの正常な相手との結合を邪魔する「優性阻害」が起こり、別の形でTGF-βシグナルが乱れて成長が抑えられます。同じ遺伝子でも壊れ方が違うのです。

Q7. マルファン症候群の大動脈はどのように治療しますか?

大動脈にかかる負担を減らすβ遮断薬や、TGF-βの作用を抑える効果を持つARB(ロサルタンなど)による薬物療法が基本です。拡大が進む場合は外科手術が検討され、近年は大動脈を外側から特注メッシュで包んで補強するPEARSという予防的手術も登場しています(日本国内では一般的でなく、海外で行われています)。治療方針は必ず循環器・心臓外科の専門医と相談して決めます。

🏥 FBN1関連疾患・遺伝子検査についてのご相談

マルファン症候群をはじめとするFBN1関連疾患や遺伝子検査に関するご相談は、
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にどうぞ。

参考文献

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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